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ぼくらの〜それでもゲームは終わらない〜 第二話「名倉義勝」
作者:nasubi   2013/06/11(火) 09:41公開   ID:vTzT7IJMLOA
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 夢か、現か。私は理解できない。本当に、理解の範疇を超えている。今まで半世紀以上生きてきたが、こんなリアルとリアルでないものとの区別がつかない、曖昧な経験をしたことが無い。……私の、目の前にいるあの巨大な物体はなんだ?
 「少なくとも、夢じゃないですよ。ええ」
 コエムシが私の近くにフワッと身を寄せてきた。私はコエムシを見、再び眼前のそれに目を戻した。我々は、海上に立っている。どこだろう? 真っ青で、何一つ障害が無い海だ。ただ一つ、私の目の前にいる敵を除いて。それは、持田が相手したものとは違う。何だ。四角い胴体に四本の昆虫のような足がついている。
 「ほう、あちらも初心者か。繰り返しますけど、持田の言ったとおり相手の中の核を潰すか、核ごと完全に敵を打ちのめすか、2つに1つです」
 他の皆が、私に注目している。私は一体、何をしようとしているのだ? コエムシが、この白いロボットのコクピットに集めて顔合わせをしたその2日後の今日、私はここにいる。授業の真っ最中だったのに、教科書とチョークを持ったままここに連れてこられた。他の皆も口々に文句を言っている。最初は憤慨と困惑が心を満たしていたが、今はもう困惑しかない。
 ここに連れてこられるとあらかじめ椅子が円陣に並べられており、その中に私が学校で使っている椅子が置いてあった。他の面々の話し声を聞いてみると、どうやら自分が普段使っている椅子があるらしい。パイプ椅子や、ベンチもある。
私は学校で普段使われているその椅子に座った途端にドームが全てスクリーンになり、椅子が浮いた。これが、私がゲームに参加するまでの経緯である。
 「どうしよう、生徒達を置いてきてしまった」
 責任をとらなければならない。私は……。
 「やめることはできますか? 」
 「できますよ。しかし、ゲームに負けますよ」
 牧田君がコエムシに問いかける。
 「負けたからって、何かあるわけじゃないだろ? たかがゲームなんだし。やめさせてやれよ。俺も早く帰りたいんだよ」
 「……まぁ、やめたいってんならやめても構いませんけどね」
 私はコエムシのほうに顔を向けた。
 「皆さんも覚えておいてくださいね。選ばれた人間はゲームをするかしないかの選択権は自分にあります。やめてもらっても結構。でもまぁ自分で契約したんだから、きっちり責任を果たすのが道理ですよね、普通。グダグダ言わずにさっさと終わらせてください」
 「……分かった」
 この状況でやめるというわけにはいかないだろう。現に、相手がいるわけだ。ならば仕方が無い。私は、チョークと教科書を膝に置いた。早く終わらせて、授業に戻らねば。そう思って拳に力を入れてみせるが、何かが足りないと思った。私の座る椅子には確認できる限り、この球体ロボを操縦する器具は無い。
 「あの、どうやったら動かせますか? 」
 コエムシは私の顔の近くに舞い降りてきた。
 「このロボットは思念で動く。つまりさせたい動作を念じればいいのですよ。ええ」
 思念で動く、か。私は、この球体ロボが前に歩行する姿を思い描いてみる。すると、今までその場に止まっていた私の位置が前に移動する。震えを感じた。私はもう一歩、もう一歩と前進する姿を描いた。私の念じる通り、球体の体が一歩、また一歩と歩く。私は、震えの次に密かな興奮が芽生え始めていた。
 「動いてる! 」
 私の周りもざわついている。これは、おもしろい!
 「名倉さん」
 私が興奮に意識を飲み込まれていると、コエムシが私に話しかけてくる。
 「前を」
 ふと私は正面を見るといつの間にか何もいなくなっていた。あたりをキョロキョロ見てみるも、無いもない。どうしてだ? 歩くのに気をとられ過ぎていたか? 
 「名倉さん、上!! 」
 誰かが叫ぶ。私は上を見た。四足の鉄板が、眼前に迫って、鋭い音を出しながら衝突してきた。私の乗る球体ロボは姿勢を崩した。私も含め、参加者は全員椅子につかまったが、コエムシはなんてことないという感じで鼻で笑った。
 「心配ないですよ。これが倒れたってあなた方には被害が及びませんから」
 確かに、誰も椅子から落ちてない。いや、そんなことは今はどうだっていい。一番の優先事項は敵だ。その敵は、再び足を折り曲げ、空中に勢いよく飛んだ。
 「名倉さん、また来ます! 」
 江西君が空中を指差す。私は立ち上がれと、場所の移動を球体ロボに念じた。球体ロボはゆっくり移動する。そして、敵は先ほど私がいた位置に着地。水しぶきが上がった。
 「やった! 」
 「すげぇ! ほんとに動かしてんだ! 」
 「……ねぇ名倉さんってば」
 感情を高ぶらせている私にまたコエムシが横槍を入れる。
 「避けるのも良いですけど、戦わないと負けちゃいますよ。ええ」
 そうだ、防戦一方じゃゲームも進まない。だが、どうやって?
 「相手は飛ぶし、あの硬そうな胴体で何度もぶつかってきたらまずい。でもどうやって戦えば? 」
 皆、私の問いかけに終始無言になった。その間、相手が飛び、避けて、また飛んで避けてとを繰り返していたが、開口一番、加瀬君が思いついたことを口にした。
 「拳、そうだ! 右の腕を高く挙げていれば、ぶつかった相手も体勢を崩すんじゃないですか? 」
 「そっ、そうか! 挙手! 」
 私は念じた。球体ロボが右手を挙げる様を。飛び上がった四足の鉄板はまた天空に飛んだ。私のところに迫ってくる。私以外、皆身を縮こませるような体勢をとった。
 刹那、火花が散り、敵が拳にぶつかり、カルタのようにはじけ飛ぶ。それを見て、興奮した気持ちのまま間髪いれずに、敵の元に向かった。
 「行くぞぉ! 」
 ひっくり返ったゴキブリのように足をバタつかせる敵のどてっ腹に、巨大な右腕の先を叩き込む。1回、2回、3回、4回! 夢中になって何度も胴体を叩いていると強固な装甲が次第に凹み始めて火花が散り、アルミホイルのように敵の胴体にしわが寄り、亀裂が生じて潰れていく! 私は気がつくと自分の思い通りに動くこの巨大なおもちゃの虜になっていた。学校? 責任? 今だけなら、忘れられそうな気がする!
 しばらく拳を叩き込んでいると、先ほどまでバタバタとしていた四足が、急に下にへたりこんだ。私がそれに構わずに拳を叩き込んでいると、コエムシが三度横槍を入れる。
 「ストップストップ。もう、敵を倒しましたよ。ほら、あそこを見て」
 胴体の中心を目を凝らして見てみると、何か黒い筋がいくつかあった。そこだけ拳じゃ壊れなかったが、一体あれは……。
 「あそこに光が灯ってたんですけど消えてるでしょ? 敵が沈黙したって証拠ですよ。ええ」
 不意にドームがオレンジ色になり、椅子が地上に降りてくる。
 椅子が降りた後、私は胸の奥がくすぐったい感じがし、それに耐え切れず、大声で笑った。他の皆はびっくりしてこちらの方を向く。
 「楽しかった、ですか? 」
 コエムシが私に近づく。
 「ああ! 何だかマジンガーZでも動かしている気分だったよ! 」
 意気揚々と語ると、他の皆も興味深そうな顔をした。
 「そっか、そんなにおもしろいんだ」
 「ふんっ。大人のくせに」
 皆口々に感想を述べている。本当に、楽しかった。こんな夢みたいなことがあるだろうか? 子供の頃の夢だったが、それが実現している! 
 そんな純粋な喜びを感じつつも、その余韻を残すまもなく、何となしに眠気が少しずつ襲ってきた。おかしいな。ちょっとはしゃぎ過ぎたか、瞼が重い。ここでしばらく寝てても、何も文句は言われないだろう。ああ、こんなことが起こるんだ……。
 私の意識は、椅子から落ちるところで無くなった。




