1995年 晩冬 スエズ運河最前線 日本帝国軍駐屯地
「よーし、いいぞ、そこで固定しろ」
戦術機ハンガーに固定されたのは、帰還したばかりの戦術機、先進技術実証機撃震参型(以降、先進撃震参型)である。
軍事機密の固まりであるこの機体に触ることが出来るのは、整備兵のにとっては一種の誉れでさえあるという、この機体、実はメンテナンスには恐ろしく気を使う。
考えても見れば分かるだろうが、この機体、一機でBETA一万を相手取る事が出来る、戦略級の代物である。
それ故に常に前線に送り込むときには、完全な状態に仕上げる必要がある。
例えば他の機体であれば、損耗率が規定値内であれば交換しない部品なども、少しでも劣化が認められればすぐさま交換が行われる。そのため、出撃ごとにフルメンテナンスを行うのとほぼ変わらない時間と費用が掛かるのだ。
この費用というのもバカには出来ず、交換用部品はほぼ一品物であるためコストが普通のパーツに比べて格段に高い。それでも上から文句が出ないのは、出撃の度にあげる戦果が馬鹿馬鹿しいほどに凄まじいからだ。
そのため一度作戦が完了してしまうと、2〜3日は再出撃が不可能という現実があるのだが、この機体を駆る希代の衛士、神宮司まりもは予備機の撃震弐型で戦場を駆け抜ける。
その際のスコアは、さすがに先進撃震参型に比べると劣るものの4〜5千程度をマークするというのだから化け物である。
「おーい、MOS、整備目録の出力を頼む」
「承知しました」
MOS、マルチオペレーティングシステムとは名ばかりの、超高度な人工知能搭載型演算ユニットとして紹介されている、先進撃震参型の全ての制御を一手に引き受ける演算ユニットだ。
そこから出力される項目には、関節部位の損耗率や各パーツの状態の予測値などがずらずらと並べられている。
最初にこのMOSを紹介された時は、整備兵はそのまるで人格があるかのような応答に大いに驚いたのだが、これが軍事機密中の軍事機密だといわれて、多少納得はした。現行の演算ユニットなど歯牙にも掛けない高性能演算ユニットに、人工知能。とてもじゃないが普通の機体に載せるのはもったいない。
「うーん、関節部の損耗率、特に足首と股関節部分にあたるところが相変わらず高いな。でもまあ、本来であれば十分許容範囲内なんだけどな」
帝国軍第十三大隊所属の整備班長は、リストを見て呟きながら、パーツの交換を指示していく。
「おやっさん、跳躍ユニットはどうします?」
整備班の連中が機体の跳躍ユニットを外しながら尋ねてくる。ちなみにこの跳躍ユニットについても特別製なため、消耗部分は即取り替えとなっている。
「リストによると、丸ごと交換は必要ないな。一部パーツを交換する必要はありそうだ。在庫はあったよな?」
「ええ、予備の跳躍ユニットと消耗品部分の在庫はじゅうぶんです」
以前の作戦で、跳躍ユニットの予備が無いためそのままの状態で出撃させたことがあったのだが、後に上層部にばれて大目玉を食らった経験がある。専属衛士のまりもから言わせれば、同じ跳躍ユニットのほうが微妙な癖などが把握できて好ましい、とは言われているのだが、残念ながら軍事組織において上の言うことは絶対である。それ以降、予備パーツは上層部が顔をしかめるほど豊富に取りそろえている。
とはいえ、もちろん換えのきかない部分も存在する。例えば先ほど出てきたMOSである。
これは完全ブラックボックス化されている上に、予備も存在しない。一応データのバックアップを取る設備があるので、出撃ごとにバックアップは行っている。
また、秘中の秘である重力偏差型機関は、メンテナンスフリーというわけではないのだが、簡単なメンテナンスを行うために必要な設備しかない。
この機関を本格的にメンテナンスしようとすると、柊町の工場に持っていくしかない。
とはいえ、簡単に戦闘中に損傷するような部分ではないし、仮に損傷するような事態になった場合は、もはや前線での修復は不可能なレベルであろう。
