1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺 国連軍A−01部隊
「こちらSSNO−01、リーディング、プロジェクション有効距離まであと100を切った。部隊のコンディションはどうだ?」
「こちらA−01リーダー、部隊の欠員なし、全機機体コンディションも良好です」
フェイズ3が発動されて、かれこれ30分近くたち、地上のBETAの8割方が殲滅された。
おかげで無人の野を行くがごとしの行軍で、A−01部隊と凄乃皇弐型はリヨンハイヴまでを最短距離で突き進んでいた。
「しかし、通常の間引き作戦と比べて格段に楽ができていますね」
「まあな、普段は支援砲撃がここまで手厚くはないし、なによりもつぎ込まれている武器弾薬の桁が違う。これで地上部の攻略に手こずるようじゃ、この先のハイヴ攻略作戦は成功率が乏しくてやってられんよ」
みちるの感想に隆也が答える。確かにこのハイヴ攻略作戦につぎ込まれている火力は凄まじいものがある。虎の子のM01搭載型ミサイルを惜しみなくつぎ込み、軌道降下爆撃も遠慮無く行われている。
地域レベルで行われる局地戦とはなにもかも規模が違った。
そしてなによりも、
「お、またまたおびき寄せられてきた憐れな子羊たちが」
凄乃皇弐型の高性能探索機に、00ユニットにほいほいおびき寄せられてきたBETAの大群が検知される。その数5000前後。
「よーし、フォーメーションをVに変更。荷電粒子砲を発射する。各員、余波に備えろ」
「了解、全機散開、フォーメーションVだ」
「「「了解」」」
すぐさまA−01部隊の全機が凄乃皇弐型の左右に展開し、側面を守る格好になる。
「よしー、カウントスタート、10、9…」
これで9度目の荷電粒子砲の発射だ。一度の発射で数千のBETAを一瞬にして消滅させるこの砲撃。
ぞろぞろと近づいてくるBETAに対して一撃放つだけで、その軍勢は皆等しく滅ぼされる。A−01部隊はその残党を刈り尽くすだけで良かった。
水月を始めとする迅雷部隊は少々欲求不満気味だが、まるで天国のように楽に行軍することが出来た。
それにレーザー属種の心配がほぼないのがよい。なにせ第一の目標として凄乃皇弐型が絶対的に優先されるのだ。そしてその対象である凄乃皇弐型にはレーザー攻撃はまったく効かない。
「3、2、1、なぎ払え!」
凄乃皇弐型の前面に集約された光が前方に向けてはき出される。最初の頃は、神の雷だ、天の裁きだ、見ろBETAめ、などと過剰な反応をしていた部隊の面々だったが、これだけ連発されるとさすがに慣れる。
とはいえ、やはりその威力の凄まじさは少しも損なわれることなく、BETAを確実に殲滅していく。
「ふははは、見ろBETAがゴミのようだ」
凄乃皇弐型の荷電粒子砲を左から右へとずらしながら近づきつつあるBETAを殲滅する。
何度も繰り返される光景にもかかわらず、隆也はのりのりである。
「あの、SSNO−01、その台詞、いつも仰っているようですが、言わなければいけないんですか?」
「ん?まあな、お約束という奴だからな」
少々作品が混じっているが、お約束な台詞は絶対に外さないのであった。
「おっし、荷電粒子砲発射終了。これより残敵掃討に入れ!」
「A−01リーダー了解、各員、聞こえたな、これより残敵の掃討に入る。フォーメーションをVからYに変更、行け!」
「「「了解」」」
すぐさまフォーメーションを組み直し、討ち漏らしたBETAに殺到するA−01部隊。その姿はどう猛な猟犬を思わせた。
ちなみに、猟犬と言うよりも女豹みたいないなのが2機いたりするが、いうまでもなく迅雷にのる2人の女性のことである。
その姿を見ながら、女って怖いよねー、などとぼんやりと思ったりする隆也であった。
ちなみにヘタレもヘタレなりにがんばっている。
「お、そろそろ有効距離に突入か。リーディングスタート」
軽い調子で00ユニットのリーディング能力を有効にする。
途端に入ってくる複数の思考、イメージ。その中から、人間以外のものをピックアップする。
