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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第58話:相対戦=第二戦その5=
作者:蓬莱   2014/12/23(火) 16:18公開   ID:.dsW6wyhJEM
―――義康とヴィルヘルムによる激闘が開始されてから数十分が過ぎた頃。

「どうにか撒く事ができたが…」

義康の助太刀により難を逃れたアーチャー達は、現在、周囲の様子を窺いながら、冬木教会を目指しつつ、ビルの隙間に有る狭い路地裏を進んでいた。
もっとも、時臣の表情は辛くも窮地を脱した喜びなど一切なく、むしろ、今にも頭を抱えだしそうなほど暗く沈んでいた。
それというのも、ヴィルヘルムの襲撃を逃れた後、アーチャー達はアサシンの待ち伏せを考慮した上で、相手の裏をかくべくわざと遠回りの道を進んで冬木教会へと向かおうとしていた。
しかし、何故か、アサシンはアーチャー達の目論みを看破したかのように道行く先々で待ち伏せをしながら、これまでと同じく間接的方法を使って襲撃を仕掛けてきたのだ。

「う〜ん…ますます、コトミーの家から遠ざかっちまったよな」
「だが、これではっきりとした…やはり、冬木教会には何か重要な手掛りが有るようだ」

そして、アサシンによる度重なる襲撃の結果、アーチャー達はさらに冬木教会から遠ざかってしまった上に、これ以上のアサシンの襲撃を避けるべく人気のない裏路地へと追い込まれていた。
刻一刻とタイムリミットである夕刻が迫る中、さすがのアーチャーもこの現状をどうしたものかと頭を掻きつつ困ったような口調で時臣にどうするか話しかけた。
とはいえ、アーチャー達としても何一つ収穫が無かったわけではなかった。
事実、時臣の言うように、アサシン達の襲撃は時臣の命を狙いながらも、できる限りアーチャー達が冬木教会へ向かうのを妨害する事に終始していた。
この事から分かるように、そうまでしなければならないほど冬木教会に綺礼もしくは綺礼の居場所を重要な手掛りが有るとみてまず間違いなかった。

「ですが、アサシン様の宝具が襲撃を仕掛けくる以上、このままでは、迂闊に表通りを歩く事すらままなりません」
「それもそうだが…」

一方で、ホライゾンの指摘するように、周りの環境を利用した間接攻撃に徹する事で気配遮断のクラス別能力を最大限に活かすアサシンが妨害者として待ち伏せている以上、冬木教会へ向かう事はおろか、市街地の表通りを歩くことさえままならない状況だった。
しかし、ホライゾンの指摘に頷く時臣であったがどうしても腑に落ちない点が有った。
―――アサシンはどんな手段を用いて、自分たちの居場所を特定しているのかという事だった。
実際、これまでアーチャー達がどれだけ相手の裏を掻こうとしても、まるでこちらの動きが筒抜けであるかのようにアサシンは先回りして罠を張って待ち構えていた。
一応、どこにでも潜み込めるという性質を有するアサシンの宝具がアーチャー達の衣服に忍び込んで、こちらの居場所をアサシンに報告している可能性も有った。
しかし、裏路地に逃げ込んだ際にお互いの身体を調べ合ったが、それらしいモノは何一つなかった。
また、時臣が魔術によって自分たちの姿を悟られないように隠している事やたった五十三枚のトランプカードで市街地全体を見張るのは無理がある事から、アサシンの宝具が冬木の市街地のいたる所で時臣達を監視しているというのにも無理が有った。

「魔術的には問題はない筈―――トッキー、前、前!!―――またか!?」

“なのに何故、自分たちの居場所が分かるのか?”―――そんな疑問を時臣が独り言を呟くように口にしようとした直後、盾役として前方を歩くアーチャーが前を指さしながら切羽詰まった様子で時臣に向かって何事か話しかけてきた。
ここにまでアサシンの監視が及んでいたのかと緊迫した表情を浮かべた時臣はとりあえず、何が起こったのかを知るべく、アーチャーが指さした方向に目を向けた。
次の瞬間、時臣は目の前の惨状を目の当たりにし、一斉に全身から鳥肌がふき出す感覚とと一気に血の気が引く音をまとめて体感する事となった。

「ぐっ…い、いくら何でもさすがにこれは攻撃と看做すべきでは…!?」

そして、誰ともなく訴える時臣の視線の先には、マンホールの隙間から黙々と吹き上げる殺虫剤と共に逃げ場を求める数百ものゴキブリがゾロゾロと這い出てきた。
もはや、その悍ましさは想像を絶するモノであった。
例え、一般人はもちろんの事、魔術師あろうともそうそう耐えられるモノではなく、下手をすればSAN値直葬で発狂しかねないだろう。

