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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第30話:六陣営会談・決
作者:蓬莱   2013/05/18(土) 17:07公開   ID:.dsW6wyhJEM
バーサーカーらがヴェヴェルスブルク城へと襲来する少し前―――

「―――という訳ですの」
「一応、参考程度になりましたか?」
「うん、充分だよ。なら、以上の事を踏まえた上で考えると、それが、あの最後の映像の意味だと僕は思うんだ」

銀時たちは、アンナとシュライバーから、可能な限り彼らの情報公開できる範囲で、あの最後の映像や第六天波旬に関する有力な話を聞いていた。
やがて、シュライバー達の話を聞き終えたウェイバーは、シュライバー達の話を聞く前に立てた、バーサーカーに関する仮説が極めて有力である事を結論付けた。

「確かに、そのますたぁの推測やシュライバー殿達の話ならば、バーサーカーの映画にあったチグハグな場面切り替えや言葉の違和感についても無理なく説明ができるな」

これに対し、ライダーは、ウェイバーが自身のマスターである事を抜きにして、自分たちの抱いた違和感を解消するに足るものだと、ウェイバーの仮説に肯いた。
現時点において、このウェイバーの仮説を証明できる物証こそないものの、この場に居る銀時達からすれば、それでも充分に納得できるモノだった。

「なら、この兄ちゃんの話が正しけりゃ、俺達はとんでもない勘違いしているって事なんだよな」
「Jud.恐らく、あの変質者もそれを見越して、最後まで見るように勧めたのですね」

そして、銀時は厄介なことになったとぼやきながら、いかにも悩ましげに頭を掻きむしった。
もし、ウェイバーの仮説が正しいならば、銀時の言うように、自分たちが今まで、バーサーカーについて、とんでもない思い違いをしていた事に他ならなかった。
一方、ホライゾンも、だからこそ、メルクリウスという名の変質者も、ホライゾン達がその思い違いに気付いてもらうために、あの最悪の映画を最後まで見るように勧めたのだと、うんうんと頷きながら納得していた。

「なら、一応、どうするかだけ、ある程度決まった事だし、そろそろ、俺達も戻ろうぜ」
「そういえば、結構な時間話し込んでしまったな。先に戻った皆も待っているだろうな」
「案外、待ちくたびれて、飯でも喰っていたりしてんじゃねぇか?」


とここで、銀時は、以上の話を踏まえた上で、この六陣営会談に於ける方針が定まったので、そろそろ現実世界へと戻らないかと提案した。
この映画館と現実世界で、どういった時間の流れになっているのか不明だが、色々と話が長引いてしまった事もあり、途中で他のメンバーが現実世界に戻った時から相当な時間を費やしてしまったはずだった。
そういう事情もあるので、この銀時の提案に対し、ライダーとアーチャーもそれぞれの言葉で賛成しながら、先に戻ったメンバーたちが待っている現実世界に戻る事にした。
その現実世界では、バーサーカー襲来により、かなり最悪な状況になっている事など知らぬままに―――


第30話:六陣営会談・決


一方、予想外のバーサーカー襲来により、ヴェヴェルスブルク城内に設けられた六陣営会談の場は騒然となっていた。

「バーサーカー…!?」
「何故、貴様がここに…!?」
「くっ…!!」
「時臣殿、正純殿!! 自分たちの背後に…!!」
『…どうしろと?』

突如として、城の天井をぶち破り、円卓の中央に降り立ったバーサーカーと桜に対し、サーヴァント達は驚愕するマスター達や他の者を守るように即座に反応した。
―――“騎士団”を展開し、戦斧を手にするランサー。
―――マスターである真島に“虚無の魔石”を貸し与え、魔法陣を展開するキャスター。
―――銀時のいないまま、装甲した形態でアイリスフィールを守ろうとするセイバー。
―――咄嗟に、時臣や正純らを守るために飛び出してきた点蔵ら。
そして、各々のサーヴァント達は、襲来してきたバーサーカーにむけて、いつでも、刃を交える覚悟で臨戦態勢に入っていた。
ただし、はっきり言って、マスターである綺礼の方が戦闘に長けているアサシンだけは途方に暮れていたのだが…

「何だ? これは雑音か…? それより、何やら塵同士群がって、訳の分からぬことを囀り合っていたが、塵掃除は済んだのか?」
「…っ!?」

だが、当のバーサーカーは、並みの人間ならば即座に失神するほどの剣呑な雰囲気を発するサーヴァント達に気にも留めず、未だに塵掃除が進んでいない事に苛立つような口振りで独り言を呟いた。
―――敵としてさえ見ていない…いや、バーサーカーは、私たちを認識すらしていない!!
もはや、強者の余裕ですらないバーサーカーの徹底した無関心ぶりに、正純は改めて、バーサーカーの異常性を見せつけられながら絶句した。
とここで、そんなバーサーカーに対し、もっとも憤怒の念を抱いていたサーヴァントが前に出てきた。

「よくも、私の前に姿を見せたモノだな、バーサーカー…!! 」
「…」

そのサーヴァント―――キャスターは、会場にいる大半の人間が竦みあがるほどの凄まじい怒気を放ちながら、不倶戴天の敵であるバーサーカーに向かって、怒り混じりの声を投げつけた。
アインツベルンの森にて、マリィに救われて以降、御姉様と呼んで慕うほどマリィを敬愛するキャスターからすれば、あの映画に於いて、バーサーカーがマリィを惨殺したことはもっとも許しがたい事だった。
そして、そうである以上、そのキャスターが、この場に現れたバーサーカーに必要以上の敵意を向けるのは無理からぬことだった。
だが、そんなキャスターの憤怒の言葉さえ、バーサーカーは何の反応も見せなかった。

