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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第29話:六陣営会談・急
作者:蓬莱   2013/05/07(火) 23:21公開   ID:.dsW6wyhJEM
ヴェヴェルスブルク城での六陣営による会談が進められる中、ソレは決して外界からは視認できない筈のヴェヴェルスブルク城へと目を向けていた。

「何を囀り合っている、屑共め。俺が掻き毟って平らにすればいいが、それも面倒臭いというのに…特に塵掃除しか能がない塵が何を怠けている?」
「…」

そして、ソレは、塵の塊の中で、囀り合うだけの塵共を見ながら、さっさと消え失せろと言わんばかりに苛立ちのまま、吐き捨てるように呟いた。
最初、塵共が群がり始めたので、塵同士で喰らい合って消えるのならば都合がいいと笑っていたソレだったが、いつまであっても潰し合わず、集まった塵共は何やら訳の分からない事を囀り合っているだけである事に身勝手な苛立ちを感じ始めていたのだ。
―――こんな臭い塵を一瞬たりとも置きたくないというのに何をしている、塵屑が!!
―――さっさ塵同士喰らい合って綺麗さっぱり無くなれよ!!
相変わらず、へばり付いてくる臭い塵への不快感も加わって、ソレの自分勝手な苛立ちはさらに激しさを増していた。
一応、塵掃除にちょうど良い塵もいるが一向に掃除をする気配もなく、ソレからすれば、全く以て役立たずもいいところだった。

「使えん、塵が…」
「…ッ」

そして、ソレ―――バーサーカーは苛立たしげに独り言を垂れ流しながら、ゆっくりと立ち上がると、塵の塊―――ヴェヴェルスブルク城へと向かわんとした。
自分の後ろから勝手に付いてくる臭い塵―――マスターである桜に目もくれることなく。



第29話:六陣営会談・急



一方、メルクリウスの用意した映画館に集められた六陣営会談参加達者が見守る中、スクリーンでは、自分にへばり付く第五天であるマリィを排除せんとするバーサーカーと、マリィを守るために立ち上がった三柱の覇道神よる闘いが繰り広げられていた。

“てめぇ…何、俺の女に手を出してんだ!! ぶっ殺すぞ…!!”
“然り。貴様のような下種如きが、彼女の座を奪う資格など有るはずがない”
“あまり嘗めてくれるなよ…私の認めた敗北を穢すなど許せるはずがないのだからな”
「あの黒っぽい奴は、女顔の兄ちゃんかよ」
「水銀の蛇までいるわね…」
「それに、あれって、ラインハルトさんですか!?」

やがて、スクリーンには、バーサーカーに対するそれぞれの怒りの叫びを表す字幕と共に、黄昏の女神を守らんとする守護者たちが映し出された。
銀時は見た―――巨大な時計と歯車を背に、服の衣装を除けばアインツベルンの森で見せた姿によく似た姿で、時計の長針と短針を思わせる禍々しい双剣を振るう“永遠の刹那”藤井蓮を。
アイリは見た―――絡みついた二匹の巨大な白蛇を背に、軍服を身にまとって、占星術を用いた超新星爆発やグレート・アトラクターを発動させる“水銀の蛇”メルクリウスを。
大河は見た―――荒れ狂う黄金の獅子を背に、かつての部下たちを擬似的な神格へと引き上げ、その死者の軍勢を率いる“黄金の獅子”ラインハルト・ハイドリヒを。
そして、一同は、時には一つの宇宙さえも破壊し、己が渇望で世界を塗りつぶす覇道神達の圧倒的な力に目を奪われずにはいられなかった。

「なるほどね…こうして見せつけられると、本当に格の違いって奴を思い知らされるわよね。アインツベルンの森で見せた圧倒的な力も、本来のモノに比べれば小指一本分以下みたいなもんみたいだし」
「確かに…あらゆる事象を回帰させ、死者の魔軍を引き連れ、時を停止させる…神の如き能力を見せられては、そう思わざるを得んか」
「というか、今さらながら、これほどの力の持ち主を相手にして、対等な立場での交渉を挑んだ自分が本当に身の程知らずにしか思えないな…」

このスクリーンで繰り広げられる覇道神たちの戦いを見たランサーは、今更ながらに、蓮達の実力を正しく認識できていなかったことを思い知らされていた。
以前、ランサーも目撃した、アインツベルンの森でキャスターを一方的に叩き潰した蓮の力も、覇道神として全盛期である頃の蓮の力を目にした後では霞んでしまうほどのモノだった。
そして、ラインハルトの闘い振りを見たライダーや第一天と第二天の神座闘争を精神世界で体感した正純も、ランサーと同様に、同じ英霊として祭り上げられてはいるものの、覇道神である蓮達との英霊としての格の違いを感じずにはいられなかった。
それほどまでに、マリィを守らんとする三柱の覇道神達が、それぞれの有する特異な能力を発揮して、バーサーカーを打ち倒さんと奮戦する姿はまさしく英雄と呼ぶにふさわしいモノだった。
そう、まさしく、英雄と呼ぶにふさわしいモノだったが―――

「おいおい、冗談だろ…数の上では有利なはずなのに手も足も出ないだと…!?」
『三対一でこれかよ…どうなっていやがるんだ!?』

―――スクリーンで繰り広げられる戦いは、常にバーサーカーが蓮達三柱の覇道神を圧倒する展開が続いていた。
この展開に驚きを隠せないでいる近藤やアサシンの言うように、通常であれば、三対一の闘いに於いて、普通ならば数の多い方が有利となる筈なのだ。
だが、それにも関わらず、蓮達の攻撃がバーサーカーに通用しないのは力量の差もさることながら、覇道神たちにとってもっとも避けなければならない事をバーサーカーが行った事に起因していた。
その事に最初に気付いたのは、もう解説役はウェイバーがいるから要らん子扱いされつつある厨二病作家ネシンバラだった。

「多分、覇道神としての性質が原因だろうね。バーサーカーの最初の攻撃で、黄昏の女神が持つ覇道共存を壊されたせいで、お互いの渇望による喰いあいが起こっているんだ」
「つまり、何や…今、こいつらは、全力出せん状態で、あのド外道とやりあっとるんちゅうんか、嬢ちゃん!?」
「そういう事だろうな。だが、例え、彼らが全力を出せる状況だとしても…」

