朝の騒動が終わり、アキト達が忍に一通り怒られ終わったころ。
リインフォースはすずかの屋敷を散策していた。
アキトがパーティ用の料理を作っていて、リニスがそれを手伝っているのだが、
リインフォースは辞退していた、理由は料理が出来ないというものではなく、心の整理をつけるためだ。
なにせ、このパーティにははやても出席する。
既に自分の所有権ははやてからアキトに移っている、しかし、はやてから心が離れたわけではない。
アキトはそういった精神的束縛をかけていなかったし、リニスに対しても同じようだった。
魔法に詳しくないのであれば、確かにそう言う事もありうるが、自由意思というものは厄介だった。
彼女はそもそも、マスターを守り導く物である、そう、者ではなく物。
それゆえ、自由意思というものに慣れていなかった。
正確には、自我の確立はずいぶん前に済ませていた、
しかし、自我があろうとも、主を選べるわけでもなく、また何かを自発的にしたこともない。
アキトが命令をしてくれたなら、それを実行することに迷いはない、しかし、好きなようにしろと言われても困る。
ただ、確かに彼女の中ではやてとアキトは守護騎士らと同様に重要な地位を占めている。
しかし、自分で何かをするという選択はまだ彼女にはなかった。
「私は……なぜ生き残ったのだろう……。
主の為?
確かにその通りだが……。
今は主アキトに仕える身……。
彼女のためには何もできない……」
はやては何かを望む子ではない、彼女は自分で何でもできる、彼女が望むのは寂しくないこと。
それは守護騎士達がいれば果たされる事である。
つまりは、リインフォースはいなくてもいい事になる、もちろんはやては寂しがるだろうが、一時的なものだ。
守護騎士がついている以上、寂しさなど起こさせるわけがない。
「……」
「どうなされたんですか?」
背後から声がかかる……。
リインフォースにとってみればそれは視界内にいないというだけで、屋敷内のほぼ全員の位置を把握している。
これは、元々の彼女の能力と遺跡演算ユニットの演算力を合わせたものであり精度では群を抜いている。
だから別段驚くようなことはしない。
「すずか……私のことをどうして迎え入れたのですか?
主アキトは成り行きもあったでしょうが、貴方にそこまでの義理があったとは思えない」
「ううぅ……難しいことを聞くんですね」
「そうなのでしょうか……」
「悩んでるんですか……だったら、私も何か……うーん……」
「無理をして答えてもらわなくても問題ありません、ただ、少し疑問に思っただけですので」
「ですけど……そうですね、何となくで良ければ」
「何となく、ですか? それは構いませんが……」
「受け入れてもいいかなと思っただけです。
アキトさんが認めて、はやてちゃんが認めた貴方を、そして、私の目から見ても悲しそうな貴方を」
「私が悲しい……?」
「自覚してないんですね……涙が流れていますよ」
「っ!?」
リインフォースは自分の顔を拭い、確かに涙が流れていることを知る。
自分でも何のために泣いているのか分からなかった、全ては収まるところへ収まり被害と呼べる被害が出なかったこの事件。
恐らく、最善の結果だったろうと思われるその事件は彼女も満足していた。
だからこそ、リインフォースはアキトを新たな主として認めることが出来たのだ。
本来魔力も資質も満たしていない未熟な魔導師であるアキトを。
しかし、同時に思う事はある。
今までの主とて望んだものがいないわけではなかった、平和を、幸せを。
それらの望みを潰えさせてきた自分が望んでもいいのかという不安、そして過去の主への罪悪感が彼女を悲しませている。
本人は自覚してはいないが。
「私は……」
「あっ、その……思いつめなくてもいいと思いますよ。
過去に何かあったとしてもこれからはこれからで……」
「そうかもしれない、ありがとう……」
礼は言ったものの、彼女の心が晴れたわけではなかった、それは経験の差だったかもしれない。
すずかはまだ9年しか生きておらず、彼女は古代ベルカの品であるため300年以上の時を生き続けている。
生きた分だけ頑なになるのだとすれば、彼女はかなり頑なな存在だろう。
すずかはもう心に届く言葉を持たないことを心苦しく思い、しかし、立ち去るにも間が悪く立ち尽くしている。
「リインフォースそんなところにいたの」
「ラピス……」