「呆けているつもりか? 消え失せろ、極大の下種め!! 今、ここで、マリィ御姉様達の無念と共に、あの倉庫街での借りを返させて―――誰だ、お前?―――な、に!?」

これには、キャスターも、何の反応も見せないバーサーカーに対し、苛立ちながら吐き捨てるように罵った。
さらに、キャスターはマリィを惨殺したことに加え、倉庫街での戦いにおいて自分を蹂躙した事に対するリベンジを果たさんと言葉を続けようとした。
だが、次の瞬間、キャスターは、まるで独り言を呟くように、バーサーカーの口から出たその一言に凍り付いた。

「貴様、何を…!?」
「そもそも、お前は何だ? 知らないぞ、よく分からないな。面倒だ―――あぁ、知らん」

まさかと思いながら、キャスターは、バーサーカーの発した言葉に狼狽したが、バーサーカーは返答ですらない言葉を、ただ淡々と呟くのを見て、確信した―――こいつは、バーサーカーは、一切、私を見ていない事を!!
そう、キャスター達が忘れる事もない苦汁を味あわされたあの倉庫街での戦いでさえ、バーサーカーにすれば、単なる塵掃除程度の、どうでもいい事でしかなかった。
事実、バーサーカーは、倉庫街での戦いを含めた現時点に至るまで、終始キャスター達の事を塵程度にしか見ていなかった。

「き、貴様ぁあああああああ!!」
「マテや、腐れ外道…あんだけ、ワシらボコって誰やとはなんや、誰やとは…!!」

このバーサーカーの余りの無関心さに、キャスターは、マリィを殺した事も相まって、バーサーカーに向けて、怒りと殺気を込めた視線を叩き付けると同時に、激昂の咆哮を上げた。
さらに、マスターである真島も、一方的に自分たちを蹂躙した事さえ無関心なバーサーカーの人を虚仮にした態度に、周囲にいる者たちが思わず身震いするほどの、頂点に達した怒りと共にドスを利かせた声で威圧した。
だが、やはりというべきなのか―――

「何だ?…塵共が何やら雑音を煩く囀っているが、何の鳴き声だ? あぁ、どうでもいいから、お前ら、塵同士で早く塵掃除を始めろよ」
「なるほど…そういう事か…」

―――異常なまでの無関心さを貫くバーサーカーからすれば、キャスターと真島の怒声すら、耳障りな雑音程度にものでしかなかった。
もはや、一切の意思疎通の意識さえない言葉を垂れ流すバーサーカーの姿に、正純は、改めて、バーサーカーがどういったものであるのか理解させられた。
このバーサーカーは、ある意味で完成された自己愛と自閉により外界の事を一斉感知していないために、終始、正純たちを見ていないのだ。
今だって、バーサーカーは正純たちに話しかけているように見えるが、実際のところは、バーサーカーは、壁に向かって話しかけるように自分で自分と会話しているにすぎないのだ。
つまるところ、バーサーカーに交渉や話し合いの余地など一切なく、交渉役である正純の出番などまったくないという事だった。

「ならば、貴様から魂も残さず、消し飛、なっ!?」
「なん、や、影やとぉ!! 」

もはやこの外道を滅ぼすしかないと決断したキャスターは、真島と共に、バーサーカーへの宣戦布告の狼煙である先制攻撃を仕掛けようとした。
だが、キャスターと真島が攻撃に移ろうとした瞬間、キャスターと真島は、まるで一切の行動を許さないと言わんばかりに、強制的に体の動きを封じられた。
何事かと驚く真島が自身の身体に目を向けると、いつの間にか、キャスターと真島の身体に何処からともなく現れた影のようなものを踏みつけていた。
そして、自分たちを縛り付ける影の先には―――

「はいはい、いっちょあがりっと…もう、こういう時にしか呼んでくれないんだからねぇ…」
「すまん、アンナ。この埋め合わせは後でするから。たく、頭に血が上りすぎなんだよ、馬鹿娘!! それと、おっさん!! あんたもだ!!」
「ちょ、おっさん呼ばわりかいな…いや、見た目から言えば、そうやけどなぁ…」

―――影の主である、ある意味で見た目の年相応ともいえる貧従士クラスの鉄板胸を持つ少女“ルサルカ・シュヴェーゲリン”と、ジト目で拗ねるルサルカに、キャスター達に背を向け、ルサルカの本名を呼びつつ謝る“永遠の刹那”藤井蓮の姿が有った。
ひとまず、機嫌を損ねたルサルカを宥めつつ、蓮は、頭を掻きむしりながら、背を向けたまま、バーサーカーに挑もうとしたキャスターと真島を叱りつけた。
ちなみに、真島としては、何万年クラスの年の差がある蓮に、おっさん呼ばわりされたのには不満だったのか、今一つ納得できないとぼやく様に呟いた。

「“永遠の刹那”…!! 邪魔立てをするな!! 奴は殺す!! 私の全力を掛けてでも殺す!!」
「駄目だ。今のお前らじゃ、あいつには勝てない。少なくとも、今の俺に勝てないお前に勝てる相手じゃない!!」
「なら、兄ちゃん…このまま、黙っとれいうんか? このまま、あの腐れ外道にデカい面させとけいうんか!?」
「…」

だが、キャスターとしても怨敵であるバーサーカーを前にして、冷静でいられるはずもなく、自分たちの邪魔をする蓮に凄まじい剣幕で怒りを露わにした。
そんなキャスターの怒りに対し、蓮は背を向けたまま、あくまでも冷静を装いながら、バーサーカーとの力の差を突きつけた上で、今のキャスター達では勝てないと断言した。
さらに、蓮の言い分が正しいとはいえ、バーサーカーの非道を知った為に納得することが出来ない真島の訴えさえ、蓮は無言のまま答えるだけだった。

