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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第56話:相対戦=第二戦その3=
作者:蓬莱   2014/11/16(日) 23:30公開   ID:.dsW6wyhJEM
時臣達が綺礼の行方を知るべく冬木教会へと足を運ぶ一方、変質者が気紛れに刺客として放った一人のチンピラ風の男が時臣達よりも早く冬木教会へと到着していた。

「それにしても、クラフトの野郎も珍しく気の利いた事をしてくれるじゃねぇか」

目的地である冬木教会たどり着いたチンピラは、常日頃から忌み嫌っている副首領(変質者)の名を口にしながら待ちに待った絶好の機会を得られた事に感謝の言葉を漏らすと同時に流血と闘争を求めるかのように獰猛な笑みを浮べた。
ここ最近、何かと配達や案内役などパシリ系の仕事を強いられ続けていたチンピラであったが、遂には同僚からも黒円卓のパシリポジション呼ばわりされる有様だった。
当然の事ながら、こんな不遇な扱いをされて不満が溜まらない訳もなく、ラインハルトの厳命さえ無ければ、無断で銀時達に戦いを挑みかねないほど鬱憤していた。
むしろ、黒円卓のメンバーからすれば、黒円卓において一二を争うほどの戦闘狂であるこのチンピラがここまでよく我慢できたという事自体が奇跡に近かった。
“本物の英雄共と殺し合えるんなら最高にそそるじゃねぇか”―――故に、これより始まる英雄達との闘争をそう心待ちにしていたチンピラが時臣達を待ち伏せるべく、礼拝堂へと入ろうとした直後の事だった。

「…あ?」
「む?」

礼拝堂の最前列で絶賛脱衣中の言峰璃正とお互いに目を合わせてしまったのは。
次の瞬間、チンピラと璃正は互いに状況をのみ込めないまま凍り付いたかのように固まったまま動けなかった。
やがて、先に気を持ち直した璃正はいそいそと服を脱ぎ捨て、全裸姿のまま、未だに状況の掴めていないチンピラに向かって恥じる素振りすら見せず、堂々と己の裸体を惜しげもなく見せつけるようにこう告げた。

「…脱がないか?」
「…」

この璃正の誘いに対し、チンピラは無言を保ったまま、ほぼ反射的にすぐさま礼拝堂の扉を叩き付けるように閉めた。

「見なかった…俺は何も見なかった。あぁ、全裸で祈り捧げる変態神父なんて俺は全然見てねぇからなぁ、畜生めぇ―――!!」

そして、やっと意識が戻ってきたチンピラは先ほど目の当たりにしてしまった有り得ない現実を否定しようと吠えるように大声で叫んだ。
これでも、このチンピラは数多くの戦地を渡り歩きながら殺りくを繰り返してきた生粋の戦闘狂であり、生半可な事で動ずるような軟な精神ではなかった。
しかし、そんなチンピラでさえも、礼拝堂で全裸神父に出くわすという余りにぶっ飛んだ光景を前にしては、自身の気持ちを切り替えることすら忘れるほど激しく動揺するしかなかった。

「違うぞ!! 私は断じて変態ではない!! 仮に変態であったとしても変態という名の神父なのだ!!」
「だから、わざわざ全裸で出てくんなぁ―――!! 変態神父なんて、うちの近親相姦未遂メッキ似非神父だけで充分なんだよ!!」

“カール=クラフトぶっ殺す!!”―――いつの間にか全裸のまま異議ありと訴える璃正に向かって罵るように叫んだチンピラは、こんな訳の分からない状況に自分を追い込んだ元凶である変質者に対しそう心に誓うのだった。



第56話:相対戦=第二戦その3=


一方、冬木教会を目指す時臣と同行するアーチャーとホライゾン、凛と共に深山町を中心に探索する点蔵達を除いた武蔵勢の面々は、それぞれ、四人一組のグループごとに時臣達との合流をはかりつつ市街地にて綺礼の居場所を捜し回っていた。

「まいったな…」
「何か芳しくなさそうですけど…時臣さん達はどうしたんですか、正純?」

その中の一組の内、時臣と携帯電話でやり取りをしていた正純は、自分達と同じく、時臣達も前途多難な状況である事を知り、携帯電話を切ると同時に思わず肩を落とすほど嘆息した。
そんな正純の反応を見た浅間もあまり状況は良くないのではと思いながらも、正純に恐る恐るといった様子で時臣達の状況を尋ねた。

