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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 幕間1:歩み寄る者と対立する者
作者:蓬莱   2013/02/28(木) 21:57公開   ID:.dsW6wyhJEM
ランサー―――マティルダは人外の力を有するフレイムヘイズの中に於いても、一際、異常なフレイムヘイズだった。
本来、フレイムヘイズとは、“紅世”という異界からの来訪者である“紅世の徒”への復讐を望む人間が、“紅世の王”と契約を交わし、己が身を器とすることで生み出される。
それ故に、フレイムヘイズの大半にとって、その原動力は復讐者のそれであり、ごく一部の長く生きた者でさえ、使命感の純化により精神を昇華させた者がいる程度だった。

「私は感じているわ。戦えるってのは、幸せな事だ…って」

だが、唯一人だけ、マティルダは違っていた。
マティルダは、討ち手となった自分を幸福であると確信していたのである。
そんなマティルダに対し、多くのフレイムヘイズ達は、喜びを表して言うマティルダの在り方に怪訝な表情を浮かべながら、押し黙ってしまうのだった。
理解が出来ない―――それが、フレイムヘイズ達が抱いた、マティルダの在り方に対する感想だった。
多くの戦いを共に戦ってきたマティルダの相棒であるフレイムヘイズでさえ、観念して、マティルダのやる事を受け入れただけであった。
結局、マティルダ=サントメールの全てを分かってくれたのはただ一人、“天壌の劫火”アラストールだけだった。
そんな中でありながらも、マティルダは、戦いに身を置けることを幸福に思いながら、強大な敵と戦い続けた。

「…行くのでありますか?」
「ええ、行くわよ。そう決めたんだから」

やがて、マティルダは、とある“紅世の王”を首魁とする軍勢が引き起こした大戦―――マティルダにとっての最後の戦いに赴くことになった。
マティルダがどう答えるか分かっているにも関わらず、マティルダの意思を確認するように問いかける相棒に対し、マティルダはそう自身の答えを返しながら、この大戦の勝敗を左右する大博打に打って出た。

「やはり、お前が一番か。マティルダ・サントメール―――“炎髪灼眼の討ち手”よ」
「こういう時は、一番だ、っていうものよ、“両翼”の右、“虹の翼”メリヒム」

そして、いざ、決戦に挑んだマティルダは、この大戦で幾度となく戦った宿敵である剣士の装いをした、銀の長髪を持つ青年―――“虹の翼”メリヒムと対峙していた。
欲すべき獲物に出会えた獣を思わせる凶暴な笑みを浮べながら、その喜悦を言葉にするメリヒムに対し、マティルダは凄みを利かせた笑みを浮べながら、言葉を返した。
そして―――

「―――始めましょう、戦いを」

―――当代最強を関する二人の闘いが始まった。



幕間1:歩み寄る者と対立する者



そして、ケイネスが目を覚ましたのは、マティルダとメリヒムの死闘がまさに始まろうとする直前だった。

「んっ…むっ…今の夢は…」

未だに覚めない意識をゆっくりと起こしたケイネスは、何故か痛む体を動かしつつ、先ほど見た夢について思い返した。
ケイネスが見たことも、経験したことの無い筈の夢の内容だったが、ケイネスは特別に不可解な事だとは思わなかった。
サーヴァントと契約を交わしたマスターは、極まれに夢と言う形で、そのサーヴァントの記憶を垣間見る事があるらしい。
―――ならば、先ほど、自分が見た夢は、ランサーの記憶という事か。
とここで、自分の見た夢についてそう結論付けたケイネスは、ふと自分がどこにいるのか気付き、慌てて周囲を見渡した。
そこは、まぎれもなく、冬木ハイアットホテルを爆破された後、自分たちの拠点とした廃工場だった。

「あ、気が付いたみたいね、マスター」
『ふむ、どうやら、大事には至らぬようだったな』
「ランサー…!? これは、いったい…? 私は、何故、ここに…?」

何故、ここに自分がいるのかと、ケイネスが困惑し始めた時、ケイネスが目覚めたのに気付いたのか、アーチャー達から借りた当世風の衣装―――何やら日本の文字が書かれ、炎をあしらった柄の白いコートに、スカートの丈が長い女子高生服を着たランサーがやってきた。
とりあえず、起き上がったケイネスの姿に安堵するアラストールの言葉に対し、ケイネスは思わず、何があったのか、やってきたランサーに尋ねた。

「ランサーが運んできてくれたのよ。気絶したあなたを抱えて…何があったのか、覚えてないの?」
「…私は、アインツベルンの城で…!? いや、はっきりと覚えていないのだが…」
「そうなの? でも、まぁ―――」

とここで、ランサーの用意したケイネスの食事を持ってきたソラウが入ってきた。
そして、ソラウは、ランサーの代わりにケイネスの問いかけに答えつつ、未だにアインツベルン城での記憶が曖昧なケイネスに何も覚えていないのか聞き返してきた。
ケイネスはやや戸惑いがちに、アインツベルンの城にて起こった事を思い出そうとした瞬間、思わず身を強張らせてしまった。
―――アインツベルンの城を襲撃したと思ったら、人を小馬鹿にした小細工に引っ掛かった。
―――それでも、敵を見つけたと思ったら、明らかに変質者としか思えない、似合わない女装した男を発見してしまった。
―――そんな変質者と散々追いかけっこした挙句、二人揃って、罠に引っ掛かって、気絶してしまったのだよ…何て言えるかぁああああ!!
プライドの高いケイネスからすれば、ランサーとソラウを前に、意気揚々と攻めていった挙句、こんな間抜けな事をやらかしたなんて言える訳もなかった。
とりあえず、心の中でノリツッコミをしたケイネスは、必死になって動揺を隠しつつ、何も覚えていないふりをした。
だが、ソラウは、とぼけるケイネスを半眼で見据えつつ、軽く答えながら、さして不審にそうにする事もなく―――

「―――さっき、ランサーがアインツベルンから借りてきたビデオでばっちり一部始終見たんだけど」
「え!?」
「いやぁ、ここまで、体を張ったギャグはなかなかできるもんじゃないわよ、マスター」
『…すまぬ、マスター』

―――ランサーが借りてきたビデオによって、既にアインツベルンの城での一件を知っている事を明かした。
よく見ると、ソラウは、間の抜けたように驚くケイネスの姿を見て、次々にギャグじみたリアクションを取っていたケイネスの姿を思い出したのか、頬を軽く膨らませながら、必死なって笑うのを我慢していた。
そんなソラウに対し、ランサーは、遠慮なく笑みを浮べながら、身体を張ったギャグを繰り広げたケイネスにむかって親指を立てて、サムズ・アップしていた。
そして、この面子の中で、アラストールだけが、不運にも二人の笑いの種となってしまったケイネスに同情しつつ、ケイネスに対し申し訳なさそうに謝った。

