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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第46話:とある侍の愛憎譚=転落ルート中間=
作者:蓬莱   2014/04/13(日) 22:39公開   ID:.dsW6wyhJEM
時はビグ・ラングが撃破された同時刻、聖杯戦争の裏で暗躍する謎の組織―――通称:組織X(命名者:厨二眼鏡)の指令室は慌ただしさと騒々しさを大幅に増していた。

「まぁ、これもサーヴァントという存在を甘くみすぎた結果という事かのう」
「くそぉ…!! 撃破されるだけなく、ビグ・ラングを鹵獲されてしまうなんて…!?」

その渦中で、焦りの全くない呑気な感想を口に老人とは対照的に、隣にいた研究員の狼狽ぶりは、腹立たしげに悪態を吐き、自身の苛立ちを隠すことなく机をおもいきり叩き付けるほどだった。
―――“計画”に必要なマスターの一人である遠坂時臣に対する人質を使った取引の失敗。
―――この作戦に参加したサイボーグ兵士部隊の大多数に及んだ損失。
―――何より、組織Xの機密すべき重要技術を多く搭載したビグ・ラングの鹵獲。
もはや、何時、組織の存在を明るみにされてもおかしくない万死に値するほどの余りに大きな失態だった。
とここで、散々悪態を吐き出した研究員は、ようやく冷静さを取り戻して、ハッと我に返るや否や、老人の隣にいる青年―――“首領”の存在に気付いた。
“殺される…!!”―――数秒後の自身の未来を脳裏に過ぎらせた研究員が恐る恐る、“首領”の方へと目を向けた。

「あ、あれ……?」
「何じゃ…お主気付いておらなんだか…」

だが、研究員の予想に反して、それまで老人の隣にいると思っていた“首領”の姿は何処にもなかった。
思わず、辺りを見渡しながら戸惑う研究員に対し、呆れ顔を浮べた老人はため息を一つ吐き出しながらぼやいた。
実は、ビグ・ラングが暴走した時点で見切りをつけた首領は、“出る”とだけ老人に告げると、そのまま何処かに去っていたのだ。

「さぁて…お主はどのような一手を打つつもりかのう―――」

“イレギュラー”―――“首領”と“もう一体のサーヴァント”に冠せられた、本来ならば有り得ないクラスを呟いた老人は、“首領”の一手によって翻弄されるであろう者達の姿を楽しげに妄想しながら歪んだ笑みを浮べた。



第46話:とある侍の愛憎譚=転落ルート中間=



そして、切嗣とセイバー各々が重大な局面を迎えようとする中、ヴェヴェルスブルク城で繰り広げられていた一つの闘いが意外な形で終止符を打たれようとしていた。

「私が犯した罪は―――心からの信頼において あなたの命に反したこと」
「「!?」」

突如として、凛とした女性の声が闘技場に響いたのは、セイバーを一方的に打ち負かした螢が“緋々色金”を突き付けながら降伏を認めろと言い放った直後だった。
“私は愚かで あなたのお役に立てなかった”
その女が抱いた渇望は、“戦場を照らす光になりたい”というモノだった。
“だからあなたの炎で包んでほしい”
光の一切ない血と硝煙で満ちた希望のない暗闇の戦場でも、仲間達が道を見失うことの無いように光となって導きたいという清浄な願いは、自身の肉体を雷と化す能力という形で具現化された。
“我が槍を恐れるならば この炎を越すこと許さぬ”
そして、今、ここに―――

「“創造”―――“雷速剣舞・戦姫変生”!!」

―――聖槍十三騎士団黒円卓第五位“戦乙女”ベアトリス・ヴァルトート・フォン・キルヒアイゼンは、己の宝具“雷速剣舞・戦姫変生”を発動させ、セイバーと螢の間に立つように推参しこう告げた。

「お二人とも熱くなっている最中、申し訳ないですが、このチャンバラごっこの勝敗は私、ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼンが預からせてもらいます」
「なにを…!?」
「ベアトリス…どうして、ここに!?」