「いや、今、時臣氏から連絡が入って、ここに来る途中で車が故障したらしいんだ。今、葵達と歩いてこちらに向かっているそうだが…大丈夫かな…」
「そうで御座るか…」

ひとまず、気持ちを切り替えようとした正純は、浅間達に時臣達の状況を説明しつつも、時臣達との合流を含めた今後の事について考え込んだ。
当初の予定では、正純達は、自分達と同じく冬木教会を目指す時臣達と合流し、冬木教会にて綺礼の行方を知る手掛りを探す予定だった。
しかし、車の故障により徒歩での移動を強いられた時臣達と同じく、正純達も予想外の出来事により足止めを喰らってしまっていたのだ。
とここで、浅間と共に正純の説明を聞いていた二代は“ふむ”と考えるような素振りで頷いた後に真剣な顔付きでこう言った。

「では、拙者たちもこの麻婆豆腐を食べてから、時臣殿を迎えに行こうで御座る」
「…腹が減っていたとはいえ、そんなモノをよく食べられるな」

そして、二代は再び蓮華を片手に持ち、大皿に盛られた山盛りの麻婆豆腐をハフハフと口に運びながら食べ続けた。
ちなみに、この時点で、二代の頭の中から時臣達との合流に関する事柄は綺麗さっぱり忘れられていた。
そんな留まる事を知らない二代の食べ振りに、さすがの正純も半ば呆れと驚きが入り混じった呟きを漏らすしかなかった。
その上で、正純はこの店で昼食取ろうと提案した自分を恨めしく思いつつ、今更ながらに後悔した。
確かに、二代が大食漢なのは、正純達もよく知っているので別段驚く事ではないのだが、問題はその二代が食べている麻婆豆腐にあった。
それは麻婆豆腐と呼ぶにはあまりにも毒々しいほど紅く、舌を焼き尽くすほど辛い外道じみた代物だった。
ちなみに、この店の名前は“紅洲宴歳館・泰山”…第二戦の対戦相手である綺礼が唯一価値あるモノと認めるほど殺人や外道などと称されるほどの激辛麻婆豆腐がお勧めの中華店である。

「あの大丈夫ですか、ネイト」
「―――!! ―――!?」

それが事実である事を示すかのように、正純と浅間は見た目だけでも危険物と本能的に理解し食すことをためらい、手を付ける事ができないでいた。
さらに人狼であるネイトにいたっては人間より遥かに鋭敏な嗅覚を有する故に外道麻婆から発せられる刺激臭によって一口食べる事さえできずに即座に卒倒し、今も自分を看病してくれている浅間の問い掛けに答えられないほど悶絶している有様だった。

「正純、頂いていいで御座るか?」
「…好きにしてくれ」

唯一、二代だけは額から大量の汗を拭きだすほどの激辛外道麻婆を満足そうに平らげただけでなく、さらに正純達の分の麻婆豆腐も心底嬉しそうに食べて始めていた。
もはや、留まる事を知らない二代の底なしの食欲を前に、正純はこう悟らざるを得なかった―――“しばらく、時臣達の合流は無理そうだな”と。



正純達が激辛麻婆豆腐という予想外の難敵に足止めされている一方、時臣、アーチャー、ホライゾンの三人は冬木市の何処かに居る綺礼を捜しつつ、正純達と合流するために市街地を歩いていた。

「しかし、こうもあからさまにあんなモノが有ると、こちらを見張られているように思えて仕方ないのだが…」
「あんなモノ?」

とここで、しばらく、アーチャー達と共に市街地を歩いていた時臣は徐に足を止めると、市街地に入ってから目につくようになったあるモノに視線を向け、幾ばくかの不快感を含ませながらそう呟いた。
珍しく人前で嫌悪を露わにするような時臣の言葉に首を傾げつつ、アーチャーも時臣が視線をやった方向に目を向けてみた。
そこには、まるで周囲の人間にこれ見よがしに見せつけるかのように、街灯の上に取り付けられた監視カメラがあった。
さらに、監視カメラは街灯の上だけでなく、消火栓の近くにある街路樹や信号機になど至るところに設置されていた。
一応、防犯の名目で設置されたモノらしいが、時臣としてはこうも露骨に自分たちを見張っている事を見せつけられては、囚人を監視する刑務所にいるような息苦しさを感じても仕方なかった。
そして、時臣の言葉に対し、ホライゾンは“確か…”と前置きをし、これほど多くの監視カメラが取り付けられた理由を思い返すように口にした。

