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Cross†Destiny〜死を誘う音楽〜 【第一章】
作者:泉海斗   2013/01/12(土) 09:26公開   ID:PPoQrEUnCiY
 季節が春になり、新学期を迎える児童・生徒たち、新たなスタートを切ることになる新社会人たちにとっても特別な思いを感じる四月が到来した。
 彼らに負けず劣らず、青年の気持ちも高鳴る一方だった。
 黒いスーツに身を包んだ菅原正義は晴れ晴れとしている青空を仰ぎ見る。
 新しいスタートを切るのに相応しい天気日和だ。
 僕にとって警察官とは物心がついたころからの憧れだった。両親がその関係の職業についていたわけではなく、僕自身が何か事件に巻き込まれたところを助けられたからでもない。
 普段テレビなどで見ていた彼らの働く姿がまるで正義の味方のように見えたのがきっかけだった。彼らの姿がアニメなどで悪と戦い、人々を守っている正義の味方の姿と重なったからだ。
 だから高校を卒業した後は東京に出て、警察官になろうと思った。
 テレビのアニメやドラマのように活躍するのを夢見ているなどと、成人しながらそのような思いを抱き続けていた。
 警察学校を出て、去年までは交番勤務だった。
 大きな事件などはなく、時々起きる盗難事件や暴行事件に対する対処、近年低年齢化している援助交際に対する注意の呼びかけなどが主な仕事だった。
 あとは自転車を運転しての巡回や道案内くらいだろうか。
 行き会う人々に声をかけ、親睦を深め合った。
 誰かのために何かをしているという充実感は感じていたが、それでもどこか物足りなさがあった。
 やはり自分が求めているのは事件が発生して、現場に急行し、調査をするという昔から憧れている警察官としての仕事だった。
 それが今日ようやく叶うのだ。
 警察官になって三年目にしてついに警察署に本日付けで配属されることになったのだ。
 それを通達された時には舞い上がってしまい、一緒に勤務していた先輩刑事に一括されたのもまた良い思い出だ。
 懐からタバコとライターを取り出し、火をつける。
 せっかく成人したのだ、お酒とともに許しの出たタバコを吸うこともこれからはとがめられることもない。
 先輩刑事が言うにはストレス解消にはなくてはならないものだそうだ。
 思いっきり肺いっぱいに煙を吸い込んでみる――次の瞬間激しく咽て咳き込んでいた。
 おいしいと聞いていたが、とてもじゃないがそうは思えない。
 これが大人の味っていうものなのだろうか……。
 これならお酒というものも高が知れている。まだ口にはしていないが、積極的に呑もうという気にはなれなさそうだ。
 そう思いながらも、もう一度タバコを口にする。煙の吸い方がまずかったのかもしれない。次は少し慎重にやってみようと思う。
 そんなことをしているといつの間にか大きな建物が横に見えてきた。
 あれが今日から自分の配属になる署舎である滝原警察署のようだ。
 タバコもちょうど短くなっていたので、それを懐から取り出した携帯灰皿に入れる。
 道端に捨てて、火事などになるなどとんでもないことになったら刑事失格だ。
 関わり合いはないが、タバコのポイ捨てからの火事については以前気いたことがあったので気をつけるようにしていた。
 大きな建物であり。交番とは段違いだ。
 十数階もあるようで、それぞれ課が異なったり、会議室やらがあったりするのだろう。
 いよいよ子どもの頃から見ていた刑事ドラマと同じ舞台に立つことができるのだと思うと、ワクワク感が最高潮に達しようとしていた。
 建物の敷地内へと足を踏み入れる。
 同じように出勤する男女の姿が見られる。
 時折自分のことを見てくる視線が感じられる。見知らぬ男が歩いているので、当然の反応なのかもしれない。まだ個々で働いている者たちには顔も名前も知られていないので仕方がないのであるが、あまりいい気分ではない。
 早く中に入ってしまおうと、自然と早歩きになっていた。
 中に入ると広々とした玄関ホールが最初に出迎えてくれた。
 きれいに清掃されているためか、窓から差し込む太陽の光が反射して見える。
 とりあえず配属される刑事課に顔を出して挨拶しないと。
 そう思い、辺りを見渡す。
 一階は玄関ホールのみらしく、部屋らしい部屋は見当たらない。
 ならば二階以上にあるだろうと考えるのが妥当だろう。
 近くに受付があり、担当の刑事服に身を包んだ男性の姿があったので、歩み寄る。

