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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第35話:とある侍の愛憎譚=その2=
作者:蓬莱   2013/09/10(火) 23:00公開   ID:.dsW6wyhJEM
時をさかのぼる事、銀時と第一天が冬木教会を後にした時と同時刻、冬木警察署に設けられた連続爆弾テロ事件の捜査本部では、早朝にもかかわらず、一刻も早い事件解決にむけて奔走する多くの捜査員達が詰掛けていた。
そんな中、一人の男が、ラインハルトより託された己が役目を果たすべく、この捜査本部に乗り込んできた。

「どうも、皆さん、お久しぶりです」
「秋巳君…確か、君には自宅休養を命じていたはずだが?」

その男――秋巳大輔は、努めて平静な声で挨拶もそこそこに、一礼をしながら、謹慎同然の自宅休養を命じられたはずの大輔の登場にざわめく捜査員達を尻目に室内に入った。
だが、この事件の捜査の指揮する責任者は、もはや、この事件については部外者も同然である大輔にむかって、即刻、自宅休養に戻る事を促すように、冷ややかな声で告げた。

「えぇ…ですけど、俺の見舞いに来てくれた先輩と一緒に、民間の協力者から、事件に関する有力な情報を得られたので、二人にここに来てもらいました」
「協力者?」

だが、そんな責任者の脅しとも取れる言葉に怯むことなく、大輔は淡々と自分が捜査本部に来た理由―――有力な情報提供者を連れてきたことを伝えた。
この大輔からの思いもよらぬ言葉に、責任者は思わず首を傾げた瞬間、その二人の情報提供者である二人の男がその姿を見せた。

「よぉ、失礼するぜ。あんたが、この捜査本部の責任者か?」
「伊達真…!? な、なぜ、この冬木市に…?」

そして、大輔の言う情報提供者の一人―――伊達真は、否が応でも、捜査本部に集まった刑事たちの注目に晒されるのも構わず、馴染みの店に入るかのように、軽口を叩きながら、捜査本部に入ってきた。
しかし、この伊達の登場に、声を上げて驚く責任者を筆頭に、この場に居る捜査員達が一斉に騒然とするのも無理もない話だった。
“伊達真”―――かつて、神室町で起こった大事件に、生きた伝説と称される極道“桐生一馬”と共に、二度に渡って、事件の中心に関わった元刑事の名を、警察関係者であるならば、知らぬ者など居るはずがなかった。

「いやはや…さすがは世界に名だたる日本警察。どうやら、私どもの手を借りずとも真相解明も間近ですかな? そう…後、数か月ほど時間を掛ければですかね」
「…っ!?」

そんな中、もう一人の情報提供者―――男は軽い拍手を叩きながら、居並ぶ捜査員達を前にして、厭らしい笑みを浮べた。
“もっとも、真相を解明できた頃には、犯人は悠々と逃げおおせているでしょうが”―――そう皮肉とも取れる称賛の声を投げかける男に、責任者は、たかが民間人に、警察官たる自分たちの無能ぶりを嘲笑われている事に気付き、思わず苦々しく顔を顰めた。

「…ところで、そういうあんたは誰なんだ?」
「あぁ、これは失礼を。そういえば、まだ、私の自己紹介がまだでしたね。私の名は―――」

さすがに、見ず知らずの民間人にここまで虚仮にされた責任者も腹に据えかねたのか、素性のしれない男に対し、必要以上に相手を威圧するような低い声で問いただした。
だが、男は、自分に向けられる威圧などまったく意に反すことなく、慇懃な態度のまま、自分の非を形だけ取り繕ったように謝罪し、自身の名と身分を明かした。

「―――シュピーネ。ロート・シュピーネ…ただのしがないジャーナリストですよ」




第35話:とある侍の愛憎譚=その2=



そして、セイバー達が冬木教会に訪れた頃―――

「なぁ…」
「…どうかしたの、荒瀬?」

ターゲットに気付かれないように、人ごみに紛れながら、荒瀬は、自分の隣を歩くフードを被った少女“メイド仮面”に話しかけた。
現在、メイド仮面と荒瀬は、“首領”からの命を受け、とある任務を果たすべく、ターゲットのいる冬木市街地へと赴いていた。
だが、メイド仮面に話しかけた荒瀬の声からはやる気というものは、まったく感じられず、メイド仮面もその理由が分かっているのか、やや気まずそうに聞き返した。

「あの野郎の話だと、俺達の任務は、あの見るからにやる気なさそうな天パの兄ちゃんの監視なんだよな」
「そうよ。そうなんだけど…」

そんなメイド仮面に対し、荒瀬は、監視対象である銀時達に気付かれないように、視線を向けながら、“首領”から命じられた自分たちの任務―――“坂田銀時の動向の監視”について口にした。
それに対し、メイド仮面は、荒瀬の言葉に一度は頷きつつ、何故か戸惑うように銀時達の方に視線を向けた。



一方、メイド仮面に密かに監視されているとは知らぬ銀時と第一天は、とりあえず、銀時の服を買った後、何処かに向かう訳でもないまま、当てもなく市街地を歩き回っていた。

「そういや、適当に街中をひたすら歩いているけど…何処に行くのか決まってんのか?」
「うん…いや、実を言うと、銀時を誘う事だけ考えていて、何処に行くかまでは考えていなかったんだ…」
「おいおい…」

とここで、いい加減、このままでは、お互いに気まずいと思ったのか、銀時は、少しでも現状を打破できるような切っ掛けを作るべく、隣を歩く第一天に、何処に行くつもりなのか尋ねた。
だが、第一天の方も、都合の悪い事を誤魔化すように顔をそむけながら、銀時をデートに誘う事だけしか頭になかったため、何処に行くかまで考えていなかった事を白状した。
これには、さすがの銀時も、すっかりしょ気返った第一天の姿を見て、ただ呆れるしかなかった。
一応、第一天は、銀時を誘う前日に、蓮の仲間(玲愛やルサルカ)やラインハルトの部下(エレオノーレやアンナ)にも相談していた。
だが、どのメンバーの出した案も、どうやっても、R-18やR-18G確定コースという真面じゃないデートプランしかなかったので不採用となった。

