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ネギま!―剣製の凱歌― 第二章-第29話 京都決戦・陸 凱歌を鳴らせ
作者:佐藤C   2013/02/24(日) 23:00公開   ID:1eAtxCK.jS2



 戦いは、暁の空から赤い大地へ舞台を戻す。
 無限の剣が墓標のように突き立つ荒野……そこには一つの変化が生じている。

 赤土あかつちを大きく抉る、巨大なすり鉢状の穴。
 朦々と塵を撒き散らす大穴クレーターの真ん中で………白い髪の少年がぐったりとして横たわる。
 それを…クレーターの端に立つ青年が鋭い眼で見下ろしていた。


「……ケホッ……いや…全く。ここまで追い込まれるとは思わなかったよ」

 ボロボロに破れた服を土で汚しながら、フェイトは仰向けに倒れたまま、
 自分を見下ろす男を大穴の底から見上げて言った。

「その割には随分と余裕があるな。
 自慢の魔法障壁があるとはいえ、その頑丈さは逆に俺の自信に罅が入る」

 腕を組んで仁王立ちする士郎も軽口で答える。
 ……するとフェイトは、緩慢な動きで上体を起こし、独白するように口を開いた。


「……少し、話をしようか衛宮士郎」

「………話?」

 …彼と「話」をして碌な結果にはならないと、この数日間で嫌というほど味わっている。
 士郎は警戒を怠らず、いつでも戦闘を始めてもいいよう算段を付け始めた。


「そうさ、前にも言っただろう?僕達は無駄な争いや殺生を好まない。
 僕も本当ならさっき、『闇の福音ダーク・エヴァンジェル』に吹き飛ばされたとき退散しようと思っていた。
 ……でもあなたがそれを許さなかったから、仕方なく応戦しただけだよ」

 左膝を曲げて立て、そこに片腕を乗せる形をとり、フェイトは地面に座る姿勢をとった。
 ………長い話をする、準備の様に。

「それはあなたが知りたいからだったよね。僕らの真意と目的を。
 ――なら話そう、世界の秘密と真実を」


「教えてあげるよ。秘密結社『完全なる世界コズモ・エンテレケイア』が掲げる……その理想を」


 機械的で感情の見えないその双眸。
 自分を見つめる瞳を見つめ返しても……士郎はフェイトの思惑を読み取れなかった。









     第29話 京都決戦・陸 凱歌を鳴らせ









「僕達の目的は『魔法世界ムンドゥス・マギクスを滅ぼし、そこに生きる十二億の人々を新たな世界へ導くこと』だ」


 ………いきなりそんな事を言われて、理解が追い付く筈もない。
 訳の解らない単語を並べ立てられ、荒唐無稽な屁理屈以下の詭弁を突きつけられている気分になる。


 ――――『魔法世界ムンドゥス・マギクス』。
 それは数千年に渡って存在している、総人口十二億の幻想世界。
 迷信としか思われていなかったその異世界は約百年前、「ゲート」を通じてこの地球と繋がった。

 …そして何よりその世界は。
 士郎が修行時代の青春を過ごした場所であり、師と友が今も暮らしている場所だった。


「つまり僕らの目的はあくまで魔法世界であって、この旧世界ムンドゥス・ウェトゥス……あなた達が暮らす地球をどうこうするつもりはない。
 そこは安心していいよ」

「…お前、それは……!!」

 食ってかかる士郎を無視し、フェイトは話を強引に続けた。


「そもそもの発端は………“人造異界の存在限界”。それが全ての始まりだった」

「っ………!?」


 「魔法世界」、と………「存在限界」――――……。


(……まさか……!?)

 士郎は知らず、冷や汗をかいて息を呑んだ。


 …異界とは、今現在我々が存在している世界から、僅かに位相がズレた空間の事を指す。
 この世から半歩ずれた異世界。
 それは童話の中の深い森、あるいは海底の竜宮城。伝説に現れる妖精郷――――。


「魔法世界は“始まりの魔法使い”と呼ばれる神によって創世されたと言われている。
 事実だ。かつてこの地球、旧世界を追われた魔法使いが魔法世界を創造した」

 地球と異なる歴史を辿った筈の魔法世界はしかし、古代ギリシャ語、ラテン語…そして魔法。
 一部の言語と技術に共通点を持っている。それが何よりの証左。
 神が創り出した幻想世界の正体は……人の手による人工の異世界―――。


