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ネギま!―剣製の凱歌― 第二章-第30話 修学旅行五日目 さよなら京都
作者:佐藤C   2013/02/24(日) 23:00公開   ID:fazF0sJTcF.




 ―――ガサッ……。

 山林の茂みをかき分ける音がすると、そこに一人の巫女が歩いてくる。
 彼女が向かう先には、1mはあろうかという巨大な包丁を地面に突き立てる……一体の人形がいた。

「…お疲れ様でした。その者の身柄はこちらで預からせて頂きます」
「アア、別ニ構ワネーヨ」

 彼女…チャチャゼロの包丁が突き刺さる地面には、
 口から泡を吹いて気絶する天ヶ崎千草が倒れていた。

「……ッタク、最近ハウチノ御主人モ妙ニ丸クナッチマッテ ツマンネーナ」
「………。」

 …余所の主従関係、それも今回の事件の恩人に下手な事は言えず、
 そのぼやきに対して巫女は無言を通した。

「……ツーカ、丸クナッタッテ言ウヨリ………ケケケ。」
「……?」



『ふん。自惚れるな、別にお前を待っていたわけじゃない。
 私はただ紅茶を飲みながら読書をしていただけだからな』

『…ま、待て士郎無視するな!そう怒るな、私が悪かったから!!』

『私に……愛想が、尽きたか………?』

『……何でこう、赤毛の男にばかり引っ掛かるんだ』



「……アリャ、乙女ダナ」

「……それはそれは」

 彼女はつい、口元を袖で隠して笑みを堪える。
 巫女と殺人人形は、ふふふふケケケと不気味な笑いで共感した。









     第30話 修学旅行五日目 さよなら京都









 …波乱の一夜が明けた翌日。
 早朝の関西呪術協会で、少年が声を荒げてその少女を呼び止めた。


「――刹那さんっ!何処へ行っちゃうんですかっ!!」

「い、一族の掟ですから……。あの姿を見られた以上仕方ないんです………!」

「このかさんはどーするんですか!
 アスナさんもいい友達ができたって喜んでたのに……!」

「…お嬢様をお守りするという使命は果たせました。
 私を拾って育ててくれた近衛家へのご恩も返すことが出来ました。
 もう思い残すことはありません……先生、お達者でっ!!」

「待っ、待ってください!ダメですよ刹那さん!
 僕だって皆に正体バラされたらオコジョにされちゃうんですから!!
 茶々丸さんはロボだし、エヴァンジェリンさんなんか吸血鬼ですよ!!」

「あ、ちょっ…放してください!!」



「……朝っぱらから騒がしいと思えば…少し遅かったか」
「ネギ先生が気づかなければ、刹那さんはあのまま姿を消していたでしょうね」

 林の中に向かっていく刹那の背中を見つけて、ネギは嫌な予感がして咄嗟に飛び出していた。
 必死に彼を振り払おうとする刹那だが、ネギは無我夢中で彼女に抱きついて離れない。 
 そんな二人の応酬を、エヴァと茶々丸が離れた場所から見つめていた。

「…おっエヴァ。どうしたんだこの騒ぎは…って」
「ああ、アレだ」
「おはようございます士郎さん。徹夜お疲れさまです」

『だから刹那さん、これからもずっと傍でこのかさんを守ってくださいよーーーー!!』
『そんな無茶な、あなたそれでも先生ですか!!』
『刹那さんに言われたくないですーーーっ!!』


「………若いってイイよなー」
「なぁー。」
「…お二人とも、急に老けこまないでください」

 エヴァは縁側廊下の手摺りに乗って腰かけ、完全にネギと刹那を傍観する姿勢に入っている。
 士郎も手摺りに両肘をつけ、寄り掛かりながら二人の様子を眺めていた。

『それは…!…私だって去りたくないです!!せっかくまたお嬢様と仲良く……』
『じゃあいればいーでしょ!!』
『しかしっ……!』

「あっそうだ。暇だったから台所を借りて和菓子を作ってたんだけど…出来たら食うか?」
「ほう和菓子か…うむ、良いな。何を作っているんだ?」
「抹茶水羊羹。緑茶は玉露しかなかったなぁ」
「流石は近衛家だな。良し、それでいこう」
「え…あ、あの…士郎さん」