「ここ最近、多発しているテロ活動や露出狂の取り締まりを目的に取り付けられる事になったと新聞の文面には書いてありましたが…」
「…」

“むしろ、どっち取り締まりが主目的なのだろうか…?”――ホライゾンから自分の呼び出したサーヴァントの奇行が原因だったことを知らされた時臣は“またかよ…”とげんなりとした表情で閉口しつつ、そう心中で思わずそんなどうでも良い疑問を抱いてしまった。しかし、“まぁ、そう大差もないか”と疑問を軽く流した時臣は、徐々に自身の思考が武蔵勢に馴染んでいる事に気付くことなく、再び正純達との合流を目指すべく歩き出した。
そして、アーチャーとホライゾンも時臣の後を追うようにその場を後にしようとした直後の事だった。

「時臣様、少し失礼します」
「な!?」
「え?」

いきなり、アーチャーの後ろを歩いていたホライゾンが時臣の詫びの言葉を言うや否や、自分の前を歩くアーチャーの背中を思い切り突き飛ばしたのだ。
結果、アーチャーはホライゾンの不意打ちに対処できず、突き飛ばされた勢いのままで、自分の前を歩いていた時臣を前へ押し出すように突き飛ばしてしまった。

「ホラ―――ガグシャ!!―――へぶぅ!?」

次の瞬間、ホライゾンの名を言い切る前に、アーチャーの頭、背中、腰、尻へと狙いすましたかのように上から落下してきた植木鉢が直撃した。
そのまま、アーチャーが奇声じみた悲鳴を上げてぶっ倒れた後、ホライゾンは何が起こったのか理解が追い付いていない時臣にむかってこう告げた。

「ふぅ…危ない所でしたね、時臣様。それと、トーリ様、いつまで、道のど真ん中で寝ているのですか? はっきり言って通行の邪魔です」
「あっれ!? そのセメント発言の前に何か俺にいう事あるよな、ホライゾン!?」
「…」

ここで、ようやく、時臣は、ホライゾンがアーチャーを犠牲にし、上から落下してきた植木鉢から自分を守ってくれたことに気付いた。
しばし、時臣は無言のまま、夫婦漫才じみたホライゾンとアーチャーのやり取りを眺めた。
―――人間ならば死んでもおかしくない状況にも関わらず、いつもと変わらぬセメント発言を発揮するホライゾン。
―――いつものように容赦ない嫁のDVじみた行動に、怒りの感情こそないモノの、訴えるように抗議するアーチャー。
―――普通の人から見れば、二人が恋人同士だと聞かされてもとても信じてはもらえないだろう。
“だが、これが君達にとっての自然なあり方なのだな”―――そんなアーチャーとホライゾンのやり取りを眺めていた時臣は、アーチャーとホライゾンの間にある確かな繋がりをそう改めて実感した。

「んでも、トッキーが無事でよかったぜ」
「だが、それにしても、偶然とはいえ、これだけトラブルが続くとあまり気分の良いものではないな」

やがて、ホライゾンとの夫婦漫才を終えたアーチャーは、ひとまず、時臣の身が無事だったことに安堵した。
とはいえ、時臣としては、アーチャーの言葉に素直に喜んで頷く事ができなかった。
確かに、時臣の言うように、偶然とはいえ、冬木大橋でのタイヤのパンクといい、まるで厄日であるかのようにこうもトラブルが立て続けに起こっては気持ちの良いモノでないだろう。

「…本当にただのトラブルなのでしょうか?」

しかし、ホライゾンはむしろ、時臣が思うように、これまでのトラブルが偶然に起こった出来事であるという事自体に疑問を感じ始めていた。
実際、冬木大橋では、時臣達が乗っていた車のタイヤが二輪もパンクした事により車での移動が不可能となった事で徒歩での移動を余儀なくされた。
続いて、市街地では危うく植木鉢が時臣の頭上に直撃しかけて、死には至らなくとも救急車を呼ばねばならないほどの怪我を負うところだった。
そう、これではまるで―――