「ぬおおおおおおおおぃ!! ら、ら、ランサぁああああああ!! ど、ど、どういう事だぁあああああ!?」
「ん? あぁ、このビデオ? さっき、アーチャーから連絡があって、隠しカメラで撮った映像を編集したビデオが…」
「違あああああう!! いや、それは、それで気になるが今はいい!! それより、なぜ、普通にアインツベルンの連中やアーチャー達に、ビデオを借りに行っているのだ? そもそも、なぜ、私の許可なく、単独で敵地にむかった!? 何かあったら、どうするつもりだったのだ!!」

ようやく、事態を理解したケイネスは、勢いよくベッドから跳ね起きながら、快活な笑顔を浮かべるランサーに詰め寄った。
だが、ランサーはさして気にすることもなく、詰め寄ってきたケイネスに、アーチャー達にダビングしてもらったビデオを借りてきた経緯を話そうとした。
だが、ケイネスは、アインツベルンの連中もビデオを見たのかという事も気になったが、自分が聞きたいのはそういう事ではないと否定した。
そもそも、ケイネスからすれば、一昨日、敵地を攻め込んでおきながら、その敵地からの誘いに乗って、のこのこと出向いて行くランサーの神経の太さが理解できなかった。
この時、相当テンパっていたのか、ケイネスは、自分が本気でランサーの身を案じているような言葉を口走っていたことに気が付かなかった。

「ん〜あぁ、ごめんごめん。マスターにはまだ言ってなかったけ」
「何? どういう事なのだ?」
「ケイネス。あなたには、まだ、言ってなかったけど、バーサーカーが呼び出したサーヴァントから六陣営による会談を持ちかけられたのよ」

これには、ランサーも罰悪そうに謝りながら、一昨日の一件での事を、気絶していたケイネスにまだ、伝えていなかったことを思い出した。
ランサーの口振りに疑問を感じたケイネスに対し、ソラウは、一昨日、バーサーカーの呼び出したうちのサーヴァント達の一体―――“永遠の刹那”藤井蓮から六陣営会談を持ちかけられたことを伝えた。
蓮曰はく、“各陣営が互いに足を引っ張っている現状では、第六天を討つことなどとても無理だ。ならば、足並みを揃える為に、第六天とは如何なる存在であるかを知るために、六陣営による会談が必要なんだ”との事だった。
さすがに、これには、ランサーを含め、その場にいたメンバーから、バーサーカーに呼び出されたサーヴァントであるにも関わらず、何故、バーサーカーを追い込むような真似をするのか疑問の声が上がった。
だが、蓮は、それらの問いかけに言葉で語ることなく、静かに湧き上がる感情だけで、皆に理解させた―――そう、自身の逆鱗に触れた者全ての身を引き裂き、溢れ出る血を紅く染まった蓮にするほど凍てついた、第六天に対する極限の憎悪だけで。
そして、この蓮の憎悪と憤怒を知った一同は、このバーサーカー討伐という目的の為に、この六陣営会談に応じることにしたのだった。

「なるほど…バーサーカー陣営も一枚岩ではないという事か」
「少なくとも、嘘じゃないはずよ。あの蓮ってサーヴァント、ちょっと厨二が入っているけど、そういう腹芸とかは下手みたいだし。それに…蓮のバーサーカーに対する憎悪は本物なのは確かよ」
「ふむ…」

何とも厄介な事態になったものだな―――ランサーからの話を聞き終えたケイネスは、この敵味方入り乱れた複雑怪奇ともいえる現状にそう思わずにはいられなかった。
本来ならば、敵の罠という可能性も考えられるが、対キャスター戦での蓮の大根役者っぷりや、バーサーカーに対する憎悪を知ったランサーとしては、六陣営会談に参加するつもりであり、また、蓮の事をある程度信用している様子だった。
そんなランサーの言葉を聞きながら、ケイネスはしばし深く考え込んだ後―――

「私のあずかり知らぬところで、そのような話を決めたのは気に喰わんが…まぁ、バーサーカーに関する情報が得られるならば、応じる事にしよう」
「ありゃ? 意外にあっさり認めてくれたわね…てっきり、“私の許可なく、そんな話を決めるなぁ!!”ぐらいは言うと思ったのに」
「貴様は本当に私の事をマスターだと思っているのか、小一時間ばかり問い詰めたいのだが…」

―――前置きとして、ランサーの独断を咎めながらも、バーサーカーに対する対抗策を思案するにも、何らかの情報を得る必要が有るため、この六陣営会談に参加することを決断した。
このケイネスの六陣営会談参加に対し、てっきり反対するものとばかり思っていたランサーは、反対するケイネスの口調を真似しつつ、少しだけ驚いていた。
完全にマスター扱いしていないランサーの態度に、ケイネスは、もういい加減、令呪を使うべきなのか本気で考えつつ、苦虫をかみつぶしたように顔を顰めた。
もっとも、ケイネスも、そんな脅しを仕掛けたとしても、調子に乗ったランサーにからかわれるのが目に見えていたので、口には出さなかったが。

「…私は少なくとも、貴様の性格はともかく、貴様の人の見る目だけは、確かなのは信用しているつもりだ。貴様が罠でないと判断した以上、何も問題ない。ならば、特に私が拒否する理由もあるまい」
「マスター…」

そして、ケイネスの口から出たのは、若干ひねくれてはいるものの、ランサーを信じた上で、六陣営会談に参加することを決断したのだと告げた。
無意識ではあるモノの、既にケイネスの中では、ランサーというサーヴァントは数多ある礼装という範疇を超えた存在になりつつあった。
このケイネスの言葉に対し、ランサーは、これまで見せた事もない真剣な顔付きで、ケイネスを真っ直ぐに見据えながら、静かに片膝をついて、やや前かがみに頭を差し出すような姿勢を取った。

「私の我が儘に付き合ってくれてありがとう、我がマスター、ケイネス=エルメロイ=アーチボルト」
「む、ん…まぁ、あくまで、私が認めているのは、貴様の人を見る目だけだがな!! そこのところを忘れるな…」