 エヴァと一緒に話を弾ませる士郎に、
 茶々丸は戸惑った様子でおずおずと話しかけた。

「ん、なんだ茶々丸?」
「いえ…その…………士郎さんは、止めなくてよろしいのですか?刹那さんを。
 仲の良い幼馴染みだと聞いていますが…」

「ああ、あいつはきっと残るだろ」

「え…」


『せっちゃ――ん!!』
『刹那さーん!ネギ――っ!…もーっ、あの二人どこに行ったのかしら』



「……あいつは、とにかく許しが欲しいんだよ。臆病だから」


 ――化け物の自分が木乃香の隣に居ていいのか。
 ――明日菜の友達になっていいのか。
 ――ネギの生徒でいていいのか。
 ――麻帆良学園の生徒として、あの場所に居ていいのだろうか―――。


「はっきりと“いい”と肯定してくれる相手さえいれば、
 あいつはやっと安心してそこにいられるんだ。それに……」


 刹那の別名…『白烏びゃくう』とは太陽の使いだ。
 それを象徴するように、カラスはギリシャ神話で太陽神アポロンの聖鳥として名前が挙がる。
 …だが、それだけではない。

 かつてカラスは、アポロンに彼の妻が浮気をしていると密告した。
 アポロンは怒りに駆られて妻を射殺すが、彼女が自分の子を身籠っていたと知って後悔する。
 すると彼はやり場のない怒りをカラスにぶつけ、その白銀の羽根を奪い取ってしまった。
 現在のカラスが「喪に服しているかのような」漆黒の体をしているのは、そのためだと言われている。

 だが…カラスがアポロンに密告を行なったのは、ひとえに彼への忠誠心に他ならない。
 白烏はその忠誠心ゆえに、おのが身を黒く焼いたのだ。


「自分の身を捧げるに足る相手がいれば、アイツはそこに居たいと考える。
 今まではそれが木乃香だけだったけど……友達の明日菜、恩人のネギが加われば、
 刹那が麻帆良を離れる事は早々ないだろう」

「………それは、危険だぞ」

 咎めるような声色をして、エヴァは士郎を流し目で睨む。
 しかし彼はそれでも平然と言葉を続けた。

「わかってる。でも今はそれでいい。
 友達としてのあいつらの関係は、きっとここから始まるから」

「…そういうものか」

「そうだといいなって、俺は思う」


 …そう、今はこれでいい。
 人間ではないとか、烏族の掟がどうとか…そういった事に縛られることなく。
 刹那が自分自身の意思で、何よりも、友達を優先したいと思える強さが生まれるまでは。
 その場凌ぎの荒療治も悪くはないだろうと――――

 表情の読めない顔で、士郎は高い空を見上げた。




 ・
 ・
 ・
 ・



「おっ、ここにいたか桜咲」
「そろそろ皆でホテル嵐山に戻るアルよ♪」
「せっちゃん早よー!」
「何よネギ、あんたまだ寝巻じゃない。こんな時間にだらしないわねー」

「え………あの、み…皆さん……?」

 クラスメイトが続々と集まり始め、二人を慌ただしく急き立てる。


 それを目の当たりにして刹那は、どうしようもなく困惑した。


 クラスメート達は当然のように刹那を呼ぶ。
 輪の中に刹那が居ることは、彼女達にとって当たり前のことだから。
 刹那の事情を知る者はいないし、だから彼女がいなくなるなど誰も全く考えない。
 その“当たり前”の信頼を込めて、3−Aのクラスメート達は……刹那を待っている。

