1997年 初夏 中国大陸
「あーるはれたー」
ずいぶんと暗い歌を口ずさみながら、AL4計画の超弩級万能型機動要塞「雷雲」を操る立花隆也。
牽引しているのは、日本帝国の陸上輸送艦「疾走」だ。
「なんかその歌、洒落になっていないから、止めておきなさいよ」
「え?そう?」
雷雲のコントロールルームで作戦指示書を読んでいたまりもの言葉に、隆也が驚いたような反応を返す。
自分的には、この場にしっくりと来る音楽と信じていたのだ。まあ、往々にしてこの男の感性は常人とことなることが多いので今更ではあるが。
「それって、荷馬車に積んでいる子牛を市場に送る歌でしょ?」
「そうそう。でもな、それは見解の相違という物だよ」
「見解の相違?」
「そう、市場と言っても、市場で売られた子牛達が不幸になるとは限らないだろう?」
「まあ、そうだけどね」
一理ある、とばかりに首を縦に振る。
「まあ、変態に買い取られて、ファックされる子牛もいるわけだが」
「確定事項なの!?」
「可能性の話だよ、まりもくん」
「ドンだけ少ない可能性なのよ…」
あきれた目で見つめるまりも。ちなみにここ、コントロールルームは基本戦術機の管制ユニットを元に作られているのでそれほど広くはない。
とはいえ、撃震UL用に改造されているためその内部の広さは、大人2人程度であればそれほど窮屈さは感じない。
要塞の名を冠するように、雷雲には搭載戦術機の搭乗者、および駐在整備員などのためのミーティングルームや、ちょっとしたリラックススペースを内部に持っている。
そこに行かずに、わざわざこの狭いコントロールルームにまりもが隆也と引きこもっているのはなぜなのか?
「それにしてもどうしたんだ、まりもん?なるべくおれと一緒にいたいだなんて?」
「夕呼がね、珍しく真面目な顔をして、隆也くんの行動に気をつけておきなさい、っていうのよ」
その台詞に、隆也があちゃー、といった顔をした。
あの天才に情報を与えすぎたかも知れない、と今になって気がついたのだ。
相変わらずのうっかり者である。
「私の勘もそう言っているのよ…」
囁くように言の葉を綴るまりも。
その顔には憂いが満ちている。
「この戦い、隆也くん、あたなになにかが起きるって。ねえ、心当たりがあるんでしょ、だったら!」
「まあまあ、まりもん、そう慌てなさんな。確かに心当たりはあるが、大したことはない。そのためにマブレンジャーを勢揃いさせたんだぞ?今の実力なら、まりもんとマブレンジャー年長組だけでもオーバーキルのところを、年少組まで組み入れたんだ。いわば万全の体制を整えたんだ。何者のおれたちの前に立ちふさがる者はいないってばよ」
「え?でもたしか、マブヘタレの孝之君は同伴していないわよね?」
「え?」
「え?ほら、『歴史介入の章その38』で、ここ読んでみて」
「ふむふむ…をい、作者、ここナチュラルにヘタレのことがスルーされているぞ」
え?ちょっとまってくださいね。えーと、あ、本当だ。
みなさん、惑わされないでください。これは孔明の罠です。マブヘタレはきちんと今回の作戦に参加しています。
従って、マブレンジャー達12機の一個中隊+まりもちゃんの撃震ALの変則中隊編成です。
「というわけで、ヘタレは普通にアクアとエターナルの3人でまったりしているぞ、ほれ」
隆也が呼び出すと空中に三次元立体型ディスプレイが浮かび上がり、3人の様子を映し出している。
空中に三次元立体型ディスプレイを浮かび上がらせるこの技術、柊町では普通に見られる技術である。恐ろしいことに、柊町の市民はなんの疑問もなくこの技術に触れているのだ。
そのため、柊町の住人が町外にでると、大抵その技術のレトロさ加減に感動を覚えるという。
「あ、本当ね。…あれ、私今なにいってたんだろう?」
「ああ、メタな発言した代償だな。記憶の一時的な障害だろう、気にするな」
「記憶の障害って、気になるわよ」
「まあまあ、そこを気にしないのがいい女の条件だよ、まりもん」
ちなみに隆也が影響を受けないのは、「因果律への反逆」をもっているためであったりする。
メタ的な言動がたまに目立つのもそれの影響であったりもする。
「そんな言葉じゃ誤魔化されないわよ、何を隠しているの?」
「うーん、いつになく追求が厳しいな、まりもんよ。なにをそんなに焦っている?」
「分からないの、でも胸騒ぎがするの、このままじゃまずいって」
まりもの必死の訴えに、さすがの隆也も真面目な顔になる。
「今回の目玉である重頭脳級、あ、こいつはあ号標的のBETA分類上の呼び名なんだけどな、こいつを倒すことによって、とある事象に深刻なダメージを与えることが出来る」
「とある事象?」
「そう、この辺りは時空因果律量子理論をかじっていないと理解するのが難しいんで省くが、こいつを起こすことによってどんな影響がこの世界に起きるか、まるで予測がつかないんだ」
「予測って、BETAへ重大なダメージを与えた事による各国の動きとかについてのこと?」
「いいや、さっき言っただろう。事象だ。そんなわかりやすいものについての影響なんて、わざわざ考慮する必要なんて無い。どの国にも草は放ってあるから、各国の動向なんてそれこそわかりやすすぎる位だ」
「それじゃ、事象って言うのは?」
「運命、というのともまたちょっと違うな。まあ、詳しくは省くが、本来あるべき因果律が乱れ、それにより本来あるべき姿から大きくずれるばかりか、さらに悪い因果に囚われる可能性があるってことだ」
