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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第52話:相対戦=初戦その3=
作者:蓬莱   2014/09/03(水) 22:42公開   ID:.dsW6wyhJEM
ライダーの奥義が真島に炸裂した同時刻、ラインハルトの配慮で、色白のチンピラが配達してきた中継用テレビにて、ここ遠く離れたアインツベルン城でもこの闘技場での死闘が中継されていた。

「これで一勝…とりあえず、初戦を取れて良かったわね」

そんな中、桂達と共に相対戦初戦の行方を見守っていたアイリスフィールは、ライダーの耐心盤石の一撃によって大地に打ちつけられた真島の姿が映し出されたのを見て、口でこそ自分たちの陣営の勝利を喜ぶような言葉で呟いた。
確かに、ライダーが相対戦の初戦を制したのは大きく、バーサーカー擁護派にとって大きな一歩だった。

「もうどうでも良い事だけど…」
「奥様…」
「お母様…」

しかし、それが本心でない事は、投げやりな言葉を付けたすように口にして陰欝な表情を浮かべるアイリスフィールの顔を見れば誰の目から見ても明らかだった。
そもそもの発端は、アイリスフィールが、夫である切嗣が逮捕され事のショックと玲愛に自分が人形でしかない事を指摘された事だった。
そして、愛する夫と自身の根幹を否定された事のショックの大きさの余り、アイリスフィールは精神的に深く傷つき、過酷な現実から目を背け、自分の殻に閉じこもるようになってしまった。
それ以降、アイリスフィールは今日に至るまで、無事に戻ってきたイリヤスフィールと桂から貨物船での一件を聞いた後、誰とも会いたくないと無言で主張するように部屋に引きこもっていたのだ。
故に、そんな未だに立ち直る事のできないアイリスフィールを前に、従者であるセラも娘であるイリヤスフィールも声をかける事ができずに不安そうに見守るしかなかった。

「その割にはあまり喜んでいないようだな、アイリスフィール殿」
「…当たり前よ」
「む…」

唯一人、アイリスフィールの本心を見抜いたように指摘してきた桂小太郎を除いてだが。
この桂の指摘に対し、アイリスフィールは不満げな口ぶりで、銀時の友人でもある桂に対して不審の籠った視線と共に言葉を返した。
“また、余計な事を…”―――そう心中で忌々しく思ったセラは、ただでさえ、精神的に不安定な状態となっているアイリスフィールをわざわざ刺激する桂をけん制するかのように睨み付けた。

「切嗣がいない以上、私達にとってこんな勝負に意味なんて有りはしないんだから…殺し合いが好きなモノ同士、好きなだけ殺し合いでもしていればいいのよ」

一方、アイリスフィールは、聖杯戦争そのものに興味を失い、ライダーと真島の死闘さえもどうでもいいと言い切った。
元々、アイリスフィールは、愛する夫である切嗣の悲願である“恒久的世界平和の実現”の為に冬木の聖杯戦争を戦い抜くつもりだった。
だが、召喚されたサーヴァントである銀時はバーサーカーの願いを叶える為に聖杯を譲ると言い出した挙句、あくまで聖杯を得ることに拘る自分たちの元から去っていった。
さらに、肝心の切嗣に至っては、バーサーカー討伐の障害排除と間桐桜の安全の為に聖杯戦争から強制的に排除されてしまった。
故に、アイリスフィールは、もはや切嗣の居ない聖杯戦争に参加する意味などないし、“殺し合いなら勝手にやっていろ”とこれ以上この聖杯戦争に関わりたくないとさえ思っていた。

「殺し合いか…アイリスフィール殿にはそうとしてしか見えぬのだな」
「他に何が有るって言うのよ…全部、切嗣の言う通りじゃない」

しかし、桂はライダーと真島の闘いに思うところが有るのか、アイリスフィールに何か言葉を含ませるようにして問いかけた。
この桂の問いかけを受けたアイリスフィールは少しだけ苛立ちを隠しながらも、あくまで切嗣の主張が正しかったと吐き捨てるように言い返した。
―――殺し合いは何処までいっても殺し合い。
―――血を地で洗う闘いをさも尊いモノだと語る殺人者たち。
―――そして、敗者の屍という贄で生み出される勝者という大罪人。
故に、アイリスフィールの目には、ライダーと真島の死闘がどれだけ凄かろうと、所詮、切嗣が嫌悪する闘争という悪性の縮図としてしか映っていなかった。
そんなアイリスフィールの回答に対し、桂は“そうか…”と少しだけ頷いた後―――

