1997年 初夏 リヨンハイヴ 地表から高度5万メートル地点
「うひょっ、レーザー撃ってきましたよ、奥さん」
「だれが奥さんよ、アンタそんな緊張感のない状態で大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫だ、問題ない」
どや顔で答える隆也を、あきれた顔で見つめる夕呼。
「そのネタだと、全然大丈夫じゃないんだけど」
「まあまあ、ネタはネタ、現実は現実だよ。駄目だぜ、空想と現実の区別がつかない子になっちゃ」
「アンタに言われるといちいち腹がたつわね。それより、分かってるんでしょうね。これはアタシ達の計画のための大事な試金石なのよ」
「うれしいねえ」
にやりと、口元に笑みを浮かべる隆也を、怪訝な顔で見つめる夕呼。
「アタシ達、ですって、奥さん。初めての共同作業ですか?」
「っ!」
顔を一瞬羞恥の色に染める夕呼。実に貴重なシーンである。
「言葉の綾よ、そのほうが士気があがるでしょ、あんたの場合」
「そう言うことにしておくかね」
ちなみに隆也が来ているのは、衛士強化装備ではなく、普通に某宇宙世紀チックなパイロットスーツである。いわく、あんな恥ずかしいもん着られるか、である。
「まあ、大船に乗ったつもりで、戦果を待っていてくれ」
「ええ、期待しているわよ。それじゃ」
通信が切れ、辺りには響くのは機械の駆動音のみ。奇妙な静寂が訪れる。
「よし、そろそろ予定降下高度に達するぞ、マブレンジャー、準備はいいか?」
「「「はい」」」
気持ちを切り替えるように声を張り上げると、降下口にずらりと整列した強化外骨格の姿がモニタに映し出された。
たったの8人、しかし、戦局を変えるには十分過ぎる能力を持った8人。
「降下順は先ほど連絡したとおり、マブレッドを始めに2人一組で行う、いいな」
「はい、了解しました」
「榊といっしょなのは、とてもすごく不満」
「私だってよくないわよ。それでも師匠の指示でしょ」
「そう、ならしかたない?」
いつも通り放っておくと漫才を繰り広げそうな、2人を止めるように隆也の声が響く。
「降下開始高度到達まで、あと10秒。最初の2人組は気を締めろよ。3、2、1、行け!」
降下口が大きく開かれ、足下には戦場の生々しい光景が繰り広げられている。高度4万メートルとはいえ、強化外骨格に装備された装置は小さな音なども増幅して耳に運んでくる。
千鶴の足が、緊張のため一瞬すくむが、隣の慧がさっさと足を進めて降下を開始しようとしてるのを見て、勇気を振り絞って足並みを無理矢理合わせた。
「マブレッド行きます!」
「マブブラック行く!」
巨大な凄乃皇弐型に比べると米粒並の大きさの強化外骨格が地上に向けて次々と降下を開始する。
この8機がどれだけの衛士と兵士の命を救い、そして、どれだけのBETAを血祭りに上げるのか。
今はまだ混沌とした戦場の中にあって、まったく予想もつかなかった。
1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺 国連軍A−01部隊
「SSNO−01降下予定地点まであと100、レーザー属種を優先的に叩け!」
「「「了解」」」
眼前にリヨンハイヴを望む敵の懐のまっただ中、そこが凄乃皇弐型の降下地点であり、地上の直援部隊の待機場所であった。
周りに犇めくのはひたすらにBETA、倒しても倒しても切りがない。
そんな絶望的な状況の中で、みちるは的確な指揮を飛ばし、二つの大隊を一篇の無駄もなく運用していた。
「やったー、これでキルスコア3000よ、どう孝之」
「ちくしょう、こっちのキルスコアは、2800か。みてろよ、すぐに追いつくからな」
「私は、あ、これで3400だ」
「「さんぜんよんひゃく!?」」
「ちょ、ちょっと、遙どいうことよ」
「お、おい、なんだそれ、詐欺じゃないよな?」
「もう、酷いよ、孝之君。これはきちんとした戦果です」
酷い会話をしながらBETAに竜巻のように襲いかかり、その威力により粉々に粉砕していく三機の迅雷。
不知火改修型に比べて遥かに性能の良い演算ユニットを詰んでいるせいか、BETAの群がる量が違うが、それを一向に意に介さぬ働きぶり。
初陣の新人衛士だと言われても、皆悪い冗談だととりあわないであろう。それだけの光景だった。
「やれやれ、今のところ小破クラスの傷を負った機体もなし。要撃級に一発喰らった程度の機体が4、か。順調だな。順調すぎる。何事も無ければ良いんだが」
「A−01リーダー、司令部より入電、こちらに向かって大規模地下侵攻の兆候有りとのこと」
