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ネギま!―剣製の凱歌― 第三章-第31話 弟子入りしよう!〜立志篇〜
作者:佐藤C   2013/05/18(土) 00:01公開   ID:CmMSlGZQwL.



 波乱に満ちた修学旅行が無事に終わり、
 ネギ達が麻帆良に帰ってきて二日が経った月曜日……。




 士郎side



 親父、俺は元気にやってるよ。
 京都での数日間は大変だったけど、それでもやることはやらなくちゃな。
 今日から店を再開するよ。
 ありがたい事に、俺の店にも常連ってのがいるから大事にしなきゃ。
 ……そうそう。こっちは今――――




「う゛―――〜〜……っくしゅ!!」


 ――――御主人様エヴァが花粉症になりました。




 Side out









     第31話 弟子入りしよう!〜立志篇〜









「ズズッ……っうう゛〜〜〜…!」
「…昨日から調子悪かったもんな……」

 ベッドの上でパジャマ姿のエヴァが唸る。
 涙で潤んだ目と鼻水をかみ続けた鼻が、痛々しく真っ赤に腫れていた。
 士郎は思う。「最強の吸血鬼なんだよな、こいつ」と。

「マスター、今回は症状が酷過ぎます。今日は学校を休みましょう」
「…グスッ……うむ、そうする。茶々丸、私は寝る。後の事は頼んだぞ」
「はい、マスター」
「じゃあ、今日は俺も早く帰るよ」

 そう言った途端、エヴァはがばっと布団を跳ね除けて起き上がった。

「おい待て。御主人様わたしがこんなに弱っているのに、従者のお前はどこへ行く?」

「え、『アルトリア』だけど。今日から再開するって言っただろ?」

「コイツ……私が京都で誓いを新たにしたというのに…………!!」

「ん?なんだそりゃ」

「…士郎さんはもう少し、女心を勉強した方がいいと思います」

「ロボニマデ言ワレテヤンノ、士郎ザマァww」

 訳も解らぬまま、士郎は茶々丸によって部屋を追い出されたのだった。





 ◇◇◇◇◇




「―――修学旅行明け、初の登校日です!!」

「誰に説明してんのよ」

 そんな会話をしながらネギ・明日菜・木乃香の三人は、
 今日も今日とて遅刻ギリギリで登校(出勤)して駆けている。
 …だが、今日はいつもと様子が違っていた。


『喧嘩だケンカ!!』
『部長に食券五十枚!!』

 妙な人だかりと喧騒が三人の目に飛び込んでくる。
 彼らが気になって野次馬に加わると……視線の先にあった光景に、ネギが驚いて声を上げた。

「あ、あれは……くーふぇさんっ!?」

 学園へ通じるメインストリートの開けた場所に集まる不穏な集団。
 いい体格ガタイをしたあんちゃんや不良っぽい人、武術をかじってそうな方々が―――
 京都でネギ達に協力して戦ったクラスメート、古菲クーフェイを取り囲んでいた。

 その中には合気道少女やボクシング野郎の姿も見える。
 不良はともかく運動部員が多対一とはどうなのか。
 コイツら一体、スポーツマンシップをどこに置き忘れてきたのだろう。


『今日こそ勝たせてもらうぜ!
 中武研(中国武術研究会)部長・古菲!!』


 一人がそう叫んで飛び出したのを皮切りに、彼らは一斉に古菲めがけて殺到した。
 女子中学生ひとりに対し二十数人が突撃を加える。
 それはまさしく数の暴力と言える光景で―――

「く、くーふぇさ…!」
「心配ないでござるよネギ坊主」
「あ、楓ちゃんおはよー」


 …しかし。
 振るわれたという“暴力”は、果たしてどちらのものだったか。


“――――霍打頂肘かくだちょうちゅう!!”

 『げぼらっ!?』


「あの、心配ないってどういう…?」
「ネギ坊主、あれはウチではいつものことでござる」
「くーふぇ、今日も調子良さそうやなー♪」

 『ひでぶっ!』


クーは学園の格闘大会で優勝して以来、挑戦者が後を絶たないのでござるよー。ニンニン♪」
「いつも思うけど、朝っぱらからよくやるわよねーあの人達」

 『あべし!!』


 ……そう、後を絶たないということは―――つまり。


「―――弱いアルネ、功夫クンフーが足りんアルヨ。
 もっと強いヤツはいないアルか?」


 屍の山を築き上げ、古菲は事もなげに言い放つ。
 彼女は挑まれる度に挑戦者全てを、悉く退けてきたのだった。


『…へへへ……、流石だぜ………』

 彼女によって築かれた死屍累々の山の中には、恍惚の表情を浮かべている猛者すら居た。
 ……マゾだ…マゾがいる。
 彼は己の敗北になど目もくれず、その痛みを悦びとして享受してしまっている。
 くっ、どうしてこうなるまで放っておいたんだ!!