「人が作った物には必ず限界がくる。
 “始まりの魔法使い”がどれほど強大な力を持っていたとしてもそれは変わらなかった。
 ……魔法世界ムンドゥス・マギクスは今、こうしている間にも。避けようのない滅びの運命みちを歩いている」


 思わず、今度は士郎が会話を遮った。


「い…いや待てよ。それなら」

「それならどうして誰も、この問題に対処しなかったのかって?
 無駄だよ。調査は何度も行なわれたし、研究だってされ尽くした。
 …それで逆に、より正確に判明したんだ」


「魔法世界が滅びるのではという懸念と危険性は、最短でこの十年以内に実現する・・・・・・・・・・・という事が」


 事も無げに、フェイトの口から淡々と出た言葉に……士郎は何も言えず絶句した。


「地球が十二億もの人間を受け入れる事は不可能。魔法世界に代わる広大な異界は今の技術では作れない。
 抗う術が無いから誰もが放置したのさ。
 そうと知っている一部の者達が…民衆の混乱を避けるために事実を必死で隠し続けている」

「…いや、知っている者の中でも、せめて一部の人間は救えないかと動く者もいる。
 ……ただ、魔法世界全土、十二億人すべてを救おうする者は一人としていない。
 その理由は…………いや、流石に今の時点で教えることは出来ないか」

「…!?なん…」

「信じられないかな?追い詰められた僕がでっち上げた作り話と笑うかい?
 ならあなたの師に訊いてみるといい、全て事実だと解るだろう。
 …二十年前の大戦を経て、『紅き翼アラルブラ』は全ての真実に辿り着いた……!」




『あー…えーと何だっけなー…。おうそーだ、ナギの奴が言ったんだった。
 “この戦争はまるで、誰かがこの世界を滅ぼそうとしてるみたいだ”ってよ』

『それを聞いてアルが面白そうにナギを見てたっけな。
 そんでアイツは言いだしたんだ、奴等は世界を滅ぼすつもりだとか何とか』

『そのあと奴等がおっ始めた儀式はそりゃあとんでもなかった。
 世界が滅びるってのも間違いじゃねえと思ったぜ。
 そしてそんな危機にあってなお輝く俺様の雄姿……!フフ…(キラーン☆)』

『…あん?奴等って誰だって?…………いや、気にするほどのコトじゃねえ。
 人生の役にゃ立たねえ話だ、忘れとけ』



 ………士郎は…かつて師に聞いた何でもない昔話がここにきて、
 ―――何かが“繋がった”ような気がした。



「………あなたは、この話を聞いてどう思う?」


 気づけばフェイトが、立ち上がって士郎を見上げていた。


「何とかしたい。どうにかしたい。人々を、彼らを救いたいと思うかい?
 …ならばあなたは僕らの同志に成り得るよ、『千のつるぎ』」


 ザッ…ザッ……


 言いながらフェイトは、すり鉢状の大穴の斜面を一歩一歩登っていく。
 ……彼の言葉に、士郎は反応を返せない。


「絶望は何時だって、解り易いくらい堂々と目の前に広がっている。
 けれど同じように、希望も必ず何処かに転がっているものなんだ。
 たとえどれだけ小さくとも………どれほど微かな光であっても」


 白髪の少年は徐々に……士郎との距離を縮めていく。
 歩を進める足と同じように、話すフェイトの口は止まらない。


「もう一度言う、希望は『ある』。それが僕らだ。
 僕たち「完全なる世界コズモ・エンテレケイア」には、魔法世界十二億の命を救うすべがある。」


 “無限の剣製”……その赤い大地に穿たれた大穴を、フェイトは登りきる。
 そして彼は自分の目の前に立つ………赤髪の青年の眼を、
 見上げるように覗き込んで口にした。