このベアトリスの突然の試合終了宣言に、セイバーは納得できないといった様子で抗議交じりの声を上げて睨み付けた。
一方、螢のほうは、セイバーに向けた“緋々色金”を下しつつ、間桐邸にて自宅警備という名のニート生活を堪能していた筈のベアトリスがここに現れたのか分からず困惑を隠せないでいた。

「…戒に頼まれたんですよ」
「え、兄さんが…!?」

とここで、ベアトリスは戒の予想通りとなった事に肩をすくめながら、目を丸くして驚く螢に事情を説明し始めた。
実は、戒とナルゼが銀時と第一天とのデートの覗き見を引き継いだ際に、セイバーと螢の決闘の事を聞かされた戒は、妹である螢のやり過ぎを心配していた。
表面上でこそ冷静な性格に見えても、内心は激しい激情家である螢が、迂闊にも螢の想い人である蓮を侮辱したセイバーを徹底的叩きのめした挙句、うっかり殺してしまう可能性は充分にあった。
そこで、戒は、もしもの場合に備えて、螢を止めるストッパーの役目を、螢の創造の上位互換といえる宝具“雷速剣舞・戦姫変生”と黒円卓最高の剣技を有するベアトリスに頼んでいたのだ。
実際、戒の配慮は的確であり、前述の理由に加え、螢はベアトリスを姉として慕っている為、螢を止めるにはこれ以上にない適任者だった。

「今度は雷娘だぜ、ホライゾン!!」
「Jud.察するに、相手を文字通り痺れさせるような恋ができる自分になりたいと言ったところでしょうか。ホライゾンは、随分過激な愛情表現だと大分引きつつ判断します」
「ちょ、何で、私がそんなドS趣味的な渇望を持っている解釈になるんですか!! というか、螢もそんな“そうだったの!?”みたいに愕然と驚かないの!!」

もっとも、そんな実力者であるベアトリスですら、外道共にとっては厨二病宝具保持者という恰好の弄られ役でしかなかったが。
これには、歴戦の英雄であるベアトリスも無視できなかったのか、外道発言の大本であるアーチャーとホライゾンに加え、ここ最近のベアトリスの言動から色々と誤解している螢に抗議交じりのツッコミを入れた。
ちなみに、もし、ベアトリスの上官にあたるエレオノーレがこの場に居ればきっとこう思っただろう―――“やっぱり、アイツも馴染んだか…”と。
まぁ、それはともかくとして…

「まぁ、何はともあれ、お互いに売り言葉に買い言葉をぶつけ合ったのが原因ですから…どっちも悪かったという事で、ここらで手打ちという事にしましょう」
「でも―――螢―――っ!?」

ひとまず、外道共の対処を後回しにしたベアトリスは、お互いに原因があるという事も考慮した上で、セイバーと螢にチャンバラごっこを喧嘩両成敗という形で終わらせることにした。
しかし、このベアトリスの決定に納得のいかない螢は、納得できないと顔に出しながら、抗議の声を上げようとした。
故に、螢の抗議も充分に承知していたベアトリスは、螢の名を呼んで制すると、螢が否応なしに頷くしかなくなる魔法の言葉を口にした。

「貴方の大事な藤井君からの伝言です。えっと、“俺の為に怒ってくれるのは分かるけど、もうちょっと頭を冷やせ大馬鹿野郎”ですって」
「んな…!? 誰が、大馬鹿野郎よ…!!」

このベアトリスから告げられた蓮からのあまりに不器用な言伝に、螢は一瞬だけ言葉を失いながらも、すぐにここには居ない蓮にむかって怒りの声を荒げて怒鳴ったものの、それ以上何も言えなかった。
そもそも、螢がここまでセイバーを執拗に打ち負かしたのは、セイバーが螢の想い人である蓮を侮辱した事が始まりだったのだ。
ならば、その蓮が止めに入った以上、螢としても不満ではあるが、これ以上セイバーに対する仕置きを止めざるをえなかった。

「まぁ、こっちの都合で散々振り回した挙句、ムシが良すぎるかもしれませんが…そういう事でお願いします」
「ん? あぁ、Jud. Jud.ここらでお開きって事で良いんだよな」
「確かに、これ以上の戦闘はお互いにとって無意味のモノですね」