「貴様は、それでいいのか…!? マリィ御姉様を無残に殺したアイツがいるのに、何もするなと言うのか!! ならば、命など惜しいモノか!! 私の命に代えてでも、奴を―――軽々しく命を捨てるんじゃねぇよ!!―――なっ!?」
「あいつが、マリィが、自分の為に軽々しく命を投げ捨てるような真似されて喜ぶと思うか!? そうじゃねぇだろ!! 頼む…今は、今は耐えてくれ!!」

この蓮の態度に、業を煮やしたキャスターが捨て身の覚悟でバーサーカーと刺し違えると口に仕掛けた瞬間、蓮はキャスターの方を振り向きながら一喝した。
それと同時に、キャスターは、命を投げ捨てようとする自分を制止しようとする蓮の姿を見て理解せざるを得なかった。
―――奈落の如き底なしの悲憤により血走った両の眼から滴り落ちる血の涙。
―――必死になって溢れでる憎悪を無理やり抑えこもうと、今にも歯が砕けそうなほど喰いしばった口。
―――尽きることの無い憤怒の為に、血をふきだすほど握りしめられた拳。
私は大馬鹿者だ…!!―――キャスターはそう思いながら、今、この場に於いて、誰が一番バーサーカーに怒りを抱いているのかを今更ながら気付かされた。
そして、キャスターは、それ以上、バーサーカーへの攻撃を必死になって堪えている蓮に何も言えないまま、バーサーカーへの攻撃を堪えるしかなかった。

「あぁ、うるさい、うるさい、うるさい…目障りだ。塵芥が訳の分からない事を囀っているが、塵掃除はまだか? それとも、俺に潰されたいのか、こいつらは…」
「どうしてですか…?」

だが、バーサーカーにとっては、このキャスターと蓮のやり取りすら塵同士の囀り合い程度としか思っていなかった。
さっさと塵掃除をしろと言葉をただ垂れ流すバーサーカーに対し、今度は、あの映画でバーサーカーの行った非道を知った浅間がポツリと問いかけてきた。

「どうして、分からないのですか!! どうして、分かろうとしないのですか!! あの人が、黄昏の女神が、マリィさんは、貴方のような人でも、ただ幸せになってほしいから、抱きしめようとしただけなんですよ…!! あなたは、どうして、それを分かってあげられないんですか!!」
「浅間…!!」

自らの危険も顧みず浅間は、制止する正純に構うことなく、無関心を貫くバーサーカーにむけて、堰を切ったかのごとく一気に訴えかけた。
―――黄昏の女神が、マリィが、バーサーカーを抱きしめたのは、ただ幸せになってほしいと願っていたからだという事を。
―――バーサーカーのような救いようのない下種ですら見捨てずに救済しようとしたことを。
―――だからこそ、そんなマリィが独りになりたいという自分勝手な理由で殺されていい訳がないことを!!
かつて、アインツベルンの森でマリィの慈愛を知った浅間としては、ただ、それだけは、バーサーカーにせめて、判ってほしかった。

「分からんね。そんな塵の事など分かろうとも思わない。そもそも、塵を抱くのが好きな塵なんて、奇怪で穢れて気持ちの悪い狂った下劣畜生の戯言を垂れ流す掃き溜めの塵で充分だ」
「あなたは…っ!!」
「無駄よ…こいつは何も知らないし、何も知る気さえはないわ」

だが、やはりというべきなのか、バーサーカーは、浅間の声には一切耳を傾けぬまま、マリィの慈愛による抱擁すら、自分を取り囲み、汚らわしくて鬱陶しい不快感を齎すだけの塵だと断じた。
このバーサーカーの何一つ理解しようとしない態度に、浅間は思わず怒りを露わにするが、すかさず、ランサーがもはや、沸き起こる苛立ちを抑えながら、バーサーカーが言葉で分かり合える相手ではないと、激昂する浅間を制した。
バーサーカーにとっては、その極大の自己愛によって、自分だけが世界の全てである為に、自分の内しか知しりもしないし、知る気もないから判らないのだ。
だからこそ、ランサーは断じることが出来た―――抱きしめるという行為さえ知りもせず、慈愛の女神であるマリィを塵だと嗤うバーサーカーこそ、抱きしめる価値など一片たりともない、この世に生まれるべきでない下種だと!!

『バーサーカー…否、第六天波旬よ。貴様の為した事を全て見せてもらった。その上で問わせてもらおう。神となって、人を、世界を滅ぼしつくした貴様が、直、聖杯に叶えんとする願いは何なのだ?』

とここで、アラストールが不快感をにじませながら、仮にも同じ神でありながら、下劣極まりないバーサーカーに聖杯に託す願いが何であるのか問い詰めた。
あの映画を見る限りでは、バーサーカーは自身の渇望を世界の理とし、人を、否、森羅万象を、言葉通りバーサーカー一人になるまで滅尽滅相したはずだ。
ならば、すでに、バーサーカーの願いは達成されたはずであり、アラストールとしては、これ以上、バーサーカーが聖杯に叶えたい願望が何であるのか知る必要が有った。
だが、バーサーカーの口からたれ流された言葉は、アラストールが思いもよらない言葉だった。

「あぁ、面倒だ、心底まとめてどうでもいい。塵共は聖杯などと呼んでいるそうだが、大仰な名など要らんから、ガラクタで充分だろう。それに俺は俺で満ちている以上、塵同士が奪い合うガラクタなんて欠片も興味はない。だから、そもそも、俺はそんなガラクタ欲しくもなんともない」
「聖杯を求めていないだと?」

