1993年 晩秋 米国ラングレー
「先進技術実証機撃震参型についは、帝国の霧の中か」
ベケット長官が上がってくる報告書に目を通しながら呟いた。報告書を持ってきた男は、申し訳なさそうに報告を続ける。
「はい、九十三式電磁投射砲については積極的な情報開示が成されていますが、先進技術実証機撃震参型についてはまったくと言っていいほど技術情報については公開がされていません。ただ」
「ただ?」
「操縦する衛士に求められる技術、耐G適正についての情報開示は行われています。それによると、一言で言うとあの機体を操れる衛士は化け物と言うことになります」
提出した資料から、「先進技術実証機撃震参型の操作衛士に求められる資質」と書かれた資料を取り出しベケットに手渡した。
受け取ると目を通し始めるベケット。その顔色がみるみる間に険しくなっていく。
「これが本当だとすると、スワラージ作戦でこの機体を操った衛士は、間違いなく化け物と言うことになるな。この資料は事実なのか?」
「はい、公式発表された資料と、日本帝国内部での資料と数値的には全くの相違はありません。おそらく、現実にこれだけの能力が必要になるのでしょう」
「ならばこの衛士、神宮司まりもとかいったか、彼女はまさに化け物だな。いや、ちがうか、英雄か」
「ええ、これだけの数値をたたき出せるのはおそらく100万人に1人いるかいないかと言ったところでしょう。米国の衛士のなかでもこれだけの適正値を持つ者はいません」
「とはいえ、機体に使用されている技術は有用だろう?それの情報を入手することは不可能なのか?」
資料に目を落としつつ、ベケットが尋ねてくるのを、予期していたように男が答える。
「はい、技術情報については、段階をおって開示していくとのことです。今までの日本帝国の対応としては、一気に全ての技術情報を開示しているはずなのですが、この先進技術実証機撃震参型については、今まで考えられないほどの技術情報の隠匿を計っています。本来ならば通常の対応として納得がいくのですが、今までの日本帝国は利益度外視の技術情報開示を行っていました。それがこの機体の技術情報に関しては異常なまでに秘密主義に走っています。それが各国の好奇心をあおっている側面があります」
「なるほど、そこが日本帝国の狙いかも知れないな」
「というと?」
「わざと情報の隠蔽を計り、そこに興味を集中させる。当然各国の諜報部隊も、その技術情報を得るのに躍起になるだろう。その裏でまた別の新しい技術を研究する、妥当な戦略だとは思うが?」
ベケットの言葉に、男ははっとした表情を浮かべる。
「ということは、日本帝国はこの戦術機をすらも超える戦力の開発を行っていると?」
「あくまで可能性だ、それにこの戦術機の技術だけでも、世界のミリタリーバランスを崩すのに十分過ぎる。日本帝国が単純に神経質になっているだけとも考えられる。判断するのは早計だな」
半ば恐怖すら覚える声で尋ねてくる男に、ベケットは肩をすくめて返した。
実際のところ日本帝国が持つ本当の総合戦力を、世界中の情報機関が掴みあぐねていた。本来なら十数年スパンで開発、実用化される技術をあっと言う間に実戦配備可能なレベルまで昇華させて実機に積み込んだかと思うと、その技術を惜しげもなく世界にばらまく。
確かにBETA戦に取っては有用な技術ばかりで、人類全体の戦力の底上げに多いに役に立っているが、日本帝国という一国家のレベルで見れば多額の投資に見合っただけの対価を得られているかというと微妙なところだ。
それだけの技術情報を軽々しく行っている、ということは、日本帝国が持つ戦力はもしかすると途轍もなく高いのではないか?そう各国が疑ってかかるのは無理もない。
確かに日本帝国の戦力はかなり充実しているが、それでも米国と総力戦をすると確実に負ける。先進技術実証機撃震参型のような機体が一個中隊レベルで揃っていると話は違ってくるのだろうが、現在確認されているのはたったの一機のみである。おまけにそれを扱えるだけ衛士の存在も1人だけだ。
まさか彼らも、まりもクラスの戦術機操縦適正を持った人間が続々と育っているなどとは想像の埒外ではあった。
1993年 晩秋 日本帝国外務省
「榊外相、各国からの先進技術実証機撃震参型に関する情報開示の要求についてですが、ようやく沈静化の兆しが見られます」
「そうか、ようやくわかってくれたか」
ため息をつきながら、外務相用に用意された席につく榊是親外相。
その前には、やややつれた印象を受ける青年、小塚一郎外務次官補が立っていた。
「今の先進技術実証機撃震参型をそのまま再現したところで、前線に投入させるのに必要な衛士が確保出来ないと分かればそれなりに事態の沈静化につながるとは思っていましたが、意外と効果はてきめんでしたね」
「うむ、そうだな。そうと分かっていれば、最初からそのように手配したのだが、やはり人間というのは欲深い生き物だな。我が国とて確かに外交の基本として、BETA戦線に人類の総力をつぎ込む、と掲げてはいるが全ての情報公開できるわけでもないというのに。ましてや最近は国粋主義者共の声が大きくなりすぎている」
榊が眉間をもみほぐしながらぼやくのを、小塚一郎が聞いていた。
「嘆かわしい限りです。現在の日本にはまだまだ在日米国軍の協力が必要だというのに。核保有を制限された日本帝国にはある程度の戦力は必須です。それを国粋主義者たちはM01弾頭の整備を急がせれば何とかなると思っている」
「その通りだ。とは言え、M01爆薬のおかげで、ある程度打撃力不足は解消されてはいるのは事実だがな。まあ、それについては君のほうが詳しいか、小塚君?」
