白い帽子とコートの半透明な女性リニスはアキトに対し使い魔の契約を結ぶように言ってきた。
それは自らの消滅を免れるためであるという、アキトの頭の中はこんがらがっていた。
オカルトめいたものがこの世界にある事は百も承知だったが、
自分の身にもオカルトめいた現象が起こるとは思っていなかったからだ。
この幽霊はアキトの中に取り込まれた遺跡演算ユニットが取り込んでいったデータの一部であるという。
アキトは演算ユニットは位置情報だけを集めているわけではなかったということすら初めて知る。
月村家の面々もそのあたりの事は全く知らなかったため、突然の訪問者にびっくりしている。
ラピスだけはリニスに対し警戒の表情で見つめていた。
月村家のリビング、全員が集まり幽霊のようなリニスという女性の言葉に集中している。
興味をひかれているもの、警戒をしているもの、幽霊が珍しいもの、様々ではあるがリニスが気になるのは事実のようだ。
どこかにらめっこのような状態の中、沈黙を破ったのは忍だった。
「さて、順を追って話してくれないかしら。一応ここの家主なので知っておきたいと思ってね」
「順をですか、では契約はまだですのでテンカワ・アキト殿を暫定マスターと呼ばせてもらいます。
暫定マスターはボソンジャンプと呼ばれる特殊な移動手段を持っています。
これは、演算ユニットを介して元の場所と、目的地の位置情報と時間情報を取り込み、
一度ボソンに還元した物質情報を先進波に乗せて過去へと飛ばし、
そのまま光速を超えない速度で移動して、目的地に到達後ボソンから再変換される仕組みです」
「先進波って、空間以外に時間にも波があって、未来や過去へ向かうっていうトンデモ理論よね?」
「立証されていない理論は全て否定されるわけではありません、暫定マスターの世界には活用する方法があったのです」
「随分と詳しいな」
「演算ユニット内の情報をある程度ですが閲覧することができますので」
「へー、でもそれってあなたの事とどう関係あるの?」
忍はボソンジャンプの事を聞いているわけではない。
技術屋として興味がないではないが、今の状況をまず知りたいというのが彼女の考えである。
それに対しリニスは少しだけ微笑む、何か琴線に触れるものがあったのだろう。
「私は見ての通り死んでいます。
いえ、人造魂魄ですから正確には死んでいるとか言うのも違うんですけど。
しかし、周辺の情報を取り込み続ける演算ユニットの習性により、私は検知されていました」
「魂も検知するっていうの?」
「はい、魂といえど質量も重量もありますし、もちろん実質的には1ミリグラムにも満たないものですが」
「そういえばどっかの学者が死んだ人間は死ぬ前の人間より少し軽くなっているとかって言ってたけど……」
「今は否定しても仕方ないだろう、先を続けてくれ」
「はい、暫定マスター。貴方は最近普通は見えないような光が見えませんか?」
「……ああ」
「アキト?」
「アキトさん?」
「へぇ、そうなんだ」
「それは魔力や魂といった精神的なものの中で質量を持つものを演算ユニットが検知しているのです」
「……なぜだ?」
「それらはジャンプに影響する可能性を持つ危険因子ということなのでしょう。
特に人造魂魄は普通とは違うものですから、暫定マスターに私の魂が見えたのもそのせいです
そして、暫定マスター、貴方は興味を持って光に触れてみましたね?」
「一度だけな」
「その光が私の魂のコアだったんです。コアは演算ユニット内に既にデータ化された私の魂と結びつき、
徐々に形を取り戻していきました」
「徐々に?」
「演算ユニットはボソンで過去へと常にデータを送信し続けています。
それはあらゆる環境データを集積しなければジャンプの誤差が致命的になるからですが、
並行宇宙自体が互いに重力による影響を与えあっている事はご存じですか?」
「いや」
「なるほど、ありえない話じゃないわね、ちょっと途方もなさすぎるけど」
「結論として周辺宇宙の質量も計算しなければジャンプにずれが生じます。
だから、貴方達の言う古代火星人は並行世界にも探査用の演算装置をかなりの数送っています。
そして過去のデータは更新され今のデータに蓄積される、この意味がわかりますか?」
「現在過去未来のあらゆるデータが存在すると?」
「はい、もちろん完全なものではないですし、演算ユニット自体は端末であって全ての元となるものではないようですが。
それでも何万という並行世界の過去のデータを引き出すことができます」
「つまり、貴方の生きていたころのことを探し当ててつなぎ合わせたと?」
「そのとおりです」
リニスの言った事は途方もないものだった。
アキトの中にあるものは凄まじいまでの演算装置、彼女はその中で計算され続けているから存在していると言っているのだ。
そのわりにはリニスは落ち着いている、どういった心境なのか周りの人間は測りかねていた。
色々と考えることが多いため、俺は一旦休む事にしたが、それでは納得しない人間もいた。
「ボソンジャンプとかいうのについて、私聞いてないんだけど?