「僕らと共に来ないかい衛宮士郎。
 その強大な力…敵にしておくには惜しい。独力で異界を形成するその固有能力ユニークスキルも実に興味深い」


 フェイトはそのまま、士郎の横を通り過ぎて歩いていく。
 数メートル離れた所で足を止めると…彼は振り返って再び士郎を見た。


「英雄を養父ちちと師に持つあなたなら、彼らのように世界を救う資格と使命がある。
 …僕はそう思うけどね」

 赤いジャケットを着た背中は、一度もこちらを振り向かない。
 ……振り向く様子を、見せなかった。



「衛宮士郎。僕は貴方を―――『完全なる世界コズモ・エンテレケイア』に歓迎する」



 その声は吸い込まれるようにして、赤い荒野に響き渡った。






「………その回答こたえなら、既に返している」


 士郎の言葉に、フェイトは落胆を隠さなかった。
 彼は先日―――シネマ村で、共犯を提示した時に言われた否定を思い出す。
 ……『断る』、と。


「……理由を訊いても?」

「それはこっちのセリフだよ」

 フェイトに背中を向けたまま、士郎は淀みなく話し始めた。


「魔法世界の住人を救う…それはいい。そのために何故、魔法世界を滅ぼす必要がある。
 そして今の技術では魔法世界の代わりの異界は造れないとお前は言った。ならどうやって彼らを救うつもりだ?」

「…その二つは同じ理由だよ。
 彼らを救う、そして彼らを導く新たな世界を創造するために、魔法世界の終焉は必要なことなんだ」

「……そこを詳しく教える気はないんだな」

「…そうだね。今の時点でこれ以上は明かせない。
 言っておくけど、僕達にしてみれば、ここまで話しただけでもかなりの譲歩なんだよ」



(………ああ、ダメだ。)



「――俺、やっぱりお前が嫌いだよ」


 …その一言の真意が掴めず、フェイトは押し黙った。


 協力すると。仲間になると約束できなければ、救う手段は教えない?
 世界の危機が迫っているというのが本当なら………何だそれは。価値観がおかしい。

 順位が違う。フェイトかれは世界を救うより、何らかの秘密を優先している。

 そこに陥穽かんせいがある。
 仲間でなければ安心して晒せない、それがフェイトの言う“希望”なのだ。
 可能性の一つとしては………おそらく。
 その“希望”とやらは、大多数に賛同されるような手段では、『ない』。


 …かつて魔法世界で勃発した―――“大分烈戦争”。
 フェイトら『完全なる世界』が裏から操って引き起こしたそれにより、多くの人が意味もなく殺し合った大惨劇。

 老いも若きも男も女も、鬼神も巨龍も精霊も魔獣も。
 生きとし生ける全ての生命いのちが幾多の命を散らしていった。

 …ラカン曰く、「儀式」の起動のため必要だったらしいが……。


 ―――それを。世界を救うためだから仕方なかったと、言える訳がない。


 …士郎は、自分でも意外なほどの確信があった。
 フェイトが言う「世界を救う手段」、「新たな世界」……「希望」。
 それはきっと、碌なモノではない。

 衛宮士郎の魂が、喉が裂けるほど叫んでいる。
 フェイト・アーウェルンクス――――――こいつは、敵だ。


「お前がやろうとしていることは…きっと正しい。
 だが、明らかに手段が間違っている」

「……これ以外の方法なんて無いよ。専門の研究機関が幾度となく導き出した結果だ。
 それでもあなたはこの方法を否定するのかい?拒否すればそこには滅亡しかないというのに」


「なら俺は、その滅びを受け入れよう。
 世界の行く末を…お前らに委ねるくらいなら……!」

「……………なに……?」

 眉間に皺を寄せるほど、フェイトは士郎を凝視しながら己の耳を疑った。
 驚きを隠せない…目の前の男の言葉が信じられないと顔に出す彼を見て、士郎はようやく自覚した。


“俺はこいつが気に喰わない……!”


 フェイトこいつは俺と同じだ。自分が信じる「正義」のために容易く他人ひとを傷つける。
 俺は大事な人達を傷つける敵を、お前は世界を救う障害を。
 ……でもな。

 ―――悪だよ。どんな理由であれ、利益のために人を傷つけるのは「悪」だ。

 だがそれは……きっとフェイトこいつも理解している。
 俺達は嫌というほど解ってるんだ。自分が正しい訳は無い、と。
 それでも…この生涯みちを進むと、自分で選んで決めた。

 だから。俺達は互いの信じるものを譲れない。

 だから。衛宮士郎とフェイト・アーウェルンクスは、決して相容れる事はできない――――!!


