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〜Lost Serenity 失われた平穏〜 六話 視点者 海樹 「正直言うと結構胃にくる」
作者:13   2013/02/19(火) 16:04公開   ID:DDbiR7TU/wg
『12月16日 斬谷 海樹』

 無限に広がる闇。

 オレは死んだのか?
 嗚呼、間違いなく死んだな……

 じゃあ、ここは死後の世界? いいや違う、死後の世界はもっと明るくて、なんというか楽ができそうな場所だ、オレは悪いことした覚えねえし、天国のはずだ。

 生きてるのか?

 死んでるのか?

 もし、生きてるなら、力がほしい、あいつを助けられるくらい、強力であの化け物みたいな。
 
「まぁ、死んでるというか、死にかけだな」

「ん? だれだ?」

「ああ、すまんぬ、さっきお主を飲み込んだやつだ」

「おいおい、人間の言葉がわかるなら、オレ喰うなよ」

 海樹は自分が死んだのだと諦観に至った。

「いや、すまない、仕事なんだ、お主を食わなければわしは廃棄処分にされるんだ」

「言われてみりゃあ、そうだけど」

「ひどく冷静だな?」

「ん? いやぁ、単にもうオレ死んでると思ってるからな」

「なに言ってるんだ、生きてるぞ、まぁ、このままなら死ぬがな」

「どういうことなんだ?」

「お主、わしが食う前、ここに運ばれる前の記憶はあるか?」

「甲板にいたけど気づいたらここにいた」

「なるほど、つじつまが合うことになるが、まさかお主のようなやつが、適合者とはな」

「なんだ、その、アニメや漫画みたいな展開」

「ふむ、正確に言えば異常感染者、ウイルスに感染して変異が特異なものことをいう」

「ウイルス? オレはウイルスなんて体に入れた覚え――」

 海樹は冷静に思い出す、首筋の絆創膏を――

 頭の歯車がギシギシと回転を始める。
 諦観に至った感情が徐々に息を吹き返し始める。

 もしも、生物兵器のような化け物の力が使えれば。

 麻痺した感覚が徐々に指先から脳に伝わる、粘液のようなドロリとした気持ちの悪い感覚だった。
 血の香りが鼻を貫き、吐き気を覚える。率直になども思う気持ち悪いと。

「おい、お前、ここから出せよ」

「う〜む、まぁ、同胞のよしみだ、かまわぬぞ……ただし、覚悟せよ?」

 体中が気持ち悪い感触に覆われ移動している。

 床にドロリと落ち、わずかな光が目に突き刺さる、不思議と無くなった身体のパーツたちに不思議と血液の流れを感じる。徐々に自分の目にはっきりと物が映し出される。
 ゆっくりと立ち上がり、失った右腕と右足の感覚を確かめる。

 ガタタタタタタ!!!

 甲高い、金属と金属が擦れるような耳障りな音が広がる。

 あわてて右手に視線を向けると、肘から先には、まるでチェーンソーのような長円状の白い骨格に、赤い筋肉が塗りたくったようにこびり付いておりその上から血管が覆うように脈動する、その筋肉に鮫の歯のような鋭い刃がチェーンのように生えていた。自分の身長ほどある巨大な右手だったものが海樹の目に映り込んだ。
 全身も、生皮が剥がれたように赤いグロテスクな肉で醜悪な姿に変わっている、ちょうどゲームに出てくるゾンビゲームのボスのように。
 右手を動かそうとすると筋肉が収縮を始め、刃が小刻みに回転を始める。肉体が再構築を遂げ、限界まで圧縮された筋肉が活動を徐々に始める。
 飽和し溢れ出した力に海樹は精神が蝕まれる。

