ここは全年齢対応の小説投稿掲示板です。小説以外の書き込みはご遠慮ください。

Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第33話:歪み対談
作者:蓬莱   2013/07/31(水) 23:11公開   ID:.dsW6wyhJEM
寝床を求めて、冬木教会へと押しかけてきた銀時達を、ラインハルトの一声で仕方なく受け入れてしまった綺礼であったが、その事を後悔するのには、さほど時間はかからなかった。

「…本当にどうしてこうなったのだ?」
「こいつらが来た時点でこうなるって、分かっていた事だろ…」

―――どこからか持ち込んできた畳を敷き詰められた居間。
―――その畳の上に敷かれた六枚の和風布団。
―――いつの間にか着せられた寝間着代わりの浴衣。
―――誰が、どう見ても、修学旅行のノリです、本当に(略。
“普通、宿を貸した恩人の家をここまで魔改造するか?”―――綺礼は、もはや外道共の手によって変貌を遂げた居間の惨状に、そう思いながら頭を抱えるしかなかった。
とはいえ、銀時とアーチャー達がここに来た時点でこうなることは想定できた為、さすがのアサシンも気の毒そうに、被害者である綺礼に対し、諦めろと諭すような言葉をかけるしかなかった。

「しっかし、布団で寝ながら野郎同士で話しながら盛り上がるって、マジで修学旅行みたいなノリだよな…そもそも、俺、修学旅行に行った事ねぇけど」
「んじゃ、銀時にしたら、今夜は初体験って訳じゃん。良かったわねv」
「うぉい!! その言い方は色々と面倒な連中の誤解を招くから止めろって、全裸!! 後、何で、女装しているんだよ!? 誘っているのか? 俺を誘っているのか!?」

そんな綺礼たちを尻目に、居間をリフォームした張本人である銀時とアーチャー(女装)は、すでに浴衣に着替えて、我が家のように寛ぎ始めていた。
そして、それが当たり前であるかのように、いつもの漫才トークを繰り広げる銀時とアーチャーの姿は、もはや、不良教師と一緒に修学旅行の夜でテンションMAXな生徒にしか見えなかった。

「折角、来てもらってなんだけど…いいのか、この状態で?」
「私は一向に構わん。こういった趣向もたまには悪くは無かろう」

相変わらずのノリな銀時とアーチャーにもはや考える事を止めたアサシンは、折角、綺礼の悩み相談に来てもらったラインハルトに申し訳なさそうに尋ねた。
だが、ラインハルトは、怒りを見せるどころか、王者の余裕を醸し出しつつ、いつもよりも笑みを湛えながら楽しげに答えた。

「ところで、コトミー。何で、ラインハルトをここに呼んだんだよ? 何か悩み事でも抱えてんのか?」
「…」

とここで、銀時との漫才トークで盛り上がっていたアーチャーは、バーサーカー陣営である筈のラインハルトを冬木教会に招いた理由を、招いた張本人である綺礼に向かって尋ねた。
“相変わらず妙なところで鋭いな…”―――自分が悩みを抱いている事を見抜かれた綺礼は、普段は馬鹿丸出しの全裸だが、六陣営会談の時のように、人の本質や悩みを見抜く能力に長けたアーチャーに対しそう思わずにはいられなかった。

「あの変質者から聞いたんだけど、前に、俺らのところに来たのも、その悩みって奴を解決する為に、切嗣に会おうとしたんだよな。どういう悩みかまでは聞かなかったけどな」
「ちょうど良い機会だ。話してみよ。私をここに招いたのも、それが理由であろう」
「…隠し立てするのは無理という事か。ならば、語るしかあるまいか」

さらに、銀時も、以前、メルクリウスから、切嗣に綺礼がアインツベルンの森に来た事を聞かされた事を話しながら、綺礼とアーチャーの話に加わってきた。
続けて、ラインハルトも、アーチャーと銀時が話に加わるのを狙っていたのか、話を切り出すように綺礼を促した。
ここに至り、綺礼は、このまま、銀時らに隠し通す事は無理であると悟ったのか、ラインハルトと二人きりで話すはずだった悩み―――綺礼の半生に深い影を落としてきた己の歪みについて話し始めた。



第33話:歪み対談



「…私は生まれてから一度も、理想も願望も持てなかった。そして、私にあるのはただ、他者の苦痛や不幸にのみを愉悦とする歪んだ感情だけだった」
「うぉい…このモジャ神父、いきなり、何か重い話を暴露しちゃったよ、全裸」
「コトミーって、変なところでぶっちゃけるからなぁ…そういや、色々と修羅場ってた時も良い笑顔してたよな」

しばしの沈黙の後、意を決した綺礼は、銀時らに一切隠すことなく、自身の抱える―――他者の苦しみにしか喜びを見いだせないという歪みを暴露した。
この、あまりに堂々とした綺礼の爆弾発言に、銀時とアーチャーはそれぞれ、若干引き気味になったり、これまでの綺礼の反応を思い返したりしていた。

「痛みと嘆きに“悦び”を見出す…随分と面白い業を負ったものだな」
「って、面白いだけで済ませやがったよ、このイケメン!!」
「何せ、数百万人の魂で死者の城を築くような奴だからな…まぁ、常識を求めるだけ無駄だったか」

