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ぼくらの〜それでもゲームは終わらない〜 第三話「小森勇樹・斉田功」
作者:nasubi   2013/07/03(水) 17:36公開   ID:vTzT7IJMLOA
 あれからもう2週間程経過した。私も妻も、名倉さんの件以来すっかり沈み込んでしまっている。特に喧嘩をしたわけでもないのに、日常会話に乏しくなってしまった。その影響は仕事場にも及んだ。私はデザイナーの仕事をしており、お菓子のパッケージデザインや教科書の表紙のデザインの作成を受け持っている。
仕事をしていても、あの事が頭から離れず、つい先日はこのことで仕事が手に着かないほどだった。2週間前から私の異変に気づいていたのか、上司に、しばらく休めと言われて午前中で帰された。
 和枝の言った通りに、あの後医者なり警察なりに言うべきだったのかもしれないと、正直この何日間かの間に思うようになってきた。時折襲ってくる不安や罪悪感のようなものを感じる度に、気づけばいつも携帯電話のダイヤルを110と押している自分がいた。結局は、言うような度胸も無く、発信ボタンを押さないまましまってしまうのだが。
 「困ったな」
 私は今日もソファに腰掛け、沈んだ気持ちでいた。妻は私の独り言に答えなかった。私の隣に座ったまま黙っている。私は、背もたれにもたれ掛かり、何となくあれこれと回想してみた。この深い後悔と不安の気持ちを、前にも何か味わったような気がしたからだ。