「だが、この程度…Intensive Einascherung“我が敵の火葬は、苛烈なるべし”―――トッキーちょっとたんま!!―――っ!?」

しかし、何とか遠坂家の家訓を心中で呟く事で冷静さを保った時臣は、すぐさま、この悪質な悪戯じみた嫌がらせと判断し、這い出てきたゴキブリをまとめて焼き尽くさんと呪文を詠唱した。
とここで、ふと上を見上げたアーチャーが何かに気付いたのか、いよいよ呪文の詠唱を終えて魔術の行使に移らんとする時臣にむかってそれ以上魔術を行使するのを止めるように大慌てで叫んだ。
だが、如何に時臣といえども一度発動させた魔術を急に止められる筈もなく、発生した炎が蛇のようにうねりながら這い出てきたゴキブリ達を焼却せんと襲い掛かった。
その瞬間、上空にて待機していたアサシンの宝具が乗るヘリより投下された無色透明の液体―――独特の臭いから察するにガソリンの入ったやや大きめのガラス瓶が間に割り込んできた。
当然、気温マイナス四十度の極寒の地であっても火を近づけるだけで炎を上げる可燃性を持つガソリンのふんだんに入ったガラス瓶に炎を浴びせようものなら…!!

「…これもセーフだとでも?」
「まぁ、ただ、ガソリンの入ったガラス瓶を落としただけなので問題ないのでしょう」

“問題ありすぎる!!”―――気配遮断のランクを下げる攻撃態勢か否かの緩さ加減について、時臣がホライゾンの返答に対しそう心中で反論するしかなかった。
その直後、表通りを道行く人々にも聞こえる程の何かが爆発する音と共に、アーチャー達のいた場所を中心にして裏路地から炎が赤々と燃え上がった。



第58話:相対戦=第二戦その5=



アーチャー達が神出鬼没なアサシンの襲撃を受けている一方、武神“義”にてヴィルヘルムに挑む義康の闘いはほぼ一方的なモノへと様相を変えていた。

「つおらぁ!!」
「…っ!?」

そう…時間を追うごとにさらに苛烈さを増していくヴィルヘルムの攻勢を義康が辛うじて凌ぐという一方的な防戦へと変貌していた!!
“これほどまでとは…!!”―――もはや止まる事無く一気呵成に勢いづくヴィルヘルムの放つ杭を“義”の太刀で辛うじて薙ぎ払った義康はこれまでの攻防を振り返りながらそう驚嘆の念を抱かずにはいられなかった。
この闘いに於いて義康がヴィルヘルムにまともに攻撃を与えられたのはアーチャーを助けた際の初撃だけで、それ以降の攻撃に関しては全て防がれていた。
しかも、小回りを活かしてただ回避するだけでなく、自身よりはるかに巨大な武神の力で振るわれる太刀を生身で受け止めるという常軌を逸した暴挙を織り込みながら―――!!
仮にも、義康の駆る武神“義”は宝具であるのだから、それを真面に受け止めるヴィルヘルムの耐久力はサーヴァントという超常の存在である事を踏まえても尋常なモノではなかった。
無論、修羅道至高天を司るラインハルトに仕えるエインフェリアである以上、義康もヴィルヘルムを侮っているつもりなどなかった。
だが、義康もこのヴィルヘルムの交戦を経て自分の認識の甘さを認めるしかなかった。

「いてぇか? 泣いて喜べやぁ!!」
「そんな趣味はない!!」

とここで、“義”が振り下ろした達が地面に叩き付けられた瞬間、その一撃をやすやすと躱したヴィルヘルムは自分の望んだ殺し合いに興じながら喜悦混じりの声を口にし、右拳に杭を発生させて殴りつけんと迫ってきた。
対する義康は“自分はドMじゃない!!”とやや武蔵勢に染まった言葉で返しつつ、ヴィルヘルムの攻撃に対処すべく、即座に“義”の左手でヴィルヘルムの拳を真っ向から迎え撃つように殴り返した。
普通ならば、自身より遥かに巨大な武神である“義”の拳に殴り合いを挑むなど結果は火を見るよりも明らかであり、例えサーヴァントであったとしても致命傷を負ってもおかしくはなかった。

「はっ…中々いいぜ、てめぇ。餓鬼の玩具にしちゃ中々楽しませてくれるじゃねぇか」
「…」

にも関わらず、“義”と真っ向から殴りかかったヴィルヘルムは致命傷を負うどころか、ただ殴りつけた右拳に擦り傷ができただけに留まり、あまつさえ軽口を叩きながら称賛の言葉まで送るほど平然としていた。
これに対し、“義”はヴィルヘルムの右拳を迎え撃った左拳だけでなく、左腕そのものがスクラップ寸前となるまで破壊され尽くした無残な姿を曝していた。
このヴィルヘルムの実力を前に、義康は改めてただ無言のまま理解せざるを得なかった。
まず、武神を相手に生身で互角以上に闘っているにもかかわらず、ヴィルヘルムが未だに実力の全てを発揮していない事を。
そして、ヴィルヘルムの実力が義康の想像を絶するほど覆しようのない圧倒的なモノであることを…!!