「んじゃ、お前の―――アフラだ―――はっ?」

とはいえ、このままでは、一日中、市街地をひたすら歩き続ける羽目になりかねないと思った銀時は、とりあえず、何処に行きたいのか、第一天の希望を尋ねてみることにした。
だが、銀時がどこに行きたいのかと尋ねようとする前に、聞き覚えのない言葉を呟く第一天の声に割り込まれて、銀時は思わず呆気に取られた。

「“アフラ・アシャ”―――昨日のうちに考えた、この世界に於ける私の偽名だ。さすがに、お前呼ばわりもアレだし、この街中で、第一天という呼び方では色々と不都合だからな」
「あぁ、なるほどな…」

だが、第一天の口から偽名に事情を聞いた銀時は、第一天の納得するように頷きながらも、第一天が急きょ偽名を考えざるを得なかった、本当の理由に気付いていた。
一応、第一天が銀時に話した事情も、表向きの理由としては、もっともらしく、筋は通っていった。
だが、それだけの理由ならば、偽名など使わなくても、銀時に、第一天が人間であった頃の名、すなわち、真名を明かせばいいだけの話である、
ならば、なぜ、第一天は銀時に自分の真名を名乗ろうとしないのか?
その理由について、銀時は、第一天が自分の真名を名乗らないのは、それが第一天が人間であった頃に愛した男に立てた操ではないかと思った。
恐らく、その為に、第一天は、銀時に対してでも、自分の真名を明かすわけにもいかず、即席の偽名を考えたのだろう。
“ま、こいつらしいっちゃ、こいつらしいけどな”―――そう思いながらも、銀時は、昔の男への想いを抱き続ける第一天の為に、あえて、そんな野暮な事を口にすることはなかった。

「まぁ、それより…結局、何処に行きたいんだ?」

とここで、銀時は、気を取り直して、気まずい話題を切り替えるように、改めて、第一天の行きたい場所について尋ねてみた。

「そうだな…まぁ、ここは定番という事で、映画でも見に行かないか?」
「映画ねぇ…まっ、暇つぶしにはなるか」

この銀時の言葉を受けた第一天は、少しだけ考え込んだ後、銀時に、デートに於ける鉄板スポットである映画館に行かないか聞いてみた。
この第一天の提案に対し、銀時は、ありきたりな場所であるが、特に反対する理由もないので、映画館に行くことに決めた。

「おっし…なら、早速いこうぜ」
「あ、あぁ…」

とりあえず、最初の行き先も決まったところで、銀時は、第一天と共に、早速、近くの映画館へ向かう事にした。
しかし、映画館へ行くことを提案した張本人である第一天は、なぜか、戸惑いがちに返事を返した後、少しだけ心許なそうに黙り込んでしまった。
“何か気に障ることしたか?”―――てっきり喜んでついて行くと思っていた銀時は、第一天の予想外のリアクションにそう戸惑ったが、少しだけ考え込んだ後、ようやく、第一天が落ち込んでいた理由に気付いた。

「もちろん、ちゃんと手を繋いでだよな、アフラ?」
「こ、こら…!!  いくら何でも、そ、そんなに子ども扱いするな!? もう…私もこう見えてもだな」

そして、銀時は、第一天を偽名で呼びつつ、黙り込む第一天の手を強引に握りしめながら、しょ気返る子供を元気づけるように、人を喰ったような笑みを浮べた。
さすがに、子ども扱いされたことに頬を膨らませて怒る第一天であったが、それでも、銀時とつないだその手を決して離すことなく、映画館へ向けて共に歩き出した。



一方、そんな銀時と第一天のやり取りを見ていたメイド仮面と荒瀬は―――

「ありゃ、誰がどう見ても、ただのデートじゃねぇかよ…」
「言わないでよ…こっちまで悲しくなるから」

―――もはや、これでもかというほど、激甘デートにやる気を根こそぎ奪われ始めていた。
“何が悲しくて他人のデートを覗き見しなければならないのか…”―――そんな遣る瀬無い気持ちに苛立つ荒瀬は、こんな馬鹿みたいな任務を押し付けた首領にむけて、恨み言を吐き捨てながら、独りごとを呟くようにぼやいた。
一方、メイド仮面の方も、苛立つ荒瀬を宥めるように声を掛けるが、死徒の身であるにもかかわらず、燦々と輝く太陽の中で、命がけの覗き見まがいの任務を押し付けられたことに泣きたい気分だった。

「本当に監視の意味あるのかよ?」
「う〜ん…まさかとは思うけど…」

もはや、任務という名の陰湿な新人&死徒弄りではないかと勘繰る荒瀬に対し、メイド仮面は、あの首領に限って、そんな意味のない任務を命じるとは思えず、考え込むようなそぶりを見せつつ、何気なく周囲を見渡した。


ちょうど、銀時と第一天から少し離れた後方では―――

「うわちゃあ…甘ったるい空気醸し出しているわね。ブラックコーヒー飲んでいるのに、砂糖13杯入れたみたいに、甘ったるい事この上ないわね」
「何や、あのねえちゃん…色々と嬉しゅうて、顔ゆるみっぱなしやんか」

―――アサシンの宝具からの連絡を受け、相対戦が始まるまでの暇つぶしという事で、銀時と第一天とのデートを覗き見&冷やかしにやってきたランサーと真島がいた。
しかし、そんな悪乗り気分で市街地にやってきたランサーと真島であったが、銀時と第一天の激甘なデートの様子に見ているうちに、そんな気分など一瞬で霧散してしまった。
もはや、すっかり、毒気を抜かれたランサーは手にしていた缶コーヒー(無糖)を飲みながら苦笑し、真島に至ってはすっかり恋に浮かれる乙女状態の第一天の姿に呆れ返る始末だった。
だが、この銀時と第一天との激甘デートの覗き見で、もっとも、不本意な目にあっているのは、ランサーと真島の悪乗りに付き合わされることになった一人の苦労人だった。

