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ネギま!―剣製の凱歌― 第三章-第32話 弟子入りしよう!〜特訓篇〜
作者:佐藤C   2013/06/16(日) 19:42公開   ID:RoX2XPyBYvg



 日が沈む。夕陽のあかが街を真っ赤に染め上げていく。
 石畳の灰色も、レンガの赤銅も、世界樹の深緑も、街の全てがオレンジ色の色彩効果エフェクトに上書きされた世界。
 …それは、世界樹前の広場も例外ではなく。

 少女はその場所で、捜していた少年を見上げている。

 乾いた音が一定のリズムで広場に響く。
 足を踏み込みながら時には肘を、拳を、掌を突き出して、型をカラダに馴染ませていく。
 少年が舞う八極拳の套路はまだまだ粗削りながら、
 基本的な動きを流麗に再現していて一向に終わる気配を見せない。

 そんな、広場の上の少年を、広場の下で少女は見上げる。


 ―――“どうして?”という、疑問があった。


 少女は、子供の頃から新体操が好きだった。
 演技をする事が、踊る事が大好きで、努力を怠った事は一度もない。
 だが、その努力は―――、
 人一倍の努力をしてきたというその自負は叩き落とされた。

 お前のそれは、児戯なのだと。

 少女の恩師はあくまで、彼女の為を思って指摘した。
 彼女の持つ「表現力」は…彼女の年齢に見合ったレベルにまるで達していないと。


 ――――生まれて初めて、踊りたくないと思った。


 少女は思った。
 それでも新体操は嫌いになれない。
 それでも……この心は、踊りたいとは思わないのだなと。

 ―――それでも。体力作りのジョギングだけは続けている自分に、
 意地汚さと、諦めの悪さを感じている。

 嫌ならやめてしまえばいい。/嫌だ、それだけはしたくない。

 ……漠然と、そんな葛藤を抱えていた少女にとって。


 前しか見ない少年の姿は、紛れもなく勇姿だった。


 それがあまりに鮮烈で、どうしても目が離せない。
 夕陽を背負う少年の姿に、少女は釘づけになっている。

 少年が中国拳法を習い始めたのは、ほんの最近の出来事だ。
 初心者どころか付け焼刃もいい所の未熟な技術で、彼は数時間後に、
 手も足も出ないほど格上の相手を打倒しなければならない。


 ―――“どうして?”という疑問を、抱かずにはいられない。


 どうしてそこまで、一心不乱に努力できる。/力の差は圧倒的だ。
 どうして、迷わず立ち向かえる。/結果はとうに見えているのに。
 そこまでして、彼は何を目指している?


 “君は、なにを見ているの――――?”



『ねえ、■■君。■■君はどうしてそんなに一生懸命頑張ってるの?』


 少年は、困った顔をして言い淀んだ。


 “…ああ、またやっちゃった”


 また余計な事を言ったかと、少女は激しく後悔した。
 彼がいま苦境に直面している事さえ……自分が原因だというのに。


『―――僕は………。』


 ……だが彼女は、この後悔を覚えていない。
 負の感情を忘れ去るほどの憧憬キモチを………少女はこのとき体験する。









     第32話 弟子入りしよう!〜特訓篇〜









 ネギが茶々丸にコテンパンに伸された、木曜の放課後。
 世界樹を遠くに望む、麻帆良の芝生広場では。

「――ふっ!」
「ほっ」

「やあっ!」
「おっと」

 散歩する者、遊ぶ者、昼寝する者がいる中で……。
 眼鏡をかけた赤毛の少年―――ネギは古菲と組手をしていた。

「…ネギ坊主は恐ろしく飲み込みが早いし、
 才能もある思うが………正直、あと二日ではどうにもならんアルよ。ホイッ」
「あうっ!」

 ――すてーんっ

 足を払われ、ネギは呆気なく芝生の上に倒れ込んだ。

「じゃあ、エヴァちゃんトコの弟子入りはダメってこと?」
「ネギ先生は格闘については素人ですから……」

 明日菜の問いを、刹那は否定しなかった。
 そんな二人の傍には、芝生の上に屈み込んでネギ達を見つめる木乃香もいる。
 ……ミニスカートの中、見えちゃいますよお嬢様。

