1993年9月 ポパールハイヴ周辺 スワラージ作戦最前線(日本帝国担当戦線)
「くそっ、来るな、来るな、来るなぁああああ!」
前面から迫り来る突撃級に対して闇雲に36mmをばらまく撃震弐型。
「ばかたれぇ!突撃級に36mmじゃ、足止めにしかならんぞ。使うんなら120mmを使え!」
横合いから小隊長の指示が飛ぶが、残弾が切れるまでトリガーから指が離れることはない。
日本帝国軍第二連隊所属第七十一大隊の戦況は端的に言って、戦線の瓦解寸前だ。
作戦開始からしばらくの間は順調に遂行していたが、想像以上の物量に徐々に戦線が押し込まれて来たところから崩壊は始まった。
原因はいろいろとあげられるが、一つは大隊長である正木文夫少佐をはじめとする初陣組が占める人員の割合があまりに多いことだろう。
36名中、27名がBETA戦を初めて迎えるのである。BETA戦とは物量との戦いである。教練で知ることは出来ても、本質に理解できるのは戦地に立ち、恐ろしいまでの物量を限られた弾薬で食い止める実戦を経験をしたものだけだ。
つまりこの大隊は致命的なまでに実戦経験が足りない衛士の集まりなのだ。
古参組は小隊長を務める9名。他はシミュレーターでしかBETA戦を経験したことのないひよこどもだ。
それ故に、一度押し込まれると途端に弱くなる。理由は補給のタイミングだ。
押し寄せる圧倒的な物量。食い止めるには銃を撃つしかしない。銃が切れたら長刀で戦う事になる。
近接格闘戦に定評がある日本帝国軍人ではあるが、銃弾全てが切れた状況で長刀のみでの戦闘は長期に継続できるものではない。
考えて見て欲しい。遠くから一方的に銃を撃てば良いだけの銃撃戦と、いつ反撃で機体を破壊される変わらない近接戦、おまけに近接戦とはすなわち相手との距離も近くなる。すり減らす神経の量が違うのだ。
それ故に、目の前の敵に対して銃を多用しすぎた。それ故に、想定以上の弾薬を消耗し頻繁な補給が必要となった。それ故に、戦線に穴が空くことになりそれを埋めるためにより多くの弾丸をばらまくこととなる。
徐々に押し込まれていく戦術機達。最初は十分な間隔を持って展開していた36機の撃震弐型が、今では密集陣形に近い形になっている。
このままでは僚機が近すぎて近接格闘戦に移ることも難しくなってしまう。
「くそっ、なんでここまで押し込まれるんだ!支援砲撃までまだ540秒もある。このままでは!」
死の八分を乗り越えて安堵をしていただけに、現状の危機に憤懣やるかたない怒声をまき散らす正木少佐。
だがいくら怒声を飛ばそうと、BETAは止まらない。ただただ、無言で自機に向かって迫ってくる。
「ヴィクター1、落ち着いてください。今ならまだ間に合います。比較的弾薬に余裕がある第三中隊を前面に展開、その間に弾薬の少ない第一、第二中隊を順次補給に回してください」
古参の衛士である小隊長から助言が飛ぶ。だが、これがまずかった。
小隊長としては、第三中隊が前面に出て近接格闘を行いBETAの圧力を和らげ、その間に第一、第二中隊の小隊単位での武器弾薬補給を具申したつもりだった。当然補給に回っていない部隊は、第三中隊の支援を行う。
だが初陣の上敵に攻め込まれているため精神的な余裕を失った正木は初歩的かつ致命的なミスをしてしまう。
「わ、わかった。第三中隊は全面に展開、各機BETAを撃破しろ。第一、第二中隊は、全機補給に回れ!」
「「「え゛!?」」」
古参の小隊長達が一斉に驚愕の声を挙げるの反対に、新兵たちは補給が出来るときき喜び勇んで補給へと後方に下がっていく。
残されたのは第三中隊と、第一、第二中隊に所属する小隊長たちのみ。
「ばっかやろお!!!!」
全面に展開した第三中隊は必死にBETAの圧力に抗うが、あまりの彼我の戦力差の前には蟷螂の斧だ。残った第一、第二中隊の小隊長も援護に回るが焼け石に水だ。
「くそっ、なんて初歩的なミスをするんだ、あの大隊長は!」
「た、助けてください、BETAが、BETAが」
