あれから一か月、はやてのためにリインフォースとリニスが各々の魔法技術によるデバイスの作り方を指導したり、
オモイカネYの調整にリインフォースが駆り出されたり、
リニスがなのはやフェイトに魔法の技術を教えたりと、俺とは別に2人はいろいろやっているようだった。
徐々にうちとけていくリインフォースや、教官みたいになっているリニスを横目に見つつ俺は地盤強化に奔走する。
日本国内に対しては、魔法技術をある程度流出する方向で話がついていたが、問題は海外の動静だった。
特にアメリカは日本を属国と似たようなものだと見ているはずだ、そろそろ動き出すのは目に見えていた。
しかし、一月も半ばを過ぎたころ時空管理局から要請が来た。
即ち嘱託として登録した二人なのはとフェイトを正式に雇いたい旨の報告だった。
もちろん、あくまで今まで通り学生として通う事は出来る、
しかし、学校が終わるとその後のほとんどを管理局で過ごすこととなる。
なのはもフェイトもよく考えて選んだようであるが、俺としては心配なところだった。
「フェイト……」
「義父さんの言いたいことは分かるよ。でも、母さんは今も管理局の病院で入院してる。
会いに行くには……」
「誰かが管理局に入る必要がある……か。しかし、今のプレシアは面会が認められていない。
会うとなれば執務官クラスになるしかないぞ?」
「うん……だから私執務官になる。
あ……でも、ついでって訳じゃないよ。
これから先少しでも不幸になる人を減らしたい……そのために管理局の力が必要なの」
「なるほどな……それがお前の答えなら止めないが、前にも言ったこと、忘れないでくれよ」
「うん……妄信したりしない。管理局だって人間の組織だもんね、いい人もいれば悪い人もいる」
「それがわかっているなら問題ないな。これから、がんばれよ」
「うん、義父さんも外交のお仕事がんばってね」
「ああ」
心配はしても人生に干渉するかは別問題だ、俺としてはそれ以上を言うつもりはなかった。
実際まだフェイトにはプレシアが必要だろうと考える部分もある。
アリシアのように割り切った考え方が出来るわけではないだろうから。
恐らくプレシアはアリシアをプレシアに依存しないように育てたのだろう。
フェイトのことを考えれば当然ともいえる。
ようは柔軟な思考と割り切った考え方を教えたということだろう。
アリシアはもともと明るく社交的だったらしいのでそれほど難しくはなかったかもしれない。
どちらにしろ、考えても無駄であるのは事実なので俺は次の事を考えることにする。
バイトのことだ……今回の仕事に就くにあたり、どう考えても時間がやりくりできない。
だから、辞める以外の方法はない。
しかし、車椅子のままで行くのはと躊躇っていたが、ようやく回復した。
一応既に電話での通達はしているが、報告がてら行ってみると、そこには翠屋の手伝いをするなのはの姿が。
忙しくなってきているだろうに、よくしているなと感心する。
「あっ、アキトさんいらっしゃい」
「ああ、お邪魔する」
「あの……バイトやめちゃうって本当なんですか?」
「ああ、外交の仕事を本格的にすることになってね」
「そうなんですか……私もこれから翠屋の手伝いはあんまりできなくなるし、さびしくなりますね」
「なあに、その分は忍が頑張ってくれるさ、なにせ恋人のためだしな」
「にゃははは、それもそうですね」
俺はその後暫く話をして桃子さんにバイトを辞める旨の報告をした。
