1995 晩夏 シベリア最前線
「いやー、辺鄙なところだね。まあ、BETAとの最前線なんてこんなもんだろうけど」
言って、隆也は降り立った大地の感想をこぼした。
見事なまでの荒野が広がっていた。永久凍土の広がる大地には、BETAとの戦闘の痕跡かクレーターや焼け焦げた地表が点々と存在する。
ここシベリアも中国戦線に漏れず、BETAの不思議な侵攻速度の減速現象に見舞われており、現在まで均衡を保っている。それが無ければ今頃はハイブの建造が行われていただろうと言われている。
もちろんここを抜かれればそれが現実になることは想像に難くない。
ここは間違いなくBETA大戦での最前線だった。
そんな中に降り立ったHSST。そして運び出される機材は、BETA大戦の最前線に戦う者にとってはある意味おなじみの、そして何よりも戦う力と希望を分けてくれるものだった。
すなわち、日本帝国軍特別遊撃連隊所属第十三大隊である。
先進技術実証機撃震参型(以降先進撃震参型)を始めとする日本帝国の最新兵装に身を固めた実証実験部隊の側面を持ちながらも、BETA戦線の各地を転戦し圧倒的な物量で迫るBETAを悉く駆逐し、現地の軍隊の士気を大いに高めてきた猛者揃いの部隊だ。
もっともその隊員たちは、前線に配属されるや軟禁状態に近いがんじがらめの生活を強制され、常に性欲を持て余しているともっぱらの噂である。
また、驚愕すべきはその部隊損耗率の低さだ。年間の部隊損耗率は10%以下。しかも噂ではその殆どが出来ちゃったことによる部隊からの一時除隊だという噂である。
まあ実際のところ内地送りになるのは、大抵妊娠した女性衛士だというのは事実である。ちなみに戦死者はたまにでる。やはりここはBETA戦線、如何に優秀な衛士とは言え死と無縁ではいられない。
だが、大隊規模の戦術機部隊でありながらこの死亡率は恐るべき低さだ。
「整備班長、必要な機材の積み卸し終わりました。後はソ連の連中が用意してくれたハンガーに搬入するだけです」
「そうか。それにしても、気に喰わねえな。この雰囲気」
帝国軍第十三大隊所属の整備班長は、積み荷の確認リストをチェックしながら呟いた。
「整備班長もそう思いますか?なんというか、敵意がぴりぴりと肌を刺してきますね。今まで派遣された基地からは、歓迎ムードしか味わったことがないんで、他の隊員達も少々戸惑っている見たいです」
「だろうな、たまにこちらを見かけるソ連の兵隊たちも、まるで囚人を監視する看守の目でこちらを見やがる」
「こっちは、要請があってわざわざ日本から出っ張って来ているってのに、散々ですね。まあ、ソ連という国を知ることが出来ただけでもよしとするしかないですよ」
隆也が、整備班長からチェックを終えたリストを受け取りながらぼやき返す。
「まあそうだな。一緒に戦う相手が誰であろうと、整備兵は整備兵の戦争をするしかないからな」
「ですね。あと、情報省から伝言です。ネズミに気をつけろ、だそうです」
「まったく、整備兵の戦争といった側からこれか。やってられんな」
ぼやく整備班長を置いて、隆也はそそくさと日本帝国に割り振られた整備用ハンガーに向かっていった。
たどり着いたそこは、基地の外れの破棄された整備用ハンガーを急遽改修した雰囲気をうけるものだった。
実際に、前線での慢性的な戦術機不足が原因で、使用されずに放置されていた整備用ハンガーを急ごしらえで形にした物である。
前線ではもっと状態の悪い設備での整備経験もあるのでいっこうに気にならないのだが、何となく意図的な物を感じてしまう。
現に基地中央部には、かなり状態のいいハンガーが空いているようだ。
「ちっ、たく露助どもが、ろくなことしやがらねえ」
この立花隆也という男、前世で可愛がってもらった叔父がシベリア抑留帰りということもあり、根っからのソ連嫌いである。
前世は前世、今生は今生と割り切っているようだが、以外と執念深いところもあるらしい。
とはいえ、それはそれ、これはこれ。仕事は仕事と切り替えて、ハンガーの中に入り込むといそいそとハンガー内の設備のチェックをし始めた。
状態はあまり良くないが、使えないほどではない。少々整備が必要だがいずれも実働には問題ない。
真面目に設備の状態をチェックし終え、戦術機を搬入できる状態になるまで黙々と作業をこなす。当然ほかにも整備兵もそれぞれのハンガーデッキを整備している。
そんな中でも隆也の整備のスピードはぴかいちだった。他の整備兵が1の作業をこなす間に10の作業をこなしている。異常な早さだった。しかもそれでいて整備ミスは0。
おかげで暗黙の了解として、彼は他の整備兵2人分の作業を完了させると後は自由に時間を使えるようになっている。とはいっても遊ぶわけではなく、もう一つの彼の任務である先進撃震参型の整備が待っているのだ。
HSSTから積み下ろされた改修撃震弐型が36機と先進撃震参型が1機。それぞれ搬送用トラックに積まれている。