「ヨシ弟子よ、少し休憩するヨロシ」
「は、はい……」
「…なーネギ君。そんなにエヴァちゃんに弟子入りしたいん?」

 大の字に寝転んだネギに、
 ペットボトルの水を差し出しながら木乃香が訊いた。

「え? ハ、ハイ。京都でエヴァンジェリンさんの戦いを見て、
 魔法使いの戦い方を勉強するにはあの人しかいないと思って……」

「なるほど、そーなんやー」

「なに?このか、どうしたの?」

「いやなー。もしエヴァちゃんトコに弟子入りできひんかったらの話やけど、
 そん時はシロウに弟子入りすればええんとちゃうかなー思て」

「!!それよ! ネギ、何もエヴァちゃんに弟子入りする必要ないじゃない!!
 エヴァちゃんはまだアンタは敵だーなんて言ってるし、
 シロウに弟子入りした方がまだマシよ!!」

 ネギの保護者が板についてきた明日菜はそう言って彼に詰め寄った。
 本人は否定するだろうが、彼女は子供のネギに危ない事をして欲しくないのだろう。

 しかし…低い。
 何がと言えば、明日菜の士郎への評価が低い。
 京都の一件をまだ根に持っているのか…刹那の気持ちオトメゴコロに気づかないとは、それだけで罪らしい。

「え……そ、それは…」

「駄目やえアスナー。
 ネギ君はエヴァちゃんに弟子入りしたいゆーて頑張ってるんやから」

「そうアルよ。やる気になってるトコロに水を差すのは良くないアル」

「う…。わ、わかったわよぉ……」

 周りから一斉に責められて、明日菜はネギから渋々離れた。
 ……過保護という自覚は、彼女にはきっと無い。

 …そこに前触れ無く、広場中に聞こえるような大きな声が響き渡った。


「ネギくーーーーん!これ差し入れ!!
 お弁当たくさん作ってきたよーーーー♪」

 声がした方向にネギが顔を動かすと、
 こちらへ向かってくる二つの人影が目に入った。

「…え。あ、ありがとうございます?」
「あれ、まきちゃん?」

 ネギだけでなく一同が揃って視線を向けた先には、
 弁当を携えたまき絵が亜子と共にネギ達の方へ歩いてきている。
 ちなみにその内容量、重箱十六個。……明らかに多かった。

「みんなも食べてや」
「ス、スゴイ豪華ですね」
「うまそーアル♪」
「ひゃー、おせちみたいやなー」

 結局みんなで箸をつっつき、食事会の様になってしまったのは言うまでもない。
 ……食事にかかった時間と、食後の休憩時間。
 少しでも時間が惜しいネギの現状で、まき絵の差し入れによって
 当初の予定以上に休憩が長くなってしまったとは、誰も指摘しなかった。

「どお?美味しいかなネギ君♪」
「はい、とっても美味しいです!でも……」

「……お気持ちは嬉しいですけど、こんなにたくさんの差し入れなんて、
 どうしたんですかまき絵さん?」

「――うッ。そ、その…………」

 訊かれると、まき絵はバツが悪そうにしてネギからサッと眼を逸らす。
 しかし、それによって尚更不思議そうにまき絵じぶんを見つめてくるネギに耐えきれず……。


「…ゴメン、ネギ君!!」

「へ?」

 彼女は手を合わせ、勢いよく頭を下げて謝った。

「………ホンッットにゴメンね。
 私のせいでこんなことになっちゃって………」

 一同はようやく合点がいった。
 まき絵は今朝の出来事を気にしていて、
 差し入れは彼女なりにネギの助けになろうとしたのだと。

 …とはいえ、ネギが古菲に師事していた事がバレた時点でこのような展開にはなっていただろう。
 エヴァさんはやきもち焼き屋さんなのである。
 原因の一端ではあるかもしれないが、全てまき絵の所為ということではない。
 だから責任を感じる必要はないと、ネギは笑顔でそう言った。

