1997年 初夏 リヨンハイヴ内部
「ダイバーズ01より各機へ、反応炉への最短経路の算出が完了した。これよりルート情報を送る」
「「「了解」」」
「アルファダイバーズ大隊は前衛、ブラボーダイバーズ大隊は中衛、チャーリーダイバーズ大隊は後衛だ。ポパールハイヴの攻略方法に乗っ取り、敵の殲滅はの二の次。最速で最深部への到達を作戦目標とする」
「「「了解!」」」
「よし、では出撃!」
メインホールにて集結を完了させた108機の戦術機が、ハイヴ最深に向けて突撃を開始し始めた。
ちなみに全機がこのメインホールに集結できたのは奇跡的な確率である。地上遥か上空の衛星軌道上からの降下、それも一機も迎撃されずに、しかも集合可能な位置への集中降下を果たした。
今のダイバーズ連隊の状況が、如何に複雑な計算と絶妙なタイミングによる結果だということは、その難しさを知るものの口から「奇跡のような確率だ」という言葉こぼれることから想像に難くない。
無論、現行の計算機器ではこれほどの複雑な計算ができるわけもなく、AL4計画の00ユニットの演算能力を間借りし、その結果として今のような奇跡的な状況が可能になったのだ。
大気圧、風向き、などなど風速が1m違うだけで着地地点は大きくずれるし、射出タイミングがコンマ1秒ずれるだけでも着地点は大きくずれる。つまりそれだけ、精密な計算結果として彼らはその場にいるのだ。
そう、その難しさを知るものに奇跡だ、と言わせるほどに難しい軌道計算をすら片手間に行う00ユニット。
この事実については、軍事機密として秘匿され当のダイバーズ連隊ですら知らされていない情報であるが、この一つをとってもAL4計画の成果である00ユニットの有用性を指し示す証拠になり得る。
「CPよりダイバーズ連隊へ、アルファ大隊が前衛の中隊が敵BETA群に接敵、戦車級を始めとする小型種および複数の要撃級。数は1000前後」
ダイバーズ01に通信が入る。今までのハイヴ攻略戦では殲滅に重きを置いてきた。それが間違いだったと証明されたのは、ポパールハイヴ攻略戦移行だ。
ハイヴ内のBETAを殲滅しても場合によっては、周辺ハイヴからの増援を許してしまうだけの時間をかければ意味がない。そこで重要視されたのが攻略速度だ。
BETAとの接敵は最小限。そして如何に早く反応炉を破壊するか。それが最重要案件となった。
「ダイバーズ01、了解。侵攻に邪魔な連中だけを優先的に排除。今は速度と時間を優先しろ!」
結果として、ダイバーズ連隊は接敵しても足を止めることはない。ただひたすら目の前の敵を排除し、前へと進む。その上で邪魔になるようであれば、後衛が敵を排除する。
まさに進撃速度に重点を置いたフォーメーションであり、戦術である。当然普段の訓練は、それに特化したものとなっている。
「CP了解。各部隊へ通達します」
一匹の蛇を思わせる隊列を組んで、ダイバーズ連隊は反応炉へ向けて進撃していく。
ポパールハイヴのデータを入手し、より最適化されたハイヴ攻略用シミュレーターで抜群の成績をたたき出した、精鋭中の精鋭達が今BETAの拠点の心臓部へと向けて解き放たれた。
勝利するのは果たして人類か、それともBETAか。
1997年 初夏 リヨンハイヴ攻略前線基地 総司令部
「フェイズ4発動、降下部隊全機ハイヴ内へと進入完了。データにあるメインホールの一つで集結して、隊列を整理中です」
「まさか、全機ハイヴ内へと突入できるとは…」
ラフマンの口から感嘆とも驚愕ともとれる言葉が漏れる。
もともと降下部隊の地上への到達率は80〜90%程度が妥当といわれていた。それだけ難易度の高い任務なのだ。
それはレーザー属種の存在、そして如何に優れた電子計算機が存在するとは言え、その処理能力の限界が存在するからだ。
だが、そんなことをへともしないものがあった。00ユニット、脅威の電算技術を持つAL4計画の成果物。