とりあえず、螢の説得したベアトリスは、続いて、大人げない子供の喧嘩に巻き込んでしまったアーチャーとホライゾンに申し訳なさそうに謝った。
しかし、当のアーチャーもホライゾンもさして気を悪くした様子もなく、逆に気にするなというように軽い口調で言い返して、ベアトリスの仲裁を快く受け止めていた。
さて、これで丸く収まれば何も言うことは無かったのだが―――

「待ちなさいよ…!! 勝負はまだ―――黙りなさい―――っ!?」

―――唯、螢に散々打ち負かされたセイバーだけがこの結果に納得できずに直も無謀な闘いを続けんとしていた。
しかし、未だに闘わんとするセイバーの執念を遮るように返ってきたのは、刹那の間にセイバーの咽喉元に剣先を突き付けたベアトリスの一喝だった。
もはや、実感させられたセイバーはもとより誰の目を見ても、このベアトリスがセイバーを圧倒的な実力差で打ち負かした螢よりもはるかに強い事は覆せない事実だった。
それと同時に、セイバーは改めて思い知らされた―――

「死人に鞭打つようで申し訳ないですが、今のあなたに英霊、いえ、戦士としてこの聖杯戦争に参加する資格なんて有りません。よって、これ以上、螢も私も、あなたのチャンバラごっこに付き合うつもりはありません」
「―――!!」

―――螢もベアトリスも、初めから自分を敵とすら見なしていなかった事を!!



ヴェヴェルスブル城での決闘が終わりを迎えた頃、真夜中の海浜公園周辺では、今も互いに譲れぬモノを抱えた者達―――舞弥と忍び装束の男による激しい攻防戦が続いていた。

「やれやれ…昔は、これでも結構無理できたんだけどな…」
「…」

幾度目かの攻撃の応酬の末、両手に苦無を構えた忍び装束の男は、銃を構える舞弥と対峙しつつ、昔のようにいかないもんだと愚痴をこぼした。
だが、そんな忍び装束の男を無言で油断なく睨み付ける舞弥からしてみれば、サーヴァントに及ばずとも、言峰綺礼と勝るとも劣らない脅威だった。
事実、忍び装束の男は、服を掠めこそすれど、次々と放たれる無数の弾丸をその肉体に受ける事無く、これまで舞弥の攻撃を尽く躱し続けていた。
否、ただ、躱し続けていたのではない。
なんと、忍び装束の男は、両手に持った二つの苦無で弾丸の軌道を逸らして受け流すという離れ業で高速で迫ってくる数多の弾丸を全て凌いでいたのだ。
それを、まるで、長年使い慣れたペンで文字を書く程度の日常行為のような当たり前の行動として実行できるのだから堪ったものではなかった。

「…やっぱ、こう年喰っちまうと体がおっつかないもんだな。ちょっと若ぇ奴を相手にするだけで息切れちまっていけぇねぇや」
「…」

だが、そんな舞弥の心情を知る由もない忍び装束の男は、敵である筈の舞弥に気軽に話しかけるような飄々とした口ぶりで年寄りじみた独り言を口にしていた。
それと同時に、そんな忍び装束の男の独り言を無言という返答で答えた舞弥は、いつの間にか自分が忍び装束の男のペースに乗せられている事に気付いた。
何故、すぐにでも、自分を殺さないのか理由は分からない。
だが、このままでは、忍び装束の男のペースに乗せられたまま、忍び装束の男の目的である時間稼ぎを達成されるのは目に見えていた。
故に、これまでの戦闘で忍び装束の男についてのある事実を掴んだ舞弥も、油断なく銃を構えつつ、言葉でこちらを翻弄する忍び装束の男に対抗するかのように反撃の一手を打たんとした。

「その割には随分と余裕ですが…もしかして、その破れた服の間から見える肌から察するに、かなりのご高齢なのでしょうか?」
「…っ!?」

次の瞬間、銃弾と共に放たれた舞弥の言葉に、忍び装束の男は、ハッと目を見開くほどの驚きと共に思わず身体が硬直してしまった。
事実、舞弥の指摘した通り、破れた服の間から僅かに見える忍び装束の男の肌は、まるで水気を失った枯れ木のようにカサカサに乾ききった老人のそのモノだった。
ほんの刹那の隙ではあったが、その代償は高くついた。
そして、虚を突かれた忍び装束の男の腹部に二発の銃弾がめり込み、幾つかの血飛沫と内臓の一部を飛び散らせながら貫通していった。

