1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺 国連軍A−01部隊
「でけえ…」
「倉庫で見た時よりも大きく感じるな」
間近で見る凄乃皇弐型の姿に思わず重圧を感じるA−01の面々。
その中でもみちるは冷静にタイムスケジュールと戦況を確認していた。
「A−01リーダーより、SSNO−01。予想通り戦場全体のBETAの動きですが、こちらに向かって進行方向を変えつつあります」
「つまり、このSSNO−01に惹かれていると言うことか。いや、正確には00ユニットか」
BETAがより高度な演算処理能力を持つ機械を優先的に狙ってくるというのはすでに周知の事実である。しかもSSNO−01は、飛翔体というオプションまでついているのだ。
麻雀で言えばダブル役萬、ポーカーで言えばストレートフラッシュといったところだ。狙われない通りはない。
しかし、まさか戦場全体のBETAまで引きつけてしまうとは。
「まあ、織り込み済みだろ?しっかし、美女ではなくBETAを引きつけるとは…なんたる残念さだ」
真剣に無念さを顔に浮かべている隆也であった。芝居でも何でもない、ガチである。
ちなみにSSNO−01には、通常のモニター類も設置されている。機体に余裕があるおかげでそのようなことが可能となっている。
とはいえ、隆也専用の衛士装備には網膜投影装置もついており、普段はそちらをメインに使っているため一見無用のものに見える。
しかしこの操縦室、なにかあれば簡易的な作戦司令室に仕立て挙げる事が出来るようにと、各種通信設備など様々な設備が設置されている。
「まあ、ししょ、もといSSNO−01が残念なのは今に始まったことではないですし…」
ぼそっ、と呟く孝之。
その一言が命取りだった。
「おう、チャーリー2、良い度胸だ、今度日本帝国第十三戦術機甲大隊の漢整備班組の飲みに連れて行ってやる。ああ、安心しろ、身体がしびれ動かなくツボを押してやるからな。逃げる事なんてできんぞ」
「ふげぇ!い、いや、それは勘弁を」
「なに、気にするな。ノンケでも気にするような連中じゃねえ。最近いろいろと青春のお悩みが多いそうじゃねえか?いっそ、別の世界を見てくるのありかもだぜ」
隆也の目は笑っていない。本気と書いてマジと読むだ。
「ちょ、ちょっとししょ、いえ、SSNO−01、そういうのは困りますよ」
「そうですよ、たかゆ、チャーリー2に酷いことはしないでください」
すぐさまヘタレハーレム要員から、援護攻撃が開始される。
「ちぃっ、ヘタレの癖に」
「思いっきり舌打ちしましたね、SSNO−01」
「舌打ちして何が悪い!貴様は良い、そうやって悲劇のヒロインぶっていればいいのだからな」
「わけがわかりませんよ」
「あ−、そのSSNO−01、そろそろ良いでしょうか、作戦の話をしたいのですが」
2人の掛け合い漫才を遮るのは、当然この隊のリーダーであり、数少ない良心のみちるだ。
「ん、いいぞ。それと、軌道爆撃については、すでに爆撃地点の修正を依頼済みだ」
「はっ、了解しました。では、これよりオペレーションR&Pを実施します」
このネーミングセンスを見れば、作戦名を考えたのは誰か分かるだろう。いうまでもなく、隆也である。リーディングとプロジェクションの頭文字をとってR&Pである。実に救えない。
「ああ、作戦のタイムスケジュールおよび実施部隊員に問題は無いな。訓練通りのフォーメーションでリヨンハイヴまで接近する」
「了解、各員、作戦開始だ!」
「「「了解」」」
隆也の開始の合図をうけ、みちるが号令をかける。ここにオルタネイティブ第四計画の真価が問われる作戦が始まった。
「つーてもしばらくはすること無いんだよな。持ち込んだエロ本でも見てようかな」
だだっ広い操作室で1人現場の緊張感を台無しにする独り言が聞こえてきたような気がするが、幸いなことにマイクをOFFにしていたため誰の耳にも届いていなかった。
1997年 初夏 リヨンハイヴ攻略前線基地 総司令部
「フェイズ3開始、衛生軌道上からの軌道爆撃を開始、地表到達まであと3分」
「敵BETA、進路を変更しつつあります」