                           ***




 齢16のことだ。当時、家と高校の中間地点に小さな本屋があった。交差点の角にあったその店は小さい上に中の内装も古臭く、何となく白い壁が黄ばんでいた。70くらいのお婆さんが1人でやっていたが、そのお婆さんはやる気があるんだか無いんだか分からないが、客が来ても、お勘定のとき意外はレジの近くに置いてあるテレビをいつも見ているだけだった。私の日課は学校の帰り道にそこで立ち読みをして帰ることだった。
 ある日のことだ、午後5時ごろに例によってその本屋に立ち寄った。いつものように読みたかった漫画を手にとって読んでいたが、何か店に違和感を覚えた。しばらくはその違和感を相手にしないで構わず読んでいたが、やはり気になって周りを見渡してみた。視線はレジに定まった。いつもいるあのお婆さんがいなかったのだ。
 「……無用心だな」
 私はわざと独り言を言ってみたが、勿論誰も返事をしない。私は黙って本を読んでいた。だが待てど暮らせどあのお婆さんが現れる気配は無かった。そして日も沈みかけた頃、夕方の五時半頃だったか、私はそろそろ帰ろうかと思った。だが、私はその漫画を棚に戻そうとはしなかった。店内に誰も居ないことを再度確認し、店の外にも誰も居ないことを確認すると、私は肩に提げていた学生鞄の中に押し込み、それを機に一気に店外へと出て家まで走った。
 何のつもりだったのだろう、別に小遣いが無かった訳でもないのに、私は瓢箪から独楽が出た気にでもなってたのかもしれない。あのお婆さんが居ないことをいい事にして、本を盗ってきてしまった。
 私は帰る途中まではとても得した気分になっていた。だがいざ家に帰って、その漫画を読もうとした瞬間、私には言い知れぬ罪悪感と不安が襲ってきた。これはまずいことをしてしまったと、私は1ページも読まずに罪悪感を封印するようにしてゴミ箱に捨ててしまった。それからというもの、私はいつあのお婆さんに通報されて警察に補導されるかもしれないという思いで頭の中がいっぱいだった。その度に警察に補導されればどのような末路を辿るのかあれこれと考えてた。
友達も離れていくし、親にも怒られるし、噂になるかもしれない。あんなに得した気分で盗ったのに、あの時の私は本当に臆病風に吹かれてしまった。
 私が万引きをして約2週間後、貯金箱から漫画代を出して私はあの店に向かった。あれ以来、ずっと店の前を通るのを避けていたのだが、今日はちゃんと漫画代を弁償して絶対謝ろうと決心し、学校にも行かずに朝一番でその店に向かった。走って走って、私は店に着いた。だがシャッターは閉まってる。当然だ。まだ朝の七時半頃だった。それは予想が付いていたので、店の裏口に回った。裏口の薄汚れたの玄関の扉の端にあるチャイム2・3度を鳴らした。だが、誰も出てこなかった。私はもう一度チャイムを鳴らした。誰も出ない。
握り締めていた250円を緊張によってさらに強く握ったが、それでも中から返事が無い。まだ寝てるのかと思いながら玄関の前でソワソワしてると、後ろから声を掛けられた。
 「おい、どうした? 」
 振り向くと中年の男性が紺のジャージ姿で右手に緑色のじょうろを持って立っていた。多分、本屋の後ろにある家の住人だろう。私は言うことに臆したが、男性は私がこの本屋の裏口に立っていたところを見て察しがついたようだった。
 「もしかして、本屋の婆さんに用があるのか? 」
 「……はっ、はい」
 「そうか。あの婆さんにな」
 男性は溜息をついてじょうろを地面に置いて私の隣に歩み寄って本屋の玄関を眺めた。
 「ここの婆さんな、亡くなったんだよ」
 私は、握り締めていた小銭を落とした。
 「12日ほど前の夜だったか、救急車がここに来てな。最初は何の騒ぎだったのか分からなかったが、家のベランダから担架に婆さんが乗せられているのを見てただ事じゃないとは思ったんだけどな。脳卒中で亡くなってたそうだ」
 私は視線を地面に向けた。全ての感情や言葉が、何かに押さえつけられるようなひどい圧迫感に襲われた。何も言えなかった。すると男性はそう言えば、と思い出したように言った。
 「婆さんが見つかったのは12日前だったんだが、話によればもうその2日前には既に亡くなってたらしい。可哀想にな」
 私は、心の圧迫を消し飛ばすようにその場を逃げ出した。逃げて逃げて、どこまで逃げたかしれない。普段行ったことのないような路地裏や公園の通りを走り、そして私は町外れの団地の小さな公園にたどり着いた。急に走ったせいか若干フラフラしながら、そこらへんにあったベンチに座って空を仰いだ。そして、再び例の圧迫感に襲われる。2週間前のあの日、私が初めて盗みを働いたあの日、お婆さんは、店の中でもう亡くなっていた。そして、私は初めてその日に学校をサボった。
 「……」
 あの時と似ている。私はそう思った。盗みをすることなんかよりもっと重大なことがあったのに、あろうことか死んだ人間の近くで万引きをした。もしかしたら、そんなことに神経を使わずにお婆さんの異変に気づいていれば少しは何か変わったかもしれないのに。少なくとも、万引きさえしなければこんな気持ちを味わわずに済んだかもしれないのに。後悔、ずっとしまい込んでいた思い、不安。名倉さんの時とダブってしまった。
 「……始まるのか? 」
 私は立ち上がった。私が、全てを思い出した時にタイミングよく御声が掛かった。勿論、あのゲームに。私には分かった。その証拠に、私はもう既に椅子に腰掛けていて、コクピットの中にいる。他のメンバーが居た。和枝も一緒だ。全方位が見渡せるスクリーンが映し出され、眼前には敵がいる。名倉さんの時とは違うやつだ。私は向かいの席に目をやった。空席だ。名倉さんの姿は無い。あのお婆さんの時と同じだ。本当に悪いことをした。本当に。
 「始まるのか」
 私はまた同じ言葉を呟いて、ゲームを始めることにした。

 



