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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第32話:決別の夜
作者:蓬莱   2013/07/15(月) 23:21公開   ID:.dsW6wyhJEM
切嗣と決別した銀時が冬木教会へと訪れていた頃、六陣営会談により戻ってきた正純達は、禅城邸へ戻る気力がないほど意気消沈した凛と共に遠坂邸の居間に集っていた。

「まさか、こんな事態になるとはな…」
「しょうがないですよ…誰だってあんな展開になるなんて予想もできませんから」

六陣営会談により戻った正純は、六陣営会談での一件にて起こった予想外の展開に頭を悩ませていた。
それほどまでに、酷く落ち込む正純に対し、浅間は同意するように慰めの声をかけた。
―――だけど、トーリ君は何故…?
だが、アーチャーとの付き合いの長い浅間も、自分たちの王であるアーチャーが、極大の下種であるバーサーカーの擁護に回った事に疑問を感じずにはいられなかった。

「点蔵さんよぉ…凛ちゃんの親父さんはどうしているんだ?」
「…マスターである時臣殿は、ここに戻ってきてから、ずっと、工房に引き籠っているで御座る」
「無理もないです。家に戻ってからも、その―――」

とここで、完全に意気消沈した凛を連れて、遠坂邸に同行してきた近藤は、バーサーカーによって暴露された桜の一件で最も精神に傷を負わされた時臣の様子を、錯乱した時臣を背負ってきた点蔵に尋ねた。
近藤の問いかけに対し、点蔵は躊躇うようにしばし沈黙した後、魂の抜けた抜け殻同然となった時臣がまるで受け入れがたい現実を拒絶するかのように、ただ、工房に引き籠っている事を告げた。
そして、メアリも、点蔵に合わせるように―――聖杯の知識を与えられている筈なのに、何故か慣れることのできない極東語で、遠坂邸に戻ってからの時臣がどのような状態であったのかを語った。

「―――おちんこでていましたので」
「ナニ出してんの、凛ちゃんの親父さん!? ショックが大きすぎて、そっちの方向に走っちゃったの!?」

―――かなり誤解を招く発言ではあったが。
そのメアリの言葉に衝撃を受けた近藤は、普段は中々ないシリアス展開であるにも関わらず、反射的に、数少ないツッコミを入れてしまった。
“空気読めよ、このゴリラ”―――極一部の比較的に良心的な面子を除いて、ほぼ大半の外道共はそう思わずにはいられないほど色々と荒みきっていた。

「でも、どうするのよ? このままじゃ、あの腐れ外道に聖杯を渡さないといけなくなるわよ」
「もし、そうなったら、バーサーカーは、あの桜って女の子を殺すように願うつもりだろうし」

この微妙な空気を切り替えようと、ナルゼは改めて、自分たちの置かれた現状―――もし、自分たちが相対戦に勝利した場合、バーサーカーに聖杯を譲らなければならない事を苦々しげに告げた。
もし、そうなれば、マルゴットの言うように、バーサーカーは間違いなく、喜々として自分にへばり付く臭い塵―――桜を殺す事を願おうとするのは確実だった。

「だけど…ワザと僕らが、ランサー達に勝ちを譲れば良いという訳じゃない」
「…」

さらに、ネシンバラの言うように、バーサーカー討伐を望むランサー達を勝たせてしまえば万事が解決するわけでは無いのだ。
この一件に於いての最大の問題は、桜自身がバーサーカーの願い―――自身の死を望んでいるという事だった。
今の桜は、バーサーカーの下種極まりない願いだけを支えにしなければならないほど、いつ壊れてもおかしくないくらい精神的に追い詰められているのだ。
例え、ランサー達を勝利させて、バーサーカーを討ち滅ぼしたとしても、待っているのは間違いなく、心を完全に殺された間桐桜だった抜け殻同然の肉体だけだ。
“どうしたらいいのよ…?”―――凛は、どちらに転んだとしても、救いようのない選択肢しかないという事実にそう懊悩するしかなかった。

「まずは、あの馬鹿から事情を聞くべきなんだけど…」
「と、トーリ君…ぎ、銀時さんを、き、教会に、と、泊め、て、くれるように、お、お願い、す、るのに、で、出て、い、行っちゃったから…」