「はぁ〜!!…何故、こんな悪趣味な事に、私まで付き合わされているのだ?」
「そりゃ、もちろん、こういう事は、人数が多い方が楽しいに決まっているじゃないの」
「そうやな。それに、あんたみたいな堅物先生がおらんとからか…面白ないからのう」

そして、ランサーと真島に引き摺られる形で巻き込まれた苦労人―――ケイネスは、頭痛に苛まれる頭を抑えながら、わざとらしい位に深い深いため息と共に、ランサーと真島に対して、非難めいた愚痴をこぼしていた。
一応、ケイネスも、ソラウを一人残す事は出来ないと反論したが、キャスターが護衛として就くことであっさりと解決されてしまった。
結局、ランサーと真島が暴走しないためのお目付け役が必要だというソラウやキャスターの意見もあったので、ケイネスは、なくなく、ランサー達の悪乗りに付き合う羽目になったのだ。
もっとも、ランサーと真島は、そんなケイネスの精一杯の非難など気にする素振りもなく、悪戯小僧のように笑みを浮べながら、生真面目なケイネスをからかうように軽口を叩くだけだった。
もはや、普段のケイネスならば、周囲を省みず、癇癪を起して、怒鳴り声をあげるほど激昂の一つぐらいしてもおかしくなかった。
だが、ケイネス自身も意外に思うほど、激しい怒りではなく、何処か冷めたような感情だけが胸の中にあった。

「…せめて、ランサーと二人きりの方が良かったのだがな」

ふと、ケイネスは、屈託なく笑うランサーをチラリと横目で見ながら、自分でも知らず知らずのうちにポツリと本音を呟いてしまった。
確かに、ランサーを召喚してから最初の頃、ケイネスは、自分を面白半分でからかうランサーを、マスターを敬う事を知らない傲岸不遜なサーヴァントという名の魔術礼装程度にしか思っていなかった。
だが、廃工場で見せたケイネスに対する騎士の誓いやアラストールが語ってくれた、フレイムヘイズとしてのランサーについての話を通して、ランサーの過去や人格を知ったケイネスにとって、もはや、ランサーは単なる戦いのための道具ではなくなっていた。
今のケイネスとって、ランサー―――マティルダ=サントメールは、サーヴァントとマスターという主従関係を超えた、共に並び立ちたいと思ってしまうほど特別な存在になりつつあった。

「ん? 何か言ったの?」
「…!! いやいや、何でもない!! 私は何も言っていないぞ、ランサー!?」

とその時、不意に振り返ったランサーの声が耳に入ってきた瞬間、ケイネスは自分が何を口走ってしまったのか気付き、首が取れるのではないかと思うほど横に振り、必要以上に大慌てで捲し立てながら、照れ隠しをするように誤魔化した。



そして、ランサー達とは別にもう一組、近くのカフェテラスの席から、銀時と第一天の様子を覗き見する三人組の男女がいた。

「すげぇデレてんなぁ、あのねえちゃん…よっぽど、銀時に惚れてんだなぁ」
「そうでござんすね」
「無理もないわ。藤井君もだけど、覇道神の中でも、彼女や堕天奈落のお祖父ちゃんほど、坂田さんのような当たり前の人間に惚れこんでいる人もいないから」

そう、ランサー達と同じく、銀時達のデートを出歯亀しにきたアーチャー(女装)と先ほど市街地にて銀時を探していた時に合流した外道丸、ラインハルトからの連絡を受け、アーチャーの護衛を押し付―――に就かされた桜井螢の三人がそこにいた。
しかし、さすがのアーチャーと外道丸も、アインツベルンの森で対峙した時や第一天の精神世界に入った時との第一天と、今のデレフィーバーに突入した第一天とのギャップの違いに若干戸惑いながらも、銀時に対する第一天のほれ込み具合をしみじみと痛感していた。
そんなアーチャーと外道丸に対し、螢は、ヤレヤレといった様子で、第一天が銀時に惚れこんでいる理由について簡単に説明した。
そして、その螢の説明を聞いた外道丸は、フムフムと頷きながら―――

「つまり、当たり前の駄目人間が好みという訳でござんすか。それは、また、えらく変わった趣味でござんすね」
「違うわよ!! いや、厨二病的な駄目さは確かに末期かもしれないけど…」

―――第一天が駄目人間好みという斜め上の趣味であると理解し、銀時とのデートにはしゃぐ第一天を気の毒そうな人を見るような生温かい目で見た。
さすがに、この外道丸の外道発言に、螢も慌てて否定しようとするが、蓮を含めた覇道神の大多数が現実逃避に走った末期的厨二病患者である事を思いだし、それ以上何も言えなかった。

「…でも、いいじゃねぇか。俺達も今だけしか、こんな事できねぇんだしさ」
「まぁ、私達、サーヴァントにしたら、ちょっとしたご褒美みたいなものかしらね…藤井君も、色々と楽しんでいるみたいだし。えぇ、本当にい・ろ・い・ろと…!!」

そんな外道丸と螢に対し、アーチャーは、何処の街でもいるカップルのように振舞う銀時と第一天を見守りながら、在りし日の自分とホライゾンの姿を重ねて優しく微笑んだ。
“やっぱり、もう少し上手にこんがり焼くべきね”―――螢も、アーチャーの言葉を肯定するように笑みを浮べかけたが、不意に蓮のやらかした浮気の一件を思いだした事で、一度は沈めた憤怒の炎を再燃させ、そう決意を新たにした。

「けど、さぁ、やっぱり、さっきの話を聞く限りだと、それしかねぇんだよな」
「そうでござんすね。そして、その中でも、銀時様とセイバー様には、もっともつらい役目を負わせることになるでござんすね」