「…果たして本当にそれだけだろうか」

―――アイリスフィールの答えを通して、アイリスフィールの夫である切嗣の思想に異を唱えるように呟いた。
無論、桂はただ闘争の場を生きがいとする戦闘狂でもなければ、他者の死でもってしか快楽を見いだせない殺人狂でもない。
確かに、アイリスフィールや切嗣の語るように、世の理としては、闘う事が悪である事は間違いではない。
以前、過激派攘夷志士として多くのテロ活動を行ってきた桂は、この場に居る誰よりも闘争によって生じる悲嘆や憎悪などの負の部分も充分に知っていた。

「少なくとも俺は、闘いから生まれるモノがただ悪いモノだけではないと思っている」

だが、それと同時に、桂は、銀時達と共に数多くの死線を潜り抜けてきた中で、闘いの中にも決して否定する事のできない正の部分がある事も等しく知っていた。
現に、ライダーと真島は激しくぶつかり合いながらも、言葉の代わりに拳で語り合い、互いに相手の強さを褒め称えながら心を通わせていた。
そして、そんな心が有るからこそ、ライダーと真島の闘いには、ウェイバーやキャスター達のように数多くの人間を魅了するほどの、本気でぶつかり合う事でしか見いだせない命の輝きが存在しているのだ。
さらに付け加えて、アイリスフィールはもう一つ大きな思い違いをしていた。

「それにまだ勝負はついていない」
「何を―――“真島さん!!”―――!?」

“未だに死闘に決着つかず”―――そう断言する桂に対し、アイリスフィールが反論しようとした瞬間、この血と死臭に満ちた闘技場には似つかわしくない少女の声が響いた。



第52話:相対戦=初戦その3=



一方、ウェイバーやキャスター達も、ライダーの放った耐心盤石の一撃によって大地に叩き付けられた真島の無残な姿を目の当たりにしていた。

「ま、真島…しっかりしろ、真島ぁ―――!!」

この目の前の光景に呆然としていたキャスターであったが、すぐさま、我を取り戻すと、深々と地面に叩き付けられた真島に向かって叫んだ。
だが、必死に叫ぶキャスターの悲痛な声も真島の耳に届いていないのか、まるで死体のようにピクリとさえ動かなかった。
もっとも、今の真島の姿を見れば、誰もが死体と見做すのも無理のない話だった。
―――ボロ雑巾同然まで引き裂かれた衣服。
―――アコーディオンのようにグシャグシャに折られ畳まれた右脚。
―――ポンプの如く全身から今なおダクダクと吹き出す鮮血。
―――何もない空を見上げたまま焦点の定まらぬ眼。
もはや、“虚無の魔石”五個分による自己回復能力も、ほぼ即死確定の一撃を受けた真島を瀕死の瀬戸際で持ちこたえさせるのが精一杯だった。

「終わったのか…?」
「まぁ、あれだけの一撃をまともに受けたのなら、並のサーヴァントなら立ち上がれないわね」

“勝負有り”―――ウェイバーや絵梨依だけでなく、虫の息となった真島の姿を目の当たりにしていた闘技場にいるほぼ全てがそう思わざるを得なかった。
むしろ、キャスターの宝具による強化の恩恵を受けていたといえ、肉弾戦を得意とするライダーを相手に真っ向から挑み、ここまで闘いぬいただけでも称賛に価すべき事だった。

「…遊佐殿、真島殿の手当てを頼む」
「あぁ、手当てねぇ…」

そして、ライダーもすでにこの勝負の決着はついたと思い、司狼に瀕死のまま起き上がれずにいる真島の手当てを頼んだ。
しかし、司狼は何故かすぐに真島を助ける事はせず、何かを考え込むようなしぐさを見せた後―――

「とりあえず、そいつの手当ては、こいつらとそこの年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたおっさんとの話がついてからにしてくれや」
「何?」

―――いつの間にか、司狼たちの背後に取り付けられた大型スクリーンをライダーに見せつけるように指さしながら、まだ決着がついていない事を告げた。


一方、当の真島は耐心盤石の一撃によって死に体となりながらも、持ち前の人外じみた生命力により辛うじて薄れゆく意識を必死に押し留めていた。

“あかん…こら立てそうにないわ…”

しかし、それでも、あくまで死亡ギリギリの崖っぷちを堪えるのが精いっぱいで、今の真島には闘うのはもちろんの事、ただ起き上がる事さえ満足にできなかった。
それほどまでに、ライダーの放った耐心盤石の一撃は、これまで真島が受けたどんな攻撃よりも強烈なモノだった。
“負けか”―――これまで数多くの修羅場を潜り抜け、幾度も闘い抜いてきた真島ですらそう思わざるを得ないほど、自身の敗北を誰よりも自覚していた。