そして、正純達の言うように、どういう事情と思惑があるにしろ、バーサーカーを擁護する事を決断したアーチャーから話を聞く必要が有った。
しかし、その肝心のアーチャー―――トーリは、鈴の語るように、アインツベルン城より家出した銀時の宿を探すために出ていってしまったのだ。
となれば、ここに居ないアーチャーを除いて、バーサーカーについて、大凡の事情を知る人物はこの場に於いて一体だけしかいなかった。

「となると、どういう事なのか説明できるのは、愚弟以外には、ホライゾンっだけって事になるんだけど…説明してくれるかしら?」
「…その前に、ホライゾンは、皆さんに一つだけ聞きたいことが有ります」

そして、喜美は、全ての事情を知る自動人形―――最後まであの映画を見続けたホライゾンにむかって尋ねた。
この喜美の問いかけに対し、ホライゾンは、しばし沈黙した後、この場に居る一同にむかって、聞かねばならない問いかけで返した。

「―――生まれてはいけない、生きる価値のない命が生きる事は罪なのでしょうか?」



第32話:決別の夜



銀時らが冬木教会に訪れる数時間前―――

「―――つう訳で、俺達は、バーサーカーの願いを叶える事にしたんだよ」
「そんな事があったの…」
「なるほどね…」
「…」

銀時は、この場に居る切嗣たちに、バーサーカー擁護に回った理由を説明し終えていた。
―――バーサーカーについての思いもよらない事実に驚くアイリスフィール。
―――これまでの一件を思い返したうえで、納得したように頷くセイバー。
そして、その場にいた一同が各々反応を見せる中、切嗣だけは眉ひとつ動かすことなく、沈黙を保っていた。

「というか、何で、そんな重要な事をあの場で言わなかったのよ!! おかげで、相対戦なんていう方法を取らなきゃいけなくなったのに!!」
「仕方ねぇじゃん…あの定春(♀)の話だと、城の中じゃ、バーサーカーに不利な情報は規制されるから話せなかったんだし」

だが、大方の事情を説明されたとはいえ、バーサーカーとの戦いを左右するような重大な事実を告げなかった銀時に、セイバーは無用な戦闘を強いられ事にたまらず、抗議の声を上げた。
もっとも、あのヴェヴェルスブルク城では、バーサーカーにとって不利となる情報は全て封じられていた為、銀時の言うように、セイバーらに、その事を伝える事ができなかったのだ。
“でも、これでようやく、皆の誤解は解けそうだな”
だが、銀時は大方の事情を伝えられたことで、切嗣らの協力を得られると、少なくともそう思っていた―――

「まぁ、俺としては、バーサーカーの願いを叶え―――論外だ―――はっ?」
「論外だと言ったんだ。そんな下らない願いを叶えさせるために、バーサーカーに聖杯を譲る? そんな事認められる訳がないだろ、銀時」

―――自身の目的を語る銀時の言葉を遮るように、愚かな事だと断じた切嗣の言葉を聞くまでは。
この切嗣の言葉を聞き、唖然とする銀時を前にしても、切嗣は表情一つ変えずにいた。
そして、切嗣は、あらん限りの侮蔑と嘲笑を込めた拒絶の言葉でもって、バーサーカーに聖杯を譲ろうとする銀時の考えを否定した。

「おいおい、下らねぇって、そりゃどういう意味だよ?」
「言葉通りの意味だ。何を思って、そんな馬鹿げた事を考えたかはどうでもいいが、そんな事の為に、僕は聖杯を譲るつもりなど毛頭ない」

この切嗣の言葉に、銀時はまさかと思いながらも、あくまで平静を保ったまま、軽口を叩くように聞き返した。
しかし、厭しいモノを見るような眼差しを向ける切嗣は、銀時と語り合う事さえ煩わしそうに冷淡な口調で語る否定の言葉でもって返した。

「あぁ、そうだな。銀時、もし、バーサーカーに聖杯を譲ったなら、確かに、その二人は救われるだろう」
「だったら、別に―――たった二人だ―――あっ?」
「たった二人…それだけを救う為に、五十億人以上の人類だって救える奇跡の願望器である聖杯を譲る。どう考えても釣り合う訳がないじゃないか」

続けざまに、切嗣は、銀時の為さんとする事―――バーサーカーに聖杯を譲る事で、桜ともう一人が、確かに救える点についてだけは肯定した。
“何処にも問題ない筈だろうが”―――そう告げようとした銀時に対し、目先の事に囚われた子供を諭すかのような口調で、バーサーカーに聖杯を譲る事の愚かしさを語った。
ここに於いて、もはや、切嗣が何を言わんとしているのか、銀時は嫌でも確信せざるを得なかった。