「ああああああああああ――!!」

「意思を保て!!」

「わかってる!!」

 深呼吸を二度ほど、前屈と屈伸、変化した身体を馴染ませていく。

「大丈夫か?」

「ん? ああ、なんとかな、しっかしこれはひでえ体だな」
 
 色々ありすぎて整理がついていないのか不思議と冷静だった。

「まぁ、急激な変化で皮膚が壊死したのだろう、うまくコントロールできれば元の人間の形に戻れるかもしれぬがのう」

「そうか、ところで、お前、名前は?」

「名前か……デュランとでも呼んでくれ」

 デュランと名乗る犬型の化け物、海樹と名乗る人型の化け物が静かに会話を続ける。

「おい、あの娘、連れて行かれるぞ!」

 海樹はその隆起した肉で表情がまったくわからない顔で驚く。詩織の足の後遺症が役に立ったのか、もたもたしている。
 幸いなことにキャンディーは消えており、部下の化け物が何人かいる。

「その腕、使えるかも知れぬ、試しに使ってくれ、あのガラスは対衝性に優れて体当たりじゃあ無理だ」

 海樹は右腕を高く上げ、透明な壁で阻まれた詩織のいるそちら側へ向かおうとする。今まで存在に気づいていなかったのか部下共はようやく銃を構える。

 海樹は右腕を刃が回転させ、勢いよく振り下ろす。

 金属の擦れる音、壁が徐々に削り取られてゆく音、そしてうめきにも似た海樹の声音。

 向こう側へ刃が到達し始める、直線の軌道を描いたチェーンソーはいともたやすくバターのように切り裂いていく。

 亀裂の入った壁は無理やり削りきったためかひびが入り始める。

 後ろのデュランが身構え、四本の足で飛び上がり、身体を大きく打ち付ける。
 ガラスの割れるような音が広がり、向こう側へ身体を動かす。

「わしの背中に、よく掴まっておるのじゃ!!」

 海樹は軽やかに身体を跳躍させると、五メートル以上の跳躍が起こる。本人も意図しなかったためか着地のときに足があらぬ方向に曲がる。
 痛みを感じるまもなく、足が再生し始め、デュランの背中に掴まる。

 デュランは海樹以上の速度で走り出す、疾風のようなデュランは詩織の方へ瞬く間に到達する。

「小賢しい、雑魚が!!」

 海樹はそう吐き捨てる、部下たちは銃をおびえたように乱射するが二、三発撃ったところで海樹の腕に切り裂かれる。
 右腕に肉片と返り血がこびり付く、身体はそれらを餌と思ったのか筋肉繊維から吸収していく。海樹は詩織の方を眺める。
 血液にまみれ、肉片が頬をなぞる、目は唖然とし、口は呆然としている。