「あぁ、痛ぇ…たく、これだから年はとりたくねぇや…身体はおっつかねぇわ、口軽くなっちまうはで良い事一つもねぇな…」
「なら、素直にそちらの情報を渡して貰えるならありがたいのですが」

不覚を取ったにも拘らず、軽口を叩く忍び装束の男であったが、舞弥の目から見ても、忍び装束の男が受けた手傷は口で言うほど軽いモノではなかった。
事実、忍び装束の男は、黒地の服が赤黒く染まるほどの鮮血が止まる事無く溢れ出てくる穴の開いた腹を抑えながら、軽口を叩く事さえ重労働なほど息も絶え絶えという有様だった。
そして、この忍び装束の男の有り様を見た舞弥は、自分が手を下さずとも死の一択しか残されていない瀕死の忍び装束の男にむかって拳銃を突き付けると、囚われたイリヤの居場所を含めた情報を聞き出そうとした。
無論、切嗣の障害となりうる者を排除せんとする舞弥は、仮に忍び装束の男が命乞いとして情報を素直に渡したとしても、このまま生かして帰すつもりなど毛頭もなかった。

「情報も何も…俺が教えられるのは、最初から何一つしかねぇさ」

だが、忍び装束の男は、息も絶え絶えの有り様にも関わらず、自分たちの情報を漏らすのはもちろんの事、決して舞弥に命乞いをすることはなかった。
それどころか、忍び装束の男は致命傷など気にするそぶりを見せる事無く、生殺与奪の権利を行使できる舞弥にむかって軽口を叩きながらこう告げるだけだった。

「俺の役目は…俺の、俺達の可愛い孫娘分のお願い―――“衛宮切嗣と二人きりで話したい”っていう頼まれごとを叶えるだけだってな」
「…」

それだけを舞弥に告げた忍び装束の男の表情は、まるで可愛い孫娘の為に頑張る祖父のような何処か誇らしげな笑みだった。
だが、そんな忍装束の男を無言で見据える舞弥からすれば、まるで瀕死の深手を負っている事など欠片も感じさせない忍び装束の男は不気味なモノとしか映らなかった。
“情報を聞い出すべきか、すぐに殺すべきか…?”―――忍び装束の男に対する底知れぬ恐怖によるものなのか、僅かではあるが、舞弥の中でこの忍び装束の男をどうすべきなのか迷いが生じてしまっていた。
故に―――

「よっと…何だ? 今、こっちも手が離せねぇんだけど…」
「!?」

―――不意に鳴り響いた携帯電話を懐から取り出した忍び装束の男を、舞弥は不意を突かれた形で驚くことになった為に、思わず止める事ができなかった。
だが、そんな舞弥以上に驚きの声を上げることになったのは、取り出した携帯電話で会話を始めた忍び装束の男の方だった。

「おい、ちょっと待てよ…何でここに来ているんだよ? てめぇ、何を企んで…!?」

二、三回の携帯電話越しでの会話のやり取りをした瞬間、忍び装束の男は、それまでの飄々をした口調から一変して、携帯電話越しの相手に向かって荒々しく怒鳴りつけた。
一方、忍び装束の男に銃を突き付けていた舞弥であったが、忍び装束の男が携帯電話を通して、どのような会話のやり取りをしていたのかは分からなかった。

「悪いな…ちっとばかり急ぎの用事が入っちまってな」

だが、舞弥は、それまでの人をからかうような飄々とした口調ではなく、聞く者に強制的な重圧をかける重々しい口調で呟く忍び装束の男を目の当たりにして、一つだけ理解せざるを得なかった―――