「アハハ、大丈夫ですよまき絵さん」
「でもでも、日曜日まであと二日しかないんだよ?
 ………あれ?二日…じゃない、日曜……」

「…? まきちゃん?」
「どうしたアルか、ブツブツ呟いて(もぐもぐ…)」

 弁当を突っつきながらまき絵を見る一同は、
 彼女の顔からサァー…と血の気が引いていくのを目の当たりにした。

「―――わ、忘れてた……。
 私も…日曜日に大会の選抜テストがあるんだったーーーーーーー!!」

 文字通りの絶叫だった。
 広場中の視線を集めかねない大声で叫んだと思えば、
 まき絵は思い出した途端みるみるその目に涙を溜めていく。

「ど、どうしたんやまき絵!?」

「……う…、そ、その………。……テスト、全然自信なくて」

「えっ、なんで? まきちゃんスゴイ上手じゃない!」

「………私の演技、『子供だ』って先生が……。
 ネギ君にも迷惑かけちゃうし…私、もーダメだよ………。」

 騒がしいほど元気な3−Aクラスの中で輪をかけて明るい彼女が、
 目に涙を湛えながら明らかに気落ちしているその様子。
 そんなまき絵の落ち込みように、周りも表情を曇らせるしかなかった。

「…な、何言ってるアルかっ、バカピンク」
「そうだよ、まきちゃんらしくないよ!」
「元気出しぃ」

「……そうだ、まきちゃんの演技見せてよ!」

 踊ってみれば欠点が分かるかもしれない、いざ踊れば気持ちが切り替わるかもしれない。
 そこまで確かな考えがあった訳ではないが、
 明日菜は、一度演技をさせることで何かしら変化があるのではと期待して提案した。


「えっ―――、ダ、ダメだよそんなのっ!!」

 ………拒絶は即答だった。
 完全に自信を失くしている今のまき絵にとって、
 自分の“子供の演技”など…とても他人に見せられたものではない。………しかし。

「あ、僕も見たいです!まき絵さんの新体操見たことないし…」
「う……ネ、ネギ君…………。」

 しかし、負い目を感じているネギに頼まれてはまき絵も断り辛い。
 ………渋々、といった様子をありありと浮かばせながら、
 彼女は立ち上がり、少し歩いてネギ達から距離をとった。


「…じゃ、じゃあ……ちょっとだけだよ。…コホン」

 革靴を脱ぎ、靴下のままつま先立ちで芝生に立つ。
 懐からリボンを取り出し、彼女は調子を確かめるようにそれを軽く振るう。
 そして―――。


 ―――タンッ


 まき絵はリボンを片手に、緑の絨毯を蹴って舞った。
 ………「リボンそれ、いつも持ち歩いてるんだ」と、皆が思ったそうな。




 ・
 ・
 ・
 ・



 ―――トンッ………。


 芝生の上に、彼女は静かに着地する。
 演技の間も、終わってからも、観客ギャラリーは誰も言葉を発しなかった。


「え、えと………こ、こんなカンジなんだけど―――」

「す、すごーーーーい!!」
「全然いいじゃないですかーーーーー!!」
「かわええしかっこええやんー♪」

 恐る恐る感想を訊こうとしたまき絵の声は歓声に掻き消された。
 素人から見ても彼女の演技が優れていると、充分に感じられるものだったから。
 しかし舞った本人はと言えば、湧き上がるギャラリーに困惑を隠せない。

「で、でも先生が子供っぽいって……」

「そんなコトないですよ!僕、新体操はよくわかりませんがとても良かったです!
 まき絵さんらしい素直でまっすぐな、美しい演技だと思いますよ!!」

「…ホ、ホント……?」

「本当ですよ、驚きました!」

(さ、さすが外国人…。
 よくまぁ照れもなくそんな褒め言葉ばっかをペラペラと……)
(あ、あはは……)