「まぁ、一応、てめぇらも一端の英霊だ。それなりの数の修羅場を潜り抜けて来たんだろうぜ」

とここで、ヴィルヘルムはそんな義康の心中を見透かしているか、これまでの義康の闘いぶりを踏まえた上でそう評した。
そもそも、並のサーヴァントならば瞬殺できるヴィルヘルムの攻勢を凌いでいる以上、義康が若いながらも経験と実力を兼ね備えた兵である事は明白であった。
恐らく、戦後も世界各地の戦地を渡り歩いてきたヴィルヘルム程ではないにしろ、義康もそれだけの力を身につけるだけの戦場を潜り抜けて来たのだろう。
だが、どれだけ数多くの場数を踏もうとも、義康がヴィルヘルムに絶対に追いつく事のできない圧倒的な差―――

「…俺らとてめぇらじゃよぉ、数以前に潜り抜けて来た修羅場の質がそもそも違うんだよぉ!!」
「ちぃ…!!」

―――すなわち、両者の潜り抜けて来た戦場の質の差が両者を圧倒的に隔てるほど絶望的な高き壁として義康の前に立ちはだかっていた。
事実、アーチャーたちの世界では、前時代の歴史を示す聖譜に則り、戦争も含めた前時代の地球の歴史をやり直す“歴史再現”が行われていた。
そして、アーチャー達も極力自軍が不利にならぬように動きつつ、歴史再現の元で数多くの激戦を繰り広げながら戦場を戦い抜いてきた。
無論、歴史再現という縛りはあるモノの、それ故に歴史再現の元に死を強いられる事なども鑑みれば当事者であるアーチャー達にとっては命懸けである事に変わりなかった。

「生温いルールなんぞに縛られた戦争ごっこしか知らねぇクソ甘い餓鬼風情がこの俺に勝てるなんざ…思い上がっているんじゃねぇ!!」
「このぉ…!!」

しかし、修羅道至高天にて永劫の闘争を繰り返してきたヴィルヘルムからすれば、アーチャー達の潜り抜けて来た戦場なんぞ台本付きの子供のお遊戯程度にしかなく、義康の事も兵以前のまがい物としか見なしていなかった。
そして、そんな義康に痛烈な罵声を浴びせたヴィルヘルムはもはや、片腕の動かない“義”へと容赦なく杭の発射や肉弾戦を織り交ぜた攻撃を次々に繰り出していった。
このヴィルヘルムの猛攻に対し、義康もこのまま一方的に気圧されまいとヴィルヘルムの攻撃を回避して凌ぎつつ、一矢報いるべく片腕のみで太刀をヴィルヘルムにめがけて振り下ろさんとした。

「…!?」
「躊躇ったな、てめぇ?」

だが、“義”の振り下ろした刃はヴィルヘルムに届くことなくピタリと止まってしまった―――“義”とヴィルヘルムの間に割り込んできた子供に気付いてしまったために。
無論、義康もニート変質者の魔術により一般人や建物に自分たちの戦いの余波による被害が出ないように対処されている事は知っていた。
とはいえ、如何に影響がないと頭では理解していても、一般人、しかも、子供を巻き込むような攻撃を義康が躊躇するのも無理もなかった。
しかし、ヴィルヘルムはそれが義康の甘さであり限界だと言わんばかりに、隙のできた義康の“義”にむけて銃口を向けるかのように杭が生えた右腕を突き出してこう告げた。

「俺はきっちり忠告言った筈だぜ。てめぇなんざ戦争ごっこしか知らねぇクソ甘い餓鬼だってなぁ…!!」

そして、目の前にいる子供の存在など気にも留める事も一切躊躇することもなく、ヴィルヘルムは動きの止まった“義”を仕留めんと無数の杭を雨あられの如く一斉に発射した。
もはや、このヴィルヘルムの攻撃を躱す事は不可能だと判断した義康はできうる限り“義”への直撃を避けるべく豪雨の如く次々と放たれる杭の数々を片腕の太刀で次々と切り落とした。