“せやけど…まぁ、桐生ちゃんとやりおうたんと同じくらいおもろい喧嘩やったなぁ”

だが、それと同時に真島は心中で笑みを浮べるほど、ライダーのような漢と命を懸けて闘い切った事への充実感に満たされていた。
ここまで自分を熱く燃えさせ、自分が全身全霊の全力を出し切ったのは、神室町にて桐生一馬との大勝負以来久方ぶりだった。

“ほんま…ごっつすごい奴やで、家康”

今から思えば、真島がライダーにいつも以上に入れ込んでしまったのは、倉庫街の一件でライダーと闘った時からだったのだろう。
あの時から真島は、ライダーの―――遍く全てを照らす太陽にも似た男の姿に、その生きざまに魅せられ惹きつけられてしまったのだ。
だから、真島はライダーと全力で闘えたうえで敗れたのならば良しとしようとを半ば受け入れ始めていた。

“悪いのう…キャスターの嬢ちゃん”

ただ、真島にとっての悔いは、自分を信じてくれたキャスターの期待に応えられなかったことだった。
さすがの真島としてもキャスターから魔石五個分を貸し与えられての敗北とあってはいい訳のしようが無かった。
“まぁ、小言は後でじっくり聞こうか…”―――そう心中で苦笑しながら、真島はまるで眠りにつくかのようにまぶたを閉じながらゆっくりと意識を失った。
否、そうなるはずだった。

『まだ、まだ、諦めちゃ駄目です、真島さん…!! 私も、皆も応援していますから!!』
「!?」

直後、真島は必死になって自分に呼びかける、此処にいないはずの大河の声に驚いたようにカッと目を見開き、失いかけていた意識を無理やり叩き起こした。



なぜ、この闘技場に居ないはずの大河の声が真島の耳に届いたのか?
無論、真島の耳に届いた大河の声は自身の脳内で生み出された幻聴ではなかった。

「あ!! 真島さん、こっちに気付いてくれたみたいです!!」
「どうにか意識だけは取り戻したようね…ナイスよ、タイガ」

そう、大河たちにもライダーと真島の闘いの顛末を見届けさせたいというラインハルトの配慮により藤村邸にて設置された中継テレビ(○べ屋提供)によって届いた、正真正銘、藤村大河本人の声だった。
どうやら、中継テレビを介して、闘技場に設置された大型スクリーンと繋がっているらしく、これを利用する事で、向こう側にいる大河たちの姿や声を闘技場に届ける事ができたのだ。
そして、唖然としながらもはっきりと自分たちの方に目を向ける真島の姿に対し、大河は真島が意識を取り戻したことに涙を流しながら喜んだ。
それと同じく、大河の隣にいたランサーは良くやったと褒めながら、真島の意識を復活させた大河の頭をワシャクシャに撫でまわした。
だが、真島が意識を取り戻したことに歓声を上げていたのは、大河やランサーだけではなかった。

「真島の旦那から話は聞いていたが…まさか、こんなすげぇ猛者とやりあっていたとは…まったく、長生きはするもんだぜ」
「ちっ…こんな相手がいるんだったら、桐生とやりあうのは俺に譲れってんだ、真島の野郎」

意識を取り戻した真島の姿に割れんばかりの大歓声を上げる組員たちを背に組長である藤村雷画はそんな真島と互角に闘うライダーに静かに感嘆の言葉を口にした。
さらに、貨物船での闘いの後、身の安全を条件に真島達に引き取られた荒瀬は、言葉では真島を忌々しそうにぼやきつつも、その視線はライダーと真島の死闘に釘付けになっていた。
そう、大河やランサー達のような聖杯戦争に関わった者だけでなく、藤村邸にいる全ての人間がライダーと真島の決闘を必死になって見守っていたのだ。

「ま、魔術の秘匿は…」
「もう諦めなさい、ケイネス。そんなの六陣営会談の時点でもう今更の話よ」

ちなみに、魔術の秘匿なぞ投げ捨てた暴挙に胃をドリられてダウンしたケイネスを、ソラウが“本当に仕方ないわね”と苦笑しつつも膝枕をして慰めたのはどうでもいい話である。

『だが、意識を取り戻したところでまともに闘えるかどうか…』

とはいえ、アラストールの言うように、今の真島はライダーの耐心盤石の一撃によって、魔石の自己回復能力すら追い付かないほどの重傷を負っていた。
そんな満身創痍の体では、もはや真島といえども闘う事どころか、起き上がる事さえ満足に出来る筈が無かった。
しかし、ランサーは、真島の戦闘続行を絶望視するアラストールにこう確信めいた言葉で告げた。

「大丈夫よ、アラストール。さっきの大河の檄で火がついたみたいだから」
『何?』

思わず、疑問の声を上げるアラストールであったが、生粋の戦闘狂であるランサーは知っていた。
極限状態に追い込まれた人間は時として並外れた精神力のみで容易く肉体の限界を凌駕する事を―――!!