 ――――「行こうよ」と。



「…っ………。 …………………仕方…ないですね…………。」

「……刹那さん。僕たち、黙ってますから……」


「……ありがとうネギ先生………。
 ――わかりました、行きましょうお嬢様!!」

「もーせっちゃん、このちゃんて呼んで――!!」

「ホラ早くあんた達! 置いてくわよ!!」

「あっ、ぼく着替えがまだ――」


 桜が舞うR毘古社。
 下界へ繋がる千本鳥居を、少女達が笑いながら駆けて行く。


 ―――桜咲刹那はこの修学旅行の約十か月後、
 クラスメートと共に麻帆良学園を卒業することになる。





「………全く、騒がしい連中だった」

「まあ、らしいと言えばらしいけどな。
 ……ていうか、お前も行った方がいいんじゃないのか?」

「後からゆっくり追いかけるさ。なにせ折角の京都で……ククク、人生初の“修学旅行”だ。
 覚悟して待つがいい学生の名物行事よ、この私が…存分に味わい尽くしてやろう……ッ!!」

 腕を組んで不敵に笑うエヴァンジェリンだが、
 従者達にはワクワクしているようにしか見えなかった。

「マスター、やはり修学旅行に来たかったのですね」

「巻いてやろうか?」

「…士郎さんはこれからどうされるのですか?」

(回避上手くなったなあ、茶々丸………)

 会話の流れを他所に振ってネジ巻きを回避する――駆け引きを覚えた――茶々丸に、
 士郎は嬉しいような悲しいような、妙な感慨を覚えていた。


「そうだ士郎!お前も私の京都観光に付き合え!!」

「…ああ、楽しそうにしてるところ悪いんだけど」

 ――ちょっと、行く所があるんだ。
 そう言って士郎は、少し寂しそうに笑みを浮かべた。




 ◇◇◇◇◇



 本日は修学旅行四日目、
 二度目の完全自由行動日である。

 学生が朝風呂に入ったり微笑ましく騒いだりする……ホテル嵐山のとある一室では。



「は―――――――――――……………」



 ―――チチチ………。



「………疲れましたね――――」


 昨夜使われず整ったままの布団の上に、
 明日菜、木乃香、刹那、ネギ……四人が完全に脱力して寝転がっていた。
 ハードだった昨日の反動か、先ほどホテルに戻って来てからは大体こんな感じである。

「………でもこうしてると……昨日のことってなんか夢みたいだねー」
「そうですね……傷も消えてしまいましたし」

 人間が石になり、妖怪と合戦し、巨人(鬼神)とバトルした云々……大スペクタクル目白押しである。



 ――ピ―――ヒョロロ――――………。



「………いい天気」

「平和が一番やな―――」



 ―――――スパァン!!


 すると前触れ無く、ひと時の平和をブチ破る音が轟いた。



「起きろぼーやとその他!今から私の京都観光に付き合うがいい!!」


 …侵略者の正体は、寺院巡りテンプルステイ大好き吸血鬼・金髪幼女エヴァンジェリン。
 その蒼い目を輝かせ、僅かに頬を上気させ、テンション上がっている様子がありありと見てとれた。

「…えー。長さんとの待ち合わせの時間はまだで……」

「だからそれまで観光するんだろ!ほらほら起きろ!!(ぐいぐい)」

「エヴァちゃん寝かせて〜」

「図書館組の三人は付き合ってくれるそうだぞ!まずは清水寺だ!!(わくわく)」

「そこ行ったよ――…」

 だらけきっている明日菜達を引っ張るエヴァの姿はまるで、
 せっかくの休日なんだから何処かへ出かけようよと親兄弟に駄々をこねる末っ子のようだったとさ。




 ◇◇◇◇◇



 エヴァンジェリンとの京都観光を何事もなく終え、
 ネギ達は待ち合わせの場所で詠春と合流した。

「やあ皆さん。休めましたか?」
「どうも、長さん!」

「満足いきましたか?マスター」
「うむ、いった♪」

「この小路の奥です。三階建ての狭い建物ですよ」

「ねえねえドコ行くの?」
「何でもネギ先生の父親の別荘に……」
「ネギせんせーの――…♪」

 先導して歩き始めた詠春に、3−A・5班+αはぞろぞろと付き従った。




(………おい、貴様腕はいいのか)

 小声で話しかけてきたエヴァに、詠春は苦笑しながら左腕をさすって答えた。

(…斬り落とした腕を、部下たちが湖の底から総出で探し出してくれましてね。
 石化したのが幸いして、解呪後すぐに治癒魔法でくっつけてもらったのですが……)


