1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺
地平線の向こう側から飛来する無数の飛翔体を、地上に展開しているレーザー属種が感知し迎撃を行う。
レーザー照射を受けて撃墜されたと思った瞬間、その飛翔体から十体の飛翔体が展開、さらに加速しつつ地表を目指して飛んでくる。
それを向かえ撃つには、レーザー属種の照射待機時間がまだ終わっていない。先ほどの迎撃に加わらなかったレーザー属種が迎撃を行うが、多勢に無勢。しかも展開した飛翔体は複雑な動きを行いつつ地表を目指すため、撃墜率が低くなってしまう。
地表に到達する直前に飛翔体は爆発。空中での特大の爆発は地表にいるレーザー属種を始めとするBETAをなぎ払っていく。
そしてそれと同様の光景が10回も行われたであろうころには、地表に展開していたレーザー属種の90%以上が姿を失っていた。
1997年 初夏 リヨンハイヴ攻略前線基地 総司令部
「敵レーザー属種の9割以上を駆逐したと推測されます。第十一弾のミサイル群発射の後、第二フェイズへと移行。地上攻撃部隊の突入を開始します」
「うむ」
基地司令部では複数の情報がモニタに映し出されている。
それを見ながらダニエル・フラマン総司令が作戦を次のフェイズへと進む許可をだす。
リヨンハイヴ攻略戦の作戦も、先のスワラージ作戦に習ったものとなっている。
第一フェイズにより、敵レーザー属種の掃討、およぼ他BETAの掃討。第二フェイズでは、地上戦力を展開しBETAをハイヴ周辺から引きずり出す。そして第三フェイズで、軌道降下爆撃を実施し再び出現したレーザー属種を優先的に叩き、続く第四フェイズで軌道降下部隊を投入、ハイヴの攻略を目指す。そして最後の第五フェイズにて、地上からもハイヴ中枢を目指して進軍を開始する。
今のところ、第一フェイズは予定通りの結果を出している。次は最も被害が多くなるであろう地上部隊による地上戦だ。フラマンは、ぐっと拳に力を入れるとモニタに映し出される鋼の巨人達を見つめた。
「スタートはまずまずといったところですな」
後ろからかかる声に、フラマンが振り返ると、そこには1人の50代前半の精悍な軍人が立っていた。身に纏う雰囲気は歴戦の猛者のそれだ。
「バーダーミ将軍。ええ、今のところは予定通りです。ですがまだ第一フェイズが終わったに過ぎません。決して油断は出来ません」
男はシブ・バーダーミ、かつてスワラージ作戦の指揮を執り、人類史上初のハイヴ攻略という偉業を成し遂げた司令官だった。この男の名は、人類の軍学史上永遠に語り継がれるだろう。
今回はオブザーバーという形で、今作戦に参加している。
「そうですな。私の時もそう思ったものです。あのときはまだハイヴ攻略など夢物語だったころでしたからな。なおさらでした」
「わかります、私も防衛戦や間引き作戦では何度か痛い目を見ている口ですので」
苦々しげに口走るフラマンを宥めるようにバーダーミが口を開く。
「油断することはありませんが、冷静に指揮を執っていれば勝利は我らが人類の手にやってきますよ。なにせあの勝利から数年、我ら人類はさらに牙を研ぎ澄ましたのですから」
「ええ、そうですね」
緊張にがちがちだった身体から少し力を抜き、そっと握り拳に込めた力を抜くと、フラマンは再びモニタに視線を向けた。
そこにはシェンカー大佐率いる国連軍所属第76戦術機甲大隊が、各々最先端の装備に身を固めている姿が映し出されていた。96式電磁投射砲や96式M314搭載自律誘導弾を装備したF−15SE。
軍事専門家の分析によればこれらの装備の登場により、同数戦術機での打撃力は旧来の装備に比べて10倍近く跳ね上がっているという。
油断は禁物、慢心なんてとんでもない。だが、それでも悲観に暮れる必要は無いのだと、フラマンは己に言い聞かせた。
事実この戦場に投入される地上戦力は、単純にスワラージ作戦のそれと同程度の数ながら、打撃力に関しては十倍近くにおよぶとのもっぱらの評価なのだから。
そして、現在地表への降下を開始した、おそらく人類が保持する中でも最大の戦力であろう凄乃皇弐型。これがカタログスペック通りの能力を発揮するのならば、おそらく人類に負けの要素は限りなく少ないだろう。
「勝ってみせる。そして再び我が祖国を人類の手に」
呟く言葉には力がみなぎっていた。
1997年 初夏 リヨンハイヴ 衛星軌道上
「SSNO−01よりHQへ、作戦の第二フェイズ移行を確認。これより凄乃皇弐型の軌道降下を開始する!」
「HQ、了解した。降下予定地点は作戦通りの位置に頼む」
「SSNO−01、了解。降下予定地点に向けて降下を行う」
地上との通信を切ると、隆也は大きな声を挙げながら目の前の舵を思い切り切った。
「面舵いっぱいよーそろー!」
ちなみに隆也が操っている舵にはなんの意味もない。単なるイミテーション。
曰く、
「これが男のロマンだ!」
という理由だけでつけられた単なるオブジェに過ぎない。
なぜならば、彼らが乗る凄乃皇弐型は、凄乃皇弐型のメインユニット疑似00ユニットにより制御されており、その00ユニットと隆也の思考の一つがリンクしているため、わざわざ外部入力の必要など一ミリもないのだ。
それを指摘されたときの彼の怒りは凄まじいものがあった。
