1997年 初夏 リヨンハイヴ内部
仄かな明かりが照らし出すハイブ内部。そこを鋼鉄の巨人達が進撃していた。
地表から遥か離れた衛星軌道上からハイヴ内へと突撃をかけた命知らずの最精鋭。軌道降下部隊。
目指すは地下中枢部にある反応炉。目的はその破壊。
「前方に偽装縦穴、内部にはBETAが犇めいている模様です」
「ちぃ、誘導隊が先行、誘い出せ!」
偽装縦穴、偽装横穴に潜むBETAは、直近まで近づかないとその偽装を破って寄ってこない。
中には、誘導隊には反応せず、部隊の隊列が通過している途中に突然偽装を破って出てくる様な事態も見受けられた。
それを最小限の被害で回避できたのは、言うまでもなくハイヴ内のマップデータを入手出来ていたからだ。これが無かったらと思うと、ぞっとする。
「了解、あっ!?」
「どうした」
「偽装縦穴からBETAがつり出されました。しかも、その反応がみるみる減っていきます!」
「また黒い幻影の加勢か。有難いのだが、目的が掴めんのがやっかいだな」
これも部隊が進軍を開始してから何度かお目にかかった現象だ。
敵の軍勢が犇めいていたはずのホールに、無数のBETAの死骸がうずたかく積まれていたりとか、今のように偽装縦穴からBETAを引きずり出して殲滅してくれたり等。
部隊の進軍速度が予定よりも遥かに早いペースになっているのは、殆どがそういった理由だ。
この現象にはかつてのポパールハイヴ攻略でも報告に上がっているため別段それほど驚きは無いと思っていたが、実際に目の辺りにすると話は別だ。
上下左右どこを見渡してもBETAが犇めくこのハイヴ内で、単騎でBETAを狩るというその作業。生半可な神経では行えないし、そもそも方法が不明だ。
報告書を信じるのなら、異常なまでのステルス性を持った強化外骨格がその正体だと言うが、小型種どころか大型種をもスクラップにしていることからはっきり言って信じられない。
「まあ、いい、作戦通り前に進むぞ。現状の被害は?」
「大破2、中破1、小破9です。大破した機体は遠隔でM01爆弾を起動しています。乗員はいずれも無事。僚機に便乗しています」
「マップによるとこれから下層に突入か。良い状況だ。これからも気を緩めずに進軍するぞ!」
「「「了解」」」
敵地の中を士気を落とさずに進軍していく軌道降下部隊を見送った後、その影はにじみ出るようにその場に現れた。
「こちらマブサニー、軌道降下部隊の皆さんは無事にポイントC−1へ到達、これから反応炉に向かうみたいだよ」
軍隊で使用されるどの周波数とも違う無線、いや、そもそも通常の電波ですらない無線機を使用して、仲間と連絡を取り合うマブレンジャーの1人マブサニー。
「マブシルバー、了解、おい、純夏、いつまでも遊んでないで、さっさと片付けるぞ」
「もう、武ちゃん、今の私はマブパープルなんだからね」
「いや、お前だって、思いっきり俺の名前よんでるじゃねーか」
「う、うるさいなあ、もう」
などと微笑ましい会話を繰り広げているのは、すでにポイントC−5、つまり反応炉が存在するホールに到達しているはずのマブシルバーとマブパープルだ。
周りはおびただしい数のBETAで満たされているはずなのに、声にそんな緊迫した感情はない。
むしろ、どこか元気はつらつとしている。
「ふふーん、久しぶりに武ちゃんと2人きり〜♪」
「なに、あほなこと言っているんだ、あんまり怠けていると、師匠からお仕置きされるぞ」
「う、それはやだよ〜」
「俺もイヤだよ。あの人、この間なんかバツとして俺をモデルにしたBLのイラストを持ってきたんだぞ」
「あ、それ私も見たよ。良い味出してたと思うんだけどな」
「うるさいぞ、純夏の癖に」
「だから今はマブパープルだっていってるのに」
脳天気な会話だけがマブサニーの耳に届いてくる。
「ははは…、ま、まあ、とりあえず任務を忘れずにね、それじゃ」
考えるのを止めると、連絡先を別の相手に向ける。
「こちらマブサニー、軌道降下部隊の人達はC−1より下層へ移動中、そっちも状況に応じて移動してね」
「マブブラック了解。B−4ポイントでの足止めを解除、Cブロックを目指すよ、いい?」
「良いと思うよ。一応マブレッドの作戦通りだからね」
「ん、了解、それじゃ行くよ」
まさか軌道降下部隊の隊員達も、自分隊が安全に進むようにエスコートされるように進攻先、退路を常に確保されている状態でハイヴ攻略を行っているとは夢にも思わないだろう。
ちなみにマブサニーの役割は、進行中の部隊に張り付いて死人が出ないようにフォローすることだ。