(……日常生活には、問題ないそうですよ)

(………そうか)

 その意味に気づいて、エヴァは素っ気なく顔を逸らした。

 近衛詠春の左腕は生きている。
 同時に、サムライマスターの左腕は死んでいた。

(筋繊維の接着が上手くいかなかったようで。
 握力が元通りになるには相当きついリハビリが必要だそうです)

 石化した方の腕は確かに、斬り落とされてから時間が経っていない状態だった。
 ……だがその腕と結合する、詠春の体の傷口はそうではない。
 それが治癒魔法の成功率を下げる要因となってしまったらしい。

(…そんな身体なら、お前自ら案内など買って出なければいいものを)

(いえ、あの子達に下手な心配をかけたくありませんから。
 それに腕以外はピンピンしていますしね)

(………血は繋がってない癖に、そういう無茶は似たんだな)

 無理を押して外出しているとあっさり認めた詠春に、
 エヴァは士郎を思い出して呆れ果てた。



「…エヴァンジェリン。今更かもしれませんがスクナの件…感謝します。
 再封印は滞りなく完了しました」

「そうか。面倒を押しつけて悪かったな近衛詠春」

「いえいえ。今回は本当にこちらこそ礼を…」

「え?アレってエヴァちゃんが倒したんじゃないの?」

 小声で話すのを止めた途端、明日菜が会話に入ってくる。
 エヴァは彼女を半目で見つめて口を開いた。

「馬鹿を言え神楽坂明日菜。
 あれ程の霊格……倒す事は出来ても滅ぼすのは容易ではない」

「…えと、それって何か違うの?」

「……お前は本当にバカだなバカレッド。要は倒すと殺すの違いだ。
 魂の格や位階が高位である上位存在…強大な魂を持つ霊性は、消滅させる事が極端に難しいんだよ。
 それこそそれ専用の呪文が必要な程にな。
 個体差はあるが…そういった存在は厄介な事に、倒しても時間さえあれば必ず復活する」

 関西呪術協会が、そして十八年前のサウザンドマスターが、
 リョウメンスクナノカミを倒しながらも「封印」という処置に留めていた大きな理由。
 それが……高位の神霊が持つ『不滅』の特性だ。


「貴様でも解るように言うと、神様だから殺せなかったといった所だ」

「へー、あんなオバケみたいなのでも神様なんだ」

 明日菜は昨夜見た、恐ろしい形相の鬼神を思い出してそう零す。

 そもそも鬼神とは、その定義からして曖昧なのだ。
 文字通り「鬼」…人ならざる異形のモノ達を統べる存在とも言われれば、人々から災厄を取り除く神霊とも言われている。
 力を振りかざして無辜の民を虐げる事もあれば、人々の祈りを受けて怪物を倒す英雄的な一面も持つ。
 リョウメンスクナもその強大な力を使い、民衆を苦しめる毒龍を討伐したとされている。

