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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第36話:とある侍の愛憎譚=その3=
作者:蓬莱   2013/09/23(月) 22:58公開   ID:.dsW6wyhJEM
冬木市の市街地にて各勢力が動いていた頃、遠坂邸でも、今後の行方を左右する選択肢がある男に突き付けられようとしていた。

「んっ…あぁ…私は、いったい…?」

ズキズキと頭に響くような痛みと体中にのしかかるような気怠さに苛まれながら、時臣は未だに目覚めきっていない意識を無理やり起こしながら、自分が眠るまでに何があったのか思い出すべく、辺りを見渡した。
―――台風が巻き起こったかのように荒れ果てた工房。
―――周囲に散らばった多くのワインの空瓶。
―――服全体にまんべんなく浮き上がったワインのシミ。
この工房と自身の惨状を見た時臣は、しばし、訳が分からず呆然とした後、自分が何をしていたのかようやく思い出した。

「まったく酷い有様だな…酒に溺れた挙句、そのまま、寝過ごすとはな。遠坂を継ぐ、いや、違うか…」

“…自分のような下種が遠坂の姓を名乗る事すら恥知らずな事だ”―――はからずも、六陣営会談の場で、自身の醜態を見せつけられた時臣は、そう自嘲気味に呟きながら、自分の支えてきたモノを打ち砕かれた人間が見せる乾いた笑みを浮べた。
凡庸でありながらも、時臣は、生来からの自律と克己の意志によって、“常に余裕を持って優雅たれ”という遠坂家の家訓に忠実であり続けてきた。
だからこそ、時臣は、自身の実力と実績に裏付けされた自信を抱き、己の行動に間違いなどある筈がないと疑わずに生きていた―――それが我が子に、桜にどんな悲劇を齎したか知る由もなく。

「あぁ…雁夜…今なら、君の怒りが分かる気がする…」

そして、魔道の血から逃げた落伍者と蔑んでいた雁夜の名を口にした時臣は、何故、雁夜があれほどまでに、桜を間桐へと養子に出した事で時臣を責め立てたのか、今更ながら理解せざるを得なかった。
時臣が、魔術師と父親という両方の面で桜の幸せを願った上での決断がもたらしたのは、間桐の虐待まがいの調教によって心を壊され、極大の下種に殺される事すら救いだと微笑む桜の姿という無残な結果だった。
だからこそ、そんな無残な桜の姿を見せつけられた雁夜が、桜を不幸に追いやった元凶の一人である時臣に対して憤るのも当然であった。
まして、時臣が、自分が何をしてしまったのか、何一つ知らないとあっては直の事だった。
“自分の犯した過ちに何一つ気づけなかった私こそ、どんな外道よりも劣る、ヒト以下の畜生だ”―――そんな終わることの無い自己嫌悪に苛まれる時臣であったが、事態は、時臣に考える時間を与える事を許さなかった。

『…師よ!! 急を要する事態が発生しました!!』
「綺礼か…何が、いや…」

とその時、綺礼との連絡を取るために用意した通信装置から、時臣に向かって呼びかける綺礼の声が飛び込んできた。
普段の綺礼からは想像もつかないほど切羽詰まった様子に、時臣は何事かと聞き返そうとしたが、すぐに思い直したかのように口を噤んだ。

「…後にしてくれ。今は、綺礼…君の方で対処の方を―――いえ、そういう訳にもいかないようです―――何?」

もはや、これ以上、聖杯戦争へと参加し続ける意味を失った時臣は、力のない声で呟きながら、その緊急事態への対処を、綺礼に一任させて、通信機を切ろうとした。
だが、時臣が、綺礼にこの一件の全てを任せようと告げる前に、通信機越しで焦っているような綺礼の固い声がそれを遮った。
さすがに、この尋常ならない綺礼の様子に、時臣は、事態の深刻さを感じ取ったのか、とりあえず、何が起こったのか知るべく、通信機越しに聞こえる綺礼の言葉に耳を傾けた。

