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ネギま!―剣製の凱歌― 第三章-第35話 21世紀の日本に竜なんているワケない
作者:佐藤C   2013/07/21(日) 01:35公開   ID:3FzVk7dSV12



「……あれ?エレベーターのボタンがない?」
「あちゃー。兄貴、たぶんあのエレベーターは地下から地上への上り専用なんだ」
「という事は……こちらの階段から下りるしかないということですか」
「ひゃー…し、下が見えません――…」
「…でも、これだけ大きい階段なら杖で降りられそうですね。
 よし、二人とも行きますよ!」

 昨年度三学期の期末テスト…もとい、
 魔法の本騒動の時に乗ったエレベーターは使えない。
 一同は巨大な螺旋階段の中央を、ネギの杖で飛行して下降することにした。

「今度は魔法が使えるので楽ですよ」
「そ…そうですね」

 少女二人は高速で飛ぶ杖に不安があるのか、必死でネギの体にしがみついている。
 ……その結果。

「ひゃー……」

 ……命短し恋せよ乙女。
 のどかは真っ赤な顔をしてネギの首に腕を回す羽目になっていた。


 ―――ビュオオッ!!


「わわわっ!!落ちちゃいますーーー!!」
「す、すごい風です……ッ!!」
「二人とも、大丈夫ですから落ち着いて!」

「っ!?わーーっ!クモの巣ですーーーー!!」
「ひゃあっ!ねばねば――…っ!!」
「お、落ち着いてください!暴れないでっ!!」

 のどかに密着されて視界が塞がり、
 夕映に強くしがみつかれて杖の操縦が困難になる。
 杖はジグザグに蛇行しながら、非常に不安定な動きで階段を下って行った。


「…探検部なんだろ二人ともよぉ。もちっと落ち着けや」
「ご、ごめんなさいです――……」
「面目ありません……」

 最下層に到着すると、二人はカモの説教を受けていた。
 ………オコジョに対し並んで頭を下げる二人の少女。
 傍目からは訳の分からない光景であった。

「あはは、カモ君しょうがないよ。杖に乗って飛ぶなんて普通ないだろうし。
 えーと…ここからは歩きですね」


 最下層には一つだけ道があり、その先には狭い回廊が続いている。
 ……あからさま過ぎて、「罠がしかけてありますよー」というイヤな雰囲気がプンプンと漂っていたが。

「何があるかわかりませんから僕の手を握ってください。
 はい、夕映さんも」

 ネギはのどかの手をとり、夕映にも左手を差し出した。

(ひゃ――……!せせ、せんせーの手……!!)
「………。」

 奥手なのどかは、いつの間にか手を握られていたことに再び顔を赤くする。
 またネギに好意を持っているのどかだけでなく、
 異性と手を繋ぐことを意識したのか夕映の顔も少し赤い。

 ―――それが、致命的な隙となった。


“カチッ。”


『わーーーーーーーーーーーっ!!』
「わ、私としたことがっ」


 手を差し出すネギに近づこうと踏み出して―――夕映が、なんか踏んだ。
 ……十数秒後。
 一行は狭い通路の中を迫り来る鉄球という、ベッタベタなトラップに追い回された……。









     第35話 21世紀の日本に竜なんているワケない









「わあ………!」
「ス、スゴイ………!!」

 思わず感嘆の声が出る。
 鉄球を何とかやり過ごした一行が辿りついたのは………天を衝かんばかりの大樹が生い茂る森だった。

 高層ビルにも及ぶ高さの大樹が無数に乱立し、大地には豊かな草花や苔が一面に生えている。
 地下の筈なのに何処からか暖かい光が差し込んでくる点など、以前ネギ達が遭難した地底図書室と類似する。
 夕映は呆然としながら思わず考察を始めていた。