「切嗣…てめぇ、自分が何を言っているのか分かってんだよな?」
「当然だ。僕は、聖杯の奇跡を以て世界を救済する…その為に、たった二人の犠牲で済むなら―――バキッ!!―――っ!?」
「キリツグ!?」
「御堂!?」

これに対し、銀時は荒ぶる感情を抑えながら、最終的な意思確認という意味を込めた問いかけを突きつけた。
だが、切嗣が自身の願いを兼ねる為に、桜等を切り捨てる事を口にした瞬間、銀時は飛び掛かるように、切嗣の顔に右拳を叩き込んだ。
この銀時の思わぬ行動に、アイリスフィールやセイバーは、驚きの声を上げて、銀時を制止しようと、席から立ち上がった。

「切嗣…今の言葉、もう一度、口にしてみろ…今度は左をぶん殴るぞ」
「はっ…それが、君の武士道ってやつか…所詮、そんなものは、矮小な自己満足だ…そんなもので、たったその程度の犠牲すら払えないもので、世界はおろか誰も救えやしない」

そんな一瞬即発の、剣呑な雰囲気が漂う中、切嗣を殴りつけた銀時は、声に怒気を含ませながら、左の拳を固めたまま、怒りの眼差しでもって切嗣を睨み付けた。
しかし、切嗣は、そんな銀時の怒りに怯えるどころか、まったく動じることなく、銀時のやろうとする事―――桜らを助ける事が、ただの自己満足であると断じた。

「あぁ、そうだ…そんな下らない感情でだれも救えなんかしないんだ、銀時…!! そして、そんな事も分からないお前の、お前らのような英雄達の性で、今、世界でどれだけの人間が戦場で、お互いに血を流し、数えきれないほどの死体の山を築いていると思っているんだ!!」

やがて、滔々と語り始めた切嗣は、怒りの念を込めた視線を叩き付けながら、胸の内をさらけ出すかのように、銀時、否、銀時を通して、英雄として名をはせた全ての英霊にむけて訴えるかのように糾弾した。
―――戦場こそが、何時の時代も関係のない、正真正銘の地獄。
―――ただ、戦場にあるのは、敗者の痛みの上に成り立った、勝利という罪科のみという掛け値なしの絶望だけ。
―――だが、何時の時代においても、どれだけ死体の山を築こうとも、誰一人として、その醜悪な真実に気付こうとすらしていない。
―――そう…華やかな武勇譚で人々の目をくらませてきた英雄という殺戮者達の性で!!
それは、これまで、傭兵として多くの戦場を潜り抜けてきた切嗣だからこそ断ずることのできる結論であり、戦火にあえぐ人々を救いながら、同じように殺してきた男の全てだった。
そして、底知れぬ悲憤と悲嘆に擦り切れるまで打ちのめされてきた切嗣にとって、この終わることの無い地獄の連鎖を終わらせる手段は一つだけ―――あらゆる願いを一つだけ叶える事の出来る万能の願望器“聖杯”だけだった。
だから…―――そう言葉を続けながら、切嗣は、まるで、見せつけるかのように、聖杯に託すべき自身の願いと、その願いを叶えるための覚悟を明かした。

「僕は、世界を救う為に聖杯を勝ち取り、世界の改変、人の魂の変革を、聖杯の奇跡を以て成し遂げ、この冬木の聖杯戦争を人類最後の戦いする。その為になら、卑劣と蔑まれようが、悪辣となじられようが一向に構うものか!! なら―――」

―――僕は、常に、最大の効率と最小の浪費でもって、最短の内に処理する事が最善の方法を取り続けるだけだ。
確かに、切嗣の言うように、事の正邪を問わなければ、倉庫街や冬木ハイアットホテルでの一件も、想定外の事態こそあったものの、戦いを早く終わらせるという点において、決して間違いではなかった。
そして、切嗣の願い―――今も、世界中の至る所で繰り広げられているであろう、全ての闘争を終結させるという“世界の改変”によって、救われるであろう約六十億もの人命が救われるのだ。
それは、確かに、卑劣で悪辣な手段を用いようとも、間桐桜という少女を犠牲にしても叶えるだけの価値は充分にあった。