とここで、アーチャーは、この市街地に辿り着くまでの道中の中で、螢が話してくれたバーサーカーに関するある事実についての事を振り返り、絶対に回避不能な難題にぶち当たって困ったように頭を抱えながら、何故か見せつけるように胸を揺らした。
ちなみに、周囲の男たちが、“おぉ!!”と歓声を上げたのはどうでもいい事である。
そして、アーチャーと同様に、外道丸も表情にこそ出さないものの、銀時とセイバーが背負わなければならない業がどれほどのモノなのかを思えば、心を締め付けられるような悲痛な思いを抱かずにはいられなかった。

「…私も無茶な事を言っているのは分かっているわ。本当なら、私達がやるべき事なのに、無関係なあなた達を巻き込んでしまって、ごめんなさい。けど、あの子達を助けて、極大の下種を、第六天を討つ為には、それでも、あなた達を頼るしかなかったの。だから―――」

“―――藤井君を責めないでほしい”―――そんなアーチャーと外道丸に対し、螢は、如何にバーサーカーを討つためとはいえ、自分たちの我が儘の為に、銀時たちまで巻き込んでしまった事に、ただ、そう頭を下げて謝るしかなかった。
―――確かに、あの第六天を倒すだけならば、他にも手立てはあった。
―――だが、その方法を取った場合、蓮が死なせたくない彼と彼女のどちらかが犠牲にしなければならなかった。
―――怨敵である第六天を討たなくてはならなくて。
―――それと同じように、彼と彼女を救わなければならなかったから。
―――だからこそ、自分たちは、例え、第六天の走狗という恥辱を強いられようとも、その両方を為すために耐えなければならなかったのだ!!
―――それこそが、否、それだけが、蓮達にとって、自分たちの意志を継いでくれた彼に対して、報いる事の出来る唯一の方法なのだから。
ただ、それでも、螢としても、蓮達と同じく、苦渋の決断とはいえ、自分たちの我が儘を押し通す為に、銀時達を巻き込んで良い道理などない事も充分に承知していた。
だからこそ、せめて、螢は、銀時達を巻き込んでしまった事に一番責任を感じている筈の蓮の代わりに、この場に居るアーチャーや外道丸からくるであろう非難を一身に受けるつもりだった。

「…螢のねーちゃんってさ、マジで、蓮のにーちゃんの事好きなんだなぁ」
「そうでござんすね…なるほど、蓮様も中々罪作りなお方でござんすね」

だが、螢の予想に反して、アーチャーと外道丸の口から出たのは、螢や蓮を非難するかのような言葉ではなく、逆に、蓮を守らんとする螢を優しく労わるような言葉だった。
既に、アーチャーと外道丸は、自ら蓮に対する非難を一身に受け止めようとする螢を見て、気付いた―――螢が、蓮の事を心底から惚れているという事に。
でも、蓮には既にマリィという、蓮が愛する人がいる以上、螢はその淡い恋心を抑えて、身を引いているのだろう。
だからこそ、蓮が喜美に絡まれていた時に、螢は、マリィがいるにもかかわらず、邪悪な巨乳との浮気行為に走った蓮を許せずに、過剰なまでに怒りを露わにしていたのだ。

「…っ!? な、何を言い出すのよ、いきなり!! まったく…子供が大人をからかうものじゃないわよ…!!」
「えぇ〜? でも、螢のねーちゃんも、見た目じゃ、俺とそんなに齢変わらねぇじゃん」
「いやいや、アーチャー様。見た目はアレでも、年齢的には何千年クラスでござんすから」

とはいえ、当の螢からしてみれば、アーチャーと外道丸に、蓮に対する恋心を言い当てられて驚かない筈もなく、勢いよく真っ赤にした顔を上げると、大声で捲し立てるようにがなり立てた。
だが、当のアーチャーと外道丸は、そんな螢の剣幕を意に反すことなく、螢の、何処の時代や場所にでもいる、当たり前の女の子としての姿を楽しげ見ながら、お互いに軽口を叩くだけだった。

「…まったく、あの鋼鉄処女が手玉取られたわけが分かった気がするわ」

もはや、これ以上言い返しても、十倍返しの逆襲を受けるだけと判断した螢は、それ以上は言い返すことなく、頬を膨らませながら、プイッとそっぽ向いた。
そんな中で、螢は、先日の六陣営会談の後、赤騎士なのに真っ白に燃え尽きるほど憔悴しきったエレオノーレの姿を思い出しながら、やれやれと言った様子でぼやいた。

「でも…こういうのも悪くないのかもね」

しかし、それと同時に、螢は、生前、得られることのできなかった当たり前の女の子としての日常を少しだけでも実感できたことに嬉しく思っていた。
そして、螢は、自分でも知らず知らずのうちに、アーチャーと外道丸にむけて、思わず微笑んでしまっていた。



そして、そんな一同に見守られている事を―――

「…バレバレだっつーの、おめぇら!?」
「ん? どうかしたのか、銀時?」
「何でもねぇよ…たくっ…」

―――先ほどから、誰かまでは分からないものの、覗き見組の存在にばっちり気付いていた銀時は、思わず、いつもの癖なのか、小さな声でツッコミを入れた。
だが、銀時の突然のツッコミにキョトンとする第一天の方はアーチャー達がいることに気付いていないようだった。
ここで、自分たちの事を覗き見している連中の事をばらしては不味いと思った銀時は、とりあえず、第一天を適当に誤魔化しながら、どうしたものかと考え込んだ。
いっその事、第一天に事の次第を明かした方が良いのかもしれないが、第一天が恥ずかしさの余り暴走した挙句、覗き見した一同だけでなく、市街地全体を巻き込んで、丸ごと更地になる危険性があった。
その為、第一天に覗き見組の存在を気付かれるわけにはいかないので、銀時は、覗き見をうかつに追っ払う事さえできない状況なのだ。
そう、こんなおいしい状況を逃すはずがない綺礼というドS神父の存在を見落とした時点で、銀時は既に詰んでいたのだ!!