「―――ここから先は、一切合財俺の奥手使わせてもらうぜ!!」
「なっ!?」

―――忍び装束の男が本気で潰しに掛かってくることを!!
そして、舞弥は、その自身の理解が正しかった事を認識せざる得なくなるほどの驚愕の光景を目の当たりにすることになった。
次の瞬間、それまで瀕死の手傷を負っていたはずの忍び装束の男は、そんな致命傷など最初からなかったというようにあっさりと立ち上がり、自身に突き付けられた拳銃を粉々に握りつぶした。
さらに、舞弥にとって驚くべきなのは、これまで、戦闘技能に長けたただの人間だと思っていた忍び装束の男にサーヴァントに匹敵するほどの魔力が宿っている事だった。
―――どうなっている?
―――先ほどまで、自分が優位に立っていた筈なのだ。
―――ならば、何故、こんな荒唐無稽な理不尽がまかり通るのだ?
―――分からない…理解できない…受け入れられるはずがない…!!
もはや理解不能な現象の連続に脳の処理機能が限界をきたしかけていた舞弥であったが、その隙を見逃してやるほど、今の忍び装束の男は優しく甘い男ではなかった。

「ぐうっ…!?」
「まぁ、少なくとも命まで取らねぇから―――」

ほんの刹那の瞬間、舞弥はまるで小型爆弾によって自分の脇腹が抉り取られるような激痛が襲い掛かり、否応なしに口から血を吐き出しながら崩れ落ちた。
ただ、舞弥は小型爆弾と認識していたが、忍び装束の男は、舞弥の脇腹を抉るのに火薬の類は一切使用していなかった。
忍び装束の男がやった事は、ただ一つだけ…出来うる限り、舞弥を殺さないように手加減を込めた力任せの平手打ちだった。
そして、唯それだけで、舞弥を戦闘不能に追い込んだ忍び装束の男は、地面に倒れ伏した舞弥を見下ろし、“とりあえず―――”と前置きを付け加えながらこう告げた。

「―――ここから先は、しばらく、大人しく寝ててくれや」
「…」

だが、舞弥が何らかのリアクションを取ると思っていた忍び装束の男の予想に反し、舞弥の身体がまるで死体のようにピクリとも動くことは無かった。

「…一応、手加減込みで叩きのめした訳なんだが、死んでねぇよな?」

“やりすぎたか?”―――そう首を傾げた忍び装束の男は、一向に動く気配のない舞弥の生死を確かめる為に、地面に倒れ込んだ舞弥の傍に近付いて行った。
はっきり言ってしまえば、この時の忍び装束の男は不用心としか言いようがなかった。
数々の戦地を駆け抜けてきた身でありながら、殺し合いという血なまぐさい修羅場に於いての決着は相手の死のみという大前提を忘れていたのだから。
だから、勝負は決したと思い込んだ忍び装束の男が屈みこんで確かめようとした瞬間―――

「うあああああああああああぁ―――っ!!」

―――徐に立ち上がった舞弥の気力を振り絞らんばかりの叫び声と共にすくい上げるような鋭い刃の一閃が忍び装束の男の顔を切り裂いたのは当然の事だった。
“死んだ振り”―――かつて、切嗣と出会うまで幼年兵として戦場を潜り抜けてきた舞弥にとって何度も敵の目を欺いてき、逆に相手を本当の死体として屠ってきた常套手段だった。
そして、最後の力を振り絞った事で力尽きんとした舞弥は、再び遠のく意識の中で、覆面を切り裂かれた忍び装束の男の素顔を目の当たりにした。

「えっ…?」
「まぁ、面がバレちまっても別に問題ねぇから、手を下すつもりはねぇよ」

それを目の当たりにした瞬間、朦朧とする意識の中で、舞弥は思わず間の抜けた声を上げて呆然とした。
切り裂かれた覆面から見えた忍び装束の男の素顔は、先程、舞弥が指摘したような老人などではまったくなかった。
そこにいたのは、老人のような白髪の持った、しかし、それと相反するような舞弥とほぼ同年代の若々しい精悍な顔つきをした青年だった。
そして、薄く切り裂かれた頬の傷から滴る血をぬぐった忍び装束の青年は、舞弥が今度こそ意識を失ったのを確認した後、素顔を見られたのをさして気に止める事も頭を掻きながらぼやくと―――