「一体、学園地下の何処にこんな広大な空間が………」
「ゆえっち、考えてもムダだと思うぜ」

 なんせ魔法なんだから、とカモが言おうとして―――


「っひゃああああっ!!?」

「のどか!?」
「のどかさん!!」

 つるのようなものが森の奥から伸びてきて、のどかの足首に絡みつくと彼女を宙に吊るし上げた。
 目を凝らすと、彼女の足元にはこれまた巨大な―――高さ七メートルはあるであろう―――毒々しいほど鮮やかなピンク色の蕾が見える。
 ……ちなみにピンクと言えば、
 のどかのミニスカートの奥に見えたものも薄いピンク色をしていたと明記しておく。

「兄貴マズイぜ!
 こんな常識ハズレに馬鹿でかい木があるんだ、魔法植物がいてもおかしくねえ!!」

「で、でも、植物相手ならそんなに大したコトにはならないんじゃ………」

 ネギがそう言ってカモを見ると………彼は、汗で顔をぐっしょりと濡らしていた。

「………兄貴、食虫植物って知ってるか………?」
「………………。」

 事態を理解し、ネギは顔を青くして絶句する。

「……魔法植物なら、食虫どころか食人種がいてもおかしくない………」

「せ、せんせーーーー!!」
「先生、アレを!!」

 のどかの悲鳴と夕映の叫びが重なり、ネギとカモは視線を上げる。
 吊るし上げられたのどかの真下で蕾が花弁を開き、口のような蜜壺がパカリと開いた。
 その中には、蜜のような透明の液体がなみなみと溜まっているのが見える。

 …その時、のどかのポーチからペットボトルが落下した。


 ―――ボチャッ――ボジュウゥゥゥゥゥゥ!!!!


「「「「……………。」」」」


 ……欠片も残さず、溶けました。


「きゃーーーーーっ!!せせせせんせーーーーーーー!!」
「せっ先生!!はは早く!のどかををををを!!」
「あああ兄貴!!ブチかませーーーーーーー!!!」

 完全にテンパった声援を背に、ネギは空回りする頭で必死に始動キーを詠唱した。

「ふ、風精召喚、『剣を執る戦友』!!迎え撃てコントラー・プーグネント!!」

 ネギの姿をした七体の精霊が飛行して突撃する。
 しかし魔力を感知しているのか、巨大な食人花は精霊たち目掛けて正確に蔓の鞭を振るってきた。

「―――ひゃ…っ!!」

 だが風精はそれを機敏な動きで躱し、剣や槍で蔓を斬り裂き―――のどかを救出して離脱する。
 そして―――!


「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!雷を纏いて吹き荒べ南洋の嵐!!
 『雷の暴風ヨウィス・テンペスターズ・フルグリエンス』―――――――――――!!」


 ――――ズドォン!!


 雷の一閃が食人花に直撃する。
 周囲に野菜が焼けたような香ばしい匂いが立ち込める中……一同の心は一つだった。


「逃げろぉーーーーーーーーーーー!!!」


 食人花の撃破を確認せず、カモの号令で彼らは一目散に逃げ出した。
 作戦名は、「いのちをだいじに」――――!!





 ◇◇◇◇◇




「こ、ここに手掛かりが………!」

 息切れしながらネギが口にする。
 森の中を逃げ回り、彷徨いながら…彼らはようやく目的の場所に辿り着いた。

 大樹の根に取り込まれかけている石造りのアーチと、それに守られた細長い扉。
 そこへ人を誘うかのように、幾本もの石の列柱が佇立する。
 それは間違いなく、手がかりの階段に繋がる入口だった。