エレメントが上手く機能しなくなって孤立した機体の衛士が助けを求める。
「落ち着け、まだだ、まだ弾も尽きていなければ、刀も折れていない。落ち着け、死の八分を超えたんだ、お前は一人前の衛士だ。おちついて訓練通りにBETAをぶち殺せ!」
古参の小隊長が、孤立した機体の状態をチェック。推進剤は十分、機体にダメージもないし、弾数もわずかだが残っている。必死に落ち着くように呼びかける。
「で、でも、殺しても殺しても、殺しても、うわあああ!」
要撃級の前腕が孤立した撃震弐型に向かって振り下ろされる。
「ヴィクター29!」
支援しようにも他の戦術機も自機の防御で手一杯だ。なすすべなし。そう思った。
そして次の瞬間、要撃級が吹き飛んでいた。文字通り大空を舞っていた。
入れ替わるようにそこには見たことがある戦術機が現れていた。
「こちら第十三大隊所属フライヤー1、これより貴大隊の援護を開始します」
加速をつけた戦術機の蹴りで要撃級を大空に吹き飛ばすという前代未聞の荒技を行ったまりもは、静かにそう告げた。
そして、蹂躙が始まる。
「嘘だろ、おい」
「見ろよ、あれ、BETAがゴミのようだ」
「あれが最新式の撃震か、それにしても嘘だろ、あの機動力」
感嘆の声を背に、まりもが駆る先進技術実証機撃震参型の戦闘は始まっていた。いや、これは戦闘ではない、駆逐であり、蹂躙であり、無慈悲なる破壊行為だ。
両手に近接戦用小太刀、両肩部に可動兵装担架システムから展開した36mmガトリングガン。端から見た先進技術実証機撃震参型の武装はそれだけだ。実際には追加武装がまだまだあるのだがそれの出番は今のところ訪れていない。
まず両手に握られた近接用小太刀。八十九式近接長刀よりも刀身が短いそれは長刀を遙に上回る切れ味を持ちながら、その剣速は雷光の如く。通常の戦術機が長刀を一振りする時間で、二振りはしている。
暴風のように動き回る機動の後には、動かなくなったBETAの残骸が残るだけだ。
次に両肩に展開された36mmガトリングガン。小太刀の扱いの邪魔にならないように展開されたそれは、両腕の小太刀とは別の生き物のようにBETAを補足し、駆逐していく。
凄まじいまでの機動で戦場を駆け抜ける機体から発射されるにもかかわらず、フレンドリーファイアは当然ゼロ。それどころか、異常なまでの命中率をたたき出す。
わずか数十秒で第三中隊に群がっていたBETAの半数が駆逐されていく。
それを確認すると、大空に飛翔。
そう、跳躍ではなく飛翔。
レーザー級何する者ぞと、大空を舞う先進技術実証機撃震参型。
「MOS、最適爆撃位置を2点算出」
救助に向かう途中で制限解除段階を2まで解放されたMOSが、地上のBETAに対しての最適な爆撃位置を算出し網膜投射でまりもに伝える。
「脚部マイクロミサイル発射!」
脚部から左右1発づつのマイクロミサイルがそれぞれ指定された位置に吸い込まれていく。
直後、大きな爆発音と共にBETAの反応がごっそりとなくなる。
M01戦術機搭載型マイクロミサイルの威力である。従来戦術機用のミサイルに搭載するのは難しいとされていたM01を採用した初のミサイルだったが、その効果は抜群だった。
「レーザー照射、数5、位置計測」
MOSの合成音声が危険を知らせるのと同時に、全力で下降を行うまりも。真下にいた要撃級を踏みつぶしながら着地を行う。
次の瞬間には再び地上で小太刀とガトリングガンの乱舞が形成される。
「MOS、レーザー属種の位置はわかった?」
「計測完了、出します。なお、全てレーザ級です」
「距離は、少しあるわね。でもこれくらいなら」
周囲のBETAをあらかた駆逐した先進技術実証機撃震参型の可動兵装担架システムから、両脇のしたから前面に左右一つずつの砲身が展開する。
MOSが捉えたレーザー級の位置は現在位置からかなり離れている。当然その間にはBETAが蔓延っている。
それにも関わらずまりもは、両脇から展開した砲身をレーザー級がいる場所に向ける。