たが、ラインハルトは、綺礼の歪みを聞かされても、直、余裕を崩すことなく、逆に興味深そうに頷いていた。
あっさりと綺礼の歪みを受け入れたラインハルトに、銀時は簡単に認めるなよと、条件反射のごとく、即座にツッコミを入れた。
もっとも、アサシンの言うように、全力で愛する為に全力で壊しても問題ないように、何度でも蘇れる死者の城を生み出したラインハルトに常識を求めるのが筋違いだが…。

「どうして、自分だけが、常人の感性とかい離しているのか…その理由さえ分からぬまま生きてきた」

そんな様々な反応を見せる周囲の者たちに対し、綺礼は、これまで歩んできた自身の半生を思い返し、淡々と語り始めた。
―――どんな理念も崇高に思う事ができなかった。
―――どんな探究にも快楽を見出せなかった。
―――どんな娯楽にも安息を齎すことは無かった。
“どうして、自分だけが…?”―――そんな思いにかられながら、綺礼は、自身の歪みを自分の未熟さゆえのモノであるとし、その目的を見つけるために、あらゆる事に挑戦し、自身の歪みを正そうとした。
いずれ、自分は崇高なる神の真理によって導き救われるモノと信じて生きていた―――本当は、自分という人間が神の愛を以てしても救いきれぬと理解しながら。
そんな自分に怒り絶望し、自虐へと駆り立てられた綺礼が、自傷まがいの苦行の末に手に入れたモノは、結局、望みすらしなかった名誉や地位だけだった。
そして、最後の試みとして、綺礼が、余命いくばくもない女を妻とし愛そうとしたのも、人並みの幸福というモノを知れば、何かが変わるかもしれないと思っただけの事だった。
それでも、綺礼は、女を愛そうとしたし、女も綺礼を愛そうと努力し、愛し、子をなした。

「だが、それでも、結果は変わらなかった」

しかし、結局のところ、綺礼にとっての幸福とは女の苦しみであり、綺礼が、女を愛そうとすれば愛そうとするほど、その分だけ女の苦痛を願うだけだった。
そして、最後の試みさえ失敗し、自殺をも考えていた綺礼に対し、女は、綺礼が生きていても良い人間である事を証明する為に、自らの死を以て、綺礼に愛する故の悲しみを伝えようとした。
“貴方はわたしを愛している”―――流れ落ちる涙を掬い取り、そう言って、女は、綺礼にむかって微笑みながら死んでいった。
だが、この時でさえ、綺礼が抱いた感情は“悲しみ”ではなく、“悔しさ”だけだった。

「そして、病み衰えた妻の亡骸を見て、涙しながら、こう思った―――“どうせなら、この女を苦しめながら、私の手で下したかった”と」
「確かに、卿の定める愉悦という観点からすれば当然の結論であろうな」
「いやいや、何で、今の外道発言を聞いて、ウンウン頷いて、納得しちゃってんの!? おかしいよね? 二人とも、明らかに可笑しな発言してるよね!?」
「おいおい、ドSすぎるだろ、この二人…」

そして、綺礼は、懺悔室にて告解するかのように、これまで封じてきた妻の死に際に抱いた感情をさえも吐露した。
これまでの話を聞く限り、常人ならば即座に嫌悪するような綺礼の告白であったが、ラインハルトは、綺礼を決して否定することなく、逆に綺礼の全てを理解し、受け入れるかのように納得していた。
“ガチで泊まるところ間違えたぁ―――!!”―――超弩級のドS人間のとんでも会話にツッコミを入れつつ、銀時は、だんだん、ここに泊まりに来たことに、そう後悔し始めていた。
同じく、さすがのアーチャーも、ここまで極端なドS 属性持ちは、奇人変人揃いの仲間の中でも、中々、珍しいのか、どうしたものかと頭を掻きつつ、苦笑するしかなかった。

「黄金の獣―――ラインハルト・ハイドリッヒに問いたいのだ。自分のような生まれついての悪が存在する事の価値を、人の道理より外れたモノが在りのままに生き続けることの是非を!!」
「ふむ…」

そんなリアクションを取る銀時とアーチャーを尻目に、綺礼はついに、自身の半生を狂わせてきた“悩み”の答えを知るべく、その答えを知る人物であるラインハルトに対し、悲痛な叫びと共に問いかけた。
この綺礼の問いかけに対し、ラインハルトは、かつての自分と振り返りつつ、自分と同じく異端者である綺礼の苦悩を真摯に受け止め、その問いかけに答える為に、最初に告げなければいけない事を語らんとした。

「まず、これだけは、明確にせねばならぬな…言峰綺礼―――他者の苦痛にこそ愉悦を求めながらも、卿は間違いなく、己が妻を愛していたのだ」
「…まさか!?」

“言峰綺礼は妻を愛していた”―――ラインハルトの口から出たこの言葉に、綺礼は、お目を見開いて、思わず声を上げるほど驚きを隠せなかった。
確かに、綺礼は、自分を愛してくれた妻を愛そうとしていたのは事実だった。
だが、そんな妻に対し、綺礼が望んだのは、妻の苦痛であり、明らかに愛するという感情からかけ離れたものだった。
だからこそ、“綺礼が妻を愛していた”というラインハルトの言葉は、綺礼にとって、到底、信じられるものではなかった。