それから演算装置と融合したって? どういうことよ?」
忍は当然の疑問を俺にぶつけた。
前に話した時はぼかした部分だ。
「前は、転移装置の実験と言う事で話したが間違いではないだろう?
ただ、その装置がナノマシンの集合体で、俺の体の中に溶け込んでいるだけの話だ」
「問題大有りよ!! アンタはそんな状態で大丈夫なの?」
「認識以上の情報が頭に流れ込んできてうまく体が操れないが問題はない。
慣れればシャットアウト出来るようになってくる。
実際最初は目も見えなかったが、今は目も口も手も腰も動く、後は足だけだ」
「あんまり大丈夫ッて感じじゃないけど……まあいいわ。
あまり深く関わるべきじゃないってことでしょ?」
「そういう事だ」
「けれど危険があるなら教えておいて、被害を受けるのは私達なんだから」
「絶対大丈夫とはいえないが、現時点で俺以外には問題が起きることはない。
最悪でも俺が動けなくなる程度だろう」
「……わかった、今回はこのくらいにしておいてあげる」
忍は納得した様子ではなかったが、追求しないことにしてくれたようだ。
実際ナノマシン等は忍も調べてみたいはずだが、というか後日血とか取られないだろうな……。
心配しつつもその日は暮れていった……。
なのはとユーノはクロノという少年に連れられて時空管理局の巡行艦アースラにやってきていた。
今回の事件の参考人として呼び出された格好だ。
途中、ユーノが実はフェレットではないことがわかったりしてなのはが混乱したりもしたが、
おおむね何事もなく艦長室に案内された。
中に入ると、野点(のだて)用の敷物や日本傘などを出してあり、
そこに似つかわしくない緑色の髪をポニーテールにした女性が座っていた。
女性は、なのは達に座るように促し、抹茶をなのは達に出す。
そして自分は抹茶に角砂糖を放り込んで一口すすり、なのはの常識が少し危険を訴えた。
「はじめまして、私は時空管理局巡行艦アースラ艦長、リンディ・ハラオウンです。
楽にして、別にあなたたちをどうこうしようというつもりはないから」
「はっ、はい」
リンディは、なのはが考えていたよりも随分やさしげに見えた、
艦長というのだ、普通は厳めしい顔のおじさんか、おじいさんを思い浮かべる。
話自体は簡単に終わった、ユーノが自分の事情を話し、なのはもユーノがここに来てからの事を話しただけだ。
実際ユーノはスクライアー一族と呼ばれる考古学者の一団の生まれだ。
考古学を志し、発掘作業を生業としている、そして発掘したジュエルシードの移送途中の事故によりそれらが失われ、
なんとか自力回収しようと、レイジングハートと呼ばれるデバイスを持って一人で回収に向かった。
結果としてジュエルシードの自力回収に失敗、なのはに手伝ってもらうことでようやくなんとかなっていた。
(何も知らない一般人に頼んだ事は既に問題だ、しかしランクが高い者だけしか聞こえない声だったらしい)
しかし、フェイトという少女が同じようにジュエルシードを回収しているのを知ってからは、
まるで取り合いのような状況になっていた。
ユーノはこの石の危険性を知っているのでフェイト達が何をしようとしているにしろ危険なことである可能性を危惧しているが、
なのはもフェイトとは争いたくないと考えていた、実際フェイトは悪人には見えないということもある。
しかし、頑なに話し合いを拒むフェイト達がどういう理由でそれを集めているのかもわからなかった。
「というわけです」
「そう、大変だったのね……」
「だが、今後は僕ら管理局が責任を持ってジュエルシードの回収作業に当たる。
君らはすでに回収したジュエルシードをこちらに引渡し、元の世界へ戻るといい」
「どういことなんですか!?」
「そのジェルシードは高い技術力を持った古代文明の遺産、つまりロストロギアと呼ばれるものです。
ロストロギアには次元世界全体を滅ぼしてしまいかねないほど危険なものもある。
そのジュエルシードのエネルギーも次元に影響を及ぼすものなの。
それも凄まじく強力な力……複数が完全に解放されればこの世界と周辺の次元に甚大な被害が出る事が予想されるわ」
「甚大な被害って……」
「この星が消滅するくらいで済めばいいがな」
なのは達は絶句する、ジュエルシードが危険なものという意識はあったが、そこまでのものとは思っていなかった。
だがなのはは同時にフェイトがそんな事をするはずがないとも思っていた。
それにもし、フェイトが間違った事をしているなら止めてあげたいとも考えていた。
なのははこの年齢の少女としては大人びた考え方をする少女である、