「………あなたは本当にわからない。
 英雄の意志を継ぐべき筈の人間が、“世界が滅んでもいい”なんて言うとは」

「ただ滅んでもいいと言っている訳じゃない。だが、訪れるというその滅びが。
 誰かおまえによって引き起こされるというのなら…俺はそれに立ち塞がってやる……!」

 士郎が右手の指をパキリと鳴らし、
 それを見たフェイトはズボンのポケットに入れた右手を引き抜いた。

「話はここまでだアーウェルンクス。
 お前をここで仕留める。その後で…ゆっくり全てを吐いてもらおう―――!」


 自分が正しいと信じるだけ・・の…独り善がりな正義の為に。
 世界を滅ぼそうとする「悪」は、衛宮士郎の前にた。

 ―――また、一人。世界の救済を妨げようとする「悪」が、
 フェイト・アーウェルンクスの眼前に現れた。


“ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト――――!”

“―――この体は、硬い剣で出来ている……!”


 そして士郎は、その呪文を口にした。



 体を剣に。    
「―――My body is my sword.

 血潮を鉄に。
「―――My blood is steel.

 己が限界を越えて、飽くことなく歩き続けろ。
「―――Beyond the limits I continue walking without giving up.


「―――――『剣製の凱歌』ヴィクトーリア・ブレイドワークス



 破壊され、支配され、書き換えられた以前の「世界」が戻ってくる。
 黄昏が星空に、赤土の荒野も緑が茂る山林に、無限に乱立していた剣はその姿を眩ませる。

 “無限の剣製”が―――――消滅した。


 ………ただ、ひとつだけ。その中にあって唯一変わらないもの。


「――――。」


 ――赤い背中はそのままに。
 士郎は顔だけ振り向いて、鷹の眼光でフェイトを射抜いた。




 ―――――――――――『逃ゲロ。』



 己の全身が叫ぶ悲鳴に、フェイト・アーウェルンクスは抗う理由が見つからなかった。





 ◇◇◇◇◇



「…ハアッ…ハァッ…!ッはぁ…!!」

 ガサガサと音をたてて林の中を駆ける影。
 息を荒くし、葉や枝で着物が傷むことも気にせず…彼女は必死に走り続ける。

「くっ、まさかあんな化けモンが出てくるとは……っ!」

 伝説の大鬼神を容易に粉砕した金髪の少女を脳裏に浮かべ、
 天ヶ崎千草は怨嗟の声で息を吐いた。

「しゃあない…一度逃げて仕切り直しや…!
 …ぜっ…はあっ……!そうすりゃまだチャンスはある…ッ!!」

 まだだ。まだ終わらない。
 こんな所で終わってなるものか……!!


『オ前………悪人ダナ……?』


「!?」

 突如語りかけてきた不気味な声に、千草は驚いて足を止めた。


『自分ノ目的・欲望・理想ノ為ニ、他人ノ犠牲ヲ厭ワヌ者………ソレガ悪ダ』

「なっ…何者や!?」

 慌てて彼女は呪符を取り出し周囲を窺う。
 だが声の主が姿を見せる様子はない。


『ダガ誇リアル「悪」ナラバ、
 イツノ日カ自ラト同ジ悪ニ滅ボサレルコトヲ覚悟スルモノ』



 ―――ドドッ!!

