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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第45話:とある侍の愛憎譚=転落ルート前半=
作者:蓬莱   2014/03/22(土) 19:00公開   ID:.dsW6wyhJEM
もし、時臣にとって、この一夜の騒動について、端的に言葉に表すなら、“再起”の二文字が当て嵌まるだろう。
確かに一度は極大の下種であるバーサーカーの毒に塗れた言葉と間桐桜の現状を目の当たりにしたことで絶望の淵に叩き落された時臣であったが、喜美の一喝で立ち直り、新たな一歩を踏み出すことができた。
やがて、武蔵勢やランサー達を助けられながら凛を救出する中で、時臣は、自身の人間性を大きく成長することとなった。
では、切嗣やセイバーにとっては、この一夜の騒動について、端的に言葉で表すならば何になるだろうか?
恐らく、この問いかけに対して、人々は十中八九こう答えるであろう。
そう、変われなかったが故の“転落”と。
そして、これから始まるのは、変わる事の出来なかった切嗣とセイバーが如何にして“転落”に至ったのかを記すものである。



第45話:とある侍の愛憎譚=転落ルート前半=



時間は遡り、時臣達が凛の救出に向かった頃、セイバーの暴言を引き金に始まったセイバーと螢の決闘は未だに決着がつくことなく続けられていた。

「くぅの…!!」
「結局は、この程度にようね…」

もっとも、螢が“形成”を発動させて以降より始まったのは、決闘と呼ぶにはあまりも一方的な展開だった。
―――すでに全身の至る所に切傷と火傷を負い、もはや息も絶え絶えの状態で螢を睨み付けるセイバー。
―――それに対し、ここに至るまで傷一つ負うことなく、息ひとつ乱すことなくセイバーを見据える螢。
もはや、戦闘要員でないアーチャーやホライゾンの目から見ても、これ以上、セイバーに勝機がない事は一目瞭然だった―――唯一人、そんな現実を受け入れられないセイバーを除いては。

「くっ…まだ、まだ、負けては…!!」
「まだ、立つつもりなのね…」

“中途半端に致命傷を避けたのがいけなかったかしら”―――無理やりに傷ついた身体を奮起し、刀を構えるセイバーを呆れるように見た螢は、やや呆れ交じりにボヤキながらも、そう心中で自身の甘さを反省していた。
螢としては、腑抜けたセイバーに圧倒的な実力差を実感させるつもりで、不本意ではあるモノの、わざと致命傷となる攻撃を与える事無く、じわじわと痛めつけるように手加減をして闘っていた。
だが、銀時が去って以降、もはや精神的に不安定となったセイバーには、暴走する感情によって物事を客観的に把握できるだけの理性の目を遮られてしまっていた。
故に、セイバーは、冷静になれば誰でも考え付く事のできる螢の意図に気づくことなく、この現状さえも見えなくなっていた。

「…貴方の場合は、諦めが悪いというのよ」
「ぐっあ!?」

そして、愚直としか言いようのないセイバーの刀を捌き、すかさず、返しの太刀で反撃する事など、螢からすれば赤子の手を捻るよりも容易い事だった。

「トーリ様、お二人を止めなくてもよろしいのでしょうか?」
「う〜ん…」

一方、自分たちの眼前で繰り広げられるこの実力差が圧倒的な決闘という名の仕置きに対し、ホライゾンは、セイバーと螢を止めるべきなのか、自分の隣に座するアーチャーに問いかけた。
実際、ホライゾンの言うように、螢の有する実力差の前では、仕手である銀時がいないセイバーが勝てる見込みなど万に一つとしてなかった。
だが、アーチャーは少しだけ頭をひねりつつ考えるような素振りを見せた後―――

「もうちょっとだけ待ってやってくれねぇか。多分、そろそろセイバーが気付か、螢ねえちゃんが教えてくれるころだと思うから」
「Jud.では、しばしお待ちしましょう」

―――螢が汚れ役となってまでこの決闘という名の仕置きを行った意を汲んで止めない事を告げた。
“だから、おめぇが心配するなよ”―――そう言わんばかりに、軽く笑みを浮べるアーチャーに対し、ホライゾンはふむと了解して頷くと、続けざまにこう言った。

「まったく、運が良かったですね、トーリ様」
「おいおい!! おめぇ、どうやって止めるつも―――ふん!!―――あぁん!?」
「こうやって、ホライゾンは止めるつもりでした。今のが、手加減で良かったですね、トーリ様」

このホライゾンの口から出た、まるでかろうじて一日だけ屠殺されるのを免れた哀れな豚に告げるような言葉に対し、アーチャーは身の危険を感じつつも、説明を求めるようなツッコミを入れた。
その直後、百聞は一拳に如かずと考えたホライゾンは徐に重心を低くすると、そのまま立ち上がる際の脚力を上乗せした拳―――通称“ガゼルパンチ”をアーチャーの股間に叩き込んだ。
そして、ホライゾンは、気色悪い声と球体上の肉の塊二つほど潰れる音共に痙攣したまま崩れ落ちるアーチャーにむかって、本当に運が良かったなというセメントな口振りで、アーチャーの身を以てどうなるかを説明した。