幸い俺のシフトを引き受けてくれる人がいたらしくそのあたりは問題ないようだったが。
腕を上げれば店が持てたのにと惜しんでくれたのが印象的だった。
今は主人の士郎さんが帰ってきたらしく多少はどうにかなるそうだ。
そして帰り道、近くの公園でなのはに会う約束をしていたことを思い出す。
恐らくは表で話せない事、魔法関係のことだろう。
「あの……」
浮浪者や趣味の人以外はあまり行かない公園の森の中に連れ込まれた俺は、
言いづらそうにしているなのはに視線を向ける。
「特務外交官の事か?」
「ううん、そのことじゃなくて……フェイトちゃんの事なの」
「ああ」
「フェイトちゃんが私と同じように管理局で働くのは嬉しいと思うけど……アキトさんはそれでいいの?」
「利害という意味でか? 親としてか?」
「うーん、細かい事はわからないよ……でも、フェイトちゃん悩んでるように思う」
「確かにフェイトがそうなるのも分かる、実際俺も親としては複雑だな」
「複雑?」
「プレシアをほっておくような彼女でいてほしくはないし、しかし、父親としては危険なことに首を突っ込んでほしくはない」
「そうだよね……」
「だから、出来るだけ彼女の意思を尊重してみた……とはいえそれが正しいのかは分からないが」
「うん、それでいいのかも。
でも……フェイトちゃんはきっと愛されることに飢えてるから。
私はお友達として精一杯仲良くするけど、やっぱりアキトさんが愛してあげないといけないと思う」
「……」
子どもゆえにか、愛という単語を簡単に使ってくるなのはに俺は言葉を失う。
だがフェイトは自分からは求められない子であるのも事実だ。
何かを我慢してああ言っている可能性は否定できない。
「流石だな、俺にはそこまでは分からなかった」
「それは……お友達とは仲良くなりたいもん。よく見てるんだよ」
「なるほどな」
しかし、いつもながらなのはという少女は大人びているというか、年齢にそぐわない考えを持っている。
9歳の子に親子のあり方を問われるはめになるとはな……。
どれだけの苦労をしてきたらこういう子になるのか。
それとも両親の教育の賜物なのか……。
「わかった、フェイトのことは出来るだけ気にかけておくようにしよう」
「うん。フェイトちゃんは義父さん子だから大丈夫だよ♪」
「?」
「こっちの事、こっちの事♪」
なのははそう言って楽しそうに去っていく。
何が良かったのかさっぱり分からないが、彼女が満足する答えだったようだ。
俺は首をひねりながらもすずかの家に一度戻ろうと考えた。
明日は政治家達との会議があり、場合によっては家をあける必要がある。
「お迎えにあがりました」
「リニス?」
公園を出てすぐリニスが迎えに出てくる。
俺は特にそう言うことを頼んだ覚えもないし、戦闘もしばらくはないので演算ユニットの力を意図的に使わないようにしている。
とはいえ、リニスがいるのが分からなかったというのは俺も抜けているというべきか、考え事のせいか。
「どうかしたのか?」
「あっ、はい、ひとつ言い忘れていたことがありまして」
「何だ?」
「明日の会議は延期になりました」
「!?」
「総理からお詫びにとこんなものを頂いております」
そう言ってぴらっとポケットから取り出したのはチケットだ、近くに出来たという有名な遊園地の。
一日フリーパスを4人分……。
総理がこれをくれたというのは信じがたい話だった。
しかし、何となく話の流れが見えてきたように感じるのは気のせいだろうか?