リインフォースは目をむく、ラピスの接近に気がつかなかった自分に驚きを隠せない。
いや、ラピスの接近そのものはデータとして取得していたが優先思考順位のかなり下位に留まっていたということだ。
それだけ、先ほどの会話は彼女の核心に触れていたということだろう。
「何か御用ですか?」
「うん、一度来てほしいところがある」
「構いませんが……」
「ついてきて」
「はい」
リインフォースはラピスに言われ、今することもないのでついていくことにした。
すずかはどこかほっとした表情をしていたが、リインフォースはそれを自分と話辛いからだと思った。
実は、リインフォースがようやく元の無表情に戻ったのを見て安心していたのだが、本人には分からなかったのだろう。
ラピスはリインフォースを地下にあるオモイカネYの部屋まで連れてくると、おもむろに話し始める。
「リインフォース、貴方はデバイスのはず」
「はい」
「なら、オモイカネYのシステム調整の手伝いをしてほしい」
「オモイカネY……確か私の思考回路へダイレクトにアクセスしてきた装置ですね。
出力があの時の私に匹敵するほどだったのを覚えています」
「出力は相転移炉によるもの、演算能力はまだ及んでいないところも多い」
「相転移炉……凄まじいものですね……」
「詳しく知りたいなら手伝って」
「しかし、私は主アキトの許しがなければそれをしていいのか判断できません」
「……本当に?」
「はい」
「アキトはそんな事は言わない、自由にしていいと言われてるはず」
「そうですね、ですが、私自身は判断できないと思うのも事実です」
「……」
ラピスは無表情な顔でリインフォースを見つめる。
感情という意味では、もしかしたらリインフォースよりもラピスのほうが薄いかもしれない。
少なくとも表情からはなにも読みとれないほどに。
「なら、いい……」
本当にどうでもいいかのように去っていくラピスを見ながらリインフォースは少し疑問を覚えた。
彼女はアキトの事に関しては妥協しないように見える、しかし、それ以外のところではかなり無感情だ。
それは興味の対象がアキトだけということにならないだろうか?
洗脳などされている風でもないが、どうすればこれほどの信頼を勝ち得るのか。
リインフォースはアキトという人物の像がさらに分からなくなった。
ケーキの下ごしらえを終えて、オーブンで焼きながら、
クリスマス料理を作り始めているアキトとその補佐をするリニス。
二人ともてきぱきとしていて、時間よりかなり早く料理が完成しそうな勢いだった。
先ほどはリインフォースとの会話が上手くいかなかったすずかもお手伝いに駆り出されている。
因みに忍は恭也とデート中、ノエルとファリンも調整のためはずしているし、
アリシアとフェイトは管理局を通してプレシアに会いに行っている。
夜になれば戻ってくるだろうが、手伝う人手は足りている。
「よし、次はパエリアを仕上げておくか」
ローストビーフやローストチキンを作りながら、あえる野菜を洗い、海老をふんだんに散らしたパエリアを作る。
アキトは車椅子なので、メインに動くのはリニスになってしまうが、レシピはほぼアキトのものだ。
パエリアに関してはアキトも少し思うところもあり自分で作っている。
すずかは野菜を切ったり、ソースを作ったりして料理を補佐している。
「ソースできました」
「味見してみてくれ、ちょっと濃いくらいでちょうどいいから。
それが終わったらリニスのところで盛り付けを手伝ってくれるかな?」
「はい、がんばりますね」
「ブッシュ・ド・ノエルはどうしますか?」
「本格的にやるならそっちも欲しいか、じゃあ簡単なもので仕込んでおくか」
「はい」
スポンジケーキをぐるぐるに巻いてロールケーキ状にしたものを生クリームとココアを混ぜたものでコーティング。
それに木のような皺を刻んで半分に割ったものがブッシュ・ド・ノエルである。
細かなトッピングはいろいろあるが、作ろうと思うなら内部を本当に市販のロールケーキにすることもできる。
ケーキとしてはかなり簡単な方だ。
「砂糖をまぶすの雪を振るみたいで綺麗です♪」
「元々イメージは雪だからな、やってみるか?」
「はい!」
すずかは砂糖をブッシュ・ド・ノエルにかける作業が気に入ったようだった。
扉が少し開いていて、猫が狙っているように見えるが、すずかがいるからか手を出す様子はないようだ。
そこに、ピンクの髪の少女、ラピスが入ってくる。