「僕は、聖杯の力でもって、この終わらない連鎖を終わらせる…終わらせてみせる。例え、誰かを犠牲にして、この世の全ての悪を担う事になろうとも―――一向に構わない。それで世界が救えるのなら、僕は喜んで引き受ける」
「御堂…」

故に、切嗣は、溢れ出す怒りを抑えながら、限りなく静かに冷ややかに、胸の内の決意―――世界を救う為に、この世全ての悪を担う事を、この場に居る一同―――特に銀時に向かって言い放った。
この切嗣の邪な曇りが一切ない信念に対し、セイバーには、これ以上言える言葉は何一つなかった、否、言えるわけがなかった。
なぜなら、やり方は大きく異なれども、セイバーの祖父や母も、また、切嗣と同じ理想を抱いていたのだから。
もはや、この場に居る誰もが、沈黙という回答を以て、衛宮切嗣が聖杯を捧げるべきマスターだと認める中―――

「そーかい…んじゃ、俺は、俺の武士道を貫かせてもらうぜ」
「え、銀時…!?」
「ちょっと、まさか…!?」

―――ただ、一人、銀時だけは、やれやれといった様子でボヤキながら、徐に席を立ち上がると、部屋のドアの方へと向かい始めた。
この銀時の行動に対し、アイリスフィールとセイバーは、“まさか―――!?”と思いながらも、ある予感を覚えずにはいられなかった。
これまで、あまり深く考えずしながら、心の何処かであり得るかもしれないと思い続けていた最悪の予感を!!

「何処に行くつもりだ?」
「当てなんかねぇさ。ただよぉ、俺ァ、やっぱり、自由の方が向いているらしいんだ。だから―――」

そして、一同が騒然とする中、切嗣はいつもの冷たい眼差しを向けながら、こちらに背負向けた銀時を呼び止めるように問いかけた。
この切嗣の問いかけに立ち止まった銀時は、ゆっくりと後ろを振り返りながら―――

「―――悪ィな、アイリ、セイバー…色々と世話になったな」
「そんな…!?」
「冗談でしょ、銀時…あなた、自分が何をやっているか分かっているの!!」

―――いつもよりどこか力のない笑みを浮べながら、この場に居る一同に向かって、切嗣らとの決別宣言でしかない別れの言葉を告げた。
この銀時の告げた別れの言葉に対し、アイリスフィールは、言葉の意味を理解した瞬間、愕然の余り、思わず口をふさぎながら絶句した。
さらに、セイバーが考え直せというような口調で、声を荒げて、この場から立ち去ろうとする銀時を呼び止めようとした。
だが、それでも、再び、切嗣らに背を向けた銀時は歩みを止めることなく、一歩一歩、部屋のドアへと足を進めていった。

「あぁ、俺は俺の筋を通すだけだ…どこだって、いつだって変わらねぇ。俺にとっちゃ、人類とか世界みたいな背負いきれねぇような大きなモンなんざどうでもいいんだよ」

この場から立ち去ろうとする銀時が語るように、切嗣があらゆる悪を背負う覚悟で世界を救うという信念があるならば、銀時にも決して譲れない、折れることの無い信念を持っていた。
確かに、それは、世界を救うという切嗣の理想に比べれば、ちっぽけで細やかなモノなのかもしれない。
だが、これまで多くのモノの護り切れずに取りこぼしてきた銀時とっては、決して譲る事の出来ない己の魂そのものだった。

「切嗣…俺は、ただ、目の前で落ちるものがあるなら、拾ってやりてぇのさ…だから、俺は、あの死にたがり共をどうしても救いたいんだよ」
「馬鹿な…!! どうして、そんな事が言える!! なぜ、そんなつりあいの取れない選択ができる!! 五十億以上の人類とたった二人…どちらを救うならば、答えは決まっているはずだ!!」

“人類や世界よりも、桜たちを救う”―――それが、マスターである切嗣達の元を去ってまで、己の信念を貫こうとする銀時の選んだ道だった。
この銀時の言葉に対し、切嗣は愕然となりながら、世界を救うことよりも、桜たちを救う事を選んだ銀時を否定するかのように、自身でも気づかないうちに、必死になって叫んだ。
まるで、これまで、自分の進んできた道を、そこに至るまでに強いてきた犠牲を否定されまいとするように―――。
そんな切嗣の悲痛ともいえる叫びに、銀時はもう一度、切嗣の方へと振り返った―――人の身に余る理想を抱えながら、溺れ死ぬ寸前にまで陥っている切嗣を、憐れむような眼差しを向けながら。