「っ!」

 思わず息を呑む。
 千草の前を遮るように、飛来した二本の短刀が地面に突き刺さった。


「…オ前ニソノ覚悟ガアルカ?」

 近づいた声に顔を振り向くと……そこには。


覚悟ソレガネェンナラテメエハタダノ馬鹿カ……三流デ腰抜ケノ小悪党ダ」


 二、三歳児程度の大きさの西洋人形が………独りでに宙に浮いて動いていた。


『ケケケケケッ!!!』

「ひぃぃいいいいいっっ!!?」


 千草は堪らず金切り声で悲鳴を上げる。

 木製の身体で「カタカタカタ…!」と不気味に関節部を鳴らし、
 人形が左手に握るナイフが妖しく光る。
 そして右手に抱えた、自身の身長に倍する巨大な包丁に―――


 『MINISTRUM MAGI魔法使いの従者 CHACHAZEROチャチャゼロ


 ……そう、刻まれていた。


「誇リナキ悪ハ。地ベタニ這イツクバッテ死ニヤガレ」


 吐き捨てて、彼女は躊躇いなく包丁を振り下ろす。


「――――アバヨ。」


 …それが、天ヶ崎千草が最後に聞いた言葉となった。





 ◇◇◇◇◇



「………戻ったか。士郎」

 少し離れた所から明日菜達を見ていたエヴァは、そちらを向いたまま口を開いた。
 彼女の背後には言葉の通り、士郎が渋面を貼りつけながら歩いてくる。

「その様子では逃げられたようだな。
 ふん…張り切って追っていった癖に何とも無様だな」

「………言い返す言葉はないが、何か辛辣じゃないか?」

 士郎はエヴァの隣まで来て足を止める。
 彼女を見ると、エヴァは不機嫌そうにプイッと士郎から顔を逸らした。

「…なに、主人わたしの活躍を見逃した従者の憐れさを嘆いているだけだ」

「……ああ、そりゃ残念」

「うるさい黙れ」

「はいはい」

 要するに、『闇の福音』のご活躍まで戻って来れなかった事が不満なのだろう。
 常に力を封印されているエヴァンジェリンは、「主人の威厳」とやらを少し気にしている節がある。
 今回はそれを見せる良い機会だと思っていたのだろう……不発に終わったが。

(これはしばらくご機嫌をとらなきゃいけないかな…)

 腕を組んでそっぽを向く少女を見て、士郎はそんな事を考えながら苦笑した。



『そうや!コレ使えば父様のケガも治せるんやないの?』

『…ありがとうこのか。しかし斬り落とした腕は今ごろ湖の底でして……。
 その気持ちだけで嬉しいですよ』

『私はロボですが、残念ながら水中での活動はできません。腕の捜索は…』

『いえそんな、止血をして頂いただけで充分ありがたい』



 …確かに、エヴァンジェリンに言われずとも、情けないと士郎も理解している。
 だがクヨクヨしても仕方ない。
 最優先は木乃香を助けるためフェイトを退ける事であり、それは達成されたのだから。

 ……だが、このままフェイト……『完全なる世界』を無視するつもりもない。



『え、えーと…古菲さん、龍宮さん。
 ……あの、僕が魔法使いだっていうことは秘密に………』

『わかたアル。武人は約束を守るものアルよ、安心するヨロシ!!』

『ああ、約束するよ先生。(…私は元々知っていたんだがな…)』



 彼らの目的、その真意……その、さらに。全てを知るすべはある。
 それは………かつて『完全なる世界』と戦ったという、士郎の師に直接訊くことだ。

(でもあの人を捜すとなると…本腰入れてやらなきゃだよなぁ、自由人だから…。
 よしんば会えても、話を聞き出すのはもっと骨が折れそうだ……)

 考えるだけで溜め息が出る。
 豪快な癖に守銭奴で秘密主義というあの師匠を思い出し、士郎は頭を抱えて俯いた。



『もう!ぶっ倒れるまで無理するんじゃないの!このバカ!!』

『あわわわ、ごめんなさいアスナさん!!』



 明日菜の大声が聞こえてきて、士郎はふと顔を上げてそちらを見た。


(……にしても、あのネギと木乃香が仮契約…ねえ……。)



「…あんなひょろひょろの眼鏡の子供ガキにうちの義妹いもうとはくれてやらん」

「落ち着けこのシスコンめ」

 握り拳に力を込めて歩き出そうとした士郎の服を、エヴァがひしっと掴んで抑える。
 同時、妙な寒気に体を震わせたネギは明日菜達に心配された。




 ・
 ・
 ・
 ・



 その後、ネギ達は無事本山に戻ると深い眠りに落ちていった。
 士郎は石化された巫女達の解呪のため、
 帰還後すぐにルールブレイカーを携えて協会中を走り回る羽目となる。

 エヴァンジェリンと茶々丸は念を入れて、回復した巫女達と共に夜が明けるまで警戒を続けた。
 無理を押して自分も警備に加わろうとする詠春を、
 士郎と巫女達が無理やり寝かしつけたのは余談である。

 千草の反乱を聞き帰還を急いでいた呪術協会の援軍は、
 予定より早く日の出と共に本山に到着する。
 士郎とエヴァンジェリン、茶々丸の三人…そして詠春は、それでようやく肩の力を抜いた。

 ―――こうして、京都決戦はひと先ずの終息を見た。





 ◇◇◇◇◇



「……やれやれ。全く酷い目にあった」

 京都市近郊の山林、その深い場所に…弱々しく動く小柄な人影が見えている。

(…近衛詠春は厄介ではあるけれど…もはや脅威ではない。
 しかし…『闇の福音』が麻帆良に封印されているという話はどうやら事実のようだね。
 くだらない噂と思っていたけど……)

