1997年 初夏 米国 ラングレー
「まさかオルタネイティブ第四計画がここまでとはな…マークはしていたはずだが?」
CIA長官ベケットの鋭いまなざしが、極東アジア支局長を務めるトーマスに突き刺さる。
「はっ、まことに申し訳ありません。しかし、あの計画が動いている施設はあの柊町にあり、情報収集に必要な人員は並大抵ではありません」
「柊町か…」
ベケットが遠い目をする。日本帝国の今では一大輸出産業の一つとなった、GAME、ANIME、MANGAの生産地として名高いが、その実態はようとしてしれない。
凄腕の産業スパイどころか、CIAのエージェントをもってしても何一つ掴むことが出来ないとなれば、その異常性は推して知るべしだ。
無論、柊町は国ではなく日本帝国の一地方都市にしか過ぎない。そのため入出国の厳格な審査などないので、当然街への侵入自体は簡単なのだが、そこから先は何をどうやってもパンフレットで紹介されている情報しか得ることが出来ない。
そんな場所にある基地だ。そこへの侵入は困難を極める。
噂によるとそこに単独で侵入に成功する難易度は、ホワイトハウスで執務中の大統領を暗殺して米国を脱出するのとほぼ互角だとも言われている。
ようするに、事実上不可能なのだ。
まあ、この世には変態という名の紳士がおり、その中でも紳士オブ紳士を称するR・Tだけが唯一それを可能としている。
もっとも、彼の場合は、自身がその要塞の設計者であり、管理者であるというため例外中の例外である。
「しかし、何一つ情報が入手出来ていない、ということはないのだろう?」
「確かに文化面での情報収集は比較的容易ですが、それでも作者の本名や顔写真などは手に入れることができません。ましてや、町工場に至ってはさらに機密レベルがあがるのか何一つ情報を入手出来ていません」
「通常に出荷される製品については?」
「それについては問題なく把握できています。ただ、それ以外の部品、軍需品などについては全くです」
トーマスは情報を得るために放った様々な手段を思い返した。非合法なものも複数含まれているが、悉くがそれを阻止されている。
阻止してきたの柊町自警団影の組織「紳士淑女の操を守る会」である。ふざけた名前だが実力だけは確かだ。
ちなみにこの自警団普段は、不純異性交遊を取り締まっている。いや、取り締まっているというのは語弊がある。
なにせ、手を組んで歩いているイチャラブカップルに対して、
「リア充爆発しろ!」
「リア充もげろ!」
「処女は貴重な人類財産だ!」
「決して軽はずみは許さない!」
などのシュプレヒコールを挙げているというのが普段の活動なのだ。
はっきり言って、独身男性の独身女性の嫉妬が生んだ組織である。とうぜん、町内での認識はそんなものだ。
だがそれが、裏の社会になると途端に様変わりする。CIA、MI6、KGBなどの有名な諜報組織をすら上回る組織力で、柊町に完全なる防諜体制をしいているのだ。
そのあまりの鉄壁ぶりに、裏界隈では「結界」とさえよばれている。
特に非合法な情報収集などを企もうものなら、その報復は凄まじい物があった。
町工場の関係者を拉致しようとした者など、言葉では表せないほど変態的な写真を撮られそれをワールドネットワーク上にばらまかれるなど、過激な報復をされている。
「そうか、これならまだ帝国技術廠のほうがまだ与しやすいな」
「はっ、確かに。そういえば、司令からうけていた例の任務ですが」
急に雰囲気を和らげたトーマスに対して、ベケットは苦笑いを浮かべた。
「是非ともあの作者のサインが欲しかったのだがね。いや、勘違いしないでくれたまえよ。息子が大ファンなのだ」
言い訳するように早口で話すベケットからは、先ほどまでの鋭い気配が消えていた。
「MANGA家のM・畑山、確かに本名すらも調べることが出来ませんでした。ですが、ご安心を。雑誌の懸賞に応募し、サイン色紙は手に入れています」
「なに?それはすばらしい。トーマス君、今回の査定は楽しみにしていくれたまえ」
「はっ」
ベケットとトーマスは2人で顔を合わせると、盛大にと笑い合った。
ちなみにAL4専用97式戦術歩行戦闘機、通称『迅雷』については、オルタネイティブ第四計画の機密扱いとなっており、一切の秘匿を国連から許可されている。