「マスターは最近まともに休養を取っていませんでしたし、親子水入らずで楽しんでくるのもよろしいのでは?」
「親子……フェイトとアリシアとラピスということか?」
「はい、ラピスも親権こそもっていないですが貴方の被保護者ですよね?」
「まあな……しかし、お前たちはいいのか?」
「はい♪ 私は写ゴホゴホッ! いや、はやてたちと一緒に出かけますので」
「……今何か言わなかったか?」
「いえ、気のせいですよ気のせい!!」
「まあいいか……わかった、明日の準備もある、今日は早めに帰ろう」
「はい!」
凄まじく怪しいリニスだったが、まあそれはこの際おいておくことにしよう。
それよりも、確かにここのところ俺も家族らしいことはあまりしていなかった。
せめて明日くらい遊びに行くのもいいかもしれないな。
その日は4人で準備に明け暮れた……。
翌日、遊園地にやって来た俺はその時すでに少し疲れていた。
なんというか交通アクセスが面倒なのだ、実際バスやら電車やら出ているのだが、
人の群れに混ざって歩くので進まないことこの上ない、
実際車で普通に1時間足らずほどの距離のはずが入場した時には2時間以上過ぎていた。
「義父さんいきなり疲れてる、体力ないなー」
「いつもお仕事で大変なんだから仕方ないよ」
「アキト……どこかで休む?」
「ああ、心配してくれて済まない。まあ、ちょっと人ごみに酔っただけだ、普通にしてればすぐ直るさ」
「でも何かあったら言ってください」
「うん」
「フェイトもラピスも心配症だね……義父さんそれじゃ安心して疲れられないじゃない」
「え?」
「?」
「あーまあ、それはともかく。どこから行く?」
全く、アリシアも気を回し過ぎだ。
フェイトやラピスは俺の体力を心配しているようだが、
俺が心配されると心配されないように取り繕うのを知っていて、疲れてないふりをさせないために言ったのだ。
なんというか、一番気を使ってるのがアリシアだというのは困りものだ。
「うーん、こういう場所は初めてだから……」
「私も……」
「じゃあ、あたしが決めちゃっていい?」
「そうだな、はじめは軽めの……」
「スタンディングコースターにいこう!」
「!?」
「ええっと……どんなの?」
「胃袋でんぐり返る」
「それはいいが、スタンディングコースターの身長制限は高めだったと思うが」
「調べたよ。130cm、あたしとフェイトはギリギリセーフ、ラピスも背は高いから大丈夫でしょ」
「うん、大丈夫」
調べたって……やはり怪しい、リニスが何か手を回していたということか。
まあいい、それよりもスタンディングコースターか、どんなのかは分からんが……。
大丈夫だろうと思って一緒に乗ることにした。
しかし、それは甘かったらしい。
Gは大したことはない、路面も固定されているからそうは落ちないだろうとは予想がつく。
だが、自分で加減速できず、縛られたような恰好のまま踏ん張るしかないという状況は意外にストレスがたまる。
落下でひやりと背筋が寒くなったりするのは普段では味わえないことだった。
どうにか表情を変えずに乗り切った俺だが、アリシアとフェイトの二人はぴんぴんとしていた。
というか、キャーキャー悲鳴をあげていたが楽しそうにしていたといっていい。
アリシアは最初から、フェイトは戸惑いがちにだが。
ラピスはというと……。
「ラピス大丈夫か……?」
「大丈夫……でも、自分の自由にならない加減速がこれほどとは思わなかった……」
「まあ、ユーチャリスではGとか感じないしな……」
俺はラピスの背中をさすり、それから少しベンチで寝かせる。
膝の上に頭を乗せて少し安静にさせることにした。
「アリシア、フェイトすまないがしばらくラピスを休ませたい。
その間に絶叫系を回っておいてくれ」
「うーん、そか、仕方ないなー。じゃあフェイト、いこ」
「あっ……うん」
双子のごとくよく似た姉妹が駆けていく様は微笑ましいものだった。
俺は、こういう風な今を維持するために頑張っているのだと再認識する。
そして、膝の上のラピスに目を落とす。
「どうだ、少しはましになったか?」
「うん……でももう少しこうしていていい?」
「ああ」
ラピスの頭をひざに乗せたままゆったりとした時間を過ごす。
ずいぶん久しぶりのような気がする、ラピスとゆったり過ごしたのは彼女を助けてからしばらくだけだったようにも思う。
2年近く忙しい日々を送ってきたということになるな。
そして昼近くなる頃、ふと思いついて質問してみる。
「ラピス……今の生活はどうだ?」
「アキトの心が癒されてるのが分る、だから楽しいよ?」
「俺の事は別に……」
「ううん、アキトは否定するけど私はアキトの……」
「ラピス」
「ごめん、でも楽しいのは本当だよ」
「そう思ってくれるなら、俺のやったことも無意味ではないな」
「当たり前だよ……そんなこと言ったら、あの子たち泣くよ?」
「……そうだな」
「アキト、そろそろお昼だよ。アリシア達も戻ってくるころだと思う」
ラピスがそう言っている間にも二人が駆けてくるのが見えた。
正確にはアリシアが駆けてきて、フェイトが追いかけているような状況だ。
まあ、アリシアが元気なのは仕方ないが、フェイト大丈夫だろうか?
