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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第55話:相対戦=第二戦その2=
作者:蓬莱   2014/10/30(木) 23:49公開   ID:.dsW6wyhJEM
“勝負はもう既に始まっている、遠坂時臣”―――この綺礼から発せられた宣戦布告に対し、時臣は重苦しい沈黙を保ったままであったが、その心中では動揺を隠せないでいた。
確かに魔術の世界に於いて、師と弟子が利害の対立によって殺し合いを演じる事などそう珍しくもないのは事実だ。
だが、今回の綺礼の行動はそれらを考慮した上でも、普段の綺礼の人柄を知る時臣からすれば余りにも不可解なものに思えて仕方なかった。
まして、綺礼が先ほど口にしたように擁護派がバーサーカー召喚の触媒を求めている事も含めて、ある程度の事情を知っているにもかかわらず、その邪魔をするのなら直の事だった。

「あなた…」
「あぁ、分かっている。私も本気で綺礼に挑まねばならないようだ」

しかし、時臣は、思い詰める夫にむかって心配そうに声をかける葵を安心させるように返答した。
続けて、それと同時に、即座に自身の心中に燻る動揺を打ち払うかのように気持ちを切り替えた。
恐らく、綺礼も携帯越しに堂々と敵意をむき出しに宣戦布告し、わざわざ気配遮断のスキルを持つアサシンの姿をわざと見せつけたのは、不測の事態に動じやすい時臣を精神的に追い詰めようとしたのだろう。
確かに、以前の時臣ならば、事実を事実として受け入れられずに現実逃避してしまっていただろう。
だが、喜美の叱咤や凛の救出を経て自身の弱さを乗り越えた時臣にとってこの程度の精神的動揺で潰れる程脆くはなかった。

「そうじゃなくてね…止めを刺す時はちゃんと私を呼んでからでお願いします」
「ま、前向きに善処させていただきます…!!」

そして、虫も殺せないような微笑みを浮かべて首を掻っ切るような仕草を取る葵を前にしても、時臣は何とか動揺を抑えながら当たり障りのない穏便な言葉で受け答える事ができてしまった。
恐らく、葵も外道共や変態達との交流による影響を受けたのだろうが、肉体面すら引き摺られるほど、鋼を通り越して形状記憶合金並みのメンタルへと精神的変貌を遂げてしまっていた。
正直な話、時臣にとっては、綺礼の裏切りよりも、日に日に武蔵色に染まっていく葵の姿を見るがよっぽど精神的にきつかった。

「悪いが…中立の立場として、ここから先は、俺は一切手を貸す事ができない」
「雁夜君…」

そんな物騒なやり取りをする時臣と葵に対し、雁夜は、次々と自身の美しい想い出を容赦なくぶち壊され、発狂寸前までゴリゴリとSAN値を削られながらも、この相対戦第二戦での時臣達への協力はできない事を伝えた。
正直なところ、雁夜の本音としては、自分の迂闊な行動の性で迷惑をかけた以上、自ら進んで時臣達に協力したかった。
しかし、雁夜もバーサーカー陣営の一員であるので、相対戦において中立的な立場を取らねばならず、時臣達だけに有利な肩入れをするわけにはいかないのだ。
“だから、葵さん…マジ使えねぇ奴って無言で訴えるのは止めて!!”―――故に、自分の名を呟きながら唾を吐き捨てる葵に対し、雁夜はプルプルと打ち震えながら、そう心中で叫び耐え忍ぶしかなかった。

「分かっている。そして、この第二戦が私の闘いである以上、私の力で―――違うぜ、トッキー―――む?」

もっとも、時臣としては雁夜の心中を察しつつも、この綺礼との相対戦を自分自身に課せられた試練だと受け取っていた。
故に、時臣は綺礼との相対戦に挑むのは自分だけで良いと答えようとした瞬間、不意に割り込むように飛び込んできた声に遮られた。
時臣は思わず“なぜ、ここに?”と思いながらも、声の主が誰であるのか確信しつつ、声のした方向に視線を向けた。