「…ちょっと人選間違えたかしら」
「…っ!!」

“というか、アレで手加減なの…!?”―――このアーチャーとホライゾンのDV的なやり取りを見た螢は、そう心中半ばで愕然としながらも、顔に出すことなく、余所見をしながら呆れた素振りを見せた。
普段の螢ならばまず有り得ない迂闊さに対し、セイバーは千載一遇の好機と見定め、未だに余所見をする螢に向かって斬り込んで行った。
もはや、セイバーの頭には、決闘の直前取り決めた、双方どちらかに命の危険が及んだ場合、アーチャーとホライゾンが試合を止めるという事さえ既に記憶にないかのように、確実に螢を殺さんとする勢いで斬りかからんとしていた。

「…取った!!」
「そう…なら、次は―――」

そして、勝利を確信するかのような言葉を口にしたセイバーは、まるで攻撃して来いと言わんばかりの隙を見せる螢の首に目掛けて刀を横に薙ぐように斬り捨てんとした。
だが、セイバーの刃が螢の薄く皮を切り裂く直前、それまでわざと隙を作ってまでセイバーの攻撃を誘った螢は、何一つ意味のない勝利を掴もうとするセイバーに向かってこう静かに告げた。

「―――全裸とセメント娘…どっちを斬り捨てるつもりなのかしら?」
「え?」

次の瞬間、セイバーの心を一刀両断するかのような螢の言葉に、セイバーは、思わず呆けたように呟きながら、螢の首を斬り捨てんと振るった刀をピタリと止めてしまった。
まるで、本来なら自分が誰よりも真っ先に気付かなければならない事を、逆に、自分が誰よりも気付くのに遅れてしまった事に改めて思い出したかのように―――!!

「その様子だと今更気付いたみたいね。まぁ、頭に血が上っていたのか、目を背けて知らないふりをしていたのか分からないけど…」
「それは…!!」

このセイバーの狼狽える様を目の当たりにした螢は、“善悪相殺の誓約”という呪いに誰よりも責任を持たねばならない筈のセイバーの無責任さに沸々と湧き上がる激情からの苛立ちを覚えつつも、原因が原因という事もあるのでその激情を抑えようと努めた。
そして、取り繕うように言葉だけでも平静を保たんとした螢は、一切の容赦なくセイバーにとって触れられたくない瑕を抉るように言葉で責め続けた。
この螢の言葉責めに対し、セイバーも“いざという時は審判役であるアーチャーとホライゾンが止める手はずだったから”と反論しようと口を開こうとした。
だが、セイバーは、自分の口から出ようとした言葉が、本当の殺し合いにおいて苦し紛れの言い訳でしかない事も理解していた為に口を紡ぐしかなかった。

「今のあなたに…何もかもから逃げ続けながら見て見ぬふりをするあなたに…この戦場に立つ資格なんて一切ないわ。だから―――」

“あなたが、二度と戦場に立てないように打ち倒す”―――螢がそうセイバーに向かって死刑宣告同然の言葉を叩き付けると同時に、突如として肌を焼きつけるような熱気がセイバーに叩き付けるようにして襲い掛かってきた。
この思わぬ不意打ちに堪らず後ろに退いたセイバーは、不意に起こった熱気の発生源―――自分の眼前にて詠唱を始めた螢の異変を目の当たりにすることとなった。

―――“かれその神避りたまひし伊耶那美は、出雲の国と伯伎の国…その堺なる比婆の山に葬めまつりき”

そもそも、櫻井螢の抱いた渇望は、兄である櫻井戒とベアトリス=ヴァルトルート=フォン=キルヒアイゼンを救いたいという願いから発するモノだった。

―――“ここに伊耶那岐 御佩せる十拳剣を抜きて”

故に、“その情熱を永遠に燃やし続けていたい”という螢の渇望は、自身の願望に懸ける想いを炎と定義する螢自身の情熱をあらわす創造を形作った。

―――“その子迦具土の頚を斬りたまひき”

やがて、詠唱を続ける螢の手にしていた両刃剣―――聖遺物“緋々色金”がその形を大太刀へと変えていた。
それと同じく、螢の髪も黒色から徐々に、螢の持つ情熱をあらわすかのように燃え盛る炎を思わせる緋色へと一気に染め上げられた。
そして、螢が最後の一句を口にすると同時に――――

「“創造”―――“爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之”」

―――セイバー達は、聖槍十三騎士団:第五位“獅子心剣”櫻井螢の持つ宝具“爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之”の真価を目の当たりにすることになった。
まさしく、紅蓮に燃える炎そのものとなったかのような螢の姿は、“その情熱を永遠に燃やし続けていたい”という螢の渇望を表しているかのようだった。
そして、だからこそ、螢は断言できた…!!

