1997年 初夏 リヨンハイヴ内部
時間は、反応炉破壊の報がもたらされる10分前に遡る。
「へえ、これが反応炉かあ」
マブサニーが怪しげな光を放つ反応炉を見ながら思わず声を挙げる。初めて見る反応炉は、確かに事前に聞かされていなければ、とてもではないがBETAの一種だとは思えない。
「そうみたいだな。俺が知っている反応炉とはだいぶ違うみたいだけど」
「ん?そうなの、武ちゃん?」
「だから、今はマブシルバーだっつってんだろ、このバカパープル!」
「むっかあ、シルバーの癖に私のことバカっていったあ!」
険悪な雰囲気になるマブシルバーとマブパープル。これはもう一つのお約束なので、もはや慣れきったマブサニーだった。
「それはともかく、気になるなあ。シルバーが見た反応炉ってどんなのなの?」
「え、あ、いや、えーと、なんというか…」
途端に口をもごもごさせるマブシルバー。まさか年頃の乙女達に向かって、でっけえおてぃむてぃむです、とは言えない。
そう、マブシルバーが知っている反応炉とは、隆也に無理矢理拉致られて参加させられた、どきっ、BETAだらけの強化合宿で見たオリジナルハイヴの反応炉なのだった。
はて、どうしようかと、ない頭をフル回転させるシルバー。そのとき、天の啓示が降りてきた。
後に、マブシルバーこと白銀武は語る。あれは天の啓示なんかじゃなかった、紳士のささやきだったんだ、と。
「すごく、大きくて硬いです」
「大きくて硬い?」
なぜか一番に反応したのは、それまでぼーと反応炉を眺めていたマブブラックだった。
「ああ、そうだ。とても大きくて硬い。師匠も、あれはかなりの硬さだな、とか言ってたしな」
「そう、硬いんだ…」
そう呟くとするすると近づいていくマブブラック。マブレンジャーの中でも特に隠匿の技術に優れるマブグリーンについで、その隠密性が高いマブブラックだったため、残る3人が気づいたときにはすでにマブブラックは反応炉の近くに立っていた。
「おい、何やってるだよ、ブラック。こいつが反応炉だったら、変なしょく、もとい鞭状の器官を繰り出してきて危ないぞ!」
「大丈夫、師匠によればオリジナルハイヴの反応炉以外にその機能が実装されている可能性は極めて低い?」
「へー、そうなんだ、よく知ってるねブラック」
「感心している場合かよパープル。それよりブラック危ないから早く離れろよ。もうすぐ軌道降下部隊がやってくるんだから、俺たちはもう引き上げだ」
シルバーは、呑気な返事を返すパープルを怒鳴りつけると、ブラックを呼び戻そうとする。
先ほど言ったように、これから軌道降下部隊がやってきて反応炉を破壊するという、世紀のミッション達成の瞬間を見るためにわざわざ先行してここまでやってきたのだ。
「師匠は言った?おれより硬くて大きい奴に会いに行くと」
「ん?どういう意味だろうね、あ、でも師匠が行ったと言うことは…」
マブブラックの台詞に、師匠というキーワードが上乗せさせられた結果、マブサニーはある部位のことに思い至ったようだった。顔が赤い。実に初々しい反応である。
「ねーねー、武ちゃん、どういうこと?」
「うるせえ、俺が知るか。つーか、シルバーだっちゅーの!」
「つまり、私も硬い奴に興味がある?」
反応炉の真ん前でじっとそれを見つめながら呟くマブブラック。
確かに反応炉は硬いだろう。前世代のS11だと複数個を設置する必要があったという。今ではM01を使用するため、1〜2個で完全破壊が可能となっている。
つまりそれほどの強度を誇ると言うことだ。
「興味があるならもう十分だろ?ほら、早く隠れるぞ」
マブシルバーの背に猛烈な嫌な予感がよぎる。それを証明するようにマブブラックが構えを取る。
「R.T決戦戦闘術、表四十八手がひとつ」
呼吸を整えるマブブラック。何が起きようとしているかを察した、残り3人の顔が若干青くなる。
そしてその背後では、戦術機の跳躍ユニットが奏でる轟音が聞こえてくる。
「ふたえのきわみあーーーーーーーーー?」
のちに軌道降下部隊を指揮していたダイバーズ1ことフランス軍所属アレクサンドル大佐は語る。