「切嗣…てめぇが、人類とか世界みたいな大層なモンを救いてぇなら、勝手に救っていろよ。俺は別に、てめぇの理想を否定するつもりはねぇ。だがよぉ、てめぇが救いたいのは、本当にそいつらなのか?」
「…何が言いたい?」

そして、銀時は、目を逸らすことなく、まっすぐに切嗣を見据えたまま、言葉こそいつもと変わらないものの、この場に於いて逃げは無しだぜというような口調で問いかけた。
―――ケリィはさ、どんな大人になりたいの?
この銀時の問いかけに対し、切嗣の脳裏に、一瞬だけ、昔、まだ、正義の味方に憧れていた頃の切嗣が初恋の少女からの問いかけが過ぎった。
だが、切嗣は、口を少しだけ開き、そのまま、沈黙を保った後、思い直したかのように目を背け、その銀時の問いかけから逃げるように聞き返すだけだった。

「てめぇが本当に救いたいのは人類なんざじゃねぇよ。てめぇが救いたいのは、てめぇがなりたかった本当の理想じゃねぇのか…当の昔に捨てちまったな」
「…!?」

だが、銀時の口から出た言葉―――切嗣の本質を見抜くかのような言葉だけは、切嗣は無視する事は出来なかった、否、出来る筈がなかった。

「御大層な理想は大いに結構だけどよ…そいつは、てめぇの大事なモンを投げ捨ててまでやらなきゃいけねぇことなのかよ」
「黙れ…」

―――自らの宝石を捨ててまで、路傍の石くれを救い上げる事に、何の意味があるとはたして言えるだろうか?

「アイリスフィールや舞弥を犠牲にしてもかよ?」
「黙れ…!!」

―――君が或いは、血も涙もない機械であったならば、まだ良かった。
―――だが、残念なことに君は人間であり過ぎた。

「てめぇのガキ―――イリヤも犠牲にしなけりゃならないほど、叶えなきゃいけね願いなのかよ、切嗣!!」
「…僕は黙れと言っているんだ!!」

―――己の宝石を捨てた事は無価値でないと言い張るために、また、手にした宝石を捨てながら、雑多な路傍の石くれを拾い上げるほどに。
再三に渡る銀時の問いかけの末に、遂に精神の限界にきた切嗣は、銀時に対し、今も頭の中に蠢く水銀の蛇により与えられた毒を振り絞るかのように一喝した。
そして、銀時の目に映ったのは、冷酷無比な暗殺者の仮面を脱ぎ捨て、令呪を宿した右手の甲を見せつけるように掲げ、湧き上がる憤怒と憎悪の念を込めた血走った眼で睨み付ける切嗣の姿だった。

「そうだ…最初からこうするべきだったんだ!! 令呪を以て命ずる…!! 坂田銀時、今、この場で自害しろ…!!」
「な、切嗣…!?」
「御堂、待って…!?」

そして、切嗣は振り絞るように怨嗟の言葉を口にしながら、迷うことなく、銀時という異物を排除する為に、サーヴァントに対する絶対強制権である令呪の力を行使した。
これには、事の成り行きを見守っていたアイリスフィールとセイバーも、この切嗣の凶行に驚きを隠せず、慌てて、切嗣を制止しようとするが―――

「やっぱり…倉庫街の時からおかしいと思っていたけどよぉ。俺には、そいつが効かねぇみてぇだな」
「…っ」
「え…? 令呪が効果を発揮しないって…どういうことなの!?」

―――平然と立ち続ける銀時の言葉通り、令呪は一向にその効果を発動することは無かった。
令呪の効果が発揮しなかった銀時を見て、切嗣はやはりかと言わんばかりに顔を顰め、アイリスフィールに至っては困惑の表情を浮かべながら驚いていた。
“銀時には令呪による強制権は通用しない”―――この事に、銀時と切嗣が気付いたのは、倉庫街での一件で、バーサーカーを倒す際に、善悪相殺の誓約によって、鈴を殺すことを拒んだ銀時に対し、令呪の行使によってセイバーに精神汚染を受けた時の事だった。
あの時は、状況が状況だったので、気を止めていなかったが、よくよく考えれば、そんな面倒な事をせずとも、直接、令呪の力で、銀時にバーサーカーを倒すように命じれば良かったのだ。
だが、あの時、切嗣は、セイバーに令呪を行使する事で、精神汚染により、一時的に銀時の意識を奪った。
すなわち、それは、銀時に対しては、令呪の強制力は行使されていないという事に他ならなかった。