                          ***




 ふと、私は周囲の風景を見渡してみる。前回とは違う場所だ。市街地。住宅が密集する街、見覚えのある家、見覚えのあるスーパー、見覚えのあるマンション。
 「ここは、私の街だ」
 「ええ、ええ。いかにもそうですよ」
 コエムシが相槌を打ちながら私の頭上をグルグルと回った。
 「言い忘れてましたけど、ゲームの始まる場所は基本的に自分が今現在居る場所ですからね」
 コエムシは頭上を旋回するのを止め、私の顔の近くに来た。
 「今日は前よりも面白そうな敵ですねぇ。ええ」
 前回は昆虫のようだったが、今回はカニのような容姿をしている。しかし、色は赤ではなくて、薄緑色だ。さらに足も蟹股ではない。地球儀を車輪にしたようなローラーが四つ付いていた。そしてもっとも特徴的なのは胴体だ。特徴も何も胴体自体が無いが、腰に四本のカニバサミつきの長い腕が伸びている。何だか不可思議だ。以前見たものの方がまだましだ。どんな意図でこのデザインになったのかわからないが。
 敵が動き始めた。私も名倉さんに倣って、球体ロボに動くように念じた。球体ロボは、一歩、一歩とゆっくり歩み始める。しかし、私はロボットを動かすのをはたとやめた。思考を停止させて。足元を見るまで気づかなかったが、球体ロボが踏み出していた大きな一歩が街の建築物を壊していることに気づいた。私は驚きを隠せなかった。
 「街が壊れてく……、持田さんの時と一緒だ」
 江西君も下を見ながら、驚きと衝撃を隠せないというような低いトーンで感想を述べた。そうだ、あの時のことを覚えている。持田がゲームをした後、芝浦周辺は広い範囲に渡って建築物が損壊したというニュースを。何てことだ、私は名倉さんのことやゲームのことで全くそんなことを意識してなかった。
 「動けない。動けないよ! 」
 私はうろたえた。他のメンバーも同様だ。だが、敵は待ってくれない。和枝が前方を向いて何かを叫ぼうとしているのに気づいたときには、既にカニバサミが球体ロボの胴体を直撃した後だった。ゆっくり球体ロボは背面が道路に近づいていた。いくつかの家と乗用車も下敷きにして、大きな音を響かせながらついに倒れた。
 「小森さん! 」
 誰かが叫んだが、私はそれに構わなかった。くそっ。楽しくなんか無い。街を破壊してまでやるこのゲームは一体なんだ?
 「何か、違う。違うよ! 」
 斉田君が叫ぶ。
 「コエムシ、やめることは出来ないのかよ、このゲーム! さすがにやべぇじゃんよ! 」
 「……」
 「おい! 」
 斉田君の言う通りだ。街を壊してまでやることはないはずだ。だが、私は社会人として契約の意味を知っている。破棄するには相当の理由が無くてはいけないし、第一この契約は解くことが出来ないとあらかじめコエムシから言われている。ならもう、やるしかない。でも……、
 コクピット内に軽い振動が伝う。カニロボットが球体ロボの足元に近づき、カニバサミを容赦なく突く。左右の腕を代わる代わる胴体に叩き込んでくる。私は、攻撃を防ごうと右腕を挙げようとしたが、それを見抜いて敵は空いたカニバサミで腕を押さえ込む。何度も腕を挙げようとしたが右腕が重すぎるせいもあるのか、思うように上手く挙がらない。だが、その間にも、敵はがんがんと胴体を突いてくる。
 「でもどうすりゃ……! 」
 「おやおや、持田の時とは違って、逆にこちらが早々に張り倒されましたね。ええ。早くしないとコアが潰されちゃいますよ」
 「分かってる!! 」
 他人事のようなコエムシの指摘に、私は声を荒らげた。