というか、そもそもオルタネイティブ計画での副産物は、本来なら出資者である招致国に与えられることになっており、国連が自由に出来るのは結果とその他有用と認められた幾つかの技術だけなのだ。
幾つかの技術と行っても、その線引きは国連の意志に大きく左右される。
そう、超大国であり、国連に大きな影響力を及ぼす米国にしてみれば、正攻法で迅雷の情報を入手することも可能なのだ。
とはいえ、窓口が極東の魔女とも呼ばれる香月夕呼である限り、なかなかに難しい注文ではあるのだが。
そう言う背景もあり、また日米同盟も健在であることからわりとCIAはお気楽な構えであった。
1997年 初夏 アラスカ(ソビエト連邦租借地)
「凄乃皇弐型か…すさまじいものだがな」
モニタに映し出される映像を見ながら、バザロフは新たなイスの感触を確かめる。
悪くない感触だ。
無能で自己的な上司を追い出して、様々な政敵を相手取りようやくここまで上り詰めることが出来た。
上司の排除は簡単だった。極東を担当する者の中では知らない者はいない人物、鎧衣とコンタクトをとり情報を流す。
その見返りとしてかつての無能な上司を排除する協力を仰いだだけだ。
排除は静かに、しかし迅速に行われた。
鎧衣、つまりその背後にいる日本帝国にしても、そのような過激な思想を持つ者をソ連の上層部に放置しておくことの危険性を認識していたのだろう。
今頃彼はシベリアの冷たい土の下にいることだろう。
祖国の大地で眠れるのだ、本人は満足だろう。
「香月博士とのコンタクトはどうなっている?」
「今は忙しい、の一言で全く相手にされないな」
イワノフ少佐、超一流の諜報員である彼は、かなり野放図な性格をしている。相手が自分の上司であってもこの調子だ。
これで結果を常に出してくるのだから、文句が言えない。それにそもそもバザロフは実力主義であり、現場からのたたき上げだ。
その程度でいちいち目くじらを立てることはない。イワノフもそれを知っているかこそのこの態度だった。
要するにお互い煮ても焼いても食えない者同士ということだ。
「そこをなんとかするのが、と言いたいところだが、確かにあと5日後には『桜花作戦』が実行される。今は忙しい盛りだろうな」
「そういうことだ、本格的なコンタクトは『桜花作戦』実行後にした方がいい」
「わかった、それに関しては君に一任する。良い報告を待っている」
「了解。それと例の撃震参型用の情報収集衛星についてだが、幾つかわかったことがある」
イワノフの言葉にバザロフが反応する。撃震参型、日本帝国が世界に発信した最新の戦術機。
あの天才小塚三郎少佐が作り出した機体だ、単なる戦術機ではないと思っていたが、まさか衛星とのデータリンクによりさらにその真価を発揮するとは。
目から鱗の発想だった。まさに天才だ。
「重要部品の一部に、オルタネイティブ第四計画のものが使われている」
「なんと!」
バザロフの目が驚きに開かれる。そうだとすれば国連を通じてその技術を入手することも可能かも知れないのだ。
「正確には、AL4と帝国技術廠の共同開発らしいが、詳しい資料の入手は不可能だった」
「いや、確かにAL計画については、招致国が人員を提供する義務が生じる。もともと技術廠で開発中の技術を、AL4の中で完成させたと考えれば辻褄があう」
「その通り。帝国技術廠にある伝手を辿ってみると、両方を兼務している人間もいるらしい。もっとも、リストまでは入手出来なかったが」
「いや、日本帝国相手にそれだけの情報を入手出来れば十分だ。相変わらず良い腕をしている」
バザロフの勝算に、イワノフはバツが悪そうな顔で答えた。
「いや、たぶんこの情報は、わざとリークされた可能性が高い。しかもソ連に対してだけだ」
「どういう事だ?」
「帝国の戦女神神宮司まりもの暗殺計画、それを首謀した人物の始末を行ったことに対する礼だそうだ」
「なるほどな、となれば今後も同じような情報は期待できないか」
「そう言うことだ。まあ今はとりあえず、『桜花作戦』の推移を見守ろうじゃないか」
「わかった。君は引き続き日本帝国に対しての諜報活動を頼む」
「了解だ」
敬礼をして去っていくイワノフを見つめるバザロフ。