「我々がたどり着くと、そこはすでにBETAが刈り尽くされた静寂の間へと変わっていた。その中で一機の強化外骨格が何かを叫びながら反応炉に殴りかかるのが見えた。な、おかしいだろう?強化外骨格が、何の武装も持たずに反応炉に殴りかかるんだ。私の言っていることが如何におかしいか分かるだろ?そして、その強化外骨格の拳が反応炉に触れたと思った瞬間、反応炉の中から一瞬強い光が放出されたかと思うと、次の瞬間には反応炉の各所にヒビが入っていくのが見えた。みるみるヒビだらけになる反応炉は、そのまま自重に押しつぶされるようにそこに粉々になって崩れていったんだ。そう、反応炉を破壊したのは私たちダイバーズ連隊ではない、たった一機の強化外骨格、おそらく黒い幻影だろう。我々がしたのは、すでに機能を失った反応炉のサンプルの回収と、念のためにとM01爆弾を設置して起動させただけだ。黒い幻影がその後どうなったって?それは私が知りたいよ。反応炉が崩れ去るのを満足そうに見守ると、そのまま周囲に溶け込むように消えてしまったのだから」
このインタビューは、国連軍、及びフランス軍の第一種機密事項としてBETA戦が終息するまで封印されることとなる。
「ちょっ、おい、ばか、何やってるんだ、彩峰!」
「残念、私はブラック?」
「そう言う問題じゃないだろう。くそ、急いで戦線離脱するぞ」
「サニー了解」
「パープル了解だよ」
「あー、おい、どうするんだよこの始末。あの師匠のことだから、ブラックを責めるとは思えない。ということは当然、監督責任と言うことで俺が…」
1人がくがくぶるぶると震えるマブシルバーこと白銀武であった。
1997年 初夏 リヨンハイヴ攻略前線基地 総司令部
「軌道降下部隊より入電、『我ハイヴ攻略に成功せり、反応炉の破壊を確認』、繰り返します、『我ハイヴ攻略に成功せり、反応炉の破壊を確認』!」
通信管制官の言葉が司令部内に響き渡る。通信管制官の顔は上気し、興奮しきっている。隠すつもりもないだろう。
「やったか!」
指揮官用のイスから転がり落ちる勢いで立ち上がったラフマン司令が、興奮のあまり顔を真っ赤にさせながら通信士にハイヴ攻略の報告を戦場に流すことを急がせる。
「HQより戦場に存在するすべての兵士たちに。現時刻をもって目標ハイヴ内の反応炉の破壊を確認。これより敗軍の掃討に移る。繰り返す、現時刻をもって目標ハイヴ内の反応炉の破壊を確認。これより敗軍の掃討に移る。一匹でも多くの敗軍を掃討せよ!」
戦場にHQからの放送が浸透していく。ゆっくりと確実に、そしてその反応は劇的に起こった。
「反応炉を破壊…やったのか、俺たちはフランスを取り戻せたのか!?」
「やった、やったぞ!やったんだ、やったんだ、俺たちは。なあ、カルロス、ジャン、マルコ、やったぞ、お前達の死は無駄なんかじゃなかったんだ」
「生きて再び祖国を取り戻すことが出来るとは…」
「神よ…我々は失った誇りと尊厳を今、再びこの手に取り戻すことができました」
「ち、畜生、やったんだ、俺たちは勝ったんだ」
戦場から勝利の雄叫びが聞こえる。中にはまだ実感が湧かないのか、狐につままれたような顔をしている者もいる。
だがそんな彼らも時間がたつと共に、その事実を実感として感じ取ることができるようになる。
BETAの撤退が始まったのだ。
他の生きているハイヴへの撤退。それは人類が二度目に見るBETAの敗走だった。そして欧州の兵士達が初めて見る勝利の証拠であった。
「敵BETA敗走中、戦術機甲部隊は食らいついて少しでも数を減らせ!」
「「「了解!!」」」
「支援射撃、全弾討ち尽くすつもりで支援しろ!」
「「「了解!!」」」
司令部からの命令で、次々とハイヴ攻略の感動から立ち直った兵士達が、BETAに追撃をかける。
敗走するBETAを駆逐していく人類。
ラフマン司令には、それが今後の世界の姿のように見えた。
人類は負けない。必ずBETAをこの地上から一匹残らずにたたき出す。その決意を新たに、ラフマンは隣に控えていたバーダーミに笑顔を向ける。
「これで欧州奪還の橋頭堡が確保出来ました。我々人類は、負けません。必ずやこの大陸、いや世界からBETAを駆逐して見せます」
「そうですな」
バーダーミも口元をゆるめてその光景を見つめていた。人類の2度目の勝利。
一度目は信じられなかった。奇跡の産物だと思った。だが、これで二度目だ。しかも投入した戦力で失ったのはわずか20%。