「おぉ…螢ねーちゃんがランサーのねーちゃんみたいになったぜ!!」
「ほほう…ホライゾンが察するに、櫻井様の厨二病は、本当に燃えるほど火照りたいというところですか。ホライゾンは蓮様も中々マニアックな性癖をお持ちになる方だと判断します」
「そこの外野組!! 勝手に人の渇望を変な方向で解釈するの禁止!! あと、藤井君の趣味は全然関係ないから!! 金髪巨乳とか、貧乳先輩とか、ロリBAAとか、幼馴染とかちょっと守備範囲広めだけど!!」

決してアーチャーの言うようなランサーやその二代目のような“炎髪灼眼”のパクリとか、ホライゾンの言うような自分がそんなトンデモ特殊性癖持ちとかではない事を―――!!
もはや完全にアーチャー達のノリに馴染みつつある螢は、まるで条件反射のようにツッコミを入れつつ、思わず、もげろコールでスレが埋め尽くされるほど蓮が色々とリア充ぶりを発揮している事を暴露しまくった。
もし、この時、蓮達がこの場に居たら、ツッコミを入れつつ狼狽する螢を生温かい目で見守りながらきっとこう言っただろう―――“やっぱり、アイツが最初に染まったか…”と。

「ともかく…決着つけさせてもらうわよ」
「たかが、姿が変わったからって…っ!!」

“後で藤井君を交えて、アーチャー達の誤解を解こう”―――そう心に決めた螢は気を取り直すと、この茶番劇に幕を下ろすべく、轟々と燃え盛る炎を纏われた大太刀“緋々色金”を構え直し、眼前にいるセイバーに向かってわざとらしいほど仰々しく大見得を切った。
これに対し、螢から受けた指摘を頭の片隅に追いやったセイバーは、この螢の姿を見かけ倒しだと断じながら、完全に相手の気迫に飲まれそうになる自らを奮い立たせた。
さらに、セイバーは、窮鼠猫を噛むが如くなりふり構うことなく、先程の闘いぶりが見る影もないほど愚直で無様な有様で真っ向から螢に斬りかかってきた。
しかし、当の螢は、このセイバーの無謀ともいえる特攻紛いの攻撃を冷ややかに見据えながらも、避けるどころから身動き一つさえ取る事もなかった。
そして、そのまま、上段から振り下ろされたセイバーの太刀は、螢の身体を切り裂く―――

「…!?」
「無駄よ…」

―――事無く、まるで実体のない炎を斬るかのように空しく空を切りながらすり抜けていった。
この不可思議な現象を目の当たりにし驚愕するセイバーであったが、螢からすれば、迂闊にも“爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之”の力を見誤ったセイバーの明らかな失策だった。
そもそも、この“爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之”は、肉体を腐食性の猛毒へと変じさせる戒の宝具と同じく、螢の有する特殊能力“創造”が宝具化したものである。
ただし、兄である戒とは異なり、螢の場合は、“その情熱を永遠に燃やし続けていたい”とう螢の渇望を表すように自身の肉体を炎へと変換させる能力を有するモノだった。
これにより、文字通り、炎そのものとなった螢は、セイバーとの闘いでは見せなかった形成位階時での炎放出及び操作能力の強化だけでなく、先程の虚しく空ぶったセイバーの攻撃にように、敵の攻撃を透過させることによる回避をも可能となったのだ。
とはいえ、この“爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之”は、敵の攻撃を無効化できる完全無欠の宝具という訳ではない。
むしろ、実際のところは、攻撃透過の成功率も螢の精神状態によって左右され、さらに相手が各上の場合はさらに攻撃透過の成功率も下がるなどの欠点を有している事からかなり微妙な宝具だった。
もっとも、今の螢にとっては、格の上下以前の問題に、迷いに満ちたセイバーの振るう太刀など何度受けようが全て透過できることを半ば確信していた。

「それで…いつまで呆けているつもりかしら?」
「しまっ…!?」

そして、仮にも百戦錬磨の強者である螢が、虚を突かれて愕然とするセイバーの隙を逃す筈もなかった。
すかさず、螢は不意を突かれて反応が遅れたセイバーの手にしていた太刀に目掛けてただ無造作に横薙ぎに一閃し、セイバーの手から得物である太刀を勢いよく弾き飛ばした。
そして、螢は手心を加える事無く、太刀を失ったセイバーの咽喉元に“緋々色金”の切っ先を突き付けながらこう冷酷極まりない口調で告げた。