「お。ネギ坊主、ニーハオ!」
「お、おはようございます……。」

 もしや、何度負けても古菲への挑戦者が後を絶たないのは………。
 …そこまで考えて、ネギはそれ以上考えるのをやめた。
 ああ、目の前のカンフー少女が見せる屈託のない笑顔が眩しい。

「それにしても、京都の時にも思いましたけどくーふぇさん強いですね!!」

「いやあ、楓や真名には敵わんアルよー。にゃはは」

 二十人程度の挑戦者を軽くあしらいながら、そこには疲労も慢心もない。
 目の前にいる古菲という少女の佇まいに、
 ネギは紛れもない「強者の風格」を感じていた。


(うーん………くーふぇさんかぁ………)


「どしたん? アスナー」

「……いや、なーんかネギあいつの目がキラキラしてるような…」

 訝しげに明日菜が見つめる中、ネギは拳をグッと握って更に古菲に近づいていく。

「くーふぇさん!僕に中国拳法を教えてください!!」




 ・
 ・
 ・



 同じ頃、明日菜達のクラスメート―――ネギの生徒の一人である佐々木まき絵は、
 朝のHR前に体育科の職員室を訪れていた。


「失礼しまーす。二ノ宮先生、お話ってなんですか?」

「ああ、来たか。…んー………。
 ……まき絵、お前に話というのはな……」





 ◇◇◇◇◇




「ネギ、どういうつもりなの?くーちゃんに弟子入りなんて」

 歩きながら、明日菜はネギを見て話しかけた。

「……僕、少しだけ戦うための勉強をしたことがあるんです」
「?? なんでそんな…」

「………父さんを探すうちに必要になると思ったからです。
 父さんはとても強かったって長さんも言ってました。
 そんな父さんが行方不明になるなんて……何かあるに違いありません。
 でも今の僕じゃ、そんな事はとても………」

「だから修行?なに言ってんのよ、アンタまだ子供じゃない。
 お父さんを探すにしても、今すぐ強くなる必要なんて―――」

「いえ、このままじゃ…僕は何も守れません。
 京都で僕は………何もできませんでした」


 石化された生徒達、鬼の軍勢。白い髪の少年。鬼神リョウメンスクナノカミ。
 その中にあって、……ネギは、あまりに無力だった。


「僕は先生です。みんなを守らなきゃ……いや、守りたいんです。
 このかさんも刹那さんも……アスナさんも。だから…」

 そこで二人は揃って足を止める。
 目の前に下がっている紐を引いて手動のベルを鳴らすと、
 ネギは大き過ぎない声で中に呼びかけた。


 ――カランコローン。


「こんにちはーー。エヴァンジェリンさん、お見舞いに来ましたよー」





 ◇◇◇◇◇




「……グスッ…なに?私に弟子入りしたいだと?アホか貴様」


 起き上がったエヴァンジェリンは布団を乱雑に払い除け、
 ベッドの上で胡坐をかいてネギと明日菜に向き直った。

「確かに京都では助けてやったが、私と貴様はまだ敵同士だぞ?貴様の父には恨みもある。
 その私がなぜ貴様に稽古などつけねばならないんだ、さっさと帰れ!」

「そ、それを承知でお願いに来ました!
 京都での戦いを見て、魔法使いの戦い方を学ぶにはエヴァンジェリンさんしかいないと!!」

(―――ぴくっ。)

「………ほ、ほう。つまり私の強さに感動したと?」
「はい!!」

 ネギの言葉に(露骨に)反応し、エヴァはちょっと嬉しそうに再度問いかける。

「………本気か?」
「ハイッ!!」

 間を置かない即答に、エヴァの機嫌はどんどん良くなっていく。
 ネギが下手な嘘をつけない素直な性格というのもあるだろう。
 しかし側に控えていた茶々丸と明日菜は、ぶっちゃけ「チョロい」とか思っていた。

「………ふふん。そこまで言うなら…いいだろう」

「え……!」

(あ、やっぱチョロい)
(マスター…なんて扱いやすい…)