そして、ランサーは、共に戦う主に向かって、騎士が傅くように恭しく礼を述べると、顔を上げて、自分の我が儘に付き合ってくれたケイネスに向かってほほ笑んだ。
初めて、ケイネスにマスターとして礼を取るランサーの姿に、ケイネスは、少しだけ戸惑いながらも、口では釘を刺しつつも、照れ隠しをするようにそっぽを向いた―――そうでもしなければ、微笑みながら、紅蓮に煌めく灼眼を向けるランサーに、見惚れてしまった自分の顔を見られてしまうから。

「じゃあ、私はちょっと見回りに行ってくるから。アラストール、何かあったら連絡をよろしくね」
『うむ、分かった』

その後、食事を終えたケイネスの食器を片付けにソラウが部屋から出て行くのに合わせて、ランサーは、外の見張りに出向く事にし、その間の連絡役兼ケイネスの話し相手として、アラストールに頼むことにした。
アラストールも、ランサーの頼みを了承すると、武器を現出させたランサーも部屋から出て行った。

「やれやれ…まったく、こうも思い通りにならないサーヴァントは他にはいないだろうな」
『それが、マティルダの性分故、許してほしい…』

ランサーが部屋から出て行った後、ケイネスは、いつものように、ランサーに対する愚痴をこぼしていたが、そこに自分の思い通りにならない事への苛立ちは無かった。
むしろ、ケイネスは、そうした自分の意に沿わぬことにさえ楽しさを感じているようだった。
そんなケイネスに対し、アラストールも似たような経験したのか、表情があれば苦笑いを浮かべているかのように、ランサー絡みで、色々と苦労を掛けてしまったケイネスに申し訳なさそうに謝った。

「構わんよ。さすがにこう毎日振り回されては、もう慣れてしかあるまい」

だが、ケイネスは、アラストールを責めることなく、むしろ、仕方なさそうに肩を落としながらも、こういうのも悪くないという口振りで少し笑って返した。
とここで、ケイネスは、ふと目を覚ますまで見ていたランサーの記憶に登場したある男―――メリヒムの事を思い出した。
よくよく考えると、ケイネスは、ランサーを召喚してから今まで、サーヴァントとしての能力こそある程度把握していたが、ランサーの個人については何も知らない状態だった。
ケイネスは、この機会に、ランサーの事を、アラストールに色々と尋ねるのも悪くないだろうと思い付いた。

「そういえば、アラストールよ…“メリヒム”という男に聞き覚えがあるか?」
『っ…どこで、その名を?』
「む?」

とりあえず、ケイネスは、アラストールに、ケイネスが夢で見た、ランサーの記憶に登場した“メリヒム”の名を出して尋ねてみた。
それに対し、アラストールは、ケイネスの口から出た“メリヒム”の名を聞いた瞬間、少しだけ驚いた様子で言葉を詰まらせた。
そして、アラストールはケイネスの質問には答えず、逆に決して気が合わない知り合いを思い出したかのように、苦々しい声を隠しつつ、ケイネスに聞き返してきた。
この普段のアラストールらしからぬ反応の仕方に、ケイネスは疑問を感じ、思わず首を捻った。
よほど好きになれない相手だったのか―――アラストールの反応を見て、そう考えたケイネスは、ひとまず、メリヒムについての事は後回しにし、ランサーについての事を聞くことにした。

「その男について話したくなければ構わんが…ちょうど良い機会だ。その男を含めて、ランサーについての話を聞きたいのだが構わんな、アラストール?」
『う、うむ…あまり面白い話ではないが、マスターが望むのであれば…』

親にむかって昔話の続きを待ちわびる子供のように催促するケイネスに対し、アラストールは少し戸惑いつつも、ランサー―――“炎髪灼眼の討ち手”マティルダ=サントメールについて語り始めた。



一方、その頃、廃工場の周囲を一通り見まわった後、骨休みに見晴らしのいい場所で夜空を見上げていたランサーは、地面に腰掛けながら、頬撫でるようにふく冷たい夜風に心地よさを感じていた。

「ランサー、外の様子に異常は?」
「特に何もないわよ。それより、ソラウ、何でここに?」
「そうね…あなたと、ちょっと話がしたかったから」

とそこに、夜空を見上げるランサーの姿を見つけ、外に出てきたソラウが、ランサーの傍にやってきた。
何か異常がないか尋ねるソラウに、ランサーは周囲に何も異常がない事を伝えた。
そして、今度は、ランサーが、ソラウに、何故、外に出てきたのか尋ね返してきた。
それに対し、ソラウは、悪戯っぽい笑みを浮べて、ランサーの隣に並ぶように腰かけた。
そこには、いつもの高慢で怜悧な女帝としての姿はなく、どこにでもいる若い女性同士の会話を楽しもうとするソラウの姿があった。

「それにしても、あのケイネスを、あそこまで振り回すなんて…ほんと、凄いサーヴァントね」
「むぅ…それって、何か褒め言葉には聞こえないんだけど…」
「もちろん、褒め言葉よ。それに、私の知る限りじゃ、あんなケイネスの姿を見たのは初めてかもしれないわね」

まず、ソラウは、ケイネスに召喚されてからこれまでの事を、ランサーも自由奔放さに振り回され続けるケイネスの姿を思い出しつつ、クスクスと笑みを浮べながら語った。
褒めているのか微妙なソラウの言葉に、ランサーは、そんなにケイネスの毛根にダメージ与えるようなストレス掛けていたかなぁと思いつつ、何ともいえない苦笑いを浮かべるしかなかった。
それに対し、ソラウは、むぅと罰悪そうにするランサーにフォローを入れつつ、それまで見た事もなかったケイネスの意外な一面を見られたことを感謝するように、しみじみと語った。

「正直に言うと、あなたが召喚されるまで、私は、ケイネスに対して、好きとか嫌いとかそういう気持ちすら持っていなかったの」
「許嫁なのに?」
「ケイネスはどう思っているのか知らないけど、私は、所詮、名門ソフィリア家の血筋という商品価値を持つ許嫁という名の政略結婚の道具だったから」