「これは、トッキーだけじゃなくて…俺達の闘いだろ?」
「Jud. トーリ様の言う通りであります」
「アーチャー、ホライゾン…どうして、此処が?」

そこには、時臣の言葉を訂正しつつもいつもと変わらぬ笑い顔のアーチャーと珍しくアーチャーの言葉に肉体言語なしで頷くホライゾンが時臣の元へ駆けつけていた。
もはや、タイミングを計ったかのようなアーチャーとホライゾンの登場に対し、時臣は“あの凶暴化した葵の姿は見られていないよな…”と戦々恐々しつつ、外道共にばれたら弄られる可能性大であるので必死に平静を保った。
そして、時臣は、何故、雁夜との交渉についてアーチャー達には一言も告げていなかったにも関わらず、間桐邸へと駆けつけられたのか問いかけた。

「アサシンのおっちゃんが教えてくれたんだよ。それに相対戦第二戦の事とかも大方の話は聞いたぜ」
「既にネシンバラ様を中心に他の皆様も言峰様の身柄を確保する為に行動を開始しております…私達も急ぎましょう」

この時臣の問い掛けに対し、アーチャーはうんと軽く頷きながら、時臣の元へ駆けつけるまでの事の経緯を話しはじめた。
実は、アーチャーとホライゾンが銀時絡みのとある所用を終えた直後、アサシンの宝具であるトランプカードの一枚が“すぐに間桐邸にいる時臣の元へ行け”という伝言を届けに、自分たちの元に訪れてきたのだ。
その後、アサシンの伝言に従い、間桐邸へと向かう途中、今度は、アーチャーとホライゾンを含めた武蔵勢の全員にウザいニートのパシリと思しき色白のチンピラから相対戦第二戦についての連絡が届けられたのだ。
そして、現在、妙に張り切っているネシンバラの指揮の元、この冬木市の何処かに居る綺礼を捕らえるべく、武蔵勢が総力戦さながらの様相を呈すほどの大捜索が繰り広げられていた。

「すまない…あぁ、そうだっ―――お父様―――え?」

アーチャーの説明を聞き終えた後、時臣が真っ先に感じたのは、桜を助ける為に何の打算もなく動いてくれるアーチャー達への感謝の想いとそんなアーチャーを一度は自害しようと目論んだ自分の浅ましさへの羞恥心だった。
そんな複雑な心境織り交ぜた謝罪の言葉を時臣が口にした直後、またもや、この場に居る筈のない、時臣が決して聞き間違えることの無い快活な声が割り込んできた。
“まさか”と“またか”と思いながらも、時臣が声のした方向に視線を向けると―――

「これは遠坂家とアーチャー達の闘いでしょ? ね、近藤さん」
「あぁ…その通りだぜ、凛ちゃん!!」
「凛…どうして、ここに!?」

―――悪戯っ子のような笑みを浮べながら、使い魔である近藤を引き連れた凛が父の力にならんと相対戦第二戦に馳せ参じんとしていた。
これには、さすがの時臣も驚きを隠せないまま、自ら死地へと赴かんとする凛を問い詰めた。
ちなみに、何故、凛と近藤が相対戦第二戦の事を知っているかといえば、ラインハルトの一押し有望株である正純を筆頭に多くの優秀(問題児)を抱える時臣に対し、アサシンしかいない綺礼では不公平だろうと考えた変質者がいた。
そして、変質者はハンデの一つでも付けてやろうかと余計な事を思いつくと自ら凛の元に赴き、凛のやる気を出すべく、百戦錬磨の詐欺師の如くある事ない事を吹き込みつつ事の次第を伝えたのが元凶だった。
つまり、何が言いたいのかといえば…ニート変質者が全部悪い(断言。

「凛…分かっていると思うが、これは子供の遊びではないのだ。できる事など何一つない」
「分かっています、お父様。それでも私もお父様の力になりたいの」

とはいえ、時臣としては、ただの“足手纏い”というだけでなく、凛が誘拐された上に命の危険まで及んでいる以上、できる事なら聖杯戦争に幼い娘を巻き込みたくないという親心もあった。
故に、時臣は、凛を冷たく突き放すように強めの口調で“足手纏い”になるだけと暗に示すように諭さんとした。
しかし、凛は時臣の辛辣な言葉を受け止めた上で、自分を注視する時臣の目を真っ直ぐに見据えたまま、時臣の力になりたいのだと迷うことなく啖呵を切った。
直も危険を承知で死地に自ら突き進まんとする凛を説得すべきか黙考する時臣であったが、ふと自分を見据える凛の瞳を見て、これ以上の説得が無意味である事を悟らざるを得なかった。
それほどまでに、時臣が思わず無条件の信頼と敬服を抱かざるを得ないほど、凛は不安や戸惑いなど微塵もない黒く澄んだ瞳で時臣を揺らぎない眼差しで見つめていた。