 「……ねぇ、このロボットって一体どれくらいまで耐えられるの? 」
 その最中、塩田さんがコエムシに聞く。
 「さぁ。相手の腕力次第ですよ。そしてもう一つだけ言えるのは、これ程の連撃を喰らってもまだ耐えられてるんだからこれの結構装甲は厚いと思いますよ? まぁもっとも、早く対処しなければ胴体の中が丸見えになっちゃうでしょうけど。ええ」
 コエムシの指摘通り、球体ロボへの攻撃は止んでいない。しかし、このままでは負ける。だが、私にはこれ以外に敵を攻撃する手立てを知らない。足も敵のローラーで踏まれて道路にめり込んでいるし、動くのは左腕のみだ。
 切羽詰って、一度は拒絶したコエムシの助言を、私はまた聞く事にした。
 「この球体ロボ、他に武器みたいなのはあるのか? 」
 コエムシは私の顔を覗いてから、再び頭上をグルグル旋回し始める。
 「頭の中で射撃兵器を念じてみて御覧なさいよ。パイロットはあなたなんだから、あまりに突飛で空想的なこと以外なら何でも可能ですからね」
 「そうか……」
 私は頭の中で、球体ロボから何かが飛ぶイメージをした。すると、球体ロボの腹の中間地点から突如として青白い一筋の光が高速で伸び、消えた。敵の頭上を通っただけだったが、敵は明らかに動揺したように攻撃の手を休めた。
 「綺麗……」
 町さんが思わず口にした。
 「よし、今なら……! 」
 私はただ、ビームを出すイメージを何度もイメージする。ただ今度はビームを出すだけでなく、的をイメージする。敵の長い腕や腹に当てるイメージを何度も思い描く。するとビームは敵に当たったが横に反れたり上に反れたりと、全く効いてなかった。しかし、相手が明らかに動揺して自らの腹を腕で庇うようにしているうちにとうとう後退し始めた。私は球体ロボを立ち上がらせた。
 「行ける! 」
 敵は一定の距離を保って、こちらの動きを見ている。私も同様に、相手の動きを見る。そうして睨み合って何分ほど経過しただろうか。私から先手を打つことにした。巨大な鉄球を備える右腕を振り上げ、そのまま敵に向かう。敵も、カニバサミを広げ、遅れをとって猛進してくる。私は必死に右腕を振り回しながら接近する。刹那、激しい金属音が鳴り響き、乱れ打ちしていた右腕が敵に当たり、敵は勢い良く飛ばされた。いくつかのビルを巻き添えにして。だが私は、目の前の敵に集中するあまり、周りの状況をよく見ていなかった。
言葉を失った。方々で、火の手が上がっている。遠くの景色が真っ赤に燃え上がっていた。
 「ああ、まぁね。あれだけの火力の兵器を乱発すればそりゃね」
 「ビームがあちこち飛んだからか……」
 「そんな……」
 私の心の中で何かが萎縮し始める。こんなことをしてまで、街を破壊してまで、どうして私がこんなことをしなければならないのか? 本当に止めれるものなら、今すぐにだって。
 「小森さん、しっかりして! 」
 「……」
 敵も、あの長い腕をうまく使って、体勢を整え始めた。私は球体ロボを敵へと向かわせた。そうだ、持田や名倉さんがやったようにやればいい。思い切り叩き込めばいいんだ。叩き込んで……。
 球体ロボの右腕は再び敵の下腹部にヒットさせる。何度も、何度も。しかし、前回までの戦いとは違って、ある程度叩くと、敵は例のごとく活動を停止する。私はコエムシの方を見た。
 「装甲が外れかかってるでしょ。あれを剥ぎ取って、中のコアを潰してください」
 言われたとおり、左腕で装甲を剥ぎ取る。中には白い蕾が一つ。私は、それを取り上げ、潰した。