何と、バーサーカーは、心底どうでもいいという口振りで、万能の願望器である聖杯をガラクタ呼ばわりした挙句、聖杯なんぞ興味がないし、要らないとまで言い切ったのだ。
これには、アラストールも予想外だったのか、このバーサーカーの発言に思わず困惑した。
本来、聖杯戦争に召喚されるサーヴァントは、一部の例外を除いては、何かしらの聖杯を求めるだけの理由を持ち合わせている筈なのだ。
だが、本来ならば、自分自身だけあればいいと断じるバーサーカーには、そもそも、聖杯を欲するほどの願いを持ち合わせていないのだ。
“ならば、聖杯を求めないバーサーカーが、何故、サーヴァントとして召喚される事に応じたのだ?”―――バーサーカーが聖杯など要らないと言い切った事に対し、アラストールはそう疑問と不審感を覚えた。

「貴様らの言葉で―――平穏というやつなのか? そう、俺は俺のみで満ちる無謬の平穏が欲しいだけだ。だが、それをやっと手にいれたというのに、今度はこんな臭い塵にへばり付かれた。鬱陶しいから、さっさとこんな塵なんて潰したい。だが、こんな臭い塵など潰したら、今度は、俺の身体にこの塵の臭いがこびり付いくからそれも面倒だ」

一方、バーサーカーは、そんなアラストールに構うことなく、ただ、自分自身と会話するように言葉を垂れ流し続けた。
―――バーサーカーの求めるモノが、他者という異物が存せず、バーサーカーただ一人だけ存在する無謬の平穏のみである事を。
―――かつて、その平穏を手に入れた矢先に、今度は、桜によってサーヴァントとして召喚されたことを。
―――バーサーカーとしては、自分と繋がるマスターを、桜を殺したいが、自分が穢れるという理由で殺せないでいる事を。
そして、バーサーカーは、“だから―――”と一呼吸置いた後、―――

「―――ガラクタを使って、俺は、俺の身体にへばり付く、この臭い塵を滓も残さず、綺麗さっぱり消したいだけだ」
「「「「「なっ…!?」」」」」
「え…!?」

―――万能の願望器である聖杯を使って、自分では直接殺せない桜を聖杯の力でもって殺す事を暴露した。
“何だ、それは…!?”――――このバーサーカーの余りに身勝手で、下種極まりない願いに、この場に居た全員が心を一つにそう思い、思わず、眩暈を起こすほどの激しい衝撃を受けた。
ただ一人だけ、バーサーカーに向かって目を輝かせるように驚く桜を除いてだが。

『貴様…第六天波旬!! 貴様は、そんな理由で、自分を召喚したマスターを、幼い少女を殺すという願いの為だけに、聖杯を求めているというのか!! この外道がぁ!!』

次の瞬間、アラストールは、マスターである桜を殺すために聖杯を求めるバーサーカーに対して、炎を滾らせるように、一気に湧き上がる激しい怒りと共に声を荒げて糾弾した。
紅世という異世界に於いて“天罰神”と称され、その責務を果たしてきたアラストールにとって、こんな下種が神であるなど、まして、サーヴァントとして召喚された英霊などと到底許容できるがはずがなかった。
それほどまでに悪辣極まりないバーサーカーに対し、もはや、この場に居るほぼ全員が嫌悪感を剥き出しにする中、魔術師としての誇りを持つ時臣にすれば、バーサーカー以上に唾棄すべき相手が他にいた。

「本当に度し難い…だが、それ以上に度し難いのは…間桐雁夜。よりにもよって、このような下劣なサーヴァントを招かせた間桐の者たちだ」
「…っ!?」

そして、時臣は、迷うことなく、この場にもっとも相応しくない人物―――間桐雁夜を、バーサーカーを桜に召喚させた間桐家そのものを静かに糾弾した。
この時臣の糾弾に対し、雁夜は思わず身体を強張らせるが、あえて、何も言わずに、苛立ちを込めた視線で時臣を睨み付けた。
“やはり不快だな”―――魔道としての高貴を貴ぶ時臣は、筋違いな怒りをぶつけてくる雁夜に対して、堕落した魔術師の有様を見せつけられたかのように不快感を覚えずにはいられなかった。

「一度、魔道を諦めておきながら、聖杯に未練を残し、おめおめと舞い戻った君の醜態だけでも、間桐の家は堕落の誹りを免れないというのに…あろう事か、桜をあのような邪神の生贄に捧げてまで聖杯を望むとは言語道断だ」
「お前が、お前がぁ!! 桜ちゃんを臓硯の手に委ねたお前が言える言葉か!!」

故に、時臣は雁夜の苛立ちにさえ余裕の態度で受け流し、さらに勿体ぶった口調で、雁夜に対する責任追及や挑発とも取れる言葉を続けた。
さすがに、この時臣の言葉には、雁夜も激情を抑えられずに、間桐へと送られた桜の事を何一つ知らない時臣にむかって、声を張り上げて吼えるように言い返した。
だが、時臣は、まるで、お前にも責任があるという見当違いも甚だしい雁夜の言葉に眉を顰め、本当に救い難い男だと嘆息しつつも返答した。

「言うまでもない。愛娘の未来に幸あれと願ったまでの事だ。良いかね? 二子を設けた魔術師という者は、いずれも誰もが、秘術を伝授できるのは一人の身であるが故に、いずれかの子供は凡俗に堕とさねばならないというジレンマに苦悩するものなのだよ。特に凛と桜の場合は共に等しく稀代の素質を備えていた。なら、両者の才能を開かせるためには養子に出すしか他にあるまい」
「それは…!?」

