1997年 初夏 カシュガルハイヴ上空
それは、音速を超えた超高速でオリジナルハイヴ目がけて降下をしていた。
降下と言うよりは進撃といった方がしっくり来るかも知れない。
それは、内部に一機の戦術機を内蔵していた。
そしてその内部、管制ユニットには謎の物体が鎮座していた。
一言でいうなら、もふもふである。
衛士強化装備が機能美の極地であるなら、これはもふもふの極地である。
「あのバカ。なにが、素人でも耐G性能が格段に上がる衛士強化装備だ、よ」
もふもふから似つかわしくない、知的で美しい声が漏れ出る。
よっくよくみるとこのもふもふ、あれに似ている。
その不思議な生き物は、今もどこかにいるのかもしれない、というやつだ。
つもりトロロによく似た名前の生き物そっくりの姿をしているのだ。
「まあ確かにGを感じずにいられるのはいいけれどね」
もふもふをよく見ると、人間の顔に当たる部分に穴があいており、そこから人間の顔が突き出ているのが分かる。
その顔に、我々は見覚えがある。
そう、誰を隠そう、狂気の科学者、人類至高の知能の持ち主、美貌の女博士、などなど他称自称を含めると複数の名を持つ女、香月夕呼である。
彼女が乗っているのは撃震EX。この世に3機存在する撃震の名を持つイレギュラー、撃震AL、撃震ULに続く、第三の撃震である。
そしてその機体を運ぶのは、インドラの矢でも使用されている超高耐熱金属でつくられた大陸間弾道弾である。
「マスター香月、そろそろ地表に着弾します。衝撃が来ますのでご注意をお願いします」
撃震EX専用のMOSから音声ガイドが流れる。
「あら、もうそんなところまで来たの?流石に速いわね」
地上からは重光線級、光線級がひっきりなしに飛来してくる大陸間弾道弾に対してレーザーを照射している。
それをものともせずに、弾道弾はハイヴのメインホールへと続くコースをとって降下していく。
「えーと、確か耐ショック用モードがあるって言っていたわね」
器用に着ぐるみ、もとい素人用衛士強化装備のまるっこい手を操って、衛士強化装備のモードチェンジ用ボタンを押す。
瞬間、ぶわっと、もふもふが一回り大きくなった。全身の毛が逆立った状態になったのだ。
「…これが耐ショック用モード?あのバカ、本気でふざけているのかしら?」
こめかみに青筋をうっすらと浮かべる夕呼。
「マスター香月、その状態であれば多少の衝撃は完全に無効化できます」
「…そう、納得いかないけど、まあ、許してやるとするわ」
今ひとつ納得していない顔で、とりあえずこめかみの青筋を引っ込めた夕呼は、ゆったりとした姿勢を取る。
まあ、もふもふのトロロによく似た名前の生き物の着ぐるみを着ているので絵にならないことおびただしい。
そして数十秒後、大陸間弾道弾ミサイルがオリジナルハイヴに着弾する。
着弾ポイントは、現在撃震ULから特殊な通信装置により送られている座標に応じた位置となっている。
ちなみにこの特殊な通信装置は、ハイヴの電波障害をすらものともせず、衛星軌道上にある衛星との通信が可能な代物である。
各国の諜報機関が知れば、目の色を変えて欲しがるに違いない。
「っ!流石に凄い衝撃ね。でもまあ言うだけはあるわね、アタシの身体には負担が殆どかかっていないわ」
上から目線で、もふもふ着ぐるみ型衛士強化装備を褒める夕呼。
どこからどうみても、可愛いらしい姿です。本当にありがとうございました。
とどこかから突っ込みが入るのを妄想しつつ、夕呼はハイヴへと突入していく。
目指す先はハイヴのメインホール。隆也の元へと。
1997年 初夏 カシュガルハイヴ内部
まりも操る撃震ALが、両太ももにジョイントされていた戦術機専用小太刀を両手で掴む。
戦術機用小太刀。短刀よりも刃が長く、しかし長刀よりも短い。人間用の小太刀と、戦術機の身長で見た場合の対比は同じだ。
そしてなにより、まりもの真骨頂は小太刀二刀流。
つまりまりもの全力全開がこれから始まると言うことだ。
「神宮司師匠が小太刀を抜いた…」
みちるが呆然と声を出した。
その意味をよく知るのは、まりもと付き合いが長いマブレンジャー達だけだ。
第十三戦術機甲大隊の面子は、戦術機乗り、つまり衛士としてのまりもとの付き合いは長いが、武術家としてのまりもとの付き合いは殆どない。
それゆえに、まりもが専用装備である小太刀を抜いたその意味を知ることが出来なかった。
「ふ、ふん、ようやく本気を出したってわけだな、まりもんよ」
いつもは余裕綽々の隆也ですら、動揺しているらしい。
額からは冷や汗が一筋たれている。
「存在を抹消する」
抹殺ではなく抹消といったことに、隆也は違和感を覚える。
この空間での死は、死ではなく消滅を意味するのか?