そして、今度は、ソラウが苦笑いをしながら、ランサーと出会う前まで、許嫁であるはずのケイネスに対し、興味さえ抱いていなかったことを吐露した。
ソラウから出た思わぬ言葉に、不思議そうに首を傾げるランサーに対し、ソラウは空を見上げながら、自身の生い立ちについて話し始めた。
ソラウは、魔術協会において確固たる勢力を誇る名門ヌァザレ家の娘として生を受けたのだが、それは決して幸福と言えるものではなかった。
ソラウの生まれた当時、ヌァザレ家は権力闘争の最中であり、ソラウの父は、嫡子―――ソラウの兄が暗殺されるのではないかという不安に駆られていた。
そこで、ソラウの父は、兄妹双方に魔術の教練を施し、魔術刻印を移植する段階で生き残った者を後継者とする方針を取る事にした。
だが、結果として、権力闘争の終結後も、兄妹双方ともに生き残ってしまった事で、魔術刻印と嫡子としての地位は、ソラウの兄に譲られることになった。
このため、用済みとなったソラウには、代を重ねて精練されたソフィリアという魔道の血を持つという商品価値がある政略結婚の道具としての役割を強いられることになった。
しかし、ソラウはその扱いに不満も疑問も感じなかったし、ケイネスとの縁談も唯々諾々と従っていた。
なぜなら、ソラウは、魔道の名門の娘として生まれてこの方、親の敷いたレールを道行き、女としての感情を養う機会もなかった為に、ただの一度も、心の底から何かを欲したり、希望を抱いたこともなかったからだった。
故に、当時のソラウは、嫌悪の感情というものが理解できないほど、その心は氷のように冷え切っていた。

「だから、不満も疑問もなかった…ケイネスには申し訳ないけど、あの時の私には、ケイネスに対して、別どうでもいいと思っていたわ」
「ふ〜ん…でも、今は違うんでしょ?」

そんな昔の自分自身をつまらない女だと卑下するように語るソラウに対し、ランサーは現世に召喚された当初のソラウの様子を思い出しながら、何かを納得するようにしきりに頷いた。
そして、ランサーは、少しだけ笑みを浮べながら、今のケイネスについてどう思っているのかを、ソラウに尋ねた。

「そうね…お世辞にも恰好の良いなんて言える姿じゃないけど…今のケイネスは、そんなに嫌いじゃないわ」

そんなランサーの問いかけに対し、ソラウは少しだけ考えた後、奔放なランサーに振り回されるケイネスの姿を思い出いながら、柔らかい笑みを浮べながら答えを返した。
それまでは、ソラウは、ロード・エルメロイという魔術の天才としてのケイネスしか知らなかった。
だが、ランサーとのやり取りの中で、自分の知らないケイネスの一面を見ていく中で、少しずつではあるが、ケイネスに対して気にかけるようになっていた。
―――奔放なランサーの言動に癇癪を起すこともある。
―――ランサーの子供じみた挑発に引っ掛かって滑稽な姿を曝すこともある。
―――その癖、口でこそ色々と文句は言っているが、そんなランサーに対する自分の感情を素直に出せない事もある。
だが、ソラウは、そんなケイネスを侮蔑するどころか、今まで見せていなかった側面を見せるケイネスに対し、徐々にだが、興味を抱くようになってきていた。

「そっ、なら、良かったじゃない。少なくとも、ちゃんと自分の意思でそう思ったんだから」
「ふふ…そうね。そうかもしれないわね…」

そんなソラウの言葉を聞き、ランサーは、ケイネスも少しは報われそうねと思いつつ、満足そうに満面の笑みを浮かべた。
でも、それは私にだって言える事なのよ、ランサー―――ランサーを見つめていたソラウは、ランサーに向けて微笑み返しながら、そう思わずにはいられなかった。
ソラウにとって、ランサーは、これまでに出会ったどの女性にも当てはまらないタイプの女性だった。
人に強制される事や支配される事では、自分は生きていけない―――ランサーは、自分が他人に支配される事が我慢ならない性分の持ち主であり、ケイネスのサーヴァントとして仕えていても、その根幹が変わる事は無かった。
だからこそ、ソラウは、ランサーと付き合う中で次第に、唯々諾々と周りに従ってきた自分と違い、他者の強制には断固として戦い、確固たる己を持つランサーに羨望を抱かずにはいられなかった。
今のソラウにとって、ランサーは、サーヴァントである以上に、初めて何か憧れ、共に歩んでいくという事への喜びを自覚させてくれる理想の女性に他ならなかった。

「ねぇ、ランサー…あなた、確か、聖杯に叶える願いは特になかったわよね」
「ん? そうだけど…それがどうかしたの?」

とここで、ソラウは、ランサーに、召喚された当初に、ランサーが言った、“自分は闘う事ができるならそれでいい。聖杯に託す願いを持ち合わせていない”という事を確認するかのように尋ねた。
ランサーは、何故今更、ソラウがそんな事を聞くのか分からなかったが、不思議に思いながらも、自分には聖杯に叶えたい願いがない事を肯定した。

「そう…なら、もし、あなたが良ければ―――え!?」
「…へぇ、そういう事ね」

聖杯戦争が終わった後も、この世界に残らない?―――ソラウがそう告げようとした瞬間、ソラウは、上空に巨大な魔力の塊が突如として出現したことに気付いた。
同様に、ソレに気付いたランサーも、アラストールに念話で連絡を取りつつ、徐々にその姿を見せる巨大な魔城を見上げながら、不敵な笑みを浮べていた。



衛宮切嗣が目を覚ますと、そこには光が何一つない漆黒の闇だけが広がっていた。
―――何故、自分以外に誰もいないのか?
―――何故、自分はこんなところにいるのか?
―――そもそも、ここは何処なのか?
訳も分からない切嗣であったが、とりあえず、他の人間を探すために闇の中へと一歩足を進めた。

『―――、――――――な、――』

次の瞬間、闇の中を進む切嗣の前に、何かを呟やいている見知らぬ人物―――この空間に広がる闇と同化するほどの陰鬱な雰囲気を漂わせる青年が姿を現した。

『よ――、――――したな、――』

何かを呟きながら、切嗣へと向かってくる青年に対し、危険を察知した切嗣は、咄嗟に懐にある銃―――コンテンダーを構えようとした。
だが、次の瞬間、切嗣の身体は何かに縛られたかのように、銃を抜くことはおろか、指一本さえ身動きが取れなかった。
―――何が如何なっている!?
次々と起こる異常事態に訳も分からず混乱する切嗣であったが、かろうじて動く視線のみを頼りに、動くことの無い自分の身体へと目を向けた。
そして、切嗣の目に映ったのは、学生服を着た首のない少年とおぼしき死体、虚ろな目でこちらを見る褐色の肌を持つ年端もいかない二人の少女らしき死体、ボロボロの剱冑―――競技用剱冑を身にまとった少女の死体、胸に刀を突き立てられた巫女の服を着た女の死体、剱冑の身体に生身の頭だけが出た少女の死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体―――老若男女を問わず、ありとあらゆる死体が、まるで切嗣が逃げる事さえ許さないように押さえつけているという異様な光景だった。