「―――先程から起こっているトラブルが、まるでホライゾン達が教会へ行くことを邪魔するかのように感じられます」
「確かにただの偶然としては可笑しな点は多いが…」

―――偶然を装いつつ、何者かが意図的に時臣達の行動を妨害しているようにしか思えなかった。
このホライゾンの指摘に対し、時臣は確信を持てずにいるのか、やや言葉を濁しつつも、この状況を整理すべく、これまでの事を思い返した。
確かに、ホライゾンの指摘するように、まるで時臣達が通るのを見計らったかのようにトラブルが発生しており、ただの偶然と片づけるのには余りにも不自然だった。
無論、これまでのトラブルが時臣達に対する妨害工作とするなら、罠を仕掛けたのは、十中八九、相対戦第二戦の対戦相手である言峰綺礼とアサシンに間違いないだろう。
加えて、アサシンの宝具である“オール・アロング・ウォッチタワー”は、何処にでもひそめるような薄くて平たいトランプカードという形状に加え、気配を断つ事で敵に感知されなくなる“気配遮断”のクラス別能力所持し、情報収集や暗殺、妨害工作に特化していた。
故に、もし、ホライゾンの指摘通りならば、これまでのトラブルがアサシンの妨害工作である可能性は充分にあった。
しかし、それでも、時臣がホライゾンの指摘に完全に確信できない理由―――襲撃してきたアサシンの宝具の気配を探知できなかった事だった。
確かに“気配遮断”は敵に感知されなくなるモノではあるが、自ら攻撃態勢に移ると同時に大幅にそのランクを落とし、敵に感知されやすくなってしまうのだ。
実際、時臣もその事は充分に承知していたために、相対戦第二戦が始まってから、常にアサシンの宝具の気配を察知できるように万全を期していた。
だが、そうであるにも関わらず、時臣はトラブルに合った直後の時さえもアサシンの宝具の気配を察知する事ができなかった。
“では、アサシンの宝具はこちらに察知される事無く、攻撃を仕掛けられたのか?”―――とここで、アーチャーはこの疑問に対して“ん?”と何か閃いたのか、時臣の方に顔を向けると確認するようにこう尋ねた。

「なぁ、トッキー…アサシンのおっさんの気配遮断って攻撃した瞬間は分かるんだよな?」
「その通りだ。如何に気配遮断のスキルが高くとも、自ら攻撃を仕掛けた瞬間には…!?」

そして、アーチャーの質問に答えようとした時臣は、ようやく、アサシンについての対処は万全と思い込んでしまった自分の過信と迂闊さに気付かされた。
確かに、“気配遮断”は、自らが攻撃態勢に移った瞬間にランクを大幅に落としてしまうという欠点が有る。
だが、これまで起こったトラブルは、車のタイヤをパンクさせ、植木鉢を落とすなど、上手くいけば上等という運任せに近い間接的なモノであり、明確な攻撃を直接的に意図するものではなかった。
であるならば、“気配遮断”のランクを落とすことなく、時臣に察知されずに妨害する事は不可能ではない筈だ。

「確かに…それならば、自分の気配を悟られる事無く、こちらへの妨害が可能という事です」
「こちらに対する攻撃としては余りにも不確定要素が多すぎるが、綺礼の逃走を手助けするモノとしては充分だろう」

そう、時臣の言うように、この相対戦第二戦に於ける綺礼たちの勝利条件は時臣達を倒す事ではなく、時臣達からから夕刻まで逃げ切る事なのだ。
そうである以上、このアサシンの宝具による不測の事態を利用した策は、姿なき暗殺者の存在と脅威を常に曝されている事を相手にアピールし、時臣達に必要以上に警戒させる事で行動を制限し、タイムリミットまでの時間を大幅にロスさせる事も可能だった。
故に、綺礼とアサシンの狙いが夕刻まで逃げ切る事ならば、非常に効果的であると言っても良かった。

「これは一度、正純君達とも連絡を取って対策を取―――あ、ヤバくね?―――ん?」

もはや、これ以上、後手に回るのを回避したい時臣は、自分たちの現状や一刻も早い合流を図るべく、正純達に連絡を取ろうとした。
とその時、不意に何かに気付いたアーチャーが、未だに気付いていない時臣に注意を促しつつ、時臣の背後を指さした。
何事かと思いつつ振り返った時臣が目にしたのは、いつの間にか弁が開いた消火栓からこちらに迫ってくるかのように勢いよく噴出する大量の水だった。
だが、気付いた時にはすでに遅く、消火栓より噴出した水の勢いによって、時臣とアーチャーは声を上げる間もなく、道路を越えた対面の電柱まで押し飛ばされてしまった。

「今度は水責めですか。綺礼様もトーリ様や銀時様に負けず劣らず、中々やり手のようですね」

そして、ホライゾンは、アインツベルン城にて繰り広げられた切嗣とケイネスのコントじみた追いかけっこを思い返しつつ、それに勝るとも劣らない絶妙のタイミングで襲い掛かる綺礼の仕掛けに感嘆の声を漏らしながら見事と頷いた。
無論、ホライゾンにとって消火栓から噴出した水に押し飛ばされたアーチャーと時臣の心配は二の次であった。