「ほぉ…今のも凌いだか。形がデカい割には上出来じゃねぇか」
「生憎と不意の一つや二つで討たれるほど、私は甘い子供では―――だがよぉ―――っ!?」

やがて、徐に攻撃の手を止めたヴィルヘルムが目の当たりにしたのは、あれだけの数の杭を放たれたにもかかわらず直撃を受ける事無く、さばき切れなかった幾つかの杭が突き刺さっているだけに留めた“義”の姿だった。
並のサーヴァントならば確実に仕留められる一撃を与えたにも関わらず、見事に致命的な攻撃を凌ぎ切った義康の技量に、ヴィルヘルムも“餓鬼の割にはよく頑張るな”と称賛と挑発を込めた軽口を叩きながら笑みを浮べた。
対する義康は勝つことができないまでも、せめてヴィルヘルムの足止めに専念すべく、自分が追い詰められている事を悟らまいと虚勢の言葉を返しつつ、再び戦闘を続行すべく太刀を構えようとした。
だが、義康の虚勢を見抜くかのようなヴィルヘルムの言葉が割り込んできた瞬間、義康は“義”の手にしていた太刀を持つことができなくなるほどに強烈な脱力感に襲われた。

「どうせなら何が何でも全部躱しておくべきだったなぁ」

“どうなっている!?”―――そう心中で疑問を抱いた義康は少しでも気を抜けば、今にも落ちそうな意識を必死にとどめようとした。
しかし、義康の身に起こった原因不明の脱力感は時間を追うごとにより強くなり続け、このままでは立つ事おろか現界すらままならないほどにまで自身の魔力を失い始めていた。
一方、徐々に弱体化してく義康とは対照的に、ヴィルヘルムは見る見るうちにホライゾンとの戦闘で受けた負傷を回復させるだけでなく、身体から溢れんばかりの魔力を漲らせていた。
そして、ヴィルヘルムはまるでこの異常事態を見透かしたかのような言葉を口にすると未だに強い脱力感に苛まれる義康にこう問いかけてきた。

「どうしたよ? もう実体化もままならねぇほど魔力がスカスカになっちまったか?」
「…!?」

このヴィルヘルムの言葉に、義康はハッとした表情で“義”に突き刺さった杭に目を向けるとようやく自分に何が起こっているのか悟った。
すなわち、この杭こそがヴィルヘルムの宝具である事、さらに“義”に突き刺さった幾つかの杭を通して義康の魔力がヴィルヘルムに吸収されている事に―――!!
そして、義康の察するように、ヴィルヘルムの有する宝具“闇の賜物”は血液のような赤黒い杭を全身から生じさせる能力を有していた。
さらに、この杭は突き刺した対象の魔力や魂、血液を吸収する事で、所有者であるヴィルヘルムに還元する効力を持っているのだ。
事実、ヴィルヘルムとの殴り合いの際に、ヴィルヘルムの右拳によって“義”の左腕が破壊され尽くしたのも、ヴィルヘルムの右拳に生えた杭が刺さった事で魔力を吸われた“義”の左腕が耐久力を失った事も大きな要因だった。
もっとも、突き刺さったのが一瞬であったためなのか、吸収された魔力そのものはわずかなモノに留まっていた。
しかし、今回の場合、先の攻撃でさばき切れなかった何本もの杭が“義”に刺さり続けた事で充分にその効果を発揮し、“義”に搭乗する義康から現界に支障が生じるほどの魔力を急速に奪っていたのだ。

「じゃな、犬っころ。安心しろよ…俺が綺麗さっぱり吸い尽くしてやるからよぉ!!」

そして、ヴィルヘルムは身動きを取る事すらままならぬまでに消耗した義康の乗る“義”のコクピットにめがけて、先程とは比べものにならないほどの大量の杭を一斉に発射すると同時に、自らも両腕に巨大な杭を発生させながら襲い掛かった―――!!