気配は先に察していたのだろう、アキトが車椅子ごと振り返り声をかける。
「ラピス……どうかしたか?」
「んっ、ちょっといい?」
「ああ……仕方ないな。リニス、しばらく頼めるか?」
「はい、お任せください。でも早く帰ってきてくださいよ。すずかちゃんが拗ねちゃいますから♪」
「もっ、もう! リニスさんって……」
「あらら、内緒だったかしら?」
「わざとですね!!」
「ごめんなさい」
アキトは盛り上がっている二人を置いてラピスについていくことにする。
とはいえ、ラピスが車椅子を押すので自力というわけでもないようだが。
ラピスは調理室から少し離れた部屋に連れ込みアキトに向き直る。
そして、おもむろに話し始めた。
「リインフォースは私に似てる」
「……そう言う点もあるかもしれないな」
アキトはラピスの言葉を受けて思い返す、どちらもトラウマを背負い自分の幸福を追うという行為そのものを忘れた者たち。
ラピスはアキトのおかげでかなり分かってきているが、今もアキトにおんぶ抱っこの部分もある。
生きるという事への積極性、これが圧倒的に足りてないのだ。
しかし、ラピスはまだ若い、友達となる子もたくさんいるし、学生の中に混ざることは出来る。
今はかなり人として成長してきている部分もあった、実際思考はアキト寄りだが、常にアキトと一緒でなくてもよくなっている。
対してリインフォースはどうか、300年以上生きて、まともに会話をこなすのは恐らく100年以上ぶりになるはず。
当初はどうだったか分らないが、今は自分というものを殺すのが普通になっている。
それは、ラピスにとっては共感するものであると同時に、あまり見ていたいものではなかった。
「ラピスはどうしたいんだ?」
「私は、生きるのに疲れている人を放っておけない。恐らくこの家にいる人みんな同じ」
「そうだな、俺もそう思う」
「でもどうしていいのか分からない」
「そうだな……せっかくパーティなんだから、少し彼女をもてなしてみるか?」
「もてなす?」
「だからな……」
「なるほど、アキトあくどい」
「それくらいがちょうどいいさ」
「うん、じゃあはやて達に伝えてくる」
「ああ、頼んだ」
ラピスは人の悪い笑みを小さくするとアキトの車椅子を置いて走って行く、
アキトはそれを微笑ましく見てから振りかえった。
「ラピスに何を吹き込んだんです?」
「リニス、お前も人が悪いな」
「人じゃありませんから、それよりもそろそろ焼きあがったケーキの仕上げをお願いします」
「わかった、じゃあ急がないとな」
そうして、アキトはまた料理へと戻って行った。
車椅子生活に逆戻りしたことにはあまり不自由を感じている風でもない。
あまり長引くとリハビリが面倒そうだとは考えていたのだろうが……。
しばらく後、はやての家に来て話をするラピスの姿があった。
表情からは相変わらずほとんど感情が読めない、しかし、アキトのおせっかいは移っているのかもしれない。
はやてもラピスの突然の訪問に少し驚きながらも、リインフォースのことを伝えに来てくれたことを喜んだ。
「ということ」
「そうなん、リインフォースがなぁ……」
「以前から虚無的な傾向はありましたが、
恐らく闇の書としての呪縛を解かれたことによって自分の方向性を見失っているのでしょう」
「あー結構内にこもる奴だからな」
「ヴィータちゃん、その言い回しはどうかと……」
「本当のことだろ?」
「それに元々我らと違い守るという意味では純粋とは言えない。
リインフォースの目的は書の管理であり、主に知識を与えることだ。
そして、はやてへの知識の受け渡しはほぼ完了しており、書に関してももう管理の必要もない。
今ならはやては自分でデバイスを作ることもできるだろう」
「ザフィーラの言う事はもっともやけど……それやとうちリインフォースになんて言えばいいのか……」
うーん、と考え込んでしまったはやてを心配そうに見守る守護騎士達。
リインフォースにはいてほしい、しかし、彼女にしてもらいたいことはない。
ただ話したい、一緒にいたいでは彼女は納得しない事をここにいる全員が理解していた。
しかし、本当のところはやてはいてほしいだけで彼女に何かを期待しているわけではない。
それゆえの矛盾ということになるのかもしれない。
「それで、アキトに言われたことだけど」
「えっ、アキトさんに相談したん?」
「そう。相談して悪知恵を教えてもらった」