                             ***





 
 今日は一段と、どんよりした曇り空だった。私たちの心のようだ。妻曰く、初めて覚えたというお手製の、鮭のムニエルはおいしさを感じない。いや、味は感じるがもっとそれよりインパクトのある何かが味覚を劣らせているようだ。
妻も同じ気持ちなのか、食事を口に運ぶのがいつもより遅い。いつも食器がチャカチャカ音を立てて、楽しく話ながら食べるのに、会話も無くほとんど無音状態だった。私はムニエルの半分も食べないまま放置して、妻を見ていた。
 妻の箸が止まった。箸を持った手が力無くテーブルに落ち、妻は自分の膝をジッと見たまま黙っている。無音。何も音がしない。私は妻の予測のつかないこの先の行動を待っていたが、ついに妻は声を出した。
 「やっぱり、言うべきだと思う」
 「和枝、その話はもうしないってコエムシが……」
 「でも、黙っとくわけにはいかないでしょう? 当事者なのに」
 「和枝! 」
 妻が身を乗り出していたが、また元の位置に戻った。私は箸を置いた。
 「なぁ、もうこの話はやめだ。よく考えてみろ、牧田が言っていただろう。警察とかに言ったところで、あのロボットは一体なんだってことになるだろ? 確かに面白そうだったけど、冷静になってみたらあんなのが街を暴れるんだぞ。おまけに事故が起きて死人が出た。俺達じゃとても責任が取れないよ。大きすぎる」
 妻は項垂れた。
 「確かに名倉さんについては残念だったけどさ……、あれっ」
 足の甲に視線を落としたら、オレンジ色の何かが覗いていている。ズボンの裾を捲くった。
 「次は、私か……」
 まるでそれは、縄文土器の模様のようだった。 


 