「坂田銀時…お前はいったい、何者なんだ…?」
「決まってんだろ…ただの万事屋稼業のおっさんだよ」

もはや、令呪による強制力すら効果のない事を認めざるを得なくなった切嗣は、力なく椅子に座りながら、あらゆる意味で規格外のサーヴァントである銀時に、無意識に独白するかのように呟くしかなかった。
もっとも、銀時にしても、自分の正体どころか、何故、サーヴァントとして召喚されたのか、未だに分かっていなかった。
唯一つだけ言える事は、銀時はあくまで、六陣営会談で蓮に言ったように、切嗣の憎むような英雄様ではなく、何処にでもいるおっさんであるという事だけだった。

「ま、そんな訳で、とりあえず、俺は俺の好きにやらせてもらうぜ。だからよぉ―――」

そして、もう、これ以上、切嗣と何も話す事はない事を確認した銀時は、軽く手を振りながら部屋を出ようと前を向き―――

「―――その物騒なモンを下ろしてくれねぇか、セイバー」
「行かせないわよ…行かせるわけにはいかないわ、銀時」

―――自分の目の前で、刀を突きつけるセイバーにむかっていつもの調子で頼んだ。
だが、これまで、銀時らの奇行に散々振り回されてきたセイバーといえども、切嗣と完全に決別しようとする銀時の行為を認める訳にはいかなかった。

「確かに、御堂のいう事は非道かもしれないわ。でも、御堂の考えも全てが間違いじゃないわ…」
「…」

“何としても銀時を止めなくては”―――セイバーはそう思いながら、無言のままの銀時に向かって声を絞り出すようにして説得を始めようとした。
まるで、生前の焼き直しのような状況に不安を抱えながらも、セイバーは、僅かな希望を信じ、それを振り払うかのようにゆっくりと言葉を続けた。

「この世の全ての悪を背負ってでも、この世の全てを救う―――私は、御堂の願いこそ聖杯に掛けるべき願いだと確信できるわ。そうよ…誰にだって分かる簡単な理屈なのよ。銀時…あなたは現実を見ていない。自分の独善に囚われて、本当に救わなければいけないモノも、一番大切なものを見失っているのよ」
「そいつが、てめぇの答えかよ、セイバー…なら、やっぱり仕方ねぇよな」
「なら―――!!」

如何に切嗣の願いが正当なモノで、叶えるべき願いであるかを口にしながら、セイバーは必死になって説得を続けた。
“もしかしたら”―――と、セイバーはそれだけを思いながら、切嗣の願いが正しいモノであると理解し、銀時が考え直してくれる事だけをそう願い、そう信じていた。
そして、銀時の口から出た、不承不承ではあるが、納得するかのような言葉に、セイバーは顔を綻ばせながら安堵し―――

「どけよ、セイバー…俺にも通さなきゃなんねぇ筋ってもんがあるんだよ」
「―――っ!! 行かさないっていっているでしょ!! 何で、何で分かってくれないのよ、分からず屋!! 正気じゃないわ…!! どういうものの考え方をしているのよ!! 無関係な子供どころじゃない…敵のサーヴァントとマスターなんかのために!!」

―――険しい顔つきでセイバーに退くよう告げる銀時の言葉に、天国から地獄へ突き落されたかのように愕然とし凍り付いた。
あくまで、道を貫こうとする銀時に対し、セイバーは完全に頭に血が上ったのか、無念の思いで脱力しようとする身体を無理やり奮い立たせ、苛立ちの言葉と共に刀をさらに突きつけた。
何で分かってくれないのよと理不尽な怒りと共に、セイバーは、感情に任せ、銀時に向かって、喚き散らすように言葉を叩き付けた。
だが、もはや、セイバーから吐き出される言葉は、言っても無駄な事を言い続けるような、負け惜しみ同然の虚しいモノでしかなかった。

