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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第53話:相対戦=初戦その4=
作者:蓬莱   2014/09/18(木) 23:30公開   ID:.dsW6wyhJEM
“人間としての力のみで闘う”―――この真島とライダーの申し出に対し、キャスターとウェイバー、司狼と絵梨依、ランサーを除く二人の死闘を見届けていた全員が我が目と耳を疑った。
もはや、満身創痍の有り様である真島とライダーがここまで闘えたのは、偏に、“虚無の魔石”による強化とサーヴァントとしての能力が有ってこそのモノだった。
故に、それらを放棄した上で人間としての力のみで闘うなど自殺行為に等しかった。
仮にどちらかが死ぬならばまだいい方で、最悪の場合、両者の死亡による壮絶な相打ちの可能性もあった。

「「…」」

当然の事ながら、誰もが両者共倒れの結末を望まない以上、キャスターとウェイバーは真島とライダーの申し出を拒否すると思っていた。
だが、周囲の予想とは裏腹にしばしの熟考の後、キャスターとウェイバーが下した決断は真島とライダーの申し出を上回るモノだった。

「ふん…分かった。もはや、この闘いは貴様のモノだ…思う存分、心が望むまま好きに闘え、真島!!」
「あぁ、任せろ。令呪によって命じる…ライダー、この闘いが終わるまでサーヴァントとしての力全てを封じろ!!」

次の瞬間、キャスターは真島から返された“虚無の魔石”五個を受け取り、ウェイバーは令呪の行使する事で、ライダーのサーヴァントとしての力を封じ、人間としての力しか発揮できないようにした。
“正気か、こいつら…!?”―――真島とライダーの申し出を実行したキャスターとウェイバーの決断に、再び、闘技場が動揺と困惑でざわめきたった。
もはや、無限の闘争を生き甲斐とする修羅道至高天の住人である骸骨達さえも、キャスターとウェイバーが度重なる死闘の熱気と狂気にのみ込まれたのではないかと思ってしまった。

「んで、あんた達はこれで良いの? アイツらの好き勝手の性で、お互い大事な初戦を落とすかもしれないのに…最悪、どっちも死ぬかもよ」

とここで、絵梨依はキャスターとウェイバーが自分たちの下した決断に迷いや後悔が無いか確認するように尋ねた。
一応、絵梨依も蓮の仲間として、バーサーカー打倒の要となりうる真島やライダーをただの勢いに任せて下した決断で失うのを見過ごすわけにはいかなかった。
その為、もし、キャスターやウェイバーに迷いや後悔の感情が有れば、即座に真島とライダーの闘いを司狼と共に止めるつもりでいた。

「ふん…そもそも、そんな事を考えて、私はアイツを信じているなどと戯言を抜かすつもりなどない」
「あいつは…ライダーは…徳川家康はこんなどうしようもない僕を信じてくれた。なら、今度は僕がアイツを信じる番だ」

しかし、当のキャスターとウェイバーは、それぞれ自分が信じる“友”の勝利を祈りながら、人間として決着をつけんとする真島とライダーの闘いを見守っていた。
無論、絵梨依の言うように迷いや後悔の念が全く無かったわけでは無く、キャスターもウェイバーも、互いに満身創痍の真島とライダーを闘わせていいのかとも思い悩んだ。
だが、キャスターとウェイバーは、何度も瀕死に追い込まれながら、ここまで闘い抜いてきた真島とライダーの想いを汲んだ上で、互いに最後まで“友”を信じ抜く事を決断したのだ。

「ええんか? 負けるかもしれんで?」
「そちらこそ。ワシがあのまま闘うとは思っていなかったのか?」

そして、そんなキャスターとウェイバーにそれぞれ信頼されている真島とライダーは人間としての力のみで闘う事に異存はないか、互いに確認し合うかのように問い掛け合った。
この時、真島はライダーの問いかけに対しこう思っていた―――“んなもん、これっぽっちも思とらんわ”と。
一方のライダーは真島の問いかけに対しこう思っていた―――“それでも後悔はないし、もとより負けるつもりはない”と

「ほなら、こっからは我慢比べやで、家康!! わしとお前…どっちか倒れるまでガチの殴り合いや!!」
「望むところだ、真島殿!! そして、お主が人として闘うのなら、ワシも人として有りの侭に闘おう!!」

お互いに“両者ともに異存なし!!”と最後の確認を終えた真島とライダーは、拳銃の撃鉄を引くかのように互いの左の拳をギリギリと振り上げながら構えた。
やがて、上空に舞い上げられた最後の瓦礫が落ちてきたのを合図に、真島とライダーは渾身の力を込めて左の拳を相手の顔面に目掛けて勢いよく打ち込まれた!!