「そうだな。人々を救うか、虐げるかの違いはあるが……。
 幾多の鬼神は総じて、武力を振るう“荒ぶる神”だったのさ」

「…………???」

「………解らんなら解らなくていい。乱暴な神様だったと覚えておけ」

 全く理解が追い付かない明日菜を見て、エヴァは疲れた息を吐いた。
 すると今度はネギが、恐る恐るといった様子で詠春に話しかける。

「…あの、長さん。小太郎君は……」

「…彼ですか。……それほど重くはないでしょうが…処罰はあるでしょう。
 まあその辺りは我々にお任せください。まだ若いですし悪いようにはしませんよ」

 不安げな顔をして見上げてくるネギに、詠春は努めて柔らかい表情を作って言った。

「そうですか……。」

「おい、それより問題はあの白髪のガキだろう」

「現在調査中です。――と…ここです、見えてきましたよ」

 詠春が指をさす先では、生い茂る木々の隙間から白い建物が覗いていた。



「…てっきり、京都だから和風の家だと思ってた。
 結構オシャレというかモダンというか…」

「なんか秘密の隠れ家みたいね」

「わー、天文台がついてる――……♪」

「十年の間に草木が茂ってしまいましたが、中はキレイなものですよ。
 ―――どうぞ、ネギ君」

 こうして一行は、ネギの父親……ナギの別荘に到着した。




 ◇◇◇◇◇




 ―――パシャッ


 士郎は柄杓ひしゃくを手にとって、水を掬って墓石にかける。
 手桶の水で濡らした雑巾をしっかり絞って墓石を拭く。

 その墓には―――……「衛宮家乃墓」と、刻まれていた。


 アメリカで亡くなった士郎の家族三人だが、
 詠春が手続きをして現在は京都の墓地に遺骨が納められている。
 ここは衛宮家代々の墓であり、士郎の知らない先祖も共に眠っているという。

 買ってきた生花を墓前に飾り、
 最後に…火を点けた線香を一本だけそこに立てた。

「ふう………。」

 掃除と献花を終えた士郎は腰を伸ばして、ゆっくりと息を吐いた。



「…………切嗣オヤジ。俺……何も知らなかったよ」

 墓石の前に屈み込み、士郎はそこに眠る………亡き父に語りかけるように呟いた。


「親父がどういう風に生きてきたのか……。…どんな思いで生きていたのか」


 あの地獄で。赤い世界で。
 瓦礫の下、炎熱と痛み。人が焦げる臭い、人が腐る臭い。
 網膜に焼き付いた血まみれの姉の死体。
 これ以上なく明確な、逃れようのない「死」の気配を感じ取って……幼い士郎は思ったのだ。

 「死にたくない」と。


 …家族に会いたい。独りは嫌だ。寂しくて耐えられない。


『とうさんとかあさんに会いたい。イリヤお姉ちゃんに会いたい…。
 きっと……死んで天国に行ければ会えるんだと思う』


『でも―――いやだ。』


『おれは………おれは死にたくない』



 家族を喪い、詠春の好意で近衛家に引き取られた。
 まだその頃………『士郎』は。

 生きる理由も目的も、生きたいという思いすら無く。
 ただ、「死にたくないから」生きていた。

 ………けれど。



「今は違うよ。死にたくないから、仕方なく生きてるんじゃない。
 俺は今―――“生きたい”と、思ってる」


切嗣オヤジアイリかあさんと………イリヤねえさんの分まで生きるから、さ…………」


 言い淀み、……少しだけ目尻を押さえる。
 雑巾が入った手桶を持って、士郎はふっ切るように立ち上がった。

(……もう、行こう。)


「じゃあな、皆。………また、来るよ」


 言い残し、士郎は家族の墓に背を向けた。





「……………エヴァ?」

 視線の先には、予想外の人物がいた。

 こちらに歩いてくる人影は…間違いなく士郎の主、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
 傍らに寄り添う緑髪の少女は彼女の従者、絡繰茶々丸だ。


「……何だ、なにを呆けている?」

「え…いやだって、ネギの父親の別荘に行ってるもんだと」

「行ってきたさ、朝倉に記念写真まで撮られてな。あれ以上面倒にならないうちにあの連中とは別れてきた。
 ……茶々丸、士郎と一緒に境内で待っていろ。ここからは私一人でいい」

「はい、マスター」

「? エヴァは何しに来たんだ?」

「…さっきから寝ぼけた事を。わざわざ墓に来て飯でも食うのか?
 …知人の…………墓参りだよ」

 いつになく神妙な顔をして言うエヴァの背中を、士郎は何も言わずに見送った。




 ・
 ・
 ・



「………自分が関わる事となると、相変わらず鈍いなアイツは」

 エヴァじぶんの言葉を信じて去っていった従者を見て、彼女はぼそっと呟いた。


(600年のほとんどを賞金首として生きてきた私に、
 墓参りするような仲の友人が……この極東の島にいるわけないだろう)


「…本当なら、こんな女々しいことをする気など無かったんだが」


 彼女は一歩踏み出して―――「衛宮家乃墓」を睨みつけた。


「衛宮切嗣。まだ未練がましく彷徨っているようならとっとと成仏してしまえ。
 …士郎アイツは私が責任を持って面倒みてやる。この『闇の福音ダーク・エヴァンジェル』が……いや、」


「このエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルが約束しよう。
 精々あの馬鹿が無茶をしないよう………ずっと、見ていてやるさ」


 ……しばらくそうしていると、空が赤く染まり始めた。
 墓地に建つ無数の墓石が一様にオレンジ色の光を浴びる。
 それに気づくとエヴァンジェリンは、一言残して踵を返した。

士郎あいつと、もう一人の従者が待ってる。じゃあな」

“そうか。ああ―――安心した”


「…え?」

 その長髪を振り乱して、彼女は慌てて声のした方へ振り返る。


 ――――ザアッ――――………


 今までなかった風が突然吹いて、エヴァの髪を撫でていく。


 ただ、それだけだった。




 ◇◇◇◇◇



「皆さ――ん、修学旅行楽しかったですか―――!?」

『は―――い!!』
『いえ――――い!!』


千雨(だから幼稚園かっつー………)
夕映(アホばっかです)


 ―――修学旅行五日目、最終日。
 朝に京都駅を出発し、午前のうちに学園駅に到着して各自解散となる。

 最後まで騒がしいほど元気なまま、
 3−Aクラスもネギの誘導でぞろぞろと車両に乗り込んだ。



 ――プァン――――




『…くか――』
『すぴ―――……』


「………やれやれ。あれ程うるさかった3−Aが静かなものですな」
「ふふ、ホントに……。はしゃぎ疲れたんでしょう」

 3−Aクラスの車両を回る教師達。
 新田教諭はようやく一息ついたといった心地で、しずなは微笑みながら、ぐっすりと眠る生徒達を見る。
 瀬流彦は座席からずり落ちそうな生徒の体勢を直して回りながら、やはり同僚と同じように笑っていた。


「……あら。見てくださいあの二人」
「何です?」

 新田としずなの視線の先では。
 ネギと明日菜が互いの体に寄りかかって、仲良く眠る姿があった。

「まるでカワイイ恋人ね♪」
「いやあまだまだ子供ですよ。どちらかと言えば姉弟ですな」


「「す――――………」」




 ・
 ・
 ・



「…ぐ―――――………。(すやすや…)」

「……………なんでさ」

 3−Aクラスの隣…麻帆良学園生徒の貸し切りになっていない車両の座席。
 そこに座る赤毛の青年の膝枕に頭を乗せ、
 金髪の美少女が穏やかな表情で夢の世界に旅立っていた。

 …無論それは、士郎とエヴァの主従である。


 ――修学旅行生が何で一人だけ離れて別の車両に?
 ――あの男は何だ?
 ――誰か、教師か車掌に知らせた方がいいのでは…。

 そんな周囲の視線がひしひしと伝わってきて痛いのだが、
 綻ぶような笑みさえ浮かべて幸せそうに眠る少女を見て………士郎は既にあらゆる抵抗を諦めていた。


「……………。」


 …ふと、思い出すように頭をよぎる。
 昨日…戦いが終わった直後。夜明け前に感じた、妙な予感。

 目を覚ましたネギの周りに、少女達が歓声を上げて集まっている。
 ネギを中心に多くの人が輪を作るその光景。


 ―――このままでは、終わらないのではないだろうか?


 ネギ、明日菜、木乃香、刹那……もしかしたらその周囲まで巻き込んで。
 今回の一件で生まれた因縁が………
 彼らと『フェイト・アーウェルンクス』の因縁が、これからも続いていくような――――


「……す―――……。」


 その小さな寝息で、士郎は我に返った。


「………また出たか、考え過ぎる癖」

 かつて師に指摘され、主に苦言を呈された己の悪癖に、士郎は独りごちて苦笑する。
 …彼は膝に乗る少女の顔を見下ろして、その金の髪をそっと撫でた。

「……まあ、どちらにせよ」


ネギ達あいつらにはまだまだ、お守りが必要な事に変わりないか―――)