『アサシンからの報告で、アインツベルンのマスターの娘と、加えて、導師のご息女が、凛が何者かに連れ去られました…!!』
「なッ…!?」

そして、時臣は、綺礼から伝えられた緊急事態―――凛が何者かに攫われたことを知り、驚きの余り、思わず言葉を失うほど絶句した。
―――何故、凛が攫われなければならないのか?
―――誰が凛を誘拐したのか?
―――そもそも、凛を攫う目的はいったい何なのか?
次々と湧き起こる疑問の渦が、事態を理解できずにいる時臣の脳内を目まぐるしくなるほどかき回す中、いきなり、ドンという鈍い打撃音が響くと同時に、鍵を掛けてあった工房の扉をぶち破られた。

「ま、マスター!! 大変です!! 今、郵便受けにこんなモノが…!!」
「まさか…」

そして、時臣は、一枚のはがきを手にしながら、慌てて飛び込んできた、絶望的なまでに絶壁な胸を持つ眼鏡の少女―――アデーレ・バルフェットの姿を見て、何が有ったのかすぐに予測できてしまった。
それとほぼ同時刻―――

「馬鹿な…!?」

隠れ家の一つである新都駅前の安ホテルに訪れた切嗣は、係の者に手渡された自分あての手紙に書かれた文面を見た瞬間、頭を殴りつけられたかのような衝撃と共に愕然とした。
―――“ご息女のイリヤスフィールの身柄をこちらで預からせていただきました”
―――“つきましては、ご息女の身柄を受け渡しについての交渉の為、今日の深夜、海浜公園にてお待ちしております”
―――“なお、その際に、切嗣氏御一人でいらっしゃらない場合、ご息女の安全は保障しかねますので、ご了承を”
そして、その文面の最後には、“アリマゴ島の死に損ないより”という文字で締めくくられていた。



第36話:とある侍の愛憎譚=その3=



各々の事態が刻一刻と急変しようとする中、この重大な事態など知る由もない銀時と第一天は、上映終了後の映画館を後にしようとしていた。

「…ま、まぁ、それなりだったよな?」
「…」

まず、映画を見終えた銀時は、気まずい空気を誤魔化すように愛想笑いを浮べながら、隣で黙り込む第一天に映画の感想を尋ねるように話しかけた。
実のところ、口では、それなりだったと感想を述べる銀時であったが、本音としてはかなり微妙なところだった。
そもそも、上映されていた映画がほぼ全て典型的なラブロマンスであり、その中でも、銀時が選んだ映画は、お世辞にも素晴らしいと言えないような微妙な内容だった。
一見すると、面白くもない映画を見た事で、つまらなそうにしている風にも見える第一天の反応に対し、銀時は、ダダ下がりした第一天のテンションをどう元に戻そうかと頭を抱えそうになった。
だが、銀時の考えとは裏腹に、それまで押し黙っていた第一天の口から出たのは意外な言葉だった。

「…いや、私としては結構面白かったな。こう胸に来るものが有ったな、うん」
「え、そうだったか!? 俺としちゃ、結構、普通だったと思ったけどな…」

それまで難しい顔で押し黙っていた時とは打って変わって、第一天は楽しげに先ほど見た映画を思い返しながら、満足そうに頷くと笑みを浮べるほど喜んでいた。
あの面白くない映画をみたにも関わらず、ここまで満足げに語る第一天のリアクションに、銀時は、間の抜けたように驚きながら、思わず首を傾げながら聞き返した。

「まぁ、そもそも、私の生きた頃は…戦争中だったからな。あっても、戦意高揚が目的の碌でもないモノしかなかったよ」
「あっ…」

とそれまで、楽しげな笑みを浮べていた第一天であったが、この銀時の問いかけを聞いた瞬間、過去の戦争での出来事を思い出した第一天の表情から笑みが消えた。
そして、代わりに、独善に走らねばならないほどの辛い過去を思い返す第一天の顔には、影を落とした暗い表情を浮かんでいた。
すっかり、意気消沈してしまった第一天の様子を見た銀時も、うっかり、自分が第一天の地雷を踏んでしまった事に気付かざるを得なかった。

「悪ぃ…いきなり、辛気臭ぇ事言っちまって…」
「別に気にする事ではないさ。ところで、次は何処に行こうか?」

すぐさま、銀時は、自分の余計なひと言で、第一天の気持ちを沈め、折角の良い雰囲気を壊してしまった事に申し訳なさそうに謝った。
一応、第一天も、謝る銀時を宥めつつ、暗い過去を振り払うように話を切り替えようとするが、未だに表情を曇らせたままだった。

