「同時に相手できるBETAの数?そうだな、状況によるな。例えばだ、エレメントを組んだ最低単位でも、相手BETAにレーザー級がいない構成だったら、数十匹は軽くあしらえる。ん?レーザー級ありでしかもエレメントを組まずに単騎でやりあった場合?そうなると話はまるで変わってくるな。そもそも最小行動単位である2機連携を必ず守るように徹底されているのは何でだと思う?そうだ、互いに相手をフォローしあうことにより、死角をなくしBETAからの攻撃を受けないようにするためだ。それが単騎になるとどうなると思う?考えるまでもないだろう。一人の人間がもつ死角ってのは半端じゃない。エレメントを組んでも完全にカバー仕切れないのに、単騎だとなおのことだ。遠距離で徹底的に距離を置いて戦って、せいぜい7〜8体、近接になるとそうだな3〜4体がせいぜいじゃないか。レーザー級に制空権を握られている時点でそれだけ相手取れたらまあ一人前だろう。エレメントとレーザー級の存在、この2つの要素はBETA戦においては欠かすことが出来ないものだな。え?一機で数千のBETAを屠ることが可能かって?それは無理な注文だな。現在最高性能の一画と言われる撃震弐型でもそんなことは不可能だ。もしそんなことが出来るんなら、裸で基地内を逆立ちして一周してやるよ」
ポパール作戦開始前に行われたN帝国軍K少佐のインタビューより
1993年9月 ポパールハイヴ周辺 スワラージ作戦最前線(ハイヴ北部域)
迫り来るのは10万のBETA、立ち向かうのはたった一機の戦術機。
絶望的な戦力差。
圧倒的な物量差。
だが、しかし、戦術機に乗る衛士の心は澄み渡っていた。
目的は殲滅ではなく、遅滞戦。
ハイヴ反応炉の破壊までの間、BETAを引きつけていればよい。
光学モニターに映し出される突撃級の姿が徐々にはっきりとしてきた。
通常兵装の射程圏内まであと数分と言ったところだろうか。
津波のように押し寄せてくる突撃級の前に、一機佇む戦術機、その名は先進技術実証機撃震参型。
現存する人類の作成した全ての戦術機を上回る性能と打撃力を持つその機体。戦術機の開発に携わるものがその設計図を見れば正気を失いかねないその技術の粋。
その全ての性能を知るものは片手で足りるほどしかいない。
そしてそれを駆る存在。
帝国軍技術廠所属神宮司まりも少尉。
地球上に存在する、そして今まで存在した全ての衛士を足下にすら寄せ付けない、人類の究極を突き進む一人。
これより始まるは、最強の戦術機と最高の衛士の競演。無数のBETAをすら寄せ付けない演舞。
さあ始めよう。この愚かしくも惨たらしい戦いに最後の華を添えるために。
「さて、始めるわよ、MOS」
「承知しました」
今、幕が上がる。
1993年9月 ポパールハイヴ内
「下層の中盤まで突破、これより下層の終盤にさしかかる。各自周囲警戒を厳とせよ」
「「「了解」」」
あっけないほど簡単に人類のハイヴ攻略深度記録を塗り替えたソ連特殊戦術情報部隊は、さらなる記録更新のために歩を進めていた。
足下に転がるのはBETAの死骸。
全ては切り刻まれるか、破裂したかのように原型を留めていないものばかりだ。
自分たちがたどり着いたときはすでにこの状況だった。
「支援者…何者だいったい。目的は一体何だ?」
リサー1が何度も繰り返して考える疑問の答えは出ることはなかった。
「リサー1後方からBETAの進行する振動を検知…あれ、反応消えました」
緊急の通信が入ったと思ったら、尻つぼみになる。ここにくるまでに何度か繰り返されたやりとりだ。
「支援者よりリサー1へ。背後よりきたBETAはこちらで潰しておいた。安心しして前進してくれ」
「あ、ああ、わかった」
これだ。支援者とは何者か、そして一体何名いるのか?