「MOS、弾頭予測計算、誤差修正をお願い」
「指令受領、誤差修正完了」
「よし、いくわよ、う゛ぇすぱー!」
隆也に言われたかけ声と共にトリガーを引く。ちなみにう゛ぇすぱーの正体は、小型の電磁投射砲である。
放たれた電磁投射砲の一撃は、並み居るBETAの身体を貫通しつつ目的のレーザー級を打ち砕く。
「残り4!」
わずかな遅滞もなく電磁投射砲をそれぞれ2射し、残りの4匹のレーザー級を撃ち抜くと再び大空に飛翔。
「レーザー級の反応はなし。どうやらこの辺り一帯のレーザー級は掃討出来たみたいね。MOS、最適爆撃位置を算出して、全武装解除、全力斉射用意」
「指令受領、ポイントを所算出、全武装解除」
「思い知りなさい、BETA!」
トリガーが引かれ、機体に格納された全武装が展開される。
脚部マイクロミサイルが左右7発づつ、腰に備え付けられたミサイルポッドに装填されているM01弾頭誘導弾が左右1発づつ、両脇から展開されている電磁投射砲が一門づつ、両肩に展開されている36mmガトリングガンが一つづつ、そして前方に突き出された両腕の前腕部にグレネードランチャーが2発づつ。
それらがすべて解放される。そして、着弾。
数秒に及ぶ爆風と轟音の後には、第七十一大隊の展開地域にあった無数のBETAの反応が消えていた。
「CPより、フライヤー1へ」
「こちらフライヤー1、どうしたの?」
「なあ、ぶっちゃけおれっていらない子じゃない?」
「え?」
奇跡的な立て直しを実施した英雄は、周りからの感謝と尊敬と畏敬の念の籠もった視線に気づくことなくそんな話をしていた。
たしかにCP役の隆也の出番は0だった。まりもも気づいていないのだが、高速思考、並列思考、そしてMOSのサポートをフル活用している限りCPの出番は限りなく0に近くなっている。
「ま、いいや、それより弾薬が綺麗に0になったな。近くに補給コンテナがあるはずだからMOSから座標を引っ張り出して補給しといてください、フライヤー1」
「フライヤー1了解。フライヤー1より、ヴィクター1へ」
「こ、こちらヴィクター1、なんだ?」
うわずった声で答えが返ってくる。自分の指揮ミスにより危うく第三中隊を壊滅させかけたのだ、あからさまに動揺している。
それを見てまりもは、と小さくため息をつく。あの小塚少佐であれば、間違っても作戦中に部下に動揺を見せるようなことはしないだろう。指揮官としてはまだまだだ。
「こちらの武装はすべて使用しました。補給のため一時戦線を離脱します。大隊が再度展開するまでの時間は稼げたと判断します。許可を頂けないでしょうか」
「わ、わかった、許可する。それと、貴官の援護に感謝する」
「いえ、任務ですので。あと、HQに支援砲撃の中止を申請しておいてください。現在の状況での支援砲撃は無意味です」
支援砲撃する対象がいないのだから当然と言えば当然の処置である。
「そうだな。HQへ日本帝国軍第二連隊所属の第七十一大隊指揮官正木だ。当面の支援砲撃の必要がなくなった。他部隊への支援砲撃を優先してくれ。繰り返す、当面の支援砲撃の必要がなくなった。他部隊への支援砲撃を優先してくれ。」
「こちらHQ、了解しました。他部隊への支援砲撃を開始します」
突然の支援砲撃中止にHQの担当士官は戸惑ったが、どの戦線からも支援砲撃の要請はひっきりなしに来ている。深く考えずに受諾する。
それにしても、支援砲撃要請からわずか300秒しかたっていないはずなのに、なにがあったのだろう、とは少々気にはなった。
「それでは、フライヤー1、補給のため一時後方に下がります」
そう言って匍匐飛行で後方へと下がっていく先進技術実証機撃震参型の後ろ姿を見つめながら、全部隊員がこう思っていた。
我が帝国の先進技術実証機撃震参型は化け物か?
と。小塚三郎技術大尉に言わせれば、こんな物を作ったものとそれを自在に操るもののほうが化け物だ、ということだが、それは誰の耳にも聞こえない。