「さぁ…選びなさい。降伏するのか負けを認めるのか…好きな方で良いわよ」
「…っ」

“それってどっちも一緒の事じゃなくね?”―――もはや、事態はそんな螢に対するツッコミを入れる余裕さえないほどの緊迫した状況に陥ろうとしていた。



そして、そのセイバーのマスターである切嗣も、自ら決して逃れる事の出来ない断崖へ足を進めようとしていた。

「じゃあ、舞弥…そちらの方は頼んだ」
『…分かりました』

深夜、人気の全くない海浜公園にやってきた切嗣は周囲にこちらの動きを監視する者がないか警戒しながら、携帯電話越しから聞こえる舞弥の声に耳を傾けていた。
アイリスフィールからイリヤ不在の確認を取った後、切嗣は、すぐさま、最悪の事態を含めた上で対応すべく、切嗣とは別行動を取っていた舞弥に携帯電話で連絡を取った。
その後、切嗣は、舞手紙の差出人についての心当たりを伏せた上で、舞弥に事の事情などを道中で説明しつつ、脅迫状にて指定された海浜公園へと辿り着いた。

『…ですが、本当によろしかったのですか? アイリスフィールやセイバー…それと銀時にも連絡を取らずに』
「…あぁ、大丈夫だ。問題ない」

とここで、確信こそないモノの、普段の切嗣らしからぬ様子を感じた舞弥は、やや戸惑いながらも、切嗣に対し、アイリスフィール達にもイリヤが誘拐された事を知らせなくていいのか尋ねてきた。
しかし、しばし思案するかのように沈黙した切嗣は、取り繕うように返事を返し、手早く舞弥との通信を終えると、足早に海浜公園の中へと踏み込んで行った。

「銀時か…」

そして、人気のない公園の奥へ足を進める切嗣は、舞弥の口から出たその名を呟きながら思案していた。
既に銀時が自分たちの元を離れた事は、舞弥も切嗣との定時連絡の中で承知している筈だった。
だが、それにも関わらず、舞弥はイリヤが誘拐された事を銀時にも伝えるべきでは尋ねてきた―――まるで、銀時が今も自分たちの味方であるかのように…。
ここに至って、切嗣は“坂田銀時”という存在が如何にこちらに影響を与えたかを今更ながらに認識せざるを得なかった。
無論、切嗣は、アイリスフィールや舞弥とは違い、自分たちのもとを去った時点で、銀時を仲間ではなく、自分たちにとって、バーサーカー以上の危険因子と見做していたが。
やがて、そんな思案を繰り返していた切嗣が周囲を覆い隠すように木々が欝蒼と生い茂る海浜公園の中心地へと辿り着いた時だった。

「まさか、君が直接出向いてきてくれるとは思わなかったよ」
「…」

そこには、こちらの指示通りに一人でこの場所にやってきた切嗣を出迎えるように立つメイド仮面の姿が有った。
まるで親しい友人と接するように声をかける切嗣に対し、メイド仮面は無言のまま、これ以上の隠し事は無意味である事を悟ったかのように自身の顔を覆い隠す仮面を外した。
そして、メイド仮面の素顔を目の当たりにした切嗣は、自分でも意外なほど平静を保ちつつ、冬木ハイアットホテルにて目にしたモノが過ちではなかった事を改めて確信することになった。

「十数年ぶりね、ケリィ」

そこには、切嗣にとって初恋の人であり、ある意味で切嗣のトラウマを生み出した少女―――シャーレイが、切嗣がまだ当たり前の少年だった当時とまったく変わらぬ姿で、切嗣の目の前に立っていた。
そして、シャーレイは、長年、遠く離れていた家族と接するように、自身の故郷であるアリマゴ島に住んでいた頃の切嗣の名を口にしながら優しい笑みを浮べていた。



一方、切嗣と別行動を取っていた舞弥は、予め告げられた切嗣の指示のもと、事態の解決に向けて動いていた。

「…どうやら、ここでも無いようですね」

同時刻、海浜公園周辺近くのとある廃屋から抜け出した舞弥は、またもや、自分の当てが外れてしまった事を嘆息した。
現在、舞弥は、“拠点として使えそうな周辺の建物を探り、イリヤが囚われている居場所を突き止めろ”という切嗣の指示の元、海浜公園周辺の建物を探っていた。
もっとも、今のところ、切嗣が事前に目を付けた空き家や廃ビルを探っていた舞弥の苦労もむなしく、そのほとんどが空振りに終わり、何の成果もあげられずにいた。
―――やはり、切嗣はああ言ったモノの、銀時達にも連絡を取るべきだっただろうか。
―――確かに、切嗣の危惧するようにマダオ系サーヴァントである銀時を当てするのは危険なことかもしれない。
―――だが、その一方で、それでも、銀時ならば何とかしてくれるのではという不確かな希望的観測も抱いてしまうのだ。
―――自分の知る限り、イリヤスフィールの危機と知れば、切嗣と袂を別った銀時も力を貸してくれた筈…っ!?
とここで、切嗣の指示を無視してでも銀時に救援要請をすべきか思案していた舞弥は、自分が思っている以上に銀時の事を未だに信頼している事に気付いてしまった。
元々、銀時とは、ごく短い間で、アイリスフィールのようにそれほど親しく付き合っていたわけでもない。
そもそも、銀時が切嗣の元を去った時点で、自分たちの手の内を知る敵として認識すべき相手にも関わらず…。