「どうやら、卿は、『愛』というモノを狭義に捉えすぎているようだな。言峰綺礼…卿の思い違いは、『愛』を一つの形で定まったものだと考えてしまっている事だ」

しかし、ラインハルトは、そんな綺礼に対し、ヤレヤレといった様子で苦笑の表情を浮かべながらも、物分りの悪い教え子をしっかりと理解させるように諭し始めた。
ラインハルトの言うように、他者を愛するという事は、何も相手を慈しむという行為だけに限ったモノではないのだ―――大凡、ラインハルトや綺礼のように、“破壊”や“苦痛”といった常人には理解しがたい愛情表現であろうとも。
ならば、妻を愛そうとした綺礼が妻の苦痛を願った事も、他者の苦痛を悦とする綺礼なりに、妻を愛していたからこそ芽生えた願いとは考えられないだろうか。

「故に、卿が愛する者に苦痛を与えるという事は、その者を愛しているという証だ。そう、私が全てを愛するが故に、全てを破壊するように…」
「そうか…そうなのか…」
「なぁ、全裸…色々とガチでヤバいんだけど、こいつら…」
「エロゲーで登場するキャラなら、すげぇおっかねぇドS系キャラだよなぁ…」

そして、綺礼の全てを礼賛するかのように語るラインハルトに対し、綺礼は神からの啓示を受けた敬虔な信仰者のように、歓喜にも似た感情を胸に感じながら、ラインハルトの言葉を受け止め始めていた。
ラインハルトによって告げられた言葉は、世間一般の倫理や道徳に縛られてきた綺礼にとって、自身の常識や価値観を文字通り粉砕するほどの衝撃を与えるほどだった。
そう、言峰綺礼は今日、ここで、その生涯の中で、初めて出会ったのだ―――綺礼の全てを本当に理解し、その歪みを受け入れてくれる、同様の破綻者“ラインハルト・ハイドリッヒ”に!!
もっとも、蚊帳の外になっている銀時やアーチャーは、ドS属性MAXの二人によるドS対談にドン引きしていたのだが…

「私もかつて、そうだった。全てを愛しいと思いながらも、愛しいモノを壊すまいと、無関心であるように振舞いながら生きていた」

そんな常識人(このドS空間限定で)二人を置き去りにしながら、ラインハルトは、自分の話に聞き入っている綺礼に、昔の自分―――ゲシュタポにて首切り役人と称された“ラインハルト・ハイドリッヒ”を重ねつつ、人であった頃の自分を思い返すように語った。
かつてのラインハルトは、あらゆる全てを“破壊”という形でしか愛せない自身の歪みに悩んだ末、愛しい全てを傷つけないようにと、自らの愛と“全力で愛したい”という渇望を封じながら、満たされることの無い飢えと渇きを抱えながら生きてきた。
だが、ラインハルトは、とある暗殺容疑で逮捕された詐欺師―――後に無二の親友となるメルクリウスとの出会いを切っ掛けに自身の考えを改め始めた。
“破壊することを恐れて愛さないのは、結局、愛しいモノ達をないがしろにしているのと同然ではないか?“―――そのメルクリウスの指摘に対し、ラインハルトは、本当の意味で全てを愛する為に、自身の歪みを自覚し、壊してでも愛する事を誓ったのだ。
そして、そのラインハルトの愛の結晶ともいえるのが、死んでも蘇る事のできる戦奴の魂で造られた魔城“ヴェヴェルスブルク城”であり、永遠の闘争を繰り返す戦争英雄たちの世界“修羅道至高天”だった。
セイバーの言うように邪神の理と称されようとも、そこには、破壊という形であれ、ラインハルトにとっての他者に対する愛が有る以上、決して否定されるべきモノではないのだ―――愛するが故に甚振る綺礼の愛と同様に。

「言峰綺礼…私は卿の存在価値を、渇望を、在りのままに生き続ける事を否定せぬ。否、どうして否定できよう? 人の道理より外れた卿の愛を否定するという事は、同じく人の道理より外れた私自身の愛を否定することに他ならぬのだから。故に―――」

“他者への愛を持つ者に罪は無し”―――ラインハルトは、他者に向けられた愛が有るという事の確信を以て、人の道理より外れた綺礼の存在する価値を認め、他者への苦痛を愉悦とする綺礼が在りのままに生きる事を是とした上で、綺礼にむかって、そう断言した。

「ならば、私も―――だが―――!?」
「確かに、私は己が渇望を満たす術を、己が破壊の愛を与えられる世界を得た。だが、それは、私が現実から、人である事から逃避したことに他ならぬ」

“あなたと同じように、己の歪みを受け入れ、有るがままに生きればいいのか”―――もはや、探し求めていた自身の答えを掴みかけた綺礼が、歓喜を含んだ声で、そう告げようとした。
だが、次の瞬間、ラインハルトは綺礼を踏みとどませるかのように、綺礼の声を遮ると、自身の歪みのままに、飢えと渇きを満たすために生きた自分がどういう存在になったのかを語った。
神の領域にまで達した自身の渇望によって、世界を塗り替える力を手にし、修羅道至高天を統べる戦神と呼べば聞こえはいいだろう。
しかし、結局のところは、ラインハルトもまた、他の覇道神達のように、飽きしかない現実に生きることに馴染めず、飢えの満たされない人間の生から逃げ出した敗残者であり、惨めな弱者に過ぎないのだ。