義康が絶体絶命の窮地に陥っている一方、同じくアサシンの悪質極まりない襲撃によって窮地に陥った時臣達は―――

「はぁ…はぁ…まずい。このままでは本当にうっかりで死にかねない…!!」

―――眼下で燃え上がる裏路地のすぐ近くに立ち並ぶビルの屋上にて休息を取っていた。
実は、時臣の放った魔術によりガラス瓶内のガソリンに引火する直前、時臣はすぐに自身の身体を浮かす魔術を行使していたのだ。
そして、時臣はアーチャーとホライゾンを抱えたまま、燃え上がる炎に追われながらも、アサシンの宝具が乗ったラジコンヘリを踏み台にして撃墜し、唯一の逃げ場であるビルの屋上へと退避していたのだ。
とはいえ、息を整えながら断言する時臣の言うように、このまま、アサシンの襲撃が繰り返されれば、本当にうっかりで死ぬというギャグ漫画じみた死に方をしかねない状況だった。

「しかし、これが本当にあの綺礼の戦い方なのか…?」

やがて、徐々に冷静さを取り戻してきたのか、時臣は徐にこの相対戦第二戦が始まって以降、自身の胸中で抱き続けてきた疑問の言葉をポツリと呟いた。
正直なところ、第二戦の勝負内容が“鬼ごっこ”と聞いたときは耳を疑ったモノの、少なくとも相手が綺礼であるのなら魔術師として真っ当な闘いができると思っていた。
しかし、いざ勝負が始まってみれば、綺礼は魔術師の誇りなど知らぬと言わんばかりに暗殺紛いの悪辣な手段を平然と行使してきた。
時臣にとっては綺礼が敵に回った事よりも、むしろそちらの方に衝撃を受けていた。
如何にアサシンの特性を最大限に活かすためとはいえ、時臣はこれまで信頼のおいてきた綺礼が時臣のもっとも忌み嫌う“魔術師殺し”の切嗣のような下種な戦法を平然と行ってきたことに怒りよりも戸惑いを感じずにはいられなかった。
とここで、そんな困惑する時臣を見かねたアーチャーは“もしかして…”と内心で思いながら時臣に確かめるようにこう問いかけてきた。

「なぁ、トッキー…おめぇの知っているコトミーって、どんな奴なんだよ?」
「それは…」

このアーチャーからの唐突な問いかけに対し、時臣は“なぜ、今更…”と戸惑いながらも自分汁綺礼という男について答えようとした。
―――父である璃正と同じく、己の信念を人生の目的と定め、鉄の意思でそれを全うできる求道者。
―――少なくともそう思っていた…今までは。
―――だが、この第二戦を通して、綺礼の新たな一面を垣間見た事で、はたして、本当に自分の認識が正しいのか揺らぎ始めていた。
やがて、しばし悩み抜いたように黙考した末、時臣は“いや―――”と前置きした後、項垂れたままアーチャーの問い掛けにこう力なく答えるしかなかった。

「――私は言峰綺礼という人間を本当の意味で分かっていなかったのかもしれない」
「そっか…そうなんだよな・・・」

“結局、私は何も見ず何も理解していなかった”―――綺礼のことだけでなく桜の一件の事を含め、時臣は何もかも理解したつもりで、何一つ理解していなかった自身の愚かさを改めてそう思い知った。
そんな自身の無知に打ちひしがれる時臣を見たアーチャーは“そっか…”とだけ短く頷いた。
そして、アーチャーはあくまで何となくではあるモノの、何故、綺礼がこの第二戦の勝負内容を“鬼ごっこ”と指定したのか、その本当の理由に気付く事ができた。

「このままで本当にいい訳ねぇよな…」

そして、アーチャーは今もこの冬木市の何処かに隠れている綺礼にむかって確認するかのようにポツリとそう呟いた。



同時刻、両腕から巨大な杭を突き出したヴィルヘルムは今や大量の魔力を奪われた事で行動不能寸前となった義康を一切の容赦なく仕留めんとしていた。
そして、義康のいる“義”のコクピットにヴィルヘルムの左腕から突き出した杭が突き刺さろうとした―――

「なん…だと…!?」
「これは…!?」

―――直前、弾丸のように加速発射された、刃渡りだけでも一mはあろうかという長大な刀が割り込んできた事よってヴィルヘルムの左腕は宙を舞うかのように斬り飛ばされた。
思いもよらぬ一撃に何が起こったのか困惑するヴィルヘルムに対し、義康は割り込んできた刀を見て、窮地に陥った自分を助けたのが誰なのかをすぐに察する事ができた。
そもそも、義康にとって、自分を救ったその刀の持ち主とは何かと因縁のある間柄でもあったのだから。
もっとも、歴戦の兵であるヴィルヘルムにとって腕の一本失った程度で動揺し続ける事無く、すぐさま、残った右腕の杭で義康に攻撃を仕掛けようとした。
だが、ヴィルヘルムはこちらに向かってくる攻撃の気配を直感で感じ取ったのか、義康への攻撃することなく後ろに退いた。