「いや、いや、こないで、死にたくない、いやぁあああ!!!」

「おい、落ち着け詩織!!」

「なによ!! なんなのよ!! 私が何したって言うの!? いやぁ、来ないで、化け物……」

 詩織は狂乱しその場に倒れるように座り込む。

「詩織、オレだよ!! 海樹だ!!」

 呼びかけるが、詩織はまるで反応しない。

「むう? やはりお主も……」

「どういうことだ?」

「急激な身体の変化による声帯の異常、ゾンビとかのあのうめき声は我々しか理解できない言葉を話しているのじゃ……きっとお主もそうだ」

 デュランはため息を吐きながらそう言った。
 呆然する、海樹、デュランの背中から降り、そっと詩織に近づく。

「来ないで!! 来ないで!! 来るな化け物!!」

 詩織の胸ポケットから、そっとスマートフォンを取り出す、詩織はいつもそこに入れているのを海樹は知っている。

 左手で、操作しメモ帳を開き、静かに文字を打ち込み詩織にその画面を向ける。

「……オレは海樹だよ、心配しないで?」

 詩織は涙腺を赤く腫らし、たどたどしくディスプレイの文字を読み解く。
 さらに海樹は文字を打ち込む。

「……怖がらせて……ごめん……けどオレだよ」

 詩織は化け物をもう一度見る。

「海樹、なの?」

 静かに頷き、スマートフォンを詩織に返す。左手を差し出し、そっと詩織はそれを受け取らず起き上がる。

 立ち上がると海樹は詩織をデュランの方に差し出す。

「詩織を頼む、守れよ?」

「ああ、それは構わぬが、お主これからどうするのじゃ?」

「食い物を探してくる、腹が減って仕方ないんだ」

「気をつけろ、今のお主は不安定だ」

 そう言い残し、海樹は独り、通路に出る。

 気分が高揚しているか沈降しているのかさえよくわからない、とにかく自分の意思がどこかに飛んで行きそうだった。
 船は出港している、自分たちの力だけではもうどうしようもない、第一、言葉が通じないのにどうやってこの状況を外に知らせるか。
 とりあえず、適当にあるき、エレベータの付近に必ずある部屋の見取り図を捜すことにする。

「お〜、あったあった」

 地図を右手で線をなぞろうとする

「あ……まぁ、自分の身体の変化について考えるのはこの後だ、とりあえず詩織を無事にここから出してからのことを考えよう……」
 右腕を覗き込みため息を吐いた、もう一度視線を地図に戻す。
  
「厨房か、ここから近いしまずはそっちに行ってみるか……」

Therefore this monsterこの化け物が!!」

 振り返る――

 ズドンッ!!


『視点者 変更 詩織』


 あの化け物は本当に海樹なの?
 きっと違う、海樹は死んだ、詩織の目の前で。

――キトニ、トエガモ、アミギュガモ

 なにを言っているのかさっぱりわからない、海樹じゃない。化け物。

 けれど詩織のスマートフォンの位置を一発で当てた、それは長年一緒にいる人間じゃないとわからないはずだった。

「ゴフキサキョフギョ? ヤァ、ミミア、ヤラアトスキダヨフサミコヒソマトコカハアッサボ」

 となりにいる犬の化け物がそう呟く、うめきにも似たそれは今にも詩織を頭から捕食しそうな勢いだった。

 恐怖、純粋な恐怖――

 胃袋が握りつぶされるような感覚だった、詩織の精神的な疲労はすでにピークに達している。

「ヤァ、ルフチマワニャヘン、ツニハマハキガダ、ホオレコタレウオギャ」

 詩織は犬の化け物の声を永遠聞き続ける、静寂につつまれた空間に化け物とたった一人の少女が取り残される。

 一体どれだけの時間がたったのだろう?

 一体、どれだけの時間を化け物と過ごしているのだろう?

 詩織はスマートフォンの時刻を確認する。海樹が出て行ってから一時間しか経っていない。さすがに化け物にも慣れを覚え始める。

「一時間……」

「ガミギョフズガ、ワミユマアハナブアネッセルウ」

「なに、いってるか、わからないわよ、あいうえおでも言ってみなさいよ」

「ワミフネト」

「ワミフネトって全然言えてないじゃない……」

「ヌヤハミ」

 犬の化け物は顔を下に向ける、首筋を詩織に向けると動きが止まる。
 撫でろ、といわんばかりのそれに詩織は恐る恐る首を撫でる。

 グルルルルと猫が喜んでいるような声を上げる。

「カサキオツヌレコミチセミサナ、チッソヨンハアンギシゴヨシベコミウ、クユフオキョフギョシハッセミサオガノフ、トヤネムイセウソツヌレムトコミガヌ、ヤガ、シンデンガッサヨノオ、ヨヨヒモミチズンガ、ワニダソフ」

「また、わけのわからないこと言って、貴方は私に危害を加えないみたいだし、信用してもいいかな?」

「トトミシ、キンモフキセルエ、カキマトスキオイアサムキモフボ、ホエダキンガツヌレオユヅハミガ」


 ガンッガンッ!!