「もし、卿が、私と同じ道を辿らんとするならば、卿は、人である事を捨てるか否かを決めねばならぬ」
「人である事を捨てる…」
「卿がどちらを選ぼうとも構わぬ。善悪の区別などせぬ…私は、卿を含めた森羅万象の全てを愛しているのだから」
「私は―――」

―――これまで通り、己が歪みに逆らいながら、飢えと飽きの溢れる人の生を全うするのか?
―――ラインハルトと同じように、己が歪みを自覚した上で、飢えと飽きを満たすために人の生を捨てるか?
究極の選択ともいえるラインハルトの問いかけに、綺礼は沈痛な面持ちで、自身の取るべき道はどちらなのかという迷いを抱いていた。
“だが、できる事なら、卿には人の生を全うしてほしい”―――人としての生から逃げたラインハルトは、心中でそう願いながらも、あくまで、綺礼の意思を尊重するために、どちらの選択でも構わないという態度を取った。
やがて、綺礼が意をけっして、自分の選ぶべき選択肢を告げようとした瞬間―――

「あぁ…ちょっと良いか? 色々とぶっ飛んだこと言っているけど…つまり、アレだよな、全裸?」
「まぁ、そうだよなぁ…まぁ、難しい事を全部抜きするとそうなるよなー」

―――これまで、蚊帳の外に置かれていた銀時とアーチャーが、お互いに顔を見合わせて、何やら頷き合いながら話に割り込んできた。
この銀時とアーチャーの割り込みに対し、綺礼は、予想の斜め上どころか反対方向を突っ走るトラブルメーカーコンビが、今更、何を言い出すつもりなのかと怪訝な表情を浮かべながら困惑した。
もっとも、ラインハルトの方は、倉庫街での戦いや六陣営会談の場においての活躍し、第六天打倒の鍵となる筈の銀時とアーチャーの言動を興味深そうに見届けんとしていた。
やがて、そんな綺礼とラインハルトを見据えながら、銀時とアーチャーは、“さん、はい…”と音頭を取ってから―――

「「要するに、てめぇ(おめぇ)ら、とんでもねぇくらいのドS人間だって事なんだろ(じゃん)」」
「なん…だと…!?」
「こ、こいつら…綺礼が人生の大半を悩ませてきた歪みを、あっさりと簡単にまとめやがった…!!」
「ほう…そうきたか…」

―――真顔で、綺礼とラインハルトが、ぶっちゃけ、生半可なドMが土下座してしまうほどの、超人類級ドS属性持ちの人間である事をキッパリと言い切った。
このあまりに身も蓋もない銀時とアーチャーの言葉に、綺礼とアサシンは驚きの余り、目を見開くほど愕然とした。
もっとも、ラインハルトだけは、赤騎士がいれば激怒どころか憤死しかねない銀時達の言葉に、なるほどと頷きながら、感心するかのように納得し始めていた。

「銀時、アーチャー…この私の、人として許されざる歪みを、そんな言葉で片付けられる問題だとでも言いたいのか!!」

やがて、綺礼は、激しい怒りに肩を震わせながら、銀時とアーチャーにむかって、自身の胸の奥底から湧きがってくる憤怒の感情を乗せた言葉を叩き付けた。
まるで、自身の半生を悩ませ、狂わせてきた自身の歪みを、下らないモノと貶めるような銀時とアーチャーの言葉に、綺礼が怒りを覚えるのも無理はなかった。

「あのなぁ…そもそも、何で、てめぇらのドSさを、生まれついての悪とか、道理に外れた存在とか、自分を化け物みたいに言うんだよ。んなもん、誰だって一つくらい持っていそうな変わった性癖じゃねぇかよ」
「だよな〜そんなに変わった性癖ってほどでもねぇけど、俺や銀時だって似たようなもんだしな」
「確かに、お前らの場合、ギャグかシリアスというベクトルの違いだけで、駄目人間の度合いとしては、どっちもどっちだけどな…だけど、お前らの場合は、もう少し自重しろ」

だが、駄目人間の中の駄目人間である銀時は、激怒する綺礼に呆れ交じりにボヤキながら、綺礼やラインハルトの抱える歪みが、人間ならば誰しもが持っている欠点のようなモノであると言ってのけた。
同じように、全裸で駄目人間なアーチャーも、銀時の言葉にウンウンと頷くと、自身の歪みによって深みに嵌りかけていた綺礼を引っ張り上げるように、綺礼の肩を幾度も軽く叩きながら、いつもの軽い笑みを浮べて、怒りで興奮する綺礼を宥めた。
“駄目人間同士で通じるものがあるってことか”―――アサシンは、口でこそ銀時とアーチャーの奇行を窘めたが、この駄目人間コンビなりに、綺礼を励ましている事に気付き、そう奇妙な感心を抱いてしまった。

「―――別に良いじゃねか。そんなに自分が常識人だって、意地張らなくても…てめぇが、普通の人に比べたら、少しだけドSな性格の人間だって認めるぐらいによ」
「コトミー。もし、オメエが、オメエの存在を世界中の誰にも認められないと思っているならさぁ―――世界中の誰も認めなくても、オレがオメエを認めてやるよ」
「銀時、アーチャー…お前たちは―――」