一方、舞台となっている闘技場において、ライダーは目の前で起こった人の為した奇跡を目の当たりにし驚愕することになった。

「真島殿…!?」
「ふぅ…ほんま助かったで。大河の嬢ちゃんの声がなかったら、寝てもうとるところやった」

そこには、立ち上がる事すら不可能なほどの重傷を負っている事など微塵も感じさせないほど、好敵手であるライダーに見せつけるように堂々と仁王立ちする真島の姿があった。
既に、ボロボロになった上着は脱ぎ捨てられ、真島の両肩と背中に刻みほり込まれた、見る者の心に畏怖させる白蛇と般若の入れ墨が見せつけるように露わとなっていた。
そして、立ち上がった真島は目覚めさせてくれた大河に感謝の言葉を口にしながら、今、自分が為すべき事を為すために固く握りしめられた拳を構えてこう言い放った。

「さぁ、楽しい喧嘩の続きといこうやないか、家康」
「真島殿…しかし、その怪我では…!!」

この自殺行為にも等しい真島の言葉に、さすがのライダーも戸惑いを隠しきれずに思わずたじろいでしまった。
如何に立ち上がったといっても、ライダーの目から見れば、今の真島がまともに闘える状態でなく、これ以上の戦闘は真島にとっては自殺行為に等しかった。
“真島殿を殺したくない!!”―――ライダーはそう心中で思いながら、何とかこれ以上の戦闘を止めさせようと真島を説得しようした。

「ぐっ…真島殿!?」
「家康…お前があの坊主の“絆”を背負とるんなら…わしにも背負とるモンが有るんや」

だが、次の瞬間、真島からライダーに返ってきたのは言葉ではなく、遠慮なく無防備な姿を曝すライダーの頬を殴りつけた真島の拳だった。
さすがのライダーも、この満身創痍の人間が叩き込んだとは到底思えない痛烈な一撃に思わずたじろいでしまった。
そして、ライダーに拳を叩き込んだ真島は、半死人だからと舐められた事への怒気をはらんだ声で腑抜けたことを抜かすライダーに気合を入れるべく、自身の闘うべき理由を言い放った。

「お前があの坊主の“絆”ちゅうんを背負とるならのう…わしも桐生ちゃんに託されて、若頭として“東城会”の看板を背負とる男や…そのわしがアイツらの見とる前で、このまま情けのう負けていいわけないやろがぁ!!」
「それが真島殿にとって決して譲る事のできない“絆”なのだな」

“東城会を託され背負うモノとしての覚悟と矜持”―――それこそが、戦闘不能同然の真島が立ち上がり、今なおライダーと闘わんとする何よりの理由だった。
故に、真島は、自分と同じく極道に身を置く大河たちの見ている前で、敗者として無様に倒れるなどできる筈が無かった。
この命を懸けた真島の覚悟を見たライダーは、そんな真島にあろう事か負けを認めるよう説得しようとした自身の愚かさを恥じた。
そして、真島の背負う“絆”を知ったライダーは、改めて、この聖杯戦争で真島吾朗という漢と出会えたことに喜びを感じていた。

「せやから…お前も男やったら、ごちゃごちゃ言わんと手加減抜きでこいやぁ、家康!!」

故に、気合を込めた声で一喝する真島に応えるかのように、ライダーも真っ直ぐに真島を見据えながら高らかに堂々と答えた。

「ならば、真島殿…ワシもお主の背負う“絆”の全てに全力で応えよう…!!」

この現世で出会えた最高の好敵手(とも)との“絆”を結ぶべく、自身も命と“絆”の限り闘う事を誓いながら―――!!