 …ちなみにネギ達の服がボロボロなのはご愛嬌。
 この森には、いろーんな植物がいるとだけ言っておこう。


「ゆえゆえー、ちょっとー」
「どうしたのですか?」

 ネギが嬉々として扉を調べ始めると、突然のどかが夕映を呼んだ。
 彼女は例の地図を拡げて夕映に見せると、ある一点を指差した。

「地図のこの場所にいるこれ、『DANGER(危険)』って書いてあるけどー……」
「生き物の絵…ですね。猫、いや犬でしょうか……?」


 ―――べちゃっ


「ひゃっ?ベタベター」
「何ですかコレは………?」

 二人の頭に落ちてきた、謎の液体。
 それが何なのか理解する前に、……二人はより理解できないモノを視界に入れた。


 ―――ゾクリ

 背筋に走る、全身が粟立つような悪寒。
 ネギが咄嗟に後ろを振り向くと―――そこには、見上げるほどおおきな生物がいた。


《――――Gurururu...》


 大樹の根に跨る巨体。
 そのあまりの質量に、巨大な根ですら易々と陥没している。
 尾を揺らし、獰猛な眼球で辺りを窺い、口から唾液を滴らせ…鋭い牙を覗かせ唸る。
 腕から翼を生やしたその姿は、その生物の名は―――。


「ド、ド、ドラゴン!!?二人とも、逃げてーーーーー!!」


 ―――冗談ではない。
 学園の地下にこんな危険な魔法生物が棲んでいるなど、誰が思うものか。
 ネギは二人を連れてきた事を後悔しながら、悲鳴を上げるように叫んだ。

「えへへへー、絵本にはこーいう出来事はあまりー……」
「腕の先が翼になっていますね。腕がない種類の竜といえばワイバーン?
 ならばそれほど強くはないのでは―――いや強いとか強くないとか何を言ってるですか私は。あははは」

 しかし二人は、あまりの出来事に理解が全く追いつかない。
 真っ白になりながらブツブツと呟いて放心している。
 ……逃げるという行為を選ぶ事など、出来よう筈もなかった。

「えええええ!?夕映さん、のどかさん―――――!?」

《Gyaoooooooaaa!!》

 翼竜ワイバーンが脚を振り上げる。
 その脚が踏み潰さんとするは言うまでもなく…視線の先の二人の少女――――!!


「くっ!ラス・テル…」


 ―――ボヒュッ!!


(え!?)


 ――――ズドォオンン!!!


 大地を踏み抜くその巨足は、数メートル離れたネギのいる場所まで地面を揺らした。
 地底の森に響く轟音。地盤が砕けるほどの剛力。
 ……しかし翼竜の剛脚が、二人を踏み砕くことはなかった。

 それは噴出音か、駆動音か。
 ―――火を吹く機械の唸りが、聞こえた。


「脱出しますネギ先生」


 のどかと夕映を両脇に抱えて、茶々丸がネギの頭上をスラスターで飛んでいた。

「ちゃ、茶々丸さん!? …ハ、ハイ!!」

 突然の出来事に困惑しながら、ネギは慌てて杖に跨って飛翔した。

 竜種は魔法生物の中でも群を抜いてトップクラスの力を持つ怪物だ。
 新米魔法使いが相手にするにはあまりに荷が勝ち過ぎている。

 茶々丸の言う通り、ネギは撤退を選択する。
 彼女の負担を減らすためのどかを自身の杖に移し、二人は全速力で翼竜に背を向けた。


《――――GAAAAAAAッ!!》

「追って来ましたね」
「くっ!!」

 …しかし、そう簡単にはいかなかった。
 何を隠そう、この翼竜こそあの扉の門番だったのだ。
 自身が守護する場所へと近づく不逞の輩を…易々と見逃す道理はない―――!

《Gruruaa...ッ、GaAAAAAAA!!》

 ―――ボッ!!

「ぎゃーーっ!何か吐いたですーーー!!」
「ひゃぁああっ!!火ーーー!?」

 翼竜が顎を開くと、ネギ達に向かって放射状に伸びる火炎が放たれる。
 しかし幸い、それはネギ達のいる距離までは届かなかった。

竜の吐息ドラゴンブレス……!?いえ、それにしては威力も射程も短い。
 ネギ先生、この翼竜はまだ若い…もしかしたら幼体かもしれません」

「こ、これで赤ん坊ですかっ!?」
「マジかよオイ!」

 ―――、一撃、二撃。一撃、二撃。
 口を開き、咆哮する度に走りだす熱気の凶器。
 巧みに旋回してそれを躱し続けるネギと茶々丸だが……次第に狙いは正確になり、段々と避けきれなってゆく。

(くっ、二人を守りながらじゃあ………!!)