「う〜ん…何処って…んっ?」

とりあえず、銀時は、この悪い空気を少しでも振り払おうと、第一天の言うように、次に何処に行こうか考え込んだ。
そして、銀時が手ごろな行き先を探すべく、ふと辺りを見回した瞬間―――

『今すぐ、アミューズメントパークへGO!! 一発狙いでラブホも有りよ!!』
「…ちょっと待ってろ」
「あぁ、分かったが…どうかしたのか?」
「何、すぐに片つけてくるから気にすんなよ」

―――銀時は、どこかで見た事のある男女、というか、コスプレ紛いの変装をしながら、カンペを掲げるナルゼと、この真冬の中、半そで短パンという季節感を間違えた、前世が羽の生えたイケメンかと思ったら、羽の生えた犬だった某ロボット主人公のコスプレ、もとい変装をする戒を不本意ながら発見してしまった。
もはや、怒りを通り越して呆れの領域に達した銀時は、第一天にばれる前に対処すべく、出来る限り気持ちを落ち着かせながら、静かな声で第一天にここに居るように言った。
突然の事に首を傾げる第一天をそのままにして、銀時は道行く人々をかき分けながら、ナルゼと戒のところに向かっていった。

「何やってんだ…て・め・ぇ・ら!!」
「何って…見て分からないの? こんなおいしいネタを見逃す訳にいかないでしょ。とおりすがりのコスプレイヤーに扮装して、ネタにするついでに、デートのサポートしてあげているだけよ。感謝しなさいよ、マダオ」
「いや、本当にごめんなさい…どうしても断りきれなくて…」
「…要するにただの出歯亀じゃねぇかよ!! 後、明らかに周りと浮いてんだよ、てめぇら!! しかも、サポートするのがついでかよ!? つうか、ツッコミが追い付かねえよ!!」

そして、ナルゼと戒のところに辿り着いた銀時は、ナルゼと戒に、声こそ小さいモノの、“いい加減にしろ!!”とガチ切れ寸前の感情を声音に含めて問いただした。
だが、当のナルゼは、銀時の凄みを利かせた怒りなどどこ吹く風と気にすることなく、堂々とネタの収集兼デートのサポートに来たことを、何故かドヤ顔で決めつつ明かした。
ちなみに、何故か、ナルゼに指名される形で巻き込まれた戒は、周囲の視線(主に若い女性が中心)に晒されながら、羞恥心に耐えつつ、ひたすらに謝っていた
“くそっ!! 新八(眼鏡)じゃねぇと駄目なのかよ!?”―――もはや、ツッコミの過多で、外道娘にツッコミ切れないという異常事態を前に、銀時は、普段は眼鏡かけ的な役回りしかない新八の有難味を改めて知り、自分のツッコミ系としての甘さにそう思わずにいられなかった。

「それより、彼女ほったらかしにしてないで、早く戻りなさいよ」
「…たく、マジでこれ以上の野次馬は勘弁してくれよな」

そんな銀時の苦悩など知り由もないナルゼは、犬臭い忍者を追い払うようなしぐさで、銀時に早く第一天のところに戻るように促した。
これには、さすがの銀時も、これ以上何を言っても、ナルゼ達を追い払うのは無理だと判断し、愚痴をこぼしながら、しぶしぶ、第一天のところに戻るしかなかった。

「もういいのか?」
「あぁ…もういいよ…本当にもうどうにでもなれだよ…」

幸いなことに、第一天は、まだ、ナルゼと戒の存在に気付いていないらしく、やつれた様子で戻ってきた銀時を見て、心配そうに声を掛けてきた。
一応、銀時は、第一天に気付かれていないだけマシだと思い込みながら、疲れきった声で、第一天にやや投げやりな答えを返した。

「…? それで、次はどこに行こうか?」
「ん、まぁ、とりあえず、ゲーセンにでも―――“アミューズメントパークよ!! もっと高尚に!!”―――どっちで良いだろうが!! つうか、わざわざ、そんな事までカンペ要らねぇだろ!!」

異様に疲れている銀時の様子に些か腑に落ちない点は有ったものの、第一天は、気を取り直して、銀時に次の目的地をどこにしようか尋ねた。
この第一天の問いかけに対し、銀時は、ひとまず、ナルゼのアドバイス通り、第一天にゲーセンに行こうと提案しようとした―――その直前、ナルゼからの抗議のカンペを見て、思わずツッコミを入れつつ。