「おはようございます。何か御用ですか?」

 元気のある挨拶だ。
 何の疑いの視線を向けず、受付の仕事をしてくれる。
 正義にとってはうれしい歓迎の仕方だ。

「おはようございます」

 そう言いながら僕は懐から警察手帳を取り出し、中を開いて彼に見せる。
 これから刑事として働けるのかと、少し浮ついた気持ちが顔に表れていたのだろう、まるで子どもが珍しいものを見せびらかしているようだ。

「今日から配属になりました、菅原です。よろしくお願いします」
「お疲れ様です。刑事課は二階になります」

 生真面目な性格なのか、ビシッとしたきれいな敬礼をしながら教えてくれた。

「ありがとう」

 お礼を言って正義は言われた通り、階段を上がって二階へと向かう。
 途中下の受付の方を見ると、まだこちらを見ながら敬礼をしていた。
 そこまでされるとは思っても見なく、気恥ずかしさを感じた。
 二階に上がると、まだ朝が早いためか、人はまばらだった。
 上がったはいいが、二階とはいえ広い署舎である。どこに何があるのかが分からず、辺りをキョロキョロと見渡しながら刑事課の部屋を探す。
 ようやく案内図のようなものを見つけ、どうやら来た道をまっすぐに行った先の部屋が刑事課であるようだ。
 向かう途中に、一人の男性刑事に引き止められた。

「ちょっと君、一体警察署に何のようだい?」

 やはり知らない男が歩いていれば怪しまれるのは当然か。
 苦笑いを浮かべながら、僕は受付の時と同じように警察手帳を見せる。
 すると男性刑事は納得したようで、「すまなかったな」と一言謝罪してくれた。
 そしてようやく今日からの仕事場である刑事課の部屋へと辿り着く。
 部屋の入り口の壁にあるプレートに刑事課と刻まれているのがあるので、間違いないだろう。
 期待と緊張が入り混じった感覚が身体を駆け巡る。
 思わず笑みがこぼれる。
 肺いっぱいに空気を吸い込み、深呼吸する。
 ゆっくりと足を踏み出し、部屋へと入った。
 中の様子はいかにも警察署というもので、いくつもの机が並べられており、捜査資料やら報告書などといった紙類がいくつも山を築いていた。
 しかし中はがらんとしており、見た限り現在出勤しているのは片手で数えられるくらいで、その内の一人の女性は朝早くから事情聴取と思われることをしている。
 彼女の前には立ったまま口をつぐみ、ふんぞり返っているなど生意気な態度をとる少年がいた。
 大方窃盗などを犯したのだろう。

「ちゃんと君の犯行を見たって言う人はいるんだよ? それにポケットから出てきたこれ、まだちゃんとお金払ったものじゃないよね」

 彼女の机の上にはコンビニかどこかで盗んだ商品が置かれていた。
 彼女は両手にペンと資料を持って少年が答えているのを書き込んでいる。
 仕事に集中しているためか僕が来たことに気付いていないようだ。
 邪魔してはまずいと思い、そっと室内を歩く。まるで忍び込んだようで、決して いい気分ではなかった。
 椅子を並べてベッド代わりに眠っている人がいた。
 徹夜明けなのか、机の上には完成したばかりの資料が投げ捨てられるように措かれていた。
 一番窓際に置かれているのは課長の机だろうか。
 無人であるが、きれいに整頓されている。何枚かの報告書が出されているのが目に入った。
 一枚はすでに解決されている事件らしく、若者同士の暴行事件のようだ。
 酔った勢いで殴り合いに発展してしまったとのことで、あまりパッとしないものだった。
 もう一枚はまだ未解決のもののようで、新たな被害についての報告のものだった。
 その内容を読もうとしたが、突然肩を掴まれ、思いっきり引っ張られる。
 勢い余って振り返ってしまう。正義の前にはつい先ほどまで事情聴取をしていた女性刑事の姿があった。
 彼とは頭一つ違うようで、お互いに見下ろす、見上げるという形になっている。