ネシンバラの言うように、本来ならば、互いの渇望を喰いあうしかない覇道神同士が共存できるのは、黄昏の女神であるマリィの持つ覇道共存の力があってこそだった。
だが、その覇道共存の力を、バーサーカーによって破壊された事で、蓮達は皮肉なことに、共に喰いあいながら、バーサーカーと戦うしかなかった。
このネシンバラの解説を聞いた真島は、しばし、自分なりに情報を整理した後、ようやく、蓮達が互いに足を引っ張りながら全力で闘えない事を理解して、思わず、この事態をより把握しているであろう、隣にいるキャスターに問い詰めた。
相討てるかすら怪しいところだが―――そんな真島に対し、キャスターは肯定するように頷きながらも、スクリーンに映し出されたその映像を見て、そう思わずにはいられなかった。

「馬鹿な…あれだけの攻撃を受けても無傷だと…!? どういう事なのだ!?」
「もしかして、この攻撃を無効化するような何らかの特殊能力を持って―――違うわね―――え、ランサー?」

さらに、ケイネスの言うように、蓮達の猛攻を受けても、バーサーカーは一向にダメージを負っていない様子だった。
ケイネスの見た限り、如何に全力を出していないとはいえ、蓮達の攻撃はその気になれば、一つの宇宙さえ破壊するほどの力を有しているはずだった。
それにもかかわらず、圧倒的破壊力を有する攻撃を受けたバーサーカーには傷どころか髪の毛一本すら揺らぐことさえなかった。
これに対し、アイリはバーサーカーが、何らかの特殊能力で、蓮達の攻撃を防いでいるのではないかと推測したが、即座にランサーがそれを否定した。

「こいつにそんな能力なんて一切ないわ…腹立たしいぐらいに」
『恐らく、バーサーカーの力の桁が違いすぎるのだ。ただ、それだけで他のあらゆる能力を完全に無効化してしまっているのだ…』

険しい顔つきを浮べるランサーは、極大の下種を映すスクリーンを今にも破壊せんと苛立つ自分を必死に抑え、バーサーカーが特殊な能力を有している訳でない事を断言した。
普段のランサーならば、闘う相手が強大であるほど燃える質だが、このバーサーカーに対して抱くのは、どうしようもないほどの嫌悪の感情だけだった。
これに対し、アラストールは、苛立つランサーの気持ちを理解しつつ、バーサーカーが蓮達の攻撃を無効化している理由―――バーサーカーと蓮達との力の差が有り過ぎるからだという事を口にした。
実際、アラストールの言葉通り、バーサーカーは特殊な能力は一切持っていない。
バーサーカーが持っているのは、『俺が俺ゆえに唯一絶対』という理屈になっていない自負により生じた絶対無比の最強の力のみだけだった。
それに付け加えて、バーサーカーの強力過ぎる唯我の感情より、バーサーカーは他者の渇望や能力を完全に無視・無効化することが出来た。
それ故に、バーサーカーは、無量大数と言う桁違いの質量をもつ渇望により生じた最強の力だけで、水銀の蛇の回帰に流されることなく、黄金の獣の魔軍に蹂躙されず、永遠の刹那の時の縛鎖さえも容易く引きちぎっていたのだ。

「ならば、何故、彼らは勝ち目のない戦いを続けているのだ…?」

とここで、時臣は理解しかねるといった様子で、未だにスクリーンの中でバーサーカーと絶望的ともいえる闘争を続ける蓮達を見ながら呟いた。
実際、時臣の眼から見ても、覇道共存を壊された事で弱体化を余儀なくされた蓮達に、圧倒的に桁外れの力を有するバーサーカーにかなう道理など何処にもなかった。
ならば、なぜ、蓮達は戦い続けているのか?―――時臣はそう疑問を感じずにはいられなかったのだ。

「トッキー…多分、あのにーちゃん達は、それでも護りたいって誓ってんだよ、この黄昏の世界を」
「ま、たまには良いこと言うじゃねぇか、全裸。そこの胃薬オッサン、理屈じゃねぇのさ。勝ち目云々の問題以前に、護らなきゃならねぇもんがある以上な」
「あんた達…そっか…」

そんな時臣の疑問に答えたのは、他でもない時臣のサーヴァントであるアーチャーだった。
ここまでの映像を見てきたアーチャーは、弱体化している状態でありながら、蓮達がここまで、バーサーカーと互角に戦えているのは、バーサーカーには絶対にない矜持―――この黄昏の世界を、マリィを守るという誓いを有しているからだという事に気付いていた。
そして、アーチャーと同じように、銀時も時臣に憎まれ口を叩きつつ、マリィを守ろうとする蓮たちの姿に釘付けとなっていた。
色々と厨二病だとか駄目人間とか外道発言をしていたアーチャーと銀時であったが、そんな二人が意見を同じくして認めてしまうほど、互いに励まし、叱責し、背中を預けながら、黄昏の女神を守るために奮戦する蓮達の姿はまさしく掛け値なしの英雄と呼ぶに相応しかった。
―――そういえば、あんた達も、自分の守りたい、愛している人の為に、戦った人間だったわね。
そして、必死なって蓮達を応援せんとスクリーンを見る銀時とアーチャーの姿に対し、セイバーは銀時の精神世界に於いての事を思い出しながら、そう思った。
だが―――

“こいつらは…自分以外が壊れると泣き始めるのか? なら、先に周りの奴から壊してやるよ”

―――スクリーンに映し出されたバーサーカーの字幕は、黄昏の女神を守らんと奮戦する蓮達を狂った塵や気持ちの悪い屑だと心の底からそう感じて、断じていた。
なぜなら、バーサーカーは自分以外の他人について何一つ知らないし、分かろうとも思っていなかった。
―――渾身を込めて何やら訳の分からない事を囀り合い、お互いの足を引っ張り合いながら見せかけの団結をしている。
―――だが、結局のところ、お前らのやっている事は、俺の考える最高に従えという自己愛、単なる自己愛だろ?
―――だというのに別の言葉で飾って囀るこいつらは白痴か…俺の願いと何が違う?
そう何一つ分からないまま、バーサーカーは、すこしでも塵掃除を捗らせる為に、こいつらが自分以外の塵が壊れると泣くなら、その余分な塵から砕いていくことにした。
そして、バーサーカーは、内心で唾を吐き捨てながら、多種多様な手で襲いかかる獣の魔軍を押し潰し、踏みつぶし、蹴散らして―――

“消えろよ、塵屑”
“―――!?”