その演算能力を借りること、そして00ユニットをおとりにすることにより地上からのレーザー照射を極力少なくすることにより、降下部隊108機、その全機がハイヴの内部への進入を果たしたのだ。
最初は半信半疑であったが、現実としてその結果を見せつけられるとその能力には畏敬の念を禁じ得ない。
AL4計画とそして00ユニット、これらは間違いなく人類に新しい明日をもたらしてくれることだろう。
「オルタネイティブ第四計画か…凄乃皇弐型といい、まったくとんでもない計画があったものだ。しかも動き出してまだ数年だというではないか。第三計画などはあれだけの期間と予算を投入しながら得られた物はわずかだったというのに」
AL3計画の関係者が聞いたら激怒しそうなことを呟くラフマンだが、これが今回のAL4計画の成果を目の当たりにした者たちの偽りのない評価であった。
とくにソ連のAL3計画の関係者などは、あからさまにその罵倒を上層部から受けていたりしていた。そのことを知った夕呼は、ひとこと「ざまあw」と言ったとか言わなかったか。
しかし00ユニットが装備するリーディング、プロジェクションの2つの能力はこのAL3計画がなければ実装ができなかった。
そのことを考えると、一概にAL3計画が無駄だとは言い難いものであることは、当然夕呼も承知している。それでなければ、AL3計画に関わった技術者の国連への出向を積極的に受け入れたりはしなかっただろう。
彼らが行ったことは確かに常識に照らし合わせて人道にもとる行いではあったかもしれない。だが、それなくしてはいまの00ユニットはなく、そして、人類はそこまで追い詰められていたのだ。
当然、自己の欲求を満たすために参加している研究者もいたが、それらは皆等しく、自らが生み出したリーディングによりその秘密を暴かれ、人知れず処分されることとなった。
「フェイズ4が実働段階に入ったことから、フェイズ5を発動させる。全軍前進せよ、ハイヴを攻略するのだ!」
「了解しました。こちらHQより戦場に立つ全戦士へ。フェイズ5発動、全軍前進せよ、繰り返す、フェイズ5発動、全軍前進せよ」
一時撤退中の部隊を除く全ての部隊が、拠点防衛、拠点確保の任務をやめ、ハイヴへと進軍を始める。
残るのは支援砲撃部隊とその警護を担当する戦術機部隊のみ。
リヨンハイヴ攻略作戦はその最終フェイズを迎え、事態は急加速していく。
1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺 国連軍A−01部隊
「フェイズ5発動を確認、どうしますか、SSNO−01?」
「決まっている、進軍だ、一心不乱の進軍を!」
「了解しました。全軍進軍せよ、目標リヨンハイヴ」
みちるの号令に、A−01部隊が最速の進軍用の陣形をとり、進軍を開始する。
その進軍速度は圧倒的だ。なにせ、凄乃皇弐型がいるのである。
いちいち進軍方向に現れる敵BETAの排除に時間を割かれることがない。
「チャージ完了、凄乃皇フラッシュ!」
訳の分からないかけ声と共に荷電粒子砲が前方の敵を焼き、
「くそ、やばい、差が、差が広がっていく!」
「ふふーん、孝之にはまだまだ負けないわよ」
「もう水月ったら。私だって負けないんだもん」
迅雷部隊が残る残敵を一掃する。
まさに鎧袖一触、如何なるBETAもその進軍を妨げる障害とはなり得ない。まさに無人の野を行くが如く進軍速度だ。
この戦場に展開するどの部隊よりも早い進軍速度で、ハイヴへと向かうA−01部隊。
故に、ハイヴ到達一番乗りとなるのも自明の理である。
「前方にハイヴ地表構造物を確認!」
「あれが、ハイヴ!」
「なんてまがまがしい造形だ、まさに奴らの象徴のようじゃないか」
「まったくだ、忌々しい」
「なんて大きい」
「おい、その台詞おれの股間を見つめながら言ってくれ」
