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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第37話:とある侍の愛憎譚=その4=
作者:蓬莱   2013/10/14(月) 21:03公開   ID:.dsW6wyhJEM
「トランプのカード?」
「もしかして、綺礼のサーヴァントの…アサシンなの?」
『あぁ、そうだ。綺礼の奴から指示をうけたんだが…』

突如として現れた喋るトランプカードに首を傾げるイリヤに対し、凛は、この喋るトランプカードの声が、綺礼のサーヴァントである“アサシン”の声に似ている事に気付き、戸惑いつつも、トランプカード―――アサシンに思い切って尋ねてみた。
“綺礼の悪趣味な覗き見がこんな形で役立つとは…”―――ひとまず、凛の質問に答えたアサシンは、銀時と第一天、セイバーとの修羅場を実況中継する予定だった事を伏せつつ、この凛達の誘拐という予想外の展開に、そう思わずにはいられなかった。

「それより、ここから逃げるのが難しいってどういう事なの?」
『そうだったな…それなんだが、お前ら、ここがどこだか分かるか?』

とここで、凛は、先ほどアサシンが口にした、“逃げるのが難しい”という言葉に、不安を感じつつも、何か事情を知っていそうなアサシンにどういうことなのか尋ねた。
だが、アサシンは、少し考え込んだ後、凛の質問に答えることなく、逆に、この場所が何処なのかと、凛とイリヤに聞き返してきた。

「どこって…窓も何もないから、外の景色も見えないし、何処なのか分からないんだけど…何か、あっちこっちから変な音が聞こえてくるんだけど…」
「それと、部屋自体はしっかりして頑丈な筈なのに、何か全体が微妙に揺れているような変な感じはするのよね」

このアサシンの問いかけに、イリヤと凛は顔を見合わせながら、ここが何処かまでは分からないまでも、お互いに、この場所について気付いたことを口にした。
―――部屋のあちらこちらで聞こえてくる異音。
―――造りは頑丈であるにも関わらず、全体的に揺れる部屋。
イリヤと凛が気付いたこの二つの条件を満たす場所はただ一つだけだった。

『だろうな。何せ、ここは―――』

そして、アサシンが、ここが何処であるかという事と告げると同時に、凛とイリヤは、この場所から脱出するのがいかに困難であるかを知る事となった。



第37話:とある侍の愛憎譚=その4=



この相対戦までの猶予期間において、聖杯戦争に参加した各陣営の大半が、銀時と第一天とのデートの覗き見や凛とイリヤの誘拐事件解決などに奔走する中、今後の聖杯戦争にむけて真面目に取り組んでいる陣営もいた。

「う〜ん…」
「…ここの所、根を詰め過ぎてはいないか、ますたぁ?」
「ん、あぁ、僕なら大丈夫だって…というか、何で、こんなところに来てまで、学生みたいな事をしなきゃならないんだろ…はぁ…」

決して広くはない部屋のあちこちに資料の山が積み上げられる中、手にした本を読み漁っていたウェイバーは、徹夜での作業に目の下にクマを作りながらも、参考となりそうな資料が見つからず、中々思うように進まない事に頭を悩ませていた。
そんなウェイバーの様子に、不要な資料を片付けていたライダーは、ほぼ眠る事無く、資料の山と格闘するウェイバーを労わりながら、心配そうに声をかけた
だが、ウェイバーは、ライダーの言葉を聞き流すように返事をしながら、時計塔での学生時代でのレポートの提出じみた作業に、ヤレヤレといった様子で力なく愚痴混じりの溜息を吐いた。
もはや、自分のイメージしていた聖杯戦争の華々しさとは全くかけ離れた資料探しの真似事に、ウェイバーも徹夜の作業による疲労と眠気からか、いい加減嫌気がさしてきていた。

「とはいえ、今後の事を考えれば、必要な事だから、仕方ないんだけど…」
「うむ…このまま、相対戦での決着で是非を問うたところで、それで済む話ではないからな」

しかし、ウェイバーとしても、今後の事―――相対戦が終わった後についての事を考えるならば、この地味でつまらない資料あさりを途中でやめる事など出来る筈が無かった。
そして、ライダーも、ウェイバーの言葉に頷きながら、六陣営会談での際に、メルクリウスの提案した“相対戦”による決着について、一応は賛成の立場を取ったものの、思うところが無いわけでは無かった。
確かに、メリクリウスの提案した“相対戦”ならば、死者を出すことなく、決着をつける事ができるのは事実だろう。
だが、それが力で敗者の意志をねじ伏せる事である以上、それだけで、バーサーカー討伐派が、バーサーカーの願いを叶える事を納得してくれるとは考えにくかった。
その為、バーサーカー擁護派は、バーサーカー討伐派に対して、バーサーカーに聖杯を託す理由を示す必要が有った。