―――魔軍の主である“黄金の獣”ラインハルト・ハイドリヒを八つ裂きにした。
バーサーカーに打ち砕かれ、五体粉砕されたラインハルトは、身体のほぼすべてが消失し、目を見開いたままの頭部だけが残った。
だが、バーサーカーは、未だに残ったラインハルトの頭を足で踏みつけ、さっさと消えろと言わんばかりに、そのままラインハルトの頭をグリグと踏みつぶしながら擦り消した。
それと同時に、主であるラインハルトを失ったために、ラインハルトの率いていた軍勢も同じように消滅したことで、バーサーカーはようやく塵が一つ消えたとほんの少しだけ喜んだ。

「なっ…!?」
「おいおい、嘘だろ…」
「そんな、そんなのって、ラインハルトさん…ラインハルトさぁああああん!!」

このラインハルトが消滅するまでの映像を見て、一番にショックを受けていたのは、大輔、伊達、そして、ラインハルトを慕っていた大河たちだった。
大輔と伊達の二人は、敵なしと思っていたラインハルトがあっけなく討ち滅ぼされたことに愕然とし、大河に至っては、無残に殺されたラインハルトの姿を見て、ただ泣き崩れるしかなかった。
そして、大河たちと同様に、スクリーンの中に於いても、このラインハルトの死に我を忘れるほど心を動かされた一柱が絶叫を上げた。

“下種が…貴様は、貴様は何を踏みしめているのだぁあああああああああ!!”
“あっ…?”
「暗黒天体球…ブラックホールだって!?」
「天体操作クラスの大魔術…」

次の瞬間、スクリーンでは、第四天として座を治めていた頃には見せなかった感情を爆発させ、狂わんばかりに慟哭したメルクリウスが、耳障りな雑音に不快そうにするバーサーカーにむけて横殴りに突撃し、創造した暗黒天体球を叩き込んだ。
これには、ウェイバーも、メルクリウスが多元宇宙総ての星を凝縮させることで、規格外ともいえる規模のブラックホールを生み出したことに唖然とした。
キャスターも同様に、魔道に身を置く者として、この世界に存在する全ての魔法使いすら歯牙に掛けないほどの占星術を操るメルクリウスの実力に圧倒されていた。

“…煩い”
“!?”
“カリオストロ…!!”

だが、そのメルクリウスが渾身の怒りを込めた全力の暗黒天体球でさえ、バーサーカーに毛ほどの傷さえつけることすら叶わなかった。
如何に兆の魂を有するメルクリウスとはいえ、無量大数の質量をもつバーサーカーの前では等しく屑でしかなかった。
故に、バーサーカーは煩い雑音をまき散らす塵―――メルクリウスを、まるで蠅をはたくかのごとく潰した。
それだけで、左半身を消しとばされたメルクリウスは、かろうじて残った右半身をバーサーカーに滓のように払われながら、泣き叫ぶように自分の名前を呼ぶマリィの声さえ届かないまま、自身の消滅に気付くことなく散っていった。

“ラインハルト…メルクリウス…これ以上、これ以上やらせるかよぉおおおおお!!”
「これは…ここに来て、本来の力を発揮できるようになったのか!!」

もはや、ラインハルトとメルクリウスを喪い、状況が劇的に悪化する中において、黄昏の女神の守護者として残ったのは蓮のみとなっていた。
そんな絶望的な状況に於いても、蓮はただ一人となっても、バーサーカーの魔手からマリィを守らんと停止による防衛を強めた。
そして、皮肉なことに、ライダーの言うように、ラインハルトとメルクリウスが消滅したことで、覇道の鬩ぎあいが低下し、蓮は本来の力を発揮できたのだ。

“これ以上、お前なんかに、俺の大切なモノを、もう何も奪わせねぇ!! 何も踏みにじらせねぇ!! マリィは絶対に、俺が護り抜いて見せる!!”
“蓮…頑張って…!! 負けないで…!! 信じているから、私がついているから!! あなたは絶対勝つんだもの!!”
「本当に良い男じゃない…それに本当に良い女じゃない、あの子…」
「喜美…」

愛する女を守る―――ただそれだけを胸に、蓮はバーサーカーを相手取りながら奮戦し、マリィも自分を守るために闘う、愛する男―――蓮にむけて激励をとばした。
スクリーンに映し出されたその映像に、喜美は蓮に対する恋慕の感情を感じながらも、少しだけ寂しさも感じていた。
“最初から私の入る余地はなかったのね…”―――マリィを守らんとする蓮と自分を守る蓮を一途に信じるマリィの姿を見て、蓮に色々とアピールしていた喜美は、そう思いしらされてしまった。
珍しく落ち込む喜美に対し、喜美の心情を察した浅間は慰めるように、俯いた喜美の頭を撫でながら、そっと自分の肩を貸した。
―――出来る事なら、喜美が好きになった人が、蓮が、極大の下種であるバーサーカーに勝ってほしい。
そう願わずに入られない浅間だったが、その淡い願いを知った事かと踏みにじるかのように、この映画を見る一同にとってもっとも最悪な展開がスクリーンに映し出される事になった。

“…臭いぞ、塵が”
“え、きゃああああああああああああ!!”
“マリィ…!! てめぇ、いい加減にしやがれ、この下種野郎がぁあああああああああ!!”