「やれやれ…お互いに色々と苦労させられるモノだな…」
「まったくだよ…どこまで心配させれば気が済むんだよ、あいつは」

そんなライダーと真島のやり取りを見守っていたキャスターとウェイバーは、このどうしようもない大馬鹿野郎たちには本当に苦労させられるとお互いに苦笑するしかなかった。
もはや、ライダーも真島もこの死闘に熱中する余り、相対戦の初戦を勝つ事など当の昔に忘れてしまっているのだろう。
だが、キャスターもウェイバーも決して咎める事無く、逆に“それでいい”とさえ思っていた。

「止めないの? 下手したら、両方とも死ぬかもしれないわよ」
「何を言っても無駄だ…ああなった真島を止めたいなら、それこそ息の根を止めねばならん」
「ライダーも同じだ。あいつもここぞって時で頑固だからな…」

とここで、そんなウェイバーとキャスターのやり取りを見ていた絵梨依は、ウェイバーとキャスターがどう答えるのか分かった上で、このまま、ライダーと真島の戦闘を続行して良いのか問いかけた。
確かに、ウェイバーならば令呪の力でライダーを止める事ができるだろう。
キャスターにしても本気で力づくで止めようと思えば、真島を止める事など容易い筈だ。
だが、そんな絵梨依の問いかけに対し、キャスターとウェイバーは首を横に振りながら、自分たち程度の制止で完全に闘争心が大炎上したライダーと真島の死闘を止める事など出来る筈がないと苦笑交じりに言葉を返すだけだった。
故に、もはや、真島とライダーの闘いを止める事ができない以上、キャスターとウェイバーが為すべきなのは自分たちにできる最大限の事をするだけだった。

「勝て、真島吾朗…!! お前が真に打ち勝ちたい男がいるなら、必ずライダーに勝て…我が最高のマスターよ!!」
「あぁ、信じてやるさ…当たり前だ!! 僕を信じると言ってくれたライダーの“絆”を、お前の勝利を信じるに決まっているだろ…!!」

そして、キャスターとウェイバーは互いに腹の底から全ての空気を吐き出すように咆えるように“必ず勝て”と心の底からの願いを込めた檄をとばした。
それは、時には反目しながらも、時には振り回されながらも、ここに至り、互いに真の“絆”を結んだ者だからこそ伝える事のできる最大の援護だった。

ライダー「始めようか…真島殿」
真島「そうやな…ライダー」

このキャスターとウェイバーからの最高の檄に対し、ライダーと真島はここまで自分たちを信頼してくれる仲間からの熱い言葉に思わず笑みをこぼした。
“任せろ(や)!!”―――だから、そう心中で感謝の言葉を口にしながら、ライダーと真島は自分に全てを託してくれた友にむかって互いに勝利を誓い合った。
そして、それを合図とするかのように―――

ライダー・真島「「いざ…!!」」

―――金色の太陽と焔の般若は再度、激突するのだった。



一方、間桐邸で繰り広げられた時臣と雁夜の交渉は、遠坂葵が現れた事により大詰めを迎えようとしていた。

「葵さん…何でここに…!?」
「葵…」

この予期せぬ葵の登場に対し、雁夜は動揺を隠せずに戸惑い、時臣も目を見開いたように驚きを露わにしたが無理もない話だった。
今の冬木市は謎の組織などの介入により張り巡らされた数多の陰謀が渦巻く危険地帯であり、激戦地の最前線といっても過言ではなかった。
現に、本来ならこの聖杯戦争に無関係である筈の凛まで人質として攫われた上、命を落としかねないほどの危害が及んでいるのだ。
そうであるにも拘らず、敵地である間桐家にやってくるなど、雁夜や時臣からすれば自殺行為に等しい行為だった。

「宗茂さん達から話は聞きました。桜の事も含めて全部…聞きました」
「…」
「葵さん…俺は―――だから―――えっ?」

だが、当の葵は動揺する時臣と雁夜を尻目に、護衛役である宗茂やァから桜の境遇を含めたこの聖杯戦争についての大凡の事情を知った事を静かに告げた。
この葵の告白を聞いた時臣は葵からのありとあらゆる罵倒を覚悟しながら無言のまま全てを受け入れようとしていた。
そして、雁夜がひとまず、自身の胸中を葵に打ち明けようとした瞬間―――

「…あの子を、桜を助ける為に、あの人に、時臣に力を貸して、雁夜君…!!」
「「葵(さん)!?」」


―――葵は先ほどの時臣と同じく、自身の両手を前に付き、そのまま、目の前にいる雁夜にむかって時臣への協力を頼みながら、土下座をするように頭を下げた。
この葵の予想外の行動には、時臣も雁夜も声を揃えて驚きの余り愕然としてしまった。