一方、お互いの譲れないモノの為に闘う事になったセイバーと螢、そして、その決闘の立会人となったアーチャーとホライゾンは、異空間にて展開されたヴェヴェルスブルク城に設けられた施設の一つである決闘場へと辿り着いていた。
現在の冬木市において、ここ以上に周囲への損害や人目を気にすることなく、サーヴァント同士が、お互いに全力を出せる場に、ここほど相応しいところなど他になかった。

「さて…ここなら邪魔は入らないわ。それとも、使い手がいないと駄目かしら?」
「そうね…仕手抜きだけど、この姿で充分よ」
「充分…なら、貴方が負けた時の言い訳は、それで充分でしょうね」

そして、決闘場の中央に立った螢は臨戦態勢に入りながら、銀時抜きのまま、自身と対峙するセイバーを挑発するかのように問いかけた。
その螢の挑発に対し、セイバーは、同じように挑発でやり返すと、剱冑としての最強の形態である武者の姿ではなく、生身の肉体のまま、戦わんとしていた。
あくまで、螢を格下の相手と見做して、生身の肉体で闘おうとするセイバーに、螢は、いよいよ、セイバーの慢心具合に心底呆れながら、皮肉交じりの言葉で返した。

「なら、アーチャー…そろそろ、よろしくね」
「おう。あんまり無茶してイジメんなよ?」
「イザという時は、トーリ様に身体を張らせてでも、お二人を止めますのでご安心を」

とりあえず、言いたいことだけ言い終えた螢は、この決闘の立会人であるアーチャーとホライゾンに決闘の開始を告げる合図を求めた。
もはや、セイバーと螢というお互いのやり取りの中で、既に決闘場全体から殺伐とした緊迫感が張り詰めていた。
だが、アーチャーは、その剣呑な空気に飲まれるどころか、さして気にすることもなく、いつものごとく笑みを浮べながら、螢にむかって、やりすぎないように注意するように軽口を叩いた。
一方、ホライゾンの方も、親指を立てつつ、セイバーと螢の決闘を立ち会う以上、アーチャーの犠牲を前提した上でその責を果たすことを伝えた。

「オイオイ、ホライゾン!? オメェ、俺に身体張らせ―――グシャ!?―――あぁん!?」
「それでは、始めてください」
「あ、うん…どうも…」
「え、えぇ…あ、ありがとうね」

とここで、執拗なまでにアーチャーに身体を張らせようとするホライゾンに、アーチャーは、自分の隣に立つホライゾンの方に向き直って、セメント発言を連発する正妻に抗議の声を上げようとした。
その瞬間、ホライゾンは、その機を狙っていたかのように徐に低く屈んだかと思うと、そのまま、アーチャーの股間に向けて、手首を内側にねじ込むように固めた右こぶしを叩き込んだ。
そして、肉が砕ける鈍い音が聞こえると共に生子(女装)が生子(女性)となったアーチャーが崩れ落ちた瞬間、ホライゾンは、手慣れた様子で、ハンカチで右手をぬぐった。
そして、悶えるアーチャーを尻目に、ホライゾンは、何事もなかったかのようにセイバーと螢に対し決闘開始の合図を告げた。
“本当に身体を張らせちゃったぁ、あの子―――!!”―――もはや、ホライゾンの容赦のない有言実行さを目の当たりにしたセイバーと螢は、そう心中で愕然としながら、これ以上、ホライゾンが何かを仕出かす前に戦わざるを得なかった。

「その前に、本当にあのロボットみたいな姿にはならないの? 余裕のつもりなら怪我をする前に止めた方が良いわよ」
「武器を持たずに闘おうとする奴の言えた台詞かしらね。それと―――ロボットじゃないわ、剱冑よ!!」

とここで、螢は、またもや、生身のままで闘おうとするセイバーに、明らかに、自分が強者であるという上からの目線での忠告をしてきた。
執拗なまでの螢の挑発に対し、刀を手にしたセイバーも、負けじと言い返しながらも、どこかズレたような発言をしつつ、機先を制すために、自分に対し絶対的な強者を気取る螢に斬り込んでいった。
この時点において、螢の知る由もなかったが、確かに螢の指摘したとおり、全ての剱冑にとって、武者の形態こそが最強である事は紛れもない事実だった。
だが、それは、あくまで、その剱冑の使い手である仕手がいてこそ成立する話だ。
むしろ―――

