1997年 初夏 カシュガルハイヴ内部
「ひゃっはー!相変わらずハイヴ内は地獄だぜ!」
毎度のことながらヒャッハーしているのは、言うまでもなく変態紳士こと立花隆也その人である。
彼の前にはこれからスクラップに変えられる憐れな獲物がうぞうぞと蠢いている。
『相変わらずって、お前ハイヴ内戦闘の経験なんてないだろう?』
と、調子に乗ってオープンチャンネルで吼えていたのが仇になったようで、第十三戦術機甲大隊の小塚次郎中佐から突っ込みが入る。
「い、いや、あのですね、そう、シミュレーターで何度も経験している、という意味でですね」
『ふーん、まあ、そういうことにしておくか』
思い切りきょどっている隆也を軽く流しながら、偽装縦穴から出てくるBETAを冷静に狩っていく。流れるようなその動作は歴戦の戦士ならではだ。
通路では雷雲がラザフォードフィールドを通路一杯に広げて相手を押しつぶすという荒技が繰り広げられるため後続の戦術機部隊に出番は無いかと思われたのだが、偽装縦穴、および偽装横穴の中までは手が回らないため、そこから現れるBETA共を相手取る必要があるのだ。
当然、ハイヴ内のマップは先のリヨンハイヴ攻略戦の折にAL4計画の成果により丸裸にされており、どこからBETAが湧いて出てくるかについても全て把握されている。
レーザー属種の脅威に晒されつつ、いつ地下侵攻が起こるか分からない地上戦と比べて、むしろハイヴ内戦闘のほうが楽、というなんとも珍妙な逆転現象が起きていた。
『もう、いつものノリで喋りたいなら、AL4計画用の専用チャンネルで喋っておけばいいのに』
と冷静な突っ込みは神宮司まりも大尉だ。
彼女を始めとするAL4直属の部隊は、隆也がなにをやったところで全てスルーする、超スルースキルを身につけている。
一部の人間は、よく隆也はがストレス発散にオリジナルハイヴにかち込みを掛けていることすら承知している。
さらに言うなら、白銀武と鳴海孝之については、隆也・ザ・ブートキャンプとかいう名目で何度かオリジナルハイヴ内での戦闘を行っていたりもする。
「いやー、でもこのオープンチャンネルで叫ぶ快感がまた」
面倒を見きれない、といったため息がまりもの口から漏れる。
『それでぼろを出していたら世話はないでしょ。戦闘中の記録はあとで帝国軍のほうでも見るんだから、あんまり迂闊なことは言わないの』
駄目な息子を叱るような気持ちになりながら、まりもが説教をする。
「あい、了解」
渋々了解の返事をする隆也。この男に言うことを聞かせることが出来る人間というのは、実はかなり貴重であったりする。
そんな地獄の戦場であるはずのハイヴ内戦闘らしからぬいたってまったりとした会話をしながら、その実熾烈な戦闘は続いている。
もっとも雷雲は先ほど言ったように、掘削機のようにBETAをゴリゴリと押しつぶし、戦術機部隊は散発的に偽装穴から湧いて出るBETAを相手に戦闘を繰り広げている。
さらに地上の激戦と比べると進撃速度も落ち着いているため、非常に楽なものではあるのだが。
そして予定通りの時間に、彼らは地下の反応炉へと続く広大な広間へと到達したのだった。
1997年 初夏 カシュガルハイヴ内部(軌道降下部隊)
最精鋭の米国軍、ソ連軍の彼らをしても、ハイヴ内での戦闘は熾烈を極めた。
無尽蔵にわき出るBETA、壁を覆い尽くすBETA、頭上から降ってくるBETA、BETA、BETA、まさにここはBETAにより作り出された地獄だった。
そんな中を最小限の迎撃で、目標地点を目指す米軍とソ連軍。
彼らは神宮司まりもが唱え、そしてその有用性がポパールハイヴ、およびリヨンハイヴ攻略戦にて正式証明された、機動力による最終到達拠点への最速到達、およびその運用における戦術機の三次元立体機動理論に乗っ取り、最小限の火力攻勢での敵拠点への侵入を計っているのだ。
だが当然、彼らを持ってしてもオリジナルハイヴの圧倒的BETAの物量、その圧力の前に一機、また一機と犠牲が増えていく。
せめてもの救いは、彼らがS11を起動している事くらいだろうか。生きてBETAに喰われる悲惨さを思えば、まだましな死に方だっただろう。
だがその犠牲は決して無駄にはなっていない。彼らのおかげで少しでもBETAの圧力を和らげることができ、また貴重な時間を稼ぐことが出来たのだから。