「だから、僕達が、バーサーカーの擁護に回った理由について、皆が納得するような形で示せるように調べているんだけど…」
「やはり、手掛かりが少なすぎるというのもあるのだろうが…」
「しかも、相対戦開始までの時間も限られている上に、人手も足りないからなぁ…」

故に、ウェイバーは、こうして図書館や本屋で関係ありそうな書物をかき集めて、徹夜で資料を読み漁りながら、バーサーカー討伐派を納得させるだけの大義名分とその根拠の作成に取り組んでいた。
だが、ライダーの言うように、ウェイバー達の見た最後のシーンやシュライバー達の話だけでは証拠としても、手掛かりとしても不足しており、新たな根拠が必要だった。
だが、その為に、ライダーが街中を奔走してかき集めて、ウェイバーが夜通しかけて読み漁った書物も、大義名分と根拠作成のための資料としては使えない有様だった。
しかも、タイムリミットである相対戦開始の時は刻一刻と近づく中で、この難航する作業をウェイバー一人の力だけで為す事など、一時間以内に銀時の天パをストレートにするくらい無理な話だった。
“せめて、アインツベルンや遠坂の助力が有れば…”―――もはや、八方塞に陥ったウェイバーは、自分の力不足を改めて思い知らされ、そう思わずにはいられなかった。

「ウェイバーちゃん、徳田さん、お友達が遊びに来てくれたわよ」

とそんな時、階下からウェイバーの客人が来たことを教えようと、ウェイバーと徳田(ライダーの偽名)を呼ぶマッケンジー夫人の声が聞こえてきた。



自分の友人を名乗る客人が来たことに対し、ウェイバーは不審には思ったモノの、とりあえず、もしもの時―――その客人が廃発電所で襲撃してきた組織からの刺客である時の事を考え、人間相手ならば問題なく対処できるライダーと共に玄関に向かう事にした。
そして、ウェイバーとライダーが玄関先で出会ったのは―――

「あんた達、確か…!?」
「一応、顔を合わせるのは、初めてだね、ライダーのマスター。僕は、武蔵アリアダスト教導院、書記、トゥーサン・ネシンバラだ」

―――当世風の衣装(厨二要素濃い目)で変装し、眼鏡をかけた見知らぬ少女を連れてやってきた、眼鏡をかけた少年―――アーチャーの呼び出した仲間達の一人である“トゥーサン・ネシンバラ”だった。
“何かやたらと話に絡んできた解説役の人…!?”―――ウェイバーがそう思っている事も知らず、ネシンバラは、名乗るように自らの素性を明かすと、懐から白紙の色紙と黒ペンを取り出すと―――

「―――ライダー、いえ、徳川家康公、サイン下さい。色紙有ります」
「君は、もう…異世界に召喚されてまで、公私混同をして…あ、僕は、オクスフォード教導院“女王の盾符”6のトマス・シェイクスピア。それと…僕の分もよろしければサインをお願いします」
「サイン? ワシので良ければ、いくらでも構わないが」
「…あぁ、やっぱり、アーチャーのところの連中だわ」

―――直立姿勢のまま、ガチでリアル征夷大将軍“徳川家康”であるライダーのサインをお願いしてきた。
このネシンバラの歴史オタク根性に、ネシンバラと一緒に来た少女“トマス・シェイクスピア”も呆れていたが、自己紹介も早々に済ませると、同じようにライダーのサインを求めてきた。
快くネシンバラとシェイクスピアの頼みを了承したライダーが、手渡された色紙にサインを書き上げるのを尻目に、ウェイバーは改めて、ネシンバラとシェイクスピアの二人が、アーチャーの側―――奇人変人の部類だと改めて認識した。