「まったく…本当に私らしく―――やっぱり、探りを入れてきたか―――っ!?」

その事に戸惑った舞弥は、自身に課した切嗣の“道具”として致命的な何かを感じつつも、一時の気の迷いだと言い聞かせるように思わず自嘲した―――直後、不意に背後から呼びかけてくる、どこかで聞き覚えのある声に、舞弥の背筋が一気に凍り付いた。
“今まで気配は無かったはず…!?”―――舞弥は、声の主が自分に気配を気取られることなく近づいていたことと背後からの接近を許してしまった自身の迂闊さに虚を突かれてしまった。
だが、すぐさま、戦闘態勢に切り替えた舞弥は、自分の背後にいる声の主に向かって、振り返りざまに手にした拳銃を構えた。
だが、自分に突きつけられた拳銃を前に、声の主―――

「ドーモ、久し振りデス、久宇サン」
「…っ!!」

―――かつて、冬木ハイアットホテル爆破の際に綺礼との戦闘で乱入してきた忍び装束の男は、まるで舞弥をからかうように丁寧なお辞儀つきの片言のあいさつをしてきた。
次の瞬間、舞弥は躊躇することなく、隙だらけの忍び装束の男にむかって拳銃を発砲した。
一応、あの時、舞弥が綺礼から逃げ切る事ができたのは、忍び装束の男が乱入してきたおかげであるのは事実だった。
だが、それを含めた上でも、こちらの動きを監視しているかのようにタイミング良く現れた上に、自分に気配を完全に気取られることなく接近してきた忍び装束の男を、舞弥が排除すべき対象として判断し行動を取るのも無理はなかった。

「問答無用か…」
「くっ…!?」

もっとも、とある敗残兵集団との実戦式合同演習の数々を生き延びてきた忍び装束の男にとって、正面から向かってくる無数の銃弾をかわす事など造作もない事だったが。
あくまで余裕を崩すことなく、自身のペースを保つ忍び装束の男を前に、舞弥は改めて、この忍び装束の男を綺礼と同等の脅威として認識し始めていた。
そして、一見すれば、優位に立っている忍び装束の男も、一切の油断を排しながら、目の前にいる舞弥を障害となり得る敵として対応せんとしていた。

「まぁ、可愛い孫娘みたいな奴の頼みなモンでな…ちょいとばかり付き合ってもらうぜ」
「…」

そう、“切嗣と二人だけで話がしたい”というシャーレイからのささやかな願いを叶える為に―――!!



一方、ある意味でこの一連の騒動の原因である銀時と第一天の両名は、自分たちの周辺で様々な騒動が起こっている事など知る由もなく、綺礼御用達の中華料理店“泰山”にて激辛麻婆豆腐に互いに悶絶しながらも無事完食した後、次の目的地へと足を運んでいた。

「ところで、街から離れているようだが…どこに行くつもりなんだ?」
「あぁ…えっと、何というか…」

とここで、第一天は、自分たちが冬木の市街地から離れ始めていることに気付き、泰山での食事以降、口数少なく隣を歩く銀時に次の目的地が何処なのか尋ねてきた。
“つうか、この空気でHする為に人気のないお寺に行こうなんて言えるかぁ―――!!”
だが、当然の事ながら、正直にナルゼの無茶注文を第一天に話せるわけもなく、銀時は、第一天からの何気ない問いかけに答えられずに言葉を濁すしかなかった。
とはいえ、このままでは、第一天に不信がられ、ナルゼ達の事がばれる可能性が充分にあった。

「まぁ色々と騒がしいところばかり歩いてきたから、ちょっと気分を変えて、人のいない静かなところにでもと思ってな…」
「人気のない静かなところ…」

そこで、銀時は、何やらしきりに“もちろん、セックスするために!!”と書かれたプラカードで指示を出すナルゼを無視しつつ、第一天が納得してくれるような適当な理由で誤魔化して、この場を乗り切ろうとした。
そして、銀時の言い分を聞いた第一天は軽く呟きながら、少しの間考え込んだ後―――

「―――青○か!? いきなり、そんな外でなんて…!!」
「おぃいいいい!! どう考えて、そんな結論出してんだよ!? とりあえず、行先は寺だよ!! 柳洞寺っていうお寺だよ!!」

―――ハッと驚愕した表情のまま、どう考えてもその手のエロゲー思考により導き出されたとしか思えな結論に辿り着いた。
この予想の斜め上どころ逆一回転するほどの第一天のぶっとびすぎなエロ発想に、銀時は思わず吹き出しながらツッコミを入れつつ、第一天の誤解を解く為に自分たちの行き先(ナルゼに指定された行き先)が深山のはずれにある“柳洞寺”であることを教えた。
そして、銀時から目的地を告げられた第一天は、フムフムと銀時の言葉を噛みしめるように頷いて考え込むと―――