「神様…頼むから、これ以上悪くなるような事は勘弁してくれよ」
「銀時、呼んだか?」
「ちげぇよ!? 確かに、おめぇも一応、神様なんだけどよ!!」

もはや、今の銀時に出来る事は、これ以上事態が悪化するようなことにならない事を天に祈るだけだった。
もっとも、神様と言われて反応する第一天のように、神様が案外碌でもない連中なのを思いだし、銀時は第一天にツッコミをいれつつ、頭を抱えるしかなかった。




「なぁ、聖杯戦争ってのは、他人のデートを覗き見するぐらい、こうも暇人が多いもんなのか?」
「た、多分…今回のが特殊すぎるのよ…サーヴァントも大概なのがほとんどだし」

“英霊ってなんだろう…?”―――もはや、殺し合いなどそっちのけで遊びほうける銀時達を見て、思わず呆れ交じりの声で独り言のように尋ねる荒瀬と、全然フォローになっていないフォローをするメイド仮面は遠い目をしながらそう思った。

「だがよ、どう考えても、あの銀時とかいう奴に関しちゃ、他の連中に比べて、警戒しすぎじゃねぇか?」
「それは確かにそうかもしれないけど…」

とここで、荒瀬の口から出たこの銀時の監視についての疑問の言葉に対し、メイド仮面は思わず、口ごもったまま、考え込んでしまった。
これまで、メイド仮面は、“首領”から色々と無理難題を押し付けられてきたが、結果的に見れば、それら全てが策を為すために必要不可欠な意味のある事だった。
だが、そんなメイド仮面とはいえ、さすがに、今回の一件で、“首領”が、ここまで銀時を警戒しているのか、どうしても分からなかった。
確かに、銀時というサーヴァントは、今一つ行動の読めないところもあり、計画遂行における不確定要素と見做せなくもなかった。
だが、メイド仮面から見ても、荒瀬の言うように、それだけの理由だけで、銀時のようなサーヴァントを、あの“首領”が必要以上に警戒するほどの相手であるようには思えなかったのだ。
“何故…?”というそんな疑問が、メイド仮面の脳裏に過ぎった瞬間―――

「もしかして―――“貴様が考える必要などない”―――っ!? いえ…それはあの人の“駒”である私達が考える必要がない事。あの人の御意に従うのが“駒”たる私たちの務めなんだから」
「そうかよ。それより―――ちょ、たんま!!―――ん?」

―――メイド仮面の肉体と精神の両方に深く刻み込まれた、疑問や不信を一切許さない“首領”の冷徹な言葉によって、メイド仮面の抱いた疑問は根こそぎ打ち砕かれてしまった。
そして、メイド仮面は先ほどまで抱いていた疑問を一切切り捨てるように、荒瀬に対し、自分たちがあくまで、計画遂行の目的の為だけの、“首領”の駒にすぎない事を言い聞かせるように諭した。
もはや、魂にまで呪縛のように刻まれた“首領”に対する絶対的な忠誠心を見せるメイド仮面の姿を見せつけられた荒瀬は、それ以上、今回の任務を命じた“首領”に対する疑問を深く追求しなかった―――うかつに踏み込めば、自分の何もかもを飲み込まれかねない為に。
とここで、荒瀬が話題を変えようとしたところで、不意に何かを必死に止めようとする男の声が飛び込んできた。


もはや、銀時と第一天とのデートに、複数の覗き見組が入り混じる中、街行く人々から奇異な視線を向けられている一団が新たに加わろうとしていた。

「頼むから落ち着いてくれよ…!! いくら、何でも、こんな街中で大暴れしたら大問題だって!!」
「ああ、その通りだ!! 如何に、銀時に問題があるとはいえ、さすがにこれはやり過ぎというモノだ!!」
「大丈夫よ…ばれないようにヤルだけだから…」
「明らかに言葉と行動が矛盾していると判断します。憤怒に関する気持ちは充分に分かりますが」

だが、今の近藤と桂には、道行く人々も思わず避けてしまうほどの殺気に満ちた表情を浮かべるセイバーの方が遥かに大問題だった。
もし、このまま、この市街地でデートをしている筈の銀時と第一天と出くわしたなら、十中八九、怒れるセイバーによって、白昼堂々の流血事件が発生するのは秒読み開始間近だった。
そうなっては不味いと考えた近藤と桂は、敵味方の関係を超えながら、ほとんど暴走状態のセイバーを止めるべく、冬木教会から市街地に着くまでの間、セイバーを宥めようとした。
しかし、近藤と桂の宥める声も効果は虚しく、セイバーは、自分たちの苦労などお構いなく、呑気にデートをしている銀時と第一天の両方に対し、静かに憤怒しながら、ポツリと呟くだけだった。
ちなみに、ホライゾンは、怒るセイバーを止める事を諦めて、ヤレヤレだぜといった様子で首を横に振り、お手上げのポーズを取るだけだった。

「ねぇ〜見つかった、銀時?」
「死んだ魚の眼をした白髪の天パの人? こっちには居ないみたいだけど…アーチャーは?」
「そっちは、いつも笑っている全裸の人だよね? 皆、服を着ているから、すぐ見つかると思うんだけど…どこにいっちゃったんだろ…」
「う〜ん…こうやってさがすと、中々、見つからないわね…」

一方、イリヤと凛の二人は、そんなセイバー達のやり取りなど構うことなく、セイバー達を放置して、銀時とアーチャーを探すことに専念していた。
とりあえず、先を行くイリヤと凛は、お互いに、街行く人々を見渡しながら、お互いの探し人である銀時とアーチャーを探していた。
しかし、両者ともに白髪の天パと全裸という極めて目立つ特徴を持つものの、この人通りの多い市街地の中を、イリヤと凛の子供二人だけで探すのはかなり無理があった。
結局、しばらく、街中を見渡したものの、銀時とアーチャーを見つけることが出来なかったイリヤと凛は、お互いに顔を見合わせて、どうしたものかと肩を落として、何かいい方法はないかと考え込んでしまった。