「あ、ありがとうござ「だが!!」……えう?」

 逸るネギを遮って、エヴァンジェリンは意地悪くニタリと口を吊り上げた。


「…ぼーやも知っての通り、私は悪い魔法使いだ。
 悪い魔法使いにモノを頼むには……それなりの代償が必要だぞ?」


 ずいっ。


「―――先ずは足を舐めろ。我が下僕として永遠の忠誠を誓え。話はそれからだ」



 ……なんて言って、足を向けられました。
 ネカネお姉ちゃん。
 僕、この条件を飲むか本気で考えました。
 このときアスナさんがいなかったら、僕はどうなっていたかわかりません。
 懐古。



「アホかーーーーーーーーーーーっ!!」

 ―――スパァンッ!!

「へぶぅっ!!」

 明日菜がハマノツルギハリセンでエヴァの頭を引っ叩く。
 当然魔法障壁は破壊され、哀れエヴァは吹っ飛ぶ勢いでベッドから落下した。

「エヴァちゃん、なに子供にアダルトな要求してんのよーーー!!」

「ああああ神楽坂明日菜!!
 弱まってるとはいえ真祖の障壁をテキトーに無視するんじゃないっ!!」

 この真祖、既に涙目である。
 無論それは花粉症によるものではない。スチール製ハリセンは物理的に痛いのである。

「こんだけ必死に頼んでるんだから聞いてあげればいいじゃない!!」

「頭下げたくらいで物事が通るなら誰も苦労せんわ!!……それはそうと。
 ………お前、何でそこまでこのぼーやに肩入れするんだ?」

「…………え?」

(―――二ヤッ)


(…これは……!――マスターが何か底意地の悪い事を企んでいます!!)

 エヴァマスター検定準一級の絡操茶々丸は見逃さなかった。
 厭らしい笑みを貼り付けながら実に楽しげに目を細め、
 明日菜に向けていざ口を開かんとするエヴァンジェリンのその邪念を――――!


「まさか惚れたか?10歳のガキに」

「――なっ……!?ち、違うわよっ!!」

 若干の動揺を隠せず、しかし即座に否定する。
 それでもとっくに明日菜の顔は、耳まで赤くなっていた。

(た、確かに修学旅行の時とかさっきとか、
 ちょ、チョットだけかっこよかったけどーーーー!!)

 嫌よ嫌よも好きのうち。
 明日菜自身もネギを面倒な子供と思いつつ、
 一番近い場所で彼の姿を見続けたが故の反応であった。

 ……まあ、この好意の正体が親愛か家族愛か恋愛かはともかく。
 明日菜のこの反応に、金の悪鬼が喰らいつかない筈は無い。

「ハハハッどうした!?カワイイじゃないか、耳まで真っ赤だぞ、えぇ!?
 貴様まさか本当に惚れ…」

「ち、ちがぁーーーう!!!」

 ―――スパコーンッ!!

「へぷろばぁっ!!」

 そこからの光景は、先ほどのデジャヴであり且つ繰り返しループだった。
 明日菜がエヴァをハリセンで叩けば、お返しとばかりにエヴァが明日菜を言葉責めする。
 そうして延々とケンカする二人を、ネギと茶々丸は離れた場所から見守った。

「ああああ………!」
「大丈夫ですネギ先生、あれは子猫のじゃれ合いのようなものです。
 …マスターに物理的ツッコミを入れられるのはアスナさんだけですね。
 要録画です、REC、REC…と」

 ………この従者、最近ホントに壊れてきているかもしれない。
 と、そんなこんなしているうちに二人のケンカは終息していた。

「ああもう……わかったよ。今度の土曜にウチにもう一度来い。
 そのとき弟子にとるかどうかテストしてやる、それでいいだろ?」

「…は、はい!!ありがとうございます!!」


 こうしてネギと明日菜はエヴァンジェリン邸を後にした。





 ◇◇◇◇◇




「へー、弟子入りねぇ。」

 時刻は夜、エヴァンジェリン邸。
 夕食を終えた団欒の席で、面白そうに士郎が言った。

「ハイ。マスターはそれはもう嬉々として
 先生をどうお鍛えになるか思案して…」

 言うが早いか、捩子を片手に持ったエヴァが「がしっ」と茶々丸の後頭部に掴みかかる。

「まだ弟子にとるとは言っていない!このボケロボが、巻いてやるぞ!?」

「それはそうと士郎さん、その箱はなんですか?」

(…茶々丸、危なくなったら俺に会話を振るのやめてくれ………)