「あ、おはようございます」

 相手は先輩に当たる人物だ、反射的に挨拶をしてしまう。
 しまったと思い、咄嗟に思いついたごまかしの行動でもあるのだが、

「何を見てるの?」

 凛とした声が、突きつけられた鋭利な刃物のように感じられる。

「それに、君どこの課の人? ここじゃあ、見かけない顔だけど」

 どこの誰かも知らない男が重要な報告書を見ているなど不審以外の何物でもない。
 このままでは刑事である自分が逮捕されかねない。
 まだ仕事の一つもしていないのに、誤解で逮捕されるなどというのはごめんこうむる。
 正義は慌てて警察手帳を見せる。

「今日付けで刑事課に配属になりました、菅原正義と言います」
「もしかして、新人君?」

 数秒前まであった疑いの感じはすでに影を潜めていた。
 代わりに彼女が聞いて来たのは正義自身のことについてだった。
 正義は彼女のその質問に対して、頷き、素直に答える。

「課長からは新人が配属されることなんて聞いてなかったのに」

 どうやら自分のことについては、まだほとんど通達されていないようだ。
 それなら周りから不審者に対する目で見られるのは当然のことか、と思う。

「でも勝手に見るのは感心しないな」

 腕組みをして諭すように言う彼女は、まるで悪戯を発見して子どもに注意する母親のようだった。
 すいません、と正義は謝罪する。
 するとどこからかクスクスと子どもが笑うような声が聞こえた。
 えっと思い、視線を室内に向ける。

「どうしたの?」

 女性が不思議そうに尋ねてくる。
 彼女には聞こえなかったのだろうか、この場所、この時間帯にはありえない子どもの笑い声が。
 あたふたしている僕のことを見て面白がっているのか、笑い声は途切れることなく聞こえてくる。
 そんな笑い声を掻き消すほどのアラートが警察署内に響き渡る。
 眠っていた男性刑事もそのアラートが目覚まし代わりになったようで、むくりと起き上がった。

『警視庁から重要事件入電中、管内滝原駅にて会社員の男性一人が列車に轢かれるという事件が発生。繰り返し連絡します――』

 事件?
 と、正義の頭に?マークが浮かんだ。
 列車に轢かれるということなら、事件ではなく事故なのではないかと思ったからだ。
 しかし首を捻っている正義とは違い、彼女の方は署内放送を聞くや否や、弾かれるように自分の机にあったバッグを肩から下げ、室内を出て行く。
 ぽつんと刑事課の室内に取り残されてしまった。
 どうしようかと誰かに助けを請おうにも正義以外にはここには残っていない。
 途方に暮れていると、誰かにスーツを引っ張られるのを感じる。
 誰だろうかと思い、視線を下げる。
 するとそこにいたのは一人の子どもだった。
 だいたい小学校低学年くらいの背丈の女の子だった。
 まるで雪のような白い肌をしており、触れてしまうのも躊躇ってしまうほどだ。
 正義を見上げるようにして見つめているくりっとした二つの瞳。その双眸は、じっと見ていると吸い込まれるような感覚を覚えさせた。
 その瞳の色は透き通った青色だった。
 吸い込まれそうな感覚を感じさせたのは、その青が海と同じ透き通った色をしていたからなのかもしれない。
 丁寧に梳られた銀色に輝く髪の毛は前できれいに切り揃えられており、後ろは腰まで長く伸ばされているが、頭頂部で寝癖のように二箇所ほどピンと跳ね上がっている。着ている服は狩衣と呼ばれるもので、とても現代風とは思えないもので、彼女はまるで平安時代の公家のコスプレをしているかのように思える。
 あまりのことに言葉を失う。
 確かに先ほど子どもの笑い声が聞こえたが、まさか彼女のものだったのだろうか。
 それ以前に、一体いつの間に彼女は入ってきたのだろうか。大体警察署にこのような小さな子どもが入ってきて不審に思わないわけがない、と冷静に考える。