「マズイぜ兄貴、このままじゃ…」
「解ってる!―――ごめん、少しだけ気絶してて!『白き雷フルグラティオー・ルビカンス』!!」

「!! いけません先生!!」


 ―――ビシャァアアン!!


 一瞬だけ後ろを振り向き、翼竜に向けて麻痺効果のある白雷を命中させる。
 雷鳴の炸裂音が地底の森に轟いた。


 ―――バシィンッ!!


「ええっ!?」
「兄貴の呪文が弾かれた!!」
「…ダメですネギ先生。
 生半可な魔法では竜種の魔力障壁に弾かれてしまいます」

 ―――「魔力障壁」。
 それは魔法使いが術法として操る盾―――魔法障壁とは違い、
 魔法生物が自然と発散している魔力が防御壁として機能しているもの。
 いわば天然の魔法障壁。漏れ出ただけで楯となるほど、強固にして強大な竜の魔力。
 未熟なネギでは、この鎧を越える攻撃は繰り出せない……!

(…こ、このままじゃ本当に――…)

 ネギが額に汗を浮かべ始めたのと同時、
 茶々丸は自らの思考コンピュータが弾き出した予測演算に顔色を変える。

(―――次の火炎…ネギ先生とのどかさんの方向…直撃コース!?)


《GAAAAッ!》

「マズイ―――せん…」


『そこまでにしておけ、爬虫類』


《ッ!? Giaaaaaaaッ!!?》


「…え?」

 前触れもなく翼竜が―――四人を追うのをやめて停止する。
 それはまるで……何かに怯えるかのように。

「どうなってんのか知らねーがチャンスだ!兄貴、今のうちに!!」
「う、うん!」

 何が起きたのか解らないが、この好機を逃す手は無い。
 四人は急いで地上に向かって加速した。




 ・
 ・
 ・
 ・



 ………ネギ達が去った森に佇む、大樹の枝に見える人影。
 それは枝の上に立ち野太刀を構える少女と……西洋剣を握り枝に腰掛ける青年だった。

 あの時―――。




《GAAAAッ!》

『マズイ―――せん…』


 吐き出される赤い業火は、少年少女を冥府の淵へと燃え散らすには充分過ぎた。
 竜のあぎとが、地獄の火釜と繋がる瞬間。


『そこまでにしておけ、蜥蜴トカゲ


“―――投影トレース完了オン。”


 その剣は、かつて竜を殺した伝説。
 大気に満ちる明確な拒絶の意思。
 金の柄持つ銀の剣は…竜の存在を許さない――――!


“――――――『太陽剣グラム』………!!”


《ッ!? Giaaaaaaaッ!!?》


 それは竜の天敵たる魔剣。即ちかれらを滅ぼす刃。滅竜兵装・太陽剣。
 身体に突き刺さる死の気配に……翼竜はその場で震えることしかできなかった。




「………行きましたか」
「ああ。まったく世話の焼ける奴らだよ」

 そう毒づきながらも、彼―――士郎の口の端は上がっている。
 その様子を確かめて、少女……刹那は、構えた夕凪から手を放した。

「じゃ、帰るか」
「はい」

 士郎はグラムの投影を破棄して枝の上で立ち上がる。
 そうして何でもないように、腕を上げて体を伸ばした。

「…と、こんな朝早くから付き合わせて悪かったな、刹那」
「いえ、そんな」

 気にしていないと言う刹那だが、
 日の出前からこんな地底の探検に付き合うのは決して容易ではないだろう。
 ネギ達ほどではないが士郎と刹那も、
 ここに来るまで幾多の罠や苦難を薙ぎ払って来ているのだ。