「よく分からないんだけど」
「だろうな。ま、そんなわけで、柄にもなくびびっているっていうのが正直なところだ。それがまりもんの、胸騒ぎに影響しているのかもしれんな」
「んー、なんなそう言うのとは違うんだけど」
納得いかん、という顔で隆也を見つめるまりも。それを苦笑で流すと、そのまままりもの唇を奪う隆也。
「んんっ、もうっ、そうやっていつも誤魔化すんだから」
ちなみに臨戦態勢での待機ということで、まりもは衛士強化装備、隆也はパイロットスーツ姿だ。
「いやいや、愛する相手といつでもつながっていたいと思うのは自然な事だと思うぞ?」
「もう、隆也くんのエッチ」
日本の基地を離れて4時間、作戦空域到達まであと8時間のできごとであった。
1997年 初夏 中国大陸
「ふふふ、誰も気づいていないみたいね。私だけのけものなんて、ゆるさないんだから」
雷雲の貨物スペース、そこに1人の少女の影があった。マブマダーこと涼宮茜、マブレンジャーに入ることが許されない、悲劇のヒロイン(自称)である。
ちなみにマブマダーはマブデカの一員であり、他に候補として、宗像美冴、風間梼子がいるが、今のところスカウトされているのはこの1名だけである。
彼女の場合は、気の運用を身につけていないため、身体能力は人類の範疇に入るが、戦術機の操作能力や各種戦闘術の能力は、一般兵士を遥かに凌駕する。
そんな彼女がこの雷雲に入り込むのは意外と簡単だったりする。某蛇の名を冠する伝説の諜報員なみに出来るやつだからだ。
「というわけで、待っててね孝之さん、今日こそお姉ちゃんと水月さんの魔の手から救い出してあげる!」
なにやら彼女の中では、常日頃おもちゃにされている孝之が悲劇のヒロイン的ポジションにあるらしい。
そして手にはなにやら一冊の日記帳らしきものが握られている。
そこに書かれている内容を、水月親衛隊と遙親衛隊に見られたら、ヘタレの命は風前の灯火となることだろう。
書かれている内容とは、すなわち、
「今日、水月と話し合った結果、桜花作戦の開始前に水月と2人一緒に、孝之君に結ばれることに決めました。だってこのままじゃ、いつまでも発展が見られないし、何よりも孝之君が誰かに取られちゃいそうで。特にあの日の会場にいた緑色の髪のメガネのあの子。危険な匂いがした。だからもう、我慢なんかしない。それに、水月と一緒なら仲良くできる気がするもん。それに師匠だって、神宮司師匠と、香月司令と一緒に付き合ってるし」
である。
これを見つけた、というか姉の日記を勝手に見る妹というのもどうかと思うが、茜の胸中は複雑なものがあった。
自慢の姉、憧れの先輩、その2人が幸せになろうとしている。ならばそれを祝福するのが、妹の義務ではないか?
だが、そこに悪魔が囁く、
「へいゆー、3Pも4Pも変わらないぜ、ゆーも欲望の赴くままやっちゃいないなよー!」
それが、超小型のモスキート型機械であり、スピーカーから漏れ出した声はとある紳士の声であったことは彼女は知らない。
しかして、その声に背中を押された1人の少女、いや淑女は決然と立ち上がった。
のちにヘタレが、姉妹丼+αを制した勇者と呼ばれるようになる事変が起きるのに、実にあと数十分の時が必要であった。
1997年 初夏 柊町
「ふふふ、破廉恥ですね、鳴海先輩。女の子と3人と一緒なんて…」
暗い部屋の中、ディスプレイだけがぼうっと光を放っている。
そこに照らし出されるのは可愛らしいカエルの髪留め。
彼女と紳士との出会いは実はかなり前に遡る。
それは彼女持つ「マブラヴALちょい役キャラクタ(ある意味ファンサービス)」という特性が故だった。
そこに目をつけられ、そして彼女の中に眠る狂気に目をつけた紳士は、彼女のバックアップを密かに請け負った。
それが将来にどんな禍根を残すのか、それすらも紳士にとってはどうでも良いことだった。なぜなら、紳士にとって大切なのは女性、淑女の幸せ。
男がどんな目に遭おうが、淑女たちが幸せになればそれでいいのだ。
「お仕置きですね、鳴海先輩…」
手に握られているのは、「R・T先端紳士技術研究所(ロリじゃないよ紳士だよ)」で作られた、気力を無効化する特殊なブレスレット。
これをつけられている間は、例え強力な気力を持っていようが、それを封じられてしまう。つまり、ただの一般人へとかわるのだ。
ちなみに欠点としては、ある程度の気力を持つ人間に対しては、許容量を超えてしまい壊れてしまうことだ。
今のところ、まりも、紳士に関しては意味のない物となっている。
だが、それも未熟なマブヘタレが相手となれば話は違ってくる。つまり、拉致監禁も可能になってしまうのだ。
とはいえ、そうなると、当然黙っていないのが、水月、遙、茜の3人娘だ。
だが、それについては妥協案を考えてある。
すでに3人を相手にしているヘタレである。自分が増えたところで、この3名は寛大に許す可能性がある。
自分がこれまでずっと孝之を見てきたことなどを切々と訴えれば、情にもろい彼女達はおそらく孝之のハーレムに自分を入れてくれることだろう。
その隙に孝之にお仕置きをする。今まで心の中で暖めてきたお仕置きをこれでもかと言うほどする。
きっとそれは甘美な一時だろう。
「ああ、鳴海先輩、お仕置き、受けてくれますよね?」
歪んでいようとなんであろうと、紳士は淑女を応援する。
その先に、男の不幸が待っていようがどうであろうが…