部隊の前後に最低でも一体ずつはいないとこのようなことは不可能だろう。
だとすれば最低でも二人か。
などと考えるリサー1だったが、自分たちの頭上をせわしなく往復している隆也に気づくことはなかった。
1993年9月 ポパールハイヴ周辺 スワラージ作戦最前線(ハイヴ北部域)
「う゛ぇすぱーを使う!」
通常兵装では届かない距離でも、強化された電磁投射砲に取っては適正射撃距離だ。
強化された電磁投射砲2門から、強化された銃弾が解き放たれる。
光速の1%にも達した速度の一撃が迫り来る突撃級の波に突き刺さる。
その光景はさながらモーゼが起こしたとされる奇跡のようだった。
割れるBETAの波。直撃を受けるまでもなくその衝撃波で粉砕される無数のBETA。
一瞬にして数百のBETAが消滅するだけでなく、弾丸の通過した地形が大きくえぐれているのを確認したまりもは、その威力に少々引いていた。
「ねえ隆也くん、これってほいほい使っていいものじゃないわよね?」
「いいんじゃないですかね、今は非常事態ですから」
「まあ、そうだけど」
「あ、ちなみに今は軍務中ですのでCPでよろしくどうぞ」
「もう、わかってるわよ」
ぼやきつつ、一気に突撃級との距離を詰めるまりも機。
相対距離が通常兵器の射程にまで縮まったそのとき、両肩に展開した36mmガトリングガンが火を噴く。
これまた強化された36mm弾は、易々と突撃級の前面装甲を突き抜け背後の突撃級をも駆逐していく。
殲滅速度はさきほどまでの比ではない。
一撃一撃が強化された速度で放たれる弾丸。一発一発が同時に複数の敵を討ち貫いていく。
一瞬にして数百のBETAを動かぬ物体へと置き換えたまりも機がBETA群と接敵。
彼我の距離はゼロ。
まりも機が両手に握っている小太刀が不可視の気により覆われていく。
見えない刀身が形成される。その長さは20メートル近くに及ぶ。
それを一振り。数匹の突撃級が切断される。
「キルスコア、1000を超えました」
「ここまで凄いとなんかもう、笑えてくるわね」
「ふはは、見ろ、BETAがゴミのようだ!、ですね、わかります」
「もう、何を言っているのよ。それよりもいいの、こんな反則技を実戦で使っても」
「大丈夫、根回しは出来ているし、後ろでこっそりとこちらをうかがっている偵察用の戦術機部隊のハッキングは完了していますからね。見た人間の記憶はごまかせなくても、光学映像記録の改ざんはお手の物ってね」
「そういうことなら、もうちょっと無茶してみようかしら」
突撃級の群れのど真ん中に踊り込みさらに激しく舞うまりも機。
それはまさに舞だった。見る者を魅了する怪しい舞のように、まりも機の両手の小太刀が振るわれる。
それに調子を合わせるように36mm火薬の炸裂音響き渡る。
一秒ごとに激しくなる舞。
それとともに加速度的に減ってゆくBETAを表すマーカー。
そしてBETAの群れが直線に並ぶように誘導すると、電磁投射砲の一撃が放たれる。
瞬間、雷鳴のような轟音が響き渡り、大地に刻まれる二条の亀裂と共にBETAがその存在を消し飛ばされていく。
「キルスコア、2000を超えました」
「あら、最速ね。さすがに違うわね」
「そりゃあもう、全機能を解放した場合の能力差って、軍人と赤ちゃんくらいの違いがありますからね」
「…それって、完全に別物よね」
「まあ、そうともいう、おっと後続部隊射程圏内に入ったみたいですよ」
誤魔化す隆也をよそに意識を向けると確かに後続部隊が射程圏内に入ったようだ。今のまりもは量子電導脳であるMOSと半分意識を共有している状態なので、考えるだけで情報が意識に浮かぶのだ。
となるとこれからは要撃級、突撃級、要塞級、戦車級、そしてなによりも重光線級、光線級が入り交じった戦いとなる。
この中で一番やっかいなものはやはりレーザー属種だろう。
まりもが意識を集中し、レーザー属種の気を検出、それをマーキングする。
そしてしばし意識を集中するまりも。もちろん並列思考で、戦闘自体は支障なく行われている。
みるみる数を減らしていく突撃級。
たまに、脚部マイクロミサイルで突撃級を吹き飛ばしているくらいで、基本は両手に持った小太刀と36mmガトリングガンだ。
脚部マイクロミサイルはM01搭載型を気で飛躍的に強化しているために、一発で百単位のBETAが駆逐されていく。当然爆風などにまりも機も晒されるのだが、強化された機体には何の痛痒も感じない。
「ホーミングミサイル発射!」
集中をしたままのまりものかけ声と共に、腰部のミサイルポッドからミサイルが発射される。それはまりもの気により覆われまりもの意志により自在に動く、誘導弾。
推進剤が切れてもまりもからの気の供給が切れない限り無限に動き回る。
それが後方から迫り来るBETA集団に向けて放たれる。
それを迎撃せんとレーザーがミサイルを迎え撃つ。
だがすべてのレーザーを異常なまでの機動で回避し、狙ったポイント、つまりマーキングしたレーザー属種のいるところまで到達する。
そして爆発音。
百近いBETAが重光線級と共に灰燼とかす。
「すげぇ、ファンネルミサイルかよ」
「ふぁんねるみさいる?なにそれ」
「いや、なんでもない。今のって、自分で考えたんですか、フライヤー1?」
「ええ、でも難しいわね。一つの思考が完全に制御に取られるから、多用するのは危険かも知れないわね」
「なるほど、確かにそういう側面もあるか。でもすごいな、自分でその発想に至るとは」
「え?そ、そうかしら?」
照れ照れしながらもBETAの殲滅速度はいっこうに衰えることはない。
「キルスコア、3000を超えました」
「あら、もうそんなに?そろそろいったん補給しないとね」
まりもの脳裏に補給コンテナの位置が浮かぶ。一番近いところで飛んで30秒と出た。
「悪いけど少しまっててね」
言うが早いか、まりも機が装備しているミサイル類が一斉に発射される。
一発一発が強化されたM01弾頭搭載のミサイルだ。
着弾、爆発、爆風、もうもうと爆煙が立ち上る。
「キルスコア、4000を超えました」
一瞬にしてまりもの前に退路が開かれると、まりも機は一気に加速を掛けて補給コンテナに接触し補給を行う。
ぞくぞくと押し寄せてくるBETAの中での補給だが、最新補給システム搭載の補給コンテナは一瞬でまりも機の補給を完了させる。
時間にしてわずか10秒。その前に周辺のBETAを一掃しているためにその程度の時間は確保できる。
「さて、仕切り直しといきましょうか。焦らなくても大丈夫よ。宴はまだ始まったばかりなんだから」
戦闘の高揚のため頬を上気させたまりもが呟く。
BETAにとっての地獄は、まだ始まったばかりだった。