「…………。」



『ねえ士郎、もうちょっと刹那さんに気を配ってもいいんじゃない?』
『幼馴染みだからって一緒にいるのが当たり前とか、そんな風に思ってないでしょうね?』



 ………自分はそんなに、刹那の扱いがぞんざいなのだろうか。
 最近明日菜から頂戴するお小言を思い出し、士郎はつい刹那に視線を送る。

「……あの、士郎さん?」

 そういえば、今朝も何度か欠伸を噛み殺していたような気がする。
 普段は凛として気を張っている彼女らしくない様子を省みれば、
 やはりこんな早朝に地下探検など付き合わせるべきではなかったのだろう。

 そんな見当違いな事を真剣に考えている士郎では、
 じっと見られて頬を染める幼馴染みに気づく筈もなかったのだ。

「…え、ええと…士郎さん…?そ、そんなに見つめられると…その…」
「よし、帰りはサービスだな」
「へっ?」

 素っ頓狂な声を上げる彼女を尻目に、士郎は刹那の背中と膝の裏に手を回して抱き上げる。
 それは横抱き―――俗称、お姫様抱っこと呼ばれるソレだった。

「えっ!?ひゃっ!?」

 羞恥に顔を真っ赤にして悲鳴を上げる彼女に構わず、
 士郎はそのまま瞬動で地上を目指して駆け出した。

 余談だが、最初は照れたり慌てたりで抵抗していた刹那は……途中から小さく縮こまって、
 赤い顔を俯かせながら大人しくなったという。

 ………それでもこの行為おひめさまだっこをした士郎にとっては、
 「帰りは楽をさせてやろう」程度の考えしか頭に無かったのだから……鈍いどころかデリカシーの無い男であった。





 ◇◇◇◇◇




 命からがら踵を返した一行は階段を上がりきり、
 ようやく図書館島の入口まで戻ってくることができた。

「ありがとうございました茶々丸さん。でもどうして助けてくれたんですか?」

 基本的に茶々丸は、命令通りにしか動かない。
 主であるエヴァや姉のチャチャゼロ、家族同然の士郎に関しては、自分から彼らのために行動する時もある。
 しかし今回のように、ネギを助ける理由はないはず……と、ネギ自身は思っていた。

「それは………あの、何ででしょう、私……」
「??」

「でも、あの竜を何とかできなきゃ先には進めないみたいだね」
「今の兄貴にゃ無理だなアリャ。なんてったってドラゴンだもんなー。
 ま、結局修行しろってこった」

「あ、あのー、せんせー……ゆえが………」
「はい?」

 のどかに呼ばれてそちらを振り向いたネギは、
 ……直後、口元を引き攣らせたて固まった。


「―――フ…フフ……。
 ちょっとデカイだけのトカゲが…よくも私の顔に大量のヨダレを………!!」

 気づけば夕映が、黒いオーラを揺らめかせながらぶつぶつと呟いている。
 ………ネギじぶんにどうにかして欲しいと語る、のどかの視線が痛かった。

「あ、あのー…夕映さん?」
「ネギ先生!!またあそこへ行くです!!
 いつかあのトカゲにギャフンと言わせるですよ!!」
「え。ハ、ハイ!!」

「いつか必ずリベンジするですーーーーーー!!」
「おおーーーっ!!」
「お、お〜〜〜」

 拳を空に突き上げる。
 夕映の勢いに乗せられて、三人は翼竜へのリベンジを固く誓ったのだった。

 ……こうしてネギは、肝心の父親の手がかりにはお預けを喰らったのである。





 ◇◇◇◇◇



 ―――後日、竜と遭遇した翌日の火曜日。
 大通りから少し外れた所にある喫茶店アルトリアには、いつも通り下校途中の生徒達の元気な声が届いていた。

 もう少しすれば、放課後の駄弁り場を求めて店内が賑わう頃合いだろう。
 店長にしてただ一人の店員である士郎も、
 赤いワイシャツに黒いエプロンを着ていつも通り食器を磨いている。

 ……しかし彼の表情は、とても浮かないものだった。



(………あの竜は、幼体だった)

 広大な地下空間の謎については予想のしようもない。だが。
 この麻帆良学園は……創設されて数百年の歴史はある筈だ。

(―――ならあの竜は、いったい何時から学園ここにいた?)