“―――私の悍ましい歪みすら単なる性癖として受け入れた上で、私が人間として生きればいいと言ってくれるのか?”
その銀時とアーチャーの言葉に、綺礼は、それ以上掛けるべき言葉を失い、先ほどまで湧き上がっていた憤怒の念も既に霧散していた。
代わりに、綺礼が抱いたのは、唯の厄介者としか見ていなかったアーチャーと銀時が、綺礼が思いもしなかった第三の選択肢―――己の歪みを受け入れた上で、人としての生を全うするという、ある意味でもっとも過酷な選択肢を見出したことへの尊敬の念だった。

「くはははっはははははっははははは!! 卿らにとっては、人の道理に外れたモノすら、人として当たり前のモノか。卿らも、卿らの世界も中々に面白いところのようだ」
「別にたいしたことねぇよ。おめぇらみたいなドS王子を筆頭に、ドM系雌豚眼鏡とか、マヨ侍とか、ダークマターキャバ嬢みたいなのがウジャウジャいる程度だよ」
「俺のところは、テンゾーは犬臭いパシリ忍者、ウッキーは姉系専門で、ネシンバラは末期厨二病、シロは金にキタネェ守銭奴とかで、他も色々盛りだくさんだしなぁ」

一方、ラインハルトは、人の道理より外れた歪みすら人として当たり前のモノだと受け入れた銀時とアーチャーの器、その器を生み出した世界を称えるかのように心の底から笑い、かつて、発電所の廃墟で、語った大河の言葉を思い出した。
―――この世知辛い人生ですから、つまらない事とか満足できない事なんて山ほど有ると思います。
―――けど…人間だったら、それで良いんだと思いますよ。
―――私は、そういうどうしようもない不満をひっくるめて抱えて、それでもいいやって前を向いて、笑って生きるのが人間だと思うんです。
“卿の言うとおりだ、大河…これでこそ人間なのだ”―――ラインハルトは、銀時とアーチャーが、サーヴァントという人間を超えた存在でありながら、もっとも人間らしいサーヴァントである事を理解し、大河の言葉が正しかったことを改めて、そう実感した。
もっとも、銀時やアーチャーとして、、自分たちを筆頭に一般社会に於いて、駄目人間もしくは危ない人間扱いされるような連中が跋扈するような世界で過ごしているので、綺礼やラインハルトのような人間でも簡単に受け入れられるだけなのだが。

「はははっ…私は、この二十年余りの人生、お前たちにとっては、随分とつまらない事を悩んでいたという事か。ただ、ありのままを認めるか」

そんな中、綺礼は、試行錯誤しながら自身の半生をかけて答えを求めながら、銀時とアーチャーに指摘されるまで、こんな簡単な事にさえ気づけなかった自身の馬鹿さ加減に対して呆れるように苦笑した。
確かに、綺礼やラインハルトのように、人の道理から外れた、生まれてはいけない、生きる価値のない命が存在するのは事実なのだろう。
だが、例え、そのような存在であろうとも、自分の本質を知った上で、そこからどう生きるかまで、誰からも強制される謂れは何処にもないのだ。

「まぁ、そうかといって、自分のドSなのもほどほどにしとけよ。もし、第六天みたいに暴走しすぎるなら、俺らが遠慮なく全力でツッコんで止めてやるからよ」
「俺のところだと、打撃系以外でも、捕縛系とか、射撃系とか色々とツッコミも豊富だから安心してくれよ」
「お前ら…格好いい事を言っているつもりだろうけど、相変わらずのノリだな」

もっとも、銀時もアーチャーも、もしも、綺礼が、バーサーカーのように自身の渇望のままに世界を滅ぼしつくさんとする怪物となるなら、あらゆる手段を用いて、容赦なくツッコミを入れるぞと釘を刺した。
本当なら、間違いなく、この場面は、シリアス展開の筈なのに、今一つ、締まらない銀時とアーチャーの言動に、アサシンは、頭を抑えながら、やれやれといった様子でぼやいた。

「案ずるな。お前たちの言うように、私がドS系の人間である事は認めよう」

そんな銀時達に対し、綺礼は、銀時とアーチャーの心配が無用だというように、自身を、銀時達の言うところのドS人間だと認める言葉を口にしながら笑みを浮べた。
確かに、バーサーカーのように、自身の歪みのおもむくままに、自身の渇望を満たすために、他者の苦しみと悲嘆に喜びを求めて、暗躍する外道として生き続ける事は、もっとも容易い選択肢なのかもしれない。
だが、如何に自身の歪みのままに生きる事が容易くとも、今の綺礼には、その選択肢を選ぶつもりなどなかった。
なぜなら―――

「だが、私は、あの第六天のように、己が渇望を、愉悦を満たす為に、他者の全てを滅ぼしつくすような怪物になる事だけは絶対にないと誓おう―――それが、私の、言峰綺礼の、一人の人間として生きる上でのケジメだ」
「綺礼…お前…」
「そうか…それが卿の得た答えという事か」