時の停止による防衛で動きを束縛する蓮に対し、バーサーカーはこの邪魔くさい塵を後回しにし、先に容易い方―――あの反吐の出る黄昏(塵屑)を砕けばいいと考えたのだ。
そうすれば、こいつは勝手に泣くだろうと知ったが故に、バーサーカーは穢れた塵の穢れた鳴き声に狙いを定め、こんなモノなど要らないといわんばかりに、自身の渇望を増幅させて、マリィの周囲への圧を増した。
次の瞬間、バーサーカーから発せられた強力な渇望により、マリィのいる場所―――座の中心点が一気にきしみ始めた。
悲鳴を上げてひしゃげて圧迫されるマリィの姿を見た蓮は、愛する女を傷つけられた事に憤怒の絶叫を爆発させ、今にも潰れんとする塵屑をにむかって下種の笑みを浮べたバーサーカーへと流星のごとく突撃し―――

“はははははははァッ―――邪魔だ”
“な、がぁあああああああああああああああああああああああ…!!”
“そんな…蓮…蓮!?”
「マジかよ…あの女顔にいちゃんの全力でさえ、太刀打ちできねぇのかよ!!」

―――バーサーカーによって路傍の小石をどかすかのように腕で打ち払われた。
バーサーカーからすれば軽く払いのけた程度の事でさえ、その直撃を受けた蓮は、いつ死んでもおかしくないほどのダメージを受けて、はるか彼方に勢いよく吹き飛ばされた。
そして、蓮は、必死になって手を伸ばさんとするマリィの願いもむなしく、そのまま、悲憤の叫びを上げながら、“座”の外へと叩き出された。
遂に、蓮まで討ち滅ぼされたことに、銀時は思わずポップコーンの入ったカップを握りつぶしたまま、振り絞るように怒りの感情と共に叫んだ。
―――歴代覇道神たちの中でも最強の一角である“永遠の刹那”さえも、蠅を張る程度の攻撃で絶命寸前に追いやる、桁違いに圧倒的な暴威!!
―――あらゆる特異な能力や渇望を一切歯牙にもかけずに無効化する、問答無用に絶対的な強度!!
―――力、力、力、力、力、唯我の渇望により高められた無量大数の質量によって完成された最強最悪の力!!
これが、これこそが、サーヴァントとして弱体化した時とは比べる事さえ烏滸がましい、完全なるバーサーカーの、第六天波旬の最強の姿だった!!
そして、ようやく邪魔な塵を全て片付けたバーサーカーは、愛すべき蓮を喪い、バーサーカーの渇望に圧迫されたマリィを―――

“潰れろ―――れ、あう!?―――潰れろ―――痛っ!?―――潰れろ―――がぁ!?―――潰れろ!! 臭いんだよ―――いっ!?――――穢らわしいぞ―――うっあ!?―――気持ち悪いなこの塵屑が!! 俺に触れるな―――れ、ん!?―――放っておけよ。勝手に―――いぎぃ!!―――取り囲んでんじゃねぇ!! 二度と、絶対―――あ、うぅ!?―――決して触れてくんじゃねぇよ!!”
「勲…」
「…っ!! 見ちゃだめだ、凛ちゃん…絶対に見ちゃだめだ!!」

―――顔を踏んだ。
―――腕を踏みつけた。
―――足を踏みにじった。
―――腹を踏みつぶした。
バーサーカーは、この塵の鳴き声が止まるまで、この鬱陶しい渇望が消えて無くなるまで、僅かな欠片さえも残さぬよう、二度と蘇ることの無いように、徹底的にマリィの存在そのものを踏み砕いた。
その余りにも救いようのない、バーサーカーの人を人と思わない無残な惨殺方法がスクリーンに映し出され、恐怖のあまりに愕然とする凛を見た近藤は、これ以上の惨状を見せるまいと慌てて凛の眼を隠した。
そうでもしなければ、幼い凛の精神が狂ってしまうほど、スクリーンに映し出された映像は、凄惨で残酷なものだった。

“―――死ね!!”

最後に、バーサーカーは、憎悪の言葉を吐き捨てるとともに、もはや残骸と化したマリィの身体を尻で乗って消し去った。
そして、この瞬間、バーサーカーは些細な安堵と歓喜に満たされながら、第五天を討ち滅ぼした六番目の天となったのだ!!

「これが…バーサーカーの、英霊で足り得る偉業だというのか…?」
「こんな…こんなのあんまりよ…これが第六天へと至った真実だというの!!」

この無残な第五天から第六天への移り変わりを表した神座交代劇を見た時臣は、到底、英霊の偉業とは呼べるものではないバーサーカーの外道の極みともいえる行いに打ち震えた。
如何に倫理の外に外れた魔術師であったとしても、時臣にはバーサーカーの所業はとうてい認める事など出来なかった。
それはアイリも同様で、最悪を上回る下種によって、愛する男を殺された挙句、自身も無残に殺されたマリィを思い、一人の女として悲しみのあまり泣き崩れた。

「あっ、あぁ…そんな、そんなのって、あんまりだぁ…こんなの残酷すぎる…!!」
「マスター…」

一方、殺し合いである聖杯戦争の中でどんな不意打ちで“死”を目撃しようと揺らぐまいと決めていたウェイバーも、マリィの最後を見せつけられたことで感情のタガが外れてしまった。
そして、そのまま、ウェイバーは、労わるように抱きしめるライダーの胸の中で、耐えきれずに激しい怒りと深い悲しみの言葉を吐き出しながら滂沱の涙を流した。

「ふざけるな…ふざけるなぁ!! このぉ下種がぁ、下種如きがぁ。マリィ御姉様をよくも、よくもこんな目に…!! あの優しい女神の最後が、こんな結末、こんな惨い結末があるかぁ!!」
「キャスターの嬢ちゃん…」

そして、アインツベルンの森にてマリィの抱擁により救われたキャスターは、この映画を見た一同の中で、マリィの死に様に感情を一番に爆発させていた。
キャスターからすれば、独りよがりで、生まれるべきでないと断じるほどの屑であるバーサーカーに、どうしようもなく穢れた自分でさえ抱きしめ、救ってくれたマリィが殺されたことに到底納得できるはずがなかった。
同じように真島も、キャスターの怒りを理解しつつ、バーサーカーに対する怒りのあまり、思わず握りしめた拳から血をにじませていた。

「マスター…決めたぞ。奴は、バーサーカーは…私が絶対に討ち滅ぼす!! あのような下種、もはや一秒たりとも生かしては置かん!!」
「あぁ…そうやのう。正直、わしも我慢の限界やからのう…!!」

だからこそ、激しく憤怒するキャスターと静かに憤怒する真島がもはやこれ以上見る必要などないと、バーサーカーを一刻でも早く討たんとするために、現実世界に戻ったのは当然の流れだった。

「これまでの流れを見た中で…一つ、気になる事がある…」
『気になる事?』

そんな最中、綺礼はこれまでの映像を見た中で、ある一つの疑問を抱いていた事を知らず知らずのうちに呟いた。
この綺礼の呟きに対し、アサシンはどのような疑問なのか尋ねようとした瞬間、スクリーンに映し出された映像が切り替わった。