「葵…済まない」
「…大丈夫よ、あなた」

そんな絶対に曲げられない意志で対峙する凛を前にある決断を下さざるを得なくなった時臣は、父親としての不甲斐無さを申し訳なさそうに葵に一言だけ謝罪した。
しかし、葵は普段ならば絶対に見られない娘の我が儘に折れた時臣の姿に少し苦笑しながらも、時臣の下そうとする決断を肯定するように励ました。
ちなみに、この時、雁夜が“何で俺の時とこうも扱いが違うのだろう…?”と納得しがたい現実を死んだ魚のような眼で時臣達のやり取りを見つめていたのはどうでもいい話である。
やがて、この葵の言葉に意を決した時臣は、遠坂家の当主として、遠坂家の魔術を受け継ぐ次代の当主である凛を見据えながら―――

「なら…凛には深山町での綺礼の探索を任せよう。それと宗茂君と立花君、加えて、メアリ君と点蔵を預けよう。加えて、絶対に近藤君達の傍から離れないように…後の事は分かっているな」
「はい。―――こっちは任せてください、お父様」

―――以前の廃発電所の一件で凛と共に闘った立花夫妻と点蔵とメアリ、そして、凛の使い魔である近藤と共に深山町での綺礼の探索を任せた。
一人の少女に任せるにはあまりに重すぎるモノであったが、凛は迷う事も怖気づく事もなく、決然とした意思を示すように澄んだ声で頷いた。
そして、この聖杯戦争に巻き込まれながらも成長する遠坂の嫡子である少女の姿を前に、時臣は遠坂家の当主としてだけでなく父親としての誇らしさに胸を満たされていた。

「力及ばずながら俺も協力させてもらうぜ、親父さん。凛ちゃんの使い魔なら俺も遠坂家の一員として力を貸すぜ!!」

さらに、本来なら部外者である筈の近藤も凛の使い魔として一人の侍として全力で時臣達に力を貸す事を漢気溢れる声で高らかに言い放った。

「君にお義父さん呼ばわりされる覚えはないのだが…」
「寝言は檻の中で雌ゴリラとヤり合って吠えてなさい、野良ゴリラ」
「おいおい、ゴリさん…その齢と顔で娘さんを俺にくださいみたいな台詞はやべぇよ」
「jud.まさか、近藤様が御広敷さまと同じ性癖の持ち主だとは…このホライゾンもさすがに見抜けませんでした」
「ゴリラ…お前…」
「あの、何で俺の時だけこんなにセメントなの、皆…後、あんたは何で一人だけそんな優しい目で俺を見るの…」

だが、近藤の言い方が若干不味かったのか、大いに勘違いした時臣達から返ってきたのは、“空気読めよ”と言いたげな視線と心を粉砕するような言葉の数々だった。
―――いつでも火葬できるように杖を翳しながら“娘は君の嫁にやらんぞ!!”と遠回しに告げる時臣。
―――警告音のようにゴキゴキと拳を鳴らしながら、殺意満々の獣が牙を剥くが如き表情を浮かべる葵。
―――まさかの“凛ちゃんは俺の嫁!!”な発言を前に、思わずツッコみながら苦笑するアーチャーと心なしか愕然とした様子で凛を庇うように隠しながら呟くホライゾン。
―――自分と似たような境遇に置かれた同類を前に同情と憐みの籠った瞳で見つめる雁夜。
もはや、空知の呪いに掛かっているとしか思えないような扱いの悪さと理不尽さを受けた近藤は先ほどの気合の籠った分の反動なのか、ほぼ半泣き状態で叫びながら自分に対するみんなの扱いを嘆いた。
ちなみに、凛だけは“えっと…私がもう少し大人になったら…”と満更ではない様子だったのはまた別の話である―――おもに黒歴史的な意味で。
そんなささやかでほのぼのとした茶番劇を演じた後、気を取り直したアーチャー達を引き連れて間桐邸を立ち去ろうとした時臣は、自分を見据える雁夜の横を通り過ぎる直後―――