「うわぁ……アキトさん何を教えてるんや……」
「ははは、あいつらしいな。ちょっとネクラな感じが」
「そう言ういい方もどうかと思うけど、確かに、アキトさん人の弱点とか結構ついてきますよね」
「ああ、あの時は正直、私は交渉事に向いていないと思った」
「それで……やるの?」
「そやね、ちょっと知らん人が可哀そうやけど、やってみるのも悪くないかも」
「主はやてがそれを望むなら……しかし、乗せられたようで釈然としませんね」
「まあいいじゃねーか、それくらいしないとあいつは分からないって」
「そうですね……でも、後できちんと謝りましょう」
おおよそ談義はまとまったようだった。
ラピスは一息つく、彼女らの協力がなければこれは上手くいかないだろうから。
「さて、一通り料理は出来たな」
「後はお客さんが来るのを待つだけですね」
「お姉ちゃんまだ帰ってきてないんだけど……その場合ホスト私になるのかなー」
「私も精いっぱいサポートしますので頑張ってくださいね」
「はい、リニスさんありがとうございます」
料理を作り終わったすずか家の面々……とはいえ、忍もメイド達もまだ帰ってきていないのだが。
ノエルもファリンもすぐに帰宅することは分かっているが、忍は何分デートだけにいつ帰宅なのかわからない。
パーティに間に合わないことも十分考えないといけない。
下手をするとそのまま種の保存になだれ込んでしまう可能性すらあるのだが、すずかはそこまで考えていなかった。
アキトはそんなすずかの様子に苦笑するものの、
そういえばパーティ前に起こるはずのアレではすずかに迷惑をかけそうだなと思い直す。
「それなんだが、少し待ってくれないか」
「えっ、待つってなんです?」
「ラピスに頼んで少しサプライズを仕掛けてるからな」
「サプライズですか?」
「ああ、少し協力してほしいんだ」
「どんなサプライズなんでしょう?」
アキトはあらましを話す。
すずかは少し困った顔をしたものの了承した。
「後できちんと謝ってあげてくださいね」
「もちろん、それくらいはわきまえているさ」
「そう、ですよね」
「マスターが人が悪いのは今に始まったことではないので気にしない方がいいですよ。
それよりも飾り付けを終わらせてしまいましょう」
「はい!」
二人を見送ってからアキトは周囲の状況を演算ユニットを通して把握する。
そして、リインフォースの居所を探るとそちらへと車椅子を向けた。
「主アキト!」
リインフォースはアキトの気配を感じたのか駆け寄ってくる。
当然感極まってなどという事はあり得ない、二人はそれほど親しくもない。
しかし、リインフォースの表情は真剣なもので、アキトもそれを予想していたかのように真剣な顔で見つめ返す。
「どうかしたのか?」
「主が、主の魔力がこの世界から消えて……」
「この世界から消えた? 転移でもしたのか?」
「転移反応はなかったように思うのですが……しかし、今反応がないのも事実です。捜索の許可をください」
「もちろん、しかし、パーティのこともある、俺もさがそう」
「それは構いませんが、とりあえず主の家に行き転移の魔力がないか調べてみます」
「わかった」
リインフォースはアキトにも飛行魔法をかけると飛翔して結界を張り、はやての家まで飛んで行った。
クリスマスムード一色になった街は幸せそうな空気を発している。
しかし、リインフォースは目もくれない。
途中、アキトはラピスの存在を確認していたがそれにもリインフォースは気がつかなかった。
それだけ、リインフォースがはやてのことを心配しているという事だから、
このこと自体はアキトにとっても望ましいものだった。
はやての家の中を捜索するリインフォースを見てアキトは少し困った顔になったものの、
すぐ表情を引き締めリインフォースに話しかける。
「どうだ?」
「今のところわかることは十数分前まではここにいたことと、何らかの魔法を使った痕跡があることだけです」
「なるほど、まだあまり時間はたっていないようだな」
「異世界へ転移したのか、それとも遠くへ飛んだのか、それも分からないですが、
ただ、守護騎士の抵抗の跡がない……これは、どう考えてもおかしい」
「そうだな……考えられるのは自分達の意思で行ったか、不意打ちを食らったかだな」
「不意打ちといっても、私や主アキトも警戒しているのです、そうそう起こることでは……」
「だが起こってしまった、それは仕方ない。問題はどうやって探すかだな」