「ところで、何で、僕達のところに来たんだよ?」
「あっ、そうだったね。いや、リアル家康に会えると聞いて、テンションが上がっちゃって…」

こんな時とは思いながら、ウェイバーは怒りを通り越して呆れと諦めが入り混じった感情を抱きつつ、とっととこの歴史オタク共に帰ってもらおうと、ネシンバラにここに来た用件を尋ねた。
そんなウェイバーの問いかけに対し、ほくほく顔でサイン色紙を眺めていたネシンバラは、ハッと我を忘れていたことに気付き、慌てて手に入れたライダーのサインを仕舞いこむと、ウェイバー達の元に来た用件を告げた。

「―――バーサーカーの事は、ホライゾンから聞いたよ。今日はその事で来たんだ」
「…とりあえず、立ち話もなんだし…部屋に上がって話そうか」

眼鏡をかけ直したネシンバラが意味ありげに用件を告げた瞬間、ウェイバーはすぐさま、ネシンバラがここに来た理由とネシンバラが何を知ったのかを察した。
そして、ウェイバーは、自分たちの会話がマッケンジー夫妻に聞かれぬように、ネシンバラとシェクスピアの二人に自分の部屋まで来るように促した。

「―――以上が、ホライゾンから聞かされた話なんだけど…正直、ホライゾンから話を聞かされるまでは、僕達、皆、アーチャー…いや、葵君達の言葉に迷っていたんだ…本当に情けないよ…」
「それは…無理もないと思う。僕だって、アレを見なかったら、アイツの願いを叶えてやるなんて考えていなかったよ」

その後、人払いの結界を張った後、ウェイバーの部屋に入ったネシンバラは、まず、六陣営会談後の遠坂邸にて、ホライゾンから聞かされた話―――バーサーカーについてのある事実ついて話した。
やがて、その事を話し終えたネシンバラは、バーサーカー擁護の立場に立ったアーチャー達を信じられなかった自分に対し、自虐じみた弱音を零した。
先ほど、ライダーからサインを貰った時とは打って変って、弱気になるネシンバラを見るに見かねたのか、ウェイバーは、最後まであの最悪としか言いようのない映画を見たか見なかったという違いだけだと、ネシンバラに無理もないよというようにフォローを入れた。

「けど、そもそも、批評家なら何故、最後まで見なかったの? 全てを見ないで批評するのは、天才ではなく凡人のする愚行だよ」
「まったく耳が痛いね…確かにその通りなんだけどね…ごめん」

しかし、ネシンバラの嫁であるシェイクスピアは、批評家としてのネシンバラが最後まであの映画を見なかった事を、ネシンバラのミスだとキツイ言葉で責めるように咎めた。
このシェイクスピアからの手厳しい指摘に、ネシンバラは、批評家として弁解のしようがないと仕方なさそうに苦笑し、素直に謝るしかなかった。

「…キミが、ボクと“同じ場所”に立つ日を待っているんだから…気を付けてね」
「そうだったね…大丈夫だよ、次はちゃんと期待に添えるよう頑張るさ」

そんなネシンバラに対し、シェイクスピアは、この失敗をキチンと反省してくれている事を確認すると、今後のネシンバラに対する期待を込めた言葉を送りながら、優しく笑みを浮べた。
そして、ネシンバラも、かつて、シェイクスピアと相対戦をした英国での一夜の事を思い返しながら、シェイクスピアの期待に応えられるよう頑張る事を伝え、シェイクスピアにむけて自信に満ちた笑みを向けた。
ちなみに、この間、ウェイバーとライダーは、ネシンバラとシェイクスピアのやり取りに入り込めず、ほぼ放置状態となっていた。

「あの良い雰囲気のところ申し訳ないんだけど…話の続きを…」
「…そうだったね。それで、ボク達がここに来た理由なんだけどね…ちょっと別の用件で出かけている葵君からの頼みで、ここに来たんだ」
「え、葵って…アーチャーが?」
「うん、実は…」

とはいえ、このままという訳にもいかなので、ウェイバーは、ひとまず、ネシンバラに、ここに来た用件についての続きを促した。
ウェイバーからの催促に対し、ネシンバラはすぐさま思考を切り替えると、自分たちがアーチャーの要請でここに来たことを伝えた。
“何で、アーチャーがそんな事を…?”と戸惑いを隠せないウェイバーに対し、ネシンバラは、アーチャーから頼まれた用件について話し始めた。
実は、今日の今朝方、遠坂邸にて待機していたネシンバラに、昨晩から別行動を取っていたアーチャーから連絡が入ってきたのだ。