 脚を引き摺るようにして、非常に遅い速度で歩く…その白い髪の少年は。
 平和な日本では有り得ない事に……左腕が失われていた。

(そして……「ネギ・スプリングフィールド」と「衛宮士郎」。
 それにもう一人…………「神楽坂明日菜」。調査が必要だ――――)


 ―――ガクンッ


 唐突に彼は体勢を崩して膝を着く。脚に力が入らない。
 膝がおかしな方向に捻じ曲がった右脚は、歩行する能力のほとんどを失っていた。

(浮遊術や転移魔法を使おうにも限界がある…)


「……弱ったね、旧世界こっちにはいま僕しか来ていないし……。
 このままではいつか追手が来るだろう……どうしたものか―――」

「…あら〜?追っ手かと思てましたら――…」

 割と本気で頭を抱え始めたフェイトの耳に聞こえてきたのは、
 何処かで聞いたような…間延びした呑気な―――女性、或いは少女の声。

 それが聞こえた方へ視線を向けて、
 …そこにいた人物との邂逅を喜んでいいのか、フェイトには判断できなかった。









<おまけ>
「ちょっと寄り道してみよう」

月詠
「フェイトはんを拾いましたー♪落し物は交番に届けましょ〜♪」
フェイト
「…笑えない冗談はやめてくれないかな月詠さん。ゾッとしないよ」

 現在、フェイトは月詠に抱えられて山林の中を移動している。
 彼女は自分より身長の低い彼の背後から脇の下に両腕を通し、そのまま彼の胸の前で腕を組み……
 ぬいぐるみでも持つかのように少年を抱いていた。

 …交番云々の冗談を真面目に考えてみても、やはり面倒だ。
 こんな尋常ではない――隻腕に加えて脚が曲がった――状態で一般人に見つかろうものなら間違いなく騒ぎになる。
 そうなれば関西呪術協会に嗅ぎ付かれてしまうだろう。

 つまり…やはりというかこの状況。
 フェイトの生殺与奪はこの、一見して呑気な少女が握っていた。

月詠
「とゆーワケでフェイトはん♪ウチ…あんさんにひとつだけお願いがあるんですけどー……♪(はぁと)」

フェイト
「…………その代わり、その後は僕の指示通りに動いてよ」

月詠
「勿論ですー、フェイトはんを"まほーの国"に行ける場所までお連れすればええんですよねー?
 ウチもそこに興味あります〜♪もう神鳴流には居られんでしょーし〜…」

 こうしてフェイトは、
 眩しいほどの笑顔を浮かべる眼鏡の少女と取引を交わしたのだった。

月詠
「ほんならまずは、本山まで戻りましょか〜(ルンルン♪)」

フェイト
「………………えっ」

 ―――あんな間抜けな声が出たのはあの時だけだろうと、
 フェイトは……『魔法世界ムンドゥス・マギクス』に帰還してから回想することになるのだった。

月詠
(ウフフフ……♪
 フェイトはんのお力を借りれば………上手くいけば“アレ”が手に入るやもー…♪)


・この二人の組み合わせ、結構好きです。



〜補足・解説〜

・終わった………やりきった…。
 おそらく、士郎とフェイトのバトルを書くことはもうありません。
 前回で二人はほとんど手の内を出し尽くしましたし、何より私自身「やりきった感」が半端ないので。
 精々、睨み合いや小競り合いをする可能性なら無きにしも非ず、といった所でしょうか。

・案の中には、“無限の剣製”解除後に『引き裂く大地テッラ・フィンデーンス』と『偽・引き裂く大地』を撃ち合い、山火事が発生して呪術協会本山が壊滅の危機に陥り、それをエヴァが氷魔法で鎮火する……というアイデアもありましたがボツになりました。
 理由としては、フェイトはもはや逃げる事を第一にしていたためそんな大技を使う気がなかったから。
 …そもそもそんな大呪文を使う隙を士郎が与えません。
 それにもしフェイトが『引き裂く大地』を使ったとしても、士郎の方が魔力不足でトレースできないだろうと。
 vs千鬼、vsフェイトの連戦により、宝具の投影、無限の剣製、『偽・冥府の石柱』…と、魔力消費が嵩んでいましたから。
 なのでフェイト最大の攻撃呪文は、彼vsネギまでとっておいてもらいましょう!