「ちっ…てめぇ!?」
「…」

そして、仕留め損なった舌打ちと共に怒気と殺気を孕んだ視線を向けるヴィルヘルムの前に立ち塞がったのは、一切動じる事無く無言のまま拳を構える蓬髪の少年だった。
恐らく、ホライゾンの宝具を頼りに向かったところ、ヴィルヘルムに打ち取られんとする義康の窮地に出くわして助太刀に入ったのだろう。
“こいつじゃねぇな…”―――とここで、ヴィルヘルムは自分の左腕を斬りおとしたのが蓬髪の少年の仕業でない事に気付いた。
実際、ヴィルヘルムの見る限り、この蓬髪の少年はあの長大な刀を収める鞘どころ武器を何一つ持っておらず、明らかに素手での格闘戦を得手としている事はすぐに分かった。
―――“ならば、この蓬髪の少年の他にも義康の救援に駆けつけてきた者達がいるのでは?”
そう考えたヴィルヘルムは蓬髪の少年に注意を向けつつ、未だに姿を見せない相手を探すように周囲を警戒した。
事実、そのヴィルヘルムの読み通り、義康の救援に駆け付けたのは蓬髪の少年のだけではなかった。

「何やら随分と苦戦しているようですね、義康様。力をお貸ししましょうか?」
「…そう思うならもう少し早く来てもらいたいものだな」

そして、ヴィルヘルムに敗北寸前の義康に向けて率直な感想の言葉と共に現れたのは、四刀を携え、目を伏せ、頭部に三日月のような牛の角と褐色の肌をした女だった。
褐色の女本人として悪気が無いのだろうが、義康は自身の不甲斐無さを指摘された事に助けに駆けつけてくれた感謝の言葉の代わりにやや棘を含んだ言葉で返した。

「おい…また、いきなり、人の殺し合いに横から茶々入れやがって…!! てめぇ…てめぇら…何者だぁ!?」

一方、またしても、自分の戦いに横槍を入れる結果となったヴィルヘルムは、その元凶たる蓬髪の少年と褐色の女にむけて怒り交じりの罵声を浴びせるように問いかけた。
そんなヴィルヘルムの問い掛けを受け、並び立った蓬髪の少年と褐色の女―――ノリキと北条・氏直は互いに名乗るかのようにこう告げた。

「…労働者だ」
「そして、その夫です」
「…は?」

このノリキと氏直の名乗りに対し、ヴィルヘルムは先程までの怒りを忘れるほど唖然として固まった。
ヴィルヘルムの耳に異常がない限り、氏直が夫と名乗った以上、ノリキは氏直の妻という事になる―――明らかにノリキが男性であるのにもかかわらず。
可能性としては、ノリキと氏直が共に性同一障害持ちの夫婦であるか、もしくは、お互いに性転換手術を施している、或いはガチでノリキが女で氏直が男という事などが考えられるが…
“…いや、もう止めとくか”
そして、ヴィルヘルムはこれ以上変態共の思考をまともに考えても無意味だと考えたので…考えるのを止めた。
しかし、ヴィルヘルムがそんなどうでも良い事を考えている間にも、ノリキと氏直の他にも続々と増援に駆けつけてきていた。

「復帰早々だがやれるか、成美?」
「えぇ、大丈夫よ。体を慣らすにはちょうどいいわ」

まず、東からやってきた増援は、二代やミトツダイラにやや遅れて戦線復帰を果たしたウルキアガと成美。

「正純達はまだ来られないの、ガッちゃん?」
「無理みたいね。少なくとも店の麻婆食べ尽くすまで動けそうにないみたい」

次に、北の上空からは増援に現れたのは、銀時の精神世界にて数多くの天人の戦艦を撃沈及び翻弄したナルゼとマルゴット。

「まったく、正純達も呑気なもんさね…」
「というか、第五特務はピクリとも動かなくて本当にやばそうでしたけど…」

さらに南からは、四聖獣の名を冠する武神“地摺朱雀”を従える直政と武蔵最硬の盾を誇る機動殻“奔獣”を纏ったアデーレ。
この文字通り、武蔵勢の戦闘要員八名に逃げ場を塞ぐかのごとく包囲され、ヴィルヘルムの味方など一人もいない四面楚歌という状況。
例え、如何に勇猛なサーヴァントであろうとも、いつの間にか圧倒的優勢から一気に絶望的劣勢に追い込まれていたという状況に陥れば、多少なりとも闘志や戦意もろとも心が折れるところだろう。
しかし―――

「上等だ、てめぇら…!! クソ生温いルール付きのごっこ遊びしか知らねぇような餓鬼共でもこれで少しは面白くなりそうじゃねぇか!!」

―――修羅道至高天を司る“黄金の獣”の爪牙たるヴィルヘルムにとってこの程度の窮地などヴェヴェルスブルク城では当たり前すぎる程日常茶飯事の事でしかなかった!!
むしろ、さらなる闘争の快楽を得られることに、ヴィルヘルムは先程よりも闘志と戦意を殺意と共に滾らせながら、吸血鬼を思わせるように鋭い犬歯を覗かせるほど血に飢えた悪鬼の如き狂乱の笑みを浮べていた。
そして、全身から新たな杭を生み出したヴィルヘルムは自分たちが優位に立っていると思い違いをしているであろう武蔵勢にむかって宣戦布告するようにこう吼え叫んだ!!