最速での前進を行う米軍とソ連軍。二つの国はルートこそ違えど、目的とする場所、すなわちアトリエの位置は同じだ。
必然的に部隊が集結すると共に、米国、ソ連と部隊が入り交じる、端から見たら混成部隊とみられてもおかしくない様相を呈してくる。
だが不思議なことに、二つの国はまるで元から同じ一つの部隊であったかのように、効率的に動きBETAを屠っていく。
お互いが一級品の衛士同士だったこともあるのだろうが、それは恐ろしく練度の高い共同作戦訓練を受けた部隊と同等の動きをしていた。
米国軍の軌道降下部隊の隊長は、ソ連がここまで協力的な連携を取ってくるとは思っておらず、少々衝撃を受けていた。
あの自国が一番、他国は有象無象の輩共、とか思っていそうな、高飛車なソ連がそのような共闘をやってのけるとは、実に衝撃的な出来事だった。
対して、ソ連軍の軌道降下部隊の隊長は、内心忸怩たるものを抱えていた。
如何に本作戦の担当将校であるバザロフの命令とはいえ、あの米国軍と共同戦線を張ることになろうとは。
もともとの命令は、そのような事態になった場合、極力協力し合い行動すること、だったがまさか両軍が入り交じり同じ目的地へと向かうことになるとは思っても見なかった。
だが、そんな彼の思いとは別に、同じ一流同士が組んで同一の目標に向けて邁進する充足感が心にわき上がってきていた。
如何にソ連軍が広いとは言え、これほどの腕を持つ者は少ない。ましてや、極東の小娘が提唱した新しい戦術機の運用を完全に物にしているものはかなり限られている。
というのも、ソ連は独自にハイヴ攻略用の機動戦術を構築していたために、なかなか他国の、しかも天才とは言われているが一介の一衛士が提唱した戦術機の運用理論はなかなか受け入れられなかったのだ。
そんな中、一部の柔軟な思考を持ち、かつその機動戦術の有用性を見いだした者は、その戦術機動を物にすべく一心にその取得に取り組んだ。
今回の部隊にいるのはそんな連中が殆どだ。つまり、良い物は良い、といいそれを受け入れるだけの度量を備え持つ者ばかりなのだ。
そう考えれば、この二つの国の戦術機部隊が互いに共闘するという希有な光景を見ることが出来るのも納得だ。
かくして二つの国の衛士たちは、共同して目的の地へと向かっていく。
1997年 初夏 国連軍横浜柊町基地
「博士、超時空振動計に、微細な振動波を検知しました」
イリーナ・ピアテフ、ポーランド出身の優秀な技術者であり、夕呼の秘書的な立場にいる女性から、香月夕呼に報告がもたらされる。
「そう、それで場所は特定できる?」
「それが…おそらくカシュガルハイヴ、オリジナルハイヴ周辺と言うことしか」
「そう、やはりね。隆也、あんたの読みは正しいかもしれないわね」
呟く夕呼の表情には、いつもの人を食ったような余裕は感じられない。
「博士…」
か細い声で夕呼を呼ぶ声に、彼女ははっと振り返る。
そこには頭からうさ耳をはやした少女が。まだ幼いためこの場に、すなわちAL4計画の司令室でもある横浜基地の司令室には非常に似つかわしくないように見える。
「社、大丈夫よ。まだ、最悪には至っていない。可能性があると言うだけよ」
言いながら手元になるコンソールをたたき出す。
そんな夕呼達のやり取りを、不思議そうに見つめるのは、パウル・ラダビノット横浜基地司令である。
「香月博士、今のところ雷雲を始めとした各部隊は問題なく侵攻しているようだが、何かあったのかね?」
「司令、心配には及びませんわ。ただ、少しだけやっかいなことになるかも知れない、それだけですわ」
「ふむ。その少しだけ、がどの程度なのかわからないが、作戦に支障はないのかね?」
ラダビノットの指摘に、夕呼が一瞬だけ考え込む様子を見せる。
「体勢には影響ありません。そのことは確実ですわ。ただ…」
「ただ?」
いつもの夕呼らしくない、はっきりとしない態度を疑問に思いながらラダビノットが問いかける。
「いえ、個人的なことですわ。申し訳ありあせん、司令。作戦は順調、おそらくオリジナルハイヴ陥落も近いかと」
「そうかね?そうならばいいのだが…」
釈然としないものを感じつつ、ラダビノットは引き下がる。自分の地位のほうが上ではあるが、実際は夕呼がこの基地のトップであることはわきまえている。
