1993年9月 ポパールハイヴ内
「ふむ、やっぱりおかしいな。オリジナルハイヴの時にあった門級BETAがいない。あれはオリジナルハイヴのみの限定品だったのか?」
迫り来るBETAを肉塊に変えながらぼやくのは、黒い幻影こと立花隆也だった。
「もしくは一定以上のフェイズにならないと作らないとかかな。この辺りも調べておくか」
眼前に迫った反応炉が存在する広間に目を向けながら、回線に接続する。
「支援者よりリサー1へ、支援者よりリサー1へ」
「こちらリサー1。どうした支援者?」
「メインステージへの経路が確定した。そちらのマップに反映させる」
「メインステージ?反応炉か!?」
「当たりだ。引き続きBETAに警戒しつつ本来の任務を果たしてくれ。ついでに、反応炉まで来る来ないはそちらの判断に任せる。反応炉の調査までは含まれていないんだろ?」
一般的な見解としてはBETAと反応炉は別物扱いとなっている。隆也調べでは反応炉も立派なBETAの一種なのだが、そのことに気づいている科学者はいない。
さて、ソ連特殊部隊はどうでるかとうかがっていると、
「我らの任務の一環に反応炉の破壊は含まれていない。が、反応炉周辺に未確認のBETAが存在しないとも限らない。よって、このマップを利用させてもらう」
なるほど、そう来るか。確かにたまに未確認種のBETAが見かけられるという話は有名だ。反応炉近くにしか存在しないBETAがいたとしてもおかしくないだろう。実際にオリジナルハイヴ内には、門級BETAとかもいたわけだし。
「こちら支援者、了解した。ただあまり調査時間は取れないぞ。なんせBETAがわんさかとこちらに押し寄せてきているからな」
ハイヴ内のBETAの分布図に徐々に変化が現れている。つまり、反応炉を守るように広間に向かって移動を開始しているのだ。おかげで突入部隊のほうの被害は軽微なのだが、このままでは反応炉までたどり着くのが難しくなってしまう。
しょうがないか、と隆也がBETAの殲滅速度を上げていく。
「ハイヴ内の残存BETA数、4万ちょっとか。ちょいと気合いを入れますか」
つぶやくと今度は降下部隊との間にいるBETAの駆逐を開始し始めた。ちなみにソ連特殊部隊周辺のBETAはすでに壊滅済みだ。
12.7mmはすでに尽きており、代わりに気弾を利用した攻撃に移行している。
通常弾に気を込めるのと違って、気をそのまま放っているため消費は多いが、気力1消費で10発程度発射可能なため、割と燃費は良い。ましては気増幅機関を積んでいるので弾切れの心配は実質0と言って良いだろう。
「降下部隊さん、もうちょっと待っててくださいね、と。すぐに行くからな」
「ダイバー1より、各機へ。今、支援者から提供されているBETAの分布図が更新された。どうやらBETAが反応炉周辺に集結しつつあるようだ。急いで反応炉に到達しないと手遅れになる。少々危険だが、BETA密集ルートを迂回せずに全速で向かうぞ」
「ダイバー各機了解しました」
怯えなど微塵も感じさせない闘志あふれる答えが返ってきた。
「よし、では行こう諸君、人類の勝利のために!」
F−15を中心とした機体で構成された降下部隊が進撃速度を上げていく。下層上部から一気に最下層へと向けて突き進む。そのルートには多数のBETAが蔓延っている。少なくない被害が出るが、このまま手をこまねいているとさらにBETAの密度が上がるだけだ。
犠牲はもとより覚悟の上。だがどれだけ犠牲を出そうと反応炉の破壊は成してみせる。誓いは硬く、思いも強い。
降下部隊のメンバーは全てBETAにより故郷を追われた者たちだ。彼らの思いはたとえ万のBETAを相手にしても消して挫くことはできないだろう。
まさか頭上では10万対1の決戦が行われているとは夢にも思っていないダイバー1は、自らの部隊員を誇りに思っていた。
「前方100mに偽装横坑の可能性大。警戒を厳にして、一気に駆け抜ける!」
「「「了解」」」
駆け抜ける戦術機の横っ腹に食らいつくかのようなタイミングで、偽装横坑からBETAが溢れ出てくる。
「ダイバー1、戦列が分断されます!」
「構うな、今は一刻も早く反応炉に向かうんだ。分断された後続部隊はBETAを殲滅後に速やかに合流せよ!」
「了解」
多少の犠牲は許容する。その上で最速で反応炉の破壊を。降下部隊の隊長であるダイバー1が出した答えはそれだった。
一方、ちょうど偽装横坑の真ん前に到達したときに壁が崩れたために、崩れたハイヴ構造物下敷きになりそうになった戦術機の中の衛士は回避が無理なことを悟ると、目をつむり衝撃に備える。
だがいつまでたっても衝撃がこない。何が何だかわからないが助かったのは確かだ。すぐさま機体を立て直して、周辺のBETAの殲滅に移ろうとして唖然とする。
襲いかかってきた300近いBETAが凄まじい勢いで駆逐されているのだ。
「い、一体なにが?」
呆然とするがそこは歴戦の猛者を集めた降下部隊の隊員。近くに寄ってくるBETAを手にした36mmで的確に仕留めていく。
その間にもBETAの殲滅速度は少しも落ちない。マーカーのBETAが一瞬一瞬で凄まじい勢いで減っていく。目の前でBETAが切り刻まれていく、何かの銃撃を受けたように爆散していく。
BETAの体液を被った瞬間、ぼわっと黒い幻影、いや正確に言えば黒い強化外骨格が浮かび上がる。
「ラスト1だ」
渋い声が回線越しに聞こえてきたと思うと、黒い幻影が自機に向かって銃を構えた。
「え?」
それを認識するととっさに回避行動を取ろうと思ったが、次の瞬間には後ろから襲いかかってきていた要撃級が爆散していた。
今のは何だ?銃口からは何も発射されていないように見えたが?