BETAと思わしきものの情報を収集する。
「うーん、仮想現実と同じだな。BETAは生体型機械、こちらに対する認識は作業を邪魔する自然現象、災害の一種か」
さらに情報を収集するべく、プロジェクションも作動させる。
リーディングだけだと表層の情報を収集できても、深層に隠れた情報を引き出すことが出来ない。プロジェクションにより、刺激を与えてやることによりさらなる情報を引き出すのだ。
とはいっても、さすがにBETA相手ではたかが知れている。
本当の目標は反応炉、正確には反応炉型BETAだ。
「こちらA−01リーダー、索敵範囲内のBETA掃討完了、これより通常警戒態勢に移行します」
「SSNO−01、了解。現在、こちらはR&P作戦の主目的を完遂すべく作業中だ。予定通り、フェイズ4が発動するまではこの場で待機とする」
「A−01リーダー了解。全機止まれ、しばらく我々の部隊はこの地にてSSNO−01を護衛する」
「「「了解」」」
凄乃皇弐型の周囲に展開するA−01部隊を横目に、隆也は反応炉型BETAにアクセスを試みる。
「ここがデータ領域で、ここが思考制御領域か、自意識ってほどじゃないが、簡単な反応はあるみたいだな。その辺ほかのBETAに比べると上等だな。ふむふむ、これが通信制御領域で、うーん、予想通りカシュガルのオリジナルに向けての通信が殆どだな。というか、横に繋がりは全く無いな。おっと、ハイヴ内の地図発見。そのほかには、えーと、BETAの情報か。ふむふむ、おお、他のハイヴの情報まであるぞ。何でだ?そんなもん持ってても意味ないだろうに」
一方的に反応炉から情報を引きずり出す隆也。その顔はものすごく悪い笑顔だった。
1997年 初夏 リヨンハイヴ攻略前線基地 総司令部
「地表に展開しているBETAの掃討数が規定値を超えました。地上部隊の侵攻も順調です。フェイズ4の発動条件はほぼ整いました」
オペレーターからの報告を聞き、フラマンはゆっくりと次の指示を下す。
「フェイズ4の発動を許可する。これより作戦はフェイズ4へと移行。軌道降下部隊の投入を開始せよ」
「了解しました。これより軌道降下部隊の投入を開始します」
オペレーターが衛星軌道上に展開している軌道降下部隊の母船へと通信を入れる。
「戦場で黒い幻影の目撃例が多数あがってきています、どうなさいますか?」
「多数だと?」
「はい、過去の事例では1機か多くて2機と思われていましたが、今回の戦場では最低でも4機以上の同時存在が確認されています」
「ふむ、興味深いが、今はそれどころではない。彼らは少なくとも人類に敵対していないのだから、現場には極度な干渉を控えるように通達しておいてくれ」
「了解しました」
「黒い幻影か。それも複数とは…なにかを暗示しているのか?それてとも、スワラージ作戦から今まで勢力を拡大したのか?」
独りごちるフラマンに答える者は誰もいない。そもそもが、まさか隆也の修行の一環だとは誰も思わないだろう。
「!司令、SSNO−01より入電、第四計画に進捗有りとのことです」
「なんだと!それは本当か?」
「はい、それに伴い、リヨンハイヴの地下茎マップが送られてきています。すでに情報は解析済み、そのまま利用できます」
ハイヴの地下茎マップ、それはすなわち反応炉への地図を手に入れたと言うことだ。
かつてスワラージ作戦が成功したのも早い段階で反応炉への地図を手に入れることができたことが大きい。そうでなければ広大なハイヴ構内でさらに攻略に時間がかかり、それに伴い被害も大きくなっていただろう。
「この作戦、必ず成功させてみせる!地下茎マップをモニターに出せるか?」
「はい、直ちに表示します」
見ると確かに地下茎マップが表示された。偽装横穴から偽装縦穴、全ての情報が網羅されている。
「急いで、降下部隊にもマップ情報を送っておけ」
「了解しました」
「しかし、第四計画、これほどとは…しかし、このままでは、第四計画の、ひいては日本帝国の発言力が増すばかりだな」