 茶々丸の頭の後ろにあるのは魔力充填用のゼンマイ穴。
 必要以上に巻き過ぎると“気持ち良すぎて”大変とは本人の弁である。
 エヴァは脅し又はお仕置きとして彼女のゼンマイを巻くのだが、
 最近は茶々丸が上手く回避するようになっていた。主に士郎を生贄ぎせいにする方向で。

「ああ、店で余ったデザートを持ってきたんだ。
 エヴァ、冷蔵庫に入れとくから元気になったら食べてくれ」

「…私を風邪の患者と間違えていないか?
 別にいま食べても問題なかろうに。という訳で私は食べたい」

「そんな詰まった鼻で味がわかるか?」

「…………治ったら食う」

「よろしい」


(―――流石です、士郎さん)

 エヴァンジェリンを上手く諭し、期待通り彼女の意識を茶々丸から逸らした士郎。
 茶々丸は心の中で、彼に惜しみない拍手を送った。



「それより士郎。お前、刹那達の仮契約カードを『登録』したそうだな」

「ああ、これでようやく俺のアーティファクトも役に立つ」

 士郎に発現したAFアーティファクトはかなり特殊……というか面倒な代物だ。
 必要な条件を満たさなければ、仮契約カードが持つ基本的な機能を使用する事しかできない。
 しかし彼は最近ようやく、己のAFを十全に扱える機会を得た。

「………まあ、お前のソレも大概だが。やはり『ハマノツルギ』は反則だな」

「なんだ、あれの能力を知ってるのか?
 明日菜はよく解ってなかったみたいだけど………って、まさか」

「ああ、茶々丸に調べさせた」

 というか、身を以て味わっていたりする。
 特に今日辺りなど。それはもう幾度となく。

「はい。仮契約パクティオー協会がまほネットで公開しているアーティファクトアーカイブを検索した所、ヒットしました。
 士郎さんの『顔の無い英雄ホ・ヘーロース・ディーホス・プロソーポーン』を調べた時と同じですね」

「………ソウデスネ」

 ネットで公開、そして検索。続きはWebで!
 …そこまで時代はITなのか魔法界。ハイテク到来&導入の魔法界。
 なんかイメージ崩れるなあ。

「…そんな風に思っていた時期が俺にもありました」

「…? 何をぶつくさ言っている?」

「いや、何でも」

 彼とて、かつて魔法に憧れた男の子である。
 埃を被った魔術書を取り出すローブを着た賢者の姿とか、そんな、
 少年の幻想が芥子粒になるまで木っ端に吹っ飛んだだけの話である。
 ……士郎の目尻が、心の汗でほんの少し湿っていたのは内緒だ。

 こうして穏やかに言葉を交わしながら、今日も夜は更けていく。





 ◇◇◇◇◇




 Side士郎



 ネギの弟子入り申し入れから三日経った、木曜日の朝。
 今は日課の早朝鍛練の最中で、場所は世界樹前広場。
 ここではいつも刹那と俺、二人きりでトレーニングをしてたんだが……。


「違う!そこはもっと腰を落として足をしっかり踏み込むアル!!」
「はいっ!古老子!」

「明日菜さん、筋はいいと思います。
 このまま鍛練を続ければかなりのところまでいけると思いますよ」
「そ、そお? …よっと!」


(………賑やかになったなあ、ここも)

 ネギは白髪の少年…フェイトの戦い方を見て中国武術に興味を持ったらしい。
 まあ、個人レベルで強くなりたいなら接近戦術は必須科目か。

 刹那は明日菜に頼まれて剣術(本人曰く剣道)の指南をしている。
 こちらも京都で思う所があったらしいが……明らかにネギ関連だろう。
 明日菜あいつも何だかんだ言って面倒見がいいからなあ。

 そして現在、余った俺はごく普通の筋トレだ。
 古はネギが休憩してる時はヒマだし、明日菜は新聞配達もあるので朝はそう長い時間鍛練できない。
 だから古と刹那、二人がヒマになったら相手をするのが俺の役目だ。
 組手だったり剣だったりするが、手合わせをする事には変わりない。


「ヨシ、これから十五分間、教えた型を反復するヨロシ!」
「はい!!」

 お、ウワサをすれば。
 一人で復習を始めるネギの傍を離れて、古菲が俺の方へ小走りで駆けてくる。

「師父、それではよろしくお願いするアル!!」
「だからその呼び方変えてくれって。よし………いくぞ」

 とはいえ俺が得意なのは剣術も体術も「防御」なんだよなー。
 まず師匠との修行では「気絶しないこと」が最初の課題だったから………。
 ……アレ、おかしいな?思い出すだけで視界が滲む………。

 などと耽っていると、頭の横を古の拳打が通過する。
 チッ、これだから才能のあるヤツは……こっちは結構本気で相手してるんだぞ!?