 拳を握って目を輝かせ、ネギは掛け値なしの本音でまき絵の演技を称賛する。
 その絶賛ぶりは聞いている周囲の頬が熱くなるほどだったが、
 それでもまき絵はいまいち自信を取り戻せないようだった。


「あ…ありがとー…ネギ君。
 でも、もうテスト明々後日なんだよね――……。はあ…」

「それはそうですけど、ここまできたらもうやるしかないですよ。
 あと二日、一緒に頑張りましょう!まき絵さん!」


 そこまで言ってネギは気づいた。
 まき絵に言った言葉はそのまま、今の自分にも言えることだと。

 上手くいくかいかないか、今は結果それを気にしていてもどうにもならない。
 今はただひたすらに、必死に努力するしかない……きっとそういう事なのだ。


「よしネギ坊主、腹も膨れたしそろそろ再開するアルよー」
「はいっ!!」

 そうと分かればこれからの特訓にも身が入る。
 ネギは張り切って古菲との稽古に戻っていった。



「………ねえアスナ」
「ん?」

 そんなネギをじっと見つめて、まき絵はぼんやりと口にした。


「ネギ君ってカワイイだけじゃなくて………結構、カッコイイかも」

「―――え?」



(………ほほう。二ヤッ)


 ……と、とあるオコジョが明日菜の隣で思ったそうな。
 おおカモミールよ、今話の初登場が悪企みそんなセリフとはなさけない。





 ◇◇◇◇◇




 日付は土曜、時刻は夕方。
 ネギの弟子入り試験まで、残り六時間を切った頃―――。


「…ほっ――ほっ……」

 僅かに息を弾ませながら、まき絵は小走りで麻帆良を駆けている。
 しかし彼女は徐々に速度を落とし、諦めたように手を膝について足を止めた。

「もー、ぜんぜん見つからないよー…。
 …ネギ君、ドコ行っちゃったのかなー…」

 ネギの姿が見えない事に気づいたのは明日菜だ。
 古菲から「残りの時間は最後の回復と休息に使うこと」と言われたネギは、
 シャワーを浴びてすぐ寮部屋に戻った……筈だった。

「明日菜もすっかり保護者だよね。
 ネギ君結構しっかりしてるし、そんな心配しなくていいと思うけど…」

 また何処かで無茶な特訓でもしているかもしれない。
 そんな心配からネギを捜し始めた明日菜と偶然顔を合わせたまき絵は、
 彼女に付き合ってネギ捜しを手伝っていた。

(…それに)


「ネギ君はまだ、子供なんだし………」


 数時間後に大勝負が待っているとなれば、不安もある。
 一人になりたくて姿を眩ますことだってあるだろう。

 何せ彼はまだ、十歳の子供なのだ。
 辛い事からは逃げたいし、嫌な事だってできればしたくないだろう。
 “子供”なのだから―――


「……そーだよね。捜してる間に入れ違いで寮に帰って来てるかもしれないし、
 私ももう帰っちゃおっか。明日菜には電話で……」



 ―――パシン…ッ!


「…………え…?」

 思わず疑問の声を出す。
 何処からか…聞き覚えのある、乾いた音が微かに聞こえた。


 ―――パシン…ッ!パシィン…ッ!!


 耳を澄ます。……気の所為ではない。
 自分は、この音を知っている――――。


『あ、それってこないだ言ってた中国拳法?』
『ねえ、今のもっかいやってよ♪』


 ………乾いた音は、まき絵の視線の先。
 階段を上った高台にある、世界樹前広場から聞こえていた。


「―――――。」


(…………あと、ここだけ。)

 この広場に居なかったら、諦めて寮に帰ろう。
 そんな事を考えながら、まき絵は広場に足を向けた。

 ―――捜している少年は間違いなく居るだろうという、確信を抱きながら。




 ・
 ・
 ・



 陽が沈み始めた時間帯。
 暁に染まった広場に続く階段の途中で、少女は思わず足を止めて立ち尽くす。
 その場所で…まき絵は、捜していた少年を見上げていた。

 乾いた音が一定のリズムで広場に響く。
 足を踏み込みながら時には肘を、拳を、掌を突き出して、型をカラダに馴染ませていく。
 少年が舞う八極拳の套路はまだまだ粗削りながら、
 基本的な動きを流麗に再現していて一向に終わる気配を見せない。