『よく―、―を―したな、――』

やがて、無数の死体に取り押さえられた切嗣の前に、ただ只管に何かを呟き続ける青年が目と鼻の先まで立っていた。
と次の瞬間、青年は徐に切嗣の首に手をかけると、首を折らんばかりの力で、切嗣の咽喉を締め始めた。
殺される!!―――何とか窮地を脱せんと、必死になってもがく切嗣であったが、無数の死体に身体を抑え込まれた状態ではどうすることもできなかった。
やがて、切嗣は、呻き声を上げながら意識を失いかける寸前、切嗣の首を締め上げる青年が何を呟いていたのか、切嗣の耳にようやく聞こえてきた。

『よくも、俺を殺したな―――』

―――村正。
悪鬼の如き笑みと共に青年から吐き出されるように告げられたのは、自分を殺した者に対する、あらん限りの憎悪を向けた怨念の言葉だった。
そして、切嗣は、青年に首を絞められているのにもかかわらず、最後に残されたありったけの力を振り絞り叫んだ。



次の瞬間、目を覚ました切嗣の目に飛び込んできたのは、心配そうに切嗣を見つめるアイリの顔だった。

「くっ、ここは…?  アイリ、僕はいったい…?」
「ここは、アインツベルン城の寝室よ。随分とうなされていた様だけど、何かあったの?」

最悪の目覚めとなった切嗣は、何故か節々が痛む体―――特に尻のあたりの痛みを我慢しながら、起き上がった。
未だに意識が覚醒していない切嗣は、状況が分からないまま、ずっと傍で看病していたと思われるアイリスフィールにむかって尋ねた。
アイリスフィールは、すぐに、切嗣への問いかけに答えると、切嗣が眠っている間、ずっとうなされている様子だったのが気がかりで、切嗣に心配そうに話しかけた。

「…いや、只の夢さ。それより、今の時間は?」
「ほぼ丸一日すぎているわ」
「丸一日だって!? そうか…なら、詳しい話は舞弥と一緒に話すとしよう」

だが、切嗣はアイリスフィールを不安にさせまいと、悪夢にうなされていた事は告げたが、あえて夢の内容については伏せた。
とここで、切嗣は話をそらそうと、アイリスフィールに現在の時刻について尋ねると、アイリスフィールはアインツベルン城で外道丸たちに発見されるまでの間、切嗣がずっと眠っていた事を教えた。
まさか、ほぼ丸一日も眠っていたのだと思いもしなかった切嗣は思わず驚いたが、すぐさま、切嗣が眠っている間の現状を知っているはずの舞弥と共に、サロンにて、今後の聖杯戦争への対応を練る事にした。

「あっ、それなんだけど、今、サロンはちょっと行かない方が良いかなって…!! ほら、もうちょっと休んだ方がいいかもしれないし!!」
「ん? アイリ、それはどういう意味―――はっ!?」

だが、切嗣のその言葉を聞いた瞬間、アイリスフィールは、大慌てになりながら、微妙に目を逸らしつつ、必死になって、切嗣を寝室に押し留めようとした。
そんなアイリスフィールの慌て振りに疑問を感じた切嗣は、どういう訳なのか、アイリスフィールに尋ねようとした時、ふと、この場にセイバーや銀時の姿がない事に気付いた。

「ま、まさか…!! “固有時制御――二倍速”!!」
「あ、切嗣!! ちょっと、無茶はしない方が…!!」

何やら、猛烈に拭えきれない嫌な予感を覚えた切嗣は、躊躇することなく、“固有時制御”の加速を使用し、制止を呼びかけるアイリスフィールを置き去りに、サロンへと走っていった。
この時、切嗣は自分が意識を失うまでの記憶―――アインツベルン城にてケイネスと壮絶な追いかけっこを繰り広げていたことを思い出していた。
もし、もしかしたら…!!―――切嗣は、脳裏をかすめる予感に苛まれながら、サロンの扉を蹴破るかのように思いっきり開けた。
そして、切嗣の目に飛び込んできたのは―――

『己、いい加減に諦め―――ベシャ!!―――うぼぁあああああああああああ!! 目がぁ、目に何か辛いものがぁあああ!!』
『くそ、何で、味方にまで反応するような仕掛けを仕込む―――ズルっ!!―――ぐっお、おおおおおおお!?』
「「「「あははははははははっはははははっはははは!!」」」」

―――顔面に芥子のたっぷり乗った皿が直撃し、その場でもんどりうつケイネス。
―――そんなケイネスを追いかける最中、仕掛けられたバナナの皮で転び、思いっきり尻を打った切嗣。
―――そして、そんなケイネスと切嗣の姿をバラエティー番組を見るかのように、テレビで鑑賞しながら大爆笑する銀時達の姿だった。
しかも、何時の間に購入したのか分からないが、洋風のサロンに似つかわしくない畳を敷いて、その上に炬燵まで用意してあった。
ちなみに、この時、外道丸は気になる事があると、明らかに観光する気満々の出で立ちで、冬木市の方へ出向いていた。
とここで、大音量でテレビを見ているのか、サロンに入ってきた切嗣に気付かないまま、銀時たちは様々な反応を見せていた。

「ぶほぉ!! ちょ、これ、ガチでやってんだよな? どういう芸人体質なんだよ、この髪の毛の薄いオッサンと切嗣(笑」
「いやぁ、ここまで、すげぇ体張ってくれるなんて思わなかったぜ。というか、二人とも、結構其の道でもいけるんじゃね?」
「ちょ、ちょっと笑いすぎよ。あ、あんた達…ぷっ!!」
「ふ、ふっ…き、貴様も、わ、笑って、い、いるじゃないか…はははっ!!」
「皆さん、落ち着きましょう。こういう時こそ、冷静になる必要があります(ガタガタガタ…」
「なるほど…これが、“魔術師殺し”の実力という訳ですね。見事に皆さんの腹筋を壊しにかかっています」

―――遠慮など一切なく、ケイネスと切嗣の姿に大爆笑する銀時とアーチャー。
―――お互いにこれ以上笑うまいと牽制しながらも、思わず吹き出しそうになっているセイバーと第一天。
―――体を揺らしながら、必死になって笑うまいと我慢している舞弥と何か間違った方向で感心しているホライゾン。
そして、切嗣は、そんな一同の様子に何かを切れてはいけない糸が切れたのを感じると同時に―――