『おう、ネシンバラ、ちょっと、大事な用が有って帰れねぇからさ。だから、少し、ライダーとこのマスター助けてやってくれねぇか?』

その後、アーチャーは、子供にお使いを頼む母親の感覚でお願いしつつ、何故、ウェイバー達の事情を知り、ウェイバー達の救援しようと思い立ったのかを話した。
実は、大事な用件の為に市街地に行く直前、アーチャーは、アサシンが各陣営に放ったトランプカード達からの情報を、綺礼に報告しているのを立ち聞きしてしまったのだ。
そこで、アーチャーは、ウェイバー達がバーサーカー擁護派の大義名分と根拠を作成するのに苦戦している事を知り、同じバーサーカー擁護派であるウェイバー達の手助けをするべく、専門知識面で役立ちそうなネシンバラとその嫁であるシェイクスピアに救援を要請したのだ。
ちなみに、ネシンバラは、口止めされているアサシンの宝具とアーチャーの大事な用件というが銀時と第一天とのデートの出歯亀ということは、ライダー陣営の信頼関係とウェイバーのやる気を損ないかねないので伏せておいた。

「そして、これは、トーリ君の見立てなんだけどね…あのバーサーカーに聖杯を託すことを、皆に納得させることのできるのは君だけしかいないんだって言ったんだ」
「へっ―――っいやいや、待てよ!? いくら何でも無茶苦茶だろ!!」 

そして、ネシンバラは、いくらかの事情を説明した最後に、アーチャーが、ウェイバーに対し、バーサーカー討伐派が納得できるだけの大義名分と根拠を用意できると確信している事を告げた。
このネシンバラの言葉を聞いた瞬間、ウェイバーは、言葉の意味を上手く呑み込めず、しばし思考停止に陥ってしまった。
だが、次の瞬間、ウェイバーは、アーチャーが自分に何をさせようとしているのか理解すると、大慌てで、ネシンバラに待ったをかけた。
確かに、ウェイバーは、ライダーと共に、相対戦後の事を考えて、バーサーカー擁護派の大義名分とその根拠を作成しようとしていた。
しかし、バーサーカー討伐派の説得については、ウェイバーは、あくまで、同じバーサーカー擁護派であり、バーサーカー討伐派のケイネスとほぼ同等の魔術師としての力と地位、名声を持つ遠坂やアインツベルンに任せるつもりだった。
だが、アーチャーは、もっとも責任の重い難事であるバーサーカー討伐派の説得までも、遠坂やアインツベルンより下位の魔術師であるウェイバーに任せようとしているのだ。

「それに、ケイネス先生たちを説得させたいなら、僕より、他にもっと相応しい人間がいる筈じゃ…」
「いきなり、こんな事を言われて、戸惑う気持ちは分かるよ。でも、自分を過小評価して、君は気付いていないかもしれないけどね…少なくとも、ボク達は、君をただの未熟者だって思ってないよ」
「僕もシェイクスピアと同じ意見だね。君は、倉庫街での一件でわずかな時間の間にバーサーカーの弱点を看過した。それに加えて、君は冬木の管理人である遠坂家の目を数十年間も欺いてきた一味の存在を、僅かな期間で、どのマスターよりもいち早く掴んでいるんだよ。これだけでも、君を未熟なんて侮る人間なんてそうはいないよ」
「いや、それは…」

とりあえず、自分がバーサーカー討伐派の説得する事を避けたかったウェイバーは、ネシンバラ達に、バーサーカー討伐派の説得については、自分よりも遠坂やアインツベルンに任せるべきだと促した。
それに対し、シェイクスピアは、ウェイバーが責任重大な立場に立つのを戸惑っている事については仕方ないと頷いた。
しかし、シェイクスピアは、ウェイバーが自分自身を過小評価している事も指摘しながらも、自分とネシンバラが、ウェイバーを高く評価している事も付け加えるように言った。
さらに、ネシンバラも、シェイクスピアの言葉に頷きながら、この聖杯戦争を通してのウェイバーの功績をあげて、ウェイバーがバーサーカー討伐派の説得を任せるに値する人間であると告げた。
だが、ウェイバーに一目置くネシンバラとシェイクスピアの言葉に、ウェイバーは、それを喜ぶどころではなく、逆に、言葉を詰まらせ、何も言えないまま、俯いて黙り込んでしまった。
“今、すぐにでも逃げ出したい…”―――泣き出しそうになるほど顔をゆがませたウェイバーがそう思った瞬間、ウェイバーの背後にいたライダーが、そっと労わるようにしながら、ウェイバーの肩を支えるように手を乗せると優しく問いかけた。