「だからだよ。おめぇらが、“あいつら”を犠牲にして世界を救うなら、俺は世界だろうが宇宙だろうが、敵になろうが関係ねぇのさ。俺にとっちゃ、命を懸けてでも“あいつら”を救ってやるのが、絶対に曲げられねぇ俺の武士道なんだからよ」
「…っ!!」

だが、銀時は突きつけられた刀に構うことなく、切嗣らと決別せんと、自分を止めようとするセイバーを気押すように前進し続けようとした。
もとより、銀時は、これまでの戦いの中で、如何なる不条理や暴力に晒され、死の淵に堕ちようとも、必死になって足掻きながら、一旦護ると決めたモノを絶対に護り通してきたのだ。
もはや、感情に任せたセイバーの軽い言葉などで、銀時の信念を揺るがす事など到底出来る筈もなかった。
やがて、セイバーの突き出した刀が銀時に触れるか触れないかの距離まで近づいた瞬間―――

「お取込み中申し訳ないでござんすが、お仲間とはいえ、もう一人の主人である銀時様に刃を、これ以上向けるなら、容赦しないでござんす」
「外道丸…!!」

―――部屋の窓をぶち破りながら割り込んできた外道丸によって、セイバーの突きつけていた刀が弾き飛ばされた。
まさかの外道丸の登場に驚くセイバーに対し、外道丸は、銀時を護るかのように立ちはだかりながら、この場に居る一同―――今後、敵として立ちはだかるかもしれない者たちに、味方として最後の忠告をすることにした。

「如何にご立派な大言を吐こうとも、如何に強靭な刀を振りかざそうと、こうなった銀時様を止めるなど無駄でござんす…なぜなら、銀時様は、決して潰されることの無い魂を持った侍で、このあっしが認めたもう一人の主でござんすから」

それは、外道丸の持つ、かつて、銀時らの世界において、ここには居ない外道丸の主に漂っていた暗雲を全て吹き飛ばしてくれた銀時に対する絶対的な信頼だった。
故に、外道丸は、桜等を救うと心に決めた銀時を、もはや、誰にも止められるはずがないと断言できた。

「まぁ、短い間だったけど、色々楽しかったぜ」
「待って」

そして、銀時は、護衛に来てくれた外道丸に先導されながら、これまでの事を思い出すような事を惜しむように呟き、部屋の扉へと近づいて行った。
“―――捨てられる”
遠ざかっていく銀時の背を見ながら、忘れる事の出来ない、過去の記憶が過ぎったセイバーは、それでも、銀時を引き留めようと声を振り絞るようにして叫んだ。

「もし、お互いに運よく生きていたら、よろしく頼むわ」
「…待ってよ、銀時!!」

だが、銀時は止まることなく、扉のノブをゆっくりと下げ、ふと振り返り、この場に居る一同にむかって、別れを惜しむかのように声をかけつつ、部屋の扉を開けた。
“―――だが、俺は捨てる”
もはや、言葉では止められないと悟ったセイバーは、出ていこうとする銀時を無理やりにでも止めようとした。
だが、再び、湧き出てきた記憶がそれを許さないというように、金縛りのごとくセイバーの足を竦めさせた。
そして―――

「じゃあ…またな、村正」
「あっ―――」

―――初めて、セイバーの真名“村正”の名を呼びながら、いつもの小憎らしい笑みと共に坂田銀時は、一同を残して、部屋から、アインツベルンの城から―――衛宮切嗣らの元から去っていった。
“お前もだ…村正!!”
“俺の内から消えて去れ!!”
もはや、とめどなく溢れ出す忌むべき記憶の奔流に飲み込まれたセイバー…“村正”に銀時を追いかける気力など残されていなかった。

「―――やだ…やだ…!! 置いてかないで、置いてかないでよ…銀時ぃいいいいいいい!!」

代わりに、セイバーの胸の内からあふれ出てきたのは、底なしの奈落に引きずり込まれるような深い後悔の念だった
―――どうして、こうなってしまったのか?
―――何で、こうなってしまったのか?
―――どうすれば、良かったのか?
―――私は、ただ、同じことを繰り返したくなっただけなのに…
そして、かつての悲劇の再現を齎されたセイバーは、とめどなく溢れ出す涙を共に、もはや、母とはぐれ、進むべき道を見失った子供のように、ここには居ない仕手の名を泣き叫ぶしかなかった。