「自分が恥知らずな事を言っているのかは分かっているわ…どれだけ償っても償いきれない罪を犯してしまった事も。けど、それでも、私はどうしても桜を、私が手放してしまった娘を助けたいの、だから、力を貸して、雁夜君!!」

だが、時臣と雁夜の前で、葵はなりふり構うことなく、自身が罰せられるべき罪人だと述べた上で、ただ只管に雁夜にむかって頭を下げて懇願した。
実際、葵も一度は桜を手放しておきながら、桜の為と口にして母親面で助けを求める自身の身勝手さを充分に理解していた。
それでも、葵は桜を、今も自身の死を望んでいる娘をどうにかして救いたかった。

「葵…それは君が背負うべき罪ではない。そう、全ては私の傲慢な思い込みが招いた事だ…君まで私と同じ罪を背負う必要はない、いや、あってはならない!!」
「そうだ…全てはそいつが、時臣が全ての元凶なんだ!! その男さえいなければ、葵さんや桜ちゃんだって不幸にならずに幸せになれたはずなんだ!! だから、葵さんが背負うべき罪なんて何処にもない筈だ!!」

そんな葵の必死の懇願に対し、時臣と雁夜は我を取り戻すと、それぞれの言葉で葵には何の罪はないと主張した。
時臣は諌めた―――桜をここまで追い詰めてしまったのは自分の罪だと。
雁夜は訴えた―――桜を間桐へと養子に出した時臣こそが元凶なのだと。

「…私の犯した罪は諦めてしまった事。魔術師の妻になった以上、当たり前の家族の幸せを求めるのは間違いだとただ諦めて、夫を一度も止めもせず、娘を手放してしまった。母親としてこれ以上にない罪よ、雁夜君」
「それは…!!」

だが、葵は首を横に振りながら、桜を間桐へ養子に出すことを決めた時臣だけが悪いのではないと雁夜を諭すように言葉を返した。
確かに、桜を間桐へと養子に出した際、遠坂家の当主である時臣にその決定権があり、妻である葵にはどうする事もできなかった。
しかし、どうする事もできないからと思い込んだ挙句、葵が何一つ時臣に意見することなく諦め、時臣が桜を間桐へ養子に出さない可能性を完全に潰してしまったのもまた事実だった。
その結果が、この最悪の現状を招いてしまった事を省みれば、葵の主張もあながち間違いではなかった。
そして、葵は顔を上げると、時臣の方に目を向けながら“それに…”と前置きを口にし―――

「…あの人が罪を背負うなら、私も一緒にその罪を背負うのは当然の事。あの人、時臣だけに罪を背負わせたりしないわ」
「葵…君は…」

―――時臣が犯した罪ならば、私も時臣が押し潰されないように一緒に罪を背負う決意を込めた微笑みと共に告げた。
この葵の献身的な愛の深さを改めて知った時臣はただ自身の不甲斐無さと共に葵への感謝と感嘆の念を抱かずにいられなかった。

「どうして…どうして、そこまで…!!」

一方、雁夜は時臣と葵のやり取りを目の当たりにした瞬間、自身の根幹を支えていたモノが次々にひび割れていくのを感じながら、自ら時臣の罪を共に背負おうとする葵にむかって震える声で質した。
―――理解できない、理解できるわけが無かった。
―――何故、そこまで、葵が全ての元凶である時臣を庇うのか?
―――葵も桜もそいつさえ、時臣さえいなければ不幸にならずに済んだはずなのに。
だが、雁夜の問いかけに対し、葵は今もなお自分を想ってくれている幼馴染に困ったように苦笑しながら自身の答えを返した。

「…私は遠坂葵、心の底から愛した遠坂時臣の妻だから」
「あっ…」

この瞬間、間桐雁夜を支えていた根幹は、雁夜自身の心もろとも完膚なきまでに砕け散った。



一方、ライダーと真島の死闘が大詰めを迎えようとする中、勝負を決めるべく最初に動いたのは、全身から一斉に炎を巻き上げた真島だった。

「…勝負や、ライダァあああああああああああああ!!」

さらに、真島は巻き上げた炎によって身の丈を遥かに超える巨大な翼を形作り、ひと羽ばたきする事で一気に空へと急上昇していった。
その天へと舞い上がる真島の姿は、幾度も死と再生を繰り返しながら蘇る炎の鳥―――不死鳥を思わせるような、誰もが否応なく魅せられる光景だった。
やがて、限界ギリギリの高さまで舞い上がった真島は、遥か地上にいるライダーに目掛けて、先程と同じく右脚を突き出したまま、炎を巻き上げ回転しながら急降下した。