“まだ、何か俺にへばりついているのか…?”
「黄昏の女神を討ち滅ぼした事で“座”を奪い取り、文字通り、世界そのものとなったバーサーカーがどんな理を流れ出したのかだ」

そして、未だに自分に何かがへばり付いている事に対する不快感を口にするバーサーカーの字幕と共に、綺礼は、座に就いたバーサーカーがどのような世界法則を流れ出したのかという疑問を口にした。
独りになりたいはずだったにもかかわらず、バーサーカーは、第五天であるマリィを討ち滅ぼしたことで、結果として第五天の有していた世界と彼女が抱きしめていた魂を受け継ぐことは、座の構造上、当然の事だった。
ならば、その先は?―――その綺礼の当然の疑問に答えるかのように、スクリーンには新たな映像が映し出されていた。

“うははははははは!! あっはははははははははははは!! 何だか知らんが、ようやく、塵掃除が早くなった!! 潰せ、潰せ、潰せ、潰せ!! 動き回って勝手に消えろよ、塵屑ども!! 俺の世界にてめぇらの住む場所なんかありはしないんだからなぁ!!”
『その結果がこいつかよ…!?』
「なるほど…これが、自分以外の他者全てを殺し尽くすという、第六天波旬の理か…」

そこに映し出されていたのは、座の深奥にて一人で笑い転げるバーサーカーの理に染め上げられた人々が、友人や恋人、家族同士で我こそは至高ゆえに貴様らは死ねと高らかに叫びながら、目の前にいる他者を殺戮する悍ましい光景だった。
この凄惨な光景を前に、さすがのアサシンも愕然とし、綺礼も不快そうに眉を潜ませながら、バーサーカーの理をおぼろげながら理解した。
大欲界天狗道の理とは、“森羅万象滅尽滅相”―――この宇宙に存在するのは自分一人でいいというバーサーカーの思想を人々に植え付け、自分以外の他者全てをただ只管に滅殺するという歴代の座においても類を見ない最悪最強の鏖殺の宇宙を統べる理だった。
事実、もし、この理が数日も続けば、人間はおろか、並行世界を含めた全てのモノが消滅し、バーサーカーただ一人だけが残る筈だったのだ。

「…もうこれ以上見る必要ないわ」
「セイバー…」
「…」

やがて、目を覆わんばかりの惨状を前に、セイバーは怒りで我を忘れそうになる自分を抑えながら、心配そうにセイバーを気遣うアイリスフィールと舞弥と共に静かに席を立った。
これまで、セイバーは、善悪相殺の誓約の元、己の善を盲信し、敵の善を悪として排除する独善こそを全ての闘争の原因であるとしていた。
だからこそ、セイバーは、バーサーカーが如何に極大の下種であろうとも、独善という点に於いて例外ではないと思っていた―――笑い転げるバーサーカーの声と共に自分こそが至高と酔いしれた人々が互いに殺し合う光景をみるまでは!!

「でも、違った…悪は存在(あ)った!! バーサーカーは紛れもなく討つべき、討たなければいけない悪よ!!」

かつて、セイバーの宿敵ともいえる存在も、この光景と同じように、人々を殺戮に駆り立てていたが、それでも、そこにはある人物に対する求めてやまない愛故によるモノだった。
だが、バーサーカーは、それさえもなく、自分以外の他者を要らない塵だと断じ、ただ自分のみを唯一無二の存在とする自己愛しかなかった。
もはや、セイバーにとって、善や悪どころか愛さえもなく、ただ、独りになりたいという身勝手極まりない渇望だけで、人々を殺し合わせるバーサーカーこそ、最悪という言葉すら生ぬるい悪そのものだった。
そして、バーサーカーを悪であると断じたセイバーは、今はここには居ない誰かに訴えるように叫びながら、アイリスフィールらと共に現実世界へと戻っていった。


その後、セイバーらに続くように、他のメンバーも、次々と現実世界へと戻っていった。そして、最終的には、ウェイバー、ライダー、アーチャー、ホライゾン、銀時だけがこの場に残り、先ほどのシーンのすぐ後にエンディングが流れ始めたスクリーンを見続けていた。

「んで…どうやら残っているのは、俺たちだけみたいだな」
「だな…まぁ、無理もねぇよな」

ふとここで、閑散とした映画館を見渡した銀時は、自分を含めた四体と一人だけとなった事を改めて知った。
だが、相槌を打つアーチャーの言うように、アレだけの惨状を見れば、セイバーらがもはやバーサーカーについて大方分かったと断じ、これ以上は見る必要はないと思っても無理はなかった。

「…なぜ、ライダー様達は、ここに残られたのですか?」
「確かに、あの映像を見れば、途中で帰るのも無理からぬ事かもしれん。ただ…ワシには、どうしても、メルクリウス殿がアレだけを見せるためだけに、この映画を仕込んだとは思えんのだ」
「何かの意図があるって事かよ…でもよぉ…」

とここで、ホライゾンは、未だにこの場に残っているライダーに疑問を感じ、徐にその理由を尋ねた。
これに対し、ライダーは、先に現実世界に戻ったメンバーのフォローを入れつつ、この映画を見せたのは、メルクリウスがバーサーカーの本質を知ってもらうためだけでなく、何らかの意図が隠されているのではないかと語った。
“いったい、どんな意図があるっていうんだ?”―――ライダーに対し、そう言葉を続けようとした銀時だったが、ここで、顔を青褪めたまま、必死になってスクリーンを見続けているウェイバーに気付いた。

「おいおい、大丈夫か? えっと…同人誌だと男の娘っぽい兄ちゃん?」
「何だよ、その生々しい例えは…ウェイバー。ウェイバー・ベルベットだよ。まぁ、何とか…」
「無理もありません。まさしく、言葉通りの酷い映画でした。ただ…少々気になる事があります」
「気になる事?」

今にも倒れそうなウェイバーに対し、銀時は、色々とメタな発言をぶっちゃけながら気遣った。
そんな銀時に対し、ウェイバーとしては、色々とツッコミを入れたいところだったが、その気力さえないのか、念を押すように自分の名前を教えつつ、自分なら大丈夫だと見栄を張っただけだった。
とはいえ、バーサーカーの所業は精神にかなり負担をかけるため、ホライゾンの言うように、ウェイバーの精神がかなり疲労しているのも無理からぬことだった。
それと同時に、ホライゾンは、この映画がバーサーカーの視点を映画として再現されたモノにしては、ホライゾンの言葉に首を傾げる銀時が聞き返したように、妙に気になる事が有った。