                             ***




 昨日のあのゲームの後、私のちょうど向かいに座っていた名倉さんが、ゲームが終わるやいなや椅子から転げ落ちた。ドサッと米袋が地面に落ちたような音がして最初は何が起きたのか分からなかったが、椅子の近くで倒れている名倉さんを見て、和枝が悲鳴を上げた。うつ伏せに倒れた名倉さんに全員が恐る恐る近づいた。
名倉さんはピクリとも動いていない。
 「名倉さん……? 」
 江西君が呼びかけをしたが、名倉さんは反応すらしなかった。江西君はしゃがんで名倉さんの肩を軽く揺すったが、名倉さんの体がダルそうに揺れるだけで何も起きなかった。次に江西君は名倉さんの首筋に指を2本添えた。私たちが見守る中1分ほどだろうか、江西君は脈を測った。江西君の顔から血の気が引いていくのが分かった。
 「……どうなの? 」
 町さんが江西君に尋ねる。江西君は、立ち上がると名倉さんを見下ろした。
 「みゃ、脈が無い……」
 「えっ……」
 「おい嘘だろ? だって、あんなにさっきピンピンしてたじゃないか! つまり死んでるって事なのか……」
 榎戸君が腰を抜かして、尻餅をついた。
 「知らねぇ、おっ、俺は知らねぇぞ! 」
 「とりあえず、病院にを運ばなくちゃ……」
 塩田さんが携帯を取り出そうとしたが、近くにいた牧田君が怒鳴った。
 「バカ! 誰かに言ったらややこしいことになるだろうが! 」
 塩田さんが牧田君の怒声にたじろいたが、町さんが牧田君に近づいて頬をパチンと叩いた。
 「バカはあんたよ! 倒れてる人がいて放っておくわけにはいかないでしょ! 」
 牧田君も頬を押さえながら怒気が満ちた顔で町さんに詰め寄る。
 「仮にだ、病院に運んだところでなんて説明すればいいんだ! 百歩譲ってゲームのことを抜きにしてこの話を誰かにしても、必ず俺達が怪しまれるに決まってるだろ! 」
 「くっ……」 
町さんは言葉を返せず、下を向いて力強く握った拳をほどいた。 
 「おーい、皆さん」
 コエムシが名倉さんの近くまで降りてくる。
 「揉めていても起きてしまったことは仕方が無い。起きてしまったことはね。この件は私がなんとかしましょう」
 「なんとかするって? 」
 コエムシは名倉さんの背中の上をグルグル回りながら気楽そうに言った。
 「まぁ、任してください。珍しいことではない」
 「珍しくない……? 」
 江西君はコエムシを見ながら独り言を呟いたが、誰も気に留めなかった。
 「あと、それから……」
 コエムシは天井に上がった。
 「どうでしょう。ここで争っていてもどうしようもない。ここは、牧田君が言うように他言無用ということにしませんか。我々の秘密と言うことで。誰かに言ったところでどうにかなるわけでもないですし。ええ」
 「そうですね……、やっぱり、その方が良いのかもしれないのか」
 加瀬君が私たちに語りかけるように納得した。
 「加瀬君まで! 」
 町さんは不安そうな顔をして加瀬君を責め立てようとした。
 「僕だって、本当なら病院に運んだほうが良いとは思いますけど、この状況からするとやむを得ないかと……」
 加瀬君の意見に同意していたのか、他の人たちも口々に賛同し始める。
 「そうだな」
 「仕方が無いですよね……」
 私たちの様子を見て、コエムシが一言声をかける。
 「では、皆さんそういうことで意見はまとまりましたか。納得していない人もいるようですけどまぁ、やむを得ないでしょうね。ええ」
 全員が名倉さんの遺体を見つめていたが、そのうちの1人がコエムシに言った。
 「名倉さんの体、どうするつもりですか? 」
 「……大丈夫、もとにあった場所に戻すだけですから」
 私たちは沈黙した。
 「じゃ、皆さんこの辺で」
 私たちは再び日常に戻された。




                             *** 







 「次は、私だ」
 和枝にはっきりと告げた。和枝は、黙ったままだ。私はご飯を食べる気にもならず、1人食卓を片付けることにした。全く手をつけなかった味噌汁以外は全部ラップをかけて冷蔵庫に入れ、居間のソファに向かった。
 テレビの電源を入れると、ニュース番組が放送されていた。特番なのだろう。今の時間帯に放送していないニュース番組が緊急特番と題して、例のロボットのことを繰り返し報道していた。あれから一週間近く経過したのにも関わらずだ。利発そうな女性キャスターと、専門家が難しい顔をして小難しいことを話している。その間に、球体ロボが東京タワー周辺、芝浦周辺に現れた際の映像が何度も何度も流れた。昨日のことは、ただ三浦半島から数キロ地点にいたらしいという
政府筋の情報があったらしいという曖昧な情報しか流されていない。他にもあること無いこと、国家防衛省の新兵器だとか、外国の新兵器だとか宇宙人だとか。本当のことは何も知らないんだ。私は、うんざりしてテレビの電源を落とした。 

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