そんな疑念がよぎる。つまり、今度は今の生のような転生は確実にできなくなる。
そう判断した隆也は、必死に抵抗する。
「今生がラッキーだからって拘るつもりはないが、消滅してやるつもりは毛頭ないね!」
先ほどと同様に姿がかき消えるまりも機。
次の瞬間、隆也機の頭上に姿を現す。瞬く間もないほどの一瞬。
撃震ALの両腕に握られている二刀の小太刀が迷いなく振り切られる。
「スピードが多少あがったからって!」
がっちりとその二刀を受け止める撃震UL。だが二刀の威力の凄まじさを語るように、受けた撃震ULの足下がクレーター状に沈み込む。
一瞬の硬直。だがその直後、またもやまりも機の姿はかき消えるように姿を消す。
連続の高速移動。マブレンジャー達も多少は使うことが出来るが、ここまで鮮やかに使いこなすことは出来ない。
「ちぃっ!二段攻撃か、だが!」
側面に現れたまりも機。二刀の小太刀が今度はフェイントを交えて超高速で撃震ULを襲う。
すぐさま背後に飛び退き間合いを外す隆也、それを詰めるまりも。
「はやいな!」
後方に下がるよりも、間合いを詰める速度の方が遥かに速い。
真っ向勝負を覚悟する隆也。
「機体の気力の差が、決定的な戦闘能力の差でないことを見せてやらあ!」
長刀一刀で、迫る二刀の小太刀を受ける。受け流す。捌く。はじく。
一撃一撃の速度は長刀の遥か上をいき、一撃一撃の威力もまた気力により長刀を上回る。
それのまりもの攻撃を隆也は凌いでいた。
それは剣の道を一度でも志したものなら分かる、正に妙技の頂き。
「師匠、素晴らしいです」
クイックブーストアタックで、白銀機をダルマにしながら、冥夜はその姿を見つめていた。
圧倒的な能力差、それをなお補って余る剣術の妙。まさにそれは神技と呼ぶに相応しい、一つの極地にあった。
まりもとて、その剣術の能力は剣聖よんでもおかしくないものを持つ。それでもなお、隆也はその上を言っていた。
100倍に底上げされた気力、それにより強化された撃震ALの猛攻を、彼は自身の持つ気力とそして技だけで凌いでいた。
まさに圧倒的な剣の腕の冴え。
「まあ、考えて見れば妥当かもな」
ヘタレこと孝之がぽつりとこぼす。
「なによそれ、どういうことよ?」
「なんでお前はそこで喧嘩口調なんだよ。ほら昔聞いたんだよ。神宮司師匠の剣の師匠が、師匠だってことを」
「ええ!?そうなの」
「へえ、さすが師匠だね。凄いね」
愕然とする水月と、素直に凄いと感心する遙。
これだけで普段受けているセクハラの被害の差がわかろうというものだ。
「だが防戦一方だ、このままでは、師匠が押し負けるぞ」
みちるの冷静な戦況分析。確かに一方的に押し込まれているのをかろうじて凌いでいるだけだ。
逆襲の一手となる、反撃の契機が一向に伺えない。
「大丈夫だと思うんだけどな、師匠だし」
「そうだね、師匠だからね…」
どこか遠い目をしながら、武と純夏がみちるの意見に同意しない。
「そうね、あの師匠ならこの程度なんとかしそうな気がするわね」
「紳士は殺しても死なないって言ってた?」
「そうですね、壬姫も師匠はしぶとく反撃すると思います」
「ボクも同感だな。だって昔、気力強化なしでホッキョクグマと殴り合ってたし」
「うそっ!さすがにそれは嘘だよね?」
最後の美琴の爆弾発言に、いつも呑気な晴子でさえ愕然としていた。
「くそっ、あいつら好き勝手言いやがって。とはいえ、このままじゃ、千日手になっちまうのも間違いないな…」
一方散々な評価を受けている隆也は、確かに相手の攻撃を完全に無効化していたが攻めの契機を掴めずに完全に膠着状態に陥っていた。
だが、もう少し、もう少し凌げば勝機は見えてくる。
「悪いが、それまで付き合ってもらうぞ!」
気合いを入れ直して怒濤の攻撃を凌ごうとする隆也をあざ笑うように、急に剣の乱舞が止んだ。
「へ!?」
次の瞬間、十分な間合いをとった位置に撃震ALの姿が、そして両脇からは背後からマウントされた荷電粒子砲が。
「ゆけっ、う゛ぇすぱー、焼き尽くせ」
無情な一言と共に、撃震ALから気力により音速を遥かに凌駕する速度まで高められた荷電粒子砲、―――いや、これは完全に気功波である―――、が撃震ULに向かって放たれる。
「くそっ、気づきやがったか!だが」
そう、接近戦の勝負なら技で凌ぐことが出来た。
だが距離を置いての純粋な力比べなら一体どちらが勝つか?