「尼さんプレイで…青○だと…!? そんな事、いくら、ナラカでもしなかったぞ…!!」
「全然ちげぇええええええ!! むしろ、悪化したぁああああ!! つうか、何で、人気のない静かな寺=尼さんプレイで青○何だよぉ!? 後、せめて、青○から離れろぉ!! つうか、誰から要らねぇ事吹き込まれたのかよ!?」

―――致命的かつ末期的なエロゲ脳によって導き出されたハードでマニアックすぎる銀時の趣味にガタガタと身体を震わせながら人外の生き物を見るような眼差しで愕然としていた。
もはや、妄想の域に入りかけているほどの想像力を発揮する第一天に思わず吹き出した銀時は、即座に否定混じりのツッコミを入れつつ、誰が第一天に余計な入れ知恵をしたのか問いただした。

「いや…“永遠の刹那”の自称“藤井大奥筆頭”から“デートで人気のない場所に誘われたら間違いなく青○よ”や“その場所に合った衣装を着る事で男は、自分の欲情を割り増しできる”と教えられたのだが―――違うのか?」
「え…何、その普通に怖いんですけど…? つうか、あの女顔のちゃん…金髪巨乳の彼女いるのに、随分とすげぇ趣味でやってんだな…」

この銀時の尋問に近い気迫での問いかけを受けた第一天は、このデートの前日に、藤井ハーレムの一人である“氷室玲愛”から伝授された事を告げると首を傾げながらどの辺りで誤りがあったのか聞き返してきた。
“事実無根の冤罪だぁ―――!!”―――何処からか聞こえてくる悲痛な叫びをスルーした銀時は、純情そうに見えて、結構濃い性癖を持ったむっつりスケベな一面を垣間見てドン引きしていた。
とはいえ、銀時としても、このまま第一天の妄想に付き合ったのでは埒が明かない&SAN値が削られそうなので、少なくとも第一天の妄想より真っ当な言い訳を続ける事にした。

「まぁ、とりあえず…願掛けみたいなもんだよ。俺らしくねぇけど、あの第六天ぶっ飛ばして、仲間全員生き残るって、仏様にでも頼んでみるのもたまにはありじゃねぇか」
「…随分と難しい願掛けをするモノだな。まぁ、あのポンコツ娘はともかく、お前達だけなら何とかなりそうな気がするがな」

とりあえず、銀時は、バーサーカーとの決戦前に、いつもの銀時なら考えられない神様頼みならぬ仏様頼みをしようという事で柳洞寺へ向かう口実として話した。
だが、途端に険しい表情になった第一天の言うように、銀時の口にした“バーサーカーとの決戦を全員が生き残る”という願いは、並大抵の事で為し得るものではなかった。
一応、第一天は、何気にセイバーにセメント発言しつつ、銀時を気落ちさせないようにと気休め程度に楽観的な言葉を口にした。
だが、実際のところ、良くて満身創痍で一組、悪くて相打ちの末全滅というのが第一天の見立てだった。
そして、少なくとも、第一天は、バーサーカーとの決戦の後、自分を含む覇道神達が生き残ることは無いと考えていた。
だからこそ、第一天は思いもしなかった―――

「何言ってんだよ。全員って言ったろうが…だったら、おめぇらも一緒に決まってんだろ」
「なっ…!? まさか、本気か…!?」

―――銀時の口にした全員というのが第一天を含む覇道神達も指している事を!!
この銀時の言葉に対し、さすがの第一天も、銀時がまさか覇道神達まで生き残らせようとしていた事は予想外だったのか大きく声を上げて驚きを隠せないでいた。
だが、当の銀時は、余りの第一天の驚き振りに呆れつつも、いつものようにニヤリと笑みを浮べながらこう口にした。

「当たり前だっつうの。オメェやあの女顔の兄ちゃんがどう思っているかはしらねけど…少なくとも俺にとっちゃあんた達も絶対に護らなきゃなんねぇ大切な仲間なんだからよ」
「まったく、お前という男は…本当に可笑しな男だ」

“仲間”―――出会って間もなく、本来なら敵対関係にある筈の第一天や蓮達に対し、銀時はまるでそれが当たり前であるかのようにそう言い切ってみせた。
そんな銀時の言葉に呆気に取られた第一天は、自分達よりはるかに脆弱である筈の銀時の身の程知らずともいえる大言に、思わずヤレヤレといった様子で肩をすくめながら呆れ混じりに苦笑した。
だが、それと同時に、第一天は、本気で第一天達の事を“仲間”だと言ってくれた銀時の言葉に心の底から嬉しく思っていた―――第一天の中でほのかに芽生えた特別な想いと共に。

