1996 初春 日本帝国柊町
柊町に存在する超高級ホテル「ゴージャス柊ホテル」の最上級VIPルーム。
それを利用することが出来るのは、このホテルのオーナーから利用を許可された者だけ。
そしてそのオーナーの姿を知るものは少ない。その数少ない人物の1人である支配人が、その指示を聞いたのは1月に入って間もない頃だった。
VIPルームの使用。
それは国賓級のお客を迎えると同意義であった。かつて使用したときも、当時は外相だった榊是親だったり、次期煌武院家頭領の煌武院悠陽であったり、とあるやんごとないお方だったりと様々だ。
そして今回もそれに劣らないメンバーが揃うこととなる。
1人、現職総理大臣、榊是親。
1人、帝国陸軍中将、彩峰萩閣。
1人、国連事務次官、珠瀬玄丞斎。
1人、外様武家御剣家現当主、通称御剣翁。
1人、帝国情報省外務二課課長、鎧衣左近。
以上5名、それがVIPルームに集うメンバーであった。
1人ほど毛色が違う武家のお方が混じっていたが、このメンバーを見てピンと来るものがあるものは少ないだろう。
数少ない共通点、すなわち5人とも来年で中学を卒業する少女を家で養っているということ。それに気づく者はよほどの者だろう。
特に鎧衣左近など情報機関に所属する者は家族の情報を閲覧することすら容易ではない。
ではいったい、誰がどんな目的で彼らを集めたのか。
それは、彼ら5人が揃った当日明らかになる。
部屋には緊張感が満ちていいた。
円卓の席に座る5人は互いの距離を確認するかのように一席ずつ空けて座っていた。
特に存在感を見せるのは、御剣翁である。老いてなお第一線に立てるだけの自己鍛錬を己の身に課し、たゆまぬ努力を続けるもの。1人の武士(もののふ)として泰然自若としてその場あり、決して揺らぐことはないように見える。
次に榊是親。一国の総理大臣を務めるに相応しい威厳と貫禄を持って、その場にいるだけで周囲の目を引きつけて止まない。
そしてピリピリとする場を調停するかのように穏やかな雰囲気を待っているのは珠瀬玄丞斎。いがみ合う国同士、利権を掛けての綱引きを調停する者としての本質を見せるかのように、今の場に均衡をもたらしている。
瞳を閉じて、じっと巌のように席に座っているのは彩峰萩閣。陸軍の良心ともいわれる穏健派の中心人物である。
最後に口元に見ようによってはふてぶてしい、あるいは軽薄なといっていい微笑をたたえて他の四名を観察しているのが、鎧衣左近である。とある計画が動き出してからというもの、やたらと忙しそうに駆けずり回っているという噂である。
5人がそろってから、数分。無言のときは過ぎていく。
ここにいるのはいずれも海千山千の狸と渡り合えるつわものである。彼らをしてこのような重苦しい場を設けさせるとは、果たしてこの5人を呼び寄せたのはいったい?
そんな疑問を解決するべく、部屋の扉を叩く音が大きく鳴り響いた。
榊がちらり、と周囲を見回す。
御剣翁が重々しくうなずき、珠瀬と彩峰が同時に頷く。鎧衣は軽く肩をすくめるだけだ。
それを見届けると、
「どうぞ、入ってくれたまえ」
とハリのある声を響かせた。
「失礼しますわ」
重厚な造りの扉、下手な庶民の年収など軽く吹っ飛んでしまう額のするそれを押し開け中に入ってきたのは、まだ二十そこそこの女性だった。
見るものをはっとさせる美貌、腰近くまである艶やかな髪、中でも目を引くのはその瞳だ。
強烈なまでの意思と知性を宿すその瞳は、見るものを虜にするかそれとも敵にするか、そんな選択肢を迫るような危うさを持つものだった。
だが、それすらも彼女の魅力。
自信と強靭な意志を持ち己の持つ知性をどこまでも貪欲に使いこなす彼女。
その名を、
「皆様ごきげんよう、香月夕呼と申します。本日は急なお招きに応じくださり、感謝に堪えませんわ」
名乗る姿は普段の傲岸不遜さは全くといっていいほど鳴りを潜めている。まりもあたりが見れば、いつもああならどれほどいいか、と涙を飲むに違いない。
その場にいる面々をぐるり、と見渡すと、
「全員揃っていらっしゃるようですわね。では、これから今回皆様にお集まりいただいた理由をお話いたします。言っておきますが、これは国家機密レベルの非公式会合扱いになります。迂闊に外に漏らせば国家反逆罪の適用もあり得ますのでご理解のほどを」
そう告げた。勝手に呼びつけておいてこの言いようである。
やはり根っこの部分はどうやっても直らないらしい。