「そんなことは許されません。お母さんは絶対に許しませんからね!いいですか、巨大戦艦に舵は必須、いわば漢のロマンであり、夢であり、理想郷!それを味気ないものにするなんてね、もう、あれだ。目玉焼きにケチャップくらいの邪道だ!」
その発言により、目玉焼きに醤油派、ソース派、ケチャップ派、塩胡椒のみ派などの各派閥が入り乱れた大戦が勃発したのだが、それはまた別のお話。
そんななんやかんやで、凄乃皇弐型の操縦席には舵が取り付けられているのだった。
「相変わらず変なところにこるのよね、師匠って」
「だがそれがいい?」
「男の浪漫ですか。さすがは師匠、すばらしいです」
「壬姫には分からないです。やっぱり女の子だからかな?」
「うーん、ボクにもわからないや」
「いや、そういう問題じゃないと思うんだけどな。思うに、師匠が特殊なだけだよ」
「武ちゃんは、やっぱりそういうのあるの?」
「んー、俺もあんまりわからないな」
のんきに会話するマブレンジャー達だったが、その身体にはすでに強化外骨格用のインナースーツを身についている。
「よーし、弟子共!大気圏突入後、高度4万メートルに達したら、各自発進だ。準備を開始しろ!」
「「「了解」」」
かくして戦略航空機動要塞凄乃皇弐型と、特殊強化外骨格を纏った8名の戦士達が戦場に参加しようとしていた。
ぶっちゃけ、アンタらだけでもいいんじゃないの、とは夕呼の弁だが、当然隆也は気にしない。
1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺 国連軍A−01部隊
「A−01リーダー了解、HQより入電だ。SSNO−01は予定通りに降下を開始した。これより我らはその直援につくために降下予定地点へ向けて進軍する。我らの進軍を阻む者は悉く葬り去れ!」
「「「了解!」」」
みちるの激が飛び、各部隊が動き出した。当然やつらも動き出す。
「聞いたわね、孝之」
「ああ、聞いたよ」
どこかげんなりとした様子で孝之が返すと、やけにお肌がつやつやした水月が言い返す。
「勝負開始よ、今日ここで、どちらがより優れた衛士であるかを証明してやるんだから!」
「水月、私のことも忘れないでよ」
遙が抗議の声を挙げる。
「あ、ごめんごめん、もちろん遙のことも忘れていないわよ」
などとやりとりをする2人を見ながら1人孝之は黄昏れていた。
「はあ、おれは今は潤いが欲しい。かしまし娘よりも潤いを」
この微妙な三角関係の中、潤いほしさについつい緑色のあの娘に目が行ってしまうかどうかは神のみぞしる。
「ほら、バカなことやっていないで、おまえら3人ともしっかりと働け!戦績によっては、その専用機の取り上げもあり得るぞ!」
「りょ、了解、直ちに任務に取りかかります!」
「了解」
みちるの発破に、一気に現実に引き戻された3人が一気に戦列の最前面に押し出る。
「汚名返上!名誉挽回!一気に行くわよ」
さらに機体を加速させる水月機、その後を遙、孝之の順番で追っていく。
「いくら遊撃隊とはいえ、少しは部隊との連携を考えなさいよ」
とみちるのあきれた声が響くのであった。
ちなみに初回接敵した500匹のBETAは、この3人により数分でミンチに変えられ、本隊の出番は全くなかったという。
1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺 日本帝国軍大陸派遣部隊
「撃震参型、衛星データリンク接続開始…完了、データ相互通信異常なし。通常のデータリンクとの相互乗り入れ問題なし」
マニュアル通りに機体と衛星軌道上に浮かぶ衛星との衛星データリンクを接続する。
この衛星データリンクこそ、撃震参型の機密事項である。
正確に言えば、衛星が機密事項なのだ。
この衛星、立花隆也作と言えば、大体想像がつくだろう。情報処理特化型量子電導脳を積み込み、衛星軌道上に無数に存在するワールドネットワーク拠点用の情報処理、情報中継衛星と連動することにより、様々な情報の処理を解析することが可能になっている。
その上、現在の人類の科学水準を大幅に超える精密な探査システムを備え、作戦戦域のありとあらゆる情報を観測できる。その精度は巨大積乱雲の地下に存在ずる蟻の数まで正確に把握できるほどだ。
例えばこの性能をもってすれば、戦場でのBETAの配置、レーザー属種の位置、地下侵攻の状況、そして飛行可能高度、位置、などの情報を一瞬にして得ることができる。
その桁違いの情報を処理し、戦術機の情報処理回路でも処理可能なまでに圧縮された情報を提供するのも、この衛星の特色の一つだ。
イージス艦がそのデータリンクシステムがなければ、本来の能力を出し切れないように、撃震参型もこの衛星データリンクがあって初めてその能力を十二分に発揮できるのだ。
「隊長、ここから十数キロに渡って、高度100メートル以下での飛翔が可能です」
「よし、全機跳躍許可。入れ食い状態だ、食い尽くせ!」
「「「了解」」」
上空から撃ちまくる撃震参型。銃弾が尽きると、すぐさま補給に向かう者、試しとばかりに地上戦を試す者、中隊の方針によりまちまちであるが、圧倒的なまでの力でBETAを喰らい尽くしていく。
初めての撃震参型の実戦投入。その戦果は先進撃震参型を知っている者でさえ驚くべき結果となる。