父親が病気の間家族が仕事や見舞いでなのはの面倒をみなかったからある意味達観してしまったのではあるが、
それは歪な成長でもあったのかもしれない、
9歳の子供が何かを守るために自分を犠牲にしてもいいというのは、美談ではあるが、間違ってもいる。
本当は親に甘えるのが仕事のはずなのだ、小学生低学年というのは。
「今日は一度に色々あって疲れたでしょう? 一日猶予をあげますから、ゆっくり休んで詳しくはまた明日にしましょう」
リンディは、なのはのそういう部分が少し見えたので、家族と一度会って、自分の立ち位置を再確認させようとした。
本当はリンディも自分の息子であるクロノが前線に出ているというのを間違っていると感じてはいるのだ。
魔法世界において、年齢は重要なファクターではありえない、魔法の才能は生まれたときからある程度決まっているからだ。
大人になるまでにCからBになるものはいる、しかしCからAになるものはめったにいないし、
AAやAAAとなると子供のころからA以上でなければまずなれない、なのはは今文句なくAAAランクの魔導師ではある。
しかし、倫理感や情緒を育てるにはやはりそれなりに年齢が必要だった。
その証拠に、クロノは規則を気にしすぎ、まだ応用が効かないとリンディは考えていた……。
海鳴市にあるビジネス街の一角、高級ホテルの一室に二人の少女がいた。
一人は、柿色に近いオレンジ色の髪をざんばらにながし、頭から獣のような耳をのぞかせている。
もう一人は金色の髪を黒いリボンで二つに分けて縛っている。
「ありがとう、アルフ……」
アルフと呼ばれたオレンジ色の髪の少女は、首を振って答える。
そんな事はどうでもいいというように、そして心配げな顔で金色の髪の少女に告げる。
「もう、やめよう……フェイト、あんたが傷つくところを見たくないんだ!」
「アルフ……でも……」
「あんなの母親じゃないよ! フェイトのこと本当に思っているならあんな事出来るはずない!」
アルフは前に見たフェイトの母、プレシアによるフェイトの虐待のシーンを思い返していた。
直接は見ていない、しかし、明らかに鞭で打たれたとわかるみみずばれや裂けた痕からの血が如実に残虐さを表していた。
明らかに躾などではない、虐待の時のプレシアの声には憎しみすらこもっていた。
普通に子供なら確実に逃げだしている、しかし……。
「母さんの事を悪く言わないで!」
「フェイト……」
「ごめん、でも、母さんは今まで辛い事がありすぎたから、だから……私が出来る事なら何でもしてあげたいの」
フェイトは盲目的なまでにプレシアを慕って、いや、依存していた。
アルフはそこが不思議で仕方無い、明らかにプレシアはフェイトを利用しようとしている、そこに愛情など感じられなかった。
しかし、フェイトの方はプレシアが何をしようと決して疑わない。
まるでそういう刷り込みでもされているかのようだ。
「フェイトそれはアンタの望みかい? アタシはアンタの望みならどこまでも付き合うよ、だけど……」
「うん、これは私の望み、私が私のために母さんの笑顔を見てみたいの」
「わかった」
アルフは本当は納得していなかった、しかし、フェイトは既に決めてしまっているようだった。
だったらアルフはあの女がフェイトを虐待しないようにするため一個でも多くのジュエルシードを手に入れるしかない。
いびつではあっても、それがフェイトの望みである以上は……。
翌日、リニスはアキトの体から抜け出るように現れて周囲を驚かせた。
契約されない限り肉体が存在しないので維持するには演算ユニット内部に戻らなければならないらしい。
アキトは契約の仕方を聞いていない事を思い出す。
「そういえばそうですね、私も契約は魔導師の方からしてくださるのが普通でしたので怠っておりました」
「?」
「では、その前に普通の魔道師の契約との違いを幾つかお教えします」
「ああ」
「通常契約をする場合、目的とそれに合わせた魔力を与え続けることで契約を維持すのですが……」
「俺に魔力は無いぞ」
「ない事はないと思いますが、魔法使いとしてはあまり意味を持ちませんね。C級の上くらいでしょうか?」
「で?」
「はい、既に暫定マスターに認識されたことにより私との仮契約が発生しているのですが、
私を演算ユニット内に住まわせる事を了承してくだされば契約は完了します。
魔力は演算ユニット内のネットワークを使い私に供給されることになります。
使い魔というのは半魔力生命体のようなものですし、魔力が一定量供給され続ければ存在可能ですので」