 流れるような金の髪を撫でながら、士郎は窓の外の景色に視線を飛ばした。




 ◇◇◇◇◇



『あの……長さん。父さんの事を聞いてもいいですか?』

『…ふむ………。そうですね…』


『…私はかつての大戦で、まだ少年だったナギと共に戦った戦友でした。
 そして二十年前に平和が戻った時、
 彼は数々の活躍から英雄……サウザンドマスターと呼ばれていたのです』

『以来彼と私は無二の友であったと思います。しかし彼は突然姿を消す……。
 彼の最後の足取り、彼がどうなったのかを知る者はいません。
 ただし公式の記録では1993年死亡―――………』

『それ以上は私も……すいませんネギ君』


『――ネギ君、実はコレ・・なんだがね……』

『ええ、妙なモノではないと確認してありますし…君なら持ち出しても構わないでしょう』




 ――プァ――ン―――……。



 新幹線の警笛が鳴る。
 多くの得難いモノを手に入れて、少年少女は眠りながら帰路に就く。


 長い長い波乱の修学旅行は……こうしてようやく幕を閉じた。









<おまけ>
「乙女の慟哭」

ネギ
「待っ、待ってください!ダメですよ刹那さん!!
 僕だって皆に正体バラされたらオコジョにされちゃうんですから!!
 茶々丸さんはロボだし、エヴァンジェリンさんなんか吸血鬼ですよ!」
刹那
「あ、ちょっ…放してください!!」

ネギ
「そ…それに――…し、シロウは!?シロウとはあのままでいいんですかっ!?」

刹那
「っ!! ……い……」

刹那
「いいんです!!あんな鈍感で人の気持ちに気づかない朴念仁の唐変木の野暮天なんてっ!!
 そのくせ優しくて格好良くて、強くて、料理は美味しくて………いい加減にしてくださいっ!!」
ネギ
「ええっ!!?」


・エヴァ達が聞いていなかった時のやりとり。
 ただのノロケじゃねえかwwもしくは未練たらたらwww
 そりゃネギも戸惑いますわ…。



〜補足・解説〜

>巫女と殺人人形
 この巫女さん、名無しのモブなのにいいキャラしてるなと思いましたw
 こういう風にぽっとアイデアが降ってくる時ってありますよね。

>徹夜お疲れさまです
 同じ徹夜組でも茶々丸はロボ、エヴァは夜が平気な吸血鬼。
 人間は士郎だけ…って改めて書くとスゴイ構成ですねこの三人(汗)

>暇だったから台所を借りて和菓子を作ってみた
 いくら時間があったからって…徹夜明けにガチの菓子作りをするのかよ士郎……。
 この男どこまでも主夫である。そして喫茶店店長である。

>「あいつはとにかく許しが欲しいんだよ。臆病だから」
>「いい」と肯定してくれる相手さえいれば
 いと許す、と書いて「許可」と言う。
 許しを乞うとは、謝罪の為だけではない。

>白烏はその忠誠心ゆえに、己が身を黒く焼いたのだ。
 これは完全に私独自の解釈です。忠誠心云々は原典では語られていません。
 更に言うとこのエピソードには異説があり、カラスがアポロンに密告した「妻の浮気」は、アポロンの呼び出しに遅刻したカラスが言い訳の為にでっち上げた嘘だったとも言われています。

>流し目で見やる。
 「流し目」には二つの意味があり、この描写では「顔を動かさずに目だけ横に動かして相手を見ること」。
 もう一つの意味である「男女間で感情をこめて見ること」…つまり口説いたり色目を使うといった行為、として使用した訳ではないので注意。

>何よりも、友達を優先したいと思える強さ
 「自分より他人が大切だと思えるとき そこに愛があると思います」――――スウェーデン王女・ヴィクトリア殿下
 ……そうだよ、こないだ「奇跡体験アン●リバボー」を観たんだよ!感動したわ!!(;ω;)