「じゃ、今度は、今のところを、スローモーションで再―――ターン!!―――ぬぉわ!!」

―――懐に仕舞っていたコンテンダーを取り出し、躊躇することなく、起源弾を発射した。
そして、発射された起源弾は、スロー再生しようとビデオデッキに近づいた銀時の頬を掠めながら、DVDデッキごと見事に叩き込まれ、中のDVDごとデッキそのものを再起不能へと追いやった。

「あ、危ねぇじゃねか、てめぇ!! いきなり、起きてきたと思ったら、何をしやがんだ、切嗣!!」
「それはこっちの台詞だ、貴様!! 何を、呑気にアーチャー達とのんびりサロンで、僕とケイネスのビデオを見ながら寛いでいるんだ!! しかも、よりにもよって、あんな○チ○イビデオを!! というか、いつの間に撮影した!?」

危なく銃殺されそうになった銀時は、すぐさま、こちらにやってくる切嗣に噛みつくように胸ぐらを掴んだ。
だが、切嗣にしてみれば、こちらの苦悩などお構いなく、呑気に敵であるアーチャー達とテレビを見て馬鹿笑いしている銀時の無神経さに怒りを覚えるのも無理はなかった。
そして、切嗣は、半ば逆切れ同然の状態で怒りを露わにしながら、切嗣とケイネスの追いかけっこの一部始終を収めたDVDを用意したのか、切嗣の胸ぐらを掴む銀時を問い詰めた。

「あ、それ、俺、俺〜!! いやぁ、もしものために、隠しカメラもセットしたんだけど、上手くいって良かったぜ」
「…もう勘弁してくれないか」

そんな切嗣の問い詰めに対し、このDVDを撮影した張本人であるアーチャーは、まるで場の空気など読むことないように軽い口調であっさりと答えた。
―――また、お前かぁああああ!!
―――しかも、また、見知らぬ連中が増えているし…!!
―――というか、遠坂の連中は、何で、自分のサーヴァントを引き取らないんだ!?
そして、“固有時制御”の反動とアーチャーの気の抜けた言葉に脱力した切嗣に出来る事は、SAN値直葬寸前の精神で、もはや自分にはどうする事も出来ない理不尽な現状に対して、心の中で畳み掛けるようなツッコミを叫ぶ事だけだった。

「ごめんなさい、切嗣…実は色々と事情があって…(プルプル」
「アイリ…事情を説明したい気持ちは分かるけど…せめて、僕の顔を見て、その今にも、吹き出しそうになるのが治まってからにしてもらえないかな…」

とここで、ようやく、サロンに辿り着いたアイリスフィールは、色々と打ちひしがれている切嗣の姿を見つけると、申し訳なさそうに切嗣を励まそうとした。
もっとも、プルプルと必死になって笑いを堪えようとしているアイリスフィールの様子を見る限り、アイリスフィールもばっちりあのDVDを見たのは間違いなかった。
ここに僕の味方は一人もいない―――切嗣は、今にも大爆笑しそうなアイリスフィールを落ち着かせながら、心の中でそう思わずにはいられなかった。



「…それで、そのバーサーカーの呼び出したサーヴァントの会談に応じたわけなのか」
「まぁ、そういう事だな。んで、お目付け役として、残ったのが、そこに第一天のねーちゃんって訳だ」

その後、ようやく、アイリスフィールが落ち着いた頃、切嗣は、銀時達から、自分が眠っている間に起こった事―――銀時らが、バーサーカー討伐のために、六陣営による会談を提案する蓮達の呼び掛けに応じた事を知ることになった。
さらに、銀時は、六陣営会談が始まる間に、妙な事を起こさないように監視役として残った第一天に目を向けた。
もっとも、第一天としては、監視役として残ったというよりは、色々な事情で銀時と離れたくないという方が強いのだが。

「別に文句があるわけじゃないけど…私としては、どうせなら、こんなメンヘラよりも、あの蓮とかマリィって子の方が良かったんだけどね」
「私では不足だと? あぁ、私も嫌だぞ。銀時のパートナーがよりにもよって、ド外道鉄屑だって事が」
「あぁん…誰が、鉄屑ですって? それよりも、何? 何、銀時を馴れ馴れしく名前で呼んでいるのよ? 敵でしょ? 敵だったはずよね?」
「そうだったかな。少なくとも、今は、私を支えてくれると言ってくれた、大切な男だと思っているつもりだ」

とここで、それまで、静観していたセイバーが、嫌味をたっぷり含みながら、第一天がお目付け役として残った事に不満を口にした。
そもそも、第一天と闘った時からそりの合わないセイバーと第一天であったが、第一天の精神世界での一件以降、その対立は、さらにエスカレートしていった。
今では、セイバーは、何故か、第一天に対してのみ、事あるごとに色々と敵意に似た因縁をつけるようになっていた。
後、何故か、セイバーは、魔力の消耗が少ない待機状態から、人間形態をでいることが多くなった。
もっとも、第一天の方も、精神世界で不意打ちを食らった事から、未だにセイバーに対して気に入らないところがあるのか、今のように売り言葉に買い言葉を返しながら、セイバーに張り合っているので、どっちもどっちなのだが…
そんな不毛極まりない争いをするセイバーと第一天であったが―――

「なぁ、ところで、腹減ったんだけど、そろそろ、飯にしようぜ」
「こんな時にか? まったく、今は、それよりも、大―――ご飯ね(だな)!!―――うわらばぁ!!」
「待ってなさい、銀時!! あんな味覚異常料理より数段マシな料理を作ってくるから!!」
「おのれぇ!! 抜け駆けは許さんぞ!! 正々堂々、勝負だ!! 無論、味で!!」

―――女の争いに我関せずの銀時が口にした“飯にしようぜ”という言葉が、セイバーと第一天の耳に飛び込んできた。
この時、セイバーと第一天の脳裏に、全く同じ事柄―――“料理の出来る女に男に惚れやすい”という事実が思い浮かんだ。
次の瞬間、セイバーと第一天は、能天気な銀時に文句を言おうとする切嗣を突き飛ばして、互いに牽制しつつ、先を争うように調理場へと駆け出して行った。
そのセイバーと第一天の姿はまるで、惚れた男を取られまいと競い合う乙女のように見えた。

「…え、何、あれ?」
「いや、すげぇモテモテじゃん、銀時〜♪」
「まったくであります。しかも、お二人とも、多重属性持ちとはまたマニアックな…」
「でも、銀時は自覚してないから、余計に罪作りよね」
「本当ですね、マダム…」