アキトは魔法に関する説明はちんぷんかんぷんであったが、
演算装置の使用領域を増やしたいということだろうと当たりをつけた。
「それで、この世界に復活したい理由はなんだ?」
「理由ですか……貴方もフェイトと接してきたのならおおよそ察しつくのではないですか?」
「……」
今まで少しふざけた感じすら受けていた慇懃さとは違い、リニスは真面目な表情でアキトに視線を返す。
それは、どこか生まれてくる子供のために巣を必死で守る猛獣のような独特の強さを持っていた。
「俺は深くは知らない……しかし、あんなに幼い子供を戦わせたくは無いな」
「マスターになら、そう言って頂けると思っていました!」
「……それで? 契約の方法は?」
「いえ、少し恥ずかしいのですが、術式そのものはできていますので、仕上げだけ……」
「ほう、そうなのか」
アキトは恥ずかしいというリニスの言葉にいやな予感がしたものの、言われるとおりリニスについていこうとした。
車いすに乗ってアキトが出かけようとしたとき、ラピスが飛び込んできて両手を広げる。
「ちょっと待って!」
「……?」
「この女と本当に契約するつもり!?」
「少なくとも、それで助かる命なら俺はかまわないと思うが」
「この女絶対何かたくらんでるよ! そうじゃなきゃこんなにタイミングよく……」
「否定はしません、私もマスターの力を当てにしていないと言えば嘘になりますから」
「ちょ、さっきまで暫定マスターじゃなかったの!?」
「その辺は臨機応変に対応しようかなと」
「……やっぱり信用できない」
ラピスはアキトのことが心配ということもあったが、リニスが自分よりもアキトに近い位置に来るのではないかと心配していた。
実際、たいしたIFSと繋がったネットワークのないこの世界ではラピスは一般人とそう変わらない。
つまり、今アキトに対してラピスができることは少ない、
アキトは無論ラピスが普通に育ってくれるのが一番なのだが、そうとわかっていてもアキトの近くにいたいのだ。
リニスはラピスが警戒する理由がわかってしまった。
そのことを微笑ましく思いつつも、自分も今は譲ることができない理由があることを思い出す。
「んー、ラピスちゃんでいいかな? 一回だけだから駄目?」
「駄目! っていうか、何をしようとしているの!?」
「互いの契約内容の詠唱と、契約の証を示すことよ」
「……じゃあ、私も見てる」
「はあ、かまいませんか?」
「俺に聞かれても分からんが……」
アキトはひたすら困惑しているが、リニスは少しあきれながらもラピスの独占欲を可愛いと感じた。
元々母性の強い彼女にとってラピスくらいの年齢は皆娘のようなものでもある。
少しからかってみたいという思いにかられたリニスは二人についてくるように示す。
「あまり人に見られていいものではないので、先ず結界を張ります」
「いいが、結界を張ったことで魔導師とやらを呼び寄せないか?」
「可能性はありますが、小さいものですので問題ないはずです、間近にでもいない限りは」
「さっさとして」
「ラピス?」
「うふふ、わかりました」
リニスは結果以内でどうすべきかという事をアキトに教え始めた。
結局のところ、二人がどうしたいのかという部分である、
リニスは肉体を得てフェイトやその母親に会い幸せにしてあげたいと考えている。
アキトはフェイトの事を知ってはいるが深くは関わっていない、しかし、見捨てるのも違うと考えてはいる。
それゆえ、互いに制約すること、即ちリニスの望みは決まっているが、アキトがリニスに望む事は決まっていない。
「ですから、マスターが私の使用目的を決めて頂かない事には契約はできません」
「そういわれてもな……俺自身特には……。
いや、そうだな……演算ユニットの調整やシステム把握は俺には難しい、頼めるか?」
「はい、完全ではないですが。内部の情報を検索する程度ならば私にも可能かと」
「なら頼む」
「期間などは決めないのですか?」
「俺は魔力を消費しないしな、それに決められたら困るのだろう?」
「よく分かってらっしゃいますね」
「では、制約とやらはこれでいいのか?」
「祝詞の形を取るのが普通ですが、今回は特別ですし、問題はありません。
では、最後に遺伝情報の摂取を」
「……?」
「マスターの命令権に割り込まないと私の存在はいずれ消えてしまいます。
割り込みを行うにはマスターと誤認させないといけないですから……」
「わかったやってくれ」
「はい、では……」
「あっ!?」
ラピスが気づいた時には遅かった、リニスはしっかりアキトの唇を奪っていた。