「んじゃ、まずは、俺達が生き残れるように願掛けしに、神様代わりの仏様頼みにお寺に行こうぜ、アフラ」
「あぁ、そうだな」

そして、第一天の偽名を口にした銀時が共に行こうかと誘うように手を差し出すと、第一天は心を弾ませるように微笑みながら差し出された銀時の手を優しく握りしめた。
やがて、銀時と第一天は、本当の恋人同士であるかのように手をつなぎながら、目的地である“柳洞寺”へと足を進め始めた。
この時、銀時は知る由もなかった―――

“例え、それが絶対に叶わぬ願いだったとしても…”

―――第一天が、銀時の口にした願いが決して叶う事の無い事を胸に秘めていたのを。



最早、銀時と第一天がラブコメ街道一直線をしている頃、そんな事などつゆ知らない切嗣は己がかつて犯してしまった罪の証と対峙しようとしていた。

「生きていたんだね…シャーレイ」
「その言い方は違うわよ、ケリィ。私は運よく生き延びたんじゃない…運悪く死に損なっただけよ」

まず、シャーレイと対面した切嗣が開口一番に口にしたのは、シャーレイがあのアリマゴ島での惨劇を生き延びていた事だった。
あの日、シャーレイが死徒になった際に、その騒ぎを嗅ぎつけた聖堂教会と魔術協会の介入により、アリマゴ島の島民全員が皆殺しにされたはずだった。
だから、切嗣も、また、冬木ハイアットホテルで再会するまで、皆殺しにされた島民と同じく、シャーレイも殺されていたのだと思っていた。
もっとも、既に自分が人間として死んでいる事を自覚しているシャーレイは、切嗣の言葉をやんわりと訂正し、少し悲しげな表情を浮かべて自嘲するように苦笑した。

「シャーレイ…君は…」

まるで自身の存在を否定するシャーレイに対し、切嗣は何かを問いかけようとして、すぐに口を噤んでしまった。
―――どういう経緯であのアリマゴ島から脱出したのか?
―――自分と再会するまで何をしていたのか?
―――なぜ、この冬木の地で繰り広げられる聖杯戦争で暗躍する組織に所属しているのか?
―――そして、なぜ、イリヤを誘拐してまで、自分に会おうとしたのか?
これらの他にも、シャーレイと再会するまで、問いかけたいことは山ほどあった。
しかし、実際にシャーレイと対面した切嗣は、何故か、それらの問いかけを口にする事ができなかった。
まるで、一度でも踏み込んでしまえば、二度と逃れる事の出来ない深みに入り込むことを確信しているかのように。

「悪いけど…今のケリィに、私についての事を教えてあげられる情報はないの」
「そうか…それでイリヤは無事なのか…?」

そんな切嗣の葛藤を察したのか、シャーレイは、これ以上切嗣に自身の内面を知られるのを拒むかのように制した。
そして、シャーレイからの拒絶の言葉を素直に受け入れた切嗣も、早速、話の本題―――シャーレイ達によって誘拐された自分の娘であるイリヤの安否について問いかけた。

「今のところは無事よ。けど、全然、ケリィには似てなかったけど…浮気されてない?」
「ははは…イリヤはどちらかというと母親似だからね。それに、浮気されるような環境でもなかったからね」

それに対し、シャーレイは、父親としての切嗣の姿に何か複雑なモノを感じつつ、アジトで大人しく囚われている筈のイリヤの無事を告げた。
それと付け加えるように、シャーレイは、不思議そうに首かしげながら、切嗣にむかって悪戯っ子っぽい笑みを浮べて、冗談じみた事を尋ねてきた。
まるで親しい友人と世間話をする感覚で話すシャーレイのからかい交じりの問いかけに対し、切嗣は、内心で少しだけ落ち込みつつ、何ともいえない表情で苦笑して返すしかなかった。
だが、その反面、切嗣としては、心の底から娘であるイリヤが自分に似なくて良かったとも思っていた。

「…僕みたいなどうしようもない人殺ししか能のない人間に似ない方が良いに決まっているからね」
「ケリィ…」

これまで重ねてきた自身の業の重さを知る切嗣は、まるで自身の存在そのものを否定するかのような言葉を吐き捨てながら自嘲した。
この己の全てを摩耗しきったかのような切嗣の言葉に、シャーレイは、切嗣の名を口にしながらも、もはや何も言えぬまま口を噤むしかなかった。
そして、それと同時に、シャーレイは、アリマゴ島で過ごしていた頃の切嗣しか知らない自分と切嗣の間にある十数年という時の隔たりを改めて思い知らされた。
もっとも、それは、姿かたちこそ昔と変わらずとも、死徒として数十年という時を過ごしてきたシャーレイにも同じことが言えるのだが…