「馬歩頂肘、開弓勢…えーと…左右分掌、招肚双撞…!」

 そこには、套路かたの反復練習をするネギの姿があった。


「うーん、やっぱ俺っちみてぇな素人目から見てもまだ粗いぜ兄貴」
「…うん、解ってる」
「こりゃ古老子が言ったように奇襲かカウンターで一気に…ってヤベッ」
「――え?
 …あれ、まき絵さんじゃないですか。どうしたんですか?こんな所で」

 カモは慌てて「普通のオコジョ」を演じ始め、
 ネギも何事もなかったかのようにまき絵に話しかける。
 ………だが、当の本人はそれに気づかず、……そんな事はどうでもよかった。

 まき絵は静かに、まっすぐにネギを見つめている。


「…あの、まき絵さん?」

「………ネギ君ってまだ十歳でしょ?
 なのに先生なんてやってて大変だろうし、今だってこんなに頑張ってるよね?」

「え、は、はい?」


「―――ねえネギ君。ネギ君はどうしてそんなに一生懸命頑張ってるの?」


 ネギは思わず言い淀む。
 父親のような魔法使いになりたいから、とは言えない。
 上手いこと誤魔化さなくては―――……でも。

 まっすぐに自分を見つめる、まき絵の澄んだ眼に。
 ……ネギは、適当に誤魔化した答えを返すこともできなかった。


「僕は………。その…、…ずっと憧れてる人がいて……。
 その人に追いつくために、どんなことも頑張らなきゃって………。
 そう、決めたんです」

 夕陽の向こうに、顔も知らない父の姿を幻視して…ネギはそう回答した。


「………そう。」

 見惚れるようにしてネギの言葉を聴いていたまき絵の表情が、
 どこか満足気な様子に見えたのは……ネギの気の所為だっただろうか。


「――――ネギ君、大人だね」

 …ただ、そう言って破顔したまき絵の笑顔は、これ以上なく魅力的だった。
 少なくとも、ネギはそう思った。

「…え?」

「んーん、なんでもないよー♪
 あとねネギ君、アスナがネギ君のこと捜してたよー。また無茶な特訓してるんじゃないかって。
 無理やり連れ戻して休ませるとか言ってたような―――」

