「よぉ…久しぶりだな」
「キャエーデ・・・」
香月の部屋に向かう途中、一週間ぶりに会う男、白銀が居た。
「この前までただのガキだった男が、一週間会わなかっただけでなかなかどうしていい面構えになったじゃねぇか。最前線の戦場はそこまで過酷だったか?」
覚悟を決めた、締まった表情の白銀に対して、キャエーデは代わらない薄ら笑いで問いかける。
「最前線?」
「あぁ。この一週間お前は『特殊任務』で『最前線』に行っていたことになってる」
「そうか・・・キャエーデ、オレはもう逃げないよ」
「・・・」
「自分の弱さを他の何かのせいにして、逃げることを正当化するなんてまねはもうしない。これはオレが選んだ道だ。最後まで、やり通してみせる」
「たとえ大切な仲間を失っても?」
「護ってみせる。でも、それでも失ってしまったら、そいつの分まで、オレが意思を継いで闘う」
「たとえ信頼した仲間をその手で殺すことになっても?」
「そんなこと本当はしたくないけど・・・それが必要ならそうする」
「たとえば、全てのBETAを倒した後、俺が第二のBETAになろうとしたらどうする?」
「そんなことさせない・・・でももしもの時は・・・オレがこの手でお前を殺す」
キャエーデが見透かすような目で白銀を見据える。
そんなキャエーデの視線を正面から受け止める白銀。
じっと見つめた後、キャエーデはフッと笑った。
「まぁ、精々頑張れや。英雄『白銀 武』!」
すれ違いざまに、白銀の肩をポンッと叩き、キャエーデは香月の部屋に向かった。
「白銀、帰って来たな」
「賭けは私の勝ちよ」
香月の部屋に入る。香月は詰まらなそうな表情で自らの勝利を宣言した。
実はこの二人、白銀が元の世界に帰った後、賭けをしたのだ。
『白銀が戻ってくるか来ないか』、と。
キャエーデは向こうの世界で首を吊る方に賭け、香月は、『一週間後に帰ってくる』と、いつ帰ってくるかまで指定した。
そして悔しいことに香月の言うとおりになった。
「それじゃ、約束どおり見せてもらうわよ?
アンタの・・・本当の本気を」
「予備パーツは造れたのか?」
「えぇ、安心なさい。コアパーツ以外は98%の再現率で複製できたわ。
こっちの世界の技術では100%の複製は不可能でしょうね」
「まぁ贅沢は言えねぇよ。相手はどうするんだ?」
「いつも通りA-01のつもりだけど?」
「せっかくメンバーも増えたんだ。新任どもの歓迎をしたいんだが・・・」
「A-01新任メンバーだけを相手にするの?A-01全員を相手取って全滅させるアンタなら勝負にならないじゃない」
「ん、まぁ・・・」
「まぁいいわ。模擬戦は二日後。いいわね?」
「5分だ」
「?」
「全身全霊をかけて、5分で殲滅する」
「アンタならまぁ・・・出来るでしょうね」
「話は以上だ。じゃぁな」
香月の部屋から立ち去るキャエーデの顔には笑みが浮かんでいた。
(キャエーデ中尉は何を考えているんだ・・・?)
PXにて、退院してきた築地と麻倉に笑顔で自己紹介しているキャエーデを見ながら伊隅大尉は思考する。
新OSに変えて最初の模擬戦では辛くも引き分けに持ち込めたが、二回目以降はやはり全滅させられる。
戦闘時間は長くなったがやはりブレードのみでやられてしまうのだ。
そんな男がA-01の新任(涼宮 茜・柏木 晴子・築地 多恵・麻倉 燐・榊 千鶴・御剣 冥夜・珠瀬 壬姫・鎧衣 美琴・彩峰 慧・白銀 武の計10名)
を相手にしたところで結果は見えている。なのに何故・・・?