そして、このセイバーと第一天の張り合いの原因である銀時は、セイバーと第一天の勢いに若干ひきつつ、どういう事なのか分からず、ただ茫然と呟くしかなかった。
とはいえ、銀時以外のメンバーからすれば、セイバーと第一天が銀時を巡って争っている事は見るからに明らかだった。
何時ものごとく笑顔で親指を立てるアーチャー、感心すべきところ間違えているホライゾン、微笑ましそうに銀時を見るアイリスフィールと舞弥―――皆それぞれの反応を見せながら、このセイバーと第一天の銀時を巡る恋の行方を見守っていた。

「はぁ、まったく…何を呑気な事を言っているんだ。それに、舞弥まで何を笑って…!?」
「どうかしましたか、切嗣?」

そんな温かい目で銀時を見守るアーチャー達に対し、切嗣は何度吐き出したか分からないいため息をつきながら、もはや聖杯戦争の最中とは思えない空気に頭を痛めた。
それでも、切嗣は何とか話を元にもどそうと、微笑む舞弥に苦言を呈した瞬間、思わず息を呑んでしまった。
舞弥が笑った―――舞弥自身は未だに気付いていてないが、それは舞弥が失ったはずの人間性を取り戻しつつある事に他ならなかった。
その事実は、戦場で拾った舞弥を、“魔術師殺し”という機械を正常に動かすための補助機械として仕立て上げた張本人である切嗣にとって、突如として、驚きの表情に固まった自分を呼びかける舞弥の声さえ届かないほどの衝撃をもたらすものだった。
そして、それと同時に、切嗣はすぐさま、“魔術師殺し”として致命的な問題を生み出した元凶について思い至った。

「…やはり自分のサーヴァントはもっと慎重に選ぶべきだったか」

坂田銀時―――この全てを狂わす異物を連れてきてしまった事が一番の失敗だったことを、切嗣は今更のように痛感しながら、忌々しげにつぶやいた。

「話は元に戻すが…僕の存在が公になった以上、これで当初の僕たちの目論みは完全に破綻したという事になった」
「そうね…でも、まだ、切嗣がマスターだって事はばれて…あっ」

そんな苛立ちを無理やり抑えた切嗣は、ひとまず、今後の展開について話し合う事にした。
当初、切嗣の計画した作戦は、アイリスフィールを代理のマスターとして仕立て上げ、その上で、セイバーと銀時らを敵のマスターの注意をそらすための囮とし利用するつもりだった。
その上で、セイバーらに注意を逸らし、背後を曝した敵のマスターを切嗣が仕留めていくという暗殺者である切嗣ならではのモノだった。
だが、アインツベルン城での一件に於いて、アーチャーやランサー達に、切嗣の存在が明るみとなった事で、切嗣の存在が明るみになっていないという事が前提条件である、この作戦は完全に破綻してしまっていた。
この切嗣の言葉に、アイリスフィールも頷きながら、それでも、切嗣がセイバーと銀時のマスターである事まではばれていないと言いかけて―――自分のうかつさに気付き、慌てて手で覆うように口をふさいだ。
そして、アイリスフィールは恐る恐る、自分の真向かい側にいるアーチャー達の様子を伺った。

「何だ、アイリが、銀時たちのマスターじゃねぇのか?」
「ほほぅ…でも、私やトーリ様の前でばらしても良かったのでしょうか?」
「ご、ごめんなさい…あんまりにも、普通にこの場にいるから、つい…」
「アイリ…」

当然のことながら、炬燵を挟んで真向かい側にいたアーチャーとホライゾンが、すぐ近くにいる切嗣とアイリスフィールのやり取りを聞き逃すはずがなかった―――アイリスフィールがうっかり口にしてしまった切嗣がセイバーと銀時のマスターであるという事を含めて。
もっとも、意外そうに驚くアーチャーも、ふむふむと頷くホライゾンもそんな重要な情報を聞いてしまったのにもかかわらず、いつもの軽い口調で聞き返すだけだった。
アイリでさえ、敵であるという事を忘れるくらい馴染んでしまっているな―――アイリス―フィルの名前を脱力しながら呟いた切嗣は、申し訳なさそうに謝るアイリスフィールを見ながら、何ともいえない渋い顔でそう思わずにはいられなかった。

「まぁ、良いんじゃねぇの。トーリ達も真名ばらしてくれたんだし。それに、元々、バーサーカーの野郎を倒すために共同戦線張ろうって話だったじゃん」
「…この際だから、はっきり言っておこう、銀時」

とここで、見るに見かねた銀時が、うっかりバラしてしまったアイリスフィールをフォローしようと、アーチャーことトーリも真名を明かしてくれた事やバーサーカーを倒すために協力関係にある事を理由に、どうにか切嗣を宥めようとした。
だが、そんな銀時の目論みとは裏腹に、切嗣は、銀時に対して、まるで底なしに煮えたぎる深い怒りの念を込めた視線を叩きつけながら、いつも以上に厳しい口調で警告し始めた。

「これ以上、敵のサーヴァントを馴れ合うのは控えるんだ。例え、今は敵同士でなくとも、いずれ、聖杯を巡って殺し合う相手だ。なら―――」

敵に情がうつるような真似はするな―――切嗣がそう告げようとした瞬間、切嗣の言葉は突如として起こった、城全体を震えさせるほどの衝撃と耳をつんざくような爆音によって遮られた。

「な、何だぁ…!? 今の爆発は、調理場の方から…!?」
「くそっ…こうなる事は分かって居た筈なのに…!! 分かっただろう、銀時!! これが現実なんだ!!」

突然の爆発にたじろぐ銀時であったが、すぐさま、爆発が起こったのが、セイバーと第一天がいるはずの調理場である事に気付いた。
すぐさま、切嗣は、六陣営会談に気が緩んだ隙を突いてきた敵の襲撃であると察した。
この予期できた事態に対し、切嗣は、自分がついていながら図らずも後手に回ってしまった事に苛立ちを隠せないまま、銀時にむかって吐き捨てるように罵った。


その後、襲撃を仕掛けてきた敵を迎撃する為に、銀時たちは、すぐさま、爆発が起こったと思われる調理場へと辿り着いた。
先ほどの爆発によるものなのか、すでに調理場の大半は抉られたように消し飛ばされ、辛うじて原形をとどめた個所も大いに荒れ果て、破壊された調理具の一部が壁のあちこちに突き刺さっていた。

「うん…これが現実なんだよな。まぁ、確かに、間違っちゃいねぇけど…」
「…」
「おぉ、見ろよ、ホライゾン!! 何か、あっちの方から光の柱が飛び出してるぞ!!」
「Jud.確かに、よく見えるであります」