そして、現在、冬木教会の礼拝堂では―――

「―――という訳なんだよ」
「…という訳だと言われてもな」

ちょうど、銀時が、礼拝堂にいる綺礼らにむかって、アインツベルンの城での一件についての事を話していた。
正直なところ、綺礼としては、そんな話を聞かされたところで、銀時をここに泊めてやる義理などないので、どう答えを返そうか困るのだが。
とはいえ、銀時の齎した話も、そう無益なものではなく、綺礼にとっては、衛宮切嗣をという男を知るための情報となった。
もっとも、それは、アインツベルンの森で遭遇したメルクリウスの言うように、切嗣が綺礼の追い求めてきた答えを知るような人間ではない事を改めて思い知らされた事になっただけだが。

「それよりも、何で、よりにもよって、ここに連れてきたんだよ、アーチャー?」
「別に良いじゃんかよ。トッキーとコトミーって色々とここじゃ話せない関係しているんだし」

とここで、アサシンは、なぜ、バーサーカー討伐に関する事だけでなく、建前上は敵である筈の自分たちがいる冬木教会へと、家出をした銀時を連れてきたのか、アーチャーにむかって訝しむように尋ねた。
だが、アーチャーは、いつもの軽い口調で、時臣と綺礼が裏でつながっている事をばらした―――銀時やラインハルトのいる前にも関わらずに。

「え、何? もしかして、神父様って、そういう趣味の持ち主なの? 切嗣のところに来たのも、それが理由なのか!! って事は、この金髪の兄ちゃんがいるのも、それが理由かよ!! やべぇ…俺、もしかして、虎穴に入ったどころか、とんでもねぇナニを尻の穴に入れられるの!?」
「なるほど、そういう趣向か…私は一向に構わんのだが…」
「いや、あんたも乗らなくていいから」
「アーチャー…その言い方は各方面に於いて誤解を招きかねないので止めてもらえないだろうか…」

もっとも、銀時は、アーチャーの言葉を、某白魔術師がネタにしそうな方面の意味で捉えたのか、ドン引きしながら、自身の貞操を護るために、綺礼の傍から離れ始めた。
さらに、ラインハルトも基本的には老若男女愛しているので、真面目にそういった方面での愛し方も有りだとして、アサシンにツッコまれながら、いつでも来いと言わんばかりに笑みを浮べた。
これには、さすがの綺礼も、いくら何でも、男色扱いされるのは勘弁願いたいのか、元凶であるアーチャーに拳を叩き込みたいのを我慢しつつ、努めて冷静に注意した。

「案ずるな。卿が、私をここに招いた理由は、カールの話から大凡察している」
「そうか…なら、奥の部屋で話を―――否―――むっ?」

そんな綺礼に対し、軽く笑みを浮べたラインハルトは、なぜ、綺礼が自分をここに呼んだのか、ある程度の事情は理解している事を伝えた。
以前、ラインハルトは、アインツベルンの森から戻ってきたメルクリウスから事前に綺礼についての事を聞いていたのだ。
“彼なりの冗談だったのか”―――とりあえず、男色についての誤解は解けたと思った綺礼は、早速、話を切り出すために、別室にて移ろうとした。
しかし、その前に、ラインハルトは、別の場所に移ろうとする綺礼の言葉を途中で制した。

「卿との語り合いを為すならば、他の者を交えながら語り合えば良いだろう。卿らも構わんな?」
「…まぁ、他に泊まるところもねぇからな。全裸…てめぇも一緒に付き合えよ」
「Jud. どうせだし、もっと雰囲気盛り上げながらやろうぜ!!」
「俺も残るとするか…こいつらが暴走しない様にお目付け役も必要だしな」

そして、ラインハルトは、この場に居る銀時やアーチャー、アサシン達も含めて話し合いをすることを提案した。
この突然の、ラインハルトからの提案に、銀時らは、仕方なくといった様子で納得したり、異様に盛り上がったり、ヤレヤレと肩を落としたりなどの反応を見せたものの、特に反対する理由もないので、綺礼とラインハルトの話し合いに付き合う事にした。
そして、意気揚々と寝所の準備に取り掛かろうとするアーチャーを先頭に礼拝堂から一同が出て行った後、一人だけ残された綺礼はドッと疲れた様子で信徒席に腰掛けながら、ポツリと呟いた。

「…どうしてこうなった?」

だが、項垂れるように呟く綺礼に返事を返すものは誰も居なかった。



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