「ホライゾンの見る限り、あの映画に於いて、黄昏の女神を殺害した場面から、バーサーカーの理が流れ出した世界の場面までの間が食い違っているような気がするのです」
「あぁ、そういや、急に場面が飛んだような感じだったよな」

ホライゾンが気になったのは、マリィを殺害した場面から“大欲界天狗道”が流れ出した場面に至るまでの間に食い違いがあるという事だった。
確かに、マリィを殺した後、すぐに、“大欲界天狗道”を世界に流したという事なら理解できなくもないが、その場合だとバーサーカーの字幕にあった“ようやく”という言葉が引っ掛かるのだ。
あの言い方では、かなりの時間がたってから、世界に“大欲界天狗道”が流れ出したというニュアンスに取れた。
そして、さらに、銀時も、また、ホライゾンと同じようにある場面に違和感を抱いていた。
それは、マリィを殺した後、バーサーカーの、“まだ、何か俺にへばりついているのか…?”という字幕が出ていたシーンだった。
場面的に言えば、バーサーカーの言うへばり付く何かが、マリィの有していた世界と魂の事であるという事も有り得るだろう。
だが、銀時としては、そうではなく、バーサーカーがあのセリフを発したのは、あの時にまだ、バーサーカーが自分以外の誰かがいる事に気付いたというように思えてならなかったのだ。

「つまり、この事を踏まえて考えるならば、その間に起こった何かを知られたくないから、あえてチグハグになっても隠したという事か…」
「そうだな…だけど、いったい何のために…?」
「お、そろそろ、エンディングが終わるみたいだぜ」

ホライゾンと銀時の意見を聞いたライダーは、この奇妙な食い違いの原因が、バーサーカーにとって知られたくない場面を隠すために、意図的に削除されたからではないかと推測した。
このライダーの推測に対し、ウェイバーは、ある程度は納得できるものの、そもそも、このような不自然な隠蔽を行わなければならないほどの知られたくない秘密とは何なのか深く考え込んだ。
とその時、スクリーンを何気なく見ていたアーチャーが、ようやく、エンディングが終わるのを告げた瞬間―――

“まぁ、それなら―――好きに、しろやぁ…”
「「「「え!?」」」」
「これはどういう事なのでしょう…?」

―――バーサーカーの字幕と共にスクリーンに映し出された映像に、首を傾げるホライゾンを除いた銀時ら一同は、思わず見間違いではないかと思ってしまうほど有り得ないモノを見たように驚愕した。



一方、現実世界では、途中で映画を見るのを止めた全員が、メルクリウスの術から解放され、意識を取り戻していた。

「どうやら、一部を除いては戻ってきたみたいだな」
「あぁ、そのようだ。さて、残った彼らがどのような結論を出すのか気になるところではあるが…さて、各々、如何だったかな、私の用意した映画は?」

戻ってきた一同を見渡した蓮は、銀時らが戻ってきていない事を告げつつ、やれやれといった様子で、隣にいる変質者に話しかけた。
“なら、少しは期待できるか”―――メルクリウスはそう心中で思いながら、含みを持たせた怪しい笑みを浮べつつ、映画館から戻ってきた一同に尋ねた。

「…」
「見てきたわよ、あんたの映画…感想は最悪の一言に尽きるけど」
「ふふふ…まぁ、そう思うのも無理もないというもの。何より私自身も、何度か焼き捨てたいと思うほどなのだから」

“色々あるけど、こいつだけは同情できねぇ!!”―――皆一斉にメルクリウスに対してそう心中を一致させる中、ランサーは心の底から不愉快極まりないという表情で酷評した。
だが、ランサーの酷評を聞いたメルクリウスは、素直にその評価を妥当だとし、作った自分も同じような気分になった事を打ち明けた。

「そんな事より…!! 今は、何よりも優先すべきことが有るはずだ!! あれでは…マリィ御姉様が…」
「そうやのう…あれ見て、あんたらが、あの腐れ外道と敵対しとる理由はよう分かった。やから、あの腐れ外道を倒す方法を教えてくれや…いや、教えてほしいんや」

とここで、ランサーとメルクリウスの悠著なやり取りに苛立ったキャスターが、一刻も早く、あの下種を打つ為に、バーサーカー討伐についての事を早急に進めるよう訴えた。
さらに、キャスターの心境を理解した真島もいつもの人をおちょくるような軽い口調は鳴りを潜め、蓮達がバーサーカーと敵対している理由も理解した上で、真剣な顔付きでバーサーカーを倒す方法教えるように頼んだ。
そして、キャスターや真島のように口こそ出さないものの、ここにいる皆それぞれ、理由は違えども為すべきことはただ一つだけだった―――極大の下種であるバーサーカー討伐という最優先事項を!!

「進んで協力してもらえるのは感謝すべきなのだが、しばし待たれよ。まだ、戻ってきていない者たちがいる以上、話を進めるのは少々面倒である故に」
「だが…!!」

だが、一同の逸る気持ちとは裏腹に、メルクリウスは、バーサーカー討伐に協力してくれる事に感謝しているものの、まだ、銀時達が戻ってきていないことを理由に、バーサーカーを倒す手段についての説明を後回しにすることを告げた。
それでも、なお、キャスターは焦る気持ちを抑えられずに、メルクリウスに対し、感情に任せて喰い下がろうとした。
だが、ここで、この場にいる一同、特にキャスターにとって意外な人物が、感情を暴走させるキャスターを押し留めた。

「ありがとう…私の為に泣いてくれて、リゼット。でも、私は大丈夫だから」
「マリィ…御姉様…」

荒ぶるキャスターに対し、バーサーカーによる一番の被害者である筈のマリィが、キャスターの真名を宥めるように呼びながら、自分の為に怒ってくれるキャスターに向かって、感謝するように優しく微笑んだ。
“ずるい…そんな顔されたらもう何も言えない…”―――キャスターがバーサーカーに怒りを向ける一番の理由である筈のマリィに宥められたという事もあり、仕方なく、キャスターは、そう心中で思いながら、グッと堪えるように項垂れるしかなかった。