「たっだいま!」
「姉さん……もう……」
「なんだ、アリシア、フェイトが息絶え絶えだが……」
「絶叫系はしごしてたからねー」
「姉さん怖いのばっかり選ぶから……」
「でも普段びゅんびゅん飛んでるんでしょ?」
「あれは、自分の意思で方向とかスピードとか決められるんだよ?
固定されて勝手に落ちるのとは違うよ」
「そうかなー?」
見た目はそっくりだが性格は両極端な二人。
確かにプレシアが違うと思ってしまったのは仕方ない部分もある。
外交的で、明るく、好奇心の強いアリシア。
内向的で、引っ込み思案だが、深い知性を持つフェイト。
性格的に似ているのは思い込んだら一直線に進んでいく思い込みの強さと芯の強さだろう。
「どうかした?」
「いや、アリシアに引っ張り回されるフェイトが目に浮かぶなと」
「ひどーい! フェイトだって楽しんでたでしょ? ね?」
「うっ、うん」
「あらら……なんか言わせちゃった感が……フェイトも絶叫系得意じゃなかった?」
「ううん、そうじゃないよ。姉さんほど強くもないけど、楽しかったし」
「そっか、良かった」
「ならそろそろ昼食にするか」
「うん!」
「はい」
「うん」
三人並んで俺についてくるその姿は皆一様に笑顔で、
今日ここに来るように仕向けてくれたリニスに感謝したくなる、まああいつらはあいつらで何やらしているようだが。
遊園地内で食事をするところはどうしても場所代が高く、
お祭り価格というかどれも普通より高い値段の店が多いため、フリーパスのチケットを持つ場合外での食事のほうがいい。
俺たちも遊園地を出て昼食をとることにする。
「この辺で美味しい店って言うの調べてきたから行ってみない?」
「どんな店だ?」
「中華の店なんだけどね、飲茶が美味しいんだって。重くないから私たちでも食べられるよ」
「姉さんいつの間に?」
「さあねー?」
「中華か、面白そうだな」
「料理人の血が騒ぐ?」
「さあな」
中華といえばどうしても俺の師匠といえる二人のコックを思い出す。
ホウメイさんにサイゾウさん、どちらも中華の達人だった。
もっともホウメイさんは世界中の料理を作ることが出来る万能の料理人だったが……。
兎も角、そんなこともあり少し期待していたが、流石にあの二人の料理と比べれば見劣りするものだった。
しかし、客が来る料理屋だけあって親しみやすく誰にでも受けそうな味付けと、安さの割に旨い素材を使っていた。
料理人は並程度だが悪くない店だろう、特に桃まんに凝っているようで、工夫を凝らしていた。
「あっ、このあんまん可愛い! パンダの柄になってる♪」
「本当だー」
とはいえ、子供たちはパンダ柄のあんまん、通称パンダまんに釘付けだ。
当然といえば当然か、同じ程度なら見た目が気に入ったものを食べたくなるものだ。
もっとも、ああいったファンシーな食べ物は食べる時に躊躇する子もいるが。
「うぅー、なんか食べるの勿体ないね」
「そうだね、でも冷めたらおいしくないし」
「ってラピスもう食べてるし」
「何か?」
「いいけどー、よっしあたしも食べよ!」
「うん♪」
三人は瞬く間にパンダまんなるあんまんの変種を食べてしまう。
アリシアはいたく気に入ったらしく2つめに手をつけようとしているが、フェイトとラピスは少し休憩中だ。
フェイトも最近は食が進むようになってきた、元々は仲の良いアルフでさえ食べさせるのに苦労したらしいが。
アリシアの影響だろうか?