第53話:相対戦=初戦その4=



「きつうぅ…!! ほんま、これで生身の人間なんやろうな、家康?」
「ははは…真島殿こそ人間とは思えぬ重い拳だな!!」

そして、闘技場で二つの打撃音が重なり合うように響いた瞬間、真島とライダーが打ち込んだ左の拳が互いの顔面にめり込んでいた。
もはや、先程までの空を切り、大地を揺らすほどの人外の力は見る影もないが、真島とライダーの拳は半生半死の人間が殴ったとは思えないほど強烈なモノだった。
だが、それほどまでの拳を真面に受け止めたにもかかわらず、真島とライダーはよろめきながらも愉快そうに軽口を叩くと、互いに笑みをこぼしながらたたえ合った。
そして、再び、拳を構えた真島とライダーは声を張り上げながら百獣の王の如く互いに高らかに咆えた。

「なら、ぶっ倒れるまで殴り続けたるから歯ぁ喰いしばれや!!」
「望むところだ!! 我慢比べなら誰にも負けたことは無いからな!!」

もはや、そこから先は、ただの殴り合いだった。
ただ只管に全力で相手を殴りつけ、それでも相手は倒れる事無く、また、ひたすら全力で殴り合う事の繰り返し。
それは、傍目から見ればお世辞にも、先程まで繰り広げられていた英雄同士の華々しい決闘とは呼べるものではなかった。
もっとも原始的な武器である拳で、世界中何処でも日常的に行われ、技巧や策などまったく入る余地などない、お互いの意地と意地をぶつけ合う泥臭い喧嘩だった。

「くっくく、ははははははははは!!」
「はははは、あはははははははは!!」

しかし、真島とライダーは、これこそが自分たちが何よりも望んだ闘いなのだと、より一層激しさを増していく殴り合いの応酬の中で笑い合った。
―――殴り合うたびに次々と皮膚が擦り剥け、そこから血を流す手の甲。
―――激戦に次ぐ激戦で悲鳴を上げるようにひび割れていく骨の節々。
それでも、真島とライダーは全身に残された力を出し尽くすまで、全力で相手を殴り合い、全力で相手の拳を受け止めながら闘い続けるだろう。
なぜなら、真島もライダーも何処か不器用なところがあるから、自分の想いを相手に伝える為に―――

「「ははははははははははははははははははは―――!!」」

―――言葉で語り合う代わりに拳で殴り合うのだ!!
そんな何処までも不器用な自分たちの生き方に大声で笑い合いながら、真島とライダーは男の意地と背負った絆だけを支えに両足を立たせ、自身の想いを込めた拳と拳で熱く激しく殴り合い(かたりあい)続けた。
そして、間違いなく、この真島とライダーの殴り合いを目の当たりにもっとも歓喜しているのは―――

「く、くく…はははは!! ここにはどいつもこいつも馬鹿しかいねぇみたいだな」

―――こみ上げてくる感情を抑えきれずに、思わず含み笑みをこぼしてしまった遊佐司狼だろう。
もはや、そこには先ほどまでの真島とライダーの闘いを冷めた目で見ていた司狼の白けきった素振りなどまったくなかった。
先程までの人々を魅了するような人外の闘いとは及びもつかない男同士の意地をかけた泥臭喧嘩。

「格好良いじゃねえぇか、徳川家康、真島吾朗。てめぇらは最高に大した馬鹿だ!!」

だが、司狼にとっては、これまで冬木を舞台に繰り広げられてきた英雄同士の華やかで決闘などよりも、そんなただの人間同士の不格好な喧嘩こそが何よりも愛おしく、堪らなく大好きだった。
英霊の分身たるサーヴァント?―――所詮、“根源”とやらに至るための道具だろうが。
無尽蔵の魔力を供給する宝具?―――神様に恵んでもらった玩具なんぞに頼るんじゃねぇよ。
とある事情により、遊佐司狼は、神様に恵んでもらった異能の力に縋るような“真面目に生きていない者”を決して認めない。
故に、ただの人間として決着をつけようとする真島とライダーを、司狼は心の底から称賛するとともに、遂にバーサーカーに挑むに足る者達である事を認めるに至った。