「では、行ってくる、雁夜」
「あぁ、精々気を付けろよ、時臣」

―――言葉こそ少なく、しかし、相手の心を知り尽くした旧友に対する激励を込めた言葉を交わし合った。
そして、改めて、時臣は共に闘う事を決意してくれたアーチャーや凛達に向き直ると誇らしげに見据えながらこう告げた。

「では、行こうか、諸君」
「「「「Jud!!」」」」

文字通り、アーチャー達を引き連れながら、遠坂家の総力を以て、綺礼との相対戦に挑まんとする時臣の姿を見つめていた雁夜は誰にも聞こえないように小さな声で呟いた。

「…やっぱり格好いいな、アイツ」

そう呟いた雁夜の表情にはこれまで自身の心を苛んできた時臣への劣等感などの負の感情は一切なく、時臣に対する羨望と憧憬の感情を抱きながら誇らしげに微笑んでいた。



第55話:相対戦=第二戦その2=



一方、相対戦第二戦にむけて動き出さんとしていたのは時臣達だけではなかった。

「どうやら、向こうも動いたようだな。本気の総力戦とは思わなかったが」
「あの時臣がよく許可したモノだな…まぁ、凛が誘拐されたあの一件から色々と変わったということか」

ちょうどこの時、綺礼とアサシンは、時臣への宣戦布告の際に密かに放ち、時臣達の監視を任せた“オール・アロング・ウォッチタワー”の一枚から事の一部始終を聞き終えていた。
一応、アーチャー達の事は予想していたアサシンと綺礼であったが、さすがに凛まで参戦を許可されたのは予想外としか言いようが無かった。
事実、アサシンも綺礼も凛の参戦を聞いた直後、驚きの余り思わず唖然としながら、聞き間違いでない事を確認するように顔を見合わせてしまった。
もっとも、アサシンとしては凛の子供とは思えない並外れた行動力と胆力に驚いたのに対し、綺礼は凛の参戦を許可した時臣の決断に内心驚きを隠せないでいた。
少なくとも、綺礼の知る遠坂時臣という男は、凛の参戦を認めるほど無謀ともいえる決断を下せるような人間ではなかった筈だったのだが…。

「だが、これでこちらにも勝機が見えてきた」
「確かにな…真っ当に闘ったらどうあがいても勝ち目なんてないからな」

とはいえ、凛の参戦という思わぬアクシデントこそ有ったモノの、その他の事に関しては大方、綺礼とアサシンの思惑通りといってよかった。
実のところを言えば、相対戦の勝負内容を“鬼ごっこ”と指定したのも、戦力差に於いて圧倒的に有利なアーチャー達との真っ向勝負を避けた上で、アサシンの能力を最大限に活かせる土俵に持ち込むためだった。
そして、この“鬼ごっこ”において、追いかけられる側である綺礼の取った作戦は―――

「で、基本的にお前はずっとここから動かないって事で良いんだよな」
「あぁ、そうだ。そして、私がここにいる限り、如何なることが有ろうとも、時臣が私を捕まえる事など断じてあり得ない」

―――タイムリミットである夕刻まで拠点に引き籠るというごく単純なモノだった。
一応、もう一つの案として、アサシンがアーチャー達をかく乱、分断した跡で、綺礼が直接出向いて、時臣を戦闘不能するという方法も無い訳ではなかった。
しかし、如何に綺礼が代行者として腕が立つとはいえ、アーチャーを含む非戦闘員を除いた武蔵勢との真っ向勝負は無理があるため、隠れ家で籠城するという消極的な方法を取らざるを得なくなったのだ。
もっとも、綺礼もただ何の手を打たないまま、時臣達に見つからぬように姿を隠し、穴熊のように籠城に徹するつもりなど毛頭なかった。

「それとアサシン。市街地に配置する工作部隊へ増員を送れ。ここから先は総力戦…いかに見つからないとしても、我々も油断は一切できない」
「あぁ…分かっている。ここから先は、俺のスタンドの独壇場だ。諜報と妨害に関しては任せてくれ」

