1997年 初夏 九州防人基地
桜花作戦開始を翌日に控え、基地には日本帝国所属の日本帝国大陸派兵部隊第十三戦術機甲大隊が待機していた。
彼らの愛機である撃震参型は、すでに陸上輸送艦「疾走」に詰め込まれて、最後の微調整をおこなっている。
なお、疾走にはちょっとした整備機能もあり、整備兵も一緒に搭乗することになっている。その積載量は破格で戦術機を36機つまり大隊規模を詰め込みながらも、地上2メートルをホバーし、時速500Km/hで飛び回る。
これが実戦投入されれば、大陸の戦線に対する一大革命になることは想像に難くない。だがそれだけの能力を秘めるが故に、動力が必要とする燃料の消費量もハンパではなく今回の作戦で使用される疾走においても単独での稼働時間はわずか20分。
こんなものをどうすれば使えるようにするか、というのは、その疾走から大きく伸びる牽引ケーブルと動力伝達用ケーブルに秘密があった。
そのケーブルの先には、超弩級万能型機動要塞「雷雲」がどっしりと基地に着陸して構えている。
戦術機を16機搭載可能な上に各種武装は一撃で戦術機を破壊できるだけの威力を持つ物ばかり。AL4計画が生み出した化け物、それがこの雷雲である。
そして今回日本帝国から送り出される部隊は、この2隻のみ。
米国、ソ連が独自に支援活動を行うことが知らされているが、それは桜花作戦の直接のサポートと言うよりは、自らの国の利益を優先させるためにアトリエと呼ばれる、G元素の製造設備を確保するために派遣される部隊であるというのが、帝国軍の参謀本部の見方だ。
現に、米国とソ連からは桜花作戦の開始日時などの問い合わせは来ていても、詳細な情報の問い合わせはお飾り程度しか来ていない。
というよりは、アトリエのへの侵入マップ情報を渡した瞬間、問い合わせがなくなったのだからわかりやすいと言えば非常にわかりやすい。
まあ、日本帝国というよりは、裏の総合指揮者である香月夕呼に言わせれば、その方が都合がいい、ということだろうが。
桜花作戦開始の式典はしめやかに行われた。
作戦開始の12時間前には、本作戦に参加するものは全てこの基地を後にするからである。
九州防人基地には、首相をはじめ、軍のトップや国連の事務補佐官なども姿を現し、作戦開始の激励を行っている。
その様子を彼ら、マブレンジャー年少組は雷雲の特別ミーティングスペースで見ていた。
「あ、お父さん」
と呟いたのは、マブレンジャー年少組の常識派、マブレッドこと榊千鶴である。確かに画面には彼女の父である榊是親が映し出されている。
榊内閣の総理大臣として辣腕を振るっている。世論の情報操作などは完璧で高い支持率を誇る。
「壬姫のパパもいますよ」
と指さすのは、マブレンジャー全体のマスコットキャラ的存在、マブピンクこと珠瀬壬姫である。画面の端っこにではあるが珠瀬玄丞斎。非常に髭の形が特徴的な人物である。
「お父さんもいる?」
「いや、いる?じゃなくて、実際にいるだろう」
なぜか疑問系で、画面に映った自分の父である彩峰萩閣を指さす、マブレンジャーで随一の不思議キャラ、マブブラックこと彩峰慧に、貴重な突っ込み要員であるマブシルバーこと白銀武が突っ込む。
「あ、姉上…」
自分そっくりの姿が映し出されて、つい口から言葉が漏れだしたのは、マブレンジャー年少組の堅物こと御剣冥夜である。武家代表として挨拶を述べる煌武院悠陽の姿が画面に映し出されているのを、まぶしそうに見つめている。
政治的な駆け引きの上、次代の将軍候補第一位となった煌武院悠陽がこの人類史上に輝く作戦の式典に参加するのは当然と言えば当然のことであった。
だがそれ故に、この作戦が失敗した場合のダメージは無視できないものがある。それでもなお彼女がこの式典に参加したのは、この作戦に自らの半身が参加することを知っているからだ。
「みんないいなー。知り合いが有名人で、ねえ、晴子ちゃん、美琴ちゃん?」
「うーん、私は普通の家庭だからね。確かにちょっと憧れるけど、それだけかな?普通が一番だよ」
なにやらうらやましそうに画面に家族が映し出されていく他の隊員を見つめていたのは、アホ毛が特徴のマブレンジャーのムードメーカー、マブパープルこと鑑純夏。
ちなみに、噂であるが彼女の本体はアホ毛であるとまことしやかに囁かれている。噂をながしているのはいうまでもなく、紳士という名の変態である。
それに言葉を返したのは、個性豊かすぎるマブレンジャー年少組をまとめる数少ない常識的調整能力を誇るマブサニーこと、柏木晴子である。
「ボクも別にいいかなー、ってあれ?なんかちらっとお父さんが見えたような?」
軽く応じるボクッ子は、情報省勤務のエージェントを父親に持つ、マブグリーンこと鎧衣美琴だ。ちなみに本人は父親の勤務先を貿易会社と言われており、それをそのまま信じている。
ちなみにマブレンジャー年少組であるこの8名は、表向きはこの作戦に参加していることを秘匿されている。なぜなら彼女達は、表向きはまだ衛士訓練学校の1回生であり、地球の命運をかけた作戦に参加させるにはどう考えても早すぎるからだ。
しかし現実問題として彼女達がこの場に居ると言うことは、厳然たる一つの事実を言い表している。
つまり、現在存在するAL4直属のA01の衛士たちと比べても、この8名のほうが優秀であると言うことだ。
普通の人間がこれを聞いたら腰を抜かすだろうが、事実だから仕方がない。