どちらにしろ良い傾向だと思えた。
「おいおい、なんだぁここの料理は?」
「肉まんの中にゲジゲジが入ってんじゃねぇか!」
突然周囲が騒がしくなった、ガラの悪いチンピラが料理にいちゃもんをつけ始めたようだ。
ノッポとデブの二人組、うだつの上がらなさそうなタイプだ。
店が悪かったのか、運が悪かったのか、どちらにしろ食事の気分を害したことは事実だ。
この時点で選択肢は3つ、
早めに店を出て通報でもして終わりにするか、食べ終わるまで我慢するか、叩きのめして注目を浴びるか。
3番はこの地元のヤクザともめることになりかねない、出来れば遠慮したかったが……。
自分で言うのもなんだが、こういう時は巻き込まれると決まっているらしかった。
「ちょっと! こっちはおいしく食べてるんだから、前時代のチンピラのまねごとはよそでやってよ!」
「ねっ、姉さん!?」
元気のいい声で反論を上げたのはアリシア。
当然この席は注目されることになった。
まあ、あの程度のチンピラ張り倒すのは訳はないが……。
「あんだぁ、このがきゃ!!」
「ガキじゃないよ、少女だもん」
「姉さん!?」
別の意味でやばい言葉をいい、啖呵をきったアリシア。
運動神経はいいといってもアリシアは普通の少女には違いない、チンピラ相手に怪我をする可能性もある。
何より相手は獲物を持っている可能性が高い、俺はそう思って席を立つ。
「てぇめら……まさか俺らに文句でもあるってのか?」
「今は食事時だ、騒ぐならよそでやってくれと言っているだけだ」
「騒ぐ? この店の食べもんは喰えたもんじゃねぇ、って親切に教えてやってるだけだろう!?」
「お客様! 代金はもうよろしいので、お引き取りください」
「あぁん? こんな料理喰わされかかって、慰謝料も無しか?」
「……」
俺は少しキレるのを感じた、とはいえこういった連中に暴行を加えても損をするのはこっちだ。
俺は素早く二人の背後に回り、首根っこを捕まえる。
そして、服ごとひっぱりあげて店の外へと歩いていった。
かなり重かったが、幸いこう見えてもかなり鍛えていたし、最近は車椅子のお陰で腕ばかり鍛えられた。
そうして俺は店の外でその二人を放り投げ、奴らの服をほんの1mほどボソンジャンプさせた。
パッと見瞬間的に服が脱げたように見えたはずだ。
「なっ!?」
「ぎゃ!?」
「えー!?」
「うわぁ……」
「くそっ!! どうやったか知らないが……覚えてろよ!!」
「兄貴まってくれぇぇ!!」
サルマタとブリーフ一丁になったノッポとデブは服を抱えて走って逃げた。
目立ってしまった事は仕方ないが、これなら血を見るよりははるかにマシだろう。
「さっすが義父さんやるぅ」
「でもかなり目立っちゃったみたいです」
「アキト……」
「仕方ないな、店を変えるか」
店員に感謝されつつも店を出ると俺達はそのまま遊園地にもどる。
商店街で食べるには目立ちすぎたこともあるが、
もうほぼ腹が膨れているのでクレープでも食べようということになったからだ。
「えーソフトクリームにしようよ、絶対そっちのほうがいいって」
「流石に今の時期でアイスだと腹を壊すだろ?」
「それがいーんじゃない」
「姉さん……流石にそれはないと思う……」
「どっちでもいい」
そういいつつも人数分買ってきたクレープはしっかりなくなった。
因みに俺は食べていない、誰が2つ食べたかは想像にお任せする。
そうして、午後もいろいろなアトラクションを楽しみ、日が暮れ始めた。
まあ、時々変な事態にはなっていたが認識の問題なので仕方がないだろう。
例をあげるなら、2人づつで入ったお化け屋敷。