>その頑丈さには逆に俺の自信に罅が入る
 モチーフはジョジョ四部。
承太郎「逆にオレの『自信』てやつがブッこわれそうだぜ………」
エヴァ「WRYウリィ

>秘密結社『完全なる世界』
 現在は壊滅状態で、「秘密結社」の体を成していませんが。

>人造異界の存在限界
 ネギま!世界の1908年に、『人造異界の存在限界・崩壊の不可避性について』という論文が発表されたという設定から。
 この論文を発表した人物はネギま!の影の功労者じゃないだろうか。
 これがなかったらネギは魔法世界の謎に気づく足掛かり、知識の土台が足りなかったかもしれないですよね。

>それは童話の中の深い森
 グリム童話やアンデルセンなどがまさにこれ。
 ヘンゼルとグレーテル、赤ずきん然り。
 科学が発達していなかった時代は、深く暗い森の中こそ、神秘が満ちる異界だったのです。

>絶望は何時だって〜希望も必ず何処かに転がっているものなんだ。
 絶望はほっといても勝手にやって来るくせに、希望はこちらから探しだして腕づくで捕まえないと手にできない。
 理不尽だよ昆畜生。

固有能力ユニークスキル
 『魔法先生ネギま!』の未来を舞台にした漫画『UQ HOLDER!』の設定用語。
 超能力などとも呼ばれる、本人固有の魔法以上の神秘の力。
 魔法と違い習っても覚えることはできず、本人以外に伝授も譲渡もできない。保持者本人だけが持つ唯一絶対無二の能力。
 保持者の情報も少なく、『UQ HOLDER!』の時代では地球上に数名、太陽系全域でも二十名以下しかいないと言われる超レア能力であるらしい。
 『ネギま!―剣製の凱歌―』では、「固有結界・無限の剣製」は衛宮士郎の固有能力として扱われる。

>多くの人が意味もなく殺し合った。
 この大戦は「些細な誤解により開戦した」とされ、その原因こそ「両陣営の中枢にまで潜り込んでいた『完全なる世界』が裏から戦争を操っていた」から。
 つまり人々は、殺し合う必要など、最初から最後まで全く無かった。

>そこに陥穽かんせいがある。
 陥穽…人を陥れる策略のこと。または落とし穴や罠。

>世界を救うためだから仕方ないと、言える訳がない。
 全体を救うために小数を切り捨てる、それは「衛宮士郎」が絶対に認められない手段だった。

>それはきっと、碌なモノではない。
 原作のネタバレになるので詳細は書けませんが……実際は、碌なものでないかは人それぞれでしょうね。

>その滅びを受け入れよう。世界の行く末を…お前らに委ねるくらいなら……!
 「(安易に他人に明かせないような得体の知れない方法で)世界を救うために、世界を滅ぼす」という時点で、士郎は既にフェイト以下『完全なる世界』を信用していません。
 「世界を救うつもりか知らないが、そんな怪しい集団が世界を滅ぼすというなら阻止すべき」と考えています。
 そもそもの話、士郎はフェイトの言った「魔法世界が滅ぶ」という内容が本当かどうかもまだ疑っており、先ずはその裏付け調査をしようと思っています。

>俺はこいつが気に喰わない……!
 同族嫌悪……かもしれません。アーチャーが士郎を見てイラつく…よりは程度が数段下がりますが。
 フェイトの方は「僕の事がキライ?いきなりなに言いだすのコイツ」みたいな感じw

>悪だよ。どんな理由であれ、利益のために人を傷つけるのは「悪」だ。
 細部は異なりますが、これもFate/EXTRAのアーチャー(赤)の台詞。
 「誰かを助けたいから助ける」という尊い思いすら「利益」と断じる公平さ、真面目さ、割りきれない不器用な性格。
 それが生前の彼を追い詰めたのではと思わざるを得ない……。

>滅んでもいいと言っている訳じゃない。
>……だが、このままフェイトを無視するつもりもない。
 フェイト達の言う「希望」を拒絶したとはいえ、士郎もただ黙って指を咥えているつもりはありません。
 まずは先ほど述べたとおり、フェイトの言っていた魔法世界の崩壊云々が事実なのか調査を開始する予定です。

>世界を滅ぼそうとする「悪」
>世界の救済を妨げようとする「悪」
 正義の反対はまた別の正義…などと言うが、片方の視点から見ればもう片方は紛れもなく悪となる。
 …そうだとしたらこの世界は悪だらけだ。

>「MINISTRUM MAGI CHACHAZERO」
 ネギま!原作より引用。

>天ヶ崎千草が最後に聞いた言葉となった。
 「最期」ではなく「最後」というのがミソ。

>逃げられたようだな。
 水の幻影→水の転移扉ゲートのコンボで逃走。
 フェイト曰く「あと0.5秒遅かったら捕まっていた」そうな。

>ご活躍まで戻って来れなかった事が不満なのだろう。
 ………あれ、前々話のおまけは本編と繋がりのない、あくまでネタだったんだけど……。
 話が繋がってしまったぞ…?