                           ***




 

 さっきからこの様子を見ていたけど、もう滅茶苦茶だ。街は壊されるし、何が何だか分からない。小森さんの戦いや、周囲を見ながらそんなことを思った。何だか、全く現実として捉えられない。確かに今街が破壊され、敵が現れ、小森さんはそれと戦っていた。目の前で見てはいるものの、全く実感が沸かない。
中がオレンジ色になって、椅子が降りてくる。誰も何も言わない。この中で一番口うるさく文句を言っていた三枝や榎戸ですら、ダンマリしてる。
 「まぁ、まだ序盤ですからね。戦いに不慣れなのは我々も相手も同じってとこですね。今度からは手際よくね。ええ」
 「……ああ。次はちゃんと」
 小森さんは何だか気が抜けたような物言いだ。疲れたのかな。
 「ああ、あなたのことじゃないですよ。あなたの番は……」
 小森さんが目を瞑った。両膝に握りこぶしを置いたまま、首を前にもたげている。
 「あなたの番はもう来ないでしょ」
 しんと静まり返る内部、コエムシが空中でふわふわと浮いているが、それ以外は何も動きが無い。皆黙ったままだ。俺は小森さんを再び見た。まだ祈るような姿勢で椅子に座っていた。
 「さ、もう終わり! こんなゲームやめましょう! 」
 小森さんの奥さんがパンと手を一回叩いて、無理に笑顔を作って小森さんの方に向かった。座っている小森さんに対して声を掛けているが、返事が無い。皆ジッとその様子を見守った。
 「あなた、起きて……」
 ……あれ、この風景、どこかで見たことがあるような。俺は、この場面を見たことがある。そんなことを考えていると、何か胸の奥から何かが巨大な言葉の塊が勢い良く飛び出してきそうな気分だったが、必死に抑える。
 「あなた……」
 小森さんの奥さんの顔が見る見るうちに青白くなっていくのが分かった。
 「ちょっと……、あなた、あなた! 変な冗談やめてよ、ねぇ、ねぇってば! 」
 小森さんの奥さんが精一杯肩を揺すったからだろうか、小森さんが椅子から転げ落ちる。拳を握ったまま、目を瞑ったまま、ほぼ椅子に座っていた姿勢のまま落ちた。小森さんの奥さんは椅子の近くで尻餅を突き、その人形のように動かなくなったそれから後ずさった。小森さんの奥さんは目を見開き、自分は信じたくないとばかりに首を横に振っている。
 「やれやれ、いっつもこうだ。言うタイミングって難しいですねぇ。ええ」
 コエムシが、動かなくなった小森さんの頭上に近づいた。
 「珍しいことではない。私は確かそんなことを言ったはず」
 「……どうゆうことだよ」
 牧田さんが小森さんを見ながら肩を震わせていた。僕も含めて皆、もう何が起きているのか何となく察しはついていた。だが、きっとこのまま言葉にしないで有耶無耶なままが良いと、きっと全員が思っているはずだ。だが、コエムシがそれを見事に裏切った。
 「この人形、あなた達で言うところのこのロボットはね、人の生命力、つまり命を動力源としているんですよ。ええ」
 ……えっ。
 「そして、15回のゲームで15人のパイロット。一回のゲームにつきパイロットが1人。これがどうゆう意味を持つか、分かりますか? 」
 ……。
 「ゲームが終了する度に、操縦者は確実に死ぬってことです」
 「ふっ……」
 榎戸が何か言いかけ、そして勢い良く立ち上がった。
 「ふざけた事言ってんじゃねぇよ!! 前から聞いてりゃよ、何をぬかしてんだよ!! 」
 「これがこのゲームの本当に重要なルール」
 榎戸が激昂して椅子をコエムシに向かって放り投げるが、ぶつかる寸前のところで椅子がぴたりと止まり、何かに弾き飛ばされるようにして、椅子が榎戸に直撃した。
 「人生は思いがけないことの連続ですよて」
 コエムシが榎戸を嘲るような声色でたしなめた後、再び天井に上った。
 「なら、彼の首にまた手を当ててみればいい。名倉さんの時の様に。多分、脈もすでに無いでしょう」
 コエムシのこの一言に、牧田さんも、榎戸も、佐古田さんも、小森さんの奥さんでさえ言葉を失い、凍りついた。
 「じゃぁ、もっと面白いこと教えますよ。もしもゲームに負けた場合、後は2日以内に決着がつかない場合、あなた方を含むこの地球は滅ぶことになってるんですよ。どうです? こんなエポックメイキングなゲームのルールて無いでしょう? 」
 「い、いい加減にしろよ! 」
 今度は牧田さんが立ち上がってコエムシに詰め寄る。コエムシは、牧田さんの顔にスレスレまで近づく。
 「いい加減に……」
 「予想外の事態というものに遭遇した場合、人は往々にして現実を忘れてパニックになるものですがね。でも、あなた達が体験したこれまでの経緯を辿ってごらんなさい。今まで体験したことを総合的に考察すれば、私の言うことが説得力を持っていると分かるはず。いずれにせよ、嫌でも分かるときが来ますよ。ええ。何なら、自分の手で小森さんの脈を測ってみては? 」
 俺は、どうすることもできない。コエムシの言葉を正面から受け止めることもできない。すぐ近くには小森さんの死体。次は俺なんだ……、えっ? 何で、何で今そんなことを思ったんだ?
 「俺が、やるのか? 」
 「……斉田君? 」
 塩田さんが話しかけるが、俺には何が何だか分からなかった。答える余裕も無い。その時コエムシが俺の前に近づいてきた。
 「おめでとう」
 「はっ? 」
 コエムシは嬉しそうな声で笑った。
 「クックックッ。君の番だね」
  







                            ***





 
 