そんな疑問を無視するように、黒い幻影はその姿を背景に溶け込ましていた。
「い、いまのは一体何なんだ?」
「ダイバー32、そんなことより今は隊長との合流が先決でしょ」
「あ、ああ」
「あたしももあれにはびっくりしたけど、少なくとも敵じゃなさそうよ。今はそれで納得するしかないよ」
「そうだな…」
無理矢理自分たちを納得させて彼らは先行する隊長機を追う。最下層まであとわずか。BETAの圧力は強まるばかり、と思っていたが、目に付くのは物言わぬ物体と化したBETAのみだ。
拍子抜けしたダイバー32は、エレメントのダイバー31に目で説明を求めたが、相手も何がなにやらわからないらしく、肩をすくめるばかりだ。
「これもさっきの黒い強化外骨格がやったのか?あり得んだろう、そんなこと」
「そうね、あたしもそう思う。もしそんな兵器があるんならBETA戦のあり方が変わるわよ」
「だよな…」
無言で突き進む十数機の戦術機を、ひっそりと守るように併走する強化外骨格の存在を知るものはいない。
1993年9月 ポパールハイヴ周辺 スワラージ作戦最前線(ハイヴ北部域)
「はぁ、せい、せい、やあ、ふきとべぇ!」
まりもの小太刀による五連コンボが炸裂し、派手に吹き飛んでいくBETA。一連の攻撃で十数匹のBETAが一度に片付いていた。
それとは別に両肩に展開した36mmガトリングガンが要塞級を一発で沈めていく。突撃級の装甲も紙の如く引き裂いていく。
また隙を見ては脚部から二発のミサイルを発射して、BETA中央部まで誘導していくとそこで爆発させる。M01の爆破力を増強された一撃は、百単位のBETAを消滅させる。
「まだまだいくわよ!」
華麗な回し蹴りで要撃級を吹き飛ばし、小太刀を握ったままの拳で突撃級を打ち砕く。
絶賛人外無双のまりもであった。
「ふぅ〜、さすがに少し疲れたわね」
「お疲れのところ申し訳ないんですが、そろそろ第2波が到達しそうですよ」
「はあ、しょうがないわね。そしたら今いる残りを平らげたら補給をするわ」
「了解。それと、反応炉破壊まで、あと十数分といったところですので、もう少し辛抱を」
「わかったわ。それじゃ、もう少し遊んであげるとしますか」
言いつつ、ざっくりと小太刀で飛びついてくる戦車級を輪切りにする。
「キルスコア、12000を超えました」
MOSの読み上げるキルスコアにびっくりするほどの常識人は、今この戦場にはいない。
1993年9月 ポパールハイヴ内
ソ連特殊部隊の眼前には人類が初めて目にする光景が広がっていた。ちなみに隆也は人類の範疇には含まない、あれはもっと紳士的ななにかである。
直径数百メートルはある空間と、その中央に鎮座するうっすらと発光する反応炉。
幻想的ですらあるその空間には例の如くBETAの残骸が散らばっている。
さすがにもう慣れてしまったソ連特殊部隊の隊員達は残存BETAと戦闘をしつつ反応炉から得られるデータの収集を行っていた。
だが、芳しい成果は得られない。
超能力者によるBETAとのコミュニケーション作戦、AL3の中枢をなすこのアプローチはとりあえずは失敗に終わったようだ。
まだ諦める必要は無いが、成果がない以上、この場に長く留まる理由もない。
彼らが影の部隊であるため、反応炉の破壊は任務に含まれていないのだ。もちろん自決用にS11を装備はしているが、無駄に命を散らす必要もないだろう。
なにせこの戦場にはあの支援者がいるのだ。この反応炉破壊の成果は、降下部隊の連中に譲るべきだろう。
そう判断すると、リサー1は各員に撤退命令を出した。
ソ連特殊部隊の成果は芳しくはなかったものの、生存率実に98%と驚異的な数字をたたき出した。また持ち帰ったデータは貴重なサンプルとして今後の研究に大いに貢献したという。
「これが反応炉か!」
降下部隊が大広間に到達したとき、すでにソ連特殊部隊は撤退を完了していた。所々に残る戦術機がいた痕跡にダイバー1は目を細めるが、それだけだ。
ソ連の機密部隊が展開している程度の情報は持っている。もっとも、反応炉到達の先を越されるとは思っていなかったのだが。
「よし、シミュレーター通りに、各機が持っているM01を反応炉にセット。時限装置を作動後、全速力で撤退する」
「「「了解」」」
疲れ切っている身体にむち打ち、降下部隊がわらわらと反応炉に群がってM01爆弾をセットしていく。本来S11を搭載するところを確実性を高めるためにM01に換装したものである。