答えは明白、より力のある方だ。そう言う意味で言えば、まりもの取った戦術は利にかなったものであった。
「R.T決戦戦闘術、裏四十八手が一つ、水面月影切り」
気を纏った長刀により、なんと迫り来る荷電粒子砲という名の気功波を鮮やかに切り裂いていた。
両断された荷電粒子砲が、撃震ULを避けるように背後のハイヴ壁面に突き刺さる。
轟音と共に、ハイヴが振動する。
「普通なら、それが最善の手だろうよ。だが、このおれにとっては、無意味な事だ」
そう、遠隔攻撃もそれを無効化する手段を持っている相手であれば、意味がないことだった。
ここにきて、圧倒的な気力差を持ちながら、隆也がまりもと互角に戦えることが実証された。
「R.T決戦戦闘術、表四十八手が一つ、閃光斬」
まりもが再度間合いを詰めての攻防戦に移ろうとしたその一瞬、今までの動きが緩慢な動きに見えるほどに、その進撃速度が増した。
「なっ、速い!?」
さすがの隆也もとっさの判断が一瞬遅れる。
長刀での防御がぎりぎりで間に合ったものの、文字通り木っ端の如く吹き飛ばされる。
そこに撃震ALが追撃。
「R.T決戦戦闘術、裏四十八手が一つ、阿部さんにいい漢」
体勢が整っていない状況で圧倒的な攻撃を打ち込まれる。
「「「師匠!!」」」
マブレンジャー達の悲痛な叫びがこだまする。
「まだまだ、紳士なめんな、おんどるぁああああ!」
急激に隆也の気力がふくれあがる。
それに伴い、反撃する能力も飛躍的に増大する。まりもの一方的な追撃も中断せざるを得なくなった。
「ふぃ〜、紳士拳2倍でなんとかなったか…しかし、多用はできないな」
そう、彼が使ったの前世で見たMANGAに出てくる界王○の丸パクリである。
もっとも空想の産物であるその技を、実際に使えるようにするまでの努力は本物であり、またその威力も本物である。
そして残念なことに、その副作用的なものもMANGAに準拠するように存在する。スタミナを消費する代わりに一時的に気力を底上げするため、長期戦では最終的に不利になってしまうのだ。
そもそも自分の力を爆発的に数倍するのだから、短期決戦向けの技であるといえよう。
その技をわざわざ温存していた理由、それは一重に自分の女を無用に傷つけるのをよしとしないからであった。
この漢、あくまで紳士であった。
「さて、そろそろなんだが、あいつ、なにやってるんだ?」
独りごちる隆也の声に反応するように、メインホールを揺るがす衝撃が走る。
地鳴りにも似た音と共にメインホールの頂点付近に穴があき、そこから激しい炎が噴き出してくる。
そして完全に穴があいたと見えるとその炎は消え、代わりにどでかい砲弾みたいなものが姿を現すと、そのまま重力に引かれてハイヴの地面目がけて落ちてくる。
さすがの出来事に、まりももどう反応していいのか分からないらしく、一時的に攻撃を中断する。
「ふう、耐衝撃に優れているとは言え、流石にきついわね」
メインホールにぼてっ、と落ちた衝撃で砲弾のようなものはひび割れ、そしてそこからあるものが姿を現した。
シルエットは、戦術機のもの。
誰もが見たことがない、そして誰もがどこかで見たことがある様な気がする機体。その理由は細部のつくりが、撃震AL、撃震ULを想起させるからだ。
その名は撃震EX。
そう、隆也が待っていた最後のピースであった。
「待たせたわね。さあ、ショウタイムの第二幕の始まりよ」
艶然と微笑む夕呼であった。
もちろん、その姿はトロロに似た名前の生き物の着ぐるみを被った売れない芸人みたいなものではあったが。