その彼女が言葉を濁す以上、自分がこれ以上追求することは許されない、と彼は判断したのである。
さすが、出来る男は違う。これがあの紳士であるならば、これを機会とばかりに必要以上にちょっかいを出してきているだろう。
そんなことを夕呼は考えながら、思わず口元にこみ上げてくる微笑を押し殺した。
「博士、重力振動計にも反応が。これも同じ場所です」
「っ!ピアテフ、引き続き観測をお願い。社、地下ハンガーへ行くわ。付いてきなさい」
「はい、博士」
社と呼ばれた少女が、てくてくと夕呼の後ろをついて行く。夕呼のコンパスと比較すると、遥かに小さなため小走りになるような形になる。
この少女こそ、AL3計画の最高傑作と言われるリーディング、プロジェクション能力の持ち主である社霞であることは、基地司令のラダビノット、そしてピアテフを除けばほんの数名しかいない事実である。
エレベーターに乗り地下格納庫に着く。
そこには、数々の試作兵装、試作戦術機などが雑然と並んでいる。
そのさらに奥に、限られた人間だけが入ることが出来る区画が存在する。
夕呼は迷うことなく、その区画へと入っていく。その後をとてとてとついて行く霞。非常に可愛らしい姿である。
いけない趣味のお兄さんに見つかったら、即キャプチャーされそうである。
もっともその前に衛兵のお兄さんに捕まってしまうだろうが。
夕呼が立ち入った空間は、かつて撃震ALが格納されていた場所である。
そして今はそこに別の戦術機が佇んでいる。
「撃震EXTRA、通称撃震EXか…まさか、あんたのいうとおり、このアタシがこれに乗ることになるとはね」
自嘲気味に呟く夕呼。
そのまま視線を格納庫の隅にあるポッドへと向ける。中はよく見えない。
ポッドの横に併設されているコンソールを叩くと、密閉されていたポッド内から空気が漏れる音が響き渡り、ゆっくりとポッドが開いていく。
その中から現れたのは、なんと香月夕呼、その人であった。
しかも全裸、まっぱである。それ故に、香月夕呼の側に立つ霞はそれに気づいた。
ポッドに入っていた夕呼には生体擬態である証拠のかすかなライン、そして認識番号が刻まれているのだ。
対面する2人の香月夕呼。いや、香月夕呼本人とその姿を模した生体擬態。
「起きなさい、00ユニットYUKO」
「命令受諾、起動開始します…起動シーケンス01から07クリア、記憶領域の同調を開始します…完了。おはようございます、マイマスター」
機械的な感情の読めない、いや感情のない声で応答を返す00ユニットYUKO。
「おはよう、早速で悪いんだけど、アタシの身代わりを頼むわ」
「身代わりねえ、何を企んでいるのマイマスター?」
驚いたことに、その口調は先ほどまでの従順なそれとは違っていた。その口調、態度は、まっぱなことを除けば目の前にいる夕呼と全くの同一人物だ。
「別に、自分の物を守るためにちょっと出張るだけよ」
「そう、好きになさい。マイマスターのやることだから、言うだけ無駄なんでしょ?」
「ちっ、自分が相手だとやりにくいわね」
嫌そうに夕呼がYUKOを見る。
「安心しなさい、マイマスター。アタシもやりにくいから」
「なんの慰めにもなってないわね」
「そうね」
「「…それもこれも、あのアホのせいよね」」
ちなみにこのYUKOであるが、例によって隆也が夕呼に並列思考を覚えさせて、その並列思考を元に作り出した存在だ。
いわば、YUKOにとって隆也は生みの親ではあるが、何せ夕呼の思考をそのまま反映させているのだ。隆也の取り扱いの仕方は推して知るべしだ。
「それじゃ、入れ替わるわよ。あとは頼んだわよYUKO」
「めんどくさいけど、しょうがないわね。マイマスターが一度言い出したら引き下がらないことくらい、アタシが一番わかっているしね」
言いつつ、2人で奥にあるドレッシングルームに消えていく。
霞は、それをただ見つめているしかできなかった。
それから十数分後、横浜柊町基地から一発の大陸弾道弾が発射された。
その弾頭が「インドラの矢」と同じ物質で作成されていること、そしてその中に一機の戦術機が格納されていることは、横浜柊町基地の司令室に悠然と佇む00ユニットYUKOと社霞しか知り得ない事実であった。