―――言峰綺礼は、既に、自身の歪みと向き合い、それを認めた上で、飢えと渇きを満たさんとする怪物ではなく、満たされない事を良しとする人間として生きていく事を選んでいたのだから!!
それは、ある意味に於いて、際限なく沸き起こる苦痛と嘆きによる愉悦を満たせぬまま、尽きることの無い飢えと渇きに苛まれる、最も過酷ともいえる道なのかもしれない
だが、悪辣な歪みを持つ自分を当たり前の人間だと認めてくれた銀時とアーチャー―――もっとも人間らしいサーヴァントに出会えた今の綺礼に、その過酷な人生の道を進むことに微塵も迷いなどなかった。
この綺礼の誓いに対し、アサシンは、綺礼の中に“黄金の精神”が芽生え始めている事に気付き、ラインハルトは、綺礼が、かつての自分が選べなかった選択肢を選んだことに満足げな表情を浮かべてさえいた。
“当たり前の人として生きる”―――それが、この世界に生れ落ちてから問い続けるだけの人生だった言峰綺礼が得た答えであり、自身の人生を通しての初めての目的だった。




そして、ようやく答えを得た綺礼は、ゆっくりと銀時とアーチャーのほうに顔を向け―――

「それに、よくよく考えれば…今の時点だけでも、私の愉悦をそこそこに満たしてくれそうな者たちが、これだけ揃っているのだ。という訳で、色々と愉悦を満たしても、別に構わんよな」
「うぉおおおおおおおおい!! 色々とまともな事を言ったと思ったら、早速、外道発言をぶちかましやがった、このドS系モジャ神父!!」
「あらぁ? もしかして、俺らって、とんでもねぇ地雷を踏んじゃったとか」

―――さらりと外道発言を言い出し、言葉では言い表せないほどの素敵な笑顔(悪鬼スマイル並みの)を浮かべ、愉悦の対象たる獲物を狙うかのように、獣のような眼差しを向けてきた。
この予想外の事態に、先ほどまでシリアスモードに入っていた銀時は、其の道の達人ともいえる反応で、ギャグモードへと即座に切り替えると、的確にツッコミを入れた。
同じくアーチャーも、ん?と首を傾げてはいるが、自分たちの性で、何やら、綺礼の中にある、押してはいけないスイッチを押してしまった事に気付いていた。

「てめぇ、前言撤回が早すぎるだろ!? つうか、さっきは、真人間として生きるとか言っていただろうが!!」
「ふっ…何を勘違いしているのだ、銀時? 確かに、私は真っ当な人間として生きる事を誓った」

この早すぎる綺礼の方針転換に、銀時はさっきまでの感動を返せと抗議の声を上げるが、綺礼は微塵たりとも揺らぐことなく、すまし顔さえ浮かべるほど、平静に言葉を返した。
確かに、綺礼は、自身の歪みを受け入れ、一人の人間として生きていく事を誓った事には変わりない。
とはいえ、ただ、メルクリウスにも言われたように、綺礼の歪みは、如何に矯正しようとも変わることの無い筋金入りの歪みなのだ。
そんな綺礼がいきなり、真っ当な人間として生活していくのは、肉体的にも精神的にも負担が大きいし、仮に、真人間な人生を送ろうとしても、ふとした切欠さえ有れば、我慢した分の反動性で、一気に渇望を満たさんとする怪物する可能性が充分にあった。
なので―――

「そう…私は、自身の歪みを受け入れた上で、外道なドS人間ではなく、真っ当なドS人間として生きていく事を決意したのだ!!」
「そっちの方かよおおおおおおお!! つうか、ドSの時点で真っ当じゃねぇよ!! 何で、駄目人間街道で突き進むんだよ!? 唯でさえ、全裸神父と汚れ系芸人先生がいるのに、これ以上キャラ崩壊は勘弁してくれよ!!」
「ふっ…それでも、私は一向に構わん!! むしろ、綺礼ファンに非難される作者の悶える姿が見られる分、飯ウマだ!!」

―――ひとまず、綺礼も、銀時やアーチャー達の世界の住人にならって、自分の本質に合った生き方をするために、自分の歪みに一番合って良そうな性癖、すなわち、ドS属性持ちの真人間として生きることにしたのだ!!
この進むべき方向性を間違っているとしか思えない綺礼のこの発言に、銀時は慌てて引き留めようと説得を試みた。
だが、すでに、真っ当なドS人間へと開花した綺礼を、その程度の説得で止められる筈もなく、綺礼も綺礼で、この新作投稿後に起こるであろう作者の苦痛に胸を膨らませる始末だった。

「まぁ、アレだけ、この外道を認めるような事を言いだしたんだから、ちゃんと責任を取れよな、お前ら」
「ははははははははは!! ならば、私は、人の道理から外れたモノすら受け入れんとする卿らの絆の行く末を見守るとしよう」

“まぁ、吐き気を催す邪悪よりかはマシか”―――とりあえず、こっちに被害が及ばないように、綺礼を銀時らに押し付けたアサシンは、出会った当初よりはるかに活き活きとした綺礼の姿を見ながら、諦めの境地でそう思うことにした。
さらに、ラインハルトに至っては、新たな境地へと辿り着いた綺礼を歓喜を以て祝福する始末だった。
もうぶっちゃけ、この場に於いて、真のドS人間へと超覚醒した綺礼を止められるモノなど誰も存在しなかった。

「さて、夜は始まったばかりだ…存分に語ろうではないか」
「いやいや、その安心できねぇ笑顔見るだけで分かるわ!! お前、人の触れられたくない傷を抉るきまんまんじゃねぇかぁ―――!!」

