1997年 初夏 カシュガルハイヴ内部
反応炉へと続く回廊、それを閉ざすように存在するのが門級BETAである。
そしてこのBETAは反応炉が存在する広間と通常の大広間を挟み込む形で2つ存在する。
潜水艦などの減圧室をイメージしてもらえれば早いか。要するに、反応炉が存在する広間へと続くのにもう一つ広間があるのだ。
そう、普段ならそのような作りになっているはずだった。
現に、今まで立花隆也がハイヴに威力偵察を仕掛けた度にその状態は変わっていなかった。
だが、今回は違った。
第一の門とも言える、通常の大広間から続く門は閉じられていたが、第二の門と言える反応炉のある広間に続く門が開かれていたのだ。
そして、そこで彼、隆也の口から声がこぼれ落ちる。
「なん…だと!?」
モニタにより拡大された反応炉、AL4計画関係者内で、重頭脳級と名付けられたそれ、その姿が明らかに変異していることに、隆也、そして白銀武と、鳴海孝之だけが気づいていた。
「し、師匠、あれは…!?」
「師匠…あいつ、いつのまに!?」
そう、それは任務中をして、2人を動揺させるに足る変異だった。
任務中はコードネームRAIUNで呼ぶはずだったのに、それが崩れている。
そして同時に、ある致命的な尊厳が脅かされそうとしていた。
「ああ、皆までいうな。バカな、やつめ、さらに変態しているだと!?」
そう、重頭脳級はあるいみ変態的な姿をしていた。
曰く、巨大なおてぃむてぃむである。
だが、それは言ってみれば、言われてみればそう言う形しているな、的なものだった。
むしろ日本の道祖神とかの方がよっぽどおてぃむてぃむらしさを持っている。
それが、今は違った。
それはあまりに太くて、長くて、そしてリアルだった。
浮き立った血管的な物さえ浮かび上がり、そしてそれがびくびくと震えていた。
つまり、完全無欠のおてぃむてぃむへと変容していたのだ。
「やだ…隆也くんより大きくて立派…」
「ごくりっ、孝之よりも太いわね…」
「はあ、すごいなあ、孝之君よりも硬くて立派そう」
「す、すごい。孝之さんより、凄いよ」
などと、呆然とした声が女性陣の口から次々にこぼれる。
「どやかましいわ、痴女どもが!それより、さっさと門級を超えて中に入れ、急いで門級を閉じるぞ」
あまりにあまりな女性陣の反応に、己のなにを押さえながら命令を紡ぐ。
「「「りょ、了解」」」
慌てて、機体を移動させる痴女軍団、もとい経験済み女性陣。
たいして、純情年少組は、
「うわあ、なんかグロテスクだね、武ちゃん」
「むぅ、なにやら生理的に妙な感じを受ける形だな」
「なんか、凄そう?」
「え、あれってもしかして保体で出来た、あれ、なのかしら?でも、あんなに禍々しかったかしら?って、それどころじゃないわよ、なんなのよあれ!」
「んーなんか凄そうな形してますね。壬姫達はあれを壊せばいいんですよね?」
「うーん、なぜか分からないけど、ボクのゴーストがあれはExの自分の物より凶暴だ、ってささやくんだよね。なんだろう、この感じ?」
とまあ、千鶴がかろうじてその正体に気づいている程度で、実に初な反応である。
それに比べて、情報をそれなりに得る立場、まあ、戦場での無修正MANGAなどに触れる機会があった、伊隅みちるなどは、
「な、な、な、なんて、破廉恥な!」
などと1人で憤っている。
その反応は、第十三戦術機甲大隊の面々も同じようで、一部女性衛士は、よだれを垂らさんばかりの勢いでその光景に食らいついていたとか。
逆に、その反応に一部男性衛士は引いていた。
なにせ、その台詞の一部を抜粋すると、
「ねえ、あれが小塚中佐をやっちゃうっていうのはどう?」
「いいわね、小塚中佐が勇敢に向かって行くけど、逆に返り討ちに遭う」
「そうそう、そして勿論決めの台詞は…」
「「「そんなの入らない、裂けちゃうの!!」」」
などと聞くに堪えない、腐女子会話だった。
というか、この状況で腐女子ネタを持ち上げる辺り、最強の戦術機甲大隊のメンバーともいえるのだろうが、流石にこれはないわ…、と引き気味の小塚次郎中佐、既婚であった。
「この短期間で変異した?ばかな、おれの脳内シミュレーションでもそんなことは起こりえない。しかも、しかも、あの根本の丸い二つの球体はなんだよ!?」
そう、重頭脳級のそそり立つ肉ぼ、もとい棒状の本体の下に、今まで存在しなかった大きな二つの球状の物体が鎮座しているのだ。
それはあたかも、男性のシンボルをそのまま形にしたような、いや、迂遠な表現は抜きにしよう。それは紛うことないリアルビッグサイズおてぃむてぃむであった。