噂をすれば影、というやつだ。良くない知らせが舞い込んでくる。
「規模は?」
「最低でも旅団規模とのこと」
「!?最低でもだと…くそっ、最悪、この場を一時離れることを視野にも入れないと」
「しかしそれでは任務が!」
「分かっている、だから最悪の場合だ。我々は全滅するわけにはいかない。それに凄乃皇弐型であれば、再び直援につくまでは持ちこたえられるはずだ」
「隊長、それでは軍規が!」
みちるの言い分は軍人としては正しくない、それが分かっていながらその無茶を通そうとするのには当然理由がある。凄乃皇弐型の能力と、それを操る隆也の能力を知っているからだ。
だが、そんなことを知らされていない一般隊員は、そんなことを理解できない。みちるの行動が命惜しさの独断専行に見えるのだ。
むろん彼だった命は惜しい、だが、それ以上に任務の重要性もよく知っている。1年と少しの実戦の中で、命惜しさに戦線を離れた友軍の行動により、壊滅的な被害を被った部隊を幾つか知っているし、A−01部隊唯一の被害者――とは言ってもまだ死んではいないが――がでたのも、そう言った友軍の勝手な戦線離脱が原因だった。
「気にするこたあないぜ、その程度なら凄乃皇弐型の敵じゃない」
2人の間に生まれる緊張をぶつ切りにするように、急に通信が割って入った。それはまるでタイミングを見計らっていた様な介入だった。
「し、ししょ、いえ、SSNO−01?」
「おう、降下軌道から、はるばる地上までやってきたぜ。そろそろそっちでも観測できるんじゃないか?」
「…確認しました。地上からレーザーが雨あられと向かって行っている見たいですが、大丈夫ですか?」
「この程度小雨だよ。えーとラザフォードフィールドの歪曲率を調整して、よし、飛んできたレーザーを利用して、別のレーザー属種の駆逐完了。おれって天才じゃねえ?」
見てみると、凄乃皇弐型に向かって打ち込まれたレーザーが、何か見えない力場に囚われたかのようにむりやり進行方向を変えられ、再び地表に向かって進んでいるのが見えた。その先には、おそらくレーザー属種がいるのだろう。
はっきり言って出鱈目だった。今までレーザー属種のレーザー攻撃に対応するには、避けるか、もしくは近場にいる小型種を盾にする程度しかあり得なかったのが、その身にレーザーを受けがらも、相手を駆逐していく。
まさに、怪物だった。
「それと、地下進行中の部隊の位置をこちらでも補足した。高度2000mからの荷電粒子砲によるショーを見せてやるよ」
にやりと口元をゆがめる隆也。
「荷電粒子砲、チャージ完了、機体傾斜調整完了、荷電粒子砲、撃て!」
これまた、言う必要のない情報を淡々と読み上げる隆也。彼はまず形から入る人間なのである。
凄乃皇弐型の前面に搭載されている荷電粒子砲に、エネルギーが充填されていき、ついにはそれがこぼれ落ちるようにまばゆい光を漏らし出す。そしてそれが隆也の号令のもと、解き放たれる。
地表に向かって突き進む破壊の光。触れた者を悉く滅する死と破壊の光線が地表に突き刺さる。
地面がえぐれ、さらにはその下を突き進んでいたBETAを襲う。
「粒子砲出力そのまま、傾斜角度コンマ6度変更」
その言葉に従い、凄乃皇弐型の角度が変わる。当然、荷電粒子砲もつられて移動することになる。
時間にして十数秒。
光が止んだその先には、天より下された裁きの光を受けたかのような光景が広がっていた。
「よし、地下進行中の部隊の80%以上の消滅を確認。そのまま降下予定地点の確保を頼む。もう少しで到着するからな」
「A−01リーダー了解しました」
あまりにも今まで自分たちが見てきた常識から外れた攻撃力に、ただ呆然と呟くように返事を返すみちる。
「あ、それと、貸し1だ。部隊を守る意味ではお前が正しいが、任務を放棄するのは軍人としては失格だからな」
「はい」
しょぼん、とするみちる。しっかりしているとは言え、まだ20になったばかりの小娘なのだ。しょうがない、と隆也は心の中でつぶやいた。
無論口にはださない。良くも悪くも、ここは軍であり、そして今は戦闘中なのだから。
1997年 初夏 リヨンハイヴ攻略前線基地 総司令部
「SSNO−01により、地表に展開しているレーザー属種が次々と数を減らしています」
信じられない、というように報告を挙げるオペレーターの声をフラマン総司令は聞いていた。
戦域に現れたSSNO−01、凄乃皇弐型がレーザー属種の敵認識圏内に入った瞬間、地表から一斉にレーザーが放たれた。