「てめぇら全員…綺麗さっぱりまとめて吸い尽くしやるよぉ!!」



そして、黒円卓聖槍十三騎士団ヴィルヘルムとノリキをはじめとする武蔵勢戦闘要員八名との死闘が開幕した同時刻。

「それが綺礼の本性だというのか、アーチャー?」

あの後、アーチャーの口から冬木教会に止まった際に綺礼が告白した自身の本質―――他者の苦痛と悲嘆にしか喜びを見いだせない歪みを改めて聞かされた時臣は、その事実を教えてくれたアーチャーにむかって、本当にそれが事実であるのかを問いかけるように呟いた。
実際、こうしてアーチャーに直接聞かされた綺礼の本質が、時臣がこれまで考えていた綺礼の在り様とは大きくかけ離れすぎていた。
故に、時臣としては、如何にアーチャーの語る綺礼の本質こそが真実であるとはいえ、にわかに信じがたい気持ちが大きく占めていた。

「コトミー本人から聞いたから間違いない筈だぜ。あの時は、銀時やラインハルトのにーちゃんも一緒だったし」
「なら…結局、私は自分の弟子の事さえも何一つ分かっていなかったのだな」

しかし、アーチャーの綺礼本人から聞かされたことや銀時やラインハルトも一緒に聞いていた事を告げると、時臣も嫌悪するような表情を浮かべながらも、アーチャーの語る綺礼の本質を静かに受け止めるしかなかった。
確かに、これまでのアサシンの襲撃に於ける綺礼の取った手段や今日に至るまでの綺礼の信仰や魔術に対する姿勢を鑑みれば、アーチャーの語る事もそう有り得ない話ではなかった。
もっとも、時臣が嫌悪したのは、常人からすれば悍ましい綺礼の歪みそのものではなかった。
むしろ、時臣にとって何よりも嫌悪したのは、桜の時と同じく、アーチャーに指摘されるまで、もっとも信頼している弟子の苦悩さえも何一つ見抜く事のできないでいた自身の不甲斐無さだった。
そんな自己嫌悪に陥りかけている時臣に対し、それまでアーチャーの話を黙って聞いていたホライゾンは未だに項垂れる時臣の前に立つと静かに問いかけた。

「それで時臣さまは、言峰様のホライゾンのような一般人とはかけ離れた特殊な性癖を知った上でどうするおつもりなのですか?」
「…」

“一般人の定義ってなんだろう…?”―――ホライゾンの問い掛けに対し、時臣はそう心中で首を傾げながらも、この問いかけだけでなく自分と綺礼との今後の在り方を含めて深く考え込んだ。
確かに、この相対戦第二戦における綺礼の魔術師として有るまじき行動や抱える歪みを知った以上、これまで通りの師弟の関係であり続けるのは不可能だった。
しかし、そうかと言って、常人として悍ましい歪みを持つ綺礼を忌むべきモノとして一方的に拒絶する事もまた正しい事だとは思えなかった。
そもそも、時臣の身を置く魔術の世界も常人には受け入れがたい悍ましいモノに違いなく、その意味においてもある意味で綺礼と同類であると言っても良かった。
故に、時臣も一向に最適といえる答えを出せずに何度も自問自答を繰り返しながら重ねた末に―――

「私は―――」

―――見つける事ができた自身と綺礼の新たなあり方に対する答えをアーチャーとホライゾンに告げた。

「それで、トッキーはいいんだな?」
「あぁ…私はこれまで全てを知ったつもりでいて、全てにおいて何一つ知ろうとする事もせぬまま生きてきた」

そして、それで良いのかと確認するように問うアーチャーに対し、時臣ははっきりと頷きながら無知という自身の罪について独白するように言葉を返した。
事実、時臣は自分の行動や考えに間違いなどないと思い込んだ末に、桜を取り返しのつかないところまで追い込んでしまった。
もはや、時臣がどれだけ後悔しようとも取り返しのつく事ではないし、時臣自身もこれが生涯背負わなければならない自分にとっての罰だと受け取っていた。
だから、今度こそ、時臣は綺礼に対して桜と同じ過ちを繰り返す事無く、綺礼の歪み全てを真っ向から受け止めるつもりだった。