むしろ、綺礼としては、アサシンの能力を最大限に活かせるフィールドで、時臣達に対し積極的に攻勢を仕掛け、タイムリミットを迎える前に仕留めるつもりで準備を行っていた。
とここで、更なる指示を出す綺礼に対し、アサシンは即座に綺礼の指示に従い、冬木市の各地へと五十三枚の暗殺者たちを向かわせていた。
―――正々堂々の決闘なんて期待するなよ、時臣、アーチャー。
―――所詮、この身は主の為に己が力を振るい、卑怯・卑劣を誉れとする暗殺者。
―――故に、今の主である綺礼が闘うと決意した以上、オレも綺礼のサーヴァントとして闘うのみ。
そして、心中で意を決していたアサシンも、また、マスターである綺礼と共に五十三枚の“暗殺団”を率いる暗殺者として戦地に立たんとしていた。

「しかし、時臣を手助けする筈の私がよりにもよってその時臣と一戦を交えることになるのは中々に皮肉なモノだな」
「…それと最後に聞いておきたいんだがよ」

その最中、綺礼はこれより始まる時臣との対決を前にして、ふと自嘲めいた呟きを漏らしてしまった。
本来、綺礼がこの第四次聖杯戦争に参戦したのは、父である璃正の言いつけにより、時臣に聖杯を勝ち取らせるのが目的の筈だった。
だが、今、綺礼はよりにもよって、協力関係にあった筈の時臣達と命のやり取りを含めて闘わんとしているのだ―――時臣だけでなく父である璃正の信頼を裏切ってまで。
そして、この相対戦に自分が勝利したとして、璃正はどのような顔をして、時臣を裏切った息子を迎えるのだろうか?
そんな益体のない想像と共に自嘲する綺礼に対し、アサシンは背を向けたまま、綺礼にむかってこう尋ねた。

「…あいつらに見つけられると思うのか? それとも…お前は、本当の自分をあいつらに見つけられたいのか?」
「…」

まるで綺礼の心の内を見透かさんとするようなアサシンの問い掛けに対し、綺礼は深く考え込むようにしばし沈黙を保った後―――

「…或いはその果てに有る答えを知るためなのかもしれんな」

―――どこまでも問いかける事しか知らない自分を我ながら度し難いと言いたげに苦笑するしかなかった。



相対戦第二戦の宣戦布告とほぼ同時刻、銀時が夢の中にて再会した洞爺湖仙人の口からセイバーの過去が語られようとしていた。

「かつて、村正一門によって造り出された二つの剱冑によって引き起こされた惨劇は知っているな、銀時」
「あぁ…一応、夢で見た限りについてだけどな」

確認をするように問いかける洞爺湖仙人の言葉に頷いた銀時は、夢の中で目の当たりにした惨劇を思い返した。
―――片や、始祖村正を纏い、狂気に侵された北朝の総大将に率いられ、目に映る総てを破壊し殺さんとする狂乱の軍勢。
―――片や、二世村正を纏い、狂将を止めんとする南朝の総大将に率いられ、敵兵を殺すたびに共に戦う同胞を殺す事を強いられる悲愴の軍勢。
―――その二つの軍勢による地獄のような闘争に巻き込まれて殺されていく民たち。
結果として、戦に勝ったのは南朝側であったが、誰一人として勝鬨の声を上げる者はいなかった。
それは、文字通り、攘夷戦争を経験した銀時でさえも、その余りに凄惨な光景に吐き気を催し、言葉にすることすら憚られるほどの地獄絵図だった。
やがて、銀時が何処まで知っているのかを確認した洞爺湖仙人は、そこから先の話―――南北朝の戦乱後のセイバーの過去について語り始めた。

「その後、勝ち残った二世村正はその惨劇の咎により時の帝によって下された命により厳重に封印される事になった…三世村正という万が一のための対抗手段と共に」
「…」

そして、銀時も真剣な眼差しで無言のまま、洞爺湖仙人の語るセイバーの過去を一字一句漏らすことなく耳を澄ませて聞き続けた。
洞爺湖仙人の語るように、南北朝の戦乱の後に、二世村正は南朝方の帝の命により封印される事になった。
当初、帝は村正一門に悪心がなかった事を理解しつつも、されど国に災禍をもたらした二世村正を見過ごすことができず、二度と使用できぬように鋳潰すつもりであった。
しかし、セイバー、すなわち、三世村正は必死になって二世村正を鋳潰さんとする帝を押し留めようと必死になって嘆願した。