「ん?伊隅大尉、それ食わないならもらっちゃうぜ?」
―――ヒョイ―――
一瞬で伊隅大尉が大事にとっておいたおかずが皿の上から消える。行方はキャエーデの口の中だ。
「おぉ、うめぇうめぇ」
「キャエーデ中尉…貴様…貴様アアァァ!!」
あぁやっぱり、この男はきっと何も考えていないのだろう。
「さて、メンバー10人。前衛5人、支援5人…ちょうどいい人数配分だけど・・・」
明日の夜の模擬戦に備え、作戦を立てるべくメンバーを集め、その中心の涼宮茜が話し始める。
「千鶴たちはキャエーデ中尉の黒い戦術機とは戦ったこと無いんだよね?」
「えぇ、訓練で演習等をするときはいつも吹雪だったわ」
「そっか・・・今まで何回も私たちはキャエーデ中尉と模擬戦をしてるんだけど・・・とにかくものすごく速いの、動きが」
「その上どういうわけかレーダーにも映ってくれないからゲリラ戦になるとやばいんだよね〜」
柏木がのんびりした口調で補足する。
「レーダーに映らない?」
「肉眼でも見えなくなっちゃったりはしないですよね?」
珠瀬がおずおずと聞く。しかし返答は、
「さすがにそこまでは無いけれど・・・闇にまぎれると本当に見つけられないよ」
「レーダーに映らないというのは厄介だな。して、キャエーデの主兵装は?」
御剣が腕を組みながら唸る。
「一応確認できてるのはライフル一丁とブレードが二つ。ミサイルもあるらしいんだけど使ってるところは見たこと無い」
「う〜〜む」
「これが…まぁ一番いけそうかな」
涼宮と榊が作戦の書かれた紙を見つめながら息をつく。
作戦内容は、
前衛の数名で固まって行動し、敵を誘導。
囲んで叩く。止めは珠瀬の超長距離射程からの狙撃。
近接戦闘では勝てなくても、意識の外からの狙撃ならば・・・ということだ。
「10対1・・・頑張ろう!」
「「「「「「「「うん!」」」」」」」」「あぁ!」
涼宮の言葉に全員が頷く。その日の訓練はキャエーデだけ別で行われ、訓練内容は主に退院したばかりの二人に新OSになれさせる内容だった。
『各自、指定位置についてください』
ピアティフ中尉の指示が聞こえる。
キャエーデは既に位置に着いて、感覚を確かめるように手に何も持っていない左手を開いたり閉じたりしていた。
手を開く―――何か手放してはいけないものが手から離れていく
手を閉じる―――何かを逃がすまいと閉じ込める
手を開くごとに、少しずつ感覚が遠くなっていく。キャエーデはこの感覚を知っている。
そうだ、これはクレイドル03襲撃に行く前の―――
『時間になりました、状況を開始してください』
―――バキッ―――
鈍い音がする。
直後、ある程度離れた距離に居たはずのキャエーデが、一瞬で柏木の乗る不知火に肉薄していた。
『え…?』
オーバードブースト。
大量のエネルギー消費と引き換えに機体にとんでもない速さを与えてくれるもの。
しかしそれは超軽量機に追加ブースターをつけても時速1500kmが関の山だ。
しかしこの時キャエーデの操るシィカリウスは・・・
時速2500km近くのスピードを出していた。
時速2500km・・・秒速約700m
1秒で700mも移動する鉄の塊は、柏木機の目の前に来たところでOBを止めていたが、慣性の法則にしたがって勢いをそのままに柏木機に突撃した。
左手で不知火の顔を掴み、そのまま勢いで押し倒す。
勢いに乗って不知火を地面に引きずりながら、キャエーデは柏木機の管制部にライフルの弾丸を一発撃ち込んだ。
『柏木機、管制部に被弾、大破』
ピアティフ中尉が言い終わる前に、柏木機のすぐ横に居た麻倉機に、キャエーデはブレードを振りかぶっていた。
『麻倉機、管制部に被弾、大破』
ここまで、時間にして12秒の話である。
「あわわわわ!何!?何!?」
一瞬のことに鎧衣はオロオロしていた。さっきまで自分の機体のマーカーの横にあった二つの味方機のマーカーが一瞬にして消滅した。
しかし敵機の反応がレーダーには無い。
「どうしよう?こんなはずじゃ・・・」
しかし相手は、狼狽える時間をくれるほど優しい相手ではなかった。
ブレード一閃。
敵機が反対側に隠れているビルをブレードで切断する。
するとそこには一機の不知火が居た。
両肩に装備されたミサイルを放つ。