 Side out




「ネーーギくーーーーーーん!!」


「あ、おはようございますまき絵さん!
 早いですね、朝のジョギングですか?」

 朝から響く元気な声を辿ると、広場の入口に現れた人影が目に入る。
 そこにはジャージを着た新体操リボン娘、3−Aクラス佐々木まき絵の姿があった。

「ネギ君なにやってるのーー!?
 あ、それってこないだ言ってた中国拳法?」

「は、はい。一昨日からくーふぇさんに教えてもらってて…」

 ネギを気に入っているまき絵は朝から彼に会えたのが嬉しいのか、
 嬉々として広場中央へ駆け寄ってきた。

「えー、一昨日?それにしては様になってるよ、スゴイねー!」
 ね、今のもっかいやってよ♪」

「は、はい。いいですよ」


(……お?)

 その気配に気づいて、士郎は組手を中断してネギの方に視線を向けた。


「随分と熱心じゃないか、ぼーや。」


「あれー、エヴァちゃんおはよー♪」
「エ、エヴァンジェリンさんっ!?」

 ネギが素っ頓狂な声を上げて驚いた。
 まき絵に続いて闖入者となったのは……エヴァンジェリン。
 隣には、チャチャゼロを頭に乗せた茶々丸が士郎への差し入れを持っていた。

 五月とはいえ早朝で肌寒いからだろうか、エヴァは普段のラフな薄着ではなくしっかりと白いコートを着込んでいる。
 ……身長が身長なだけに、子供服に見えてしまうのはご愛嬌。
 そして寒くてもその身に履くのはミニスカート。
 そこにはきっと、譲れない拘りがある。


(………あーあ……。)

 そんなエヴァの登場を遠くから見かけた士郎は、心中で密かに溜め息をついていた。
 彼女の心情が、何となしに解ってしまった故に。

 エヴァは可愛らしく腰に両手をあて、ちょっぴり悔しそうな顔でネギを睨んでいた。

「カンフーの修行をすることにしたのか?
 じゃあ私への弟子入りはナシということでいいんだな」
「……えっ!?」

 ネギにしてみれば寝耳に水の発言だろう。
 だが士郎には、エヴァから「ムスッ。」という擬音がありありと聞こえてくるようだ。
 即ち、不機嫌である。

「あ…あのっ、いえこれは、あの少年の戦い方の研究で……!」
「いーよいーよ別に。もともと私は弟子などとる気はなかったしな!!はんっ!」

 ………ネギ、弁明失敗。
 吸血鬼は完全にへそを曲げていた。

「ヤキモチですか?マスター」
「ソンナニ気ニ入ッテタノカ、アノガキ」
「な、ちっ違うわっ!!」

「ちょっとエヴァちゃん。何の弟子か知らないけど教えてあげればいーじゃん。
 何でそんなイジワルするのー?」

「まき絵さん、マスターはヤキモチを焼いているのです」
「違うっつーのっ!!」

「妬いてるよなぁ…」
「焼いてるアルネー」

 士郎の呟きに、隣の古菲も同意する。
 この時のエヴァンジェリンは何というか……うん、なんか判り易かった。

 しかし、こうなるともはや意地の張り合い―――張っているのは一方だけだが―――になって収拾がつかない。
 一気に機嫌が急降下したエヴァンジェリンは、
 ネギとまき絵を小馬鹿にした目で一瞥して鼻を鳴らした。

「はっ、そのガキにはカンフーもどきがお似合いだよ。子供の遊びに付き合う趣味はないんだ。
 お前のような子供っぽい奴と話をするのもな、佐々木まき絵」

「――な……!!」


 ………その台詞が。
 これ以上なく今のまき絵の癇に障る言葉だと、この時点で誰が知ろう。




『まき絵、お前に話というのはな……。』

『お前の技術は正確だし努力していることも知ってる。才能もある』

『…でも、このままだと大会は厳しいかもしれない』

『お前の明るさは間違いなく長所なんだが……短所でもあるというか……』

『…厳しいことを言うようだが、
 お前の性格は良く言えば天真爛漫。悪く言えば子供っぽい』

『お前の新体操ははっきり言って…………小学生の演技なんだ』

『…まあ逆に言えば、その殻さえ破れれば一気に壁を突き抜けられるんだが―――』


 “………小学生の演技”
 “――――子供っぽい”―――。



 ……普段は滅多に怒る事などないまき絵が、この日、この時、この場所で、
 “彼女”相手に怒りの矛先を向けてしまったのは………運が悪かったとしか言いようが無い。
 少なくとも、まき絵が“彼女”を刺激して割りを食う、ある少年にとっては。