「まったく、あの野郎もあの野郎で連絡だけよこして、こっそり基地から出てきてんじゃねぇよ」

―――わざわざ、仕置きの為にやってきた“首領”にたいして愚痴をこぼして立ち去って行った。


そして、シャーレイとのやり取りの中で、衛宮切嗣は今、今後の自身の行く末を決めるであろう岐路に立たされていた。

「それは…」

“ケリィはさ…どんな大人になりたかったの?”―――切嗣は戸惑いながらも、そのシャーレイからの問いかけに対する答えを口にしようとして…できなかった。
確かに、かつての切嗣にはなりたかったし、子供心に憧れていたモノがあった。
だが、切嗣は、それになろうと目指した過程で、多くの愛するモノを切り捨てていった。
そのため、今の切嗣にとっては、もはや、ソレは絶望であり、憎悪すべきモノでしかなく、まかり間違っても自分が口にして良いモノではなかった。

「一応、話だけなら、ケリィが今まで何をしてきたのか大体分かっている…“魔術師殺し”って言われるまでどんな酷い事をしてきたのかも…」

しかし、それでも、シャーレイは答えに窮する切嗣を見かねて後押しするかのように、“魔術師殺し”の所業を知っている事を明かした。
狙撃、毒殺、爆殺、航空テロなどなどありとあらゆる手管を使って多くの魔術師たちを屠ってきた魔術師専門の暗殺者“魔術師殺し”の衛宮切嗣。
普通ならば、魔術師はもちろんの事、常人であっても、切嗣の所業を知れば、度し難いと理解するに値しない悪辣な外道と断じて、忌避と嫌悪するであろう。

「それでも、どんな事でもいいから何でも話して…私はケリィがどんな答えを口にしても精一杯受け止めるから…」
「僕は、僕は…」

だが、それでも、シャーレイは、まるで救いようのない罪人を抱擁せんとする聖女のように、それさえも含めた切嗣の全てを心の底から受け止めようとした。
そのシャーレイの打算や偽りの一切ない真摯な姿に、切嗣は無意識のうちに涙を零しながら、唇を震わせて己の本心を吐き出そうとした。
もし、この時、切嗣がシャーレイに本心も願いも何もかも曝け出していれば、切嗣の今後や銀時との関係を含めた聖杯戦争の行方も大きく違っていたのかもしれないだろう。
そして、少なくとも、形はどうあれ、切嗣が救われる事は間違いなかったのかもしれない。
そう―――

「そこまでだ」
「「!?」」

―――切嗣とシャーレイのやり取りを遮るように割り込んできた青年こと“首領”に摘み取られなければの話だが。

「まったく…重要な任務に託けて随分と下らぬ遊興に費やしているようだが…どういうつもりなのだ、貴様?」
「あう…それは―――パッアン!!―――ぅ!?」

そして、驚く切嗣とシャーレイを一瞥した“首領”は、声を荒げる事無く、“一切の沈黙を許さない”と圧力をかけるように問い詰めながら、シャーレイの方へと近づいて行った。
徐々にこちらへと近づいてくる“首領”に対し、シャーレイは大蛇に見入られた蛙のように一歩も動けないまま、歯をガチガチと震わせて怯えていた。
それは、切嗣からみれば、ある意味で奇妙な光景だった―――人間をボロ雑巾のように引き裂けるはずの死徒がただの生身の人間に恐怖に気圧されているのだから。
もはや、恐怖に心を握りつぶされかけんとするシャーレイが口を開こうとした瞬間、“首領”は何のためらいもなく、シャーレイの頬を無表情のまま容赦なく叩いた。

「貴様…何を…!!」
「答えるつもりなどないし、口をはさませるつもりもない。そもそも、部外者である貴様には何の関わり合いのない事だ」

この“首領”の容赦ない仕打ちを目の当たりにした切嗣は、シャーレイを責める“首領”を咎めるような口調で問い詰めんと一歩踏み出した。
だが、やはりというべきなのか、“首領”は、敵意を向ける切嗣をまるでいないかのように一瞥することもなく、“だから、邪魔をするな”という意を含めた言葉だけで制した。