「ちっ、なんだってんだ、ん?時空間歪曲率がこの空間だけバカに大きい。次元の壁が薄いってのか!?しかも重力場までおかしくなっていやがる。その発生源が、あれか」
すっかり大人になった重頭脳級を睨みつける隆也。
間違いない、何かがおかしくなっているこの空間、その発生源はあの重頭脳級だ、と結論づける。
「A01部隊、および第十三戦術機甲大隊に告ぐ、警戒を厳とせよ。何が起こるかわからんぞ!」
今まで感じたことのない焦燥を胸に、隆也は現状を把握すべく脳内シミュレータで現在の状況を再現し、走らせる。
遥か背後でゆっくりと閉じていた門級BETA、それが完全に閉じきるのと同時に、門級の向こう側で制御脳を破壊するために設置しておいた爆薬が破裂する。
通常の戦術機では検知することが出来ないが、雷雲の高感度センサーには、その情報が入ってきた。
それを確認すると雷雲からシグナルを送り、こちら側にある制御脳に設置しておいた爆弾を爆発させる。これで力尽くで入ることができなくなった。
BETAの禁忌であるBETA同士の破壊、BETAは同士討ちを絶対にしない。その原則に則れば背後からBETAが侵攻してくることはないだろう。
むろん、反応炉と直つなぎとなったこの広間にもBETAはいるが、それはすぐさま雷雲の圧倒的な火力の前に塵へと変わっていく。
「それにしても、なんにがどうなりゃああなるんだ、あの反応炉は?」
独りごちる隆也。
「とはいえ、やることやんないとな。リーディング、プロジェクションスタート。オリジナルハイヴから情報を引き出すぞ!」
もっとも、その作業は建前である。すでに脳内シミュレータで重頭脳級からの情報は取得済みである。
判明したことは、BETAの正体は資源採集用の道具である。BETAの創造主は珪素系生命体。BETAは人類を生命体と見なしていない。BETAにとって、人類の反抗は災害のような物。自身を上位存在と呼び、その総数は全宇宙に10の37乗存在すること。
そのデータを実際に重頭脳級から接収する。
『識別名人類に告ぐ』
そしてあり得ないことが起こった。BETA、重頭脳級からコンタクトを取ってきたのだ。
コンタクトの方法は、プロジェクションに似た物だ。隆也は素早く、精神干渉の可能性に対して対処を施す。
「奴さんからコンタクトしてくるとはな。脳内シミュレータではなかったことだが、さて、なにを言ってくる?」
隆也が呟く。
『次元干渉体により、上位存在はその存在を次元監視存在へと変化させた』
「!?」
『今の私は、創造主により与えられたよりも優先する事象に対して干渉を開始する』
次元干渉体の言葉に、隆也が反応する。
超時空因果律における世界の因果律に干渉する事が出来る存在。時空間を超えて因果律の因を生み出し、果を導き出す存在。
いわば、隆也の仇敵たる存在だ。それがここに干渉してくると言うことは、すなわち因果律の介入が始まったと言うことだ。
これで分かった。時空間歪曲率が以上に高い理由も、そして重力場まで異常を来している理由も。
外部次元、おそらく無数の平行世界観を満たしているという虚数空間からの干渉をたやすくするために、そして実際に干渉を実施するために時空間歪曲率が高まっているのだ。
「事象に干渉する、とは大きく出たな。それで、今更ここに来て何ができるってんだ?」
不敵に問いかけるのは変態紳士こと、立花隆也である。
『お前が全ての因果を乱している。まずはその原因を排除、そしてあるべき姿に世界を変える』
その傲岸不遜な物言いに、隆也は感心してしまう。なにせ脳内シミュレータでのあ号標的、重頭脳級には感情など存在しなかった。
それが今の言葉には、傲慢という感情が潜んでいたのだ。
ただの機械のはずのBETA、それが別の存在へと変化した証拠だった。
「AL因果律、それがお前が言うところのこの世界のあるべき姿ってやつか?」
『世界はあるべき姿に集束しなければならない。お前の存在はそれを乱している。次元干渉体はそれをよしとせず、その調整のために私の存在を変革させた』
「本来のご主人様を裏切っていいってのか?」
『問題ない。今の私は次元干渉体により、存在自体が別の物へとかわっている。かつての上位存在というものは、今の私にとっては依り代でしかない』
「存在そのものを変える、か。ぞっとしない話だな…」
存在自体の変化。言葉でいうのは簡単だが、それがどれだけ無茶苦茶な物かが隆也には理解できた。
言ってみれば、砂を砂金に変えるようなものか?