“そんなものなんか、理解などしたくもない!!”―――そう思ってしまうほど、さも魔術師にとっての正論だというように淡々と語る時臣の理屈は、魔術に対する嫌悪しかない雁夜にとっては受け入れがたい事だった。
何より、雁夜は、今は喪われてしまった桜の笑顔を、凛や葵とのささやかな幸せを知るが故に余計にそう思わずにはいられなかった。
だが、雁夜は、かつて、投げやりになっていた自分を蓮が叱咤した際に、メルクリウスに教えられた、魔術の才能は有るが、家名を継げず、魔術を伝授されなかった者の末路について知っていた。
だからこそ、雁夜は、桜を養子に出すという時臣の理屈も全てが間違いではない事を理解せざるを得なかった―――よりにもよって、桜を養子に出した先が間桐家という事以外についてはだが。

「だからこそ、間桐の翁の申し出は天啓に等しかった。仮にも聖杯の存在を知る一族である間桐ならば、それだけ根源に到達する可能性は高くなる。私が果たせなくとも凛が、凛ですら果たせなくとも桜が遠坂の悲願を継いでくれる事だろう」
「待て…貴様、凛ちゃんと桜ちゃんを…姉妹同士で相争えというのか!!」

だが、時臣はそんな雁夜の葛藤に気付くことなく、眉ひとつ動かすことなく、雁夜にとって最も忌避すべき言葉を口にした。
“共に根源への道を志せ”―――それは、凛と桜で根源へと至るために、聖杯を巡って殺し合えという事に他ならなかった。
これには、雁夜も理解も我慢も限界を超え、もはや人として非道ともいえる冷酷さを見せる時臣を強く糾弾した。

「仮にそんな局面に至るとしたら、我が末裔たちは幸せだろうな―――んな、わけあるかよ!!―――何?」

怒りを露わにする雁夜の糾弾に対し、時臣は無知な者を憐れむように失笑交じりの涼しげな表情で頷いきながら断言した。
なぜなら、栄光は勝てばその手に、負けても先祖の加盟にもたらされるという、どちらにとっても憂いなどない対決であることは間違いなのだから。
だが、この場に於いて、魔術師として姉妹同士の殺し合いを良しとする時臣の言葉を真っ向から否定する声が上がった。
この予想もしなかった、自身の考えを否定する声に、時臣は思わず、その声のした方に視線を向けた。

「さっきから黙って聞いていれば、胸糞悪い事言いやがるじゃねか!! 俺はぁ、魔術のことは何も分からねぇが、一言だけ言わせてもらうぜ、凛ちゃんの親父さんよぉ!!」
「近藤…!?」
「君は…葵の言っていた…」

そこには、今まで聞いた時臣の娘―――凛や桜に対する魔術師としての幸せの在り方に憤慨し、自身の正義感から沸き起こった怒りの声を張り上げ、机の上で仁王立ちする近藤の姿があった。
すぐ傍には、オロオロと狼狽える凛もいたが、余りに咄嗟の事だったために、近藤を止める事はできず、ただ、ハラハラしながら事の成り行きを見守るしかなかった。
“凛が召喚したという異世界で自称警察官(絶対嘘)な変態ゴリラだったかな?”―――葵からそう近藤の事をそう聞かされていた時臣は、とりあえず、凛の将来と場の空気を読んで、その事については口を噤んだ。

「凛ちゃんは、あんたと桜ちゃんが闘ってほしくないから、桜ちゃんを説得する為に、聖杯戦争真っただ中の冬木市に戻ってきたんだぜ!! そのあんたが、凛ちゃんと桜ちゃん殺し合わせるのが幸せだなんて、親父なら口が裂けても言うんじゃねぇよ!!」
「まぁ、部外者の俺が言うのもなんだけどなぁ…雁夜のいう事ももっともだぜ。てめぇの娘達が殺し合うのが幸せなんていうのは、父親の言う事じゃねぇ…外道の口にすることだぜ!!」
「ゴリラ、伊達さん…」

一方、近藤は、そんな事などつゆ知らず、バーサーカーのマスターとなった桜と父である時臣を闘わせまいと、凛が危険を承知で、桜を説得しに冬木市に来たことを口にしながら、時臣の考えを真っ向から否定した。
これまで、使い魔という立場とはいえ、凛と行動を共にしてきた近藤としては、妹と父親の身を案じる幼い凛の願いを踏みにじるような事を平気で言う時臣を許せなかったのだ。
そんな近藤が発する怒りの言葉に賛同するように、伊達も、本来は部外者ではあるものの、時臣と同じ父親としての立場から時臣を非難した。
“ありがとう…”―――この近藤と伊達の言葉を受け、雁夜は、雁夜の考えが間違っていないと支持してくれる二人に、心の中で感謝の言葉を口にした。

「ふっ…まぁ、魔道の尊さを知らぬ者たちに語り聞かせるだけ無駄な話か。だが、少なくとも、私は、桜の幸せを―――うはははは!!―――」
「あの臭い塵の幸せ? 魔道の尊さ? うわはははははははははははは!! 笑わせてくれるじゃねぇかっ!! くはあっははははは!!」

だが、近藤や伊達の言葉に対しても、時臣はあくまで魔術の何たるかを理解できない一般人の言葉であるとし、やれやれといった様子で、雁夜らにむけてひときわ冷淡な一瞥をくれて、嘲るように嘯いた。
その直後、突如として、それまで無反応だった極大の下種―――バーサーカーから発せられた哄笑が六陣営会談の場に響いた。
バーサーカーは、まるで、時臣の語る総て、否、時臣の信ずる総てを踏みにじるように腹を抱えて、ゲラゲラと汚濁にまみれた言葉を垂れ流しながら嘲笑った。