 俺は、今まで何をしてきたのか。そんなことを思うことが度々あった。高校生活にも十分慣れてきた頃、考えていたのは、どれだけクラスで浮かないようにするか、ただそれだけだ。俺がクラスを中心に明るいキャラを演じていたのは中学生の頃からだった。それは、小学校3年の時に同級生に言われた一言が原因だった。
 「斉田って何で暗いの? 」
 大人しいの言い間違いだと思う。小学生だったし、お頭も十分に発達した年齢ではなかったはずだ。俺は確かに大人しかった。別に喋ることも特に無かったし、自分の好きなことさえしてればそれで満足だった。だがグループを組んで遊んでいるあいつらにとって、俺はそれこそ浮いた存在だったんだと思う。
それからさらに3年経って中学生になった時、俺は心密かに明るく振舞って明るいキャラをつくろう、そう決めていた。
 始業式の日、自己紹介の時に俺はちょっと面白いことの一つをかましてクラスの笑いを誘った。それから俺は、俺の願った通り、皆から明るいやつと思われるようになった。その中には小学校の頃の同級生も居て、斉田は以外に明るくて面白いやつじゃないか、そんな認識をされるようになった。
別に、とても悩んでいたわけでは無い。ただ、あのまま生活していると、本当に浮いた存在になってしまいそうで怖かった。ただそれだけだ。で、いつしか明るくて面白いキャラの俺は、高校まで続くようになった。
 中学までは、何となく自分を偽ってでも目立ちたいとか、周囲の目を引き付けたい、ただそれだけで良かった。中学生なんてほぼ7割の連中が単純な思考回路で生活していたし、それだけで足りた。だけど、高校生になっていくにつれ、自分の中の本当の自分と、外に演じている自分とが乖離して、自我同一性に苦しむようになった。そこからだ、俺は、いつも何か空疎な思いを心に感じ始めたのは。
実感の無い、何かテレビ画面のようなモニターを通して生活しているような、そんな気分だった。そして俺は、ロボットに乗っている。
 死ぬ、か。何のことかな。名倉さんも小森さんも確かに死んだ。二人ともゲームが終わった後、身動き一つしなかった。俺もあんな風になるのか。そうか、俺はああなるのか。死か。そうか。そうなんだ。空だった入れ物に突然質量のある液体がドッと流れ込んできたみたいに、俺の感覚はそれまでに無い実感を伴った。俺は、恐怖することすら、忘れかけている。
 「随分と不安そうな顔ですね」
 「……」
 「顔に出てますよ」
 「……」
 「……ま、良いでしょう。ゲームさえしてくれればこっちはそれで良いんでね。ええ」
 巨大な車輪が目の前にあった。
 「今度は車輪なんだ」
 根岸が巨大な車輪に恐れるような顔をした。無理も無い。今まで戦った相手とは少し違う。つかみどころが無い。腕や足があるわけじゃないし、ただ突進してくるだけしかできないのだろうが、あの厚みのある体でぶつかってきたら吹き飛ばされるだろう。それに若干このロボットよりも少しばかり大きめな感じだ。
 「コエムシ」
 俺はコエムシを呼び寄せた。
 「俺は本当に死ぬのか」
 コエムシは俺の頭の上をグルグル回り始めた。
 「ええ」
 小森さんの件からもう何日経ったか。数えてないけど、俺は結局ここにいる。背中に大きな模様ができて、それを見た家族に言い訳めいたことを言ったな。その後は学校に行く気にもなれず、ずっと部屋に居たからな。14日、そうだ、もう14日くらいだ。親も誰も入れず、担任も来たけど入れなかったっけ。秋だから風呂に入らなくても別に体が凄く匂うわけでも無かったけど、誰にも会いたくなかった。誰とも。
 他の皆も何かを感じながらここにいる。何かしらの思いを抱えながら、と言ったほうが良いのか。俺は、何でここにいる?
 「来ますよ」
 車輪がゆっくりと回り始め、こちらに近づいてくる。街を壊し、粉塵を巻き上げながら。巨大なマンホールか、コインのようだ。俺にはまだ信じられない。信じたくない。俺は名倉さんたちみたいになるんだ。でも、待てよ。もしこれが夢なら、もしかしたら自分が死んだ場面で夢から覚めるかもしれない。そうだ。これは夢だ。悪い夢なんだ。胸糞悪い三枝や榎戸も、