「だから、てめぇらの全てを見せつけてみろよ、“人間”って奴をよぉ―――!!」

次の瞬間、そう高らかに褒め称える司狼の声を合図に、闘技場に居る全ての者達が一斉に双方ともに熱い声援を送り始める。
そして、多くの観客たちに見守られる中で、真島とライダーは拳と想いを何度も衝突させながら熱く語り合い続けた。



一方、間桐邸の門前では、人知れずにある男が抱き続けていた恋慕の決着がつこうとしていた。

“あぁ…そうか。全部、俺の思い込みだったんだな…”

時臣を心の底から愛しているという葵の告白に対し、雁夜は葵の言葉を自分でも意外と思うほどに冷静に受け止めていた。
以前の雁夜ならば、恋い焦がれていた葵から突き付けられた無残な現実を認められず、発狂していたのかもしれないだろう。
―――魔術師である時臣と結ばれて幸せである筈がない。
―――全て時臣の性で、葵はこんなにも不幸になったのだ。
しかし、今、雁夜は自分の信じていた真実が独りよがりの思い込みに過ぎなかった事を悟るに至った。

“遠坂時臣…”

かつて、最初に出会ったころから今に至るまで、その名と顔を思い出すたびに、雁夜は時臣との“格”の違いを思い知らされ、激しい劣等感と嫉妬心に苛まれてきた。
故に、雁夜は、ただ、時臣の事を人間の心など持ち合わせていない冷酷な魔術師であり、葵と桜を不幸にした忌むべき元凶だと信じて疑わなかった。
だが、目の前にいる時臣は、桜を助ける為に落伍者に過ぎない雁夜に頭を下げ、一緒に罪を背負うと誓われるほど葵に愛されていた。

“かなわない…いや、最初からかなう筈が無かったんだ…”

そんな紛れもない現実を前に、雁夜はただ打ちのめされるしかなかった。
元々、自分がこの男に、時臣にかなうはずが無かった。
独りよがりな劣情に身を任せ、桜を救うと誓いながら、葵から愛する夫を奪おうとした矛盾に気が付かない、否、気が付こうともしなかった自分には。
そして、雁夜は自身の中核をなしていたモノが砕け散るのを感じながら―――

“なら―――”

―――今、自身の為すべき事を決断した。



もはや、自分が何発、何十発、何百発殴ったのか分からなくなるほど真島とライダーの殴り合いは続いていた。
ただ、それでも、真島もライダーも相手が倒れていない以上、まだ闘えると自身を奮い立たせながら拳を打ち込んでいた。

「ぜぇ…ぜぇ…ほんまええ根性持っとるで、家康…」
「はぁ…はぁ…それでも真島殿ほどではないさ」

やがて、真島とライダーは互いに息を切らしながら、一休憩するように今なお立ち続ける好敵手を称賛した。
だが、真島とライダーの言葉とは裏腹に、第三者から見ればなぜ、未だに殴り合い続けるのか分からないほど酷い有様となっていた。
―――手の甲の皮膚はところどころ裂け、血が染み込んだように紅く染まった拳。
―――生まれたての子馬のように小刻みに震えながらも何とか立ち続ける両脚。
―――何百発の拳を受け止め続けた事で既に人相が分からなくなるほど腫れ上がった顔面。
だが、誰がどう見ても、いつ倒れてもおかしくないほどの状態にあるにもかかわらず―――

「「どらぁあ!!」」

―――真島とライダーは互いに降参することなく、負けるモノかと力を振り絞るように殴り合いを続けた。
正直な話、真島もライダーもここまで自分が立ち続けていられるとは思ってもいなかった。
そして、何故、満身創痍の有り様でありながらも殴り合い続けられるのかと言われれば、真島とライダーはそれぞれこう答えるだろう。
−――自分の勝利を信じてくれている友との“絆”のためと。
―――好敵手から託された東城会を背負うモノとしての“覚悟と矜持”のためと。
そして、真島とライダーは子供のように照れながら最後にこう言葉を付け加えるのだ。