「あんまりはっちゃけていると、後で香月副司令と神宮司大尉にいいつけますよ」
「正直スマンカッタ」
途中へんな会話が混じったが、初めて見るハイヴの地上構造物への畏怖と嫌悪の台詞がA−01部隊の面々からこぼれ出す。
それだけ、その地上構造物は異形だった。
まあ、隆也あたりはオリジナルハイヴへの参拝でしょっちゅう見ているせいで何の感慨も湧いていないかったりするのだが。
あと孝之も昔のブートキャンプで、散々拝んでいるのでなんの抵抗もない。
ただ、初めてハイヴの地表構造物を見る水月と遙の緊張しながらも恐怖をひた隠しているその表情に、今まで感じたことのないエロスを感じたという。
そのことを肴に隆也と酒を飲んでいるところを急襲され、ぼこぼこにされるのはまた後の話である。
ちなみにその姿をざまあ、ぷぎゃーとかやっていた隆也は、続けざまに現れたまりもと夕呼に拉致されてどこかに消えていったという。
その後しばらく、恐怖の表情を浮かべた隆也と孝之が基地内で見られたという。
とくに隆也はうつろな目で、
「おんなのこのからだしゅごしゅぎるのぉ…もういやあいきっぱなしなのお…まえとうしろのにほんざしはだめなのお…」
などと意味不明な言葉を発していたとかいないとか。
それはともかく、A−01部隊がついにリヨンハイヴへと到達した。
「よし、いったん部隊の陣形を整え直すぞ、A−01リーダー。指揮を頼む。こちらは、降下部隊がどこまで侵攻しているかを確認する」
「A−01リーダー了解しました。これより陣形をハイヴ攻略用に組み直します」
A−01部隊初めてのハイヴ攻略戦が始まろうとしていた。
1997年 初夏 リヨンハイヴ周辺 日本帝国軍大陸派遣部隊
「フェイズ5発動を確認した。総員、装備の補充を開始せよ。補充が完了ししだい、ハイヴに向かって進軍する!」
「「「了解」」」
小塚次郎中佐の号令の元、一斉に装備の補充を開始する日本帝国軍大陸派遣隊第二連隊第十三戦術機甲大隊。
その打撃力は、AL4計画直属の部隊を除けば、この戦場の中でも破格のものだ。
そしてその打撃力を運用するのは歴戦の強者達。
「二度目のハイヴ攻略戦か。前回はハイヴ内にまでは進入できなかったが、今回はハイヴ内に進入することを目的とする。それにしても、武者震いがするのう!」
「そうですね、それはそうともう少し緊張感を持ってください。でないと冷子大尉に見放されますよ」
「大丈夫、少々は大目に見てくれるさ。それに、そんな狭量な女じゃないさ」
「奥さん、うちの大隊長、のろけてますよ」
「きぃ、くやしい、こちとら最近出会いが無くて相手に餓えているってのに!」
「まったくですわ、あの幸せもの。イツカウシロカラ…」
「おいおい、物騒だな」
「いや、後ろからぶっといにく…」
「ストップ、それ以上は止めとけ。いろいろな意味でやばい」
小塚次郎中佐の後ろの貞操が危ない!的な会話が後ろで交わされているが、気にしている風もなく小塚次郎は指揮をとる。
この部隊でいちいちこの手の冗談に反応していたら身が持たないのを分かっているからだ。
そしてそれ以上に、冗談だと油断していると恐ろしい目にあうことも身をもって知っていたりする。
「全機装備の補充完了しました」
「よし、これより進軍を開始する。戦闘は第二中隊、露払いは任せた!」
「了解」
「右翼を第一中隊、左翼を第三中隊、フライヤー1は殿を頼む!」
「「「了解」」」
「一気に突っ走るぞ、全軍、全速前進だ!」
「「「了解」」」
今、最強の部隊がハイヴ攻略へと動き出した。
「前方のBETA群発見、数は小型種1800、大型種600」
「ちっくしょう、気合い入れたそばからこれかよ」
「各員落ち着け、とりあえず目の前の敵を殲滅しろ」
冷静な小塚次郎中佐の判断に、一瞬乱れた指揮が瞬時にして復旧する。
この切り替えの素早さが第十三戦術機甲大隊が最強たるゆえんなのかもしれない。