「それよりおやっさん、ききました?」
「ん、また使用済みパーツの催促がきたってか?」
「そうらしいです。おまけに、どんなに高値でも買い取りたいといってきているらしいですよ」
未だに先進撃震参型の性能は、全世界に存在する戦術機を超える性能を持っており、さらにその技術情報は秘匿されている。
そのため一部でもその情報を得ようと、各国は躍起になっているのだ。その国々にとって、一部でもその情報を得る機会があればそれを見逃すはずがない。
使用済みパーツとはいえ、その損耗は十分に許容範囲内なのである。しかも出撃の度に発生するので、是非譲ってくれとの催促が後を絶たない。
「それをただで配るんだから、豪気ですよね」
「まあ、前線国家に限る、だがな。後方支援国家からはしっかりと金を取っているらしいぞ」
「あ、そうなんですか」
事実、EU諸国やインド、統一中華などには無料で提供されている。逆に米国やオーストラリアなどからはちゃっかりとお代を頂戴している。
「それよりあと1週間で、今回の作戦は終わりだ。久しぶりの日本だ。ゆっくり羽が伸ばせるぞ。最後まで気を抜かずにしっかりやるんだぞ」
「わかってますよ。それにしてもいい加減に勘弁して欲しいですよね。前線だと女衛士と女兵士なんてよりどりみどり、おまけに日本帝国の軍人だって言えばみんなちやほやしてくれるのに。外出禁止だなんて」
「まあそういうな。こいつにしたって、軍事機密の固まりなんだ。それに関わっている限りはどうしたって、多少の不便が付きまとうものだ」
「そういうもんですかね。まあ確かに、女に参って機密を漏らしたりすることがないか、といわれると、俺も正直自身が無いんですけど」
「だろう?分かっているんなら、我慢することだな。幸い、H−ANIMEもH−MANGAも前線では見放題だ」
「まあ、それだけが救いなんですけど、多少不安になるんですよ」
「なにがだ?」
整備班長が怪訝な表情を浮かべた。
「ほら、H−MANGAとか、過激なシチュエーションが多いじゃないですか。あんなのばっかり見てると、普通のHで物足りなくなるんじゃないかな、とか」
「あー、なるほどな。おまえら、まだ若いからな」
「そうなんですよ」
「その当たりは、相手を見つけてから心配しろ。今のところは取らぬ狸の皮算用、だろうが」
「う、それもまあ、そうですけど」
最前線にあっても、日本帝国の整備兵陣は正常運転だった。
1995年 初春 米国某所
「第四計画が決定したか。つくづく国連には失望させられる。地球を救えるのは、我々が作り出すG弾だけだというのに」
G弾至上主義とも言える台詞を吐きつつ、壮年の男性は葉巻の煙を口の中に含む。
G弾の集中運用による第五計画の実行。それを目的とするとあるグループの首魁的地位にいる男だった。政治、経済、軍事に、多大な影響力を持つ男であり、その強引ながらも合理的な手腕は多くの敵と同時に、多くのシンパを作り出してきた。
「はい、予備計画として第五計画案を提出していますが、どこから漏れたのか、例の重力偏差の弊害のデータが漏れているようでして」
「ばかな!」
がたっと優雅にくつろいでいたイスから壮年の男が立ち上がる。その衝撃のせいか、口に含んだ葉巻がソファに落ちて煙を立てている。
「あのデータの存在を知っているのはわずかな高官のみ。しかも全員が我々のシンパだ。そのデータが出回っているだと!?」
報告をした青年に掴み掛からんばかりの勢いで、壮年の男がデスク越しに身体を前のめりにする。
デスク越しであることが幸いして、青年は掴み掛かられることなく、無事にやり過ごすことができたが、壮年の男のあまりの剣幕に完全に引いていた。
いや、報告内容のことから多少は取り乱すかと思っていたが、まさかここまでとは思わなかったと言うのが、青年の本音だ。
「はい、しかも、すでにほぼ全ての国がその弊害を知っているという状況です」
「なぜだ、なぜもっと早くその情報が掴めなかった」