>「主人の威厳」とやらを少し気にしている節がある。
 朝は自力で起きられず、毎朝だっこされて洗面所につれていかれ、用意された朝食をパジャマ姿のままで食べ、従者お手製の弁当を持って登校し、帰って来たら晩ご飯を作ってもらう。
 ……………威厳?
 でも昔の貴族ってこんな生活していそう。
 中にはメイドが起こしに来るまで起床しちゃいけないという決まりがある貴族もいた気が…。

>父様のケガも治せるんやないの?
>止血をして頂いた
 茶々丸に包帯を巻かれて傷口が隠れているので、木乃香は腕を失った詠春を見ても何とか平気です。
 それでもやはり顔色は良くないですが。

>師に直接訊くこと
 魔法技術には「念報」…いわゆる電報のようなものがありますが、ラカンはそんなもので連絡つきませんから……。
 捜して直に会うしかない。

>水中での活動はできません
 川に足が浸かっただけで「泥が溜まるから気を付けて」と注意されたり、原作・魔法世界編序盤で「新ボディは水浴びも可能」などと言っていたので、それ以前の旧ボディは防水機能や水中活動性能が無かったんだろうなと。

>あの人を捜すとなると…本腰入れてやらなきゃだよなぁ…
 ザ・ラカン捜しフラグ。
 見つけたとしても、(労力的にも金銭的にも)タダじゃ話は聞けないんだぜ!

>「…あんなひょろひょろの眼鏡の子供にうちの義妹はくれてやらん」
詠春「右に同じ」
エヴァ「黙ってろ」

>あんなひょろひょろの眼鏡の子供
 身体が細いのはまだ子供だから仕方のない事で、ネギが特別頼りないという訳ではないです。
 しかし…数ヶ月後、うっすらと筋肉がついたガリマッチョになると誰が予想しただろう。

>握り拳に力を込めて歩き出そうとした士郎
 ネギをボコr……いえ、殴ろうとしました☆

>調査が必要だ
 原作同様、ネギと明日菜についてはそれぞれ「今後脅威になるか」、「何者か」という調査を。
 士郎については既にある程度調べてありますが、それは今回の事件を通して片手間に行なった簡単なものなので、これから本格的に調べようという思惑です。
 ……片手間という割にかなり詳細な士郎の情報を手に入れていますが、それは士郎の情報の多くが京都(と麻帆良)に集中しているため簡単に調べられたという事にしています。
 そのため士郎のイギリス留学時代や魔法世界での修行時代についてフェイトは詳しく知りません。

>浮遊術や転移魔法を使おうにも限界がある
 認識阻害をかけながら空を飛んでも(魔法使いや陰陽師など)気づく人は気づくでしょうし、転移魔法は精々数キロメートルが限度と思われます(エヴァンジェリンは規格外と推測)。
 魔法世界へ繋がるゲートは(この時点で)日本にありませんから、今の状態のフェイトにはどうしても国外へ出る協力者が必要だっただろうと。

>上手くいけば“アレ”が手に入るやもー…♪
 ストーリー本編の伏線をおまけで張るなよ俺ェ……。



【次回予告】

“……ネギ先生、明日菜さん……私、お二人にもお嬢様にも秘密にしていたことがあります……。
 …この姿を見られたら…もうお別れしなくてはなりません”

「――刹那さんっ! 何処へ行っちゃうんですか!!」

「このかさんはどーするんですかっ!?
 アスナさんもいい友達ができたって喜んでたのに……!」

「待っ、待ってください…ダメですよ刹那さん………!」


 次回、ネギま!―剣製の凱歌―
 「第30話 修学旅行五日目、さよなら京都」


「…ネギ先生。お嬢様………いえ。
 ―――このちゃんのこと、よろしくお願いします」


 それでは次回!
 ………上記の予告はイメージです。実際の内容とは異なります。

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