その影にかくれて蠢動する一体の強化外骨格。つまり隆也である。
「うーむ、やっぱりこいつは単なる端末っぽいな。となるとオリジナルハイヴの奴だけが特別なのか?ということは降下ユニットに搭載されているのが親、つまり前線司令官で、それ以外は単なる情報収集用の端末ということか」
「ダイバー1へ、すべてのM01の設定完了しました」
「よし、これより起爆装置を起動する。繰り返す、これより起爆装置を起動する。起動後5分でM01の爆破が行われる。全機急速離脱せよ」
高揚感にあふれる声が各員の鼓膜を震わす。
そうだ、ついに念願の反応炉破壊にまでこぎ着けたのだ。
だれもがこみ上げる熱い思いを隠すことは出来なかった。
「ここまで来たんだ。各員、生きて帰れ!」
「「「了解」」」
全機が凄まじい勢いで元来た通路を戻っていく。
数十秒後にはわずか一機を残して広間には動く者は一機もいなくなった。
「こちら支援者、どうして撤退しない?」
「こちらダイバー1、あなたには世話になった。礼を言っても言い切れないくらいだ」
「はぐらかすのは関心しないな。確実に爆発するのを確認するまでは持ち場を離れるな、とでも命令を受けているのか?」
「いや、これは完全に自分の意志だ」
乾いた笑いを浮かべながらダイバー1、壮年の男性衛士はかぶりをふった。
「私には妻と娘がいた」
とつとつと語り出したダイバー1の声に、隆也は耳を傾ける。
「私にはできすぎた妻だった。最愛の娘だった。だが、それをやつらは、BETAどもは…!」
「それで?」
「わかるだろう、ここで私の復讐は完了するのだ。そのためにも、確実にこの反応炉は破壊しなくてはならん」
「安い復讐だな」
「なに?」
男の顔に鬼相がやどる。
「まだまだBETAは山ほどいる。反応炉もたくさん残っている。それを置いて、たった1つだけの反応炉で我慢するつもりか?」
「だが、私一人残るだけで作戦が失敗する可能性が0に近くなるのだ」
「まあ、そうだな。それでもあんたが死んで良い理由にはならない。今生きている者は、最後まで生き足掻くべきだ。でなけりゃ、生きたくても死ぬしかなかった他の連中が浮かばれん」
「しかし、私にはもう生きる理由が」
ダイバー1がその台詞を言おうとしたとき、すでに地上に向けて飛び立ったはずの戦術機、ダイバー2が駆るF15が広間に飛び込んできた。
「隊長!」
「なっ、ダイバー2、どうして?」
「支援者から報告を受けて、隊長を連れ戻しにきました」
「な、なんだと!?」
隆也が悪い顔をしながら網膜投影に移る二人の顔を見ていた。
ダイバー1は壮年の男で、年の頃は40半ばくらいか。それに対してダイバー2は20代前半の女性だ。しかも美女だ。ぱっつんぱっつんだ。けしからん、実にけしからん、と隆也が思っている間も、二人は会話を続けていた。
三行でまとめると、
ダイバー1のおかげで、今まで部隊の衛士たちは生き残ることが出来た
元妻子持ちでも、あなたのことを愛しています
あなたが死ぬなら私も一緒に死にます
である。
「なんというテンプレ…」
愕然と隆也が呟いたのも無理はないほどのテンプレ的展開。
もう、ユー達爆死しちゃいなよー、と半ば切れかけた隆也であったが、こちらも負けず劣らずハーレム形成している身分であることを思い出し、ぐっと堪えると二人に退去を促した。
「バカな、それでは万が一」
「問答無用だ」
言葉と共にダイバー1の乗るF−15の両腕両足、頭部が断ち切られる。
無論、いい加減ぶち切れた隆也の仕業である。
「ダイバー2、後は任せた。この頑固者を持って帰ってくれ」
「りょ、了解。あの、ありがとうございます」
「ああ、別に気にするな。それより、さっさと戻りな。爆発まで3分を切ったぞ」
「でもあなたは?」
「こっちにはこっちの任務があるんでな、なに、そこの頑固者と違ってこっちは死ぬきなど一欠片もない。安心してくれ」
「わかりました。ご武運を」
「ああ、そちらも気をつけてな」
それから約3分後、M01が爆発し反応炉の破壊が確認された。
ここに、人類史上初のハイヴ攻略、スワラージ作戦の成功がなった。
時は1993年。
人類の反撃の狼煙が高々と上がった年である。
同時に、小塚三郎技術大尉の胃壁に深刻なダメージがもたらされた年でもある。