「あれ? 凛じゃん、何で、ここにいるんだよ? んで、そっちの、小っちゃいアイリは?」
「えっ…? あなたの、し、知り合いなの?」
「ううん…全然知らない人の筈だけど…」
「あぁ、そこにいたのね。勝手に何処かに行くから―――ん?」

とその時、イリヤと凛がその場で考え込んでいると、不意に、すぐ近くのカフェテラスに座る三人組の少女たちの内、無駄に元気が有りそうな明るい感じの少女に声を掛けられた。
いきなり、見ず知らず少女に自分の名前と母親の名前を呼ばれた凛とイリヤは顔を見合わせながら、この見知らぬ少女の事を知っているのか尋ねあったが、お互いに心当たりは全くなかった。
“いったい、誰なんだろう…?”―――この正体不明の少女に対して、イリヤと凛はそう警戒するが、いつの間にか何処かに行ったイリヤと凛を見つけたセイバー達によって、その正体が明らかとなった。

「何よ、全裸じゃないの…今日は、全裸じゃなくて女装みたいだけど」
「おや、トーリ様…こんなところにいらっしゃいましたか」
「「「「えっ?」」」」

とここで、セイバーとホライゾンは、何やってんだよと言わんばかりに半眼で見ながら、イリヤと凛に声をかけてきた、この見知らぬ少女をあっさりと女装をしたアーチャーである事を見抜いた。
しかし、凛達にとっては、よもや、誰がどう見ても少し抜けた感じの少女が、あの全裸系馬鹿なアーチャーとは同一人物とは思えず、セイバーとホライゾンの言葉に驚きながら、疑問の声を口にした。

「おう。何だよ、ホライゾンやセイバーのねーちゃん達も来ていたのかよ」
「そのようでござんすね」
「それと、あの時の会議には見かけなかった顔もちらほらいるわね」
「「「「えぇー!!」」」」

だが、少女があっさりと鬘と声帯変質装置(機関部製作)を外すと、その下から出てきたのは、いつもの軽い笑みを浮べたアーチャーの顔だった。
同じように、残りの二人の少女―――移動し始めた銀時と第一天を尾行しようとした外道丸や螢も、セイバー達の姿を見つけると、ヤレヤレといった様子で声をかけた。
だが、凛達にとって、もっとも衝撃的だったのは、あの全裸馬鹿なアーチャーが、同一人物とは思えないほどの完璧な女装ができる事だった。
ちなみに、その周囲では、女装アーチャーに見惚れていた男たちが、アーチャーが男であると知り、“あァァァんまりだァァアァ!!”、“こんなの、こんなの絶対おかしいよ!!”などの悲鳴と抗議の叫びをあげながら、俯いて膝をついていたのは心の底からどうでもいい話である。

「まずは、トーリ様、ちょっと、ここに立って頂けますか…?」
「え、何だよ? 俺に何か言う事で―――ふん!!―――はぅっ!?」

とそんな周囲の騒ぎをよそに、ホライゾンは、とりあえず、やらなければならない事をやるために、アーチャーに向かって手招きをしながら、自分の正面に立つように言った。
“まずは挨拶代わりのキスか!?”―――そんな甘い期待を膨らませたアーチャーが、ホライゾンを抱きしめるような姿勢で体をくねらせて駆け寄ってきた瞬間、ホライゾンは徐に重心を低く屈むと、固く握った右こぶしに回転をつけて、アーチャーの股間にねじ込ませるように叩き込んだ。
そして、何かが砕けるような鈍い音と共に、膝をついて崩れ落ちるアーチャーを見て、ホライゾンは満足そうに頷きながら、ピクピクと痙攣するアーチャーを見下ろすようにして言った。

「さて…トーリ様、そこにいるお連れの方は、どなたでしょうか?」
「先に俺を殴った意味がわかんねぇYO!? んで、そこのねーちゃんは、ラインハルトがもしものために、俺の護衛に就けてくれた、戒にーちゃんの妹で、蓮にーちゃんに片思い中な螢ねーちゃんだよ。」
「いやいや…何言っているのよ!! 誤解しないでね!! 友達!! 藤井君とはただの友達よ!?こう見えても、氷室さんやルサルカと違って、ハーレムNGな純愛主義だし!! というか、あなた達、今のやり取りで、何で普通に会話を成立させているのよ!?」

とりあえず、何事もなかったかのように、初対面の相手である螢についての説明を求めるホライゾンに対し、アーチャーは腰を叩きながら、めり込んだタマを定位置に戻しつつ、特に意味のない暴力を振るったホライゾンに向かって抗議の声を上げた。
もっとも、こういったやり取りは何時もの事なのか、ホライゾンと同じく何事も無かったかのように、アーチャーも、何気に螢が蓮に惚れている事を暴露しつつ、螢について簡単に説明した。
“何なの、この子達!?”―――いきなり、自分の恋心を暴露された螢は顔を真っ赤にして、慌てふためいて誤魔化しつつ、当たり前のごとく繰り広げられるアーチャーとホライゾンの打撃系漫才のやり取りにツッコミを入れた。

「諦めなさい…もしくは、慣れるか染まりなさい。異常なのが正常な連中なんだから…」
「その通りでござんす。考えては駄目でござんす。感じて、同化するでござんす」
「そうだな…攘夷志士たる者ならば、この程度の事は軽く受け流す程度の心構えで無くてはな」
「だよな…まぁ、俺らにとっちゃ、まだ、優しい位だぜ、あの程度なら」
「そ、そうなの…? そ、それは、それで問題あるような気がするんだけど…社会的に…」