そして彼女が扉をくぐって室内に入ると、その後ろから1人の男が続けて入ってきた。
その男の姿をみて、御剣翁のこめかみに血管が浮かび上がる。
「同席することをお許しください。香月博士の助手をやっております、立花隆也と申します」
「小童、二度とワシの前に姿を現すな、と散々言いつけておいたはずじゃぞ!」
名乗りを遮るように御剣翁が声を挙げる。
これには、鎧衣を除いた全員がぎょっとして、御剣翁に目を向ける。それほど殺気だった言葉であり、身体からは剣気すら立ち上っている。完全に臨戦態勢だ。
「御剣様、お怒りはごもっとも。この男の処遇は後で煮るなり焼くなりどうぞご自由に。ただ、この者がこの場に居るのにはそれなりの理由があるのですわ。どうぞこれを」
そうやって夕呼からそっ、と差し出された書状を、渋々と言った感じて御剣翁が受け取ると、途端にその身体から迸る剣気が収まった。
「香月殿、これは確かなものであろうな?」
「筆跡を見て頂ければおわかりでしょうが、間違いなく」
頷く夕呼の姿をみて、渋々矛を収める如く目をつむる。
「あのお方のご指示とあれば是非もなし。よかろう、小童。主の同席を許可する」
「ありがとうございます」
そう答えると夕呼と揃って席に着く。
「さて皆様に集まって頂いたのは他でもありません。ワタシが現在関わっているオルタネイティブ第四計画についても関係する事案です」
「ふむ、それについては予測の範囲内だ。問題は、どういう意図で我々を招いたか、だ」
榊が牽制するように夕呼に目を向けた。
元々榊と夕呼は、オルタネイティブ第四計画の招致を行うさいに協力し合った中であるので、比較的声を掛けやすい立場である。そのためまず榊が口火をきったのだ。
「そうですわね。皆様お忙しい方たちばかり。さっそく本題に入りましょう。立花、資料を」
「はい」
隆也の操作により各員の手元にディスプレイがせり上がってきた。
映画などでよくある光景だが、この時代液晶ディスプレイなど普及していない。そのため夕呼と隆也を除く全員が目の前に現れた液晶ディスプレイに目を奪われた。
世界的に普及しているのがブラウン管であるのにかかわらず、柊町は液晶ディスプレイ、もしくはAR技術を駆使したディスプレイが蔓延っている。
「このテレビは一体?」
珠瀬などは珍しいどころか、現状世界でもここだけでしか存在しない液晶ディスプレイに目を奪われていた。
「柊町産の液晶ディスプレイですわ。興味がおありでしたら、後ほど資料をお渡しします。もっとも、極秘資料なので取り扱いにはご注意願いますが」
「う、うむ」
後ろ髪引かれながらも、とりあえず液晶ディスプレイに対する興味を押し殺した珠瀬。
しかし、彼は次の瞬間、液晶ディスプレイを見たとき以上の衝撃を受けることになる。
「皆様に集まって頂いた理由、それはうすうす感じていたとも思われる事に対する答えになります」
液晶ディスプレイに浮かび上がっては消えていくその資料、それは、その場にいる5人の家族であり今年で中学を卒業する少女たちのものだった。
「それは私の娘が異常な力を有していることの答えになるのか?」
声を挙げたのは彩峰だった。
腹の底に響くような声は、命令になれた者の声だ。柔な精神の持ち主であれば、これだけで全てをはき出してしまいかねない。
「難しご質問ですわね。確かにそれは答えにはなるかも知れませんわ。ですが、理由にはなり得ません」
「理由?」
「ええ、なぜ、彩峰閣下の娘様が選ばれたか、その理由には。なにせ、選んだ張本人が口を固く閉ざして語らぬものでして」
と、自分の隣にすわる隆也に目を向ける夕呼。
ひでぇ、ここでばらすとか、ねーだろ、をい。
内心思いつつ、隆也はポーカーフェイスを保つ。
「立花君、といったか。どういうことか、答えてもらえるかね?」
拒否は許さない、そう言った問いかけだった。軍隊の中ではよく聞く命令だ。そう、実質の命令だ。
だが生憎といまの隆也は、日本帝国陸軍伍長ではなく、オルタネイティブ第四計画主任研究員の肩書きで行動している。
なので当然答えは、
「申し訳ありませんが、答えるわけには参りません。それどころか閣下、あなたにお会いしてなおのこと答えるわけにはいかなくなりました」
隆也の目には、彩峰のAL因果律にて確定された死亡の時期が見えていた。
再来年だと?早すぎる。手の打ちようがない!
隆也の平然とした態度の裏で、思考は高速で疾走している。
どういう事だ?父親の死が、慧の死に関係している?