そして、素敵な笑顔を向けて迫ってくる綺礼から後ずさりながら、ツッコミを入れる銀時は、“こんなところに泊まるじゃなかった…!!”と今更ながらに後悔するしかなかった。





切嗣達の元から銀時が去って一夜明けた頃、切嗣達は、今後の方針を決めるべく、アインツベルン城のサロンに集まっていた。

「…」
「…」
「…結局、帰ってこなかったわね、銀時」

しかし、サロンに集まってから一時間は立とうとしていたが、切嗣とセイバーは一言も発現する事もなく、ただ思いつめたかのように沈黙を保っていた。
“今頃、どうしているのかしら…?”―――まさか、銀時がドS人間へと覚醒した綺礼と一夜を共にしたなど知る由もないアイリスフィールは、そう銀時の身を案じながらも、サロン全体に漂う重厚な沈黙の空気を振り払う切っ掛けを作るかのようにポツリと呟いた。

「でも、お腹がすいたら、その内、甘いものを食べに―――アイリ―――え?」
「色々と馬鹿騒ぎで立て込んでいたから後回しになっていたけど、森に張り直した結界の術式はどうなっているんだい?」
「切―――ドゴン!!―――っ!?」

“其のうち、帰ってきてくれるはずよ”―――今も、銀時が戻ってきてくれると信じているアイリスフィールがそう告げようとした瞬間、これまで、沈黙を保っていた切嗣が突如として割り込んできた。
そして、あろう事か、切嗣は、銀時が自分たちと袂を別った事すら些事だと斬り捨てるだけでなく、まるで銀時の事を無視するかのように、話を進めようとしていた。
この切嗣の言動に、さすがのアイリスフィールも我慢できずに、切嗣を咎めようとしたが、不意に森の奥から轟いた爆音と共に、アイリスフィールの魔術回路に眩暈を起こすほどの強力な負荷が襲いかかった。
爆音と共に同時に来た魔力のフィードバック―――それは、城外の森に張った結界が破られた事を意味していた。
しかも、最初の爆音の後も、爆音は次々と発生し、徐々にアインツベルン城へと目指すように近づいているようだった。

「正面突破って…この状況下でいったい誰が…?」
「いや、むしろ、この状況だからこそ順当な判断だろうね」
「このぉ…こんなときに…!!」

苦しげに呟いたアイリスフィールを助け起こした切嗣は、すぐさま、この結界を破壊したのが、六陣営会談での取り決めを反故できる唯一の存在―――バーサーカーであると推測した。
仕手である銀時を欠いた今を狙ったかのようなタイミングの悪さに、セイバーは思わず舌を打ちながら、襲撃者を迎撃する為に玄関ホールを囲うテラスへと向かった。


そして、玄関ホールへと辿り着いたアイリスフィールらを待ち受けていたのは―――

「ど、どちら様で…?」
「ふん…ただのしがない配管こ―――来て早々、爆弾で森を吹き飛ばした上に、何余計な尺使っているんですか、こぉのヅラ!!―――ブフォオオ!!」

―――世界的に有名な某配管工のコスプレをした長髪の男だった。
“は、版権的に大丈夫なのかしら…?”―――そんな見当違いの心配をしつつ、アイリスフィールは、とりあえず、何者なのかを知るために、謎の配管工に尋ねた。
ちなみに、そのアイリスフィールの背後では、病んだ眼をした切嗣とセイバーが“またかよ!!”、“もうそのネタやりつくしただろうが!!”とブツブツ呟きながら、ゲシゲシと壁を蹴っていた。
一方、配管工男の方は、そんな周囲の状況に構うことなく、胡散臭さとウザさを溢れさせながら、名乗るモノの程じゃないと済ました表情で答えようとした。
だが、次の瞬間、配管工男は、後から追いついてきた女性―――容姿からアインツベルン製と思しきホムンクルスの繰り出した、ツッコミという名の飛び蹴りによって顔面を地面に叩き付けられた。

「えっと…初めまして、奥様。私は、セラ。実は、糞ジ、ゲフンゲフン、え〜アハト翁の命により使いを頼まれ、ここに使わされたのです」
「セラ、誤魔化せてないよ…あ、私は、リズ、よろしく」

とりあえず、邪魔者を始末したホムンクルス―――セラは、糞爺と言いかけたのを誤魔化しながら、その事を相方のリズにツッコミを入れられつつ、ここにきた用件を伝え始めた。
事の発端は、切嗣達が日本へと赴いたすぐ後、駄メイド特製の段ボールベットに就寝していたアハト翁の頭上から、この配管工男―――ヅラ改め桂小太郎が突如として現れた事から始まった。
すぐさま、異変に気づき、駆けつけた駄メイド達の的確な対応により、気絶した桂はすぐに捕縛されて、駄メイド達からの尋問を受ける事となった。
ちなみに、同じく頭を打って気絶していたアハト翁は、色々と尋問の邪魔だったので、駄メイド達によって窓から外に捨てられていた。
そして、尋問の結果、この桂小太郎なる人物が、異世界の人間であり、しかも、サーヴァントとして召喚された銀時の友人である事が判明したのだ。
その後、しばらくは、アインツベルン城に滞在することになったのだが―――