―――“蝦夷にとり、剱冑となるは本望。戦場に斃されて、土に朽ちるもまた本望”
―――“されど、ひとたび、剱冑となりながら、戦無き場所で鉄屑に戻され棄てられるは、蝦夷として、鍛冶師として、死にも堕獄にも勝る痛哭!!”
―――“武の器は戦場にて朽ちねばならぬモノ…それが叶わぬならいっそ封印され、永劫の眠りにつき、忘れ去られるを望むものにございます”
―――“この首を献じて、お願い申し上げます!!”
―――“我が祖が何を誤ったとしても、その願いだけは、乱世に幕を引きたいという願いだけは…正しかった筈なのです…!!”
―――“土に埋めても、海に沈めて頂いても構いません”
―――“ですがどうか、鋳潰しだけはお許しを…!!”

そんな三世村正の必死の嘆願が届いたのか、帝は二世村正を鋳潰す事を取り止める代わりに、二世村正を封印するうえで、三世村正にある条件を出した―――“二世村正に比類するほどの剱冑となれ”と
それは、万が一、悪心を抱いた何者かが二世村正を用いた際、娘である三世村正が母親である二世村正を討てという事であり、帝にとっての最大限の譲歩だった。
その後、剱冑となった三世村正は、できる事なら母子が相争う事が無いようにと帝に願われながら、二世村正と共に山奥の地に長きに渡って封じられることになった。
だが、そう案じた帝の願いもむなしく―――

「だが、それから数百年の時を経て、二世村正が新たな仕手…湊斗光という少女と契りを結んだことで、誰もが恐れていたその万が一の事態が引き起こされたのだ」

―――新たな仕手を得た妖甲が世に現れた事で、再び南北朝の戦乱で引き起こされた災厄を繰り返す事になった。
後に、銀星号と称される事になる二世村正は、仕手である湊斗光と共に精神同調による精神汚染で周囲の人間を狂わせながら、大和各地で無差別殺戮を行っていた。
だが、二世村正によって数多くの村や町が滅ぼされていく中で、二世村正の暴挙を止めるべく立ち上がった者がいた。

「そして、帝と交わした勅命を果たさんとする三世村正の仕手となったのが、湊斗光の兄である湊斗景明…つまり、お前の前任者というべき男だ」

それが二世村正共に封じられていた三世村正と二世村正の仕手となった湊斗光の兄でもある三世村正の仕手“湊斗景明”だった。
とある事件をきっかけに、三世村正と契約を交わした景明は各地で殺りくを繰り返す二世村正と光を止めるべく、三世村正と共に立ち塞がる多くの敵を斃していった。

「そこから先はまさしく過酷な鬼に逢うては鬼を斬り、仏に逢うては仏を斬るという言葉通りの血塗られた悪鬼の道というべきだろう」

だが、景明は三世村正に備わった“善悪相殺の誓約”により斃した敵と同じくらい愛すべき人間を殺していった。
―――景明の母を殺さんとした山賊を斬り捨て、その母の胸を自身の刃で貫いた。
―――己の身勝手な動機で凶行に及んだ連続殺人犯を斬り捨て、代わりに助けた少年の首を刎ねた。
―――暴政を敷く代官とその用心棒を斬り捨て、代わりに幼い蝦夷の姉妹を苦悩の果てに殺した。
―――レースに勝つために卑劣な手段で殺人を犯した男を斬り捨て、代わりに兄である男の悲願を果たすために最速をめざし走り続けた娘を斬った。
―――その後も、景明は数多くの悪人を斬り捨てる度に、代わりに同等数の善人を殺していった。
それは、本来、優しくおおらかな性格であった景明にとって耐え難いほどの精神的重圧であり、救いようのない罪人として裁かれる事を望むまでに陰欝な性格になるほど精神的に摩耗していった。
だが、もはや、後の戻りのできない景明は、善悪相殺の誓約に則り多くの人間を手にかけながらも、三世村正と共に、元凶である二世村正と光を追い続けたのだ。