「はっ、お恥ずかしながら、確かに私が関わりました」
「いや、責めているわけではない。あれは日本帝国技術廠と我ら外務省が導き出したもっとも波風の立たない答えだった。それを忠実に果たした君に含むところは何もない」
「はっ、ありがとうございます」
榊は、日本帝国で開発されたM01の生成技術を、米国に明け渡した小塚の任務について知っている。それが国粋主義者共に聞かれればあっという間に、榊を始めとする外務省幹部は米国の犬のレッテルを貼られる事だろう。それだけですめばいいが、下手をすれば、国家反逆罪に問われかねない。それでもなお、その取引を敢行したのはよりよい未来のあるべき世界の姿を思い描いていたからに過ぎない。
日本帝国は良くも悪くも技術大国でありながらもその実態は小国だ。今後のBETA戦の主力を担うだけの価値ある技術ならば、それなりに影響を持つ国がふさわしい。そう考えた結果、同盟国である米国が交渉相手として選ばれたのだ。
「さて、九十三式電磁投射砲の技術情報、または製品の受け渡しについてはいろいろと詰める必要があるな」
「そうですね。特にソ連、統一中華あたりは、現物を渡したが最後、独自技術として扱う可能性があります。彼の国に関しては一部ブラックボックス化したものを渡すのがよいのでしょうが、生憎と彼らは最前線国家。少々の不正には目をつぶらざるを得ないと思います」
「よく見ている、小塚君は。その通りだ。少々問題があっても、今は人類同士の事よりも、対BETAについて考えなければならない。ましてや、近いうちに第四の計画が動き出すときてはな」
その言葉に、小塚一郎の身に電流が走る。
「ならば、いよいよ第四計画が?」
「うむ、このまま行けば近いうちに間違いなく第四計画に移行するだろう。そして、彼女ならば我らの期待に添えるだけの成果をあげてくれるに違いない」
「カナダ、オーストラリアが計画の準備中と聞きましたが?」
「今まで日本帝国が果たしてきた役割と、そして卓越した技術、それだけあれば、ちょっとしたロビー活動で内定を取るなどは簡単なことだよ」
さきほどまでの穏和な態度そのままに、目には鋭い光を宿したまさに政治家の顔がそこにはあった。小塚一郎はその姿に、あるべき政治家の姿を見たような気がした。
「それよりも問題は中国大陸のBETA東進だな」
「はい、頭の痛いことに、あの国の指導部、特に軍事指導部はかなりがたがきていると言わざるを得ません。早い内に手を打っておかないと、我が国の領土にまでBETAの手が伸びるという最悪の事態になりかねません」
「ところが、軍部が我が国の支援要請を断ってくると。しかもその理由が、混乱に乗じて日本帝国が再び中国大陸に手を出しかねないから、ときたか。あきれてものが言えないな。BETAが蔓延る中国大陸など誰が欲しがるものか。ましてや第二次大戦とは世相が全く違うのだ。そんなことをする意味もなければ、出来るわけもないというのに。下手をすると古い因習に囚われた武家の方々と良い勝負をするかもしれないな」
「外相、それ以上の発言は」
「おお、そうだったな。確かに不敬だ。すまないな。今のは聞かなかったことにしておいてくれ」
苦笑を浮かべながら小塚一郎を見やる、榊だった。
「もちろんです、外相」
見つめ合った2人は、いたずらを隠す悪ガキのような笑顔を浮かべていた。
1993年 晩秋 欧州連合 各国首脳会議
「先進技術実証機撃震参型の設計情報は得られなかったか」
英国代表重々しく口を開く。
「どうやら、日本帝国には珍しく、先進技術実証機撃震参型については、全くの非公開にするようですな」
フランス代表もそれに続く。目の前には、諜報機関がもたらした情報と、日本帝国が海外向けに宣伝した情報が並べられていた。
「九十三式電磁投射砲については技術提供と、武装の購入、またはライセンス製造権をえることができた。それだけで十分ではないのですか?」
相変わらず憎めないお気楽さを醸し出すイタリア代表が口に出すが、それを重苦しい声が押しとどめた。
「貴国はことを甘く見ているようだな。単騎で一万以上のBETAを殲滅し、さらには十万のBETAを相手に遅滞戦を演じた戦術機。それだけのものが手に入ればどれだけ、欧州奪回の日が近くなることか。それほどの技術を日本帝国は手元にありながら秘匿しようとしている」
ドイツ代表が眉間にしわを寄せながら意見を口にする。
「確かに、確かにその通りです。ですがもともと軍事機密とはそう簡単に表に出すものではない。それだけの価値が先進技術実証機撃震参型にはあるということなのでは?確かに今まで日本帝国は破格とも言える条件で技術情報を開示してきました。だが逆に言うと、その裏では決して公開できない技術を作り出していたのでは、ともとれます」
英国代表が言葉を紡ぐ。
「それが先進技術実証機撃震参型だということか?」
「確実にそうだとは言えませんが、その可能性はありえます。ただ、そうなると色々と腑に落ちないこともあります。技術情報については段階的な公開を行うとありますし、完全に秘匿する様子はない。なにか思惑が隠れているとは思うのですが、それが何なのかははっきりしません」
英国代表の言葉を、各国の代表は頭の中で反芻する。
技術情報を完全に隠す様子はない。しかし、すぐに全ての情報を公開する気もない。
「まるで、我々の進むべき道先を示し、それに追いついてこい、といわんばかりだな」
ドイツ代表の呟きが、やけに大きく会議室に響いた。
そう、まるで日本帝国は各国の技術的な成長を促しているかのような技術公開を行っているのだ。実際その通りだと知るのは、小塚三郎と立花隆也とあと数名だけだった。