射出された二つのミサイルが、それぞれ8つずつに分裂する。
それが一斉に目の前の不知火を襲う。目の前の不知火は、一瞬でペンキ塗れになった。
『鎧衣機、各パーツに致命的損傷、大破』
クイックブーストを利用してくるりと振り向く。
何かの確信があるかのように、キャエーデはそちらに機体を進めた。
向かった先には3機の不知火が居た。
いずれも動きがいい。普段のキャエーデになら一撃ぐらい当てれたかもしれない。
しかし駄目だ。
今日のキャエーデは本当に本気。
当たってあげる優しさなど、微塵も無かった。
突撃銃の攻撃をたくみにかわしながら接近、ブレードを振る。
『涼宮機、管制部に被弾、大破』
『コンノォオオオオ!』
彩峰が気合の雄叫びを上げながら短刀を構えて走ってくる。
キャエーデはそれをぎりぎり鼻先でかわし、短刀を突き出した不知火の腕を掴んだ。
「ヌゥン!」
一本背負い。
戦術機が戦術機を投げた。
できないことではないがする人が居ないためなかなか見れない光景だ。
地面にたたきつけた彩峰機に止めを刺すべくブレードを構える。しかしそのタイミングで、
『うわぁあああああああ!!』
そばに居た不知火が長刀を手に襲い掛かってきた。
しかしどこか腰が引けている。
キャエーデは反応するのが早いかすぐさまライフルで彩峰機に止めを刺し、ライフルを投げ捨て、QBで突進してくる戦術機に肉薄した。
『え?・・・あ・・・?』
硬直した不知火を右手で掴み、近くのビルに叩きつける。
シィカリウスのアイライトが大きく横に開く。それはどこか笑っているように見えた。
―――ドンッ!―――
遠く、遠くで響く銃声。
音とともに打ち出された【実弾】は、真っ直ぐにシィカリウスの元に向かった。
『あれ?じ、実弾じゃないですか!?今の!?」
『キャ、キャエーデ、避けて!』
榊と珠瀬が悲鳴交じりの声を上げる。ちなみにキャエーデが今まで撃ってたのはペイント弾だ。
超射程からの弾丸が、真っ直ぐにキャエーデの乗るコクピットに向かっていく。
しかし、
―――フッ―――弾丸が何かに阻まれ勢いを失い止る。
―――ガコン―――止められた弾頭が重力にしたがって地に落ちる。
『え…何で?』
珠瀬と榊、そして築地が疑問の答えを見つける暇も無く、彼女ら3人は一瞬で撃墜されてしまった。
ここまで、戦闘開始から2分と5秒。
『先ほどのことから、一応と確認してみたが・・・タケル、私の突撃銃の弾も実弾だ。演習用じゃない』
「冥夜もか?オレもなんだ・・・一体どういうことなんだ?このまま演習を続けてもいいのか?」
その時、どこかのんびりとした口調の通信が入り、返答した。
『大丈夫よ。私が指示して実弾にさせたの』
「夕呼先生!?一体どういう・・・」
『いいからいいから、どうせ通じないんだし』
「何を・・・!」
『タケル・・・どうやらもめてる場合ではなさそうだぞ?』
御剣の視線の先には・・・ものすごい速さで接近する紅い閃光が走っていた。
「実弾たぁ驚いたな」
【Puto circa hodierno unstoppable sed vivunt munitionis quoadusque〜だが今日の俺は実弾程度じゃ止められねぇ〜】
残りの2機が突撃銃で攻撃を仕掛けてくる。その攻撃は、少しずつ、少しずつPAを削っていく。
「いい加減、【M Molestus〜うっとおしいぜ!〜】」
QBで一瞬で接近する。
右手の格納武器のブレード・・・居合いの思想が組み込まれているそうだ・・・を一閃する。
『な、しまった!』
『御剣機、管制部に被弾、大破』
後残るは白銀機だけだ。
一瞬のことに呆然としている白銀機に右手を突き出し、少し身体を引いて斜に構える。
そして右手をクイッっと動かした。いわゆる挑発だ。
『このおおおおおおおおおお!!』
長刀を手に飛び掛ってくる。
キャエーデも左手のブレードを構え、前に出る。
『白銀機、各部破損、大破』
戦闘時間・・・3分25秒
――― 一方そのころ ―――
「バカな!?あの動きは、キャエーデ中尉の・・・?」
『大尉!あれってまさかQBってやつじゃ・・・』
「馬鹿を言うな!
不知火にそんな動きは出来るはずが無い!」
しかし現実に目の前に居る不知火は、信じられない動きで古参のA-01のメンバーを圧倒していた。