「ますたぁ…やはり不安なのか?」
「当たり前だろ…!! いくら、何でも、こんなの僕みたいなのには…無理だよ!!」

重責に押し潰されそうになるウェイバーの胸中を察するようなライダーの言葉に対し、ウェイバーは、ライダーに向かって、必死になって抑えていた胸の内の言葉を泣く寸前になるくらい叫んだ。
―――自分が失敗したせいで、バーサーカー討伐派を説得できないかもしれない。
―――そもそも、残りわずかな時間で、大義名分と根拠を用意できないかもしれない。
―――それどころか、時計塔での一件のように、未熟な魔術師の戯言だと相手にすらされないかもしれない。
もはや、負の可能性しか想像できずにいるウェイバーであったが、ライダーは、ウェイバーの迷いを振り払うように首を横に振りながら、まっすぐに目を逸らすことなく、じっとウェイバーの目を見据えて、はっきりとこう言い切った。

「ワシはそうは思わん。ワシは、これまで、ますたぁと共にこの聖杯戦争を戦い抜いてきたから分かるのだ。これは、ますたぁだからこそできる、否、できない事なのだと!!」

ライダーは、この聖杯戦争を、ウェイバーと共に死線を潜り抜けながら、この世界で、最初に絆を結んだマスターであるウェイバーの事をずっと見てきた。
最初の頃は、ライダー自身の心情とはいえ、自分の我が儘にウェイバーを振り回してしまう事も多く、一時はウェイバーに怒らせてしまった事もあった。
だが、それでも、ウェイバーは、ライダーとの“絆”を断つことなく、他陣営のサーヴァント達とも“絆”を結ばんとするライダーと共にここまで歩んできてくれた。
だからこそ、ライダーには見えていた―――ウェイバーの持つ、他者を見抜く観察眼と洞察力、そして、より高みへと導くことのできる力を!!

「で、でも…」
「それでも、もし、ますたぁが自分を信じられないなら―――」

ここまで自分を信頼してくれるライダーの言葉に、ウェイバーはそれでも進むべき一歩を踏み出せずに迷っていた。
だが、ライダーは、そんなウェイバーの迷いさえも好ましく受け入れながら、ゆっくりとウェイバーの前に立ち―――

「―――ワシが信じるますたぁを、ワシらとの絆を信じてほしい!!」
「そうだね。ここで、葵君の言葉を借りるなら、“オメェは出来る―――出来ねぇ俺が保証するさ”ってところかな」
「それでも、もし、君が出来ない事が有るなら…それが出来るように、ボク達が力になるよ」

―――そう言って、ライダーは、遍く全てを照らす日輪のような眩しいほど明るい笑みを浮べながら、ウェイバーにむかって手を差し出した。
そして、ネシンバラもシェイクスピアもそれぞれの言葉で、ライダーと同じく、ウェイバーを信じる事を伝えながら、ライダーの手と重ねるように、自身の手を差し出した。

「たくっ…お前ら、言っている事が!! 全然!! 滅茶苦茶だよ…!! 馬鹿、大馬鹿だよ…!!」

そんなライダー達から差し出された三つの手を前に、ウェイバーは、思わず、苛立たしげに頭を掻きながら、胸の内から溢れてくる感情を隠すことなく喚くように叫んだ。
実際、会って間もない、しかも、ネシンバラとシェイクスピアに至っては敵同士であったにも関わらず、ウェイバーならばできると心の底から信じ、ウェイバーができるように全力で力を貸すなどと正気じゃないと思われても仕方ないだろう。
けれど、全力の信頼を寄せてくれるライダー達の事を苛立たしく思いながらも、ウェイバーは、そんなつまらない苛立ちなど霧散するほどの、これまで感じたことの無い熱い想いが心の底から沸き起こっていた。

「僕に…どれだけの事ができるなんて、分からない。こんな大きなことをやれる自信だって全然ないよ…」

正直なところ、ウェイバー自身は、今も、自分がバーサーカー討伐派を説得できるのか不安に感じていた。
しかし、それでも、ウェイバーは、どんなに不安であろうと、ライダー達から差し出された手に背を向けて逃げるだけのような事は、ライダー達の期待を裏切る事だけはしたくなかった。
そして、ウェイバーは、自分好みの自画像に酔いしれていた、かつての自分と決別するかのように―――