「さて、では、戻ってきていない者たちがここに戻ってくるまでの間、先ほどの彼女から出た要求の一つ―――第六天の討伐に関するメリットを詳しく教えようか」
「あぁ…そうだったな。まぁ、今更という感じでもあるが…」

とここで、マリィによってキャスターが宥められたのをビデオ撮影していたメルクリウスは、銀時が戻ってくる間に、正純が提示した条件の一つであるバーサーカー討伐に関するメリットを説明することを提案した。
とはいえ、バーサーカーの残虐な所業を見た後ということもあって、最初に、その条件を提示したはずの正純でさえ忘れており、既に蓮達に協力することを決めている一同には、すでにあまり意味のないモノのようにしか思えなかった。

「いや、これはむしろ、ここにいるサーヴァントと外来のマスター諸君の、聖杯戦争の今後の動向において、非常に重要な情報でもあるのだから」
「何…? どういう事なのかな?」

だが、メルクリウスは、そんな一同の心情を見抜くかのように、含みを持たせた言い回しで、バーサーカー討伐に関するメリットが聖杯戦争に於いてかなり重要な情報である事を明かした。
これに対し、外来のマスターであるケイネスは、詐欺師めいたメルクリウスの胡散臭さに怪訝な表情をしながら、何を知っているのかメルクリウスに尋ねた。

「そもそも、聖杯戦争とは、七人のマスターと七体のサーヴァントが、万能の願望器である聖杯を奪い合う争い―――というのは表向きの話。本来の目的は別にあるという事はご存知の筈だ、遠坂時臣、アイリスフィール・フォン・アインツベルン、言峰綺礼?」
「なっ!?」
「まさか…!?」
「…」

そして、ケイネスの言葉を待っていたと言わんばかりに、メルクリスは、 “始まりの御三家”である時臣とアイリスフィール、そして、監督役でありながら遠坂陣営と裏で結託した聖堂教会からの協力者である綺礼の名を呼びつつ、暇つぶし感覚で間桐邸にて調べ上げた事―――時臣らしか知らない聖杯戦争の正体について語り始めた。
この予期せぬ展開に驚きを隠せなかったのは、冷静に黙秘した綺礼を除いて、メルクリウスに名を呼ばれた時臣、アイリスフィールの二人だった。
なぜなら、今、メルクリウスが語ろうとしているのは、間桐、遠坂、アインツベルンとそれに連なる者たちにのみ許された秘密であり、外来のマスターと全てのサーヴァントに対しては決して知られてはならない真実だったからだ!!

「そもそも、この冬木の儀式は、サーヴァントとして召喚された七体の英霊の魂を生贄にする事で、英霊の魂が座に戻る際に生じる穴を固定し、そこから“根源”に至るという試みであるのだよ。突き詰めていってしまえば、殺し合いなど不要なのだよ。そして、先ほど話した表向きの理由と“奇跡の成就”という約束も、外来のマスターやサーヴァント達を呼び寄せるための餌に過ぎない」

まるで、聖杯戦争の全てを理解しているとしか思えないほど詳しく、メルクリウスは、あくまで御三家が目論んだのは、『根源』へ至るための穴を開ける事である事を明かした。
さらに、メルクリウスが、御三家の思惑に、外来のマスターや呼び出されたサーヴァント達がいい様に踊らされている事まで暴露したことで、会談の場に一気に緊張が高まった。

「よう分からんけど…つまり、ワシらはまんまと一杯食わされ取ったちゅう訳か」
「ふん、仮にも名の知れた魔術師あるまじき姑息な手だな」
「さて、ここからは、サーヴァント達にとっての重要な情報となるわけなのだが…」

これには、成り行きで聖杯戦争に参戦した真島であったが、他人の掌の上で踊らされていた事を知って、僅かに語気を荒げながら、時臣らに常人ならば即座にすくみ上るほどの睨みを利かせた。
加えて、真島と同じように、元々、聖杯に対して明確な願望を持ち合わせていなかったケイネスも、プライドを傷つけられたのか、自分たちを騙したのも同然である時臣らに侮蔑の言葉を叩き付けた。
こうして、遠坂とアインツベルンの陣営に疑惑の目が向けられる中、メルクリウスは、勿体ぶった口調で、ある陣営のサーヴァント達にとっての重大なある事実を明かしはじめた。

「先ほども言ったように、間桐、遠坂、アインツベルンの御三家の悲願である根源に至るための大聖杯を起動させるには、“七体分”の英霊の魂が必要ではあるのだが…これが何を意味するのか理解できるだろうか?」
「“七体分”…? まさか…!?」

そして、メルクリウスは、大聖杯の起動には、七体分の英霊の魂が必要である事を説明した上で、まるで君たちの問題だというように正純らに視線を向けながら問いかけた。
最初は、メルクリウスの問いかけの意味が分からなかった正純であったが、“七体分”という言葉の意味を理化した瞬間、正純は目を見開いて驚くと共に、自分たちにとって見過ごすことのできないある事実に気付いた。
正純としては自分の気付いた事実が間違いであってほしいと願ったが―――

「そのまさかだよ、本多・正純。もし、君達が、見事六体のサーヴァントを撃破した場合、遠坂時臣は御三家の悲願を正しく成就するために、令呪によって、君達の王であるアーチャーを間違いなく自害させるということは確実と言えるだろうね。そのあたりの事は何か心当たりがあるのではないかな?」
「マスター…!!」
「くっ…」

―――そんな正純の願いもむなしく、メルクリウスは正純の気付いた事実―――時臣が自身の一族の悲願を達成する為に、他陣営のサーヴァントを討ち取った後、令呪の力によってアーチャーを自害させるつもりであることをこの場に居る全員に暴露した。
確かに、メルクリウスの言う通り、時臣は普段からアーチャーの奇行に頭を悩まされていたが、令呪を使用する事は一度もなかった。
これまで、正純は、如何にアーチャーの奇行が酷いとはいえ、そんな下らない理由で貴重な令呪を消費するわけがないだろうという程度にしか考えていなかった。
“だが、もし、メルクリウスの言葉が正しいなら、三回も残っている令呪をまったく使用しなかった説明がつく!!”―――正純がそう考えた上で、問い詰めるように時臣の名を呼び、鋭い視線でキッと睨み付けた。
これには、もはや、時臣も何も言えないまま、ほとんど認めてしまったのも同然に、正純から目を逸らすしかなかった。
当然の事ながら、正純らとしては、自分たちの王であるアーチャーを自害させるなど許すはずもなく、ここにおいて、時臣は自身のサーヴァント達からも不信を買ってしまう事になった。