一方、時臣が合流を図ろうとした正純達は―――

「では、店主殿…もう一杯御代わりで御座る」
「ハイよー!!」
「「まだ、食べるのか(んですか)!?」」
「―――!!??」

―――思わず、お代わりを注文させる程に二代を虜にした激辛麻婆豆腐という想定外の伏兵によって未だに泰山で足止めを食っていた。



一方、その頃…

「だ、大丈夫か、トッキー?」
「あぁ…何とか。しかし、綺礼も随分と詰めが甘いな」

突如、消火栓より噴き出した大量の水によって電柱に叩き付けられたアーチャーと時臣は全身ずぶ濡れのまま、互いに声を掛け合いながら立ち上がろうとした。
電柱に叩き付けられる直前、アーチャーが庇ってくれたことが功を奏したのか、時臣については身体こそ痛むモノの大事には至っていなかった。
とはいえ、これもアサシンの宝具よるモノだろうが、先程までの仕掛けと比べると余りにお粗末なモノだった。
恐らく、消火栓の水の勢いを利用して、道路に飛び出させて、車に撥ねさせるつもりだったのだろうが、水が噴き出した瞬間に道行く車が一斉に停車した事で完全にタイミングを外していた。

「時臣様、大丈夫でしょうか?」
「おいおい、ホライゾン!? 何で、俺だけスルー何だよ!?」

とここで、何事かと騒ぎ立つ野次馬たちを余所に、近くの横断歩道から渡ってきたホライゾンは、ひとまず、時臣の無事なのかだけを確認するように声をかけた。
思いっきり、無事を確認すべき相手から外されたアーチャーは、ホライゾンにむかって、“トッキーだけずりぃよ!!”と不満そうに声を上げた。
このアーチャーの不満の声を聞き、足を止めたホライゾンはしばし、“ふむ”と考え込んだ後、アーチャーを見つめながらこう言い返した。

「トーリ様なら何が起ころうともボケ術式で大丈夫ですから…ぶっちゃけ、別に良いかと判断したのですが何か問題でも?」
「ふむ、確かにそれなら何も問題ないな」
「トッキー、おめぇもか―――バサァっ!!―――うぉっ!?」

まるで“ん、違ったか?”と言いたげに首を傾げるホライゾンに対し、アーチャーの隣にいた時臣は“うんうん”と深く頷きながらホライゾンの意見を何に疑いもなく肯定した。
確かに、サーヴァントである事に加え、アーチャーの保有スキルである“ボケ術式”ならば多少のダメージはボケとして軽減する事ができるのだ。
よって、ホライゾンや時臣が言うように、アーチャーの怪我について何一つ心配する事など無かった。
最早、この時臣の思わぬ裏切りによって孤立無援となったアーチャーは、無事でよかったと安堵する時臣とホライゾンにむかって納得できねえと体をくねらせて抗議しようとした。
その直後、突然、アーチャーの頭に何かがぶちまけられると同時に、時臣とアーチャーの頭上から何かを詰めたビニール袋が幾つも落ちてきた。
すぐさま、これもアサシンの追撃ではないかと考えた時臣は、ひとまず、周囲を警戒しつつも、落ちてきたビニール袋に当たらぬように優雅に回避した。
一方、アーチャーは自分の頭の上で破れたビニール袋から溢れ出たモノを口にした瞬間、次々とビニール袋を余裕で躱す時臣に向かってビニール袋の中身が何であるのかを告げた。

「これって塩じゃね」
「塩だと? こんなモノを何故…?」

思わず、アーチャーの言葉に耳を疑う時臣であったが、地面に落ちて破れたビニール袋に目を凝らして見ると、アーチャーの言葉通り、確かに塩らしき物体が中に入っていた。
今のところ、自分やアーチャーに害こそ無いものの、時臣にはあまり意味が有るとは言えない悪ふざけにしか見えなかった。
この普段の綺礼とアサシンらしからぬ無意味な行動に、まったく訳が分からない時臣がアーチャーと共に自分の頭上を見上げた瞬間、そこでようやく綺礼とアサシンが何を狙っていたのかを悟った。
そんなアーチャーと時臣の視線の先に有ったのは、周囲の喧騒で音を紛らせて移動するラジコンヘリ。