「でも…こないなほんまに強い漢と殴り合えるやからほんま楽しいなぁ…」
「それはワシも同じだ…時代を超え真島殿のような気持ちのいい漢と絆を結べるのだから…」

“この漢との殴り合い(かたりあい)が何より心の底から楽しいから”。
それこそが、真島とライダーが今もなお闘い続ける事のできる何よりの理由だった。
できる事なら、真島もライダーも、何度でも、どこまでも、いつまでも、心に響くような熱い拳を持つ漢と拳で語り合っていたかった。
しかし、必ず勝つと自身の“絆”に誓った真島とライダーは、この相対戦の決着を着けねばならない事をお互いに分かっていた。

「「これで終いや(最後だ)、徳川家康(真島吾朗)ぅぅぅっ!!」」

そして、真島とライダーは悔いを一切残すまいと自分に残された全身の力を振り絞るように渾身の力と相手に伝えんと自身の熱い想いを込めた拳を叩き込んだ…!!
そして、互いにクロスカウンターを叩き込んだ真島とライダーは、顔にめり込んだ拳を受け止めたまま、お互いに一切動くことのなく立ち尽くした。
やがて、微動だにしない真島とライダーの姿に、闘技場全体が重い沈黙に静まり返る中、観客の一人である骸骨が息を呑んだ瞬間―――

「相打ちか…!?」
「ライダー…!! おい、この場合はどうなるんだ!?」

―――真島とライダーの両者は、ほぼ同時にグラリと全身を仰向けにして、そのまま意識を失ったかのように闘技場の大地に倒れ尽きた。
ある意味でもっとも可能性が高かった“相討ち”という決着に、キャスターも真島に相対戦の初戦の全てを託したとはいえ、狼狽せずにはいられなかった。
一方、ウェイバーも力尽きたライダーが気がかりであるモノの、自身に忍び寄る迷いを振り払いながら、司狼に相討ちとなった場合の勝敗の決し方を確認するかのように問い質した。

「簡単な話よ。どっちか先に起き上がった方が問答無用の勝ち」
「ま、こいつらの場合だとどうだろうな?」

このウェイバーの問いかけに対し、絵梨依は倒れたまま動かない真島とライダーに目を向けつつ、あくまで冷静に相討ちとなった場合の勝敗の決し方を答え返した。
しかし、司狼は絵梨依と同じく真島とライダーに目を向けつつ、口でこそ予測不能だと言いつつも、その心中では“絶対にそうはならない”というある種の確信を抱いていた。
そして、司狼の抱いた確信は、地面に仰向けに倒れた真島とライダーが徐にカッと目を見開いた瞬間、現実のモノとなった。

「「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――!!」」

次の瞬間、真島とライダーは、突然、地の底から遥か天高くまで轟くような雄叫びを上げながら、相手と刹那の一瞬さえ誤差もなく同時に立ち上がった。
もはや、誰が見ても立ち上がるどころか指先一本動く事すらままならない状態であるにも関わらず。

「真島…」
「ライダー…」

そして、キャスターとウェイバーは傷つきながらも立ち上がった真島とライダーを見守りながら気付いていた。
もはや、度重なるダメージによって真島とライダーの肉体が再起不能寸前であり、そんな肉体の限界を凌駕せんとする精神力だけで立ち上がった事を。
しかも、それを一切の人外の力を持つことなく、サーヴァントに比べれば、遥かに脆弱である筈のちっぽけな人間の力で成し遂げた事を―――!!
まさしく、それは、人間として闘う事を選んだ真島とライダーだからこそ起こし得る“奇跡”と呼んでも過言ではなかった。

「…うりゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
「…はぁああああああああああああああああああぁぁぁ―――!!」

これで最後だと言わんばかりに、真島とライダーは咆哮にも似た雄叫びと共に振りかぶった拳を叩き付けんとした―――

「…」
「た、忠勝…!!」
「何や邪魔すんや…!?」

―――直後、両者の拳は、突如としてライダーと真島の間に立ち塞がるように出現した忠勝によって阻まれた。
ここにきて、まさかの忠勝の乱入にウェイバーは、事前にライダーから手出し無用と厳命されたにも関わらず、あの忠勝がライダーとの約束を反故した事に声を上げて驚いた。
片や、真島は勝負に水を差した忠勝に邪魔をするなと言わんばかりに声を荒げながらも、直も戦闘続行せんと忠勝の主であるライダーの方に目を向けた。
だが、忠勝の背後にいるライダーの姿を見た真島はようやく、何故、ライダーの約束を破ってまで、忠勝が真島とライダーの闘いに水を差した理由を悟った。