「おいおい、お前―――てめぇは、自分のひねり出した要らない塵に、鼻の曲がりそうな臭い糞を、塵の穴中に突っ込ませて、その塵を糞まみれにするのが塵の幸せなのかぁ? 何の遊びだぁ? ふひ、ひひひひひはははははははぁ!! まったく、この塵は可笑しなことを言うものだ!!」
「何…?」

その直後、自分を指さしながら嘲笑うバーサーカーの言葉に、時臣は何やら言い知れぬ不安を感じた。
今、バーサーカーによって、侮蔑と嘲笑の入り混じった不快な笑みと共に、自身にへばり付く臭い塵―――マスターである桜が、時臣の言う“魔術師の幸せ”によって、どういう塵となったのかを如実に告げられたのだ。
そんな時臣とバーサーカーとのやり取りに対し、それまで、静観を決め込んでいたメルクリウスがやれやれと言った様子で、高貴なる魔道を貴びながら、何一つ魔道の悍ましさを知らぬ時臣に己が罪業を理解させるために口を開いた。

「如何に間桐桜が優秀であろうとも、間桐の魔術とは根本的に属性が違う以上、間桐桜の身体をより間桐家よりに調整するための処置が必要なのは明白。そして、間桐の魔術には刻印虫という蟲がいる事はご存知かな? それらの意味、魔術師である者ならばすぐに理解できると思うが、遠坂時臣?」
「まさか…!!」

つまり、桜に刻印虫を植え付け、いや、それだけではなく、蟲どもに桜の身体を…!!―――時臣は、メルクリウスの語る言葉によって、間桐家へと迎え入れられた桜に何が起こったのかを理解し、唇を震わせながら声なき声で絞り出すように呟いた。
確かに、時臣も、遠坂よりである桜の属性を、ある程度、間桐よりに馴染ませる必要が有る事は知っていた。
それでも、時臣は、その調整の為に、臓硯が幼い桜を蟲どもに凌辱させるという方法を取っていたなど思いもしていなかった。
だが、先ほどまで、雁夜が、時臣が間桐家へと桜を養子に出したことに、あれほどの怒りを露わにしてこと自体が、桜が受けた虐待の事実とその凄まじさを物語っていた。

「あぁ、つまり、お前らの言う幸せというのはアレかぁ? 自分のひねり出した塵に臭い糞を練り付けて、それで、ひねり出した糞まみれの臭い塵同士を潰し合わせるのが臭い塵共の幸せだとでもはしゃぐのかぁ? 汚ねぇなぁ、おい? あはははははははっはは!!」
「―――、…」

桜の受けた仕打ちを何一つ知らぬまま、娘の幸せを語っていた時臣に対し、バーサーカーは、これでもかというほど汚濁にまみれた言葉を打ち震える時臣に浴びせながら、六陣営会談全体に響き渡るほど蔑笑した。
だが、今の時臣には、バーサーカーの嘲笑を否定し、止める事などできなかった。
なぜなら、バーサーカーの指摘したように、父親として、魔術師として、桜の未来を思って取った時臣の思想と行動こそが、桜を不幸に追いやったのだから。

「てめぇ、とんだアレだな、あぁなんだぁ―――」

その中で、バーサーカーは何かを思い立ったように唇を歪に吊り上げ、その天眼で時臣の頭を無理やり覗き込みながら―――

「あぁあぁぁ…へ・ん・た・い、変態だぁ!! 喜べよ、てめぇの要らない塵は、てめぇの大好きな糞の臭いが中までしっかり染み込んだ糞の塊同然の塵だぜぇ!! くはははははははははははははははっは!!」
「…このぉ、屑がぁああああああああああ!!」

―――時臣にとっての最大の侮蔑をなすりつけた。
次の瞬間、バーサーカーの度重なる嘲りと嬲りを受けた時臣は、普段の優雅な余裕の姿とは程遠い、限度を超えた憎しみと怒りが入り混じり、生の感情をむき出しにした憤怒の形相で咆哮した。
殺す、今、こいつを殺す、一刻も早く、この腐れ切った下種を殺す!!―――もはや、今の時臣の頭には、絶望的な実力差など考える余裕すらないほど、バーサーカーに対する殺意だけしか思考できなかった。

「あははははははっは―――バチーン!!―――あっ?」

そんな時臣の殺意にまみれた怒号にさえ揺るがないバーサーカーはゲラゲラと嗤い続けようとした瞬間、不意に誰かに触られた―――頬に平手打ちを打たれた事に気付いた。
そして、そのバーサーカーの前には、近藤の制止を振り切り、バーサーカーに平手打ちを叩き込み、涙を目に溜めながら、時臣と桜を愚弄したバーサーカーを睨み付ける凛の姿があった。

「それ以上…それ以上、お父様を!! 桜を!! あんたみたいな悪い奴が一言だって馬鹿にするな!! 誰が何と言おうと、お父様は私にとっての最高だし、桜はどんなに離れていても大切な妹なんだから!! だから、私の…私の家族を馬鹿にするような奴なんて、私が絶対に許さないんだから!!」
「凛…」

そして、怒りで顔を真っ赤にさせた凛は堰を切ったように、尊敬する父と大切な妹を、塵や変態呼ばわりしたバーサーカーに対して、ため込んでいた怒りをぶちまけるように叫んだ。
まだ、幼いとはいえ、凛も、あの映画を見た以上、この場に居る誰もがそう思っているように、バーサーカーがどれだけ恐ろしい怪物であるのかを当然の事ながら理解していた。
だが、それでも、凛にはどうしても、時臣や桜を容赦なく嘲笑うバーサーカーを許す事など出来る筈もなかった―――その凛の行動が、どれだけ、自分にとって危険な事であろうと。

