1993年9月 ポパールハイヴ周辺 スワラージ作戦最前線
「突撃してくる奴はBETAだ、レーザーを撃ってくるのはよく訓練されたBETAだ。ほんとうにBETA戦は地獄だぜ、ひゃっふー!」
戦場を駆け抜けつつ、危うい戦術機があると的確に支援砲撃を入れながら、立花隆也はそんなアホなことをほざいていた。
ちなみに特殊重機関銃の発射時に、一瞬光学迷彩がとれて真っ黒い強化外骨格の姿を戦場にさらすのだが、ほんの数秒で背景に溶け込むことから、その姿を見た者から黒い幻影の名前で呼ばれるようになる。
それを聞いた隆也の反応は、
「なんという中二ネーム」
と思わずうなだれたそうな。
そんな周囲の反応を気にせずに、彼はかけ続ける。目標はオルタネイティブ3直属の特殊戦術情報部隊。本来なら安易に接触するべきではないのだが、状況がそれを許さない。
実戦配備される能力者が13歳前後の少年少女たちという情報を入手した隆也が、少しでも戦死者を減らす方法を探っていたのだが、結局は自分が守るのが一番手っ取り早いという結論に至ったのだ。
一番は戦場に投入しないという方法なのだが、彼らに託された任務の性質上そればかりはどうしようもない。
「あ、あぶない」
隆也の視界の隅でまたもや突撃級の一撃をもらいそうな僚機を発見し、すぐさま突撃級に一撃をたたき込む。
気と親和性の高い金属を含んだ特殊弾頭にたっぷり注ぎ込まれた気により、一撃で文字通りに粉みじんに吹き飛ぶ突撃級。
「まだ新米なのかね?動きが硬いな」
挙動の甘さを見た隆也が独りごちる。
衛士の死亡率が低くなったため、新人も相対的にその数を減らしているが、やはりそれなりの人死にが出ているため、新人が皆無ということはない。
後方支援国家であれば、それなりにまとまった訓練時間も取れるのだが、最前線国家、あるいは前線国家においては、最低限の訓練期間しかとれない、ということはざらだ。
それでもなお、死亡率が格段に下がったのは、新型装備と新OSのおかげである。
そんなある意味衛士の救世主である隆也の耳に、突然通信が割り込んできた。
「こちら国連軍所属第76戦術機甲大隊第二中隊ブラボー1です。そこで支援砲撃をしている支援者、おひさしぶりです」
隆也の網膜にクールビューティーなパッキンレディが映し出された。隆也がどこかで聞いた覚えがある声だと記憶を探ると、BETAと初めて戦ったときに援護した戦術機大隊のブラボー7の声と一致した。
「こちら支援者、ひさしぶりだな、ブラボー1。まえはブラボー7だったが、中隊長に出世したのか?」
隆也はボイスチェンジャーで音声をぶるぅあモードをにしてから答える。ちなみに本当にぶるぅあモードという名称になっている。
「ええ、無事あの戦いを生き抜けたおかげでいままでやってこれました。中隊長に出世したのもそのおかげです」
「あのときはともかく、今まで生き残れたのは自分の実力だろう、気にする必要はない」
「ですがそれもあのとき命を繋げられたから、てっきりあなたは死んだものと思っていました。再び会えて光栄です」
若気の至りで行った行為とはいえ、確かにそれにより命を繋いだ人がいる。そのことに少々感慨深く思った隆也だったが、それを振り払うようにおどけた声を挙げた。
「ああ、こちらも貴重な美女を救えてなによりだ」
「あ、ありがとうございます。隊長もあなたのことは気にしていました」
デレたクールビューティーの顔に、隆也は一人、網膜投射つけて良かった、などと内心で感動していた。
一見呑気に会話を交わしているように見える二人だが、ブラボー1がかるF−15Eは群がる戦車級を一掃し、中隊の僚機に対して指示を的確に飛ばしている。
一方の隆也に関しても、危険度の高い位置にいる戦術機に対して的確な支援を行っている。
隆也はともかく、ブラボー1の操作能力、指揮能力、戦況把握能力は相当なものだ。
「できれば隊長ともお話をしてほしいところですが、さすがに作戦中では難しいですね」
「悪いがこちらも任務があってな、ここらで失礼する。せっかく生きて会えたんだ、また今度も生きて会いたいものだな」
「ええ、そうですね」
高速離脱していく見えない強化外骨格だが、たまに射撃する際に姿が一瞬浮かび上がる。
それはまさに戦場を駆け巡る幻影のようだった。
1993年9月 ポパールハイヴ周辺 スワラージ作戦最前線(日本帝国担当戦線)
「ひゅー、すげえな、この電磁投射砲っていうのは」
「まったくですね、大型BETAはのきなみ吹き飛ぶし、小型種についてもその余波で粉みじんです」
小塚次郎少佐と渡辺美咲大尉がつぶやきながら、第三中隊が電磁投射砲を撃つのを見ていた。
もちろん、自機が所持している電磁投射砲のリロード作業は怠っていない。
三段撃ちも今ところ順調に機能しており、現在三巡目の射撃が終わったところだ。
竹中大尉からの分析結果によれば、36発の電磁投射砲が3巡、計108発の射撃で5000近い大型BETAが駆逐されたとのことだ。
凄まじい威力である。
「Eナイト1よりCPへ。敵さんの分布状況はどうだ?このままの方向での射撃で問題ないか?」
「こちらCP。今のところ問題ありません。引き続き現在の位置から同一方向に射撃を行ってください。探知が正しければまだまだ1万程度の大型種がやってくるはずです。食いでは保証します」