「言っておこう…我は貴様の下らぬ私情に満ちた妄言まがいの言い訳に耳を貸すつもりなど一切ない」
「ひっ…!?」

そして、一切の感情を全く感じさせない言葉でシャーレイにそう告げた“首領”は、徐に懐から取り出した注射器を悲鳴交じりの声を上げるシャーレイの首筋に躊躇うことなく突き刺した。
やがて、“首領”が“だから―――”と言いつつ、注射器に入った赤い液体を少しずつゆっくりと注入した瞬間―――

「うぁあああああああああいいいいいいあああああああああああああおおおおおおああああああ!!」
「―――ただ、全てを一切黙して、我の命に背いたという過ちの仕置きを受ければいい」

―――自分の意思と関係なく身体が跳ね上がるほどの激痛に襲われたシャーレイは眼球が飛び出さんばかりに目を見開きながら、口から血が迸るほど喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げて地面に崩れ落ちた。
だが、それでもなお、“首領”は体を蝕み侵す激痛に悶え苛まれるシャーレイを見下ろしたまま、さも当然であるかのように一欠けらの情も感じさせない言葉を吐き捨てた。
それどころか、むしろ、“首領”は、化け物の身でありながら、たかだか、硝酸銀溶液混じりの血を打ち込まれた程度の事で、大仰に泣き叫んで根をあげるシャーレイを蔑んですらいた。

「う…あ…」
「ふん…続きは基地に戻ってから、じっくり執り行うべきか」

やがて、絶え間なく責め続ける激痛に耐えられなくなったシャーレイは、僅かな呻き声を漏らすと、身体をだらりと弛緩してそのまま意識を失った。
しかし、このシャーレイの無残な有様を見てもなお、“首領”は眉ひとつ動かくことなく、シャーレイの頭をグリグリと踏みつけた。
そして、一旦の仕置きを済ませた“首領”は、指一つ動けなくなったシャーレイの身体を軽々と抱えて、この場から立ち去ろうとした。

「待て…!! 話はまだ終わって…それに取引はどうするつもりだ!?」

とここで、この容赦のない仕置きを呆然と見るしかなかった切嗣は、この場から立ち去ろうとする“首領”の姿にハッとして本来の目的―――誘拐されたイリヤの身柄に対する取引の事を思いだして呼び止めた。

「生憎だが、こちらの都合で取引は中止とさせてもらう…まぁ、貴様が何もせずとも、勝手に貴様の娘はそのうち戻ってくるだろう」
「…」

そんな切嗣の声が耳に入ったのか、後ろを振り返った“首領”は今夜の取引の中止とイリヤが無事である事の旨を告げた。
とはいえ、さすがに“首領”の言葉だけでは信用できる根拠もないため、切嗣は無言のまま、疑いの眼差しを向けた瞬間―――

「そもそも、貴様が別に案ずる必要などあるまい。第一、必要とあれば切り捨てるモノなどに心を病む必要などどこにある?」
「…っ!?」

―――まるで切嗣の本質を見透かしたとしか思えない“首領”の言葉に凍り付いた。
事実、切嗣自身が、“首領”の言葉が正しい事を誰よりも一番よく分かっていた。
もし、自らの信ずる正義の為に、イリヤの命を犠牲としなければならない時がくれば、切嗣は躊躇うことなくその決断ができるが故に―――!!

「何を驚く? 少なくとも、我と貴様…“同じ願い”を等しく抱く者同士…分からぬ道理が何処にある?」
「僕とお前が“同じ願い”…?」

だが、切嗣の本質を見透かした“首領”は、何故、自分の本質を見透かされたのか分からない切嗣こそまるで理解できないといった口振りで返してきた。
この“首領”の言葉に、虚を突かれたかのように呆然とした切嗣はさらに戸惑いを隠せなかった。
切嗣と“同じ願い”とは、すなわち、恒久的世界平和という人類救済に他ならなかった。
実際、“首領”がシャーレイに下した凄惨な仕置きを見る限り、切嗣は、“首領”の言葉を到底信じる事や受け入れる事などできなかった。
しかし、それと同時に、“首領”の口から出た言葉に相手を騙すような嘘や聞き触りのいい安易な懐柔も感じられなかったのも事実だった。
そして、そんな切嗣の迷いに気付いたのか、“首領”は、冷たい眼差しで切嗣を見据えたまま、畳み掛けるようにこう指摘した。