「ただでさえ、ここ最近、メイド達からいびられて堪らんのに、これ以上、ワシの心労を増やすような奴をここに居座らすんじゃねぇええええ!!」

―――イリヤや駄メイド達に対し、攘夷志士としての訓練と称し、桂の起こした数々の騒動により胃の耐久値が限界値を超えたアハト翁一言により、桂の知り合いである銀時がいる日本の冬木市まで、切嗣への激励の品を届けに行くという名目で、桂を捨ててくることになったのだ。
ちなみに、本来なら、最新型のホムンクルスであるセラとリズを稼働させるのはもう少し先の八年後となる予定だった。
だが、アハト翁が、自分限定のDVが日常的になるほどの反抗期に入った駄メイド達に任せるより、生まれたてホヤホヤのセラとリズのほうがまだマシと判断したために、この前倒しの稼働となったのだ。
もっとも、セラの様子を見る限りでは、すでに汚染されているのは明らかだったが…

「と、とにかく…よ、よろしくね…三人とも―――私もいるわよ、お母様―――え?」

色々とこっちも大変なのにと思いながらも、アイリスフィールは、無理やり、笑みを浮べようとした。
次の瞬間、アイリスフィールは、決して、こんな場所にはいない筈だし、まして聞こえる筈のない声を聞いてしまった。
アイリスフィールあは、まさかと思い、自分の予感が間違いであってほしいと願いつつ、その声のした方向に目を向けると―――

「キリツグ、お母様…来ちゃったv」
「な、な、何で、イリヤが、ここに…!?」

―――そこには、アインツベルン城にて、切嗣達の帰りを待っている筈のイリヤスフィールがアイリスフィールにむかって、元気よく手を振っていた。
だが、無邪気に手を振るイリヤに対し、アイリスフィールは、すでに戦場である冬木市に、イリヤを送ったアハト翁の意図が分からず、ただ、驚きを隠せなかった。

「まぁ、初めてのお使いみたいなノリですが…お二人にお会いしたいとの事で、私どもがアハトの爺から許可を貰って、御同行となって訳で…」
「俺は桂…好物は蕎麦だ」
「聞いてないよ、ヅラ」

この状況に対し、罰悪そうな表情を浮かべたセラは、イリヤが此処にいる事に混乱しているアイリスフィールに向かって、申し訳なさそうに事情を簡単に説明した―――アハト翁に対し、肉体言語による交渉を用いた事は伏せながら。
ちなみに、いつの間にか復活した桂が、さりげなく蕎麦を要求していたが、リズの言うように皆にスルーされていた。

「ところで、お母様…キリツグは何処にいるの? それに、銀時も一緒なんだよね?」
「え、それは…」

とここで、イリヤは、アイリスフィールと共にいる筈の切嗣と銀時の姿がない事に気付き、アイリスフィールに向かって無邪気に尋ねた。
だが、尋ねられたアイリスフィールとしては、イリヤの問いかけに答える事に戸惑い、思わず口篭もってしまった。
なぜなら、今、イリヤを切嗣に会わせるのは、かつての自分に戻ろうとする切嗣にとって大きな痛手となりかねないからだった。
だからこそ―――

「…」
「切嗣…!!」
「キリツグだぁ!! イリヤ、キリツグの事待っていたんだけど、今日は、お爺様のお使いに―――」

―――いつの間にか、自分の隣に呆然と立ち尽くす切嗣に気付いたアイリスフィールが、悲痛な叫びにも似た声を上げて驚くのも無理はなかった。
そんなアイリスフィールの心配など知る由もないイリヤは、キリツグの姿を見て、無邪気な笑顔を見せて、声をかけようとした。
だが、イリヤは、こちらを見下ろしたまま立ちすくむ切嗣の表情を見て、切嗣の様子がおかしい事に気付き、切嗣にむかってポツリと呟いた。

「―――何で、泣いているの、キリツグ?」
「…ッ!?」

そう不安げに尋ねるイリヤの言葉に、ハッと我を取り戻した切嗣は、イリヤの言うように、今にも自分が泣き出しそうになっている事にようやく気付くのだった。
この聖杯戦争に挑むために、立ち戻らせようとした“魔術師殺し”の自分が崩れていくのを実感しながら…



―――イリヤ達が冬木のアインツベルン城に押しかけてきた頃とほぼ同時刻

「さて…どうやら、遂に、最後の聖遺物が揃ったようだな」

とある一室にて、配置しておいた部下から、イリヤ達が冬木の地へやってきたという報告を受けた首領は、自身の机の上に並べられた品を見て、静かにそう呟いた。
そこには、半ば朽ち果てた一端の布などを初め、今回の策の切り札とすべく、魔術協会に潜り込ませた密偵により送られてきた聖遺物―――サーヴァントの召喚に必要な触媒が並べられていた。

「全ては、我が智の、思うが儘よ」

そして、首領は静かに目を閉じて、この聖杯戦争を勝利すべく、これより為すべき策を張り巡らしながら思案するのだった。


■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。
テキストサイズ:31k

■作品一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集
Anthologys v2.5e Script by YASUU!!− −Ver.Mini Arrange by ZERO− −Designed by SILUFENIA
Copyright(c)2012 SILUFENIA別館 All rights reserved.