「はい……主アキトは何かわかりましたか?」
「そうだな、争った跡がなく魔力反応があり、しかし転移の魔法の反応ではないとすると。
変化の魔法という事は考えられないか?」
「変化ですか」
「小さくして結界のようなもので囲んで運べばこの世界から消えたようにならないか?」
「そうか、そうですね……」
リインフォースは考え込む。
恐らくアキトの言う事は正しい、小さな結界の中に入れて持ち運べば世界から消えたように感じるし、
それに結界もあまりに小さいものは結界反応でも追いにくい。
しかし、それをするためにはまず5人ともまとまっている必要があるし、5人が反応する前に魔法をかけないといけない。
一人でも外れれば反撃を食らうからだ。
リインフォースはどことなく違和感を感じつつも、はやてのことを優先させて急ごうとする。
「だとすれば、やはり結界反応を追う以外ないと思うのですが」
「しかし、探れるか?」
「やってみます」
「ああ、頼む」
リインフォースははやての家を中心に結界の反応がないか、魔力を全周囲に放ちながら探る。
しかし、かんばしい反応がないのだろう、表情が硬いままでいつまでも放出を続けるばかり。
それに対しアキトは何を思ったかダイニングルームのテーブルへと車椅子を進める。
「これは……」
「手紙、いえ、脅迫状……」
テーブルの上に置かれていたのは
”はやて達は預かった、返して欲しければリインフォース一人で鳴海臨海公園まで来い”
と書かれた一枚のチラシ、というかチラシの裏のようだった。
「おのれ……犯人は何者か知らぬが、主に傷一つでもつけたなら八つ裂きにしてくれる」
「……俺はどうすればいい?」
「主アキト、申し訳ありませんが私は行きます。主アキトは先にすずか殿の家へもどっていてください」
「わかった」
アキトが拍子抜けするほどあっさりと引き下がったことにも気付かず、
頭に血が上ったリインフォースは鳴海臨海公園へと飛んで行った。
「まったく、俺から1km以上離れると魔法が使えなくなるという事もあれでは忘れてるな」
苦笑いするアキトはどこか昔の自分を彼女と重ねているような感じを見受ける。
しかし、同時に優しい目を飛んで行くリインフォースへと向けていた。
だが、しばらくするとリインフォースを追うでもなく車椅子をすずかの家へと向けた。
リインフォースは臨海公園近くまで飛んできたがそろそろ飛行するのがつらくなってきていることを感じていた。
アキトから離れることで魔法が使えなくなるという事を失念していた自分に歯噛みしつつも、
今さら引き返す気にもなれず、そのまま臨海公園内部に入り込む。
「どこだ!? どこにいる!?」
声を上げつつ人気のない公園を進む。
日が暮れた後はクリスマスを楽しむ恋人たちがかなり来るようだが、
日中は基本的に仕事に行く人が多く、遊び道具がないので子供もあまり来ない、そのせいで人がいない公園は閑散としていた。
「……誰もいないのか?」
魔力や気配を探ってみても反応がない現状に業を煮やしたリインフォースは、
少し戻って魔法を使うべきか考え始めるが、公園内に先ほどと同じようなチラシがあるのを見つけた。
そして、その紙の裏にはこのまままっすぐ進めと書かれているのを確認すると大股でベンチを乗り越えてまっすぐ進んで行った。
すると、その先にはマンホールがふたをあけていた。
リインフォースは少し眉をひそめるもののその中へと入りまっすぐ進む。
最初こそただの太い管の内部のような通路だったが、
段差を越えて進むとライトがついており科学的な印象を受ける場所へと出る。
『よくぞここまで来たな、リインフォース』
「貴方は誰です!?」
まるで変声機でも使ったような声がするが、気配が読めない。
アキトから離れているせいだろう、ほとんどの機能が止まっている。
今は確かに魔法も使えないだろうとリインフォースは考え迂闊さにほぞをかむ。
『誰でもいいだろう、それよりも、はやて達を返してほしいのだろう?』
「その通りだ!」
『しかし解せんな、お前は主に言われてきたわけではないのだろう?』
「それは……」
『なぜはやてを開放したいと思う?』
「私のもう一人の主だからだ」
『魔力はもう繋がっていないのにか?』
「そうだ!」
言っていて自分でも何かおかしいと感じ始めていた。
しかし、それでもはやてのためならばとリインフォースは進み続ける。