半透明の姿ゆえアキトは接触した感じは受けなかったが隣にいるラピスははっきり認識した。
リニスもラピスには済まないと思っているのかさっと体を離し、手足を見る。
すると手足がだんだんと輪郭をはっきりさせていき、
透けていた部分もなくなり張りのある20歳前の女性といった感じになった。
隣ではラピスがぶすっとした顔をしており、アキトはどうしていいのか分からず困惑しているようだった。
リニスはそれらを見て少しいたずらっぽく微笑むと、ラピスにわびの言葉をいう。
「ごめんなさいね、契約上の事だから、あまり気にしないで」
「うう……」
もちろんラピスは言われてはいそうですかと納得できるはずもなく、リニスをにらみつけている。
アキトは仕方ないといった感じで、話を進めるべく言葉を紡いだ。
「とりあえず、契約とやらはこれで終了だな? 俺はバイトがあるし、ラピスも学校がある。朝食に行くとしようか」
「了解しました。あっそういえば……」
「なんだ? うっ……」
「アキト!?」
「私と契約したことで、一時的な認識の混乱が起こるかもしれないと……」
「なんで、そういうことを先に言わないの!」
「いえ、私も死んでから復活するまでは結構いっぱいいっぱいだったものですから」
「……それで、これは一時的なものなんだよね?」
「ええ、数時間もすれば回復するはずです」
「数時間って、アキトのバイトはどうするつもりなの!?」
「……どんなバイトですか?」
「お菓子屋さん」
「わかりました、私、これでも料理にはそこそこ自信があります。バイトなのでしたら代理をつとめられるかと」
リニスは微笑んで返すが、ラピスはリニスへの感情も手伝ってうろんな目で見ている。
少し冷や汗をかくリニスだったが、自らの責任である以上その程度はこなして見せるつもりであった。
もっとも、ラピスはアキトの看病を言い訳に、
ひさびさにアキトと二人でいられるのでそれほど不機嫌だったわけではないのだが。
幸いにして、翠屋はさして遠くにあるわけではない、地図を書いてもらうことで割と簡単にいきついた。
しかし、今翠屋ではちょっとした騒動が持ち上がっていた。
店長の末娘のなのはがいなくなったのである、一応なのはからは電話で合宿に行くと言うような意味の連絡があったものの、
学校行事なら通達があるし、そういう塾だとしてもいきなり合宿から行うような変わった所はない。
何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いのは間違いなかった。
いや、母の桃子や家族達はなのはの様子がおかしいことはとうに察していた。
その時期がちょうどユーノというフェレットを拾って来た時からだということも、今そのフェレットもいないということも。
家族は特殊な素性でもあったので、なのはのように普通に育った娘を裏の世界に巻き込むような真似はしたくなかったが、
どうやら、なのは自身が自らの意思で関わっているということがわかっていたので口出しはしなかった。
実際、なのははリンディに言われたことに対しすぐに決断を下していた、
時空管理局の指揮下に入ってでもジュエルシードの回収を続けフェイトともっと話したいと。
彼女はフェイトを見捨てるような真似はできなかったし、ジュエルシードの回収もユーノとの約束として叶えてあげたかった。
ある意味よくばりな娘なのかもしれない、だが、そんな子供でも小学生である、搦め手など知るはずもない、
どこまでも正面からぶつかってフェイトとわかりあうつもりだった。
だから、今なのはは巡行艦アースラの中でジュエルシードが目覚めるのを待っている。
結論から言うとリニスは有能だった、なのはが心配で気もそぞろになりがちななのはの家族や、
それを心配するバイトの面々に対して気を使いつつテキパキと仕事をこなし、万能ぶりをいかんなく発揮していたが、
店の中でも帽子を脱ぎたがらないリニスに少し不思議な感じを受けた人もいた。
リニスは働いたことで何か充足感を得られている自分に驚きつつも、公園のほうに向かう。
いつもならフェイト達がそこにいる時間帯だった……。
しかし、そこには誰もいない、それはフェイト達にも後がなくなってきたことを示している。
リニスはその事実に気づくと表情をゆがめる……。
ジュエルシードというロストロギアを中心に、それぞれの勢力が出そろい、展開は加速を始める……。
失われたものに対する渇望を追う者と、新たな何かを勝ち取ろうとするもの。
それぞれがどのような形で決着をつけるのか、
未だそれを知る者はいない……。