「―――やってみるよ。これが、僕の…僕にしかできない事なら…!!」

―――自分を信じると言ってくれたライダー達の差し出した手をしっかりと握りしめ、胸に抱いた決意と覚悟と共に、今、自身の舞台となる戦場へと初めて上がった。
それが、ウェイバー・ベルベット、後に、ロード・エルメロイU世の称号を得る当代一の傑物となる少年の踏み出した、最初の第一歩だった。



まず、発端となったのは、大河の一言だった。

「…行かなくて良かったんですか?」
「え? どうしたの、いきなり…?」

アサシンからの連絡を受けたランサー達が市街地へと出向いた後、特にやる事もなったキャスターとソラウは、とりあえず、大河の部屋にて各々寛いでいる最中だった。
そんな中、いきなり、大河から質問に対し、ソラウは、特に喋ることのなかった大河からの質問に戸惑いつつ、とりあえず、自分に質問をしてきた大河に聞き返した。

「いや、ケイネスさんとランサーさんが出歯亀しに行ったのに、ソラウさんだけ、ここに残っているから、何となく…」

それに対し、大河は、先ほどから疑問に思っている事―――“なぜ、ソラウがケイネス達と一緒に市街地に行かなかったのか?”を、ソラウに向かって、不思議そうに首を傾げながら言った。
確かに、ソラウの身に危険が及ぶこともあるサーヴァント同士の戦いならともかく、今回のようなデートの出歯亀程度ならば、ソラウにとっては、余程の事が無い限り、特に危険もない筈である。
実際、ランサーは、愚痴をこぼすケイネスを連行して、市街地へと出向く前に、暇なら一緒に来ないかっとソラウにも誘いをかけていた
しかし、普段ならば断わる事のないランサーからの誘いを、ソラウは、あまり乗り気じゃないという理由で断っていた。
そのランサーとソラウのやり取りを見ていた大河は、ソラウがランサーからの誘いを断った事に疑問に感じたのだ。
そんな今時の少女らしい大河の疑問に対し、ソラウは“そうね…”と少し前置きを置いた後、大河が納得してくれそうなもっともらしい理由を思い付いた。

「ほら…ケイネスはともかく、ランサーと私が一緒に街を歩いたら、嫌でも人目に付きやすいじゃない?」
「あぁ〜」
「だろうな…」

そして、ソラウは、少しだけ相手をからかうような大人の女性特有の蠱惑的な笑みを浮べながら、ランサーと自身の美貌をアピールしつつ、大河の疑問に答えた。
そんなソラウの答えに対し、大河とキャスターは、ランサーとソラウが男性ならば思わず、視線を向けてしまうほど、魅力的な美女であることを思いだし、確かにというような声で頷いた。
しかも、そこに、ある意味において衆目の視線を集める真島が加われば、隠れて出歯亀などもはや不可能な話である。
というか、お世辞にも人相の良いと言えないケイネスも加われば、完全にヤクザとマフィアが愛人を連れてのダブルデートという周りの視線を釘づけすることは確実だった。
そういう訳で、ソラウは、ランサーの誘いを断ったわけなのだが、それですべての問題が解決したわけでは無かった。

「でも、ケイネスさん…大丈夫ですかね。ランサーさんと真島さんに引き摺られるように連れて行かれちゃいましたよ」
「まぁ、少なくとも大丈夫だと思うわよ。あの二人と一緒なら戦闘になっても大事に至ることは無い筈よ。ケイネスも、アレはアレで魔術師としての実力は確かなはずだから」
「まぁ、少なくとも、ケイネスとやらに保障されているのは、命の面に関してだけだが…」

“完全に精気抜けていましたよね、あの表情…”―――大河は、悪乗りするランサーと真島に連行されていくケイネスをそう思い返しながら、大丈夫かなと心配そうに言った。
一方、ソラウとキャスターは、とりあえず、ランサーと真島、ケイネス自身の実力を語りながら、命の保障だけならば特に問題はないと軽く言い切った―――まったく、保障されることの無いだろうケイネスの毛根と胃ついては踏み込まず。