『ならばそのエレベーターを上がりまっすぐ進め』
「そこに主はいるのだな!?」
『そうだ』
疑問は全て後に回しエレベーターに乗り込むリインフォース。
後に続く閉鎖的な廊下が1kmほど続くとその後観音開きの大きな扉があった。
そこを体当たりするようにしながら開けて中に入り込む。
すると突然”パパパパパパーン!!”と連続して爆発音がなった。
腕を前に出して顔を庇ったリインフォースが腕を徐々に下げつつ見ると、そこにいたのは……。
「「「「「メリークリスマス!!!」」」」」
サンタやトナカイなどの扮装をしたはやてや守護騎士達だった。
先ほどの爆発音は彼女らが鳴らしたクラッカーの音だったようだ。
瞬間リインフォースは己のやったことの無意味さを悟った……。
「いやーごめんなリインフォース」
「はっ?」
「貴方をたばかっていたことを謝ろう」
「ただのサプライズパーティの一種だよ」
「大目に見てくださいね♪」
「はぁ……」
更にはザフィーラにぽんと肩を叩かれ完全に気が抜けてしまったリインフォースは、
茫然としたままパーティに参加する羽目になった。
出てきた場所は実はすずかの家の地下施設だったのだが、結局新参者のリインフォースがそれを知ったのはその時が最初だった。
その後のパーティは盛り上がったがリインフォースは今一つなじめないまま、
少し外の空気を吸ってくると外へと逃げるように出て行った。
「すまないな、あのいたずらを指示したのは俺だ」
「な……」
突然のアキトの言葉を聞いて目をむいたリインフォースは、振り返り鋭い目を向ける。
「一つだけ知っておいてほしいことがあってな」
「あんなことでいったい何が知れるというのです」
「お前ははやてが攫われたと知って取り乱し、俺の指示を仰がず飛び出した。
更には魔法が使えなくなってもはやてを助けることを諦めなかった」
「私の無能を問うているのですか?」
「いいや、お前の感情は人のそれと同じ、
感情で取り乱し機能を低下させることもあれば、感情で機能以上の力を出すこともできる存在だということだ」
「それは……」
リインフォースはアキトがなにを言いたいのか今一つ把握できていなかった。
しかし、それでもどこかで納得している自分がいるのも感じていた。
彼女は自分の中にある感情で動いたことは殆どない、百年以上の時をただ主を滅ぼす存在として生き続けてきたのだから。
アキトがやったことはそんな彼女にも正常な感情が存在しているという事を教えることだった。
少し強引な手法ではあるものの。
「だから、お前はお前の意思ではやてのためになることをすればいい。
命令ではなく、基本プログラムでもなく、お前が思う事をする。
そうすることで今までの罪を償っていくしかないんだ、俺も、お前もな」
「罪……そう、私の罪は重すぎる……」
「だがそれは己の意思ではないだろう、今度は己の意思でそれを償え、死は逃げにすぎない。
俺自身いつも死んで楽になりたいと思う心はある、しかし、周りの人々がそれを思いとどまらせてくれる……。
それは、お前も同じではないのか?」
「主アキト……」
リインフォースはアキトの言葉を受けて思う。
確かに、先ほどの事はおふざけが過ぎていたし、踊らされた自分にも腹は立つ。
しかし、同時に確かにあれは本当に自分がしたいことだったとも感じている。
つまり、リインフォースは己の自我を認めるしかないことに気づいたのだ。
同時にそれは罪を認めて尚生き続けなければならないという事でもある。
「それでもはやてはお前に生きていてほしいと望んだのだろう」
「私は生きていてもいいのですか?」
「それを決めるのは結局お前でしかない。
しかし、俺は嬉しいと思う。
俺の償いは俺が殺した人々よりも多くの人を救う事なのだからな」
「なるほど……ならば、私も貴方のその償いに便乗させてもらうとしましょう。
もっとも私の殺した人の数はもう覚えきれないほどになっていますが……」
「ああ、それでも、何もしないよりはいい」
「そうですね……」
クリスマスイブからクリスマスへと日付が変わるころ、リインフォースはその顔に微笑みを浮かべているのを感じていた。
完全にしてやられたとも思う、お膳だてに踊らされ、アキトに全てで持っていかれる格好になった。
それでも、こういう負け方は悪くないと思い、そしてむしろ清々しさを感じていた。
己だけで鬱になっていたことがどこか愚かしいとすら思うほどに……。