改修撃震弐型は、日本帝国軍特別遊撃連隊所属第十三大隊用に改修が加えられた撃震弐型でその性能は非公式ながら実戦配備されたばかりの新型純国産戦術機不知火を凌駕する機能を持っている。
もちろん、そんなことが周りにばれれば大騒ぎになるため秘密になっているが、見る者が見ればその動きの違いは一目瞭然である。
ちなみにこの改修を大々的に発表していないのは、ひとえにコストがかかりすぎるからだ。試作型の合金を使ったりしているため量産に向かないことも大きい。
そして先進撃震参型、言うまでもなくオーバーテクノロジーの固まりである。基本的な仕様は初実戦投入後からは変わらないが、一部関節部分などの素材と設計を変更していたりする。要するに先進撃震参型を持ってしても、メイン衛士である神宮司まりもの戦術機動についてこれていないのである。
その事実に一部の技術者に人間の限界を超えている、とまで言わせしめたのはさすがである。
隆也の試算では、全力全開モードになれば機体の物理的強化が行われるので問題はないはずなのだが、あのモードを人様の目に見せるのはまずい。
人類の常識が崩れてしまう。なのでよっぽどの事がない限りは制限を掛けるようにきつくまりもに言い含めている。
まりももその当たりはわかっており、隆也の封印解除指示がない限りは、制限レベルの全撤廃などは行わない。今までに、全力全開モードを使ったのは、ポパールハイヴ攻略戦の足止め戦闘だけだ。
そんなことをつらつらと考えながら先進撃震参型を積んだトレーラーを探してふらついていると、いるわいるわあちらこちらに不審な行動をするソ連兵。
本人達は周囲に気を使っているつもりだろうが、隆也レベルになるとどんなに隠していようとも不自然な行動であることは丸わかりである。
気になるところがあるとすれば、いずれも相当なレベルのスパイ技術を持っている中に、明らかに技量不足と思わざるをえない連中が混じっているのである。
ソ連の諜報部員と言えば、世界でも有数なはずだ。それがあからさまにあんな質の悪い者を持ってくるとは?
ふむ、と考え込もうとしたところで、隆也の目に神宮司まりも大尉の姿目に入ってきた。
「神宮司大尉、立花伍長、ただいま到着しました」
びしっ、と敬礼を決めると、まりももびしっ、と答礼を返す。
「ご苦労、立花伍長。早速ですまないが、先進撃震参型用の兵装および予備パーツ、その他必要資材の確認を頼む」
「はっ、了解しました」
と、しばし2人で見つめ合った後、どちらとも無く吹き出す。
「ふふふ、相変わらず隆也くんの軍人姿は似合ってないわね」
「それを言うならまりもんの上官姿はもっと似合ってないぞ」
周囲に人目が無いことを良いことに二人して普段道理の会話を交わす。
「資材の確認はやっておくから、まりもんは先に整備ハンガーに向かってくれ。一応一番奥にあるハンガーを確保してある」
「ええ、分かったわ。それじゃ、また後で、立花伍長」
「はっ、それではまた後ほど、神宮司大尉」
言ってから、二人してまた笑い合っている。端から見たら単なるバカップルである。
まりもは今年の春、正式に中尉から大尉へと昇進している。異例の昇進スピードである。これは他国からのひっきりなしの勧誘に対する牽制と、日本帝国がまりもを如何に重要視しているかをまりもに対して示すためのパフォーマンスも含まれている。
そのおかげで、手取りでの差額がー、と隆也が1人でへこんでいたのは第十三大隊では語りぐさとなっている。
「さてと、MOSを取り付けて簡単なセルフチェックを走らせとくか」
運び込まれた資材の中でも厳重な梱包を施されたコンテナ。生体認証をパスすると、暗証番号の入力、そのあと今度は音声によるキーワード入力、それらをパスしてようやくそれは姿を現した。
MOS、マルチオペレーションシステムとは名ばかりの、戦術機制御用量子電導脳である。
あとから機能拡張して、36機の無人撃震弐型を遠隔操作できる機能をつけたり、いろいろはっちゃけた機能を持たせているが、表向きは先進撃震参型の機体制御用ユニットである。
それを取り出すと、先進撃震参型の管制ユニットの中に入り込み、所定位置に取り付ける。
ノイズ音が走り、機体に命が吹き込まれるかのように、各装置に灯がともる。
「MOS、起動したら機体のセルフチェック、あとどうもきな臭い、この基地の最高機密に片っ端からアクセスして、不審な情報がないかチェックしろ。必要なら、帝都にあるお前の兄弟を使っても構わないから、アラスカのソ連本拠地への進入も許可する」
「承知しました」
「さてさて、今までなしのつぶてだったソ連からの急なお誘い。しかもなにやら基地内には妙な連中が蔓延っている。明らかに何かあるよな」
この時もっと早く気づけば良かった、と隆也は後に後悔することになる。
だが如何なる人間を持ってしても神ならざる身の上である。どちらにしろそれは起こるべくして起こる事柄だったのだろう。