「ハイッ!すぐに帰りますっ!!」

 まき絵の台詞を聞いた瞬間、ネギはビクッ!と肩を震わせた。
 魔法障壁の効かない出鱈目なハリセンを喰らうのは、エヴァだけで充分なのである。

「んふふ、怯えちゃってカワイイなーもう♪
 アスナはちょっと怒りっぽいもんねー、お姉さんが一緒に帰ってあげるよ♪」

「え、ちょっと、まき絵さん―――!?」

 一転して上機嫌になったまき絵に手を握られる。
 様子がコロコロ変わる彼女に困惑しつつ、手を繋いだままネギはまき絵に引っ張られていくのであった。






 ◇◇◇◇◇




 土曜日、PM 11:58―――。


 周囲を照らす明かりが街灯だけになった頃………夜の世界樹前広場。
 そこには静かにその時を待つ、数人の男女が集まっていた。

「…オイ御主人、コレジャ試合ガ見エネーゾ。
 モットイイ位置ニ座ラセロヤ」

 街灯の台座部分に粗雑に立てかけられたチャチャゼロが、
 主人を見上げてそんな不平を口にした。

「まったく、役立たずのくせに口うるさい奴だ」

「動ケネーンダカラ仕方ネーダロ。
 ソレニ役立タズナノハ御主人ガ封印サレテル所為ダゼ」

「ああもうお前ら、こんなトコでまでケンカするんじゃない。
 ほらチャチャゼロ」

 見かねた士郎はチャチャゼロを「ひょいっ」と持ち上げ、
 いつも茶々丸がしているのに倣って彼女を自分の頭に乗せた。

「あ、コラ士郎!甘やかすんじゃない、つけ上がるだろうが!!」

「オー、イイ眺メダゼ。色ンナ意味デナ」

 チャチャゼロはそう言うと、含みのある目で楽しそうにエヴァを見下ろす。

「………どういう意味だ」

「ケケケ、チビダナ御主人」

 ―――カチンッ

「貴様の方がチビだろーがっ!」

「今ハオレノ方ガデケーゾ」

「ええい言わんこっちゃない、士郎そいつを寄越せ!
 そんな生意気な人形は地べたに放り捨てておけばいいんだ!!」

 彼女は士郎の頭からチャチャゼロを引きずり落とそうとするが、悲しいかな。
 二人の身長差は実に50cm以上もある。
 エヴァは必死に何度もぴょいこら飛び跳ねるが、全く届く気配はなかった。


「―――しかし、よいのですかマスター」

 三人とは離れた場所から聞こえた声。
 階段下―――広場中央付近でネギを待つ茶々丸が、エヴァを見上げて問いかけた。

「ネギ先生が私に一撃を入れる確率は3%以下。
 先生が弟子になれなければマスターとしても不本意なのでは………」

「……おい、勘違いするなよ茶々丸。私は本当に弟子などいらんのだ。
 メンドイし、ただでさえ手のかかる奴が一人いるしな」

「…………うぐぅ」

 自覚のあるらしい約一名の人間が呻きを漏らした。
 そしてそれを華麗に無視してエヴァンジェリンは話し続ける。

「それに“一撃入れれば合格”など破格の条件だ。これで駄目ならぼーやが悪い。
 いいか茶々丸、決して手加減などするなよ。それがぼーやのためでもある」

「………わかりました」

 茶々丸も、それ以上は何も言わなかった。



「さて、そろそろ時間だな…」

「エヴァンジェリンさんっ!!」

 広場入口―――階段の下に現れた人物を見下ろして、
 エヴァンジェリンは口元を僅かに歪める。

「…来たか」


 麻帆良に聳える時計台。
 その文字盤を廻る二つの針が、「12」を指してカチリと重なる。


「ネギ・スプリングフィールド、弟子入り試験を受けに来ました!!」


 ―――AM 0:00。
 日付が変わったのと同じくして、ネギが広場に姿を現した。


「ふ…よく来たなぼーや。それでは早速始めようか」


 ネギが自分の目的を果たすため、それを為すために強くなるための、
 エヴァへの弟子入り。
 これを実現させられれば、彼は目的へ大きく近づける足掛かりを得るだろう。

 これよりネギは、その理想の実現のために。
 眼前に立つ緑髪の少女―――絡繰茶々丸を打倒しなくてはならない。

 ―――決着の時は来た。
 視線を飛ばし、拳を交え、今この場所で雌雄を決する……!


「先ずはルールの確認だ。貴様のカンフーもどきで茶々丸に一撃入れられれば合格。
 貴様が手も足も出ずにくたばればそれまでだ」

 嘲るような笑みさえ浮かべてネギを見下ろし、エヴァンジェリンがルールを述べる。
 …するとネギも、二ッと笑って彼女を見上げた。

「………その条件でいいんですね?」
「ん? ああ、いいぞ」

 薄く笑うネギを訝しむが、エヴァはそれを大して気にも留めなかった。


(――ハ。エヴァ気づけよ、…ネギが笑っている意味を)

 ……彼女の後ろで、士郎が苦笑を浮かべていることにも気づくことなく。


「………それよりも」


「―――そのギャラリーは何とかならんかったのか!!」


「がんばー!」
「やったれネギ君!!」
「怪我しないようにね」
「ネギ先生がんばってー!!」

 ネギの後ろに控える応援団の顔ぶれは、
 関係者の明日菜・カモ・刹那・木乃香・古菲………だけでなく。
 事情を知るまき絵と亜子の他に、裕奈とアキラまで居合わせていた。


「……その、特訓してる理由を説明したらついてきちゃって。あはは」

(ナメとんのかこのガキ!せめて一般人は置いてこい!!)