「もしかして、俺達というかトッキーが結構ヤバい感じじゃね?」
「もしかしなくても、ほぼ確定だ…!!」

そして、時臣とアーチャーのすぐそばの電柱にある複数の電線の内、いつ断ち切れてもおかしくないほど深く切れ込みを入れられた電線だった。
しかも、時臣とアーチャーの全身と周囲は水浸しである事に加え、ご丁寧に電気を通しやすくする為に塩までばら撒く徹底ぶり…地面に断ち切れた電線が接触した瞬間、感電死確定の状況が揃っていた。
この自分たちの置かれた状況の不味さに、思わず、顔を青褪めて尋ねるアーチャーに対し、時臣は声を荒げながらも、ややツッコミじみた言葉を返した。
サーヴァントである事に加えて、ボケ術式持ちのアーチャーならばアフロ髪に代わるだけで済むだろうが、基本的な身体機能については一般の人間である時臣では即死は免れないだろう。
だが、問題の電線はもはや寸断間近である事に加え、周囲に水と塩がばら撒かれている以上、もはや、アーチャーと時臣に何処にも逃げ場などなかった。

「トーリ様、時臣様…少々危険を伴いますが、私がどうにかしましょうか?」
「ホライゾン、何か良い手でもあるなら頼んだぜ!!」
「この状況下なら…多少の危険は承知の上だ、ホライゾン君!!」

そんなアーチャーのアフロ化と時臣の絶体絶命のピンチに対し、ホライゾンはこの状況を打破すべく、アーチャーと時臣に確認を取るように問いかけた。
多少不安になるような言い回しではあるモノの、他に方法が無い以上、アーチャーと時臣はこの窮地を打開するにはやむなしと、即座にホライゾンの提案に乗った。
聞くが早いか、アーチャーと時臣の了解を得たホライゾンは、“Jud. ”と答えながら頷くと、“憤怒の閃撃”を取り出し構えて、アーチャーと時臣にむかってこう告げた。

「では…御覚悟を、トーリ様。時臣様はトーリ様の後ろに隠れる事をお勧めします」
「へ?」
「はっ!?」

とここで、ホライゾンの真意にいち早く気付いた時臣が“どういう事?”と首を傾げるアーチャーの背後に回り込み、アーチャーの体をしっかり掴みながら身をさらけ出さないように隠した。
そして、遂に切れ込みを入れられた電線が断ち切れる瞬間、時臣の安全を確認したホライゾンはアーチャーと時臣を周囲から退避させるために、躊躇うことなくアーチャーに向けて“憤怒の閃撃”を撃ち込んだ。
最初に“ほ”のつく奇声じみた悲鳴を上げるアーチャーとそのアーチャーを盾に耐える時臣が水と塩がばら撒かれた場所から遠くに弾き飛ばされると同時に、断ち切れた電線が地面に落ち、周囲の野次馬たちの目にもはっきりと見えるほどの電光と共に放電し始めた。

「ふぅ…大丈夫ですか、時臣様」
「少なくとも怪我は心配ないが…普段、ホライゾン君が、アーチャーにどんな攻撃を叩き込んでいるのか身に染みて分かったよ」

そんな周囲の喧騒を避けつつ、時臣の無事を確認するホライゾンに対し、時臣は自身の無事を告げつつも、“憤怒の閃撃”をその身に受けて、目を回して気絶するアーチャーに同情の眼差しを向けながら溜息をついた。
“それよりこれだけ目立って大丈夫なのだろうか…?”―――より一層激しくなる周囲の喧騒に目を向けた時臣は、そう内心で考えながら、この後の事後処理を一気に押し付けられるであろう璃正の苦労を同情の念を感じずにはいられなかった。

「…それにしても、何故、綺礼様はこうもタイミング良く、私達の先回りできるのでしょうか?」
「それは…」

とはいえ、当面の窮地を脱したものの、現時点において時臣達は綺礼とアサシンの手の内で踊らされていると言っても過言ではなかった。
ホライゾンの指摘するように何より一番の問題なのは、自分たちの行く先々に合わせて、まるで狙いすましたかのように襲撃を仕掛けている事だった。
無論、時臣も諜報活動に特化したアサシンの存在を警戒し、人混みや物陰の多い市街地に踏み込む際には魔術を使い、自分たちの姿や魔力をアサシンの宝具や魔術で察知されないように対策していた。
そうであるにも拘らず、綺礼とアサシンはいとも容易く、時臣達の居場所を突き止める事ができたのか?
そして、時臣はほぼ確信に近い予感を抱いていた―――“この謎を解決しない限り、自分たちに勝ち目と生き残る術はない”と!!

