工場群を抜け、砂浜に出た私と銀子さんはそのままそこに降り立った。
左手側には暗い海が広がり、右手側には工場群の一角と防波堤が緩い円のようにして周りを囲っている。
夜ってことと、あの神の所為もあるのだろう。
車の音一つ聞えてくることは無く、響くは漣の音一つであった。
「真実を覆い隠す霧 我にその霧を晴らす知恵をこの手に与えよ」
コートのポケットに忍ばせていたメダルを、白いグローブをはめた右手でもちポツリと呟く。
すると、右手が徐々に淡い青色に光りだすし、その光に呼応するかのようにメダルがくすん群青色に光りだした。
それを目の端で確認してから、ゆっくりと目を閉じる。
頭に浮かんでは消え、消えれば浮かぶ、それを繰返す映像。
まるで、何の関連のない物の様に見えるが、全て一つの者を指すかけら。
(春…に冬。死者の女王と仕える梟。…それに…蛇と女性に盾?…)
他にも様々な映像が頭の中に断片的に流れ込んでくるも、特徴的なものといったら今あげた物だろう。
「…全然わかんないんだけど…」
春と冬…確かこれは大地母神の特徴だって何かの本で読んだことはある。
それに、よく関連付けられるのが冥府の神。
大地母神は春に命を芽吹かせるが、冬には容赦なくその命を刈り取る事からその関連にあるって書いてあったけど…。
はっきり言って大地母神も冥府の神も世界中に五万といるのだ。
そのどれにあたりをつけて良いのかなん、てさっぱりわからん。
『…神様とこれからも戦うきなら、もう少し勉強しておかないと、本気で死ぬよ』
私の顔の付近を飛びながら、それはそれは大きな溜息をつく銀子さん。
確かに、言うことは判る…けど…。
「魔術なら興味もあるし、自分の生活に直結するから何とかなるんだけど…神話ってどうも頭に入ってこないんだよねぇ…」
あははと頭をかきながら言うと、尻尾で後頭部を思いっきり殴られてしまった。
フサフサした尻尾なのに、勢いをつけているからかめちゃくちゃ痛い。
「…まぁ、でも冥府ってことは不死性がある可能性が大ってことか…」
正確に集束点を突く以外、私のもつ権能じゃ彼女を倒せる可能性は低いわね。
「面倒くさいものがまわってきたなぁ…」
『言ってることと顔が符合してないよ』
苦笑いをするかのように言う銀子さんの言葉に、私は首をかしげながらもそっとメダルを持っていない左手で口元を触ると、薄っすらとだが確かに…笑っていた。
私はそのことに、小さく溜息をつくも軽く肩をあげ諦める。
…これが、私の成ったものの本性…そして本能なのだと。
「さて、人は居ないとしても被害はなるべく小さい方が良いよね」
今度ははっきりと、自分でもわかるぐらいニィッと笑うとメダルをポケットに戻し、右腕を肩の位置まであげ、クルリと手を回す。
すると、カードを出すマジジャンのごとく、家庭用の鋏が一本私の右手に納まる。
もう一回クルリとひねると、扇方に広がる形で四本の鋏を右手でもった。
そして、それを同時に思いっきり空に放り出すと、まるで糸に引かれるかのように、四本は四方へ飛び、浜と海の浅瀬に深々と刃の部分が突き刺さるのであった。
広さは堤防より少し手前に鋏が刺さっているため、そこまで広くはならなかったものの、縦40m横20mの長方形に陣を引くことが出来た。
「銀子さん、準備は整った。…悪いけど、戦闘を見てるなら遠くのどっか姿が隠れる所で見ててくれる?」
『…いいのかい?』
「べつに、銀子さんが居ようが居まいが何も変わらないよ。…大丈夫」
『…わるい、面倒をかけるよ』
ポツっとそういうと、銀子さんは彗星のように微かな残像を残すようにして、遠くへと消えていった。
…これでいい。
たとえ渡来神でも、神は神。
神に仕えしものが戦闘において神の敵の傍に居ることになれば、銀子さんや神々の面子は丸つぶれ、そうなることでの影響なんて私には判らないけど、でも…。
「…友達ぐらい、大切にしないとね」
残像するら無くなったことを確認すると、私はメダルが入ったポケットとは反対側に手を突っ込み、万華鏡を取り出し、胸の高さまで持ってくるとグッと握り込んだ。
「効果…解除」
呟くように言った言葉と同時に、先ほどまでランランと万華鏡から出ていた紅い輝きがだんだんと小さくなり、そして…消えた。
それから十分も経たなかったろう、そんな短い時間…彼女は多くの梟を伴い、空からやってきた。
後ろには広大な闇と満月を携えた…彼女は正に女神。
短い銀髪を風にたなびかせる彼女は、現代風の帽子にワイシャツ、ニットのベストと短いスカートをはきながらも、その迫力は失ってはいなかった。
ひしひしと肌に伝わる力の波と、その眼光に宿るは、優しさと冷徹さを兼ね備えた強く冷たき光。
『ほう、一時古き蛇の気配が無くなり慌てもしたが、まさかもう一人神殺しが持っていようとは、わらわでも気づかなかったぞ』