「大丈夫…?ネギ君」
「大丈夫ですまき絵さん。練習の成果を出し切ってきます!!」

「ネギ!」
(兄貴!)
「カモ君、アスナさん。大丈夫です!」

「落ち着いていくアル!」
「はいっ!古老子!!」


(……フン。あの人望だけはナギやつ譲りか?)

 エヴァンジェリンは口をへの字に曲げながら、
 試験に臨むネギとその応援団ギャラリーをじっと見つめていた。


「だ、大丈夫だよね?くーふぇ」

「いや……この前見たカンジ、茶々丸はかなり強いアル。長引けば即ち不利。
 最初の一分間でカウンターを決められなければネギ坊主に勝ち目はないアル」

「そ、そんな…!」


 ―――ザッ


「茶々丸さん、お願いします!」
「お相手させて頂きます」

 ギャラリーから離れ、ネギと茶々丸が広場中央で視線を合わせて対峙する。
 自ずと空気は張り詰めて、ピリピリとした緊張感が周囲の人々にまで伝播していく。

「ケケ。アノガキガドコマデヤルカ見物ダナ」
「…まあ、なるようになるさ」

 広場全体が独特の空気に染まったのを頃合いに、
 エヴァンジェリンは腕を組んだまま声を張り上げた。


「―――では、始めるがいい!!」


 鈴を鳴らすような声で号令が響き渡る。
 ―――同時、茶々丸が弾かれるように駆け出した。









<おまけ>
「W主人公って訳にはいきませんか、そうですか」

士郎
「―――ネギ。お前に話がある」

 思わず、唾を飲み込んだ。
 それはネギに限っての話ではない、彼の周りにいる明日菜達も同様だ。
 いつになく―――いや、今までネギが一度も見た事がないほど神妙な面持ちで、
 これ以上なく真剣にこちらを見下ろすその双眸。

 彼にこちらを威圧する意図は皆無と解る。
 だが、そこに在るだけで他を圧倒してしまうこのプレッシャーを……何と名状するべきか、
 ネギにはそれが解らなかった。

 ―――恐ろしくなる。
 普段は気さくで温厚な彼が、ここまでの佇まいを見せざるを得ない“話”とは、
 一体…如何なるものだというのだろう――――!?

士郎
「……今回、つまり第32話はな、俺の出番が少ないんだ」

ネギ
「……………………………え?」

士郎
「だから、俺の出番が少ないんだ。ついでに次回も。
 なんせメインがお前とまき絵ちゃんときた。俺にもはや主人公の風格は欠片もない」

士郎
「だから………これは提案なんだが、
 これからは、俺とお前のどちらかさえ目立ってれば良しってことにs」

明日菜
「無極而太極斬――――――!!」
刹那
「剣の神・建御雷―――――!!」
古菲
「神珍鉄自在棍――――――!!」
まき絵
「爆弾のボール――――――!!」
士郎
「ちょっ――お前ら時系列無視した技を勝手に使ぎゃぁぁああああああああっ!!!」

 ヒロインたち の いっせいこうげき!
 シロウ は たおれた!!

ネギ
「………安心してシロウ、シロウが思ったような不安は絶対に来ないよ。
 だって―――」

ネギ
「主役はいつだって、僕一人って決まってるんだから!!(キラーン☆)」

まき絵
「キャーーーッ!ネギ君カッコイイーーーー♪」
古菲
「ネギ坊主には敵わないアル♪」
刹那(?)
「先生、一生ついていきます!」
明日菜
「べ、別にアンタの事なんか、全然好きじゃないんだからねっ!!」

 ―――ヒロイン達の総攻撃に倒れた衛宮士郎!
 「ネギま!―剣製の凱歌―」の新たな主役の座に、
 このままネギ・スプリングフィールドが納まってしまうのか!?