と呟いた彼の言葉は、誰もが懸念する事でもあった。
1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺 日本帝国軍大陸派遣部隊
「出番だ、ひゃっはー!」
「前話では出番どころか登場すらしなかったからそのうさをはらすぜ!」
「やったれー!」
「一匹残らず駆逐してやる!」
戦場を所狭しと駆け回る撃震参型。ところどころメタな発言をする隊員がいるがあえてそれをスルー。
広域データリンク、と衛星データリンクの情報の融合により、常に優位な位置をとりそしてBETAを殲滅させていく。
その殲滅効率は、かつて撃震弐型を使用していた時にくらべて実に5割増し。
撃震参型の優位性をはっきりと他国に見せつける良いデモンストレーションになったことだろう。
ただ問題は、衛星データリンクについては他国に開示する予定がないと言うことだ。
それだけ他国に流出すると致命的な技術なのだ。とはいえ、この衛星システム、全ては柊町があってこその衛星システムなので、海外で開発しようにもあと100年近いタイムスパンが必要になってくることだろう。
そのため、小塚三郎少佐などは、提供に積極的なのだが、いかんせん、うぞうぞと戦後を見据えた勢力の動きが活発化し始めている。
彼から言えば、まだオリジナルハイヴの攻略すら出来ていない現段階で、人類全体の戦力低下につながるような愚行はしたくないのだが、将来を見据えた戦略が重要というのも理解できる。
だが、まだ月、火星と敵は山ほどいる。従って、今は無駄な情報制限をするべきでないと、各部署に働きかけを行っている。
この功績をもって、後に小塚三郎と撃震参型は地球上でのBETA大戦における立役者とさえ言われるようになるのだが、それはまだ未来の話である。
「いやー我が部隊は相変わらずあらぶっているな」
「そうですね、Eナイト1」
後方から電磁投射砲で狙撃をしながらのんびりと構えているのは、A−01部隊を別にすればこの作戦に参加した戦術機甲部隊の中でも最強である日本帝国大陸派兵部隊第十三戦術機甲大隊を率いる小塚次郎中佐だ。
そして会話を交わしているのは、衛星データリンクの恩恵も受けずに地平線の向こう側にいるBETA軍に向けて電磁投射砲を打ち込んでいる、こちらは最強の戦術機、先進撃震参型を駆る神宮司まりも大尉である。
「なあ、そろそろ昇進したいとか思わない?」
「自分のような若輩者には荷が重いですね」
「つーてもな、そろそろ俺も年だし?」
一蹴されても懲りずに説得する小塚次郎中佐。上層部から、さっさとまりもを佐官にしろとせっつかれているのだ。
なぜ強制的に挙げないかは、まりも個人が徹底的に固辞しているからだ。上層部としては、無理に昇進させてへそを曲げられると困ると思っているのだ。
最悪のシナリオとして、国連の横浜基地に取られる可能性さえある。いまでさえ、1年の半分は国連に出向しているのだ。これ以上貴重な戦力をけずられるのは避けたい。
「といわけで、是非」
「自分、不器用ですから」
まりもが断りの言葉を言う。どこかで聞いたことがある台詞だ。
「はあ?」
「いえ、知り合いから、あまり強く言われたらこう言えと」
「ああ、あいつか」
「ええ、彼です」
2人の頭の中に同じ人物が浮かび上がっていた。なぜかとてもいい顔でサムズアップしている。白い歯が輝いているような気もする。
「それに、まだまだ前線でBETAを相手に立ち回っている方が性に合っていますので。そうですね、30を超えたら考えさせてください」
「あと何年先だと思ってるんだ」
「それこそ、小官はまだ二十代前半の若造ですよ」
「まあ、そうなんだがな」
こうしてまた説得に失敗する小塚次郎中佐であった。
「お、流れ星、もとい、軌道降下部隊の登場だ」
小塚三郎中佐が声を挙げると、確かに天空からハイヴ目がけて降り注ぐ幾条もの光。
軌道降下部隊、フェイズ4の発動である。
「よし、フェイズ5に向けて全軍、全速前進だ!」
「「「了解」」」
かくしてリヨンハイヴ攻略戦は佳境へと突入する。