「こっちが仕手無しだからって、甘く見ないでよ…!!」
「…っ!?」

―――仕手である銀時がいないセイバーにとっては、この生身の肉体こそが、最小限の魔力で、もっとも効率的に戦える最適の姿だと言えた。
このセイバーの真っ向からの強襲に対し、先を取られた螢は、虚を突かれたように驚くも、振り下ろされるセイバーの刃にむけて姿勢を低くして、自ら向かっていった。
そして、セイバーの振り下ろした刀が螢自身に触れる直前、螢は、セイバーの真横に回り込むように回避し、その勢いのまま、がら空きとなったセイバーの脇腹に向けて蹴りを叩き込んだ。
さらに、螢は、セイバーに蹴りを叩き込んだ反動を利用し、横っ飛びに滑空し、セイバーとの間合いを取った。

「どうやら、人並みの剣技もこなせるみたいね」
「己の魂を込めて生み出されるのが真打剱冑!! なら、その鍛冶師がまともに闘えないなんて…勘違いも甚だしいわよ!!」

着地を決めた螢は、とりあえず、セイバーの初手を見た上で、セイバー単体の技量を見抜き、仮にもセイバーのクラスに召喚されたサーヴァントが単なる銀時のオマケではない事を理解してやる事にした。
わざとらしくなるほどと納得したように呟く螢に対し、セイバーは、痛む脇腹を抑えながら、未だに徒手空拳のまま戦わんとする螢に苛立ちを募らせ、螢にむかって啖呵を切った。

「それにあなた程度、銀時抜きでも充分に戦えるわよ!!」
「…」

それと同時に、第二撃目を繰り出さんと斬りかかるセイバーに対し、螢は無言のまま迎え撃たんとした―――自分を見失いかけている道化を冷たい視線で見据えるように。


そして、この決闘の立会人であるアーチャーとホライゾンは、再び始まったセイバーと螢の闘いを観覧席の方から見届けていた。
刀を手に闘うセイバーと徒手空拳のまま闘う螢は、互いの攻撃をかわし、隙あらば、相手を攻撃することを繰り返しながら、激しくぶつかり合い、決闘場の中で目まぐるしく闘っていた。
とここで、セイバーと螢の決闘を見届けていたホライゾンが、なるほどと頷きながら、徐に口を開いた。

「どうやら互角のようですね」
「そうみたいだな」

現時点での、セイバーと螢との闘いにおける趨勢をそう告げるホライゾンに対し、アーチャーはやっぱりかというような口振りで頷いた。
一応、戦闘要員ではないアーチャーとホライゾンではあるが、それでも、セイバーと螢の攻防戦を見れば、お互いの力量がある程度、互角である事ぐらいは理解できた。
そう―――

「今のところですが…」
「だな…まだ、戒のにーちゃんが使っていたヤツを使っていねぇしな」

―――未だに螢が全力で闘うことなく、セイバーに対して手心を加えている事を含めて。
そして、不安げに呟くアーチャーの言うように、蓮の仲間であり、戒の兄妹でもある螢ならば、当然、己が渇望を具現化する、あの末期的厨二病患者御用達の激痛宝具を持っている可能性がある事にも―――!!


「さぁ、これでも、まだ、その減らず口を叩けるのかしら!!」
「そうね…」

一方、当のセイバーは、アーチャーとホライゾンの不安などつゆ知らず、螢と互角に闘えている事に対し、強者を気取っていた螢の鼻っ柱を折ってやったと勝ち誇ったように言い放ってさえいた。
だが、螢は、セイバーの挑発じみた言葉に聞き流しながら、ヤレヤレといった様子で考え込んだ後―――

「これが真っ当な闘いだと、あなたに勘違いさせてしまうほど遊びが過ぎたわね…なら、私も少しだけ本気で闘ってあげるわ」
「だから…っ!! 舐めるんじゃないわよ!!」

―――余りにも手を抜きすぎた事を反省しながら、“善悪相殺の誓約”の事も忘れて、最も忌むべきはずの独善に酔い狂ったセイバーをいい加減に酔いから醒まさせることにした。
この螢の挑発とも取れる言葉に、セイバーは、頭に血を一気に登らせると、刀を構えながら、勢いよく斬り込んで行った。
そして、セイバーが、そのまま、まるで斬ってこい言わんばかりに棒立ちする螢に刀を横薙ぎに振るった瞬間―――