「衛宮切嗣…我の見たところ、今の貴様に足りぬのは、“捨てる覚悟”だ」
「“捨てる覚悟”…だと…」

“捨てる覚悟”―――“首領”の口から出たその言葉に、切嗣はどういう事だと問い詰めるように睨み付けた。
これまで、切嗣は、“正義の味方”で足らんとするために、無数の命を救う為に、友情や恋慕など多くのモノを切り捨ててきた。
そして、今も、切嗣は、この聖杯戦争でも、妻であるアイリスフィールをも含めた多くのモノを切り捨てようとしていた。
故に、切嗣の覚悟を否定するかのような“首領”の言葉は、切嗣には受け入れられるはずが無かった。

「少なくとも、以前の貴様ならば、己が願望を成就するためならば、小娘の命一つ躊躇いもなく捨てられた筈だ…まぁ、そうであるなら、このような下らぬ取引に応じる筈など無いのだからな」
「それは…」

しかし、“首領”は切嗣の睨み付けるような視線に動じることなく、逆にイリヤを助ける為にこの取引に応じたこと自体が覚悟の足りない証だと断言した。
これには、さすがの切嗣も痛いところを突かれたのか、思わず視線を逸らしてたじろぐように口篭もらせた。
確かに、“首領”の言うように、“魔術師殺し”と称された頃の切嗣ならば、誰の命がかかっていようとも、何らかの罠かもしれない取引に応じる事などなかった筈だ。
まして、全人類の救済という願いを口にしながら、イリヤの命一つのためだけに死地に飛び込むなど“覚悟”が足りないと指摘されても仕方のない事だった。

「己を束縛する全ての繋がりを断て」
「…」
「他人との絆など、貴様の強さの邪魔になるだけだ」
「…」
「家族という下らぬモノを作るから、情という弱さを捨てられぬ」
「…」
「だから、貴様は限りなく脆弱な存在に堕落し、己の叶えんとする願望を成就する為に躊躇を繰り返すのだ」
「…」

これに対し、“首領”はまるで、辛うじて保っていた切嗣の心の鎧を引きはがしながら、切嗣の抱える葛藤や迷いを祓い清めつつ、切嗣の脳の最深部へと刷り込ませるように言い続けた。
もはや、自分の至らなさを暴かれた切嗣に反論など出来る筈もなく、ただ、“首領”の言葉を受け止めていくしかなかった。
そして、“首領”は、死人のように青褪めていく切嗣を見据えながら、“故に”と前置きを置いた後にこう断言した。

「―――己を取り巻くしがらみも何もかも一切合財捨てた者だけが、最後に己の願望を成就する事ができるのだ」
「僕に…その覚悟が無いと…?」

この暴論ともいえる“首領”の主張に対し、死人のように顔を青褪めた切嗣は声を震わせながら、自分の至らなさを問いかけるように尋ねた。
もはや、今の切嗣の口からは反論の言葉さえ出てこなかった。

「故に貴様はここにいるのだろう、衛宮切嗣。己が願いを成就した後、娘と幸せに生きていたいと思っているのか? 笑わせてくれるわ、半端者めが」
「…だったら、だったら、僕はどうしたら良いんだ…!! 僕はどうすれば良かったんだ!?」

そして、当然の事ながら、“首領”の口から返ってきたのは、未だに“覚悟”が足りない切嗣を心底侮蔑した辛辣な言葉であり、切嗣の心を折るには充分すぎるほどの威力だった。
その瞬間、心の支えを根こそぎへし折られた切嗣はまるで救いを求めるかのように泣き喚くと、“首領”にむかって訴えるように叫んだ。
そんな切嗣の悲痛な叫び声すら何も感じる事無く、“首領”は、救いを求める切嗣を光も闇もない死んだ魚のような目で見据えながらこう告げた。

「―――己が幸福になる事を斬り捨てれば良いだけよ」

それは、己にとってもっとも必要とする“駒”を得るために打った首領の布石だった。
 


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