「ハシゾソガ?」

 詩織は扉のほうを見ると誰かが扉を叩いているのか鈍い音が広がる。少しづつ開かれる扉の隙間から中年の太った男が銃を持って血色を変えて扉をこじ開けようとしている。

Help me助けてください! !」

 簡単な英語だったため、詩織にも理解できた、慌てて男の方に歩み寄ろうとする。

「やせ!!」

 おそらく犬の化け物が待てと言っているのだろうと詩織は思い、歩みを止める。

「え? どうし――」


 エンジン音にも似た甲高い、チェーンが回転し軋む音が次第に詩織の耳に入るくらい大きさを増していった。

 扉が一人分くらい開き中に入ってくる。


 グチャッ――


 男の腹部を何かが貫いた。

 チェーンソーのようなものが男の腹を貫いくが、それに飽き足らないように回転を止めない。徐々に肉が削り落とされ男の上半身は縦に割れた。

「モル、イセトルオガヨエダドフホフキサハエオマセガ」

 詩織の隣に立ち、漫然と犬の化け物は男を惨殺した犯人を眺める。

「うそ、海樹!?」

 犬の化け物は、体勢を低くした。



『視点者 変更 海樹』



 頭を打ちぬかれた、ショットガンできれいに頭だけが床にぼとりと落っこちた。不思議と痛みはなく、心の中で人間としての最後の尊厳を失ったような気がした。

「ああ、あああああ!!!」

 頭がなくなっても尚、生き続ける肉体、徐々に聴覚と視覚が蘇って来る。異常な再生能力、数十秒も経てば、傷は完治し違和感さえ残していない。
 先ほどよりも飢えが悪化する、自身の感情や理性では収集がつきそうにないほど。

 海樹は銃で頭を撃ちぬかれた、銃で撃たれている、当然こっちが相手を殺してしまっても無罪になる。


 ――どうせなら、このニンゲンヲクッテシマオウカ?


 右腕のチェーンソーが鈍い音を立てる。

 横に一振り――

 逃げる、その男をゆっくりと追いかける。


――暗転


 男の無残な死体は既に原型を留めていない。縦に割れた上半身を右腕で突く。浮き出た血管がぶちぶちを音を立て男の断面に刺さってゆく。
 収縮を始めた欠陥は、死体の肉を絞るように吸収し、間もなく男を骨と皮だけにする。

 自分の止め方を忘れる、自分が誰で何をしていたのかぼんやりとする。

「落ち着け!! お主よ、それ以上堕ちるというのか!?」

 海樹は「ああん?」とおぼろげな声を出し、デュランの方を焦点の定まらぬ目で見つめる。
 右腕に力を入れ、再起動した右腕はデュランの方へ向けられた。
 
 海樹の脚力は一瞬でデュランを確殺できる距離になるとそれを一気に振り下ろした。

「やめて!!」

 チェーンは回転を止めず、腕はそこに静止している。
 海樹は脳裏に走馬灯のように記憶が蘇る。苦い思い出、チェーンソーの事故による詩織の右足の不随、自分自身が呼び寄せた災禍。

 またオレは同じ罪を犯すのか?

 守るべきものは?

 そうだ、そんな姿では何も守れやしないぜ?

 チェーンは回転を緩め、スピードがゆっくりとなり止る、グチャグチャと音を立て、右腕が元の手の形に戻り始める。
 末端から毛細管現象のように皮膚が構築され、皮膚の下に筋肉が押さえつけられる。

「かい…じゅ…」

「詩織、大丈夫か?」

「全く、世話をかけよって……」

「悪かったな、デュラン」

 海樹は元の人間の姿に戻り、一息安堵を漏らした。
 下に視線を降ろすと柴犬っぽいやつ尻尾を振っている

「ちなみに小型犬になら変化できるぞ」

「なにこれ、かわいい、よしよし」

 詩織がデュランをわしゃわしゃと掻き撫でていた。


                             六話 終わり


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■作者からのメッセージ

 お久しぶりです、海樹編二話目のお話です、海樹編が一番難しいし、このあとが色々大変です、詩織視点を入れたのは海樹たちの会話をまったく聞こえない様子を出したかったからです。一応、既存の言語なので調べれば何を言っているかわかります。
 すべての編が完結したら、改訂版もだそうかなと考えています。

 コメントしてくださった

 飛来 ほの 様 

 ハナズオウ 様

 ありがとうございました!!
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