「“形成”―――ガキン―――」
「なっ…!?」

―――螢は、セイバーと本当の意味で闘う合図を告げるように短くつぶやいた。
そして、金属同士がぶつかり合う独特の甲高い音が決闘場内に鳴り響くと同時に、セイバーは、螢が自身の攻撃を防いだ事に加えて、驚くべき光景を目の当たりにすることになった。

「炎を纏わせた剣…それが、あなたの宝具なの!?」
「私たちの世界では、“聖遺物”と呼ばれるモノよ…来なさい、地獄を教えてあげるわ」

いつの間にか、徒手空拳だった筈の螢の手には、周囲の空気を熱するほどの熱量を放出しながら、烈火の如く赤々と燃えたぎる緋色の剣―――“緋々色金”が握られており、それによってセイバーの刀が受け止められていた。
“意外に真面なのね…”―――螢の宝具を目の当たりにしたセイバーは、これまでの戒や第一天のようなトンデモ具合と比べて、少し大人しめの螢の宝具を見て、思わず、そう意外に思った。
そして、セイバーがそんな事を考えているなど知る由もない螢は、手にした緋々色金を構え、本当の意味での臨戦態勢に入らんとした。


そして、各々がそれぞれの目的の為に行動する中、もっとも深刻な状況に陥っている者たちがいた。

「…何処なのかな?」
「…分からないわよ」

その深刻な状況に陥った者たち―――イリヤと凛は狭苦しい部屋に設けられた簡素なベッドの上でお互いに身を寄せ合いながら、不安げに呟いていた。
あの後、イリヤと凛はいきなり目隠しをされたまま、車での移動の最中に気絶してしまい、気が付いたら、何処ともしれないこの部屋に閉じ込められていたのだ。
当然の事ながら、部屋の唯一の出入り口である扉は外からカギが掛けられており、イリヤと凛はどうする事も出来ないまま、身を寄せ合うしかなかった。

「何で、こんな事になっちゃったんだろ…キリツグ…」
「だ、大丈夫よ!! きっと、お父様が助けに…助けに来てくれる…筈だから…」

ただ、銀時を連れて帰るつもりがこんな事態になってしまった事に、イリヤは、これからどうなるのかという疑問から生じる不安や心細さから、父である切嗣の名を呟くと涙を目に溜めながら涙ぐんだ。
そんな泣きそうになるイリヤを見て、凛は少しでもイリヤを安心させようとするが、自分を助けに来てくれるであろう父親―――時臣が地下工房で閉じこもっている事を思い出してしまった。
そもそも、凛達ですらここが何処なのか分からない状況である以上、時臣がここに助けに来る可能性は極めて低かった。
イリヤを励ますつもりが、逆に自分で不安を抱いてしまった凛までも泣きそうになった時、不意に鍵の掛けられていた部屋の扉が開けられた。

「おい、餓鬼共。ちゃんと大人しくしているか?」
「失礼するわね」
「「!?」」

と次の瞬間、子供の眼から見ても、善人に見えない強面の男と、男とは対照的に快活な印象を与える少女―――凛達をさらった荒瀬とメイド仮面が顔を覗かせながら部屋に入ってきた。
あからさまに恐ろしい顔と言動、しかも、自分たちをここに連れてきた張本人という事もあり、凛とイリヤは、荒瀬から少しでも離れようと部屋の隅へと驚いたように逃げ込んだ。

「荒瀬、子供相手に怖がらせ過ぎよ…あの子達、泣いちゃっているじゃない」
「あっ? 知るかよ。そもそも、俺に餓鬼の扱いなんざ期待すんじゃねぇよ」

この凛とイリヤの様子を見たメイド仮面は、必要以上に脅しすぎだと、荒瀬に対し苦笑しながら軽く注意した。
もっとも、荒瀬としては、元ヤクザという職業柄もあってか、メイド仮面の苦言を知った事かと突き返すだけだった。