「…な、何よーー!!エヴァちゃんだってお子ちゃまみたいな体型じゃん!!
 ふーんだ、ネギ君あんなに強かったんだもん。
 エヴァちゃんなんかに教えてもらわなくてもすぐに達人だよーーーだ!!」

「え、ちょっ、まき絵さ…」


 ―――――ビキィッ!!


「あ、やばっ…」

 士郎がそう零した時には遅かった。
 判る者には解る、電気のように一瞬だけ広場を駆け抜けたその怒り。
 ネギは全身から汗を噴き出し、古菲が顔を青くする。

 明日菜は顔を引き攣らせ、刹那も思わず息を呑む。
 稽古に熱中していたこの二人も、ようやく事態に気づき始めた。
 ……気づいていないのは、原因であるまき絵のみ。

 ―――エヴァンジェリンのこめかみには、隠しようもなく深い青筋が浮き出ていた。


「…………いいだろう、いま貴様の弟子入りテストの内容を決めたぞ。
 “そのカンフーもどきで茶々丸に一撃入れてみろ”。
 それが出来たら合格にしてやる。ただし一対一でな」

「へーんだ!!そんなのネギ君だったら楽勝だよ♪」

「ちょ、ちょっとまき絵さーーーーーん!?」

「…だそうだ。茶々丸、少し揉んでやれ」

「しかし……」

 主と違い、茶々丸の方は気乗りしない様子で言葉を濁らせた。
 当然だ、以前の吸血鬼事件の際にも二人は戦っており…結果はネギの惨敗である。
 あの時より成長したとはいえ、それはまだ茶々丸じぶんに勝てる域ではないと彼女は分析したのだ。
 そんな“判りきった勝負”をしてネギを殴ることを、
 心優しい茶々丸が敬遠するのも無理はない。

「…そうか。いや、みなまで言わずとも構わん。
 なるほど確かに、あんなぼーやに劣るなどと言われてはな。
 言葉も出ないその屈辱……解るぞ我が従者よ」

「え。あ、あの、そうではなく」

 ……だがその反応は、頭に血が上った主には完全に誤解されていた。

「そうだな、手加減なぞ不要だった。存分に力を振るうがいい茶々丸!
 完膚なきまでにブチのめ―――いや、ぷちっと潰してこい……!!」

「………………はい。ネギ先生が怪我をしない程度に」

チッ!!

「……落チ着ケヨ御主人」

 静かにエヴァの横を通り過ぎ、茶々丸はネギの正面に歩み出る。
 ……対してネギは狼狽しながら、
 「ネギ君、ガンバ!!」と笑顔で言うまき絵に背中を押され、既に退路を失っていた。

 ……ネギは知っている。
 茶々丸の実力は、契約執行中の明日菜に匹敵するレベルだという事を―――


「―――失礼しますネギ先生」

「…おっ、おおおお手柔らかにーーーーっ!?」




 ・
 ・
 ・
 ・



 ――解説しよう!その勝負は一瞬だった!
 淡い緑の旋風が広場を駆ける。
 足を踏み込み、腰を捻り、拳を握って腕を引く。
 それに追従するように、陽の光で煌めきながら美しくなびく緑の長髪!
 しなるフレーム、軋む間接!
 人工筋肉が生み出す人外のパワーに加え、
 肘から噴出するバーニアの加速が彼女の拳を更に上の領域へと押し上げる―――――!!

 この間、時間にして僅か0.19セコンド
 そんな刹那の瞬きの中にあって、
 腕を交差して防御の構えを取ったネギ少年は充分天才の域にいるであろう。
 しかし。
 そんな、才能のちっぽけな発露など。彼女の前では虫けらほどの価値も無い。

 ――――ガイノイド茶々丸は敢えて・・・ッ!!
 ネギのガードの上から・・・・・・・拳を叩きつけたのだ――――――!!!


“―――ドガッ!!”