 開校以前、或いは当時から棲みついていたのなら、何百年も幼体でいることはあり得ない。

(……ただし)

 何も、竜があの一匹とは限らないのだ。
 学園地下の森で少数の集団コミューンを形成していて、あの幼竜以外に親である成竜がいるとすれば不自然な話ではない。
 それでも士郎は、ある考えが頭から離れなかった。


 …もし、あの森にいる竜があれ一匹だとしたら。
 ―――それはこの数十年以内に、誰かが持ち込んだという事になる。

 麻帆良は魔法使いにとっては魔力潤沢な聖地、関東魔法協会の本部だ。
 だが、だからといって、なぜ日本の一都市の学園に、極秘裏に竜を持ち込む必要があるのか?

 元々この学園には謎が多い。
 そんな学園の地下に広がる広大な空間の存在を知り、研究し、
 地図まで遺していた人物を想起せずにはいられない。

 ―――ナギ・スプリングフィールド。英雄『紅き翼アラルブラ』の一員、千の呪文の男サウザンドマスター


『二十年前の大戦を経て、「紅き翼」は全ての真実に辿り着いた……!』


 フェイトの言葉を思い出す。
 彼らは魔法世界が持つ真実と、訪れる滅亡の未来に気づいていたという。


(…あの竜は、おそらく扉の門番だ)


(―――あの扉の奥には、一体なにがある。
 サウザンドマスターは、学園の地下で何を見た――――?)


 ………洗った食器を、全て拭き終わる。
 外から聞こえる喧騒が増えてきたことを確かめて、士郎は厨房に足を向けた。


(………ネギには悪いが、あの扉。
 先に一度…調べてみた方がいいかもしれない―――)


 ―――カランコローン…。


 ハッとして、しかしそれを悟られぬよう振り返る。
 …放課後最初の来店者は、士郎が見知った顔だった。


「―――ああ、いらっしゃい愛衣ちゃん」

「は、はい。こんにちわ……」

 少しばかり緊張した面持ちで、佐倉愛衣は会釈した。





 ◇◇◇◇◇




 注文をして座った愛衣は、行儀よく背筋を伸ばして手を膝の上に乗せている。
 しかしその胸中は、いつも通り複雑なものだった。


(……うう、これで何回目なんだろう……)

 実は、彼女がこの店の常連客となったのには理由があった。


 ……約一年前、彼女がまだ中学一年生だった時分。
 魔法生徒の一人として、麻帆良学園に侵入しようとする召喚魔と戦っていた彼女は…不意を突かれてあわや大怪我という危機に陥った。
 それを身を呈して助けたのが―――士郎だったのだ。

 ※『過去話\、麻帆良編 そこは運命が始まる場所』のおまけ参照。

 その後、愛衣は一言お礼を言おうと喫茶店アルトリアを訪れる。
 しかし…事態は、彼女の思うようにはいかなかった。


 初来店時、愛衣はオドオド緊張してガチガチに畏まってしまっていた。
 しかし喫茶店店長にただお礼を言うだけでは失礼だろうと、彼女はスイーツを注文する。

 ―――結論を言うと、士郎の料理は美味しかった。

 一口含むと幸せな気分になり、口いっぱいに広がる絶妙な甘味に頬が緩む。
 そうなれば固い顔も、自然と緩むというものだ。
 そんな至福の一時を過ごして、彼女は上機嫌のまま店を後にした。


 ―――肝心のお礼を言っていなかったと愛衣が気づくのは、少し後の話。


 …以降、言い出しにくくなってお礼は未だに言えないまま。
 一言、一言お礼を言うためだけに何度もトライし続けて―――……。

 愛衣は、千雨にすら認められる立派な常連客となってしまったのだった。



 ……さくっ。ケーキを一口サイズに切り分ける。

 ――ぱくっ。それをフォークで口に運ぶ。

 ―――はむはむ、コクコク…。


 …しっとりと冷たいケーキが、どんな季節でも口の中に清涼感を与えてくれる。
 幾層にも重なったクレープ生地の控えめな甘さと、それに挟まれた生クリームのストレートな甘さが見事に調和し、
 二つの甘さがまるで…愛衣の舌の上で踊るようだ―――。


(……あ、このミルクレープ美味しい…♪)

(…ホントに美味しそうに食べるなぁ、この娘)


 愛衣は「お礼を言うため」という大義名分を免罪符に、
 今日も今日とて店を訪ねては士郎のスイーツを頬張るのだ!