「その為にも、まずは、この場から離れて―――そんな余裕―――っ!?」
「有る訳ねぇよ!!」

とはいえ、これまでの騒ぎで多くの野次馬たちが集まっており、時臣はアサシンの再度の襲撃を警戒しつつ、人目のつかない場所に移動する事を提案しようとした。
その直後、時臣の声を遮るかのように割り込んできた男の声が聞こえてきたと同時に、何処からか撃ち出された無数の杭が時臣達にむかって襲い掛かってきた。



一方、夢の中にて洞爺湖仙人の口からセイバーの過去を聞かされていた銀時は、洞爺湖仙人の口にした衝撃的事実の数々を前に、しばし思考が追い付かなくなるほど唖然としてしまった。

「いやいや…ちょっと待て。その景明って奴が病気で死にかけの妹の為にセイバーを裏切ったとか、その妹が父親を取り返すのが望みとか、実は妹じゃなくて娘だとか色々な事がごっちゃに混ざって超展開すぎて訳が分からねぇんだけど!?」
「…順を折って話そう。まず、そもそもの始まりは、三世村正の仕手である景明が湊斗家に引き取られた時の事だった」

しかし、すぐに気を持ち直しつつも、理解が追い付かない銀時は、セイバーの過去を語る洞爺湖仙人に詰め寄るように矢継ぎ早に説明を求めた。
対する、洞爺湖仙人は銀時の問いかけに応じると、ある意味において事の発端ともいえる、セイバーの過去を通して知った景明の過去について語り始めた。
後の村正三世の仕手となる湊斗景明は本来、湊斗家の人間ではなく、改という名の家に生まれた人間だった。
しかし、とある戦争によって両親を失った景明を、景明の両親と親交のあった菊地明堯によって養子として引き取られた事が切っ掛けで、景明は明堯の妻である湊斗統の了承の末に湊斗家の人間として迎え入れられる事になった。
その後も、新たな両親の元で温かく育てられた景明は、自分を引き取ってくれた明堯と統に強い恩を感じながら成長していった。

「だが、景明の養父であり、統の夫である明堯は戦争で受けた負傷によって全てが狂い始めた」

この時、義父である明堯は戦場で従軍看護婦を助けた折に受けた負傷が元で生殖機能を失ってしまったのだ。
“このままでは、湊斗の血筋が絶えてしまう”―――湊斗家の主筋であり、一門の旧習に固執する皆斗本家がそんな危惧を抱くのは無理からぬ話だった。
もはや、なりふりなど構っていられなかった本家が取った手段は“養子である景明を薬でかどわかし、湊斗統との子を為す”という常軌を逸するモノだった。

「だから、湊斗の血筋を残す為だけに、そんな下らねぇ爺の我が儘の為に、景明は、統を、てめぇの義母親を抱かされたのかよ!!」
「そして、その禁断の契りの果てに生まれた娘こそ…湊斗光という少女だ」

そんなふざけた妄執などで景明達に強いた本家に対して声を上げて怒りを露わにする銀時にむかって、洞爺湖仙人はコクリと頷きながら静かに話を続けた。
その後、光を出産した統は未だに子供である景明に父親役を任せる訳にもいかず、あくまで景明には光に対して兄として接する事を厳命するしかなかった。
それでも、光は幼き頃より薄々と気付いていた―――景明こそが光の実父である事を。
だが、父親としてではなく、あくまで兄としてしか接さない景明に対し、光はそれでも妹ではなく娘として愛して欲しいとひたすらに父の愛を渇望した。
そして、光の想いはとある事件を切っ掛けに封印された二世村正の仕手となった事で最悪の形で発露される事になった。

「つまり、湊斗光が村正のかーちゃんを使って無茶苦茶に暴れ回ったのも…要は親父である景明に認知して欲しかっただけだったんだな…」
「あぁ、そうだ…ただ、本当にそれだけだったのだ…世界の全ての人間を敵に回してでも望み叶えたかった願いは」

“光の父は生まれながらにして世界によって永遠に奪われた!!”
故に、光はこの世の常識や倫理を全て破壊し、“光以外になにもない世界”を作り、全人類と闘い勝利して“神”となる事で、景明を世界から奪い返し、景明に自分を娘として認めてもらうために世界に戦いを挑んだのだ。
だが、二世村正の仕手となる以前、光はほぼ廃人同然となるほどの鉱毒病に冒されており、いつ死んでもおかしくない身体となっていた。
無論、本来なら、そのような半死人の身体である光に剱冑を纏って闘う事など不可能であったが、ここで某ニート変質者が裏で手を引いているとしか思えない奇跡が起こった。
なんと光は銀星号として活動している際には睡眠しており、いわば夢遊病に近い状態であったのだ。
これにより、光は自然に無想の境地へと至り、抑制のない夢の世界に根差しているからこそ人外の力を振るう事ができたのだ―――その代償を現実の光の余命いくばくもない肉体から支払う事で。
この事実を前に、景明は実の娘でもある光を悪として責める心を砕かれて殺す事ができなくなってしまった。