「だけど、何で、母ちゃんを止める為に戦っていた筈のアイツが、その景明、てめぇの仕手を殺す羽目になるんだよ?」

とここで、これまでの洞爺湖仙人の話を聞く中で、ある疑問を抱いた銀時は待ったをかけるように洞爺湖仙人にその疑問―――“何故、セイバーは、三世村正は景明を殺したのか?”という疑問をぶつけた。
そもそも、三世村正が剱冑となって、二世村正と共に封じられたのは、二世村正が悪用された場合、その仕手ごと二世村正を破壊するという役目を果たす為である。
故に、三世村正によって無用な殺人を強いられることになった景明なら、ともかく、自身に課せられた役目を果たさなければならない三世村正に仕手である景明を殺す理由など何処にもない筈なのだ。

「…裏切ったのだ」
「はっ?」

だが、そんな銀時の疑問に対し、洞爺湖仙人は言葉少なく、しかし、銀時の問い掛けにはっきりと答えた。
余りにもあっさりと答えを返された事に理解が追い付かない銀時であったが、洞爺湖仙人が畳み掛けるように告げたある事実に驚愕する事となった。

「湊斗景明は三世村正を裏切ったのだ…自身の肉親であり、己が命さえも削りながらも、父親を奪い返すという願いの為に世界に挑まんとする湊斗光を、自分の娘を救う為にな」

すなわち、三世村正の仕手である景明こそが三世村正を裏切ったという事実を―――!!



一方、綺礼から相対戦第二戦の宣戦布告を受けた時臣達は一路、正純達との合流を兼ねて先行した正純達が居る新都へと足を運んでいた。

「ところで、あなた…言峰さんの居場所を捜すのは良いけど心当たりはあるの?」
「一応、心当たりとしては無い訳ではないのだが」

その途中、車を運転していた葵は、助手席に座っている時臣に綺礼の居場所に心当たりがあるのか尋ねた。
現在、時刻は既に午後一時を回っており、第二戦のタイムリミットである夕刻まで四、五時間ほどしか猶予が残されていなかった。
如何に小都市程度の広さとはいえ、このまま、冬木市中をただ闇雲に探しては綺礼に逃げ切られる可能性が充分に有った。
この葵の問い掛けに対し、時臣は確実とは言い難いのか、やや言葉を濁しながら答えつつも、綺礼が潜んでいる可能性が高い場所についてある程度見当をつけていた。

「冬木教会…あそこならば身を隠すには申し分ない筈だ…」

まず、時臣が綺礼の潜伏している可能性が高いと目星をつけたのは、時臣達が宣戦布告を受けた間桐邸から最も離れており、綺礼とって慣れ親しんだ自宅でもある冬木教会だった。
通常、この冬木教会は聖堂教会から派遣された監督役の管轄地であり、聖杯戦争における中立の不可侵領域として定められているため、マスター達が徒に干渉できる場所ではなかった。
そう、時臣との密約を交わした監督役である璃正の息子という立場を利用して、冬木教会に出入りができる綺礼を除いて―――!!
さらに、付け加えるなら、アサシンという諜報活動に適した目と耳が有り、冬木市中に武蔵勢が綺礼の行方を探し回っている以上、誰にも見つからない場所で一か所に留まったまま身を隠した方が遥かに安全だった。
故に、綺礼が潜伏場所として冬木教会を選んでいる可能性は決して低くなかった。

「まぁ、元々、コトミーの住んでいた家だし、怪しいといえばあからさまに怪しいよな…」
「ただ、隠れ場所としては、自宅に隠れるというのは、あまりにベターすぎる気もしますが」
「確かにその通りだ。とはいえ、他に心当たりがない以上、何らかの手掛かりを見つける為にも教会に向かうのはそう悪手ではない筈だ」