「…単刀直入に言わしてもらうわ。ケリィ…あなたの娘の身柄と引き換えに、私達の仲間になってほしいの」
「…僕達に協力を求める理由は?」

そして、しばし沈黙の後、意を決したシャーレイは、切嗣に対して、イリヤの引き渡す代わりに、自分たちの要求―――聖杯戦争で暗躍し、シャーレイが所属する組織に協力する事を告げてきた。
このシャーレイから告げられた要求に対し、切嗣は、それまでの態度を一変させると、“魔術師殺し”という暗殺者である己を強調するかのように、氷点下の眼差しでシャーレイを見据えつつ、まるで心のない機械を思わせる冷淡な口調でシャーレイに事情の説明を求めた。

「さっきも言ったけど、今は詳しく事情は説明できないの。けど、私達もある目的の為に、冬木の聖杯を求めているの。これまでの事もその一環だと思ってもらえれば良いわ」
「…あの冬木ハイアットホテルの爆破もかい?」

だが、シャーレイは首を横に振りながら、探りを入れようとする切嗣に自分の所属する組織についての情報を開示することなく、ある目的の為に聖杯を求めている事と、その為に聖杯戦争の裏で暗躍してきた事だけを教えただけだった。
明らかに何かを隠しているシャーレイの口振りに対し、切嗣は、大勢の犠牲者を出した冬木ハイアットホテルの爆破についての一件を口にすることで揺さ振りをかけてみた。

「えぇ…ケリィもあそこにいるのは完全に予想外だったけど…酷い奴だって思った?」
「いや、僕は…そんな事を言える資格なんてない…」

そして、シャーレイは、冬木ハイアットホテル爆破の一件に関わっている事を頷きつつ、まるで誰かに責められることを望むかのような口ぶりで切嗣に問い返してきた。
明らかに自責の念を負っているシャーレイの言葉に対し、切嗣は、自分にその資格はないという口振りでシャーレイを責めることは無かった。
なぜなら、切嗣自身が、かつての自分なら躊躇いもなく、ケイネスを仕留める為に宿泊客全員を巻き添えにしていたことを一番自覚していると同時に、そんな自分がシャーレイを責める権利などないと分かっていたからだった。
そして、だからこそ、切嗣には、誰かを犠牲にしてでも冬木の聖杯を求めるだけの譲れない願いが有った。

「シャーレイ…悪いが、君の要求を呑む事はできない。僕にも、いや、僕達にも背負うべきモノが有り、叶わなければならない願いが有るんだ」
「叶えたい願いか…」

“恒久的平和による人類の救済”―――それが、今の切嗣にとって何を犠牲にしてでも叶えるべき唯一無二の願いだった。
故に、切嗣は、この自身の願望の為に積み上げてきた犠牲を無駄にするような真似などできる筈が無かった。
そして、この切嗣の返答を聞いたシャーレイは、一言だけ呟いた後、何かを察したのか、自分を見据える切嗣にむかってこう問いかけた。

「例え、自分の命を危険にさらしてでも?」
「あぁ、問われるまでもない」

シャーレイからの最初の問いかけに対し、切嗣は迷うことなく即答した。
もし、それで、自身の願いが叶うならば、今の切嗣にとって、自身の命を捨てる事など容易いことだった。
その切嗣の言葉を聞いたシャーレイは、さらに切嗣にこう問いかけた。

「例え、奥さんが命を失うことになっても?」
「あぁ…そうだ」

このアイリスフィールを犠牲にするのかという問いかけに対し、切嗣は、少しだけ逡巡した後に頷きながら答えを返した。
それは、既に切嗣もアイリスフィールも承知の上の事だった。
そして、愛する者を犠牲ことさえ躊躇わない切嗣の覚悟を確認したシャーレイは、最後に自分にとって一番重要な事を切嗣にこう問いかけた。

「…今ここで、私を殺すことになっても?」
「…っ!!」

次の瞬間、切嗣はハッと顔を強張らせると狼狽えると、切嗣からの答えを求めるシャーレイを前にして、それ以上何も答えず口を閉ざすしかなかった。
確かに、切嗣は、人類の救済という願いの為に、これまで数多くのモノを犠牲にしてきた。
それは、あの水銀の蛇に言わせれば、自らが愛する宝石を投げ捨て、雑多な石くれをすくい上げるという事なのだろう。
だが、シャーレイの場合はこれまでとは事情が異なり、切嗣にとって、シャーレイは自ら投げ捨てる事無く失った宝石なのだ。
例え、それが、死徒という形とはいえ、切嗣は期せずして、シャーレイという宝石と再び巡り合う事になった。
そして、それは同時に、事と次第によっては、切嗣はシャーレイという宝石を自らの手で捨てなければならないかもしれない事を意味していた。
だからこそ、切嗣はシャーレイの問いかけに何も答える事ができなかった、否、できるはずがなかった。

「…ケリィ。昔、私があなたに尋ねた事を覚えている?」

やがて、シャーレイは、答えの出ない問いかけに逡巡し苦悩する切嗣にむかって思い出話をするように尋ねながら、さらにこう問いかけた。

「ケリィはさ…どんな大人になりたかったの?」




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