「だが、先程と同じでは、ワシの奥義は破れんぞ、真島殿!!」
「んなもん、分かっとるわぁ!! そやから―――」

だが、ライダーも上体を大きく逸らしながら、先に真島を打ち破った時と同じように急降下してくる真島を“耐心盤石”で迎え撃たんとしていた。
無論、ライダーの言うように、もし、真島が先程と同じ手で真っ向挑むなら、真島に勝ち目などなかった。
しかし、それは真島も承知の上の事であり、ライダーの“耐心盤石”を打ち破るための一手を編み出していた。
そう、自分一人の力ではライダーの“耐心盤石”を打ち破るのは不可能ならば―――

「「「「「―――わしが五人分…さっきの五倍ならどうやあああああああああ!!」」」」」
「何っ!?」

―――その力不足を補うために自分をさらに五人に数を増やして対抗すれば良いのだ!!
次の瞬間、驚くライダーの眼前には、急降下する真島の背後から、文字通り寸分たがわぬほど姿かたちがそっくりの真島が四人も分裂したかのように出現した。
しかも、新たに出現した四人の真島は高速移動による残像や実体のない幻影など類ではなかった。

「まさか、魔力を使って質量を持った分身を作ったのか!?」
「真島め…この窮地でさらなる力を会得したか!!」

それを証明するかのように、同じくこの光景を目の当たりにしたウェイバーとキャスターは、この土壇場で新たな技を編み出した真島の底力に驚きを隠せなかった。
事実、ウェイバーの言うように、この時、真島の繰り出した分身の術によって生み出された四体の分身は姿かたちをまねただけでなく、その質量まで再現・実体化していたのだ。
如何に、“虚無の魔石”のバックアップが有るといえど、魔術の知識など一切ない筈の一般人は、勿論の頃、魔術師として優秀なケイネスや時臣でさえも実戦で行使するのはほぼ不可能な領域の代物だった。
それをこの土壇場で実行してみせた真島の潜在能力は、キャスターの口にしたように、全てのマスターの中で最高だと言っても過言ではなかった。

「耐心―――」
「「「「「紅般若―――」」」」」

だが、ライダーも迫りくる五人の真島を前にしても一歩も退くことなく、逆に真島の底力に敬意と称賛を込めた渾身の一撃で真っ向から立ち向かわんとした。
―――もはや、背中と密着しかねないほど上体を反らして最大級の溜めを作るライダー。
―――本体の真島を取り囲むように四体の分身が右脚のつま先を重ねる事で巨大な蓮の花を形作る真島。
そして、炎を巻き上げて迫りくる五人の真島が、ライダーの“耐心盤石”の力を最大に発揮できるキルゾーンにまで到達した瞬間―――

「―――盤石!!」
「「「「「―――業焔蓮華!!」」」」」

―――ライダーと真島が吼えるように繰り出した奥義が、闘技場全体に目も眩むほどの閃光と身を焼き尽くすほどの熱風と全てを吹き飛ばす衝撃波が入り混じった奔流を生じさせるほど激しく激突した。

「「「「「「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――!!」」」」」」

そして、闘技場全体を揺るがすほどの爆心地の中心部で、ライダーと真島による鍔迫り合いのように一進一退の鬩ぎ合いが始まった。
―――何物にも砕かれない大山の如き頭突きで真島の回転蹴りを打ち砕かんとするライダー。
―――何物を貫き徹す撃槍の如き回転蹴りでライダーの頭突きを打ち破らんとする五人の真島。
まさしく、それは、無敵の盾と最強の矛による己が意地と矜持全てを懸けた“矛盾”のぶつかり合いだった。

「まだ、足りへんで、お前ら!! もっと、もっとぉ気合いれろやぁああああああああ!!」
「「「「応ぉおおおおおおおおぅ!!」」」」
「くっ!?」

とここで、真島はこの膠着状態を打ち破らんと分身の四体に喝を入れると、四体の分身と共に“虚無の魔石”によって供給される魔力のほぼ全てを右足のつま先の一点に集中させた。
これにより、圧縮された魔力によって、真島のつま先は文字通り金剛石の如き強度にまで強化されていた。
だが、本来、自己再生能力に使う魔力までそちらに回したことで、真島の自己再生能力も大幅に低下していた。
事実、真島は先の耐心盤石によって負った傷口から次々に血が噴水のように流れだし、右足から全身に向かって這い上がるようにも次々にひび割れ始めていた。
だが、この真島の背水の陣で挑んだ一手に、さすがのライダーも真島のつま先がめり込んだ額から血を流しながら徐々に後ろに押され始めようとしていた。