「…おねえさん達…誰なの?」
「誰って…悪い人って言ったら、どうする?」
「「―――!?」」

とここで、恐怖で震えるイリヤを庇うように前へ出た凛は、少しでも何が起こっているのか知るために、一番、話し易そうなメイド仮面に向かって話しかけてみた。
そんな凛の問いかけに対し、メイド仮面は悪戯っぽい笑みを浮べながら、凛の質問には答えず、逆に、凛とイリヤに自分たちが悪人ならどうするのか聞き返してきた。
メイド仮面としてはちょっとした冗談のつもりだったが、不安そうにしていた凛とイリヤを怖がらせるのには充分だった。

「うぅ…私達、ナルゼさんの見せてくれた薄い本みたいになっちゃうんだ…きっと―――で―――みたいな感じに―――して、私達を―――、最後は―――にされちゃうだ…」
「え? え?」
「いやいや、しないからね!? そういう事はしないからね、お姉さん達!! こう見えても、純情派だから!! そうだよね、荒瀬!!」
「いきなり、俺に振るんじゃねぇよ!? つうか、何処でそんな余計な知識を知ったんだよ、糞餓鬼!?」

そして、凛は以前、今後の人生における必須教育という事で、ナルゼに読み聞かせてもらった薄い本の内容を口にしながら、自分たちもああなるのかと泣き出しそうになっていた。
この凛の言葉に訳が分からずに首を傾げるイリヤに対し、そういう知識をちゃんと持っていたメイド仮面と荒瀬は、このままではヤバい変態に思われかねないと、大慌てでそういうつもりで誘拐したのではないと必死になって訴えた。

「―――といっても、悪い人になるか、良い人になるかは、あなた達のお父さん次第かな?」
「…キリツグ次第って、どういう事なの?」

その後、小一時間掛けて凛とイリヤを説得したメイド仮面は、この子達の前で下手な冗談は言わないと誓いつつ、凛達の質問をはぐらかすように答えた。
とはいえ、それだけで理解出来る筈もなく、どういう事なのか訳が分からないイリヤは、何故、切嗣が絡んでくるのか、メイド仮面にむかって尋ねた。

「それは秘密。あなた達のお父さんと話が終わった後で、教えてあげるわ」
「それまで、まぁ、飯でも喰って、大人しくしてろや」

だが、メイド仮面は、イリヤの質問に答えることなく、イリヤと凛の為に用意した食事だけを置くと、荒瀬と一緒に部屋から出ていってしまった。

「どうしよう…?」
「どうするって決まっているでしょ…!! 早く、ここから逃げ出さないと―――残念だが、そいつは少し難しいみたいだ―――!?」

再び、凛と二人だけとなったイリヤは、凛にどうすべきなのか不安げに尋ねた。
それに対し、凛は、これ以上、時臣の枷になるまいと、イリヤを元気づけながら、一緒にこの場所から脱出する事を口にした。
その直後、自分達以外には誰も居ない筈の部屋の中から、姿なき第三者の声が聞こえてきた。
まさかの事態に、凛が思わず驚きながらも、すぐさま、その声がした方向に目を向けた。

『まぁ、綺礼との連絡が取れた事が幸いだったがな』

そして、そこには、手足の生えたトランプカード―――アサシンの宝具である“オール・アロング・ウォッチタワー”が立っていた。




一方、イリヤと凛に食事を届けたメイド仮面と荒瀬は、油と鉄の臭いが漂う狭苦しい中を嫌って、外に出ると潮のにおいが混じった風に当たりながら、今後の動向について話し始めた。

「さて、遠坂とアインツベルンは、どう動くのかしらね…」
「さぁな…一応、最悪の場合は、爺様と似非ジェダイと一緒に乗せた“積荷”を引っ張り出さなきゃならんだろうがな」

“なるべくなら事を荒立てたくないけど…”―――そう心中で思いながら、メイド仮面は独り言を呟くようにして、遠坂とアインツベルンがどう動くのか思案した。
一応、時臣と切嗣には、脅迫状を送り付けたものの、三時間たった今も、両家共に未だに動きを見せていない状況だった。
そんなメイド仮面の呟きに、荒瀬も同じように考えつつも、最悪の事態―――遠坂とアインツベルンが組んで、イリヤと凛を力づくで無理やり取り返しに来る備えもしている事を告げた。

「まぁ、さすがにこれ以上の厄介事は無いと思うけど…」

そして、メイド仮面は、荒瀬の言うような最悪の事態だけは避けられるように願いながら、今も、多くのマスターやサーヴァント達が動いているであろう冬木の街を遠目から見据えていた。
 


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