謎が謎を呼ぶ。ましてや彼は、千鶴の父親である榊にもAL因果律にて確定された死亡の時期を見ていたのだ。
2人の死は次期がずれている。おまけに榊の死の方がマブレンジャー達の死亡時期と重なる。
隆也は平行思考で考えるべきことを横にうっちゃって、現在の会議に集中することにする。
「それはどういことかね?私に関係する、と暗に言っているようなものだが?」
さすがに鋭いな、と隆也が内心で舌打ちする。まあ、この程度の腹芸が出来なければ中将などという地位には就けないか、と内心で納得する。
「その通りです、彩峰中将。詳しくは言えません。ですがこれだけは信じて頂きたい。私は決して害意を持ってはいないと言うことを」
隆也必殺のマジシリアス視線で、必死に訴えかける。ちなみにマジシリアス目線とは、隆也が本気で誠心誠意をもって相手に接するときに訴えかける視線を言う。
というか、そんな名称をつける当たりどこがシリアスなんだよ、という突っ込みがあるが、それはそれである。
「ふむ、分かった。娘の言葉を信じるなら、立花君にはやましいことはないからな」
「ありがとうございます」
「まってくれんかの、彩峰中将」
そこで割って入ったのが、珠瀬だ。
「貴官はそれでいいのかもしれんが、ワシのタマが、ワシのタマが飛行少女になってしまったのは、こやつの責任ということになるんですぞ!」
その発現で、会議室にぴしっ、と目に見えない緊張が張り詰めた。
「目の錯覚と常々思っていたのだが、実は私の娘の千鶴も・・・」
「むぅ、私の娘もだ・・・」
「ワシの、ワシの冥夜タンも・・・」
「いやー、飛行と非行、どちらがよいのやら」
その言葉に隆也は背中から大量の汗を流していた。
ヤバイヤバイヤバイ。あいつら、大丈夫とかいっていたけど、しっかり飛ぶところ見られているじゃねえか。
頭の中ではそればっかり。
「「「「「さて、立花君(小童)、それでも話してはもらえないというのか(ね)?」」」」」
「い、いや、ほら、先ほども申し上げたように、私を信じて頂くしかないというか」
必死に抗弁する隆也。
そんななか、手元のコンソールを退屈そうに弄っていた夕呼が、
「あっ」
と声を挙げた。
なにごとか、と一斉に皆の視線が夕呼に集中する。
「申し訳ありません、ワタシのプライベートな写真が混じっていたようで、それをつい・・・」
皆がこぞって手元のディスプレイに目を落とすと、夕呼とまりもを両脇に侍らせて、きゃっきゃうふふしている隆也の写真が。
「み、みなさま、ご覧の通りわたくしめは、成熟した女性が好みであります。従って、卑しい思いや、邪な思いを持って接していないと神に誓ってもいいです!」
これ幸いと、捲し立てる隆也。
「しかし、それでは娘たちが成熟したら手を出してもおかしくない、ということじゃないのか?」
彩峰が呟くと、再び殺気が隆也に浴びせかけられる。
「い、いえ、すでに2人も恋人がおりますので」
「2人が3人になっても構わないとか思っておらんかのう?」
剣呑な視線を向ける御剣翁。
それから1時間、貴重な会談の時間が隆也をつるし上げるのに使われたのは、彼の日頃の行いのせいだろう。
「ではみなさま、ご息女たちを帝国軍柊町衛士育成科に進学させるのには異議はないということでよろしいでしょうか?」
「致し方ない。なによりも娘がそれを願っているとあってはな」
榊が諦めたように口を開いた。
「私も娘の意志を尊重しよう」
彩峰もどこか達観したような感じだ。
「タマが、ワシのタマが・・・じゃが、可愛い子には旅をさせろということか」
涙ながらに納得する珠瀬。
「ははは、家の娘のような息子、ん?息子のような娘か。は基本自由に過ごさせているからね。たまにはいいだろう」
と軽く流すのは鎧衣。
「煌武院悠陽様直々の許可状があるのだ、ワシがあの娘の未来を縛ることは出来ん」
難しい顔をしているのは御剣翁だ。
猛烈に反対していたのだが、隆也が悠陽直筆の冥夜の進路希望を叶えるように要請した書状をみて折れた。
今これにて、運命の5人の娘たちの帝国軍柊町衛士育成科が決定した。
このことがのちに、人類最強にして最恐のAL4直属部隊A−01独立中隊の誕生につながるとは誰もが夢にも思っていなかった。
「ねえねえ、武ちゃん、なんか私忘れられているような気がするんだ」
「奇遇だな、俺もだよ」
「ははは、白銀君に鑑も?実はわたしもなんだ」
「む、私もなんだか無視されたような気が」
「まあ、涼宮はいつも稽古から外れて、別メニューだからな」
「そう言うんじゃないけど、なんとなく、忘れられている感がね」
と言う会話が、同じ頃柊町のどこかで交わされたとか交わされなかったとか。