 どうして茶々丸はわざわざガードされた位置に拳を見舞ったのか!?
 それは心優しい彼女ならではの理由があった!
 ガードの上ならば、ネギが怪我をしにくいだろうと考えたのだ!
 しかし、神の無慈悲と言うべきか!
 出力を落とてかげんしてあるとはいえ、
 彼女の圧倒的パワーはネギ少年にどうにかできるものではなかった!
 『吹っ飛ぶ』!!
 その現実けっかが訪れることには、何ら変わりなかったのである―――――!!




 ・
 ・
 ・
 ・



「………きゅぅ。」

「試験の場所はここ。時刻は日曜日の0時にまけてやる。ま、精々頑張ることだな」

 広場の壁に頭をぶつけて気絶したネギを意に介さず、エヴァはくるりと背を向けた。
 茶々丸は申し訳なさそうに眉を下げたままお辞儀し、チャチャゼロを抱えて主人の後を追っていった。

「大丈夫アルかネギ坊主!!」
「え?なに、どうしたの!?」
「ネギ先生!!」

 古菲、そして事情の読めない明日菜と刹那もネギに駆け寄る。
 その側で呆然と立ち尽くすまき絵の隣で………士郎は右手で目を覆って俯いていた。


「…………もしかして私、マズイことしちゃった………?」

「………残念ながら」


 本日は木曜日。
 テスト本番の時刻まで、今日を含めてあと三日。

 ここに、ネギ少年の――――
 強くなるための修行を受けるための試験に合格すべく強くなるための猛特訓が幕を開けた!!

 ………面倒な………。









<おまけ>
「女心は秋の空≒乙女心は複雑」

 場面は、世界樹前広場からの帰り道……。

チャチャゼロ
「…ツーカヨォ。サッキノ御主人、ヤタラ大人気ナカッタナ」
エヴァ
「……うるさい。役立たずは黙ってろ」
茶々丸
「………確かに。
 いくら子供っぽいマスターでもさっきのはおかしいです」
エヴァ
「茶々丸!?お前いま何て言っ」
茶々丸
「それほどまき絵さんの言葉がマスターの気に障ったということですか…?
 …幼児体型、ずん胴、つるぺた、まな板、絶壁、ガイアの平原……はっ。
 ―――永遠の十歳エターナルロリータ……?」

エヴァ
「〜〜〜……ッ!!(わなわな)」

茶々丸
(……少し言い過ぎましたか?)
チャチャゼロ
(オレハ巻キ添エハ御免ダゼ)
茶々丸
(そんな。妹が困っている時に身代わりになってくれるのが
 姉というものではないのですか?)
チャチャゼロ
(一体ドコノ知識ダソリャ。安心シロ、骨…ジャナクテ部品ハ拾ッテヤル…妹ヨ)
茶々丸
(姉さんの西洋人形。刃物マニア、お酒に強い……!)
チャチャゼロ
(ソリャ悪口ジャネエ、事実ッツーンダ)
エヴァ
「…き、貴様ら…ッ!!」

エヴァ
「…い、言うなよ!!
 し…士郎の前でそんな事を言うのは絶対に許さんからな!!」

チャチャゼロ
「………。」
茶々丸
(…………。)

チャチャゼロ
「……アァ、ソーユーコトカヨ」
茶々丸
「士郎さんの前で“お子ちゃま”扱いされたのが嫌だったと…」
エヴァ
「……あっ」

 家に帰る道中、「違う、そんなことない」と否定するエヴァンジェリンを見る従者の瞳は、
 娘を見守る親の如き慈愛が籠められていたそうな。



・原作のような威厳と貫録のあるエヴァンジェリンが書けません。
 あと、ギャグになると途端に茶々丸のキャラが崩壊する(汗
 茶々丸をおまけに出すのやめようかな……。



〜補足・解説〜

>今日は学校を休みましょう
>うむ、そうする。
 花粉症で学校を休めるなんて、この小説の呪いの精霊は寛容な気がします。
 ………花粉症って、そんなに辛いんですか?
 作者は鼻炎アレルギー持ちですが、花粉症は持ってないのでわかりません。

>もう少し、女心を勉強した方がいいと思います
 士郎、遂にロボにまで言われたーーーーー!!www
 でも「内心でお前の為に誓ったんだよ」なんて察する方が難しいですね。
 強いて言うなら今回は、士郎の日頃の行いが悪かった所為という事で。

>ロボニマデ言ワレテヤンノ
 え、リビングから動けない筈のチャチャゼロがどうしてエヴァの寝室に居たのかって?
 答えはワープです。このシーンはギャグ時空ですから、整合性は無視しました!(笑)
 ………納得いかない方は、茶々丸が連れてきたって事でどうかひとつ。