やはり、一流の諜報員との会話はよい。常日頃、政治的なやり取りばかりしていると、かつての様な勇ましい魂が腐ってしまう。
英気を取り戻したバザロフは、戦術機開発局の人間とつなぎをとるのだった。
内容は凄乃皇弐型と、香月夕呼が発表した『雷雲』に関することである。
1997年 初夏 日本帝国技術廠
「いたたた…」
腰を押さえながら執務用の席についたのは、みんなのアイドル小塚三郎少佐だ。
夜の開発研究で腰を痛めたのはほんの1日前だ。腰につけたコルセットが痛々しい。
「大丈夫ですか、小塚少佐」
それを気遣うのは小塚雅奈技術中尉。夜の開発研究で事故を起こした張本人だ。もちろん、本人が意図してやったわけではない。
確かに「やる気」はあったかもしれないが、それは別に悪いことを「やる気」な訳ではないのだ。
「それより、撃震参型の問い合わせと、技術提供の依頼はどうなっている?」
「はい、各国から引き合いが来ていますが、やはり衛星とのセット運用という点がネックになっていると思われる問い合わせが多く見受けられます」
「衛星の技術を帝国が独占するからか?」
「はい。ですがあの衛星の技術を他国に渡すのはさすがに、国会が承認しないとは伝えてあります」
「当然だな。その代わり、衛星データリンクを使用する権利を格安でレンタルするんだからいいだろうに」
「私もそう思いますが、やはり軍事技術の中枢を握られたままというのは、他国にとっては良い思いはしないでしょう」
「だろうな」
いてて、と呟きながら、イスをぎしりときしませる小塚三郎。
「下手をすれば、軍事行動が丸裸、さらには軍事機密すら盗まれるかも知れない、そんなものとてもじゃないが、私だったら使う気は起きないな。だが、それは相手が人間同士ならだ」
「はい、我々日本帝国は対BETA戦に関しては決して相手国に害を与えるようなことはしないと伝えてはいるのですが」
「しょうがないさ。今回の『桜花作戦』が成功すれば、人類の反転攻勢の機運は最高潮に高まる。だが、その後BETAを地球上から追い出したら何が起こる?」
「人類同士の争い、ですか」
「ああ、月、火星、我々にはまだまだ駆逐すべきBETAがいるというのにだ。まったく嘆かわしい限りだな」
小塚三郎が諦めたような笑みを浮かべた。
愛すべき地球にとって、BETAは害悪以外の何者でもない。
だが、我々人類は?
今まで散々地球の資源を利用して地球環境を痛めつけて、確かにBETAよりは遥かにましだ。しかし、ましだと言うだけで根本は変わらないのでは?
そこまで考えて、小塚三郎は頭を軽く振った。
そんなことは自分のような一技術者が考えることではない。
と、らちもないことを考えていると部屋の内線が音を立てた。
「こちら、小塚少佐の執務室です」
雅奈が内線を取ると、相手は興奮したような声で用件を伝えてきた。
「わかりました、小塚少佐に変わります、少々お待ちを。小塚少佐、宇宙軍資源開発局の上垣大佐から電話です」
すばやく電話を繋ぐ雅奈。
「お電話変わりました小塚です。これは上垣大佐どうなさいました?」
「おお、小塚君か!聞いてくれ、ついに資源調達師団がアステロイドベルトに到達したんだ!これで資源調査を本格的に始められるぞ!」
「なんと、それは素晴らしいですね。これでまた日本は、いや人類はBETAと戦うための資源を手に入れられる」
「ああ、早いところ資源打ち出し用のリニアカタパルトなどの建造を開始しないと行けない。我々は宇宙から我ら人類を支援する。君は、地球で人類を勝利に導くためにがんばってくれ!」
「ええ、皆の力を結集して、BETAを討ち滅ぼしましょう」
「うむ、それでは参謀本部に連絡を取らないと行けないのでな。また連絡する」
「はい、ご無事で!」
「ああ、そちらこそ壮健でな!」
快男児として有名な上垣大佐はそう言うと通信を切った。
参謀本部に連絡を入れる前にこちらに連絡を入れるのは軍人としてどうなんだろう、と思わないでもなかったが、普段から非常識な隆也などに振り回されて降りため、対して気にもならなかった。
小塚三郎も大分毒されてきているようだった。
その証拠に、そうか!雅奈が上に乗れば俺は腰を使わずにすむ!ということは工夫次第で夜の技術開発はまだまだ行ける!、等と考えていたのだから。