いや、現代戦からすれば20%も戦力を失っていれば敗戦の部類にはいるのだが、BETAとの戦闘はゼロサムゲームだ。全てを失うか、それとも全てを取り戻すか。
まったく持って、割の合わない戦いだが、そもそも対話が成立しない相手との戦闘なのだ。仕方がないだろう。
「それにしても、またもや現れましたか、黒い幻影」
バーダーミが思い出したように口にする。
「ええ、しかも報告が確かなら少なくとも最低2機以上」
フラマンも頷きながら報告を思い出す。
「少なくともBETAの敵、それだけで良かったのですが、こうも戦果がすばらしいと各国とも放っておきませんでしょうな」
バーダーミが前回のスワラージ作戦の際に、黒い幻影の正体を探ろうと各国が暗躍したのを思い出してため息をついた。
「それだけ魅力的なのでしょう。強化外骨格でありながら大型種を殲滅する能力だけでも規格の埒外なのに、そのステルス性能と光学迷彩による技術的恩恵は、それを独占すれば計り知れないでしょう」
「まったく、未だに人類の業は深いですな。いや、二度のハイヴ攻略を経て、人類は勝利の味を知り始めた。そうなればますます強欲になるでしょう。一部の国では、BETA大戦の後の世界の地図を描き始めていてもおかしくはない」
バーダーミの声はこれからの人類の行く末の不安を言葉にしたものだった。
1997年 初夏 リヨンハイヴ内部 国連軍A−01部隊
「うーん、勝ったな」
反応炉破壊の報を聞きながら、隆也がもう何度目になるか分からない荷電粒子砲の発射を行っていた。
「ええ、勝ちましたね」
下から上に逃げるように迫ってくるBETAを冷静に屠りながら、みちるが頷く。
「ここまでは既定路線。あとはゆうこりんにまかせるか」
AL4計画の成果は5割がた達成された。このハイヴの反応炉をリーディングすることにより、全世界のハイヴのマップ、BETAの指揮命令系統がオリジナルハイヴを頂点とした箒型になっていることなど。かなりの情報を得ることが出来た。
だが肝心のBETAが何者なのか、そしてBETAの目的は結局なんなのか、の核心部分の情報を手に入れることが出来なかった。
それ故に目的の5割なのだ。とはいえ、それだけでもAL4計画の成果としては十分なものと言えるだろう。
「あーそうそう、A−01リーダー」
「?なんでしょうかSSNO−01?」
「お前が好きな前島正樹って…」
「わーわーわー、な、なんで師匠がそのことを!?」
「うーん、00ユニットのリーディングってば、対象を任意に指定できないという欠点があってな」
「ぐぅ、い、いかに師匠とは言え、そのことを」
「あー、心配するな。おれだってデリカシーくらいある。ちょっとからかっただけだ」
「デリカシーがある人なら、最初から知っていても知らない振りをします」
「いや、だっておれ、ほら、紳士だから」
「意味がわかりません!」
周囲が歓喜に湧く中、A−01部隊は平常運行だった。
1997年 初夏 日本帝国技術廠
「そうか、リヨンハイヴ攻略作戦、成功したか」
安堵のため息の中に喜びをひた隠した小塚三郎少佐が手元のディスプレイを見つめ直した。
「撃震参型の戦績は上々、またもや各国の追求がくるだろうな」
いいながら小塚三郎少佐は、手元にある「R.T製薬胃ストロングα」を数錠飲み下す。
「ふふふ、いいだろう、かかってこい、世界の技術者達よ。今回の私の胃袋はひと味違うぞ!」
新妻の小塚雅奈技術中尉からもたらされたこの胃薬を得て、小塚三郎少佐は強靱な鉄の胃袋を手に入れた。
長年の胃痛から解放された小塚三郎少佐は、今ではより精力的に業務励むようになっている。
ちなみ夜のお薬「R.T製薬精力ぎんぎんα」は、小塚雅奈技術中尉がこっそり夜のご飯に混ぜ込んでいる。
無味無臭の薬のため、小塚三郎少佐は未だに気づいていないが、夫婦の夜はそれそれは激しいとのこと。
二代目が誕生するのも決して遠くないだろう。
戦場で散っていく命があれば、こうして生まれ行く命もある。
人が、いや地球上の全ての生命体が地球創世から繰り返してきた営み。それらを再び手にするために、小塚三郎少佐は決して負けるつもりなど無かった。
ちなみに夜の開発活動にがんばりすぎて、小塚三郎少佐が腰に深刻なダメージを負うのはまた別の話。