だが、そんな調理場の惨状を見ても、銀時はまるで動じる事もなく、半ば呆れ交じりの声で呟きながら、がっくりと無言で項垂れている切嗣を横目で見た。
そして、アーチャーとホライゾンも、同じように荒れ果てた調理場に気にすることなく、半壊した調理場に出来た穴から見える、向こうの山から出現した光の柱―――ライダーの放った“葵の極み”を見ていた。
なぜ、銀時らがこんなに呑気なのかと言えば―――

「き、貴様…!! 料理をしていて、なぜ、宝具を使用する!! そもそも、何故、あの食材で、こんなモノを作れるのだ!!」
「そっちも同じでしょうが…!! いきなり、試験管とビーカーとか持ち出して、何、料理じゃなくて、科学実験しようとしてるのよ!?」

―――半壊した調理場の中心で、モワモワと吹き出す白い冷気が噴き出す冷やし蕎麦(?)を持つ第一天とグラグラと汁が煮え立つマグマのように煮えたつ天ぷら蕎麦(?)を手にしたセイバーが、いつものように仲良く口げんかをしていたからだった。
どうもセイバーと第一天との口げんかから察するに、お互いに銀時への手料理を作っていたところ、偶然にも、二人とも作っていた料理が、冷たいか温かいかの違いはあれども、同じ蕎麦だったことが判明してしまったのだ。
その後、セイバーと第一天は、お互いに自分の真似をするなと言い合いになった挙句、食材や調理器具を投げ合う乱闘を繰り広げた。
そして、セイバーと第一天が手元にあった料理の残りを投げつけた瞬間、お互いの料理が混ざり合い、某極大消滅呪文の如き反応が起こり、調理場を半壊させるほどの大爆発が起こったというのが事の真相だった。

「まぁ、とりあえず、ちゃんと料理はできたから、銀時…しっかり食べなさいよ」
「栄養面ではほぼ全ての要素を満たしているはずだ。見てくれこそ、悪いが何も問題ない筈だ」
「おいいいいいいいいい!! 何、俺が食べる前提で話進めてんの!? 城を半壊させた時点で、危険物以外の何もでもねぇだろ!! つうか、混ぜた瞬間、メドローア発動させる時点で、明らかに問題だらけじゃねぇか!! 俺の胃がオリハルコンでも無理だって!!」

とここで、銀時がいる事に気付いたセイバーと第一天は、とりあえず、お互いに矛を収めると、顔を赤らめつつ、銀時の為に作った、絵にも描けないほど凄まじい手料理を差し出してきた。
こいつら、あのダークマター製造女と同レベルかよぉおおおおおお!!―――そう自分の世界にいたとあるキャバ嬢と比べつつ、身の危険を感じた銀時は、自分たちの料理がどれだけ危険な代物なのか気付いていないセイバーと第一天に向かって断固拒否の姿勢を取った。
どちらも喰った瞬間、胃に致命傷を与えるのは確定的で、しかも、両方食べれば、この調理場の惨状が胃の中で起こるのだから、銀時が嫌がるのも無理はなかった。

「おいおい、銀時。折角、頑張って作ってくれたんだし、ちゃんと食べなきゃダメだろ」
「Jud. いざという時は、トーリ様が後に続きますので」
「ふざけんなあああああ、全裸ぁ!! てめぇ、何を煽ってんだよ!! つうか、そこの機械娘!! それは、俺が死ぬこと前提の台詞―――その男は墓に住み、あらゆる者も、あらゆる鎖も、あらゆる総てを持ってしても繋ぎ止めることが出来ない―――何だ!?」

もっとも、アーチャーとホライゾンは、セイバーと第一天の味方をするように、セイバーと第一天の料理を拒む銀時にブーイングを起こしていた。
ただし、ホライゾンの場合はさりげなく、アーチャーを巻き込んだうえでの発言をしているのだが…。
そんな他人事のようにさらりと外道発言するアーチャーとホライゾンに、目を血走らせて、無数の青筋を立てた銀時はいい加減ブチ切れそうになる―――直前、呪文じみた言葉を詠唱する子供の声が耳に飛び込んできた。

「空から子供の声が…いや、それより、この魔力は…!?」
「まさか、奴め…今から、アレを呼び出すつもりなのか!!」
「おい、第一天のねぇちゃん…何か知っているのか?」

慌てて一同が、半壊した調理場に出来た穴から様子を伺うと、空を見上げるセイバーの言葉通り、空から聞こえる子供の声と共に、巨大な魔力の塊が徐々に出現し始めていた。
この時、この現象の正体にいち早く気付いたのは、一同の中で、唯一、この現象を引き起こしている者と関わりのある第一天だった。
そして、銀時は、この異常事態について、何かを知っている様子の第一天に、何が起こっているのか問い詰めた。

「あれは、第四天の裏存在―――“黄金の獣”の治める城にして領地である…」

この銀時の問いに対し、第一天は、空を見上げたまま、空か現れようとするソレの名を告げると同時に―――

「魔城“ヴェヴェルスブルク城”―――六陣営会談の舞台となる場所だ」

―――六陣営会談の舞台となる“ヴェヴェルスブルク城”は、冬木市にいる全ての人間に見せつけるかのように、冬木市の上空にその姿を露わにした。

「へぇ〜何か、ネシンバラが喜びそうな城じゃん。んで、どうすんだよ、銀時?」
「ここまで御膳立てされたんだ。それなら、やる事は一つだけだろ」

アーチャーは、重度の厨二病患者である某眼鏡の名を口にしつつ、空に浮かぶ、無数の骸骨によって構成された城を遠目に見ながら、銀時にどうするつもりなのか尋ねた。
一方、銀時は、魔術の秘匿を完全に無視したこのド派手な登場の仕方を見て、これがこの城の主からの誘いである事に気付いていた。
故に、銀時が取るべき行動はただ一つだった。

「んじゃ、折角、誘ってくれてんだし―――行こうぜ、皆」

元々、六陣営会談に参加するつもりだった銀時は、会場である、冬木市の空に浮かぶヴェヴェルスブルク城へと向かうために、飛行が可能なセイバーを纏うべく構えた。
さりげなく、宙を舞う装甲で、セイバーと第一天の作ったメドローア発生料理の始末を目論みつつ。


そして、ヴェヴェルスブルク城にて行われた六陣営会談は大きな波乱を巻き起こしながら、その場に参加した誰もが驚愕する予想外の結末を向かえる事となった。


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