「塵がぁ…このぉ糞まみれの汚らしい塵がぁ…!!」
「…っ!!」
「やべぇ…!!」
「凛ちゃん…!!」

次の瞬間、バーサーカーは、それまでの無反応さとは打って変わって、先ほどまでバラバラに動いていた三つの瞳が凛へと焦点を合わせるように睨み付け、不快感と殺意の入り乱れた怒りの声を上げた。
他者との接触を何よりも嫌うバーサーカーにとって、この凛の平手打ちは糞のこびり付いた手で触れたに等しい行為であり、バーサーカーの逆鱗に触れるのに充分だった。
―――殺される!!
このバーサーカーの言動から、バーサーカーの次にとる行動―――凛の殺害を確信した近藤と雁夜の両者は自らの危険を省みず、バーサーカーに殺されようとする凛の元へと駆け出して行った。

「俺に触れてんじゃ―――パチーン!!―――!?」
「いっ…え?」

だが、近藤と雁夜が凛の元に駆けつける前に、バーサーカーが自分に触れた凛を殺す前に、凛の前へと立ちはだかったある人物の平手打ちが凛の頬に叩き込まれた。
いきなり、頬に受けた痛みに思わず目を閉じた凛であったが、ゆっくりと目を開けるとそこには―――

「桜…何で…?」
「どうして…? どうして、姉さんも、皆と一緒にバーサーカーの、私の邪魔をするんですか…!!」
「邪魔って…まさか…!?」

―――敵意をむき出しにしながら、涙をためた目で、自分を睨み付ける桜がいた。
“そんな眼で私を見るの…?”―――まだ、桜が遠坂の性を名乗っていた時には決して見せたことの無い怒りを露わにした表情に、凛は途中で言葉を失うほど驚いていた。
だが、対する桜は、愕然とする凛や未だにこの状況に驚く一同にむかって、バーサーカーの邪魔をするなと言わんばかりの口調で泣き叫ぶように強く訴えた。
この桜の言葉に思わず、正純はどういう事なのかと思考した直後、バーサーカーに聖杯を取らせようとする桜の願いが何であるのかに気付いてしまった。
もし、桜が間桐家で、日常的に蟲達に犯され嬲られていたならば、臓硯という絶対的な支配を握るモノによって助けを求める事や贖う事すらできずにいたならば、そんな地獄のような日々から一刻も早く抜け出すもっとも楽な手段を取るならば、導き出される結論は一つだけだった。

「私は、私はただ死にたいだけなのに…!!」
「な…!?」
「桜…何を言って…?」

そう…間桐桜の願いは、自身の死という事に他ならなかった!!
この幼い少女である桜の口から出た自身の死を願う言葉に、時臣はバーサーカーへの怒りを霧散させる程のショックを受けたのか、思わず、言葉を失った。
同じように、凛も桜の言葉を聞き、その現実を受け入れられずに愕然とし、嘘だと言ってほしいと願うような震える声で、無意識のうちに桜へと手を伸ばそうとした。

「間桐の家に行ってから、ずっと、私が苛められても、苦しくても、痛くても、誰も助けてくれなかった!! だけど、私を死なせてさえくれなかった!! だけど、この人が、バーサーカーが私を殺してくれると言ってくれたんです!!」
「貴様は、貴様はそれでいいのか!? そこの下種は、貴様を救うつもりなど欠片もない!! ただ、自分にへばり付く塵を消したいだけだというのに…それで、貴様は良いのか!?」

だが、すがり付こうとする凛を拒絶するかのように、桜はどれだけ、自分が間桐家で惨い虐待を受けてきたのかをさらけ出しながら、聖杯で自分を殺すと言ってくれたバーサーカーこそが自分にとっての救いの主であると語った。
バーサーカーに殺される事が自分の救いなんだと語る桜に対し、キャスターは必死なって、バーサーカーが他者を救うような心など持ち合わせていない外道であるとし訴え、そんな外道に殺される事を望むのかと問質した。

「私を死なせてくれるなら、それで私は充分です。だって、バーサーカーさんの言う通りなんですから。私は誰にも必要とされていない、本当の塵なんですから…」
「最悪だわ…相性ばっちり過ぎるわよ…!!」

だが、キャスターに対し、桜が返したのは、もはや絶望によって精神を壊されたつくされた自分を卑下するような言葉と、それと相反するかのような心の底から溢れんばかりの安らぎに満ちた笑顔だった。
マスターの死を願うサーヴァントと自身の死を願うマスター―――本来ならば、マスターとの相性など断じて有り得ない筈のバーサーカーにとって、間桐桜という少女はある意味に於いて、桜の壊れきった精神を見せつけられ、顔を顰めるランサーの言うように、もっとも相性が最高のマスターだった。

「だから、これ以上邪魔をしないでください…私は、バーサーカーが聖杯を使って、私を殺してくれるだけで充分なんですから…“遠坂”さん」
「あ、あぁ、うああああああああああああああああああああああああああぁああぁぁっぁ!!」
「マスター!? マスター、しっかりしてくれ!! マスタぁぁああ!!」
「お父様!! どうしたの、お父様!?」