俺と一緒に入ったラピスはしきりにそのお化けがどんなものか質問してきて、
俺が答えに窮するとお化け本人に聞きに行く始末、お陰でお化けのバイトは自信をなくしてしまったりしていた。
次に入ったアリシアとフェイトの場合、アリシアは楽しんでいるようだったが、
フェイトがお化けを不審者と勘違いし、バルディッシュなしでも出来る簡易な雷撃魔法で迎撃したらしい。
それはなんとかスタンガンだと誤魔化したが、係の人に平謝りしたことは言うまでもない。
他にも、4人で乗ったメリーゴーランドは俺が子供の中に一人だけ浮きまくったり、
ゴーカートではアリシアが勢いに乗りすぎて他の子供をけっ飛ばしながら突っ走った。
それを見てフェイトもアリシアを止めるつもりで一緒に突っ走っていた。
突き飛ばした子供たちには後で謝ったが、みんな楽しそうにしていたな。
「ごめんなさい……」
「気にするな、旅の恥はかき捨てという。たまには恥をかくのも面白い」
「なら、絶叫マシンのはしご」
「却下」
「アリシア絶叫系好きだね」
「うん、今日来て気に入っちゃった♪」
俺は気にするなという意味で言ったつもりだったが、フェイトはまだ気にしているようだった。
しかし、そうはいってももう時間もあまりない。
アリシアの遊園地の最後は観覧車で閉めるという意見を採用し、観覧車に乗ることにした。
「だったらまた2人組でいこうよ♪」
「観覧車は4人でもいけるが?」
「もう、雰囲気が大事なの雰囲気が」
「あのあのあの……姉さん?」
「賛成」
「じゃあじゃんけんで行くわよ」
「望むところ」
「その、私もやるの?」
「「当然」」
「うぅ……」
「「「じゃんけん、ぽん」」」
最初は全員チョキだった、そして次はラピスとアリシアがパー。
フェイトは前回と同じチョキを出していた。
フェイトはむしろ勝つつもりがなかったのかもしれない、しかし、そのせいで逆に勝ってしまったようだ。
それで、勝利者と俺というよく分からない構図で決まっていたらしいジャンケンは俺とフェイト、アリシアとラピスに決まった。
暫くして観覧車に乗った俺とフェイトはぼうっと外を眺めていた。
外には、日が落ちて空や明るさが失われていく海、そして日の光の代わりに街灯などが見えている。
更に近くにある民家やマンションが浮かび上がり街に彩りを加えていく。
「あの……ごめんなさい」
「ん?」
「今日、私一杯迷惑かけて……」
「迷惑? いったい何が迷惑なんだ?」
「えっ……その、お昼のこととか、お化け屋敷とかゴーカートとか」
「そんなのは気にすること無いぞ、そもそもお昼はお前と直接は関係ないだろう?」
「でも、姉さんを止められなかったし……」
「それもお前の責任じゃないさ、保護者は俺だ」
「……でも」
その時俺は思わずフェイトの脳天に唐竹割りの要領で手を振りおろしていた。
ゴンッといった感じの音がする。
もちろん、それなりに手加減はしたがかなり痛いはずだ。
「あっ……ごめん……なさ」
「フェイト!!」
「はっ……はい!」
「お前甘え下手にも程があるぞ……」
「えっ?」
「考えてみろ、親というのはいったい何のためにいるんだ?」
「えっとその……子供が一人で生きられないから……付いていてくれてるんだと思う」
「間違ってはいない、しかし、そんなのは後付けの理屈だ」
「後付けって……」
「親というのは子供が無条件に可愛いものなんだよ。
そして子供はいつもどこまでわがままが許されるのか、そのラインを探そうとするものだ。
フェイト、お前はその意味ではとても恵まれなかったかもしれない。
甘える相手がいなかったに等しいのだからな」