「…どうかしたの?」
「いや、ソラウさんって、ケイネスさんの事、何だかんだで気にしてあげているんだなって思って…」

とここで、ソラウは、自分に向かって笑みを浮べる大河に気づき、どうしたのかと思わず尋ねた。
それに対し、大河は、色々と酷い扱いを受けているケイネスを、口でこそ素っ気ないモノの、ソラウが気にかけているのを知って、微笑ましく思っている事を伝えた。
しかし、事は大河の思っているほど単純なものではなかった。

「一応、私は、ケイネスの許婚だから―――だと思うんだけど…」
「…?」
「ふむ…」

実際、大河の言葉に対しても、ソラウはもっともらしい理由で答えたモノの、はっきりと断言せず、それまでとは打って変わって、何故か疑問と戸惑いの入り混じった頼りない口調だった。
このソラウの見せた予想外の反応に、大河は訳が分からずキョトンとした表情を浮かべる中、キャスターは、ソラウの反応を見て、何かを察したように頷いた。
とここで、キャスターは自身の抱いた推測を確認する為に、ソラウに対し少々意地の悪い質問を吹っかけてみることにした。

「だが、その割には、その許婚を連れて行かれて、気に病んでいる風には見えないのだが…そのあたりはどう思っているのだ?」
「痛いところを突くわね…さすがは、魔術協会も恐れた最悪の魔女といったところかしら…」
「何…この程度は、単なる年の功だ」

そして、キャスターは、大切な婚約者である筈のケイネスを連れて行かれたにもかかわらず、少しも慌てるそぶりや苛立った様子を見せない事を指摘しつつ、其のあたりをどう思っているのか、ソラウに尋ねてみた。
このキャスターの意地の悪い問いかけに対し、ソラウは、目の前にいるサーヴァントが仮にも魔術協会において最悪とまで称された魔女である事を今更ながら思いだし、あからさまに隙を見せてしまったと苦い顔を作りながらぼやいた。
もっとも、当のキャスターは、伊達に長生きはしていないと、魔女としての貫録を見せながら、ソラウの愚痴をさらりと流した。

「そうね…ケイネスの事が気になるのは本当なんだけど…同じくらい、ケイネスが羨ましいっていう気持ちも有るのよね…」

そんなキャスターの女としての年季の違いを見せつけられ観念したのか、ソラウは、今のケイネスに対する自身の複雑な心境を打ち明けた。
確かに、ランサーが召喚されて以降、ソラウは、ランサーとのやり取りを介して、ケイネスの事を良くも悪くも目を向けるようになった。
そこには普段の生活では見せることの無いケイネスの一面が有り、ソラウは、ランサーに良いように扱われるケイネスの姿に呆れつつも、何処か好ましく思っていた。
だが、それと同時に、ソラウは、一方的に反目する事はあれども、ランサーと主従として認め合うケイネスを見るたびに、密かにではあるが嫉妬にも似た感情を抱いていたのだ。
そして、ソラウ自身も、何故、好ましく思っている筈のケイネスに嫉妬いう負の感情を抱くのかよく分からなかった。

「う〜ん…何か、色々と複雑な乙女心というモノなんですかね?」
「あぁ…まったく、色々と厄介な奴に恋したモノだな」

そんなソラウの話に対し、まだ、色恋沙汰に疎い大河は、普段使っていない頭を働かせるも、結局、月並みな言葉しか出てこなかった。
一方、キャスターは、大河に適当な相槌を入れつつ、やれやれと頭を抱えながら、自身の推測がほぼ当たっている事を確信した。
そして、キャスターは、この面子の中で人生経験豊富な女性の務めとして、“まぁ、分っていると思うが―――”と前置きをした後、ソラウに忠告するかのようにこう言った。

「―――憧れるだけに止めておけ。本気に思っても、アレはそういう気持ちに答えられる性質の奴ではないからな」
「…そんなの近くで一番見ている私がよく知っているわよ」
「???―――お嬢、失礼しやす―――あ、はい!!」

決して叶わぬ恋に焦がれるソラウに釘を刺すように忠告するキャスターに対し、ソラウは少しだけ顔を逸らしながら、拗ねたように小さく呟いただけだった。
“えっと…どういうことなんだろう?”―――キャスターとソラウの大人のやり取りの中で、唯一人、事情を呑み込めないでいる大河は、そう心中で首を傾げていた時、ふとふすまの向こう側から、大河の名前を呼ぶ藤村組の組員とおぼしき男の声が聞こえてきた。
とりあえず、どのような用件なのか聞くべく、大河は、ふすまを開けて、男と二言三言ほど言葉を交わした後、用を終えた男が去ったのを確認すると再びふすまを閉めた。