「だから、これが平行線だった私と綺礼が境界線へ至るために必要な第一歩なのだろう」

その時こそ、遠坂時臣は初めて言峰綺礼という一人の人間と向き合えるのだと確信に近い何かを抱いていた。

「Jud.トッキーがそう思うなら俺は何もいわねぇし、俺たちが全力でトッキーに力を貸すだけだよな、ホライゾン?」
「Jud.ホライゾンも、それが時臣様のなすべき事であり、トーリ様も力を貸すつもりならば異を唱えるつもりはありません」
「アーチャー、ホライゾン…」

そして、決意を固めた時臣の答えを聞いたアーチャーとホライゾンはそれを否定することなく、逆に一回り精神的に成長を遂げた時臣の姿を喜ぶように時臣に力を貸す事をお互いに伝えた。
そんなアーチャーとホライゾンの言葉を前に、時臣はこれまでと変わる事無く力を貸すと告げてくれたもっとも頼りになる最高のサーヴァント達にただ言葉にならない感謝の念を抱くしかなかった。

「ま、とりあえず、コトミーの実家に行こうぜ、トッキー」
「しかし、街にアサシンの宝具が徘徊している以上、我々も迂闊には動けないのだが…」

そして、ようやく話がまとまったところで、綺礼の手掛かりを求めて冬木教会に向かおうとするアーチャーであったが、時臣の言うように神出鬼没ともいえる襲撃を仕掛けてくるアサシンの脅威が有る以上迂闊に動くのは余りにも危険すぎた。
しかも、時臣が如何なる感知遮断の魔術を行使しても、いとも容易くアサシンに居場所を特定されているのならなおの事だった。

「それなんだけどさ…トッキーの魔術は完璧なんだよな?」
「あぁ…それについては一切手抜かりのないはずだ。少なくとも、魔術的手段でなら、我々を感知する事は困難なはずだ」

とここで、アーチャーは自分たちに施した感知遮断の魔術が完璧であるのか時臣にむかって確認するように尋ねた。
このアーチャーの問い掛けに対し、時臣は間違いなく魔術による索敵手段に対しては完璧に防いでいる筈だとはっきりと答えた。
確かに、時臣の技量を持つ魔術師ならばそれだけの事は充分可能な事だった。
ならば、考えられるのは―――

「だったら、それ以外の方法でコトミー達が俺たちの居場所を突き止めている可能性が高いって訳だよな」
「確かに一理はある…だが、それでは綺礼達はどうやってこの冬木の市街地ほぼ全てを監視しているというのだ、アーチャー?」
「…」

―――アーチャーの言うように、綺礼たちが魔術を用いる事無く、何らかの方法でアーチャー達の居場所を突き止めているという事以外他ならなかった。
このアーチャーの考えに対し、時臣は一理あるとは思いながらも、それでも完全に納得しがたいモノが有った。
確かに魔術以外の方法でこちらの位置を特定しているというのは時臣も多少なりとも考えていないわけでは無かった。
だが、それならば、綺礼は如何なる方法を用いてこの冬木市全体をカバーするだけの監視範囲を確保しているというのか?
アサシンの宝具を用いるにしても、たった五十三枚のトランプカードで市街地の全てを見張る事などまず不可能だ。
一応、聖堂教会の情報網を利用しているのではと思いついたが、如何に監督役である璃正が綺礼の父親であるとはいえ、盟友である時臣と敵対する綺礼に手を貸すとは到底思えなかった。
“ならば、他にどんな方法が…?”―――時臣がそう心中でいつの間にか全裸になったアーチャーと共に考え込む中、ホライゾンはふと先ほどの襲撃で起きた火災によりちょっとした騒ぎとなっているビルの階下へと目を向けた。
―――被害を最小限に止めるべく消火作業に取り掛かる消防士たち。
―――その消防士達よりもいち早く現場にいち早く駆けつけてきた警官たち。
―――そんな警官たちに注意を受けつつ、怖いもの見たさで遠巻きして見守る野次馬たち。
まるで、報道番組の中などでもよく見られる一般的な火災現場の光景が階下で起こっている中で―――

「…あります、トーリ様、時臣様。魔術的手段を頼ることなく、この冬木の市街地ほぼ全てを見張る方法が」

―――ホライゾンはようやく綺礼がどのような手段を用いて冬木の市街地全てを監視しているのかを突き止める事ができたのをアーチャーと時臣に告げた。


 


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