「水面下で情報の伝達が行われていたようです。CIAもそれを黙認していたようです」
「くそっ、ベケットめ、あの売国奴めが!」
各国の首脳にもたらされた「G弾の集中運用による弊害とその予測」と題されたレポートは、第五計画推進派に大きなダメージを与えた。
それに伴い、G弾の使用に関しては厳重な運用規定が適用されるとの決議が国連でおこなわれることになる。
事実上、G弾の集中運用による第五計画は暗礁に乗り上げた形となった。
G弾の危険性の周知、それを行うために密かに暗躍していた存在を、世界の誰も知らない。
1995年 初春 日本帝国柊町
「さー、新入生歓迎、戦術機模擬戦よ、気合い入れていくわよ、孝之!」
「分かってるって。それにしても水月、三年生を差し置いて、模擬戦メンバーに選ばれて浮かれるのは分かるけど、張り切りすぎだぜ、まったく」
「まあまあ、そういわないでよ、孝之くん。水月も孝之くんといっしょの小隊になれて浮かれいるんだよ」
「な、ちょ、ちょっと、遙、適当なこと言わないでよ!」
ギャイギャイと水月、遙、ヘタレが騒いでいるところに、みちるのあきれた様な声が掛かる。
「あんたたち、模擬戦とは言えこれから実機での演習なのよ。もう少し緊張感を持ちなさい。あと痴話げんかなら、よそでやりなさいよ」
その言葉に3人はそろって顔を赤くして大人しくなった。
新入生歓迎のデモンストレーションである戦術機模擬戦であるが、通常なら三年生から成績優秀者が選ばれその模擬戦をおこなうのだが、今年は少々勝手が違った。
何せ純粋な操縦技術という点で、三年生の伊隅みちるにまともにつきあえるのが二年生の鳴海孝之、速瀬水月、涼宮遙の3名だけだったのだ。
そのため、模擬戦の第一小隊にはその四名が選抜されることになった。
模擬戦は、衛士育成学科のトップ4である4名からなる第一小隊対第二小隊&第三小隊のハンディキャップマッチとなっている。
「ヘタレと水月、私と遙のエレメント構成で問題ないわよね?」
「はい、みちるさん、それで作戦はどうするんですか?私と孝之で前衛をつとめて良いんですか?」
勢い込んで尋ねてくる水月に苦笑しながら、みちるは首を縦に振った。
「ああ、それでいいわ。私と遙はどちらかというと支援が得意だからね。せいぜいあんたとヘタレでひっかき回してやりなさい」
「やったー、これで大暴れできる。普段から、年上ってだけで威張り散らしていた連中に一泡吹かせてやるんだから」
殺気みなぎる水月を、苦笑しながらみちると遙は見つめていた。ちなみにヘタレは、水月に付き合わされることになりげんなりとしていた。
『あと10分後に模擬戦を開始します、選抜学生達は各自の機体の着座調整を開始してください』
「よっしゃー、やるわよ。ほら、孝之もとろとろしないでいくわよ。遙も早く」
「はいはい、わかったよ」
「もう、そう急かさないでよ、水月」
2年生の機体が配備されているハンガーに向かって小走りで移動する3人を見送って、みちるは自機の着座調整を開始した。
着座調整完了、機体チェックシークエンス完了、システムオールグリーン。
「3年Aクラス、伊隅みちる訓練生、準備完了しました」
「指定ポイントまで移動してください。位置はこれから転送します」
「指定ポイント座標確認、移動を開始します」
みちるの駆る撃震弐型がゆっくりと移動を開始する。
実際に動く戦術機をモニタ越しに見ながら、新入生は歓声を挙げていた。
神宮司まりもという女性衛士の登場により、近年は女性の衛士育成学科の希望が増えているため、黄色い声も多い。
宗像美冴も、かくいうその1人だった。
そして彼女たち新入生は、世界最高峰の戦術機操縦技術を見ることになる。
新入生が見守る中、来賓来客の度肝を抜く公開戦術機模擬戦が始まろうとしていた。
後にこの映像を目にした各国の軍事関係者が、日本帝国の衛士は化け物揃いか?と揃って口にしたというその模擬戦。
結果と内容は押して知るべし、だ。