「どうかしたのか?」
「いえ、今、真島さんから連絡が有って…」

このやり取りを見ていたキャスターは、何故か妙な予感を覚え、こちらに戻ってきた大河に何が有ったのか尋ねてみた。
それに対し、大河は、先ほど、藤村邸にランサーと真島から連絡が入り、“ちょっと寄り道してから帰るわ”と妙に楽しげな口調で一言だけ伝えてきた事を話した。

「とりあえず、心配はないでしょうね…約一名を除いて」
「まぁ、アイツらについては何も心配ないだろう…哀れな連れを除いて」

“あの戦闘狂のランサーと真島が楽しげに話す時点でやる事は一つ”―――ランサー達が行かんとする場所が何処なのか悟ったソラウとキャスターは、無駄と知りつつも、ランサーと真島好みの修羅場に付き合わされる羽目になったケイネスの無事を祈るしかなかった。



そして、各々がそれぞれにとって最善の行動を取る中で、未だに立ち上がる事すらままならない陣営もあった。

「マスター…どうするつもり何だ?」
「どうする…だと…?」

凛の誘拐という不測の事態に対応すべく、正純は、まず、自分たちのマスターであり、凛の父親である時臣がどう動くつもりなのかを知るべく、頭を抱えて俯く時臣の指示を求めた。
そんな正純の言葉に、時臣が声を震わせながら、顔を上げた瞬間―――

「私に…私に…私に、これ以上どうしろというのだ…!!」

―――時臣は、これまで積もりに積もった鬱憤を爆発させるかのように声を張り上げて叫んだ。

「どうして、こうなった…!! 鉄壁の準備をしてきたはずだ…!! 作戦は万全だったはずだ…!! この聖杯戦争に挑むのに、何一つ不備など無かったはずだ…!! 私はミスなど犯していなかった筈だ!!」

確かに、時臣の言うように、仮に、時臣の立てた計画の全てが順当であったなら、何の波乱もなく、時臣は聖杯を手に入れられただろう。
だが、実際には、どうだったか?

「なのに、どうして、こんな番狂わせばかりが起こる…!! どうして、私にばかりこんな災難が降りかかる…!? どうして、どうして…こうなったのだ…!?」
「…」

本来、時臣が召喚するはずだった英雄王所縁の触媒を壊されたのを期に、次々と発生する想定外の事態によって、何一つ時臣の戦略通りになる事無く、もはや、完璧であった筈の計画はもはや完全に破綻してしまった。
さらに、六陣営会談において、時臣は、自身の行動によって生み出された罪業の証である桜の無残な有様を目の当たりにすることになった。
“どうして…?”―――もはや自分を見失うほど激昂した時臣は、沈黙を通す正純にむかって、筋違いの怒りを込めた叫びをぶつけながら、幾度も自問自答した。
そして、そのたびに、時臣は、まともな思考が出来ないまま、何度も同じ答えにぶつかるのだった―――“全てにおいて自分が悪い”という覆す事の出来ない否定の答えに。

「もう、私には、何も見えない…何も考えられない…何も分からない…何も、何も出来ない…もう、何も…」
「マスター…」

もはや、幾度も積み重なる自己嫌悪に精神を押し潰された時臣は、正純に向かって縋るように弱弱しく俯きながら、ただ、泣き言めいた言葉を呟くだけだった。
そんな絶望の淵に打ちひしがれる時臣の姿に、正純が何かを話しかけようとした瞬間―――

「ちょっと、喜美…!?」
「ふぅ…マスター、ちょっといいかしら?」

―――浅間が止めるのも聞かずに、それまで沈黙を保っていた喜美が正純と時臣の間に割り込んできた。
そして、喜美は、打ちひしがれる時臣の方に向き合い、徐に時臣を無理やり立たせるとこう言った。

「こぉのおおおおおヘタレマダオぉおおおおおお!!」
「うぼぉあああああああああ!?」
「「「ま、マスタぁあああああ!!」」」

次の瞬間、喜美は瞬時に全身を捩り、それを戻す際の勢いを加えて、トルネード付の平手打ちを、呆ける時臣の頬に叩き込んだ。
そして、驚く武蔵勢の叫び声が工房全体に響く中、時臣は生まれて初めて、奇声を上げて宙を舞いながら、勢いよくぶっ飛ばされた。


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