「そう、それなら良かったわ。神様にも私の技が有効だっていう証明ね」
感情の起伏が小さいのか、彼女は目を細めるだけでとどめたたが、どこか楽しそうだ。
『そなた名は?もう一人の名は聞いたが、そなたのはまだ聞いてなかった。古の蛇 をかけて戦うのだ、名ぐらい名乗りあうのが礼儀というものであろう?』
「なら、自分から名乗りなさい。それも礼儀ってやつでしょ」
浮かびなが紡ぐ少女の声はその姿のわりには少し低く、心地よい声をしていたが、紡ぐ言葉は、上から目線もいいところだ。
だが、やはり神殺しになってからは違うと感じる。
どんな神にあっても、勝てるという確信はないものの、負ける気はしなかった。
上から目線だろうと、目の前に神が居ようとも、昔のように逃げ出したいと込み上げてくるものは消えうせ、どうあっても対等に突っ張ることしか考えられない。
『これはまた…先ほどの神殺しとは対極の位置にいる神殺しよ』
「そうなの?私、彼の事はよく知らないから、なんともいいがたいわね」
『少なくとも、自分がどういうものに成り果てたか、そなたはよく理解している』
「…別に、そこまで自分を理解してるつもりもないんだけど」
『そうか?なら周りにある小細工は何だ?』
すっと、視線を横にながし、柄のところしか見えていない鋏を視界にいれた。
「あら、やっぱりばれてた?」
ニヤリと笑い、グローブをはめているのでこもるように聞える、両手を叩く音。
それに反応し、勢いよく張られたのは白く濁った結界。
その表面には薄く、漢字のような文字が漂っていた。
『ほう…神具にさらに何か術を銜えたか』
「…本当、やんなるよ。あんたら神様って種族は」
(…補強の為の術とはいえ、こうも簡単に看破されるのは癪だね)
苦虫を噛み潰したような感情を内包するも、顔は笑う。
己の感情をむき出しにしたら、私みたいな戦い方をするやつには命取りだから。
悟られようと、そうでなくとも…表に出さず引っ掻き回す。
『ふむ、そうなると…そなた、まだその権能扱いきれていないのだな』
「なんのこと?」
『フフフ、わらわはそなたが倒した神とは因縁があってな。その神の権能が一朝一夕でどうこうできるる代物ではないことぐらい、わかっている』
「!?」
『そなた…ヘーパイストスを倒したであろう』
「…」
先ほどまで何の表情も浮かべてなかった彼女の顔は、今は薄っすらと笑いが垣間見える。
それにしても、あの忌々しい神と縁がある神なんて意外…。
『あの胸糞悪い奴の気配が、そなたや神具からは漂ってくる』
「それはそれは、…随分とまぁ嫌っているのね。大分言葉が乱れているわよ?」
『ふっ、己が倒した神の名を言われ、まだそんな減らず口を叩くとは…面白い。
わらわはアテナ…古き蛇奪還とその気配を絶つ為、本気で相手をしてやろう』
ニヤリと笑うと同時に、右手を彼女が振り上げる。
すると、周りを飛んでいた何百羽ともいえる白い梟の大群が、紫の彗星のごとく突進を開始した。
突進してくる梟の数があまりにも多い為、回避は困難と判断し顔の前に腕をクロスさせ防御するが!?
「っ!?」
フッと梟の中に独特な気配を感じ、慌てて海の方に体を転げると、梟の集団の中にデスサイズを振り下ろしたアテナの姿が見えた。
判断が一秒遅れていたら、あのデスサイズの餌食になっていただろう。
転がる勢いを利用し膝をつきながら起き上がる。
左手を砂浜に着けながら右手をクルリとひねり一本の果物ナイフを取り出した。
それを出したとたんアテナが目の前に現れ、デスサイズを振り下ろすもナイフでそれをいなし体制を入れ替える。
だが、左目の端で梟の集団が旋回しまた迫ってきたのを捕らえ、その集団に左手を向けた…。
「火炎球(ファイアー・ボール)」
左手からは大きな火炎球が創られ…放たれた。
放たれた火炎球が集団のど真ん中に命中し、大きな爆発で四割程の梟は燃え、火の玉のように砂浜に落ちてゆくも、大半は上空に逃れたようだ。
だが、こちらに突進してくる様子はなく、彼女アテナの周りに集まっている。
『やはり、この程度では動揺も誘えぬか』
「…そちらも、随分と余裕があるようで」
シレッと言葉を放つアテナに対し、こちらとしては大誤算だ。
祝詞とを挙げなかったとはいえ、使役している梟の六割が残ってしまった。
直撃であたれば焼き鳥に出来るだろうけど、機動力がある分早々簡単には当たってはくれないし、この程度の魔術じゃ目くらまし程度にしかアテナには使えない。
『では、これではどうだ?』
「!!」
アテナはニコリと笑い、そのまま真っ直ぐに突撃を開始した。
だが、梟に隠れるわけでも、瞬間移動をしてくるわけでもなくただ勢いよく突進してきたのであらば、私にだってなんとかなる!!