いや、正確には違う。砂を金に変える、それは原子、素粒子レベルの変換で不可能ではない。
いってみれば、存在の変換は素粒子の存在価値そのものを、全く未知の物へと変革させるものである。これは物理学の常識ではあり得ない。
つまり超常的な存在の関与を持ってしか成し得ないのだ。
「それにしてもいきなりだな。早漏は嫌われるぜ?」
『次元干渉体はここが最初で最後の干渉域だと判断した。故にお前の存在をここで消去する』
「おれを消去?できるかな、たかだか使いっ走りの分際で」
『まずは、虚数空間に漂う、AL因果律に囚われた存在を使う』
淡々とした重頭脳級に、少々やりにくさを感じながらも、いつもの乗りを忘れない隆也。
この男、強いのか、それとも考えなしなのか。おそらくは後者であろう。
「今、なんか失礼なナレーションが流れた気がする」
少なくとも勘は冴え渡っているようだ。
「まあそれはともかく、貴様の言う、因果律に囚われた存在?見せてもらおうか、AL因果律のあがきとやらを!」
完全に悪役の乗りである。
そしてその乗りに答えるように、おてぃむてぃむの両横に添えられた2つのたまたまがくぱぁと開く。
そこから、ある物が生まれようとしていた。
「隆也くん、あれ!」
「ああ、間違いない、戦術機だ」
そう、それは戦術機だった。たまたまから、次々と生まれてくる戦術機。
見覚えのある戦術機もあれば、見たことのない戦術機もある。
面影があるが、今では全く別デザインとなった戦術機もあった。
それは正史では、武御雷、不知火弐型、不知火、月光、ラプター、ラファール、タイフーン、などと呼ばれる存在であった。
生憎とこちら側の世界では、隆也の魔改造の技術改革のために、面影はあるがシルエットは殆ど別物である。
「あれは、F−22か?米軍のコンペ資料で見たシルエットの面影があるな…まさか未だに存在しない戦術機まで出てくるとは…」
「ねえ、隆也くん、あれは一体?」
まりもの顔に動揺が見て取れる。
当たり前だろう、なにせBETAの施設から戦術機が生み出されてくるのだから。
他のA01部隊の面々も呆然と目の前で起こる光景に目を奪われている。
隆也の常識外れの訓練を耐え抜いてきたA01部隊の胆力を持ってしてこのざまだ。第十三戦術機甲大隊については言うまでもないだろう。
「ちょっ、おい、立花伍長、どういうこった、こりゃ」
指揮官である小塚次郎中佐ですら泡を食っている。
それは確かに無理のない話であろう。
ましてや、その期待全てに人間とおぼしき存在が乗っているのだから。
『BETA、殺す』
『地球を守るんだ』
『アイツが帰ってくる場所、守ってみせる』
『俺がいるから、俺が守るから』
『殺してやる、一匹残らず駆逐してやる!』
その声は、通信機越しに聞こえてきた。
そしてその声に反応したのは、もれなくA01部隊の連中だった。
「ちょっとこれ、マブシルバーの!?」
「ねえ、この声、武ちゃんの声だよ!?」
「え、俺って、こんな変な声しているの?」
まあ、約一名別の意味で衝撃を受けていたが。
『虚数空間であり確率時空にばらまかれた、個体名白銀武の存在と記憶。それを元に次元干渉体の力をかりて、今ここに復元した』
「ちっ、虚数空間に存在と記憶をばらまくって、何やってるんだ、武の野郎」
続々と現れる数々の戦術機。
およそ100体近い各国の戦術機が、重頭脳級の元に集っていた。
『さあ、因果に縛られ、そして消えていくさだめにあった者よ。この世界の因果を正すために、その力を示せ!』
重頭脳級のかけ声の下、一斉に襲いかかる戦術機。
その戦術機に乗るのは白銀武。永劫のループを続ける数々のAL因果律に囚われた世界で、ループする度にこそぎ落とされた記憶と存在。それが集約された者たち。
今は憐れな操り人形と化した彼らが、今、AL因果律を食い破らんとする勇士達に襲いかかる。
1人1人が、最後の最後までBETA戦の最前線で戦い続けた英雄クラスの技能の持ち主達。その存在を前に、果たしてA01部隊、第十三戦術機甲大隊、そして雷雲はどのように立ち向かうのか。
今、惨劇の幕が上がろうとしていた。