「でも……母さんだって……ううん、リニスもいたし……」
「だがその両方にまともに甘えたことはないんじゃないか?」
「それは……」
リニス達が気を使ったのはこの事だったのだろう。
俺自身フェイトの心の奥までは踏み込もうとしていなかった。
そろそろきちんと向き合う時が来ているのかもしれないと俺は考えた。
「フェイト、お前が管理局に行くのは俺のことを考えてだろう?」
「そっそんなこと……ないです」
「俺と管理局の軋轢を少しでも減らそうとか、リニスやすずかの負担を減らしたいとか考えていないか?」
「……」
「俺も、今までお前にきちんと向き合っていなかったと思う、気を遣いすぎるお前をついそのまま放置していた」
「でっでも……」
「フェイト、お前は失敗してもいい、というより毎日失敗しろ」
「え?」
「俺が管理局という組織が危ういと考える理由の一つがそれだ。
10歳くらいの子供を仕事につけるという事はそれ以外を学ばないということでもある。
仕事では失敗はできない、それは給料に響くだけじゃなく組織に影響するからだ」
「うん」
「だが普通、その年齢はいろんなことを学び、それを失敗し、それでも続けたいことは続け、駄目だと思う事は苦手だと知る。
十代というのは自分の方向性を探る猶予期間なんだ。
管理局に入るという事はその方向性を最初から一つに絞ってしまうという事になる」
「でも……」
「それに、例えそれが元々の適正でありまたなりたいものだったとしても、
途中で寄り道したことや失敗はけして重荷にならない、柔軟な思考や結果を予測する手助けにもなる。
そして、堂々と失敗が出来るのは親元にいる間だけだ」
「……それって」
「ああ、お前はまだ仕事をするには早いと思う。お前は一人で考えて行動しすぎる。
俺だけじゃない、アルフもリニスもアリシアもお前が重荷だと言ったことが一度でもあったか?」
「ううん、ないけど……」
「なら、
我儘を言えばいいんだ!
甘えればいい!
お前は、”俺の娘”なんだからな」
「義父さん……」
俺は、フェイトをどやしつけるように声を荒げる。
俺はきちんと笑えているだろうか?
ぎこちないのはかんべんして欲しい、親としては新米もいいところだからな。
ただ、フェイトの本音を引き出すには結局有無をいわさないほどにはっきりと言い切るしか無いと思った。
実際、フェイトは俺の言葉を受けて立脚点としていた多数の心配事が揺らいでいるのを感じたんだろう。
フェイトは崩れ落ちるように俺の胸に飛び込んだ。
「私……わたっ……うぅぅぁあぁぁぁあぁぁぁぁん!!!」
その日、ようやくフェイトは泣いた……。
それは、取り繕ったものではなく、子供らしい、普通の泣き顔。
俺はやっとフェイトの心にたどり着いたのかもしれない。
観覧車に乗って景色を見るということはあまりできなかったがそれ以上に良い結果になったと俺は思う。
今にして思えば、なのはもリニスもそのあたりのことを分かって協力していたのかもしれない。
まったく……。
結局フェイトは管理局行きを取りやめた。
俺がいずれミッドチルダに外交官として行くという事実を告げたことも大きかったのだろう。
なのはも一緒に嘱託をやらなくなったことを少し寂しがったが、フェイトが明るくなったことを喜んでいた。
そう、フェイトは以前より少し物おじしなくなり、そしてよく笑うようになった。
とはいえ、それほど急には変われないようだが、それでも少しづつ良くなっていけばいいと思う。
しかし、その日は終日アリシアとフェイトに連れ回されてバテバテになったことは言うまでもない……。