ちょっと気になってた塩田さんも、実は自分の夢が創った妄想に過ぎないんだ。そうだ。きっとそうだ。だから、このままでいよう。
 ゆっくり動いていた車輪が急にこちらに急接近し始めた。俺は、何もしない。夢の中で死んでしまえば、早く目覚められるからな。
「何してるんだ、敵はもう近いぞ! 」
 「……」
 「斉田! 」
 刹那、球体ロボの腹から激しく火花が散り、敵から遠ざかり、倒れる。飛ばされたんだ。僅かな振動、金属音。敵が今いる場所から後方に下がった。
 「敵は、助走をつけるつもりなの……? 」
 更科さんの疑問は当たった。敵は建物を壊しながら再び突進してきた。車輪は球体ロボを中心から二つに割ろうとばかりに勢い良く突撃した。
 「いい加減にしてくださいよ」
 コエムシが俺の顔の近くに寄ってきた。
 「もう何回か戦いは見てきたでしょう? ちゃんと要領を掴んでやってください」
 「大丈夫だよ」
 俺はコエムシを見ずに言った。
 「俺はやらないから」
 先陣をきって、やはり牧田さんが怒鳴りつける。
 「おい、今更何言ってんだよ! ここまで来て戦わないだと! 」
 「……だって、俺が戦ったら、名倉さんや小森さんみたいになるじゃないスか」
 絶句、とでも言うべきか。牧田さんはじめ、他の皆も何も言わずに僕を見ていた。
 「今まででこれだけリアルな感覚は無かった。もうそれに耐えるだけで精一杯なのに、何で俺に死ねなんて」
 いつのまにか、俺の声が振動を帯びいて、最後の語尾がかすれる様な声になっていた。体の中心から、一気に寒気が襲った。
 「俺だけ、名倉さんみたいになるのかよ。今、この後に……」
 俺の中の震えはしばらく続いていたが、それが不意に収まる。収まると、俺の腹の中から喉を通り、熱く巨大な何かが口を勢い良く飛び出した。それは、生への欲望を表す言葉となって俺の全身を貫く。
 「死にたくねぇよぉ!! 」
 「斉田……」
 「死にたくない! 死にたくない!死にたくない! ……俺は死にたくない、やだよぉ……」
 敵は俺の叫びに構わず、ずっと攻撃を続けている。
 「……バカじゃないの」
 そう吐き捨てるような口調が隣から聞こえた。小森さんの奥さんだった。目に影ができていて、やつれた顔をしている。小森さんが亡くなる前のハツラツとした印象はもう無かった。
 「どうせ、皆死ぬのよ。名倉さんや、夫のように。ゲームに負ければ、……全員死ぬんだっけ? 」
 俯いたままコエムシに小森さんが問いかける。
 「そう、この地球ごと消えますよ。ええ」
 「……そうそう。そうゆうこと。あんた1人さえ戦って死ねば少なくとも他の人は助かるって話」
 「……」
 「あんたの気まぐれで他の人も全員殺る気なの? それとも、2人も死人を出しといてまだこれが夢だとでも思ってるの? 」
 「……うっ」
 「こんなことの為に死ななくちゃいけなかったのよ。あの2人は。あんただけやらないつもりなの」
 氷のように冷たい口調だった。俺の心の中で膨張していた恐怖が一気に弾けた。恐怖の悪霊が、まんまと俺の心と体を乗っ取った。俺の小さな理性は心の中心からすごすごと立ち去っていく。するとそれと引き換えに下腹部から、何か熱いものが流れた。それはズボンを濡らし、地面に滴り落ちた。
 「え、やだっ」
 誰かが口走る。女の子の前だったけど、恥ずかしさなど微塵も感じない。俺は処刑台に行かされるのだから、もう何とでもなれと思った。気がつけば、俺は球体ロボを立ち上がらせて何度もぶつかってくる車輪の側面を思い切りぶっ叩いた。すると車輪は横倒れしそうになったが、バランサーでも入ってるのかな? 倒れずにまた体勢を立て直そうとしていた。俺は再び、車輪の側面を叩く。名倉さんがやったように、
何度も、何度も、何度も。そして、車輪は、本当に、ただの車輪のように力なく倒れ、動かなくなった。 
 
 
 
 
 
 

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