>その場凌ぎの荒療治も悪くはないだろうと、士郎は高い空を見上げた。
 でも少し罪悪感を感じているから、息苦しくなって空を見上げていたり。

>刹那の事情を知る者はいないし
 以前も書きましたが、真名は何かしら感づいてそうです。
 ただし刹那が白烏だとか、そこまでの詳細は知らないでしょうけど。

>はっきりと“いい”と肯定してくれる相手さえいれば
>仕方…ないですね…………。
 受け入れてもらえるという明らかな提示や、かなりの強引さに引き摺られる形でようやく、刹那は一所に留まれるのではと私は解釈しました。
 このあと彼女はまほら舞闘会や魔法世界での旅を経て、精神的に成長していくのでしょう。

>「そうですね……傷も消えてしまいましたし」
刹那「…明日菜さんに叩かれた痕は背中に残ってますけど」
明日菜「え゛っ。……ご、ごめんっ!ちょっと強過ぎた…?」
刹那「(…くすっ。)冗談ですよ。気にしていません」
 ……という会話を考えましたがボツにしました。
 現時点でこの二人はまだ、そこまで気軽に冗談を言い合える仲ではないだろうと。

>元通りになるには相当きついリハビリが必要
 この一文は果たして復活フラグなのか?それは作者にも分からない!(笑)
 詠春の左腕がこうなることは、京都決戦編を書き始めた時に決めました。
 片腕でも充分強いですけどね。

>それ専用の呪文が必要な程にな。
 エヴァ「面倒だから私は覚えていないがな」

>『不滅』の特性
>神様だから殺せなかった
 魔法世界編の「あのキャラ」を意識しての伏線。
 ただしその人物は、「倒すor殺すことは可能だが滅びない」という性質ですが。
 それが無ければ鬼神の考察は丸ごと載せなくてもよかったんですけどね。

>民衆を苦しめる毒龍を討伐したとされている。
 リョウメンスクナノカミの元ネタである「両面宿儺」の伝承は諸説あるので要注意。

>問題はあの白髪のガキだろう
>現在調査中です。
 複雑な事情を説明するのが面倒なので、詠春はエヴァに本当の事を言わなかった。

>ここは衛宮家代々の墓
 士郎の母=アイリスフィールの父親はこの墓への納骨を渋ったが、アイリの姉ユリアスフィールが父を説得したという。

>墓地
>境内
 完全に描写不足ですが、この墓地はとある寺院の敷地内に置かれており、普段はこの寺院がお墓と遺骨を管理しています。

>約束しよう。
 悪の魔法使いは無法に生きるが故に義理堅く、一度交わした「約束」は決して破らない。
 エヴァの何気ないこの一言は、「絶対にたがう事はない」と己に定めた『誓言』なのである。

>ずっと、見ていてやるさ
 結局、それがエヴァンジェリンの答えなのです。何の答えなのかは…ノーコメントで。

>赤毛の青年の膝枕に頭を乗せ、
 新幹線の座席でこのシチュエーションを実現するのに邪魔な手摺りが上に上がるタイプの座席なので、エヴァを遮るものは無かったのです(笑)

>教師か車掌に知らせた方がいいのでは…。
 このあと本当に人を呼ばれてしまうが、それが新田先生だった事に士郎は心の中で涙しながら感謝した。
 新田先生は士郎とその人柄をよく知っているので、事情を話せば分かってくれました。

>士郎は既にあらゆる抵抗を諦めていた。
 彼はエヴァに甘いのです。
 気持ち良さそうに寝ているからどうしても起こせない。

>彼らと『フェイト・アーウェルンクス』の因縁
 前話を見ると、むしろフェイトとの因縁は士郎の方が強いんじゃ……と思わざるを得ない(汗)

>かつて師に指摘され、主に苦言を呈された己の悪癖
 第一章-第10話を参照。

>お守りが必要な事に変わりないか
 まだまだ保護者兼兄貴分ポジションで苦労人を続けるようです(笑)

>流れるような金の髪を撫でながら、士郎は窓の外の景色に視線を飛ばした。
 何が凄いってコイツ、これをナチュラルにやってるって所が天然の女誑し。
 というか士郎って、何気にエヴァの存在に救われている面があるような気がしますね。



 次回、時代はちょっと過去へ跳ぶ!衛宮家三代の過去が明らかに!

 ネギま!―剣製の凱歌―
 「過去話Zero エピソード衛宮家」

 それでは次回!

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