「Eナイト1、了解。聞いたか、おまえら、まだまだお客さんはやってくるそうだ。せいぜい盛大に歓迎してやれよ」
「「「了解」」」
「神宮司少尉、取りこぼしの対処ご苦労、引き続き頼むぞ」
「はっ、了解しました」
実際のところ取りこぼしの数は十数匹程度だ。とはいえ、それを冷静に捌くその技量は、初陣の衛士とは思えない。
「HQへ、こちら日本帝国軍第二連隊所属の第七十一大隊指揮官正木だ、BETAの圧力が強すぎる。支援砲撃を求む。繰り返す、HQへ、こちら日本帝国軍第二連隊所属の第七十一大隊指揮官正木だ、支援砲撃を求む」
回線から切迫した声が聞こえてくる。第七十一大隊といえば、いま第十三大隊が展開している戦場の左側を担当している大隊だ。ここが崩れるとBETAに左右から挟まれる形になる。
「こちらHQ、支援砲撃要請を受諾。ただし現在他所への支援砲撃直後のため展開に時間が掛かる。600秒後に援護射撃を行う」
「ふざけるな、600秒ももつか!」
「こちらHQ、600秒後でなければ支援砲撃は不可能だ。それまで持ちこたえてくれ」
「くそっ」
その声を聞いていた小塚は大きなため息をついた。
「これだから実戦経験のないやつらってのはやっかいなんだ。レーザー級がほぼ無効化されてるんだから600秒程度なんとでも稼ぎ出せるだろうに」
「CPより、Eナイト1へ。お言葉ですが、我々のような実戦経験を積んでいない部隊と指揮官にその要求は少しばかり酷です。Eナイト1は少々自分を過小評価しすぎです。全指揮官があなた並みに能力をもち、全衛士が第十三大隊の平均技量を持っていれば、今頃ハイヴの1つや2つはすでに落としています」
「そんなもんか?どうも、それ以上の化け物が一人入ってきたせいで、感覚がおかしくなっているようだ」
ちらり、とまりも機に目をやる。
まりもは自分のこととは思っていないのか、へー、そんな凄い人が入ってきたのか、などという顔をしている。
「というわけで、神宮司、おまえ援護に行ってこい」
「ふぇ!?」
「神宮司少尉、小塚少佐の命令になんだ、その答えは!」
鋭く飛ぶ竹中大尉の叱責に、まああまあ、ととりなすのは例によって小塚だ。
「いや、悪い、説明が少なかったな。こちらの遊撃担当は俺がやる。神宮司少尉は、代わりに第七十一大隊の支援に向かってくれ」
「はっ、了解しました」
そういうことなら、とすぐさま飛び立つ先進技術実証機撃震参型。
「いやー、若いっていいね」
「わざと言葉をはしょってますね、Eナイト1」
「まあな。これから俺たちの仲間になるって言うんなら、この程度の呼吸の読み合いは必須だからな」
「なるほど」
小塚と竹中の言葉を背に、今はまりもの駆る戦術機が宙を舞う。
後に隆也曰く、まりもん無双、の序章は今この時をもってして始まる。
1993年9月 ポパールハイヴ周辺 スワラージ作戦最前線(ソビエト連邦特殊戦術情報部隊展開地域)
数百に及ぶ戦場を駆け巡ってきた。
だがどれもがある意味生存を約束された戦場だった。
それが、今回は違う。
死を約束された戦場だ。自分だけならまだいい。
オルタネイティブ計画の役に立たなくなった不良品。そんな自分に生きている意味などないだろう。
だが、彼ら、弟妹たちは違う。
自分とは違う、オルタネイティブ計画に必要な能力を備えている。それをむざむざと無駄死にさせるわけにはいかない。
ラリーサ・ドゥヴェは自分の未来予知に何か抜け道はないかを必死に探していた。運命に抗う。それは初めての試みだったかもしれない。
いつも流されてきた。そして、たまたま見えた生き残る道を選んできた。自ら必死に生き残る可能性を探そうと思ったのはこれが初めてだったかも知れない。
103・チィトゥィリ、彼女のパートナーとなるオルタネイティブ計画の子供。第四世代の子供である。
自分たち第二世代に比べれば雲泥のさがあるらしい。つまり、自分の思考も読まれている可能性がある。
このことを上司に報告されれば自分は終わりだろう。だが、彼女の未来予知にその未来は一つも浮かばない。つまり、103、番号でしか呼ばれることのない彼女の能力を持ってしても、自分の能力を突き止めることは出来ないのだろう。
それが良いことなのか悪いことなのか、それはわからない。今自分に出来るのは、彼女の生存率を少しでも高める方法を探るだけだ。
103と呼ばれていた少女は困惑していた。
自分の後部座席に座る女性からは、温かい色が見て取れた。そして同時にどうしよう内ほどの絶望の色も。
自分を労っていてくれる。それは彼女に取っては初めての経験だった。
今までにあったのは、実験動物を見る目、そしてその能力を測るだけの色。祖国への愛を強要しつつ、自分自身は欠片もそのような思いを抱いていない虚構に満ちた色。
後部座席にいる女性から感じられるのはそのいずれとも違ったものだった。
自分たちは使い捨てにされるのだろう。だがそれは祖国のために必要なものだ。少しでも多くの情報を持ち帰る、それが祖国に必要なものだ。
そう教えられてきた、そして、そう信じていた。だが、彼女のように優しい色を浮かべる人は誰もいなかった。
何が違うのだろう。彼女が祖国の教えに背いている?そうかもしれない。でもこの優しい色が愚昧なる反逆者のものとは思えなかった。
それ故に103と呼ばれた少女は、祖国の司令部になんの報告もしなかった。
それが彼女の生死をわける選択になったとしるのは、全てが終わってからだった。