それはこの戦場にいる全てのレーザー属種が放ったのではないかと思われるほどの数。
国連の秘密計画の成果かなにかはよくしらないが、ひとたまりもないであろう、とフラマンは思っていた。
だがそれが単なる杞憂に過ぎないことを、一瞬にして理解させられた。
レーザーは一つたりとも、その巨体に達することなく進行方向をねじ曲げられ明後日の方向へと向かって言ったのだ。
それだけでも驚きだったのだが、そのうちレーザーを曲げる方向を徐々に修正していき、打ち込まれたレーザーを別の位置にいるレーザー属種に叩き込むようになったのだ。
それにより、地表のレーザー属種は順調に数を減らしていき、支援砲撃が面白い様にBETAをなぎ払うようなっていった。
そして極めつけは、これから披露させられる。
「SSNO−01より入電、これより荷電粒子砲を使用するため、一時的に電波障害の起こる可能性あり、時間にして10秒前後とのこと」
その通信を聞いたフラマン総司令は、モニタに映し出されている凄乃皇弐型の前面に光が収束されているのを見た。
そして次の瞬間、画面がホワイトアウト。すぐさま復調した画面には前面から光を打ち出す凄乃皇弐型の姿映し出されていた。
「SSNO−01より、荷電粒子砲が発射されました。目標は地下進行中のBETA群とのこと」
凄乃皇弐型の角度がほんの少しずれる。それに伴い、光線も照射位置をずらす。それがもたらした効果は、照射先の地表を2〜3キロごっそりとえぐりとり、その地下にいたであろう無数のBETAを吹き飛ばすというものだった。
「なんと、凄まじい」
フラマンはそのあまりもの破壊力に戦慄を覚えた。だが同時に、この作戦が成功する確率が格段に跳ね上がったのを感じていた。
「報告いたします。第二フェイズにより、地上に展開しているBETAの個体数が規定値に達しました。フェイズ3への移行が可能です」
「よし、軌道爆撃部隊に爆撃指示を送れ、これよりハイヴ攻略作戦はフェイズ3へと移行する」
「了解しました」
先ほど目にした光景のためか、どこか夢見心地の様子で指揮を執るフラマン。だが、指揮を間違うような愚を犯すことはない。
「ところで地上に展開した部隊の状況はどうなっている?」
フラマンは、現状の状況確認を行う。度肝を抜かれた光景だったが、それでもまだ常識の範囲内だ。そう無理矢理自分を納得させる。
「地上展開中の戦術機部隊の90%以上は作戦行動可能な状態、残りのうち後方基地にて修理実施中なのは5%程度です。大破以上は全体の5%未満です」
「素晴らしい戦果だな」
第二フェイズ、文字通りの地上戦のため、一番地上部隊の被害が出やすい局面である。そこで被害が全体の5%以内というのは快挙と言ってもいい。
「ただ、地上の支援砲撃部隊については、予想外の地下侵攻とそれが突撃級を主体としたものである事態が頻発し、30%近くを失っています」
この報告にはさすがのフラマンも苦い顔をする。近年の地下侵攻早期警戒網のおかげもあり、支援砲撃部隊の損耗率は下がる一方であった。
そのなかで30%というのはかなり悪い部類に入る。
「後方支援部隊については、余裕がある戦術機甲部隊を護衛につけて、これ以上の損耗を避けろ。戦術機甲部隊の編成については、各国の指揮官に一任する」
「了解しました」
「やれやれ、全てが順調とはいきませんな」
バーダーミの言葉にフラマンは厳しい表情で頷く。
「ですが、まだまだです。まだ我々は戦える。かつてのように、奪われるだけではない。奪い返して見せます」
「そうですな」
1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺 日本帝国軍大陸派遣部隊
「隊長、今回のあたしらの活躍がはぶられている件について」
「ちくしょう、良いところ全部持って行かれた!」
「出番を、出番をよこしやがれ!」
口々にメタなことを言いながら縦横無尽に戦場を駆け巡る撃震参型。
衛星データリンクのおかげで、跳躍可能な範囲、高度を完全に掌握している彼らにとって、今回の戦場はコントロール下に置かれた戦場だった。
地下侵攻についても、高度な解析機能を持つ衛星のおかげで丸裸だ。
今回のハイヴ攻略戦、少なくとも小塚中佐率いる第十三戦術機甲大隊は、最小限の被害で済みそうであった。
「私なんてもっと出番がないんですけど…」
といいながらまりもが先進撃震参型で、BETAを狩っていた。ちなみにキルスコアはすでに5000をオーバーしている。
水月、孝之、遙も、まりもの前ではまだまだひよっこだというわけである。