例えば武であるが、彼は機動兵器の操縦適正がずば抜けており、撃震弐型でA01の先任が駆る不知火改修型一個中隊を手玉に取るほどの腕前である。
残りの7人も武には一歩譲るが、A01部隊の一個小隊を相手に完勝を納めるほどの腕前である。まあ、みちる、水月、遙が相手となると一対一でも機体の性能差で負けてしまうのだが。
逆に言えば、A01のトップ3である彼女らをしてしか、この8名を止めることは出来ないのだ。
そして今回の作戦に投入される迅雷の数は11機、そして特別に編入された撃震ALで一個中隊を形成する。
この作戦に参加する者の中で、この12機編成の1個中隊が世界を相手にすら戦える部隊であることを認識しているのは、まりも、みちる、夕呼、そして隆也の4名だけであろう。
小塚三郎少佐もうすうすは気づいているが、まさかそこまでとは到底想像が至らない。まあ、普通はそうである。
ちなみに、雷雲とセットでこの一個中隊を運用すれば、地球上の軍事力全てを敵に回しても負けることはない。
G弾ですら、雷雲の重力偏差機関で無効化できるのだ。核もラザフォード場の前には無効化される。
そんな圧倒的戦力が参加するのだ。もはやBETAは風前の灯火と言ってもいいだろう。
1997年 初夏 九州防人基地(雷雲管制ユニット)
「システムに問題は無い、予定通りの発進が可能だ」
「そう、ところでアンタ、アタシになんか隠し事してない?」
「はて、なんのことやら?」
「AL因果律」
「ふーん、そこまで掴んだか、さすが、と言うべきか?」
「むしろ、当然というところね」
「ふむ、で、詳しくを聞きたいと?」
「当然でしょ、アタシに秘密なんて出来ると思ってるの?」
夕呼の目がすっと細められる。極東の魔女とさえ言われる彼女の権謀術数を前に、果たして隆也は抗えるのか?
「それが言えないんだな、これが。わりいな」
軽かった。完膚無きまでに軽かった。相手は仮にも小国の首相に匹敵するほどの権限を持つとさえ言われる、AL計画の実行責任者だ。
それに対して、この男、立花隆也はトコトンまで軽かった。
「時空因果律量子理論、それが分かっているゆうこりんなら、その謎もいずれとけるだろうよ」
「アタシは今知りたいのよ。アンタが何を企んでいるのか知らないけど、最近の道化ッぷりは見てていっそ憐れよ!」
いってから、はっ、と自分が感情的になったことを気づいた夕呼は、それを恥じるように口を閉ざした。
「ふむ、女性に心配をかけるとは、紳士としては三流だな。悪いな、ゆうこりん」
「だ、だれも心配なんかしてないわよ」
「ツンデレ乙!」
「殺すわよ!」
「サーセン」
いつもの雰囲気に戻る2人。だが、わだかまりは確実に残っている。
「介入がある」
「どういうこと?」
ぼつり、と呟いた隆也の言葉に、敏感に反応する夕呼。
「これまで散々好き勝手やった反動か、それともここがターニングポイントなのか、とにかく因果律の反動、修正、そのための介入が今回の作戦で予想される」
「もしかしてアンタ、因果律をゆがめようとしていたの!?」
夕呼の顔に驚愕が宿る。因果律をゆがめる、言葉にすれば簡単だが、その内実は死者を蘇らせる等と言った、絶対にやってはいけない禁忌を犯すことに等しい。
それは神をも恐れぬ蛮行、決して許されない所行。
だが、故に夕呼は理解した。彼の抱える秘密を。孤独を、苦悩を。
「隆也、アンタ…」
「か、勘違いしないでよね、別にアンタのためにやっているわけじゃないんだからね!」
「相変わらずバカね。でも、アンタはそれでいいの?」
「いいもなにも、好きでやっていることだ。やりたいからやっているんだよ。それ以上に何か必要か?」
おちゃらけたいつもの表情、いつもの雰囲気。そんな隆也の姿から、決して譲れない覚悟を感じ取った夕呼はその矛先を納めた。
「まあいいわ、全てが終わったら詳しく聞かせてもらうからね」
「ベットの上で?」
「今回の働き次第で考えてあげるわよ」
「え?マジで!?やっふー!」
1人でテンションを上げている隆也を横目に、夕呼は1人ため息をついていた。
AL因果律、これは超時空量子電導脳のメンテナンスを行っている際に、偶然目にした単語だ。
これは明らかに隆也のちょんぼだが、どうやらAL因果律に関する考察をデータとして保存していた事があったようだ。
とはいえ、書かれているのはAL因果律、についての考察でもなんでもなく、AL因果律の強制あるいは排除、といったメモのような物だった。
普通の人間ならそんな物は軽く流す。だが、それを見つけたのは他でもない天才、香月夕呼だ。
明らかに秘密を抱えている立花隆也という男、そしてその男が意味のない言葉を残すはずがない。
だがどこをどう捻っても、AL因果律などという概念は出てこない。
完全に行き詰まった夕呼は直接本人に問い合わせてみたのだが、今回見たように軽く流されて終わってしまった。
だがこれで確信が持てた。
彼が持つ異常な能力、これは彼が自らの意志でつかみ取った物だ。決して天からもたらされたギフトではない。
彼には目的があり、そのための力が必要であり、その結果として今の状況があるのだ。
どれほどの孤独が彼にあったのだろう。どれほどの苦痛を乗り越えてきたのだろう。どれほどの覚悟を抱いてきたのだろう。
その秘密を喋ってもらえない、そのことが実は夕呼の心に痛みをもたらしているのは、本人でさえ気づいていない。
桜花作戦開始まであと24時間。
雷雲が防人基地を出発する12時間前であった。