「そして、精神的に追い詰められた景明は光の共犯者であるリビングアーマー足利茶々丸の姦計に陥れられた結果、娘である光を救う為に三世村正たちを裏切ったのだ」

そして、茶々丸によって篭絡された景明は、光を救いたいという想い以外を削ぎ落とされた事で、病の光を助けるための策が有るという茶々丸の言に従う事になった。
一方で、三世村正も景明を取り戻すべく行動し、紆余曲折の末、景明に精神干渉を使用する事で自身や景明が殺してきた人々の想いを告げる事で説得しようとした。

「その最後の選択の中で於いて、景明が選んだのは湊斗光だった。そして、それまで共に闘ってきた自身の剱冑である三世村正を本当に捨てたのだ」
「…」

だが、洞爺湖仙人の言うように、景明はそれらの想いを全て捨て去ってでも、光を守ることだけを目的とし、その協力者である茶々丸と歩む道を選んだ。
“捨てられる”
“容易い事だ。得る事の、守る事の至難に比べれば、捨てる事など!!”
“それで光を守れるなら、俺はそうする”
“光以外に大切なモノがあろうと俺は捨てる”
“お前もだ、村正!! 俺の内から消えて去れ!!”
そして、景明と茶々丸は光を救うための策を遂行すべく、完全に景明に捨てられたことに絶望したまま項垂れる三世村正を捨て置き、その場から立ち去っていった。
もし、この時、三世村正がそのまま項垂れていたなら、何事もなく景明と茶々丸は事を為していたかもしれないだろう。
しかし、三世村正ははっきりと見ていた―――まるで長年の相棒と共に連れ添うかのように立ち去る景明と茶々丸の姿を。

「次の瞬間、三世村正は我を忘れるほど憎んだ…自身に課せられた誓約を忘れるほどに」

そして、三世村正は幽鬼の如く力なく立ち上がると、無自覚のまま、城内へと去っていった景明と茶々丸の後を追いかけていた。
やがて、天守閣までたどり着いた三世村正は剱冑として茶々丸を纏いながら、強敵・今川雷蝶と死闘を繰り広げる景明の姿を目にした直後、遂に自分から景明を奪った元凶である茶々丸への怒りを爆発させてしまった。
“殺してやる…”―――突然の乱入者に驚く雷蝶にも目もくれず。
“お前だけは殺してやる…”―――この暴挙に気付き、止めんとする二世村正と光の声にも耳を貸さず。
“景明を奪ったお前だけは殺してやる…!!”―――こちらに気付いた茶々丸が警告を促すよりも早く。
“殺されて死んで…私に詫びろぉ、足利茶々丸ぅううううう!!”―――そう叫びながら、三世村正は目の前にいる剱冑にむけて刃を突き立てた。
やがて、憤怒の念がおさまり、冷静さを取り戻した三世村正が目の当たりにしたのは―――

「三世村正が正気を取り戻したのは、既に茶々丸を斬り殺した直後だった…彼女を纏った湊斗景明ごとな」
「あの時、波旬の野郎がセイバーに言ったのはこの事だったんだな」

―――三世村正自身が突き立てた刃によって、茶々丸を纏ったまま、心臓を突き貫かれた景明の姿だった。
憎むべき足利茶々丸を殺し、愛する湊斗景明をも殺す…善悪相殺の誓約として何一つ誤ってなどいなかった。
“お前、今度は、いつ、そこの塵を斬るんだぁ? 前の時みたいによぉ”―――とこれまで洞爺湖仙人を通して、セイバー、三世村正の過去を知った銀時は、ようやく、六陣営会談の去り際にバーサーカーがセイバーに放った言葉の意味を理解することができた。
恐らく、バーサーカーは自身の持つ天眼の力でセイバーの記憶を覗き見た際に、このセイバーの過去を知ったのだろう。
確かに、このセイバーの過去を見れば、バーサーカーにとって自身の塵を片付けるのにはこれ以上にないほどの便利な道具だと思うのは当然の事なのかもしれない…村正一門にとってはかなり不本意ではあるだろうが。
そして、洞爺湖仙人は、現在の仕手である銀時に向かって最後にセイバーが抱えるトラウマの元凶について語った。

「三世村正は、地上へと落ちていく湊斗景明がこう末期の言葉を吐き捨てたのだと思っているそうだ…」

“よくも、俺を殺したな…村正”―――それがセイバー、図らずも自身の仕手を殺した三世村正に対する湊斗景明の最後の言葉だった。
 


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