「君のお名前は何て言うのかな?」

 こんな小さな子ども相手に、正義はどうしたわけか、恐る恐るというように尋ねていた。

「どこから来たんだい? もしかして迷子?」

 配属されてからの最初の仕事がまさか迷子の相手になるとは思わなかった。
 それでも仕事は仕事、正義は少女と目線を合わせるためにしゃがみ込もうとした。
 しかし、同時に僕の目はある一点に集中してしまい、動きが止まる。
 少女の背中の奥――つまりはお尻の辺りに何かが飛び跳ねるのが見えたのだ。何だろうかと少しだけ身体をずらして見てみると、その正体に気付き、僕は唖然とする。
 そこに見えたのは尻尾だった。
 柔らかそうな毛並みで、木の葉の形をした九本の尻尾がユラリユラリと動いている。僕は慌てて彼女の頭に視線を戻す。さきほどまでは寝癖か癖毛なのかと思われていた頭頂部のピンと跳ねているのは、尻尾と同じ銀色の毛に覆われた耳だった。
 彼女は人間なのか?
 正義はそれを確かめようと思い、ゆっくりと手を彼女の頭頂部にある耳へと伸ばした。
 それに触れてみる――人間の耳とは違い、温かく、フワフワとした毛の触感が感じられた。軽く引っ張ってみるも、被り物ではなくまぎれもない本物の耳だった。

「初対面の相手に、普通触れるものなのか?」

 彼女の言葉に、慌てて僕は耳から手を離す。
 確かに初対面の相手に、どんな理由があろうとも無断で触れるのは失礼だ。
 確かめたいという思いが先行してしまい、そんな常識的なことを失念していた。
 反省が必要だ……。
 僕がそう思っていると少女が話しかけてきた。

「そんなことより、あなたは行かなくてもいいのか?」

 行くって、どこに?
 彼女の言葉を理解できず、僕は首を傾げる。

「現場よ、現場。さっきの放送、聞いてなかったのか?」

 少女は呆れた表情を浮かべながら言う。
 聞いていたけど、でもあれは事故であって事件じゃ――。

「あなたは何も知らないから、そうやって決め付けられるのだぞ」

 とうとうため息をつかれた。
 何も知らないって、どういうこと?

「それを知りたいのなら、出て行った彼女を追いかければ分かるぞ」

 そう言いながら少女は、女性が出て行った方に指を指した。
 彼女が放送を聞いた瞬間に飛び出して行ったのは、それが事故ではなく始めから事件だと知っていたからなのか。
 もしかしてと思い、課長の机の上にあった報告書に飛びつく。
 そこに書かれていたのは思った通り、事故ではなく事件についての内容だった。
 さらにその事件は連続的に起きており、それを提出したのが先ほどの女性だった。
 左胸に付けられていたネームプレートで名前は知っていた。
 篠原亜梨子。
 それが彼女の名前だった。

「事件があなたを待っているぞ」

 恐ろしいことを言ってくれる。
 そう思いながら振り返るが、すでにそこには少女の姿はなかった。
 まるで初めからいなかったかのように、彼女の姿はどこを見渡しても見つけられなかった。
 彼女は一体何者だったのだろう。
 もしかして超常的な存在? 
しかし本当にこの世にそんなものが存在しているのだろうか。
 その手の存在を信じていないので、考えたところで分かるはずもない。
 とにかく今は彼女に言われた通り、事件現場へと向かうべきだろうと思う。
 初めての警察署への配属で浮かれていたためか、すっかり忘れていた。
 どうして刑事になりたかったのか――それは正義の味方のように、みんなの笑顔を守りたいからだったはずだ。
 なら事故も事件も関係ないはず。
 自分の手が届く範囲なら、差し伸べなければいけないだろう。
 そうと決まれば動かないわけにはいかない。
 正義は鞄を肩から提げ、捜査室を後にした。

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■作者からのメッセージ
はじめましての方は、はじめまして。
いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
作者の泉海斗です。
前回はたくさんの読者のみなさまに読んでいただくことができ、ありがたく思っています。
ようやく主人公が登場し、物語が動き出しました。今後も楽しんでいただけると幸いです。
ご意見、ご感想をいただけると幸いです。
この物語を読んでくださったみなさまに、無上の感謝を、変わらず。
それではまた次回!
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