「…」
「家康…お前…!!」

そして、まさかといった様子で驚愕する真島の前で、ライダーは拳を振り上げながら立っていた―――まるで時が止まったかのように微動だにすることなく。
そう、立ち上がった真島と同時に拳を振りかぶった時点で、ライダーは右腕や額の怪我から生じた大量出血により意識を失い、弁慶のように立ったまま力尽きていたのだ。
この時点で既に相対戦の初戦の勝者が誰であるのかは誰の目にも明らかだった。
だが、それでも真島と闘わんとしたライダーの姿を前に、真島はそんな勝負の決着さえもどうでもよくなるほどに、これまで最高の死闘を繰り広げたライダーへの感嘆の念を抱かずにはいられなかった。
だから、真島はそれまでの荒ぶる野獣のような獰猛な笑みではなく、心行くまで思いきり遊びつくした悪童のような無邪気な笑みを浮かべながら、立ったまま意識を失ったライダーにこう告げるのだった。

「徳川家康…ほんま最後の最後までごっつい漢やで…!!」
「真島…!!」
『『『『『真島(さん、の兄貴ぃ)―――!!』』』』』

それが幾度も拳を交えながら、最後の最後まで自分と闘い続けた最高の“友”に対する、この相対戦初戦の勝者である真島の心からの称賛を込めた言葉だった。
そして、その直後、これまでの死闘で全身の力を使い果たした真島は天を見上げるように仰向けになったまま、自分の名を呼ぶキャスターや大河らの声を耳にしながら、闘技場の大地に五体を投げ出すように伏した。




一方、相対戦初戦の決着がついた同時刻、しばしの沈黙の後に、雁夜は意を決したように時臣と葵に自身の答えを返すべくゆっくりと口を開こうとしていた。

「時臣…俺はお前が、葵さんや桜ちゃんを不幸にしたお前が心の底から憎いし、そんなお前を絶対に許すつもりなんかない…」
「あぁ…分かっている」

まず、雁夜は、魔術師としての道理を盲信する余り、結果として葵と桜を不幸にした時臣を糾弾するように淡々と告げた。
雁夜にとって葵と桜は、自分が恋心抱いた幼馴染とその娘というだけでなく、自分の命を懸ける事さえ惜しくない大切な存在だった。
故に、そんな葵と桜を不幸にした時臣を雁夜が憎むのは当然であり、雁夜自身も断じて譲る事のできない感情だった。
一方、時臣も一切反論することなく、自身の犯した罪を理解した上で、それまでと同じく、雁夜の糾弾を粛々と受け入れた。
さすがの時臣も、六陣営会談を経て、間桐雁夜にとって自分がどれだけ許されざる存在であるかは充分すぎるほどに思い知っていた。

「でも、遠坂の魔術師じゃない…葵さんの夫として、桜ちゃんの父親としてなら、俺は喜んで引き受けるつもりだ」
「雁夜!?」
「雁夜君…!!」

だからこそ、その上で、雁夜の口から出た言葉―――怨敵である筈の時臣の力になる事を引き受ける言葉に時臣と葵は思わず驚きの声を上げた。
この時臣と葵の余りの驚く様に、雁夜はこれまでの時臣に対する憎悪に囚われた自分言動を省みれば、“まぁ無理もないか”とそう心中で苦笑した。
それほどまでに、自分は時臣に対する嫉妬と憎悪に囚われ、桜を救うのだと口にしながら、それが葵にとっての最愛の人を奪う事すら気づかないでいた。
何とも救いようのない自己欺瞞。

「だから、俺にできる事が有るなら何でも言ってくれ、時臣…!!」

故に、そんな自身の闇に気付いた雁夜にとって、桜を救うという共通の目的が有る時臣に力を貸す事など当然の事であり、何のためらいもなかった。
そして、自分が愛した葵が本当に愛する時臣と共に、今度こそ本当の意味で桜を救いだす事も―――!!
それが自身の業を受け入れた間桐雁夜が辿り着いた一つの答えだった。

「すまない、雁夜…ありがとう、本当にありがとう!!」
「…感謝の言葉は全てが終わってからで良いさ。それより、俺に頼みというのは?」

そんな雁夜の本心からの言葉に、時臣は顔を上げる事のできないまま、ただ感謝の言葉を絞り出すように繰り返し口にした。
かつて、知り合ってから初めて見た時臣の弱々しい姿に、雁夜はヤレヤレといった様子で時臣を抱き起すと、自分は何を協力すべきかを尋ねた。