とはいえ、さすがに108機もの戦術機を全てフォローすることは出来ず、幾つかの機体の大破を許してしまったが、死人が出る前に救助できたのだ、上々と言えるだろう。
ハイヴ攻略戦は最終局面に向かっていた。
1997年 初夏 リヨンハイヴ内部 国連軍A−01部隊
「ハイヴの中に挿入完了!」
ヒャッハー的なのりで騒ぐSSNO−01こと、隆也を無視して、みちるは淡々と現状報告を読み上げる。
「現地時刻1223、部隊全機のハイヴの突入を確認。これより、シミュレーションでの様に、ハイヴ内部攻略用のフォーメーションをとる。よろしいですか、SSNO−01?」
「ん?初めての挿入だよ、挿入、エロくね?」
「ちなみにこれらの会話は全て録音されており、必然的に香月副司令が聞かれることになると思いますが」
「いーの、いーの、ゆうこりんはこれくらいのことでうるさく言わないさあ」
「当然、ご友人である神宮司大尉にも作戦に関係のないことであれば、なにかこぼすかもしれませんが」
「さあ、A−01リーダー、進軍開始だ。ぐずぐずするなよ!」
「はあ、A−01リーダー了解しました」
毎度の事ながらこの師匠の面倒だけは本当に疲れる、と心底思うみちるであった。当然、それは常日頃この男、隆也を相手している、夕呼、まりもへの尊敬の念がいや増すばかりだ。
「それじゃ、SSNO−01を前面に展開、必要に応じて荷電粒子砲をぶっ放すから、その後をついてきてくれ。迅雷部隊は殿で後ろからやってくる連中の相手をしてくれ…後ろから攻めてくる相手、やだ、エロイ…」
「SSNO−01!」
「おおう、すまないねえ、おばあさん、ついついぼけに走ってしまうんじゃよ」
「もういいです、いいですから、任務だけは真面目にやってください」
「善処しよう」
もうやだ、この師匠、と内心でみちるがぼやいていると、秘匿回線での通信が入ってきた。
「どうだ、今の漫才で部隊のメンタルバランスは少しまともになっただろう?」
いたずらを含んだ声は、隆也のものだ。
あわてて隊員の状況を見ると、確かに一時的に極度の緊張状況にあったのが、今では平時の戦闘状態と変わらないものへと変わっていた。
「師匠、まさかこのために?」
「さて、結果論だよ、結果論。それにそもそも紳士は自重しないからな」
意味ありげににやり、と笑うと、そのまま通信を切る。そのいたずらを成功させた様な顔に、みちるは苦笑するしか無かった。
1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺 日本帝国軍大陸派遣部隊
「このままハイヴ内に突入しようと思うんだが、どうだろうか?」
なぜか部隊の人員に意見をうかがうのは、我らが小塚次郎中佐だ。
「Eナイト1、急にどうしたんですか?」
「いや、なんかこう、俺たちの出番は無いんじゃないか、という気がしてきてな」
だるそうに答える小塚次郎中佐。
「まあ、確かにそうですね。HQの報告が確かならあと数分で反応炉の破壊が行われるそうですし」
「だよな、とりあえず周辺のBETAでも狩っておくか」
「ですがそれだと、参謀本部がうるさいのでは?」
「あー、確かに。日本帝国には、ハイヴ内の実戦データがないからな。しょうがない、フォーメーションをハイヴ攻略用に組み直して突入するぞ」
「「「了解」」」
「殿はフライヤー1に任せるぞ」
「了解」
まりもはハイヴ内の気の動きを探ることで、現在の戦況をおおよそ把握していた。
弟子達が4人ほど暗躍しているほかに、隆也率いるAL4計画直属部隊が侵攻している。
ハイヴの最下層には104機に数を減らした軌道降下部隊がおり、反応炉までおおよそ10分前後と言った距離にまで進軍している。
「よし、それでは全機、ハイヴ内に突入!」
小塚次郎中佐のかけ声の下、帝国軍大陸派遣隊第二連隊第十三戦術機甲大隊が初めてのハイヴ内への侵攻を開始した。
その10分後、反応炉の破壊が確認され、第十三戦術機甲大隊は地下から地上へと脱出するBETAの群れとの戦闘を実行。
30分に及ぶ戦闘の末、死傷者0、中破1、小破9という非常に軽微な被害ながら、万近いBETAのリヨンハイヴ外への脱出を阻止することに成功。
この際に得られたハイヴ攻略データは、日本帝国に持ち帰られ貴重なサンプルとして扱われたという。
なお、衛星データリンクはハイヴ内でも有効であるとのことから、撃震参型の評価はさらにうなぎ登りとなることになる。
とある研究機関からは、撃震参型用の衛星の探索機能を使えば、ある程度ハイヴの内部構造が明らかになるんじゃね?という指摘があり、その事実に気づいて小塚三郎少佐が愕然とするのはまた別の話。