>“――――霍打頂肘!!”
 「霍」に相当する本来の漢字は環境依存文字であるため、シルフェニアのフォームでは表示できませんでした。

>ネギは、あまりに無力だった。
 まだ子供だから当たり前ですけどね。
 それでも自分の弱さを良しとしないネギの姿勢は、高潔ととるべきか、身の程知らずの傲慢と見るべきか……。

>何か底意地の悪い事を企んでいます!!
 「足を舐めろ」発言を事前に察知できなかったのは、「マスターちょろい」とか考えていたから。

>エヴァ検定準一級の絡操茶々丸
 茶々丸でも準一級だと!?一級の難易度高けぇ!!

>金の悪鬼
 Q、ここは吸血鬼じゃないの?
 A、悪鬼と書いた方が意地悪そうな印象かなーと。

>二人きりでトレーニング
 「二人で」じゃなくて「二人きりで」!
 士郎がそんな風に考えていたなんて、刹那が聞いたら喜びそうデスネ!(笑顔

>まず師匠との修行では「気絶しないこと」が最初の課題だったから………。
 ラカン師匠との修行では、防御や回避を覚える事が重要でした。
 気配を感知したり、衝撃を殺したり、攻撃を受け流したり、相手の先を読んだり……。
 士郎は修行の初めは大体一秒くらいで吹っ飛ばされ気絶、やり直し、また吹っ飛ばされて気絶……の繰り返しだったという。
 そりゃ涙も出るよ……。

>こっちは結構本気で相手してる
 と言いつつ士郎は、魔法はおろか魔力での身体強化もしていない。
 曰く「一般人相手に魔力を使うのはフェアじゃない」らしい。
 ……士郎さん、古菲は(無意識だけど)“気”による身体強化をしているのよ……!?

>闖入者
【闖入】:ちん‐にゅう …ことわりなく突然入り込むこと。
 公共の広場に入るのに断りなんか要らないですけど。

>はい。ネギ先生が怪我をしない程度に
 地味に「エヴァの命令に逆らっている」という重要シーン。
 これは「ぷちっと潰してこい」を「ぷちっと=軽く=手加減する」と強引に独自解釈して命令を受け流したという荒技。屁理屈だって理屈なんだよ。
 言うまでもないが、エヴァの意図した「ぷちっと」とは「圧倒的な力で」という類のものである。
 エヴァの真意を理解しながら、自分の意思に沿った方向へ命令を改竄した……成長したね茶々丸!

>強くなるための修行を受けるための試験に合格すべく強くなるための猛特訓
 まるでRPGのイベントのよう。
 ダンジョンに入る為の鍵を手に入れるために鍵が必要だけど鍵の持ち主である村の村長がモンスターに攫われたから彼を助けるために洞窟に向かうみたいな。ややこしい!!

>おまけ
 内容の是非はともかく、本編でエヴァが大人げなかった補足です。

>ソリャ悪口ジャネエ、事実ッツーンダ
チャチャゼロ
「他人ヲ貶スノハマダマダダナ。チョットダケ安心シタゼ。
 …妙ナ方向ニバッカ人間臭クナリヤガルカラナ…茶々丸アイツハ(遠い目)」

>士郎さんの前で“お子ちゃま”扱いされたのが嫌だった
 正確には士郎だけでなく、従者ズ一同の前でお子様扱いされた事がエヴァを怒らせた。
 主の威厳に傷を付けたくなかったのです。
 そんなこと気にしなくても、充分愛さ……敬われていると知らないのは本人だけ。



【次回予告】


 欲しいものがある。願いがある。心に望むものがある。
 オマエの場合…それは父を捜す事と、大事な者を守る事だ。

 守るために強くなる。強くなるために戦う。
 そうして戦って、戦って、戦って………。
 その先に何が残るのか。何を残せるか。
 望んだ結果を、その手に掴む事ができるのか。

 抜け出せない戦いの螺旋に足を踏み入れ、
 果て無き荒野にその身を投げ出し、
 魂が朽ち果てるまで歩き続ける強い覚悟が……お前の胸に確かにあるか。


 次回、「ネギま!―剣製の凱歌―」
 第32話 弟子入りしよう!〜特訓篇〜


 ――――その生涯みちを選んだ時点で、決して報われないと知っても。


 それでは次回!!
 あ、予告は嘘っぱちですが、次回がシリアス風味という点は合ってますw

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