木乃香
「――ほいシロウ、治ったえー♪(ぴろりろりーん☆)」
士郎
「……ああ、サンキュー木乃香…。
 さあ―――お仕置きを始めるとしよう………!!(゜∀゜#)」


 次回、「ネギま!―剣製の凱歌―」
 番外4 主役交代の危機ピンチ好機チャンス!?弟子入りしてる場合じゃねえ!!


刹那
「…ま、待ってください士郎さん!
 私は見えざる作者かみの手によって操られていただけで、さっきのは私の本心では―――」
真名
「これでライバルが減る」
エヴァ
「幾分か楽になるな」
フィンレイ
「ならば空いた席には私が座ろう♪過去編から久しぶりに登場だ!」
刹那
「うわぁぁあああああああんん!!!」


 それでは次回!!(嘘)



〜解説・補足〜

 ネギま!二次小説では削られがちな、弟子入り編におけるまき絵の出番を極力原作に近い感じで書いてみました!
 ちなみにこの弟子入り編のコンセプトは「ネギとまき絵がメイン」です。
 そのしわ寄せに士郎の影が薄いですがご容赦を!

>体力作りのジョギングだけは続けている
 原作の、泣きながら朝のジョギングをするシーンが元ネタ。

>「え……そ、それは…」
 明日菜に言われるまで、士郎を師匠にするという選択肢は思いつきもしなかった模様。
 (ネギを敵視している)エヴァに師事する危険性を考えれば、士郎に弟子入りする選択肢も考えてみるべきだと思いますが、そこはそれ。
 こうと決めたら一直線でそれ以外が見えなくなる、ネギ少年の悪い癖であった。

>過保護という自覚
 ネギは無茶する性分なので、過保護なくらいが丁度良い気もします。
 ただ、(この時点での)明日菜の過保護は「ネギの意思を尊重していない」考えによるものなので、やはり間違っていると指摘せざるを得ない訳で。
 ネギの心情、考えを理解した上で彼の行動に反対するなら問題は無いのではないでしょうか。

>「リボン、いつも持ち歩いてるんだ」
 すっげぇ今さらの話。
 図書館島(第一章-第4話)の時も地の文でツッコミを入れましたし。
 でもこれマンガだからスルーできる話で、リアルでこんな人がいたらツッコまざるを得ないですよね?

>(あ、あはは……)
 この照れた笑いは刹那のものです。

>(………ほほう。二ヤッ)
 もちろん、「兄貴(ネギ)の仮契約者候補にならねーかな」という邪な企み。
 だから一般人を引き込むなっつーの。

>顔も知らない父
 正しくは「顔を直接見た事が無い父」。
 ナギの顔自体は写真で知ってますし、六年前に会った時はフードで顔が隠れてましたから。

>魔法障壁の効かない出鱈目なハリセンを喰らうのは、エヴァだけで充分
 ネギ、案外失礼な事を考えてやがりますねw
 でも怪力の人物が振るスチール製ハリセンなんて代物、誰だって叩かれたくない。

>数人の男女がいた。
 この中で人間は一人だけという驚愕の事実(笑)

>鈴を鳴らすような声
 正しくは「鈴を振るような声」。
 美声とか可愛い声とか、そんなニュアンスの意味の言葉。

>おまけ
 ……これを書いた時間帯は深夜だったと弁明しておこう。
 そしてせっちゃんがカワイすぎてカワイすぎていじめたくなる。



【次回予告】


フィンレイ
「遂に始まった弟子入りテスト!
 ネギ少年は見事に特訓の成果を出し、
 序盤から古菲やエヴァンジェリンが目を瞠るほどの動きを見せる!
 それでも茶々丸に焦った様子は見えなくて……!?」

 次回、「ネギま!―剣製の凱歌―」
 第33話 弟子入りしよう!〜決闘篇〜

フィンレイ
「それでは次回!
 ……私が本当に再登場する第五章、そして第七章を楽しみになっ!!」
佐藤C
「ちなみに現在は第三章です」
フィンレイ
「まだまだじゃないか!!」


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