「頼みたいことはただ一つだけ…アレを、バーサーカーの召喚に使った触媒を貸してほしいのだ」
「…」

そして、時臣は、桜を救わんとする対等の相手としてまっすぐに雁夜を見据えながら、擁護派にとっての切り札ともなり得る証拠、すなわち、バーサーカーの召喚に使用した触媒を貸してもらうように頼んだ。
やがて、この時臣の頼みに対し、雁夜はしばしの沈黙を置いたのち―――

「…え!?」
「え?」

―――思わずそれまでのシリアス空気をぶち壊すような驚きの声を上げてしまった。
しかも、雁夜の反応から察するに、時臣らにとって都合悪い方向で驚いている様子だった。
ひとまず、時臣は雁夜からどういう事なのか事情を聞こうとした―――

「あら、雁夜君、いきなり、“え!?”って何かしら? “え!?”って? あの人の頼みごとに何か問題でも…あるの?」
「葵!! ここは冷静に!! 雁夜にも事情があるようだから、落ち着いて話し合おう!! というか、このままだと、雁夜、君の命が確実に危ない!! 葵は本気だ、ガチだ!!」
「あ、あぁ…そ、そうだな…!!」

―――直後、いつでも肉体言語で語れるようにゴキゴキと指を鳴らしながら、雁夜にむけて牙を剥き出しにした凶獣の如き微笑みを浮べた、葵という名の鬼女が降臨していた。
“やばい…!?”―――常人なら失禁確定となるほどの葵の全身から立ち上る憤怒のオーラを前に、時臣は拳をぶんぶんと振り回す葵を宥めつつ、雁夜にどのような事情があるのかすぐにでも話すように促した。
この時臣の催促に対し、雁夜もさすがに尋常ではない葵の様子に身の危険を感じたのか即座に頷くと事情を説明した。

「実は、その、お前がここに来る前に討伐派のマスターから“バーサーカーの召喚に使った触媒を貸してほしい”という連絡があったんだ」
「何!? では、ここにはもう…!?」

そして、雁夜の口から語られたある事実―――バーサーカー召喚に用いた触媒を討伐派のマスターに貸し出した事に、時臣は声を上げて愕然とした。
実は、時臣が間桐邸を訪れる数分前、討伐派のマスターが一足先に雁夜の元を訪れ、相対戦第二戦においてバーサーカー召喚に用いた触媒が必要なので貸してほしいと頼んできたのだ。
この時点では、雁夜としても断る理由が特にない為、必要ならばと二つ返事で貸し出した訳なのだが…

「あぁ、だから、召喚に使った触媒はもうここにはな―――か・り・や・く〜ん―――あの、葵さん…?」
「散々、時臣を罵倒した挙句、肝心の触媒は人に貸したから有りませんですって? 私達を舐めているの…舐めているのね、雁夜君」

だが、結果として、その軽挙な行動のよって、間桐雁夜は自身の寿命を大幅に縮める事になった。
次の瞬間、直も説明を続けようとする雁夜の口をもう喋るなと遮るかのように、葵は狂気を孕んだ優しげな声で雁夜の名を口ずさみながら、徐に右手で雁夜の頭を逃がすまいとガッチリと掴んだ。
もはや、狂乱する般若の如く怒り荒ぶる葵を止める事など不可能であり、そもそも、止めるという発想自体が間違いなのだ。
女の情は男などよりも底なしに深く、一度でも憤怒させたならば、その激情を思うがまま存分に晴らす以外に心を鎮める方法など有りはしないのだから。

「とりあえず、私と少しだけOHANASIしましょうか…雁夜君」
「え、あの、ちょっと葵さん、俺の話を聞い―――言い訳は無用!!―――あ、頭を掴、ギャィアあああああああああああああ!!」
「雁夜ぁああああああああああああああああああ!!」

そして、雁夜は遠のいていく意識の中で、狂気の笑みを浮べて渾身の力を込めて雁夜の頭蓋骨を握りつぶさんとする葵と自分の名を叫びながら必死なって葵の凶行を止めようとする時臣の姿を目の当たりにして心の底からこう思わずにはいられなかった。
“俺の好きなヒトってこんなにも過激で暴力的だったけ…?”と。


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