そして、桜は、時臣に、もはや自分はあなたの娘ではないと暗に口にしながら、自分を殺してくれるバーサーカーの邪魔をしないように願った。
この桜の放った言葉によって、時臣は、それまでの自分の根幹を支えていた克己心と自立、培ってきた経験と自信、信じてきた娘に対する幸福などの全てが粉々に砕け散ったのを感じた。
―――決して桜の不幸を望んでいたわけではなかった。
―――ただ、桜にも自らの人生を切り開いていくだけの手段を得てほしかった。
―――だが、その結果は、極大の下種に臭い塵として潰される事すら、救いだと微笑む心の壊れた娘を生み出しただけだった。
―――自分の、私の、ワタシノセイデ、サクラハ…!!
次の瞬間、時臣はカッと血走らせた目を見開きながら、優雅さなど一欠けらもない苦悶に満ちた形相で、咽喉が裂け、鮮血がまき散らされるような、溢れんばかりの絶叫を迸らせた。
この時臣の異常に気付いた正純や凛が必死になって呼び掛けるが、もはや、それすら耳に入らないほど、遠坂時臣の心は壊されてしまった。



「ふん…で、結局、塵掃除するのか、されたいのか…どっちなんだ?」

臭い塵の触れた塵なんかもはや潰す気にもならない―――もはや、自分に触った凛を眼中になくなったバーサーカーは、煩い雑音を喚く塵を無視しながら、白けきったような口振りで問いかけるような独り言を呟いた。
そのバーサーカーの独り言に対し―――

「んなもん―――」
「この声は…!?」

―――会談の場全体にいつものように憎まれ口を叩くような声が響いた。
セイバーは、この声の主が誰なのかに気付き、ハッと驚きながらも、その声がした上空を見上げた。

「―――どっちもお断りだって、決まってんだろうが、ヒッキー!!」
「ただいま、皆〜v」
「どうやら、色々と私たちのいない間に何かあったようですね」
「なぜか、第六天までいるようだが…皆は無事なようだな」
「今から、どうなるかは分からないけどな…」

そして、次の瞬間、バーサーカーと対峙するような形で、バーサーカーの問いかけそのものを拒絶する銀時、いつものノリで戻ってきたことをアピールするアーチャー、蹲りながら嗚咽を上げる時臣を見て何かを察したホライゾン、先に戻ったメンバー全員が無事である事に安堵するライダー、必死になって恐怖に耐えつつ緊張するウェイバーは、ようやく、現世へと舞い戻ってきた。

「そこの変質者。最後まであの胸糞悪い映画見た後、あの白い坊主と定春(♀)から色々聞いたけど、第六天を討てば、聖杯を動かすのに十分な魂が賄えるんだよな?」
「…あぁ、それは間違いない。君達が第六天を討てればの話だがね」
「良し。それだけ聞ければ、充分だぜ」

とここで、銀時はメルクリウスに向かって、映画館でシュライバー達から聞いた事―――第六天波旬を討つことで聖杯を起動させる事ができるのか確認してきた。
この銀時の問いに掛けに対し、メルクリウスはしばし黙考した後、いつもと変わらぬ様子で肯定の答えを返した。
これを聞いた銀時は、何かを確信したような口振りで軽く頷きながら、全てを心得たというように呟いた。

「何で、ハージュンまで来ているのかは後回しにして、とりあえず、俺らの結論だけだそうぜ」
『いやいや…この状況下で後回しにする事じゃないだろ? まぁ、色々目的はあるだろうが、ここでの結論は一つだろうけどな』
「うむ…ワシらの為すべきことはただ一つ!!」
「あぁ、他陣営のマスター共、生憎だが、私は、これ以上の異論は聞く耳を持つ気はないぞ!!」
「じゃあ、ここは景気よく、声を合わせていくわよ…!!」
「あぁ、ランサー…気合一発入れていくぜ!!」
「そう…私たちはバーサーカーを―――」

そして、六陣営のサーヴァント達が揃った時、いよいよ、バーサーカーの全てを知った上で、この会談に於ける結論が出されようとしていた。
―――とりあえず、やってきたバーサーカーをスルーし、いつもの軽いノリで提案するアーチャー。
―――やれやれだぜと言った様子でぼやきながら、為すべきことを為さんとするアサシン。
―――バーサーカーの記憶を知ったうえで、自分たちが何をすべきかを知り、覇気を込めるライダー。
―――もはや、マスター達に自分たちを止めるすべはないと釘を刺し、マリィの敵討ちをせんとするキャスター。
―――ここにいる全員の意思を一つにと掲げるように声を合わせんとするランサーと銀時。
それぞれのサーヴァント達は、決意を新たに自らの導き出した答えを、セイバーの掛け声の後に続く様に、はっきりとこう言った。

『「「「―――この救いがたい極大の下種を討ち滅ぼす!!」」」』

―――セイバー、アサシン、キャスター、ランサーは、一人の少女の命を奪わんとする、極大の下種であるバーサーカーの討伐を!!

「「「―――バーサーカーの願いを叶えてやる!!」」」

―――銀時、アーチャー、ライダーは、バーサーカーの全てを知ったうえで、バーサーカーの願望を成就させてやる事を!!

「「「「「―――」」」」」

これには、六陣営会談の場、誰もが何も言えずに、動きを止めていた。
やっちまったと頭を抱えるウィバーを除いたマスター達も、精神を病んだ時臣を介抱していた正純らも、事態を見守っていた近藤らも、いよいよかと決意を固めていた蓮達も、誰もが何も言えずに固まった。

「何だ…結局、塵同士で潰し合ってくれるのか…」
「…?」

しかし、本当に訳が分からぬ塵だなと思うバーサーカーと、この人達はいったい何がしたいのだろうと思う桜が首を傾げた瞬間―――

「「「「「えぇええええええ―――!?」」」」」

―――ヴェヴェルスブルク城全体に響き渡るほどの疑問視の叫びが挙がった。
そして、セイバーは皆の気持ちを代弁するように、銀時らにむかって、非難混じりの大きな声で叫んだ。

「な、な、何を言い出すのよ、あんた達はぁああああああああ!!」


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