<おまけ>
「せっちゃんのはやおき」

 ………ぱちり。

 女子寮の一室で、刹那はふと眼を覚ました。
 ごろりと体の向きを変えてベッドデスクの時計を見る―――まだ、午前五時にもなっていない。

(………随分と早く眼が覚めたな)

 寝ようと思えば、瞼を閉じるだけでもう一度夢の世界へ戻れるだろう。
 しかしそれを躊躇う程度には、刹那の頭は微妙な覚醒状態にあったと言えた。
 ……かといって、世界樹前広場の早朝トレーニングには早過ぎるし、それまでの時間潰しも思いつかない。

 結局、再び寝るしかないか―――そう、思った時だった。

(―――……? あれ、これって…)

 神鳴流―――退魔師としての魔力感知か、もしくは剣士としての気配感知か。
 ……はたまた恋する乙女のセンサーか。
 刹那の第六感に、非常によく知る人物のそれが引っかかった。


(…え、し―――士郎さん!!?)


 刹那は掛け布団を払いのけてがばっと半身を起こす。
 目覚めはしたが冷静ではない頭で必死に周囲の気配を探る。

(………間違いない、士郎さんだ。
 でも、こんな朝早くから女子寮前に来ているなんて……?)

 いったい何があったのか。いや、何かあったに違いない。
 そう結論付けた刹那は慌ててベッドから起き上がると制服に手をかけた。

 …と、そこで隣のベッドに眠るルームメイト―――真名の存在を思い出し、
 音を立てないよう努めて準備を続ける。

 洗面台で顔を洗い、鏡を確認しながら、
 肩まで伸びた髪を左側頭部でサイドポニーに纏めてゴムで結わえる。

(……よしっ。)

 心持ち、仕上がりは「ばっちり」といった所か。
 刹那は身支度を整えると、愛刀「夕凪」を忘れず手にしてドアに手を掛け―――

真名
「デートだからってあまり張り切り過ぎるなよ、刹那」
刹那
「ひゃうっっっ!!?////」

 後ろからの不意打ちな台詞に、びくぅっ!と肩を震わせて奇声をあげる。
 刹那が後ろを振り向くと、少し髪が乱れた真名が体をベッドから起こしていた。

刹那
「った、ったたたた龍宮ぁっ!?」
真名
「くく…ほらほら、早くしないとさっさと何処かへ行ってしまうぞ、あの人は」
刹那
「〜〜〜〜っ!!」

 刹那は真っ赤な顔をして恨みがましく真名を睨む。
 しかし悲しいかな、うっすらと涙目になった赤面では威圧というものが皆無であった。
 ………別の意味での破壊力なら、抜群だったが。

刹那
「……い、行ってくるっ!!」
真名
「ああ、行ってこい」

 少し乱暴気味にドアが閉じた後も、真名は意地の悪い笑みを消さなかった。

 ……本音を言えば、彼女も士郎の動向や事情が気にならないではない。
 しかし。

(……どうせ近衛やネギ先生絡みだろう)

真名
「厄介事は御免だよ」

 楽しげに呟くと、真名は再び布団をかぶって眠りに就いた。

 こうして刹那は、木乃香に連絡を受けた士郎と共に、
 ネギ達を追って学園地下へ向かう事になる。



〜補足・解説〜

>いつの間にか手を握られていた
 自然な動作だったので気づかれなかった。
 こんなだからナチュラルジゴロとか言われるんだよ……。

>薄いピンク色をしていた
 …だ、だって、ネギま!なら絶対こういう場面でパンチラするでしょ!?(逆ギレ)