「…ワシも負けぬ。ウェイバー殿との“絆”にワシの全身全霊を懸けて!!」
「「「「「何やと!?」」」」」

しかし、圧倒的不利な状況においても、ライダーは瞳に不屈の光を宿しながら、その場で踏みとどまるだけでなく、真島達の回転蹴りに対抗するようにジリジリと押し始めていた。
それはライダーの力だけで為せるものではなかった。
これこそ、ライダーが心の底から信じ、また、ライダーを信じてくれたウェイバーとの“絆”によって生み出された“絆”の力だった。
この土壇場で発揮されたライダーの“絆”の力に、さすがの真島達も驚愕するしかなかった。

「それでも…!!」
「「「「「せやけど…!!」」」」」

だが、ライダーも真島も如何に強大な力を発揮しようと負けるつもりなど毛頭なかった。
お互いに“絆”を結んだ者達に必ず勝つと約束を交わした二人の漢。
故に、ライダーも真島もその約束を果たすためにこの死闘の勝ちを譲れるはずなどなかった。
やがて、互いに極限まで高まりぶつかり合った二つの力は―――

「「「「「「勝つのはワシ(わし)だ(や)ぁああああああああああああああああああああ!!」」」」」」

―――この死闘の勝利を求める二人の漢の雄叫びと共に闘技場に存在する全てを吹き飛ばすほどの衝撃波が身を焦がす炎の熱気が入り混じった、目の眩むほどの閃光と共に解き放たれた。


やがて、ライダーと真島のぶつかり合いで生じた衝撃の余波で上空に舞い上げられた観客である骸骨と観客席の残骸が次々に下に落ち始めてきた頃、闘技場に巻き起こった熱気と閃光も徐々に収まり始めようとしていた。

「やれやれ…はしゃぐにしてもとんでもねぇな」
「まったくだ…無事か、小僧?」
「な、何とか…それより、ライダー達は!?」

とそれと同時に、大量に降り積もった瓦礫の山を退かしながら、司狼は闘技場を破壊するほどの死闘を繰り広げるライダーと真島の闘いぶりにヤレヤレといった様子でぼやいた。
一方、そんな司狼に庇われたキャスターとウェイバーは互いの無事を確認し合った後、すぐさま、ライダーと真島がいるはずの闘技場の敷地へと目を向けた。
そして、ウェイバーとキャスターの目に飛び込んできたのは、最初の時と同じく至近距離で向き合うライダーと真島の姿だった。

「ふぅ…こんだけ大技ぶっこんでも決着つかんのか」
「ははは…まったくお互いに頑丈なモノだな」

ただし、互いの頑丈さに呆れたように笑い合うライダーと真島の姿は、もはや、見る者全てが言葉を失うほど凄絶な姿へと変わり果てていた。
―――額から止まる事無く溢れ出る鮮血と共に額の骨が白く薄らと見えるまでに肉が抉られたライダー。
―――全身のあちこちに火傷と裂傷を負い、ボロ雑巾のようになった右足を庇いながら何とか無事な左足だけで立つ真島。
もはや、如何に人外の肉体を持つサーヴァントや“虚無の魔石”で強化されているとはいえ、ライダーも真島もまともに闘うどころか生きている事さえおかしいほど満身創痍の有り様となっていた。

「せやけど、勝ち譲ったるつもりはないで」
「無論、ワシもそのつもりだ」

だが、真島もライダーも、もはや肉体の限界は当の昔に越えて戦闘不能寸前の域に達しているにも拘らず、未だに胸中に宿った闘志を燃え上がらせていた。
もはや、それは並外れた意志の力を持ったライダーと真島だからこそ為し得る事のできた紛れもない奇跡だった。

「ほなら…リゼットの嬢ちゃん―――」
「ウェイバー殿―――」

だが、このまま、真島とライダーが闘い続けたところで、この死闘に決着がつかないどころか、両者共倒れの引き分けに終わりかねない事は明白だった。
如何に強大な人外の力で以てしても勝負の決着がつかない以上、真島とライダーが取るべき方法はただ一つだった。
故に、真島とライダーは相手が何を選択したのか分かった上で、互いにキャスターとウェイバーの名を呼びながら―――

「―――コイツには世話になったけど、まとめて返しとくで」
「―――ワシに令呪を、サーヴァントでなく、人として戦えるように令呪を使ってくれ」

―――人外の力を捨て、“人間”としての力で以てこの死闘に決着をつける事を宣言した!!
 


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