「敵の展開に支援砲撃部隊がついて行けていません」
次々と報告が挙がってくるのを、頭の中で処理しつつ現状の把握とこれからの軍隊の展開についてを考えるフラマン。
「敵BETAの進行方向については、事前に横浜基地から注意があったように、SSNO−01を目指しての行動と思われる。これについては想定の範囲内だ。軌道爆撃もそのことを念頭に行われている」
「支援砲撃部隊の展開についてはいかがいたしますか?」
「ジェット推進型の支援車両を優先的に回せ。足の遅い車両については戦術機部隊を護衛に回してハイヴに向けて進軍」
「了解しました。こちらHQより…」
司令部はまさに戦場だった。BETAの進行方向の突然の変更については、事前に連絡はしていたが相手はBETA。行動の推測など不可能という認識の元、まともにその指示を受けて入れていた部隊が少なかったのだ。
そのため、一時は混乱に見舞われかけたが、幸か不幸か、レーザー属種の殆どがその原因により駆逐されたため、想定よりも被害は少なかった。
今はこうして小康状態にまで事態を沈静化出来ている。
「イタリア軍より支援砲撃依頼、ポイントN234W32、敵規模は突撃級を中心とした構成、師団規模とのこと」
「海上から電磁投射砲による支援砲撃を、たしか、日本帝国の大和級が次弾装填を完了しているはずだ」
「了解しました。こちらHQより…」
休む暇無く指示を飛ばし続ける。ちなみにこの作戦で、日本帝国の艦隊の活躍には目を見張るものがあった。新型の艦隊搭載電磁投射砲、連装式陸戦支援用電磁投射砲などさまざまな兵装により大きな被害をBETAにもたらしている。
さらには先ほど話に出たジェット推進式の戦車。基本移動は無限軌道で行い、とっさの回避行動や、急を要する敵地への浸透作戦時に使用するジェット推進装置を持ち、短期間での遠隔地への配置も可能となっている。
ちなみに主兵装は、連装式120mm砲で、その弾丸は無限軌道の搭載量を生かしており、戦術機用の120mm弾の比ではない重量を誇るかわりに、それを上回ってあまりある高火力を実現している。
ジェット推進の離陸、着陸の制御装置は日本帝国がその仕様を公開し、順次各国へとライセンス供与を行っているが、生憎と発表が去年だったこともあり保有しているのは日本帝国軍のみだ。
「軌道爆撃第一弾、地表到達まであと10、9…、地表到達、95%以上の到達を確認しました。レーザー属種による迎撃は約5%程度です」
「よし、いいぞ、第二弾はどうなっている?」
「第一弾着弾より、2分後に着弾予定。すでに第4弾までの発射を確認しています」
「地表BETAの殲滅率は?」
「予定よりも20%多いです。このペースで消化すれば30分もすればフェイズ4への移行が可能かと」
オペレーターが読み上げる数字は驚異的な数値だった。元々80%達成できれば御の字と言った数値を大幅に上回った戦果を挙げたのだ。
「よし、軌道降下部隊にはそのタイムスケジュールを伝えておけ」
「了解しました」
1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺 孤立した部隊
「畜生、HQへの支援砲撃の依頼はどうなっている」
「直近の支援砲撃部隊が壊滅のため、10分後といってきています」
「くそっ、国連の無能どもめが!」
ひとり愚痴を垂れ流す部隊長。開戦当初中隊規模だったJA−37「ビゲン」で構成されたこの部隊はすでに一個小隊、つまり4機までその数を減らしていた。
それもこれも、ひとえにこの向こう見ずで自分勝手な中隊長の無謀な吶喊が原因だった。
ハイヴ攻略作戦に参加することにより自分の戦歴にハクをつけたい、それだけの理由でコネを使って自分の指揮する中隊を作戦に参加させるだけならまだしも、作戦時に言われていた国連軍のSSNO−01の戦域登場によるBETAの進軍予想経路の変化を右から左に聞き流し、今の窮状を作り出していた。
「私もよくよく運がないわね」
まだ少女の面影を残した女性衛士がぼやく。栄えあるスウェーデン王国軍陸軍の衛士ともあろう者が意地汚く己の出世欲を見たさんがために勝手な指揮をとり、そのあげくがこれか。