振り下ろされるデスサイズを果物ナイフで防ぎ、半身からだを回転する形でアテナに切り込む。
だが、柄でそれを防がれ、攻防が続く…が。
『忘れてもらっちゃ困る』
「?…!!」
ナイフで切り込み、それを柄で押さえ込まれていたその時、上空からのおびただしい気配が!?
「げっ!!?!」
それはまるで、流星群。
結界の高さギリギリいっぱいまで飛んでいた梟が…物凄い勢いのまま地面に向かって直滑降してきていた!?!!!!。
特攻をかけてくる梟を横へ、後ろへ飛びながら避けるも、アテナは梟を気にすることなくデスサイズを縦、横、斜めと振り、突進をやめることはない。
「こんっちくっっしょう〜〜〜〜〜〜〜!!!?!」
デスサイズを振り下ろされたときにナイフで刃を防ぎ、それと同時に柄とアテナを思いっきり後ろに蹴り飛ばす!。
アテナが突進してきていたため、私の後ろには結界の壁がせまっていた分アテナの後ろにはかなり余裕があった。
吹っ飛ばされた直後にデスサイズで急ブレーキをかけても、20mはゆうに吹っ飛ばされているのを確認し、左手を上空に掲げる。
「空と大地を渡りし物よ、優しき流れたゆとう水よ、我が手に集いて力となれ!!
霊氷陣!!(デモナ・クリスタル)」
止まっていた私に向かって降り注ぐ梟に、青白い冷気の柱が真上へと向かい、
一気に滑降する梟たちを氷付けにしてゆく。
『小癪な真似をする!!』
一気に瞬間移動をし真横にとんでデスサイズを横に振りかぶるアテナにあわせ、腕をそのまま横に振り下ろす!!!
『っ!?』
いまだに手のひらからは冷気の柱が放たれていたので、デスサイズが振り切られる前にアテナに直撃を食らわせることが出来たものの、勢いを衰えさせながらも振り切ろうとするアテナに、冷気を放っていた手を握り、先ほどまでアテナが居た方向に飛ぶ。
その勢いのまま、アテナに振り返り両手を交差させ、一気に広げると、その線を追うように鋏、カッター、ナイフ、錐、身近にあり手に入る刃物がずらりと宙に数十本並ぶ。
「ごめん、攻めきるよ」
直撃をくらい、腹の辺りが凍ったアテナに広げた腕を振り下ろす。
だが、アテネはそれにあわせ半円の黄色い結界を張り防ぐも、刃物と一緒に飛び込んでいた凪の右手には銀色のペーパーナイフが握られていた。
「切れる!!!!」
一声大きく叫ぶと、ペーパーナイフは鈍く光、アテネを守護していた結界を一太刀で真っ二つに切り裂いた!!
そのまま、ペーパーナイフをアテナに向かい振り下ろすも、またしてもデスサイズの柄に阻まれるが、振り下ろした勢いをそのままに右側面から後ろに回転する形でまわし蹴りをくらわせ、防波堤側の結界に追い込み、そのまま懐に飛び込んで喉仏を突こうとした瞬間!!
『!!』
「えっ!?」
結界が消えた。
もう、見る影も無く全て…
目を見開くも、動揺している暇はない!!
懐に飛び込んでしまった、この隙を突いてアテナは一歩後ろに飛ぶと、ふたたびデスサイズを握り込み、凪の背中めがけ、デスサイズを振り下ろす!!!?
それをしゃがむことで何とか回避するも、そこを思いっきり蹴り飛ばされ、海方面へと思いっきり吹っ飛ばされた。
その拍子に、ポケットに入っていたゴルゴネイオンが飛び出し、浜へと落ちる。
足を突っ張ることで浅瀬でとまり、ゴルゴネイオンをとりに戻ろうとするも、もう既に遅かった。
『やっとわらわの手に古の蛇が戻ったぞ。…そなたとの一戦たいへん面白くあったが、これでしまいじゃ』
左手にデスサイズを持ち、右手にはゴルゴネイオンをもったアテナはそう呟くと、どす黒い煙がアテナを包み込む。
「おい!!誰だかわからねぇけど、ここは俺に任せろ!!」
砂浜の左手側から男子の声が聞こえ、左目の端でそれを捕らえると、走ってくるもう一人の神殺しが目に入り、戦いに集中しすぎていたかと脳内で舌打ちをした。
だが、それを目にした瞬間、己への不甲斐なさからあいつへの殺意へと変わる。
何せ、彼の右手には、私が砂浜に打ち込んだはずの鋏の一本がしっかりと握られていたのだ…。