「その反応を見る限りじゃ、どうやら図星のようね…」
「それじゃあ、マスターは本当に―――嘘吐き!!―――え?」

この時臣の反応を見た喜美は、愚弟を自害させようと目論んだ時臣に怒りを覚えたのか、普段は見せない冷たい視線を叩き付けるとともに吐き捨てるように呟いた。
そして、浅間が目を吊り上げて時臣を糾弾しようとした瞬間、この会談の場に於いて、唯一、時臣の味方である少女の声がそれを遮られ、思わず声のした方に目を向けた。

「出鱈目いうな、嘘吐き!! 私のお父様がそんな酷い事をする訳ないじゃない!! あんたみたいな胡散臭い奴の言葉なんて信じられるわけないでしょ!! ぶっ飛ばすわよ、馬鹿!!」
「ちょ、凛ちゃん、落ち着いて、落ち着いて!!」

そこには、今にも、時臣を悪者扱いしたメルクリウスに飛び掛からんと、幼い怒りを露わにする凛の姿があった。
時臣の魔術師としての冷酷さをまだ理解していない凛からすれば、如何にメルクリウスが事実を語ったとしても、凛が尊敬する父親であり、魔術師でもある時臣を悪者呼ばわりする大嘘吐きにしか見えかった。
“いくら、何でも、ブラックホール生み出すような奴にケンカ売るのは勘弁してくれ!!”―――そして、そう心中で叫びながらも、近藤は、トンデモ占星術を操る変質者な神様にガチで喧嘩を売ろうと暴れる凛を必死になって抑えた。

「やれやれ…随分と父君を慕っているようだが、その様子を見る限りでは、魔術師たる父君のなんたるかを理解するには至っていないようだ。あぁ、無垢なる無知とでも言うべきかな?」
「カールよ。マスターの事もあろうが、そう子供をあまりからかうのは感心できんな」
「むぅ、何が可笑しいのよ…!!」

“これは少々釘を刺しすぎたかな?”―――だが、当のメルクリウスは、そう心中で“テヘへ、ペロ☆”程度の失敗にしか思っておらず、やれやれと言った様子で、凛をあからさまに子ども扱いしながら、凛の怒りをどこ吹く風と受け流した。
メルクリウスとしては、桜に関する一件に対する罰を含めて、皆の前で聖杯戦争の真実を明かすことで、これ以上余計な暗躍するなという意味を込めて、時臣とアイリスフィール、綺礼らをけん制するつもりだった。
だが、メルクリウスが余りにも時臣を悪役に仕立て上げすぎたために、予想以上に凛の怒りを買う羽目になってしまったのだ。
これには、唯一の友人であるラインハルトも、子ども扱いされた事で頬を膨らませて怒る凛に苦笑しつつ、あからさまにやり過ぎだとメルクリウスに注意した。

「ふふふ…さて、君の言う立派な父君が、そのような酷いことをしなくていいようにするのが、第六天の討伐のメリットでもあるのだよ」
「どういう事かな?」

とはいえ、某生命礼賛者という名のロリコンが身もだえしそうな凛の膨れ面など欠片も興味もないメルクリウスは、さっさとバーサーカー討伐に於けるメリットの説明に移る事にした。
このメルクリウスの言葉に対し、肩身の狭くなった時臣は大聖杯の起動に必要な“七体分”の英霊の魂をどう賄うつもりなのか、警戒するように尋ねた。

「個の魂で以て無量大数の質量を有する第六天を聖杯に捧げるのだ。高々、英霊七体分の魂を賄う事など造作もないとは思えないかね?」
「「「「「「あっ…!?」」」」」

そんな時臣の質問に対し、メルクリウスは待っていたとばかりに笑みを浮べながら、あっさりと、その答え―――バーサーカー単体で、大聖杯の起動に必要な七体分の英霊の魂が賄える事を反語表現気味に明かした。
この思いもよらぬ解決策に、その場にいた一同は声をそろえて驚いたが、ある意味で当然の事だった。
そもそも、時臣が本来呼び出そうとしたかの英雄王ですら、並みのサーヴァント三体分の魂を有しているのだ。
ならば、英雄王とは桁違いの、個の魂だけで無量大数の質量をもつバーサーカーの魂ならば、大聖杯を起動させるのに充分な魂を補えるのは当然の道理だった。
もし、これが事実ならば、バーサーカー討伐した後、これ以上無用な戦闘を避けられるだけでなく、上手くいけば平和的に話し合いで聖杯の所有を決定する事も可能なのだ。
まさしく、六陣営のマスターやサーヴァントにとって、バーサーカー討伐に協力することは、これ以上にない旨い話なのだ―――あのバーサーカーを討伐できればの話だが。

「さて…そろそろ、映画館から戻ってきてもいいはずなのだが…!?」

とここで、バーサーカー討伐のメリットについて粗方話し終えたメルクリウスは、未だに映画館に残っているメンバーが帰ってくる頃合いであるのを告げようとした。
その次の瞬間、メルクリウスは、突然、カッと目を見開いて、普段ならば見せない驚愕した表情で固まった―――まるで、有り得ないモノを見てしまったかのように。

「…どうかしたのか?」
「ふむ…少々不味い事になったようだ」
「それって―――見つけたぁ!!―――なっ!?」

このメルクリウスの異変を不審に思った正純は、未だに驚きを隠せないでいるメルクリウスに何が起こったのか尋ねた。
正純の問いかけに対し、メルクリウスはしばし、どう説明したモノか迷った末、肩を竦ませながらヤレヤレといった様子で不味い状況になったことを簡単に伝えた。
“どういう意味なんだ?”―――正純がそう言葉を続けようとした瞬間、一度聞けば忘れもしない耳が腐りそうな下卑た声が聞こえると同時に、六陣営会談の場の、ヴェヴェルスブルク城の天井がぶち破られた。
そして、部屋全体に広がった、もうもうと立ち込める土煙が薄れていく中―――

「何だぁ…? まだ、塵掃除は済んでいないのか?」
「…」

―――ヴェヴェルスブルク城へと乗り込んできた、塵掃除を怠けている塵共に苛立つバーサーカーと、そのマスターである間桐桜が姿を現した!!


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