だが、銀時とアーチャーとそれなりに付き合いの長いセイバーと、性格&性癖破綻者の跋扈する銀時の世界の住人である外道丸と桂、近藤は、GM粒子空間に対応できていない初心者である螢にこの程度の事で狼狽えるようでは、肉体的にも精神的にももたないと諭した。
もはや、自分たちの世界とは別のベクトルで異常な世界の一面を垣間見た螢はぎこちなく頷きながらも、染まったら何かが終わると感じたのか、やんわりと馴染むのを拒否した。

「それより、全裸…銀時と独善女は今、どこにいるの?」
「どこって…村正のねーちゃん、銀時と第一天のねーちゃんに用があるのかよ?」
「話す義理なんてないわ。それより、そんな事はどうでもいいから、私の質問にだけ答えなさい…」

とここで、セイバーは、銀時達を尾行していたアーチャーに、銀時達に対する苛立ちを含ませながら、銀時と第一天に居場所を尋ねた。
だが、アーチャーは、そんなセイバーの心境に気付いたのか、はぐらかすようにセイバーの質問には答えず、逆にセイバーに質問し返した。
このアーチャーの質問に対し、セイバーは、キッパリとアーチャーの質問に答える事を拒否し、自分の質問―――銀時と第一天がどこに居るのだけ答えるようにきつい口調で、アーチャーを問い詰めた。

「生憎でござんすが…今、銀時様と第一天様は連れ合いの真っ最中でござんす。用事ならば、後にしてほしいでござんすね」
「…っ!! だから、私は、こんな時に、家出した挙句独善女と楽しんでいる銀時を連れ戻すために、銀時の居場所を聞いているのよ!!」

だが、今度は、セイバーが何をしようとしているのか察した外道丸が、セイバーとアーチャーとのやり取りに横槍を入れつつ、遠回しな言い方で、セイバーの質問に答える事を拒否した。
本来、敵であるアーチャーはともかく、身内である筈の外道丸にまで質問拒否の姿勢を取られたことに、熱くなったセイバーは、周囲の人間に構うことなく、凄まじい剣幕で問い詰めた。
もはや、セイバーも我慢の限界に来ており、一つ間違えれば、誰かの血を流すことになりかねない一瞬即発の状況になりつつあった。

「…話にならないわね。最優のサーヴァントと聞いていたけど、最憂のサーヴァントの間違いだったのかしらね」
「何ですって…?」

そんな状況の中、力づくでも銀時を連れ戻さんとするセイバーに対し、螢は、ダダをこねる子供にいい加減付き合っていられないと呆れた口調で言い切った。
この螢の侮辱とも取れる言葉に、セイバーは、勢いよく螢の方に顔を向け、眉を吊り上げながら、親の仇を見るような目つきで睨み付けた。

「あなたは、この戦場に立つべきじゃない。今のあなたは、あの下種が言う通り、敵を殺した分だけ、自分を支えてくれる味方さえも殺し尽くす滅尽滅相の為だけの便利な道具でしかないわ」
「…っ!!」

しかし、当の螢は、常人ならば即座に気絶するほどのセイバーの剣幕など意に反すことなく、今のセイバーがどれだけ、バーサーカーのいうような便利なガラクタであるかを告げるだけだった。
あまりに容赦のない螢の言葉に、セイバーは思わず、声を詰まらせるも、ここまで言われたとあっては、簡単に引き下がれるはずなどなかった。

「…違う!! 私は、ただ、誰かを殺し尽くすだけの道具なんかじゃない!! 始祖様も、母様も、そして、私も、人々を争いに駆り立てる独善を駆逐する事で、平和な世を作くるために、“善悪相殺の誓約”を課したのよ!! 断じて、あのバーサーカーを嗤わせるために、善悪相殺の誓約を課したんじゃないわ!!」
「その割には、口先だけで、中身が伴っていないように見えるのは気のせいかしらね」
「何を…!!」

そして、湧き上がる怒りの勢いに身を任せたセイバーは、自分よりもはるかに強大な相手に、無謀にも貧弱な鎌を振りかざす蟷螂と同類の虚勢を張りながら、螢にむかって反論するかのように訴えた。
そもそも、村正一門の剱冑とは、人々を無為に死に至らしめる戦の醜さを人々に知らしめる為の誓いを込めた、平和な世を求めるための剱冑であったのだ。
それ故に、セイバーからすれば、自分が螢の言うような、“己以外の他者は消え失せろ”というバーサーカーの下種の極まりない渇望を叶えるための、滅尽滅相の道具であるなど、決して認められる訳がなかった。
しかし、螢からすれば、口でこそ独善を駆逐すると言いながら、実際は銀時を独占したいという独善に走るセイバーから出る薄っぺらい言葉など聞くに値するものではなく、呆れ返ったような言葉でバッサリと切り捨てた。
この螢の言葉に、さらに激昂するセイバーであったが、螢はこれ以上、己の行動を省みようとしない子供の駄々に付き合うつもりなど全くなかった。

「まぁ良いわ。とりあえず、さっさとマスターのところにでも戻っていなさい…私達も早く、銀時と第一天を見失わない内に、あっちに―――あんた達だって…狗じゃないの―――何ですって?」

とりあえず、螢は、これ以上構ってられないとセイバーを適当にあしらいながら、すでにどこかへ移動してしまった銀時達の尾行を続けようとした―――次の瞬間、螢の耳に聞き流す事など出来ない声が聞こえるまでは。
そして、不意に立ち止まった螢は、有無を言わせぬほどの睨みを利かせながら、その声の主―――俯くセイバーのほうへ振り返った。

「あんた達だって、偉そうに口でこそバーサーカーが憎いと叫んでいるだけで!! その癖、バーサーカーの力に屈服して、私達みたいなのに頼らないといけないぐらい、あの腐れ外道に逆らえない狗じゃないの!!」