もっとも、この時臣の推測に対し、アーチャーとホライゾンは揃って首を傾げながら疑問の声を口にした。
実際、そう感じたのはアーチャーやホライゾンだけでなく、時臣自身さえも、はたして、“あの綺礼がそんな安易な方法を取るだろうか?”と自分の推測に疑問を持っていた。
しかし、未だに綺礼の行方さえも定かでない以上、冬木教会にて綺礼の居場所を特定するための手掛かりをわずかでも探す意味でも見過ごすわけにもいかなかった。
そんなやり取りを車中で行っていた時臣達であったが、ちょうど、冬木大橋に差し掛かったところで、時臣達の前方を走っていた複数の車が徐々に速度を落とし始めていった。

「こんな時に…」
「何か事故でもあったのかしら…?」

やがて、車の列が十数台にも及ぶほどの渋滞になった頃、時臣達をのせた車も冬木大橋の中央で立ち往生となってしまった。
制限時間が迫る中での予期せぬ足止めに、時臣は誰にでも扱えるという科学の不便さに辟易しつつ、やや顔を顰めながらぼやいた。
そして、何の前触れもなく起こった渋滞に対し、車を運転していた葵もさすがに何があったのか不安そうに呟いた瞬間―――

「うおっ!? 何―――おっと危ない―――へぶぅ!?」
「まさか…」

―――二つの大きな破裂音と共に時臣達は座っていた座席が一気に地面に向かって沈むような感覚に襲われた。
何やらドサクサに紛れてホライゾンに抱き着こうとして返り討ちに合ったアーチャーをスルーしつつ、さらなる状況の悪化を予感した時臣は何が起こったのかを確認するべく車から降りた。

「何てことだ…こんな時に…」
「パンクのようですが…車での移動は無理でしょう」

そして、時臣の予感は見事に的中し、空気の抜け切った左側の前輪と後輪のタイヤ部分に黒光りした釘が深々とめり込むように根元まで突き刺さっていた。
度重なるトラブルの連続に思わず嘆きそうになる時臣であったが、刻一刻と制限時間に近付いている以上、このまま、無駄な時間を浪費するわけにはいかなかった。
もはや、一度に二つのタイヤがパンクしため、ホライゾンの言うようにこれ以上の車での移動は不可能となった以上、とるべき行動は一つだった。

「となると、コトミーの家まで歩いて行くしかねぇか」
「Jud.恐らく、それが一番確実な方法でしょう」
「仕方ないか…葵、後の事は…」
「えぇ、分かっています、あなた」

そして、車から降りたアーチャーは肩を落とす時臣を促すように話しかけながら、冬木教会へ向けて歩き始めた。
多少の時間のロスは覚悟しなければならないものの、ホライゾンの言うように一刻でも早く冬木教会に辿り着く必要が有る以上、時臣達に手段を選んでいられる余裕などある訳もなかった。
結局、時臣も移動不能となった車を牽引するためのレッカー車の手配など後事の処理を葵に任せると、冬木教会へ向かうべく、アーチャーとホライゾンの後を追うように歩き出していった。

『さぁて…暗殺者の腕の見せ所だな』

道路の隙間に入り込み、幾つもの釘を背負ったトランプカードの視線に気づくことなく。



そして、相対戦第二戦を闘う者達が次々と新都へと集結する中で、第二戦の見届け人兼審判でもあるあの変質者も独自に動き始めていた。

「さて、これにて、役者の大方は揃ったわけだが…」

“些か不公平と見るべきか”―――時臣達の動向を窺っていた変質者(メルクリウス)はアーチャー陣営とアサシン陣営の戦力の比を比較した上で第二戦の戦況をそう評した。
確かに、綺礼のサーヴァントであるアサシンは諜報活動や暗殺に関しては、他のサーヴァントに追随を許さないほど優秀である。
しかし、それでも、戦闘や諜報など数多くの専門員を有するアーチャー達を相手取るには、如何にアサシンの能力を最大限に活かせる勝負方法であっても、アサシンが圧倒的に不利である事は否めなかった。
故に―――

「いずれ来るべき恐怖劇を乗り越える試練として、私も少し手心を加えさせてもらおうか」

少々判官びいきではあるモノの、メルクリウスはこの局面にさらなる一石を投じるべく、アサシン陣営への救済措置という名のお節介をやくことにした。

「さて…彼らは如何にしてこの試練を突破できるだろうか。実に楽しみだ…」

そう…黒円卓におけるもう一人の白騎士(自称)の参戦を―――!!
 


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