ここが死に場とは思いたくなった。自分にはまだまだやらなければ行けないことがある。祖国の奪還、BETAの駆逐。
だがこのままではそれもかなうことなくこの戦場で散って言ってしまう。
「くそう、弾が切れる、予備のマガジンは、畜生、これが最後か!おい、デルタ4、貴様36mmのマガジンは余っているだろう、それをよこせ」
「はっ」
それは私の装備だ。なぜ貴様なぞに、と思う気持ちを抑えて、彼女は2個余っている予備マガジンを渡す。相手は仮にも上官だ。それに自分は射撃が得意なため、無駄玉を極力使わずに済んでいるため、まだ手持ちの突撃銃にも残弾はかなりある。
「よーし、これでしばらくは時間が稼げる。なんとしても10分持たせろ。生き残るぞ!」
これが尊敬に値する指揮官からの鼓舞なら指揮も上がるだろうが、相手がこの男では。
などと思考を他に奪われたのが災いしたのか、飛びかかってくる戦車級に、一瞬対処が遅れた。
彼女の脳裏に、今まで見てきた戦車級に食い散らかされる戦術機の姿が目に浮かんだ。
「ヒィッ!」
口からこぼれ落ちる悲鳴を懸命にかみ殺し、機体を回避させようとする。だが、決定的に手遅れだった。
目をつむることなく、恐怖に浸食されながらも彼女は自分を喰い殺そうと迫ってくる化け物に目を向けた。
そして見た。
機体に張り付く直前の戦車級が、何か横合いからの衝撃で吹き飛ばされるのを。そして吹き飛ばされた衝撃のあまり、木っ端微塵に砕けるのを。
なによりも、戦車級が吹き飛ばされる瞬間、その身体から噴き出した体液を受けて、一瞬姿を現した強化外骨格の姿を。
「R.T決戦戦闘術、なっくるぱんち」
どこかとぼけたような台詞が、ぶるぅあ声で聞こえてくる。
それから起きたことは夢のような出来事だった。
一瞬あっけにとられた彼女の視界からすぐさま消えたと思った強化外骨格が、縦横無尽に戦場を駆け巡り徒手空拳でBETAを殲滅していくのだ。
小型種も大型種も等しく、その機体から放たれる一撃、一蹴で粉々に砕かれ、吹き飛び、そして動かなくなっていく。
基本的には光学迷彩のためその姿は見えないのだが、相手を攻撃する瞬間、相手の体液をあびてから数秒の間、その姿は周囲の目に捉えられる。
それは、不揃いな連続写真を見せつけられている気分だった。
周辺に展開するBETAが壊滅するまでは、ほんの数分しかかからなかった。
「これで、支援砲撃がくるまでは大丈夫。あとは任せた?」
「え?」
その声は、間違いなく彼女に向けられてかけられた声だった。
なぜ自分に?そんな混乱が頭を駆け巡る。
「あっちの指揮官失格とは、言葉を交わす価値もない」
そんな彼女の困惑を分かったように、オープンチャンネルで相手に聞こえるようにいう。
「な、きき、貴様、一体どういうつもりだ!」
「その器量のなさが命取り?」
「なんだと!」
憤死しそうな形相を浮かべる指揮官。それを無視して、声は続ける。
「戦場ではろくでもない指揮官は、不慮の事故で死ぬことが多い?気をつけるべき」
そういうと、声は気配と共に消えていった。
「くそっ、なんなんだ、やつは」
「おそらくですが、黒い幻影ではないかと」
いらだたしげに、だが、どこかに恐怖をにじませた声でぼやく指揮官に彼女は自分の推測を口にした。
「黒い幻影だと?うわさ話なんじゃないのか?」
「現存する証拠も多く確認されており、国連が正式に存在を認めています。もっとも、今の黒い幻影は、国連の情報とは印象がずいぶんと違っていましたが」
「くそっ、なんにしても胸くそ悪い。まあいい、おかげでこのまま生き残れそうだ。支援砲撃後いったん戦域を離脱する。準備をしておけ」
「「「了解」」」
答えながら、彼女はいずれ違う形で黒い幻影の中身と会うのでは、という確信にも似た思いを感じていた。
「こちらブラック、とりあえずどこかの部隊を救ったよ」
「レッド了解。他の隊員も順調に戦果を挙げているみたいね。とりあえず、師匠の登場でBETAの進路が変わったことに対応し切れていない部隊の救援に全力を尽くして」
「ん、ブラック了解」
などという通常の通信機では拾えない周波数での報告が戦場に飛び交っていた。