だが、セイバーは、今まで溜めこんだ感情を爆発させながら、螢達を負け犬の遠吠えのように、バーサーカーへの恨み言を喚きながら、バーサーカーの力に屈するしかない狗の集まりだと罵った。
もっとも、セイバーとしては、こちらを一方的に侮辱しておきながら、まともに向き合おうとしない螢を振り向かせるためだけに、感情に任せて、子供じみた悪口を口走ってしまった程度の事に過ぎなかったのかもしれない。
だが、セイバーにとってほんの弾みで口走った言葉は、螢の逆鱗に触れるのには充分すぎるほどのモノだった。

「そんな奴らに偉そうなことを言われる謂れは―――黙りなさい!!―――っ!?」
「そうよ…あなた達から見れば、今の私たちは第六天に逆らう事さえ出来ない走狗なんでしょうね」

そして、自分が何を口走ってしまったのか気付くことなく、セイバーが直も、螢を罵ろうとした瞬間、螢はそれまでの冷静な口調から一変して、それ以上のセイバーの暴言を遮るように一喝した。
この時、セイバーは、二つの点に於いて、過ちを犯していた。
まず、一つは、これまでのやり取りだけで、螢を、氷のような冷静さを持つ性格であると思い込んでしまい、その実、螢が逆境において不屈の闘志を燃え上がらせるほどの激情家である事を見抜けなかった事。
そして、もっとも重要な二つ目は―――

「…けれど、藤井君がどれだけ苦しんだか、どれだけ悲しんだかさえ。何一つ知らないあなたが、彼を侮辱するなんて絶対に許さない!!」
「…っ!!」

―――櫻井螢にとって、仲間以上の特別な存在である藤井蓮を図らずも、“第六天の狗”などと侮辱してしまった事だった。
これまでの、冷静さの仮面をかなぐり捨てた螢は、蓮を侮辱したセイバーに向けて、人が変わったかのように感情をむき出しにしながら、激情の怒りを爆発させた。
そんな螢の有無を言わせぬ怒りを前にし、セイバーは問答無用で黙るしかなかったが、それで、一旦、感情に火がついた螢がそれで収まるはずがなかった。

「…悪いけど、アーチャー…こっちに付き合ってくれないかしら。このままじゃ、収まりがつかないから」
「…俺は別に良いぜ。ホライゾンもいいよな?」
「jud.トーリ様を引き取れるのであれば問題ありません」

“この馬鹿女を叩き潰す!!”―――もはや、螢は、アーチャーに付き合うよう頼む言葉こそ冷静さを装いながらも、内心は、その一念を以て、バーサーカーを討つことさえも度外視してまで、蓮を侮辱したセイバーと戦わんとしていた。
そして、螢に頼まれたアーチャーも、危なっかしいほど激情する螢を見て、このままでは、うっかり、勢い余って、螢がセイバーを倒しかねないと考えた。
その為、アーチャーは、ホライゾンにも了解を取りつつ、ほどほどの決着をつける為の立会人として螢に付き合う事にした。
ホライゾンも、どんな形であれ、アーチャーの回収さえ出来れば良かったので、いざという時は、アーチャーに身体を張らせて、セイバーと螢との戦いに決着をつけさせる事も視野に入れつつ、アーチャーと同行することにした。

「では、あっしらは引き続き、銀時様の監視を続けさせてもらうでござんす」
「なら、俺も、こっちだな。俺の方で、万事屋に用が有るからな…」
「ふむ…俺としても、銀時を連れ戻すのが目的だからな。リーダーも、それで―――」

アーチャーとホライゾンが、セイバーと螢の決闘に同行する一方で、外道丸と近藤、桂は、アーチャー達とは別行動を取って、皆それぞれの理由から銀時と第一天の尾行を続ける事にした。
そして、桂が、自分の隣にいる筈のイリヤに声を掛けようと顔を向けると―――

「―――あれ、リーダー?」

―――ほんの少し目を離した間に、先ほどまで自分の隣に居た筈のイリヤと、イリヤと一緒にいた凛が居ない事にようやく気付いた。



桂がイリヤと凛が居ない事に気付いた頃、イリヤは、何やら喧嘩ばかりする大人たちを置き去りにして、イリヤ一人じゃ心細いだろうと付いてきてくれた凛と共に、この街の何処かにいる筈の銀時を探していた。

「確か、こっちの方に―――お、ここか―――いた!!」
「あの天パな人? 綺麗なお姉さんと一緒みたいだけど…」

とりあえず、イリヤと凛は、先ほど、螢が向かおうとしていた方向を頼りに道を進んでいった。
その甲斐があったのか、はたまた偶然なのか、イリヤと凛は、映画館の前で立ち止まっている銀時の姿を見つけることが出来た。
“…男を見る目が無いのかな?”―――一方、凛は、どうみても優雅さの欠片もない銀時を見ながら、喜美やナルゼに教えられた事を踏まえた上で、銀時のような悪い男に引っ掛かってしまった第一天を気の毒そうにそう思った。

「ねぇ、銀―――ごめんなさい―――ん!?」
「えっ―――!?」

そして、イリヤが元気よく手を振りながら、銀時の元へと駆け寄ろうとした―――瞬間、凛とイリヤは、何かを謝るような呟きが聞こえると同時に、不意に現れた何者かによって抱きかかえられた。
そして、イリヤと凛は、そのまま、何者かに抱きかかえられると同時に、誰の目にも映らないまま、途中ですれ違う者たちが、風が通りすぎた程度にしか感じないほどの速さで、すぐ近くの人気のない裏路地へと連れて行かれてしまった。
そして―――

「かかった獲物は…こんな餓鬼二人だけみたいだな」
「充分よ…少なくとも、彼らを誘き出すための餌としての価値は充分にあるはずだから」
「「―――!?、―――!!」」

―――自分たちを裏路地まで運んだメイド仮面と、裏路地を抜けた先に車を手配していた荒瀬の会話を聞きかされたイリヤと凛は、ようやく、自分たちが誘拐されてしまった事に気付くのだった。


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