>食人花イベント
 冒険的なエピソードを増やして補強したいなと思いまして。
 え、触手は出ないのかって?
 そんな薄い本みたいなことあるワケ……原作の魔法世界編?千雨の受難?
 知らんな(・ω・)

>いのちをだいじに
 某人気RPGの作戦コマンドの一つらしい。
 このゲームやったことないから知らんけど、命は大事だよね。
 人の命の尊さを知らぬ悲しみ、解き放て!ガ●ダム!!(なんか混ざってる

投影トレース完了オン
 誤字に非ず。原作でも使用されています。

>太陽剣グラム
 公式での表記はカタカナのみで「グラム」、もしくは「魔剣・太陽剣」。
 …グラムの竜殺しは有名ですが、なんで「太陽剣」なんでしょうね。
 北欧神話とかシグルズとか詳しくないので知らないです。

>気づく筈もなかったのだ。
 ………気を配れと…言われただろうに――――!!

明日菜「衛宮士郎への制裁決議を可決します」
エヴァ「異議なし」
木乃香「異議なーし」
ネカネ「ごめんなさい士郎君…これは庇いようがないわ…」
士郎「なんでさ―――!?」
刹那「え、ええと…」
真名「まさかここまでとは…」
フィン「フ、私は知っていたぞ!(どやっ)」

>お姫様抱っこ
 お姫様抱っこという名称は俗語で、正確には「横抱き」(の一種)なんだとか。
 そして長距離を運ぶのには適さない運搬法らしい。不安定だとか、疲れるとか。
 でもウチの士郎は鍛えてるから大丈夫!某神父もできたんだから可能さ!(笑)

>鈍いどころかデリカシーの無い男
 但しこれは、気心の知れた幼馴染みの刹那が相手だからなんですよ。
 ………良くも悪くも。
 一般の女性に対して、いきなりお姫様抱っこなんて暴挙(笑)は致しませんw

>こんにちわ
 「こんにちは」の誤字ではない。仕様である。

>スイーツ
 本音を言えば「デザート」と言いたい。
 でもお菓子とか甘味という意味ではスイーツが正しいと解っている。
 でも……何か気に食わない語感をしてるんですよねぇ、スイーツって。

>はむはむ、コクコク。
 愛衣ちゃんは小動物系か子犬系だと思うんだ。
 うん、それだけ。

>免罪符
 免罪符が持つ本当の効能は、「この符を持っていると、生前に犯した罪が死後に許されて地獄行きにならない」というもの。
 要は天国行きを約束するチケットで、生きてるうちは普通に法律等で罰せられるものなのです。
 慣用句としては、罪に問われなくなる理由、言い訳、大義名分などのような意味で使われます。

>スイーツを頬張るのだ!
 ようやく日常編らしいほのぼのテイストで話を締められたかな、と安堵しております。
 第三章の副題は「束の間の日常編」なんでww

>愛衣
 もしかして前回と今回って愛衣編だったんじゃねえかなと思い始めてるオレがいる。
 むしろ裏テーマ?
 麻帆良における士郎の存在感増強のため、他キャラとの絡みを書こうと思っただけなんですが……こんな結果になるとわー(汗

>ミルクレープ
 最後はコイツの味の描写に流れを持ってかれた気がするww
 あとミルクレープってどこがどう美味いのかぶっちゃけ分からんwww

>別の意味での破壊力なら抜群
 無論、せっちゃんが可愛いという意味である。
 最近の俺、補足で刹那を推し過ぎかな…そろそろ自重すべきでしょうか?



 次回、「ネギま!―剣製の凱歌―」
 第36話 喧嘩するほど仲が良い(仮)


 それでは次回!

■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
>人の命の尊さを知らぬ悲しみ、解き放て!ガ●ダム!!(なんか混ざってる
 勇者王ガオガイガーFINALのOP歌詞と、機動戦士ガンダムSEEDの次回予告を混ぜたものです。

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